想起



 《デスマウンテンに住まう者と共に暮らすハイリア人の少女は、勇者に加護と勇気を与える》

 初めてその記述を見た時、これで解放される、と思った。
 共にその文献を見たインパやプルアから父に知らされ、調べるくらいはいいだろうと兵士がオルディン火山に赴いたという。そうして件の少女は確かに発見され、巫女と呼ばれ城に上がった。
 英傑の一人ダルケルの話では、予知能力を持ち、たしかに火山の噴火をよく知らせてくれたという。それほどの神秘的な力を持つ彼女は、なにか知っている風なのに、誰にも何も語らなかった。
 姫付きの近衛騎士となった、英傑の一人リンクと、私と、巫女様の三人で祈りに赴いた時。彼女は「力の使い方を理解していない」と言った。けれど、具体的にどんな、と問えば口ごもる。

「貴女は力の使い方を知っているのでしょう。なら、貴女が代わりにやってくれればいいのに」

 帰りの沈黙の中、思わず口から飛び出た言葉に、巫女様は息をのんだ。反応が気になって足を止めて振り向けば、真っ青な顔でこちらを見ている。

「………できる、ことなら………いいえ、そう、本来は…私の役目、でした」
「なら!」

 勇者に加護を与える巫女。予知能力を持ち、厄災についても詳しい。儚げで美しく─陰鬱で不気味とも言えるが─あの仏頂面のリンクでさえ、彼女と懇意にしているという。
 そんな存在がいるのなら、私なんて。力を持たない《ゼルダ姫》なんて、いらないではないか。
 様々な感情が渦巻いて、まとまらなくて言葉にできない。リンクは少し距離を離して立ち止まっていて、けれどおそらく会話は聞こえているのだろう。怪訝にこちらを見ている。

「………私には、もう出来ない。何の力も持っていない」

 今度は私が息をのむ。私が一つでも分けてほしいと思ってしまうものをたくさん持ちながら、彼女は何も持っていないという。何ということだ。なんと─傲慢、な。
 …そこまで考えるに至って、ぐっと唇を噛んだ。違う。彼女が悪いのではない。私が役目を果たせていないだけ。それを彼女にぶつけるのは違う。文献には、巫女は封印の力云々ではなく、あくまでも勇者に加護を与えるとしか書いていないのだから。

「………ゼルダ様は…どうして封印の力を発現させたいの?」
「そ…れは…王家の姫として、やらなくては…いけないから」
「それは違う。王家の姫だから力を持つのではなく、力を持つから貴女は王家の姫なの」
「…私に…力なんて…」 

 うなだれるように握った手を下ろした。彼女が封印の力をどう思っていようと、王家の姫がどんなものであろうと、私が何の力も持たない非才の姫であることに変わりはない。
 …私と彼女は、きっとどうあっても分かり合えない。

§


 リンクと多少打ち解けることが出来た頃。ずっとうつむいていた私は周りをよく見るようになった。いつも仏頂面だと思っていたリンクは、口元を見ているとわからないが、眉を見るとなんとなく感情がわかるような気がした。特に巫女様といるときの彼は、わずかに眉が緩んで、不器用にも微笑んでいるように感じる。どう対応したらいいのかわからないという困惑と、ただただ心配だという感情。

「リンクは巫女様をどう思っていますか?」
「…どうしました?」
「いえ、ただの雑談です。答えたくなければ、それで」

 出先で雨に降られ、木陰で雨宿りをしていた。中々止まず、かなりの時間が経っている。手持ち無沙汰になったらしいリンクは剣の素振りを始め、雨音ばかりが場を支配する。気まずくなってなんとなく問えば、リンクは剣を雨空に掲げながら一つ息を吐いた。

「……わかりません」
「わからない?」
「……彼女は、なんというか…ずっと、俺を見ているんですが…目が合いません」

 肩をすくめて、剣を下げ振り向いた。

「城の中では特に、ふと気づくと視線がものすごく突き刺さるんです。…俺のうぬぼれでなければ、その…とても好意的な視線が」
「そうなんですか」
「でも、目が合いません。振り向けば顔をそむけられ、面と向かっても…俺を、見ていない」

 そう語るリンクは、どこか寂しそうで。

「……巫女様は、私のことを…どう言っていますか?」

 巫女様はリンク以外に言葉をかわさない。もともとゴロンシティに住んでいたらしいのでダルケルとは多少打ち解けているが、今までと比べれば全くしゃべらなくなったとか。そのため彼女から得られる厄災についての情報はほとんどなく、プルアたちもお手上げだ。
 …巫女様が来てすぐの頃、意見をぶつけて以来、彼女とは一度も会話をすることが出来ていない。城内ですれ違ったり、リンクと三人で祈りに向かう事はあっても、彼女は何も言わなくなってしまった。私が八つ当たりしてしまったせいだ。

「ゼルダ様なら、必ず力を目覚めさせると」
「…………」
「……力は、誰であろうと持て余す…誰にでも使えるものではない。一人で使うものでもない。 そう、言っていました」
「一人で使うものではない…?」
「厄災も、俺やゼルダ様だけでどうにかするものでもない、と」

 静かに告げられる言葉に、またうつむいた。

「誰、とは言いませんが。以前巫女やゼルダ様を貶める発言をしていた者がいまして…その場に居合わせた巫女が、そのように。
 厄災の恐ろしさも知らずにそのようなことを言うな、と珍しく憤っていました」

 厄災の恐ろしさも知らずに。その言葉に、はっと頭が覚めた。
 彼女は、これまでの厄災の記憶を持っているという。退魔の剣を持つ《勇者》と、《ゼルダ姫》と共に厄災に立ち向かった、前世と考えられるかつての記憶を。
 巫女様は、そう、そうだ。何度も厄災を視ている。どんなものかわからないまま、ただ恐ろしいものを想像しているだけの私達と違って、具体的に厄災ガノンがどのような姿で、どのような考えを持っているかを知っているのだ。
 ダルケルによれば、城に迎えられるまでは明るい性格だったというのに、今はいつも悲しそうで辛そうで。

「……私達は…厄災に勝つことが出来ないのでしょうか」

 呟けば、リンクは気まずそうに視線をそらした。口にしなくても、やはり私が封印の力を目覚めさせない限り勝機はないのだろう。あるいはそれがあっても─何かが足らず、私達は敗れるのかもしれない。

「…大丈夫ですよ」
「リンク…?」
「封印の力がなくとも、厄災なんて斬り払ってしまえばいい。そのためにゼルダ様は遺物を研究し、俺たち英傑は己を高めているんですから」
「…ありがとう」

 その場のお世辞でもなんでもなく、心の底からそう思っているだろうことはよく分かる。ウルボザやリーバルたち他の面々も、きっとそう思ってくれているだろうことはわかっている。
 心が暖かくなる反面、胸の内には焦燥が募っていた。

back next





想起2 


 護衛を引き連れて城の外へ出る予定が終わってすぐ、リンクは巫女様と用事があると足早に去って行った。なのに少ししたあと一人で出歩いていたものだから不思議に思った覚えがある。
 それから時間が経って、翌日。リンクは珍しく退魔の剣ではなく騎士の剣を背に現れた。聞けば、昨日の巫女様との用事というのは、何やら剣を貸してほしいと請われたからだそうだ。巫女様は傷付く退魔の剣を洗礼し祈りによって癒やすのだと。
 様子は可笑しかったがまたそうするのだと思い貸したが、戻って来てない、と。魔物の数が増えている中で、彼の怒涛の戦い方に付き合えるのは退魔の剣くらいだ。予定をずらしてでも、退魔の剣を返してもらうべきだ。そう許可を出して巫女様を探した。
 城内の片隅、人が立ち寄らない場所。先を歩いていたリンクは、何かを見つけると呆然としていた。何事かと前方を覗き込めば、そこには血塗れた退魔の剣を手に静かに立ち尽くす巫女様がいて。
 その足元には、ピクリとも動かない宮廷占術師が横たわっていた。気付いて喉をひきつらせる。この状況はどう都合よく解釈しても─巫女様が。

、何が…あったんだ」
「…ようやく…未来が変わった」

 簡単なことだった、と呟きながら、巫女様はゆっくりと振り向いた。点々とある返り血は、猟奇性よりも彼女の儚さが際立てられている。ぼろぼろと涙を流しながら、血に塗れた剣を忘れさせるほど愛らしく微笑んだ。

「ずっと…こうするべきだった。
 厄災は近い…邪魔者はこれでもう、いなくなったよ」

 予定と違うところにいる私たちを不審に思ってか、やってきた見回りの兵に見つかり。はおとなしく牢へと連れて行かれた。誤解だと、やめてくれと喉まで出かかったが、どこをどう見ても言い訳など出来ない。混乱のまま力尽くで止めようとしたリンクをどうにか留め、彼女を見送った。
 リンクは気丈な顔をしていたがとても憔悴していて、いつもより顔が怖くなっていた。顔色も悪い。
 一般兵の間では巫女様の気が触れたと噂され、名ばかりの箝口令で国民までは広まらなかったが、国王である父も頭を抱えていた。

「御ひい様、大丈夫かい」
「…ウルボザ。ええ、はい…なんとか。私よりも、リンクが」
「ああ…アイツもかなり落ち込んでいたね。
 …巫女は、事情を聞いてもだんまりで、何の弁解も言い訳もしていないそうだ。どころか食事にも手を付けていないとさ」
「一体どうして…」

 様子を見に来てくれたらしいウルボザは少し躊躇ったあと、いつぞやに英傑の四人と巫女様が会合した時のことを話してくれた。得られた情報についてはすでに聞き及んでいたが、どうにも様子が変だったと。

「ようやく未来が変わった、って…言っていたんです」
「─…巫女は、予知が出来るんだったね」
「そう聞いています。だから…もしかしたら彼女はずっと、私たちが厄災に敗れる未来を見ていたのかもしれません」
「それで占術師を殺したことで、"未来が変わった"と?」

 頷く。しかし、事情を知っている者はともかく、そうでない者にとっては確証のない推論に過ぎない。文献に記載されているからと登城させられただけで、機会がないとはいえそれらしい力を大衆に見せていない巫女様の社会的評価など、例え確たる証拠があっても贔屓だと言われるかもしれない。ただでさえ、少し前までの私のように、陰鬱な表情ばかり見せていたのだから。
 それからまた翌日、ミファーと共に巫女様のもとへ向かった。巫女という立場からか、質素ながらベッドも水場もある、牢としては上級の部屋だというのに、彼女は部屋の真ん中でずっと地べたに座っている。食事もちゃんと毎日二回出されているはずなのに、手を付けていないようだ。
 何度目かになる問いかけをする。どうしてこんなことをしたのか。何があったのか。しかし相変わらず返事はない。なので、ウルボザと話していた─私たちが厄災に敗れる未来について、聞いた。するとようやく巫女様は伏せていた目をこちらへ向け、躊躇うように視線を泳がせた。

「ゼルダ様。封印の力は、目覚められましたか」
「っ…それは……」
「…………。そうですか」

 こちらの問いには答えないまま、巫女様はまた目を伏せた。

「…ねぇ、巫女様。どうして何も教えてくれないのかな?私たち、そんなに…かつての勇者ほど、力が…信用が、ない?
 私たちは神獣を使いこなし、武技を極めて来た。リンクだってあんなに強い。それでも、足りない?」

 付き添ってくれていたミファーが、一歩歩み寄りそう声をかける。返事はない。

「私の…封印の力が、目覚めていない、から…?だから私たちは、厄災に…敗れるのですか?」
「……わからない」

 俯いたまま、ようやく巫女様は声を零す。

「"それ"が未来なのか…過去なのか、妄想なのか…わからない。彼は私を庇って、傷ついて…死んで、しまう。だから私は、彼が私を"守らない"ように…」
「それってさぁ、ただの逃げじゃないの?」

 突然割り込んで入って来たのはリーバルの声だ。皆が視線を向ければ、リーバルが肩を竦めながらやれやれとばかりに歩み寄る。そして巫女様を見下すように、腕を組んでフンと鼻を鳴らした。

「そもそも君は勇者に加護を与える巫女、なんだろ?僕たちはそれ以外知らないだけだけどね。文献やら伝承ばかりを信じるなら、勇者に加護を与えないなら負けても仕方ないだろ」
「リーバル、そんな」
「そうじゃないとしても、僕たちには何もわからない。知ってる巫女は何も喋らないんだから、想像しようもないんだ。
 厄災に意思があるのかないのか、どんな手を使ってくるのか、どんなことが出来るのか。知らないんだからアイツだって一度きりの戦いで察するしかない。そうじゃなきゃ死ぬだけだからね。
 どこかで前にも言ったけど、君が知ってることをなんでも話してくれていれば、多少はその未来だって─…」

 そこでふと、リーバルが言葉を止めた。彼の視線を辿り巫女様を見ると、今にも泣きそうな、けれど涙も枯れ果ててしまっているような、そんな痛ましい表情していた。

「…リーバル。巫女様は…」
「……フン」

 …─女神の言葉を賜りし巫女、束の間の平和に災厄の神託を受ける。人の民、それを嘘と断じ巫女を処す。
 リンクが聞き出した、文献からは知れなかった巫女についてのこと。

「やれることはなんでもした。どれだけ恐ろしくても戦場へ行った。兵士が傷つかないように、喉が枯れても加護の唄を歌った。夜はしっかり休めるように結界を張った。十全に挑めるように治癒もした。
 危険な行軍は否定した。魔物が活発になる日は進軍しないように言った。
 ─誰も聞いてくれなかった。魔物が活発化するのは私の祈りが足りないせいだと石を投げられた。
 守ってくれたのは、一緒に戦ってくれたのは…っ」

 珍しく早口に告げられた言葉に、ミファーがはっと何かに気付いた。「…昔、戦場で噂になった…」その発言に、リーバルも得心がいったように鼻を鳴らす。

「戦場で、とある噂が出回ったの。夜な夜な、傷付いた兵士を不思議な力で癒やす女の子が現れるって。…それが私じゃないかって、一時期いろんな人に感謝されて…。
 でも身に覚えがなかったし、その子は行軍についてもいくつか意見を言っていたって。だから否定していたら、女神の遣いだって、戦士の間で少しだけ噂になってたの。その子に会えたら絶対生き残れる、って」
「そんなことが…?巫女様なのですか?」
「……何をしても、未来は変わらなかった。どう口添えしても…」

 はた、と私を見て。

「これが一番まともな光景。だから、これでいいの」

 巫女様はそれきり口を噤んだ。

§


 リンクはしばらく、時間が空くとすぐに巫女様の元へ行っていた。二三言葉を交わしても、占術師と何があったのかは語ろうとしないらしい。
 そんなある日。巫女が消えた、と大騒ぎになった。リンクが面談をしている最中、忽然と姿を消したという。リンクが逃したのではと指を差されたが、そんなことをする理由はあっても手立てがない。
 人払いはしていたといっても、牢の出入り口には牢番もプルアたちもいて、抜け道がある反対側には捕らえられたヒノックスがいる。いくら彼が一騎当千の力を持っていても、周りに知られないままそこをくぐり抜けるのは不可能だ。そうでなければプルアたちも全員が脱獄に関与したことになる。
 ミファーや私たちの弁護もあって疑いは晴れたものの、何度か巫女様の捜査隊が組まれた。私の進言だ。国王である父は難色を示していたが、ミファーの言っていた女神の遣いの話をすれば、どうにか頷いてくれた。

「巫女様は一体どこへ行ってしまったんでしょうか。何の痕跡もなく、忽然と…。
 彼女が宮廷占術師を殺めたことも姿を消したことも、本当に理由がないとは思えません」
「……宮廷占術師を殺したことで、いずれ確実にゼルダ様の力が目覚めると、言っていました。
 …あまり故人を疑いたくはありませんが、もしかしたら、あの宮廷占術師がなにか糸を引いていたのかも」

 彼の言葉に、顔に力が入る。あれからしばらく経つが、それでも封印の力は目覚めていない。

「…宮廷占術師は、ハイラルにとって有益な古代遺物を示しました。そんな人が、私の能力を封印していただなんて…考えたくもありません。私が未だ能力に目覚めないのは、私が未熟だからです」
「…でも俺は、の言葉を信じます。俺は…俺だけは、彼女を信じていないといけない」

 振り返り、唇を噛み締めた。
 リンクは相変わらずの無表情だったけれど、巫女様を信じると言ったその瞳は、揺るぎない光を帯びていた。
 …故意に封じられた王家の姫の力。厄災を倒すには絶対に必要なもの。
 牢での、最後の巫女様の視線。どれほど手を尽くしても変わらなかったという最悪の未来。
 それがようやく変わったという言葉。
 占術師を斃したことによって、目覚めるはずの私の力。
 …そのとおりだったらどれほどよいだろう。巫女様が視た最悪の未来に行くかどうかの分岐点で、道を定めるのは私次第だ。私が今すぐにでも力に目覚めれば、最悪の未来にはきっとならない。そんな巫女様の言葉を、私も無造作に妄信したかった。
 けれど私の力は発現していない。発現していないのだ。巫女様がすべてを犠牲にしてまで作った道を、私は見つけられないまま。

「貴方は、」

 私のことも信じてくれているのですね。
 言おうとして、やめた。私を信じているというより、勇者が愛する彼女を犠牲にしたのに、それでも最悪の未来に行くことなど、到底許されることではない。
 彼自身に、きっとそんな考えはないのだろうけど。

「ええ。貴方は…信じてあげてください。きっと何かあると…私も、思っています」

§


 厄災が復活した。とうとう私の力は発現しないまま。知恵の泉での祈りもなんの役にも立たないまま、大急ぎでハイラル城へと戻ったが、すべて破壊しつくされた後だった。これまで心強い仲間になると思っていたガーディアンは厄災に操られ、街を破壊し私を狙った。何度もリンクが退けてくれたけれど、あまりにも数が多かった。足手まといの私をかばいながらでは、さしものリンクも、次第に傷を広げていった。
 リンクに手を掴まれたまま、ひたすらに走る。行く先にあてがあるのかもわからない。現れるガーディアンをくぐり抜けて、見知った光景は破壊されて、今どこにいるのかもわからなくなっている。
 何を思うでもなく、ふと後ろを振り返った。迫りくるガーディアンと私たちの間に、一人、誰かが立っている。眩い光を両手から放ちながら、ガーディアンたちを押し留めている少女。紛れもない、巫女様だ。

…!?」
「……奴を殺しただけでは遅かった。封印の力を目覚めさせる妨害だけじゃなく、培われてしまったゼルダ様への不信は、私と同じように力を使えさせなくしてしまった。
 …何のために力があるのか。それを考えれば…きっと今ならもう、すぐに封印の力は目覚めるはず。
 そして…リンク。……百年もあれば、きっと次のあなたが…また生まれる。その時に、懸けるしか…」
…!君も早く、逃げないと!」
「リンク。ゼルダ姫を…ハイラルを、守ってね」

 さようなら。少しだけ振り向いた巫女様は微笑んで、また眼前の魔物たちに向かう。
 本当なら一目散に助けに行きたいだろうに、リンクは唇を噛み締めながら再び走り出した。
 足をもつれさせて地面に倒れ込むと、すぐにリンクが起こしてくれたが、とうとう耐えきれなくなって、張り詰めた感情を吐露した。今までやってきたことはすべてが無意味だった。遺物研究も、祈りも、巫女様の死さえも私が無駄にしてしまった。こんなにも助けてもらったのに。こんなにも尽力してくれたのに。

「…貴女のせいじゃない。俺のせいです。巫女からの信も得られず、厄災に力及ばなかった俺のせいです」
「そんな…っ」

 自嘲するように彼は眉を緩ませた。見たことのない表情だ。

「俺のせいです。あの子を手放してしまった」
「っ──…」
「…巫女を、失う…ことは。俺達にとって…」

 不可思議なことを口走って、今度は眉根を寄せた。ぎゅっと目を瞑って、また開いた時には違和感は消えていた。
 すぐに立ち上がり、手を引いて走り出した。

 最後の最後になって、ようやく。本当に遅い、遅すぎる頃になって、ようやく封印の力が目覚めた。厄災に憑依されていたガーディアンは活動を停止し、その恐ろしい赤い目を閉じたのだ。
 私の力が目覚めたことに安心したのか、リンクはついに倒れてしまった。傷は深い。
 退魔の剣の言葉に従って、リンクを回生の祠へ連れていき、剣をコログの森へと預け、一人城へと戻った。渦巻く赤黒い怨念を前に、恐怖も緊張もなかった。感情に蓋をした使命感に満ちていた。

「何年でも…リンクが目覚め、再び剣を手に取れる時まで、あなたを封じてみせる。そうでなければ私は、ハイラルの王女を名乗れない」

 巫女様。私本当は、ずっとあなたとお友達になりたかった。どうしていつも悲しい顔をしているのか知りたかった。
 いつもいつも、私は自分のことで精一杯で。
 巫女様はあんなにもリンクを見つめているのに、本当はもっと触れたかっただろうに。それでも私を、ハイラルを救うことを優先してくれた。
 ならば私も応えなくては。
 約束を、守らなければ。