王に謁見しようとした時、王の側に一人の女性がいた。親と子、恋人と恋人、友と友─どれかを彷彿とさせる、いつも気難しそうに遠くを見つめている王にしては、仲睦まじさを感じさせる雰囲気を纏っていた。
 明るい髪色は背を覆うほど長く、ストラのような広く長い布でそれを包んでいる。すらりとした長身に、白い肌。ワインレッドを基調とした衣服は暗い印象を持たせるが、総じて王と並ぶと良く映える。尖った耳は、宮廷魔術師のような妖精等との関連者故なのだろうか。
 こちらに気付いた王が私に声をかける。女性が振り向き、赤い瞳で一瞥すると、感情の読めない笑みを溢した。王は礼儀としての挨拶を一通り済ませ、女性へと視線を向ける。王はどこか困ったような瞳をしている。

「ガウェイン卿、彼女の─」
「紹介は不要です、騎士王。今日は挨拶に参っただけで、何かを陳情するつもりはありません」
「しかし、……そうですか。あなたがそう言うなら」

 では。と女性は踵を返して扉へと向かう。

「……彼女は?随分親しいようでしたが」
「─分からないのですか。彼女の言った通り…。ガウェイン卿、ところで、夫人とはどうです」

 一瞬、王がそんな下世話な話を、と耳を疑いかけた。しかし己の妻となった人物は、様々な問題を抱え─王がそれを運んだと言っても、まぁ、間違いではないので、人一倍慈悲深い王は気になるのだろう。

「素直に申せば、関係が良好…とは言い難いですが、悪くはないかと。ラジェルも慣れない様子ですが食事や掃除などよくやってくれています」
「そうか。貴卿に任せて良かった。…ラジェルに媚びへつらうというわけではないし、機嫌とりをしろというわけではないが、これは王ではなく一人の人間として…どうかラジェルを、よろしく頼む」
「…と、言いますと?」
「彼女は人間ではない。よく識ってはいるが経験がない、そういうひとだ。…何より、私の膝をつかせる魔術陣地を敷ける御仁。敵に回したくはない」

 妖精の類いかとは思っていたが、人間でないと断言されるとは。ではあの者は一体何なのか?問うも、王は首を振った。魔術師マーリンであれば解るのだろうが、現時点で王は知らないしわざわざ探る気もないらしい。
 初夜の会話を思い出す。それでもこの地にいる間は、人と変わらない力しか持たない。故に護衛してくれ、と。
 礼をして謁見の間を去る。豊かな町中を歩けば、町人たちが笑顔で声をかけてきた。アグラウェインのように恐れられているわけではないが、町人にとって円卓の騎士は天上人─現代で言い換えれば有名人、アイドルのような扱いだ。声をかけられれば当然気持ち良く答えるが、そのように気軽に声をかけられ、何かと理由をつけて食材や酒を持たされるようになったのは、たしかラジェルが来てからだ。
「ラジェルが持ちきれなかったから持っていってやってほしい」
「ラジェルが店の品をとても褒めてくれたから、お礼を兼ねて」
「ラジェルが色々なことを教えてくれた」
 ─他にも、助けてくれただとか、子供と遊んでくれただとか。どうにも私を差し置いて、隣人たちとはとても仲良くやっているようだ。護衛してくれと言ったわりに、側にいない間家で大人しくしているつもりはないらしい。この前なんて森で薬草採りをしていたという。
 …最初の一言が一言だったが、それでも悪い関係ではないと思っている。老婆の姿にはどうしても欲情出来ないので、そういう仲になるのは難しいかもしれないが、周りからの評価を聞けば、妻としては申し分ない。
 だから呪いの解除を手伝わせてほしいと、話をしたことがある。難解な願いを叶えてもらうことでその呪いが解けると言っていたから。
 呪いが解けて美しい姿になればより仲良くなれるだろう、という下心は否定しないが、何より尽くしてくれているひとに礼を返さないのはよろしくない。
 けれどラジェルは肩をすくめて、誰にでも出来るような─荷物持ちだの、さほど高価とも言えない薬研道具を求めては「これではダメみたいですね」とはぐらかすばかり。それから何度も会話を要求しても、呪いの話になると上手く話題を変えられてしまい、やがて他のことも話さなくなってしまった。同僚や王にそれとなく相談しても、一向に彼女の望みは分からない。

 ─我が妻の、本当に望むこととは何か。
 どんな願いを叶えれば、私は彼女の呪いを解いてやれるのだろう。

§


 やがて剣呑な古城が見え、周りを確認しつつ門をくぐる。やはり扉を開いてはいないのに、一歩の後見えたのは荘厳な広間だった。しかし最初訪れた時と違うのは、中央に立つ狂騎士が、別の誰かと戦っていたこと。かといって苦戦する様子もなく、狂騎士は難なく珍客を切り捨てた。
 狂騎士はこちらに気付いたのか、小さく鎧の擦れる音を響かせながら剣を杖にしつつ仁王立ちした。

「─我が問いの答えは、得られましたか」

 静かに静かに告げる。ホームズからこの狂騎士の正体がガウェインであると聞くと、確かにその声はガウェインのもののように感じた。しかし普段聞くものより濁りくぐもった音であるのは間違いない。
 一行の並びから一歩、マーリンが身を乗り出した。

「やあ古城の狂騎士よ。我らもその問いの答えを探したが、念望の解をもたらす者は首を振った。何しろ君は真の狂騎士ではないのだから、問答をする権利はないとのことだ」

 そんな言葉に、狂騎士は僅かに視線を下げた。「そうですか。ならば余地はありません」と剣を掲げ、立香たちにも分かるほどの強い殺気を放った。

「私はこの城の主の騎士である。あなた方がその主の言を持ち帰れないのなら、これを排除し、主の帰還を待ちましょう」
「君は一体いつからそうしている?いつまで主の帰還とやらを待つのかな?君には、主の姿が見えないのに」
「故の問答。主にしかわからない解答が主の証。さあ、この剣にて誅しましょう。我が狂気を討たんとする勇士たちよ、跪きなさい─!」

 かつん、と小さな音がよく響いた。今にも剣を振り抜こうとした狂騎士は動きを止め、音を立てた人物へ視線を集める。

「さて、頼まれたからには全うせねばな。土地の構造は理解した。─ここはまさしく世界の果て、果ての幻。大地は燃え、凍え、数多の顔で旅人を脅かす。しかしてわしは到達者、全てを踏み抜き凌駕しよう。ここはわしの島、 大洋の幻島 ウルティマ・トゥーレ ─!」

 ぶわりと熱気が肌を撫で、次いで冷気が足元を覆う。目瞬きの後には、一歩進む毎に増していた重圧が消え去り、体が軽くなった。そして逆に狂騎士が一瞬硬直する。

「ガウェイン、攻撃を!マシュは補助─!」
「承知しました」
「了解です!」

 右手の令呪に魔力を通す。ガウェインに礼装から瞬間強化をかける一方で、ぎこちないながらもすでに硬直を意にも介せず剣を振りかぶる狂騎士の攻撃をマシュが大盾で防ぎ払った。

「…マーリン、今のうちに」
「はいはい。少しは彼らの勇姿を見納めたら?」

 ふん、とそっぽを向くラジエルに、マーリンが幻術をかける。認識から外れるそれを被った状態で、ラジエルは慣れた足取りで戦う彼らの横をすり抜けた。
 ガウェインの剣が狂騎士の剣と交差する。力強く弾き飛ばし即座に胴へ斬り込むも、外套を翻してタイミングをずらされてしまう。鎧ごと叩き斬ってやる気概があっても、その一瞬の意識のズレを直しているうちに狂騎士は身を捻り間合いから抜けていた。次いで休む間もなく、ガウェインにとって見覚えのある剣筋が襲い来る。難なく受けきり再び攻撃に転じた。
 一見、二人の力は僅かにガウェインに傾いているもののほぼ拮抗しているように見えた。マシュが防御に割り込む隙もなく、お互いを睨み合っている。計画上、ここで倒しきる必要はないが、いつ城の最奥へ向かうラジエルに目が向くかわからないのだ。倒せないまでも、できるだけ引き付けておきたい。

「…。何故、あの狂騎士とやらは膝をつかん?」
「え…?」
「わしが正当な城主でないからか?先程から狂騎士に退くよう命じているのに、聞く気配がない」
「…やっぱり、まぁ、そうなるよね。…何せあの狂騎士は、言うとおり─」

 ガウェインの剣が、永き時を経て脆くなっていた狂騎士の剣を叩き折った。同時にその軌道の中にあった鎧兜を割り、ついに狂騎士の素顔が知れる。

「間違いなく、彼はラジエルの騎士なのだから」

 ヘルムの破片が床に散らばる。マシュは驚きに目を丸め、ガウェインは眉根を寄せながら間合いを空けた。現れた素顔に、広間にいる誰もがやはりそうだろうと目を細めた。マーリンは当初から知っていただろうし、ホームズから推理を聞いたマシュや立香たちはもちろん、ガウェインは最初に相対した時から。誰もがわかりきっていたことを、ラジエルだけが否定していた。
 折られた剣を手に、暗いワインレッドのマントを羽織った騎士は、それまで纏っていた黒い靄を晴らし鮮明に立香たちの目に写る。多少の違和はあれど間違えようはない、見覚えのある顔。今目の前でこちらを庇うように背を向けて戦っていた─ガウェインと、同じ顔。眉間にしわが刻まれているものの口元は穏やかに微笑んでいる。

「─ああ、やっと。帰還されましたか」

 そんな発言と同時、最奥の扉が開け放たれる。高濃度の魔力が溢れ、地響きとともにぬるい風が吹いた。そちらに視線を向ければ、六つの翼を背に生やしたラジエルの姿がある。先程までとは違い神々しさまで感じられるが、その表情は険しい。

「……何故、ですか。わたくしにはわからない。どうしてそこに…貴方がいるのです、ガウェイン卿…っ」
「はて。そう申されましても、私は当然のことを成したまで。そうまで苦い顔をされる覚えはありません」

 視線を反らしたまま、ラジエルはその翼で浮遊し広間へと降りた。苦虫を噛み潰した表情のまま、何か言いたげに口を開くものの断念している。

「貴女にはわからないでしょうとも。ですがそれでいいのです、ぎゃふんと言わせてやるのは夢でしたから」
「…ふざけないで…っ」
「至って真面目、狂ってもおりません。ああ、ですがこうやって、貴女の困り顔を見るのは中々新鮮で良いですね」

 にこりと笑って、狂騎士は手端から金の粒子となって溶け始めた。ラジエルが力を取り戻し、城の狂騎士としての任を終えたためだろう。

「…本当は、もうひとつやるべきことがあったのですが……、剣も折られさすがに限界が来たようです。ここを動けませんでしたし、魔女は昼中に姿を現さないものですから、討伐には至らなかった。ですので、そちらの私に託します」
「…!」

 ガウェインへ視線を向け、そのマントを外し手渡した。途端、狂騎士の姿はそれまでとは見違えるように朽ち果てたものへと変わった。鎧は錆び、たくましい体は老いたように。魔力で構築された、尽きぬ限りは滅びもないはずの体がそうまでなったのは、ラジエルが言っていた通り永い放浪の末なのだろう。それを見て、まるで怯えたように唇を震わせる。

「…それほどまで…?どうして…そこまで…」
「どうしてどうしてと、そればかりですね」
「わからないからです。貴方にそこまでの義理はない」

 俯いて溢す姿に、狂騎士は得意げに笑う。

「人とはそういうものです。わからなければ問えばよろしい。私は必ず、貴女の問いに応えるでしょう」

 顔を上げた頃には、狂騎士は姿を消していた。困惑のまま、ラジエルは立香を振り向く。そしてその手前にいるガウェインへと、おそるおそる視線を流した。当のガウェインは無表情で、その感情は読み取れない。手にした狂騎士のマントを眺めながらラジエルの視線を無視していた。言いたげに口を開いても、やはり黙り込む。沈黙が降りた。
 ─と。急にガウェインが目を瞠り、一足でラジエルの側まで詰め寄り剣を振り抜いた。突然の動きに驚いて身構えるラジエルをよそに、聖剣は何かを弾き飛ばした。ガキィン、と金属の音が響き渡る。

「─こんばんは。いえ、こんにちはかしら。どちらでもいいけれど。でも酷いわ、そんなに強く振り払ったら、私の手まで千切れ飛んで行きそう」
「ずっと何者かの気配は感じていましたが。あなたが"魔女"ですか」

 ラジエルの後ろ─立香たちからすれば、その翼で全容は見られない位置に、いつの間にか誰かが立っていた。

「あら、あなたたち…何処かで会ったような気もするわ?でもごめんなさいね、詳しく覚えていないの。敵だったかしら。味方だったかしら。まあどちらでもいいわね」
「……あなたは…!」

 息を飲む。前に遭遇した時よりもずっと虚空を見つめた色のない瞳で微笑む白い女。ピュテアスが小さく舌打ちを漏らした。

「はじめまして。私はシーナ・シヴェール。そこの女神様のね、瞳と翼が欲しくて。でもさっきまでこわい騎士がいたでしょう?だからありがとう、お礼を言うわ。
 ─さあ女神様、もう一度、一緒に踊りましょう」

 悪寒を感じるほど冷たく、魔女は微笑んだ。








 

 シーナ・シヴェール。経緯はわからないが、未来の聖女であったはずのシスター・シーナの、踏み間違えた果ての姿。魔術師モージにより警告を受けた存在。知っている笑みであるのに、どこか冷たく末恐ろしい。ごくりと喉を鳴らした。

「正気を喪い悪性に取り込まれた哀れな亡霊。太陽に手を伸ばし、わたくしを御座から追い落とした上、編纂事象にまで入り込んだ侵入者。
 あなた方にとって見知った顔でも、あれは悪霊の類いです。であれば、今のわたくしでも打ち倒せましょう。─あなた方は任を全うしました。心から感謝いたします。後でマーリンに礼と詫びを預けます、帰還して結構」
「そんな、」
「ここまで来て、まだそんなことを言いますか」

 確かにラジエルの姿は神々しく、手助けなどいらないのかもしれない。けれどここで放って帰るほど薄情ではない。だからこそ食い下がろうとすると、ガウェインが魔女を睨んだままそう言い放った。

「彼女は武人としては大したものではないのでしょう。しかし今の気配の察知すら出来なかった貴女が始末出来ると?」
「が、ガウェイン?」
「なるほど貴女は天上の者、確かに我々サーヴァントよりも強い力をお持ちでしょう。ですが貴女は彼女によって御座を追い落とされた。その事実があって尚、我々を頼らず邪魔者と切り捨てるのですか」

 辛い言葉にラジエルは目を丸くして驚いている。それもそうだろう、そもそも会話が少ないとはいえ、ガウェインが今までラジェルにそんな非難する言葉をかけたことはない。

「いい加減にしたらどうです。…貴女が私にとってか弱い女性であることは、最初から変わらないのです。例え醜い老婆の姿のままであっても、貴女が私を男と見ていなくとも。貴女が私にとって護るべき存在であることは変わりない」
「……貴方に、何が分かりますか」
「幾年も途方のない時間があれば、それくらい考えつくものです。狂騎士は答えのわからない問いなど出さない」

 相手の会話などなんのその、魔女はラジエルに黒鍵を投げ、ガウェインがそれを斬り伏せる。
 一歩踏み近付き魔女自身を切り捨てても、幻影のように揺れるだけで、黒鍵以外はまるで触れることが出来ていない。マーリンが後方で、困ったように顎を撫でた。

「これはまた、厄介な力を手に入れている。…まぁラジエルの御座にまで手を伸ばしたんだ、そこへ至っても不思議はないが」
「マーリン?どういうこと?」
「うーん、君たちはまだ知らない方がいい。認識してしまうと良くない」

 肩をすくめる魔術師に首を傾げながら、進展のない戦いを進める隙を見出だすため彼らに視線を戻した。

「ふふ。私もよくわかっていないけれど、ようやく神様の力を借りられたのよ。何度も宴を行って、それでようやく。何回かに一回のことだけど。
 だからもっともっと、何度だって宴をするわ。たくさんたくさん力を集めて捧げるの。この事は私、きちんと記憶に刻んでいるのよ。宴をして、神様と触れあって、そうすれば─……」

 言葉が止まる。

「……ええと。うん…私が何をしようとしていたかは、忘れてしまったけど。でも次は猟犬を貸して貰えそうなのよ。そうすれば世界を終わらせられるわね。世界を終わらせられれば、ようやく皆眠れるのよ」
「なん…っ!」
「させません。あなたはここで焼き払います」

 動きを止めていた間に。ガウェインは聖剣を宙へ投げていた。手に戻った聖剣を振り抜き、一帯が炎に包まれる。

「っふふ!駄目ね、いけないわ!あなたの炎じゃ私を殺せない!何度でも燃やせばいいわ、何度でも殺してみればいいわ。だって私はすでに屍だもの。どんなに聖なる炎でも、あなたたちでは私を殺せない!」
「─…!」
「アレは─果ての先を見て壊れたのだな」

 ぼそり、空気を決め込んでいたピュテアスが呟いた。

「…ええ。元々彼女は正気を喪っています。果ての先、御座で何かを見たのでしょう」

 かつて彼と出会った特異点で、ピュテアスは白い魔女にそそのかされて果ての先を目指したという。白い魔女─つまりシーナ・シヴェールに。その際特異点に目を向けていたラジエルの隙を狙って御座へ到達してしまった。ラジエルを追い落としたそこで何かがあった。何かと繋がってしまった。ごく僅かな糸だけれど、それでも十分だったのだろう。
 聖剣の炎が魔女を焼き尽くす。灰すら残らず、やがて静寂だけが城の広間に鎮座していた。

「…シヴェールの言うとおり、倒せてはいないのでしょうか」
「そうでしょうね。あくまでもこの場にいた個体を焼き尽くしただけ。 …すでに彼女は境界を跨ぎました。渡航者ではないので自由に行き来出来るわけではないでしょうが、宴とやらを引き続き繰り返すなら、それも可能になる時が来るでしょう。彼女自身がそうなっているのか、神とやらがそうしているのかはわかりませんが」
「……ラジエルはもう大丈夫なの?」

 魔女はひとまず撤退させた。そう分かってから、次に気になるのはラジエルのことだ。問えば、きょとんとしたあと頷きを返す。

「今度は見栄でもなんでもなく、本当に大丈夫です。我々が相対したあの魔女は一時消え、わたくしもこうして力を取り戻しましたので、御座に戻ってこれまでの二の舞だとかそういうこともありません。確認済みです」
「ならよかった…」
「それと─そう、詫びと礼を渡さなければいけませんね」

 そう言ってラジエルが背の翼から羽を一枚抜くと、こちらに差し出した。途端通信越しにダ・ヴィンチが悲鳴を上げる。聖杯相当の魔力リソースらしい。

「でも、いいのですか…?」
「……狂騎士、が。…集めて…くれたというのは、いいのですが。少し量が多いといいますか。ですから、ええ。問題はありません」

 羽、といってもそれは小鳥の羽ほどの大きさですらなく、長さだけなら孔雀のそれだ。

「………狂騎士……ガウェイン卿、にも、礼を…言わねばなりません、ね。……ありがとう、ございます」
「礼など結構。あの私も言っていたでしょう、当然のことをしたまでだと。それより他に言うべきことがあるのでは?」

 珍しく苛立ちを感じさせる物言いに、ラジエルは俯き周りは黙り込んだ。
 狂騎士は去り際、問えと言っていた。愛し合ったわけでもない女のためにそこまで尽くせる理由が、ラジエルにわからないのならば問えと。
 視線を泳がせ、言葉に迷っている。後ろでマーリンが笑いを堪えている気配がするが無視しよう。ガウェインはじっと、ラジエルを見つめていた。

「……貴女は私が、貴女の兄グロマー卿のように、正気を失い狂騎士となるのを恐れていた」
「…!」
「故に私を遠ざけようと─もし貴女の身に何か起きた時、貴女を優先して破滅するようなことがないようにしていた。だから狂騎士となった私の存在を認められなかった」
「そ…、」

 痺れをきらしたガウェインが淡々と告げた言葉に、ラジエルはようやく顔を上げた。一度も見たことのない不安な表情をしている。一方でガウェインはフンと鼻を鳴らし不満そうに目を細めた。

「誉れ高き円卓より選ばれた"貴女の騎士"が、この程度のことで正気を失うと思われていたなら心外ですね」
「…けれど!お兄さまは…」
「グロマー卿は貴女の兄。…兄であって、貴女の騎士ではない。何せこのガウェインこそが貴女を守護する騎士なのですから」

 聖剣を床に突き刺し、片膝をつく。

「確かに円卓の騎士と言えど私と言えど、意味のない放浪を続けていればいずれ磨耗し正気を失うかもしれませんね。ですが今回のこれは意味があった。貴女を護り救うためという理由があった。であれば目的を完遂するまで、正気を失ってなどいられません」

 困惑しきりなラジエルの手を取って、ガウェインは彼女を見上げた。

「さて…もう一度私から問いましょう、ラジェル。貴女が私に望むことは?」
「……、わた…くし、は……、──…」

 言葉を、口にする。それは何故か、周りの者には耳に出来なかった。別言語で言ったのか、マーリンが気を聞かせたのか、ラジエル自身が恥ずかしがってそうしたのか、それともそういうものなのかは定かではなかったが。

「初めて貴女と目が合いました。思っていたよりも美しい」

 それでも確かに願いを聞き入れたガウェインは甘く微笑み、包み絡めたラジエルの右手に口付けを落とした。







 


「ラジェルさん!よかった、カルデアに戻ってきてくれたのですね!」
「ええ。力を取り戻したので分身体を派遣することは容易いものです。……どういうことか呪いも解けましたので、必要があればあちらの姿での力を使うことも可能です」
「ああ、それはよかった。頑張った甲斐があるというものです。個人的には、そちらの姿の方が目の保養になるので問題はありませんが」

 召喚サークルに謎の反応が生じ、確認のため赴けば。カルデアから姿を消していた、大きな剣を手にした幼い姿のラジェルがそこに再召喚されていた。当然もとの記憶も持続したまま、どころかあの特異点でのことも知っている、立香たちと共に経験したままの彼女だ。どこから聞き付けたのかマシュの後ろには過ぎるくらい機嫌のいいガウェインも来ている。しかしラジェルは彼の姿を認識すると一瞬睨み付けたあとそっぽを向いた。

「おや。ははは、恥ずかしがりなのですね、初めて知りました」
「マスター、マシュ。あの男どうにかなりませんか…!」
「え、ええと…」
「あはは…」

 ─確かにガウェインは高潔な騎士だ。……だが俗っぽいところがあるのも、カルデアでは露呈している。
 ……お胸の大きな女性が好み、だとか。
 今まではおそらくカルデアでも、ガウェインはラジェルの素顔が正しく認識できていなかったのだろう。それでも彼女を遠巻きに見守っていたわけだが、対象が明らかに年下の、それでもバストが本来の時とさほど変わらない大きさとなれば─まぁ。機嫌が良くなってしまうのもわからないではない。
 しかしラジェルの表情もどこか、言うとおり恥ずかしがっているようにも見えるのだから、問題はないだろう。苦笑で誤魔化しながら、立香とマシュは今までと違う二人の様子を微笑ましく眺めていた。