面目躍如・保つこと
高揚する気持ちを抑えて、北国銀行の執務室に続く扉をノックする。本来ならその部屋の主がいるはずだが、最近はあまり滞在していない。
何故なら─部屋の主でもある、この璃月に赴任しているファトゥスの一人、公子タルタリヤの秘書様が使用しているからだ。
秘書様こと様はすごい。璃月に赴任されてすぐからあの公子を尻に敷いている。今まで璃月にいるエージェントたちは公子の恐ろしさから遠巻きにしていたが、彼女が仲介する形になり仕事の報告も何もかもが楽になったのだ。
冷たい雰囲気の様だが、仕事に失敗しても怒ったりはしない優しい人だ。むしろあの養豚場の豚を見る目で呆れられるのを期待している者もいるのではないだろうか。
それはそれとして、今日は予定よりも早く任務を終わらせた。その報告のため執務室を訪れている。間の空いた返事の後入室すれば、椅子に座った様と、乱雑に書類が散らばった机に腰掛ける公子がいた。ちらりとこちらを見る瞳から目を背け、足早に様へ報告書を渡す。
書類を読み「結構です、早かったですね」と短く褒められ、仮面の下で鼻の下を伸ばした。そして俺は、一言も発さない公子の存在をすでに忘れ。
「仕事が早く終わったので、お食事でもどうですか」
…と声をかけた。ずっと前から計画していた一歩をようやく踏み出せる。様はじっと俺を見つめる。
「…私は構いませんが…」
「はまだしばらく仕事は終わらないよ、徹夜だって」
「…ええと─…」
困ったように俯く様をよそに公子は机から降り、彼女の座る椅子の背もたれに手をかける。その髪を一房掬い、口付けて。
「俺もこれから手伝わされるんだ」
殺意さえ感じる目で、公子は俺を見やった。どうにか冷汗を隠し、早々に退室する。
「しばらく集中したいから、誰も来ないよう言っておいてね」
背に告げられ扉の前で硬直していれば、秘めた甘い声が小さく小さく聞こえて来た。
まさか、そんな。あの様が。
公子のあからさまな口説きに怪訝にしていた様が。すでにもう、獰猛な犬に食われていたなんて。
…扉の向こうで起こっていることを妄想しながら、板越しに刺さる殺気に慌ててその場を後にした。
§
「…徹夜までする予定はありませんが」
一人の部下が退室したのを見て、はそう口にした。タルタリヤは返事もなくにこりと笑い、背後から顔の輪郭へ手を滑らせて唇に触れれば怪訝に眉根を寄せてその手を払う。
「…ねえ、ちょっと立ってくれる?」
「はぁ?何故ですか。あなたが散らかした書類を片付けないと」
「いいから」
妙に、低い声で。思わず肩を揺らして、渋々といったように立ち上がる──と。勢いよく、机へと押し倒された。片手で難なく縫い止められたまま、もう一方の手は慣れた様子での下着を下ろしていく。振り払おうにも力が強く身じろぎする程度しか出来ないまま、露出させられた下半身に男の手指が伸びた。
「し…仕事の邪魔は、」
「仕事はもう終わってるんだろう?」
あのエージェントが入ってくるまでに、すでに今日片付けるべき仕事は終わっている。残っていたのは、元々は書類の整理をしようとしていただけだったのだが、そこへタルタリヤが茶々を入れていたために少々時間がかかっていた、というのが実際のところだ。
入れた茶々というのも、当然タルタリヤの欲望の処理。無理矢理肩を掴んで振り向かせ、深いキスに付き合わされていた。そんな中のノックにまとめていた書類が散らかったのだ。
「キスだけで濡れた?それともアイツが来て興奮したのかな」
「馬鹿なこと、をっ…!他者に知られないように、というのは、」
「ああうん、契約条項の一つだ。誰かに見られでもしたらは恥ずかしくて泣いちゃうからね。でもそうすると、やっぱりキスだけでこんなに濡らしてることになるね。はは、嬉しいなぁ、君が俺とのキスでそんなに感じてくれるなんて」
ちゅくちゅくと淫らな音をたてながら、男の指が秘所を撫でる。愉しそうに口角を歪ませ、滲んだ蜜を絡めていりぐちを弄り、滑るように陰核に触れ爪を立てた。小さな悲鳴も聞こえていないのか執拗にそれを摘み芽を出させると、強く押し潰してはくるくると撫でた。
「ン…っん、ぅ」
「腰を下げたらやりにくいだろ、ちゃんと立って。脚も開いて」
「……っ」
力が抜けた下半身に淡々と告げられる。唇を噛み締めながらどうにか膝を伸ばすと、タルタリヤはぬるりと指先を挿し込み浅い場所をかき混ぜた。
…いつもならば、強い刺激に耐えるばかりだったのだが。今日はどうにもじれったい動きが続いている。無意識に揺れる腰を見てにんまり笑うタルタリヤの顔も見えず、は呼吸を整えようと大きく息をした。
「はぁっ!?んン──ッ!」
「声抑えないと聞こえるよ?」
突如として陰核を引っかかれ、開いていた口からあられもない声が漏れる。机に押し倒され抑え付けられていてはすぐさま手で口を閉じることもできず──今の嬌声が扉の外の誰かに聞かれたのでは、と。は顔を青ざめさせた。
それは駄目だ。絶対に駄目。こんな淫らなことをしていると誰かに知られてしまっては、恥ずかしいだけの話では済まない。誰にどんな風に広められ、果てには弱みとして脅されるか分からない。羞恥と恐怖に震え、ぼろぼろと涙を零し始めた。
「、…──」
「様、いらっしゃいますか」
タルタリヤが何かを口にしようとした時、扉がノックされると共に見知った声が届く。ついぞは体を硬直させ、ぎこちなく首を振った。
「…今忙しいんだ、後にしてくれる?寄るなって言付けたはずだけど」
「それは…申し訳ありません、公子。つい先程戻ってきたもので…、では報告書は明日提出します」
それでいい、という返事に、扉向こうの人物が遠ざかる足音を聞く。タルタリヤは小さく胸を撫でおろし、抑えつけていた手を離しを抱き上げた。両手で口を隠し、子供のように泣いてタルタリヤを睨みつけている。
「だっ、だれにもっ、知られないようにって、約束、した…っ」
「今ので知られたりはしてないよ、大丈夫大丈夫」
今のでは、だが。
そもそもタルタリヤとが恋仲の─"そういうこと"をする─関係であることは、北国銀行内であればすでに暗黙の了解だろう。どれほどが冷たい態度をとっていたとしても、タルタリヤの態度があからさま過ぎるのだ。が着任してからはまるで自身が補佐であるかのような従順さを見せ大人しく仕事に励んでいる。いくら多趣味で、一見温和な笑みを持っていたとしても、ファトゥスだからと恐れられているタルタリヤが、だ。
が今まで積み重ねてきた評価があるからこそ、周りはそれで納得している。ならば、タルタリヤを飼いならしてもおかしくはない、程度には。まさか無理矢理体を暴いた末に契約と名をつけて行為を強制しているなどとは誰も想像だにしないだろう。もしそれが知られたとしても評価が下がるのはタルタリヤのみで、は憐れまれはするだろうが、身を犠牲にしてでも女皇様からの使命を果たした、とむしろ評価が上がるのではないのだろうか。それくらいにはタルタリヤの評判は悪い。と契約を結んだ際の言葉は、おおよそ詭弁である。
「んん、ぅ」
「…悪ふざけが過ぎた。でももアイツの誘いを軽々受けるのはどうかと思う」
誤魔化すように口付けて指先で涙を拭き取れば、はきょとんと目を丸くした。わけがわからない、とでも言いたそうな気の抜けた顔だ。
心の中で苦笑しながら今度は出来るだけ優しく机に押し倒し頭を撫でれば、不機嫌そうに手を払われ。
「そういうのやめてください」
「俺なりに愛でてるんだけどな」
「…思ってもないことを」
どうにも信じてもらえない。
漏れる声を塞ぐように唇を合わせ、ひっそりと自身を蜜口にあてがった。眉を顰めながらも力を抜いている様子に笑みをこらえ、融けた熱源へと侵入していけば、すぐにの表情が甘くなる。愛おしい、と一言告げればいいのだろうが、告げたところで信じてもらえないのはどうしたものか。…素直に告げられる口もないが。
前までは根元まで入りきらなかったものも、今ではぴったりと肌が重なるほど奥まで辿り着くようになった。少し苦しそうにも見えるが、しっかり快感を得ているのが見て取れるのでよいだろう。
「ここまで入ってるの、分かる?ずいぶん俺の形になってる」
「…気持ち悪いこと言わないでください。貴方としかしてないんだからそういうものじゃないんですか」
「──…まぁ、そうだね」
腰をぐりぐり擦りつけながら、揺さぶるように最奥を叩く。指を噛んで声を抑えようとするのをキスで止めさせながら、何度か緩い刺激を繰り返した。眉根は寄っているものの、そろそろ快楽に耐えられなくなってきた顔をしている。
「ん、ん…ぁ、キス、しないで…っ」
「やだね」
「…ばかっ、っんん、ぁう…っン、ふぁ、──…」
胎を持ち上げるように深く突けば、じわじわと溜まっていた快感が弾けたのか、は全身を震わせて強く締め付けた。同時にタルタリヤも奥へと吐き出すと、虚脱するを眺めながら丸めていた身を起こす。
「…なんか、いつもと、ちがう…」
「たまにはこういうのもいいだろう?」
「…今後執務室では禁止です」
「はいはい」
前も聞いたな、とは思いつつ。疲労を見せて言うに口先だけの返事をしながら、散らかり破れた書類を一人で直させられる羽目になる予想などしないまま、タルタリヤはにこにこと後片付けに入った。