Where there’s smoke, there’s fire.
源霊匣の試用が始まってしばらく。あの旅のメンバーが久しぶりに集まっていた。一つの酒場に総勢十二名。アルヴィンのツテもあり貸し切りだ。一夜限りということで、なんとミラとミュゼもいる。エリーゼやエルは、隠そうとはしているが喜びが溢れ出ていた。
「えー、えっと、皆さんに報告があります」
いい年の大人たちが酒をばかすか飲んで、ほろ酔いになってきた頃。もう二十歳になったジュードが、そわそわしながら立ち上がり視線を集めた。やけにかしこまっている。
「僕たち、結婚します」
照れながらのそんな報告に皆が湧き上がる。
結婚の予定あり、とレイアが紙面を飾らせてから数年経っている。研究の忙しさで事実婚状態にはなっていても、実際に入籍することは出来ないでいた。ようやくの進展に、皆が目を輝かし、レイアは飲む前から酔っていた態度を一変させ、鞄から取り出したメモ帳とペンを握りしめて身を乗り出している。
「正しくは、結婚式します」
ぽそりと呟くようなの訂正に、全員が目を丸くした。
「実はもう届けは出してるの。むしろ記入はずっと前…それこそ最初レイアに報道を頼んだ時点で済ませてたんだけど」
「僕らの立場上、式にいろんな人を招かないわけにいかなくて。予定の調整だとか計画だとか、結局忙しくて中々できなくて…遅くなってごめん」
深々と頭を下げるジュードに、全員が得心がいったように肩の力を抜いた。アルヴィンやローエンが、そのくらい任せてくれればよかったのに、と苦笑するが、そもそも世界情勢としても皆が忙しく、私事でさらに余裕を無くさせるわけにも、と躊躇ったのだという。
「私たちとしても本心は、結婚式なんて身内でやりたいって気持ちがあって…それで、披露宴に色んな人を招いて、結婚式はみんなに出てほしいな、って」
「当然だ!クレミアに無理を言ってでも参加するぞ」
「披露宴で御用達アピールできれば、俺たちの商売ももっと上向くよな」
「はあまり衣服に興味がないですから、飾り付けは任せて下さい!」
口々に好き勝手言っているが、俺はたちの提案に、なるほどそういうことかと納得した。確かにあまり飾り立てる性格でない彼らに、多数を招くパーティーの主催なんてストレスも多いことだろう。
なんやかんや助けて助けられてきた彼らとの付き合いは長い。その中でもじれったいカップルだというイメージだった二人がようやく結婚と聞いて、少ししか歳が変わらないというのに、妙に親心のような面映ゆい感情を得ていた。
§
源霊匣研究第一人者である二人の結婚披露宴ともなれば、それはたくさんの人が招かれた。俺たち旅面々はもちろん、エレンピオスの首相やその関係者、リーゼ・マクシア国王としてのガイアス、報道陣に、源霊匣試用者とその家族、源霊匣の販売に携わるあるいは携わりたい業者側の人間、源霊匣研究のパトロン等々…。確かにこの人数の予定合わせを片手間にするのは至難の技だったろう。
「ルドガー」
ワインを片手に、とエルと共に開演前から並べられているテーブル上の立食用の食事に舌鼓をうっていると、から声をかけられた。ジュードとは別々に挨拶周りしているようだ。ねぎらいの言葉をかければ、肩をすくめて苦笑を返された。
ウエディングドレスといわれるとやはりスカートタイプのものと思っていたが、のドレスはパンツスタイルのものだった。一瞬驚いたが、スカートが嫌いと言っていたのでそのせいだろう。なんにせよとても良く似合っている。
「改めておめでとう、」
「ありがとう。…ジュードとお互い知り合ってからいろいろあったけど、やっぱり嬉しいな」
「……、」
「あっ、恥ずかしいからジュードには内緒ね」
それじゃあまた後で、と足早に去っていくを見送る。俺たちと出会う前、リーゼ・マクシアでの断界殻を破るに至った旅路でどんなことがあったのかは想像するしかないが、言うとおりいろいろあったのだろう。アルヴィンからは、「一回喧嘩別れした」などと聞いたこともある。俺自身もを口説く際、分史世界の俺の─エルの母親との兼ね合いは、中々ネックだった。正史でのエルの母親になるはずだった人物は、今は普通の商売相手だけれど。
次いでやってきたのはジュードだ。ジュードはよりも優しい…基、隙がありそうに見えるためか、今までも結婚について以外の別の女性を勧められたりと大変だったと聞いている。その度に「僕は以外とは結婚も交際もしません!」と叫んでは赤面する、という事態が何度かあったようだ。披露宴に至っても、若い女性にあからさまな色仕掛けをされているらしく、主役だと言うのに先程のと比べてくたびれていた。
「一緒に挨拶まわりすればいいだろうに」
「そうすると、時間が…。それにああいう人たち、がいても構わずひっついてくるんだ。だからも機嫌悪くしちゃうし。大丈夫、これでもちゃんと断ってるし、度が過ぎるようならどうするかもちゃんと考えてるから」
実のところ、あの旅のメンバーで、怒った時に一番怖いのはジュードだ。
ローエンやアーストだってきっと怒らせれば怖いが、それはまだ想像がつく怖さというもので。大人だからそもそも怒らずに、それでもローエンはにこやかなまま正論で押し負かして来るし、アーストは鋭い目付きで圧をかけてくる。それはそれで怖いのだが、ジュードは別格だ。
まずジュードはめったに怒らない。基本的にお人好しで、呆れたり上手くいかないことに苛立ったりはするが、例えば迷惑をかけても、それから友人を含め誰かを貶されても怒ったりはせず、真摯に説教というか、諭してくる。しかし─親しい人物を罠に嵌めて陥れたり怪我をさせたり、つまりは度の過ぎたことをすれば。
…普段からは想像出来ないくらい低い声と目の色で、淡々と言い詰める。ローエンよりも長く鋭く、事の予兆も説教の内容にひっぱりだして、相手が泣き出してもやめないし、逆上して暴力に訴えるようなら、死なない程度の急所に拳を叩き込む。
武力最強と謳われたガイアス王に並びたち、研究者として頭も回るジュードに、適う者など早々いないだろう。…この話は、社長になりたてで舐められ暗殺されかけた俺が見た実際の出来事だ。
それから新郎新婦の挨拶や、一部の関係者代表の言葉、歓談と続き、無事披露宴は終了─と思われたが。
お開きの時間も間近になった頃、女性の悲鳴が湧き上がった。見れば、研究者転けたのか膝をつくと、食事に使うナイフを手に震える女性。に寄り添い女性を見るジュードは、あの恐ろしい瞳をしていた。
「貴方が僕に好意を抱いているのは知っていました。ですが何度もきちんとお断りしていたはずです」
「だって…だって!私だって、ずっと昔から…」
「好意には礼を言います。ですが応えられないものは応えられない。見ていて辛いというなら、交渉担当を替えるなりやりようはあったでしょう。こちらから便宜をはかるにも、貴方自身僕に直接告白してくるわけでもなかった。貴方がしっかり責任を果たすならばこのままでもよいだろうと甘い判断をした僕にも非はありますが、これはあまりにも度が過ぎています。今回はに自衛の心得があったから無傷で済んだものの、そうでなければ死んでいたかもしれない。そうなったときあなたは責任が取れますか?」
まくしたてるジュードに、女性はナイフを取りこぼし崩折れた。すぐにクランスピア社から雇われている自警員がひっぱって行って、とジュードが苦笑しながら頭をさげ、なんとか場は収まった。
「…ジュード、すごいのね」
エルはエリーゼたちのところへ行っているが、俺についてきていたがぽそりとこぼした。
「相手が女性だったからよかった」
返事を返す。
相手がジュードに懸想した女性だったからよかった。もしこれが、を狙った男だったら…。
身震いして、誤魔化すようにワインを飲み干した。