交際期間のない結婚はまず詐欺を疑え
朝、万事屋に出勤する途中。このかぶき町ならば日常茶飯事である光景を目にした。自分と同じほどの齢の少女が、ガラの悪い男たちに絡まれている。進行方向にいたからというのもあるにはあるが、侍ならばそんな光景を捨て置くことは出来ない。勿論、かぶき町に住む女性であるならばわざわざ手を出さなくても自ら片付けてしまうかもしれないが、そんなことは理由にならない。木刀をすぐに抜けるようにだけしておいて、男たちに声をかけた。それだけで素直に去るわけもなく―
「弱えーくせに茶々入れてくるんじゃねえよメガネ!」
多勢に無勢。あくまでも多勢に無勢が理由だ。決して僕がただの眼鏡のように手も足も出ずに今こうして男たちに足蹴にされているわけではない。剣が震えたとかそういうのじゃない。そう、絡まれてた女の子が、彼女が逃げてくれれば―そう思って不意に視線を向ける、と。
「大丈夫ですか!?ありがとうございます、助けてくれて…」
「助けてくれてっていうか、これ完全に僕が助けられてますよね」
彼女が背に負っていた、布に包まれた長物が血に汚れている。僕を足蹴にしていた男たちはいつの間にか全員気を失っていて、件の少女だけが元気に健康そうにしゃがみこんで僕の手を拾い上げていた。ずれた眼鏡を丁寧に直してくれて、優しく微笑んだ。
「あの、―私と結婚してください」
「は?」
「キャッ私ったら出会ったばかりの人にこんなこと…ごめんなさい、忘れてください。あ、もう行かなくちゃ。また今度お礼させてくださいね!」
僕が立ち上がったのを確認して、少女は明るく立ち去っていった。
嵐のようで、先程何を言っていたのか、ツッコミも追いつかない。
§
朝早くから、万事屋に客が訪れていた。十五、六歳と思われる少女が、応接ソファで万事屋の主である銀時と相対していた。来客のチャイムで叩き起こされ、まだ半分くらい寝ている状態に近い。
「ぇえ〜と…それで?依頼って何?男探しってこと?」
「男探しじゃなくて結婚相手探しです」
「こんなところじゃなくて普通にお見合いとかしたほうがいいんじゃねえの?」
「そのお見合いさせられるのが嫌でパパに恋人がいるって言い訳したいって話聞いてなかったんですね、わかりました。とりあえず目覚めのもう一発行きます?そうしたら私がさっき言った依頼内容思い出せると思うんですけどぉ」
「あぁ〜はい!次からのお見合いをお断りするために恋人のフリしてくれる人か恋人を見つけたいって話でしたよね!」
笑顔で拳を握った少女に冷や汗をかきながら頭を覚醒させ、先ほど右から左へ受け流した彼女の言葉をかき集める。
名前は永倉。幕府とも繋がりのある、日ノ本が天人に関わるようになるよりも昔からその名を轟かせる武士、永倉家の跡取り娘。跡取りというくらいだから、今は脇に安置されている布でくるまれたものは刀か何かだろう。廃刀令の出たご時世で真剣を持ち歩くのは危ういので、違ったとしても木刀か竹刀の類いと思われる。その実力が如何程かは、これまでの立ち居振舞いではしっかりと判断出来ないが少なくとも肝は座っていることは明白。何せ早朝、寝ていて誰も出てこない万事屋のチャイムを出てくるまでリズミカルに鳴らした上、準備をこなしている間にあの定春を手懐けている。
「見合いで良い男探すのはダメアルか?」
「パパが連れてくる見合い相手、私から見るとお爺様と言える年齢だったりゴリラとかマヨネーズとかそういうのばかりで。私もうちょっと常識人がいいというか。というかそんな決められた本当に愛してもらえるかもわからない男より、もっとかっこよくて強い人がいいというか。というか私も乙女だから、年相応に恋をしたいというか」
「というかそれ万事屋に恋人探し依頼してもあんま変わらなくね?」
銀時が呆れ気味に言うと、は首をかしげて目を細めた。
「だからあくまでも、パパに言い訳として紹介する適当な顔の良い男を紹介してくれればいいんです。期間は今日一日、適度な演技をしつつ臨機応変に動ける人。三食昼寝付きデザート込み」
「着替えて来ます」
「恋人、ひいては旦那様として狙いをつけている男はもういるんですけど、さっき名前も聞かずに急いでこっちに来ちゃったから。時間があれば、万事屋さんにはその人を探してもらいたかったんですけどね」
「…それ、見つけたところで付き合えるのかよ」
「三食昼寝付きデザート込み、もし学生やフリーターだったとしても高給仕事は融通できます。女ってのは狙った獲物は逃さないものなんですよ坂田さん」
「何この子怖い」
銀時が口角をひきつらせつつも、少女の望み通りの役をこなすため正装に着替える。そんな中、自分達が早くに起床したせいで遅い出勤に感じてしまうがいつも通りの時間、もう一人の万事屋職員、志村新八が玄関戸を開けた。
「あれ、珍しいこんな時間からお客さんですか。ってちょっとお茶も出さないで全く…すみません、すぐにお茶出しますね」
「け……ださい」
「はい?あれ君は…」
「結婚してください!!」
ソファから流れるような動作で三ツ指を立てて床に伏す。神楽も銀時も、もちろん新八も、理解不能と目を白くした。
+
「…事情はわかりました。とりあえず、その依頼を、僕がやるってことでいいですか?」
「いえその依頼はもういいです。新八さんが私と結婚してください」
「二言目にはそればっかだな!今朝出会ったばかりの人と結婚なんて出来るわけないでしょう!」
「デザート込み三食昼寝付きの高給取りだ。かなりの高物件だ新八、ごちゃごちゃ言ってないでさっさと婿入りして万事屋に給料持ってこい」
「ふざけんな!なんで万事屋に金流すために人生潰さなくちゃいけないんだよ!」
「人生潰すなんて恋する女の子に酷い言い種ネ。アイドルのおっかけやってるオタクメガネじゃ一生出会えない相手アル。素直に平伏するネ」
「ダメだこいつら完全に丸め込まれてやがる…」
新八は息をついて、ツッコミでずれた眼鏡を直しに向くと咳払いして説得にかかった。新八とて、同い年くらいの女性に好意を向けられて嬉しくない訳ではない。だが出会って間もないどころか数時間も経過してない相手に、人生の相棒を任せる結婚をするなど、あまりにも気が早すぎる話だ。お互い何も知らないし、どこを見てそう思ってくれたのかはわからないが日々生活していて嫌なことがたくさん見つかるかもしれない。一時の気の迷いでそんな大事なことを決めるものではない―新八が真剣にそう話すと、はきょとんと目を丸くしたあとくすくすと笑いだした。
「ふふ…そういうこと言う人なら大丈夫ですよ。私結構か弱い乙女ですけど思ったことはしっかり言うタイプだし、新八さんなら、譲れないことじゃなければ受け入れてくれそうだし、譲れないことなら私も妥協する余裕はあります」
「か弱い…? そんなに僕を高評価してくれるのは嬉しいけど…どうだったとしても、僕だって道場のこともあるし、依頼として恋人のふりをするのはまだしも本当に結婚するなんて出来ませんし、さんだって早計だと思いますよ」
「気の弱いメガネだと思ったのに真面目に断られてしまった…」
「散々持ち上げといて何その落としっぷり!胴上げしてたら川にぶん投げられた時の悪意があるのかないのかわからない微妙な気持ちになるじゃねえか!」
ツッコミも耳に届いているのかいないのか、は顎に手をやり考え込む。
「…わかりました。今回の依頼は、やっぱりキャンセルします。パパには、素直に好きな人がいるって言って断ります」
「おい!新八!早く婚約届け持ってきて名前書いてこい!俺が仲人やっから!」
「新八さんは、今後時間をかけてでも真面目に落とします。お金や地位にこだわらないあなたを、ありのままの私に惚れさせて見せます」
気の抜けた声を背に、は意気揚々と立ち上がり万事屋を出て行った。
―それが彼女との、最初の出会い。
父性とか芽生えなくても情は生まれる
「どーだ新八、あの小娘落とせたか」
「落としてませんというかそういうのじゃないです」
平然と告げる新八に、銀時は鼻をほじりほじりながら「あそう」とジャンプのページを捲った。
「というかやけに今朝は早いですね。僕が来るより先に起きてるなんて、お客さんでもないのに珍しい」
「そりゃーお前、一刻も早くジャンプ読みたくてよぉ。朝飯まだだから頼むわ、あと神楽もな」
「僕あくまでも出勤してんですけど。朝御飯作りに来てるわけじゃないんですけど。まぁいいけど…冷蔵庫何かありましたっけ?」
「さっきついでにコンビニでご飯なう買ってきた」
「また無駄遣いして…コンビニはスーパーより物価高いんですよ、もう」
荷物を下ろし台所へ向かう新八を、顔はジャンプに向けたまま視線で追う。いつもと変わらない、自堕落な日々を送ろうとする銀時に呆れつつも放っておけない良くいえば言えば優しくて悪く言えば馬鹿正直な性格が滲み出ている。
新八が万事屋へ加わってからどれほど経っただろうか。それから神楽と出会い定春と出会い、今では誰一人欠けてはならない大切な家族だ―絶対に口には出さないが。何があってもそれを彼らに伝えることなどしないが、銀時は神楽を娘のように思っているから、もし変な男が神楽と交際したいと言おうものなら神楽の本当の父の代わりとしてその男を精査するだろうし、それはもちろん新八だって同じだ。
神楽は肝が座っているしそんじょそこらの人間より遥かに強いのでそういう意味では心配は少ないが、新八はどうだ。出会う頃よりは、怠けずきちんと毎日鍛練を積んでおり、ツッコミも欠かさず、結果的に巻き込んでしまったと言っても過言ではない銀時の昔の腐れ縁関係でのいざこざや、江戸での事件という実践経験も積まれていて、そこら辺のチンピラよりは確実に強くなっている。絶対に本人に伝えたりしないが。
だが新八は良くも悪くも優しい人間だ。銀時のように悪意ばかりに囲まれて育ってきたわけではなく、基本的にはボケまくる周りに流されずツッコミに徹することもできる。ここは戦場ではないから、いざという時でなければその力を発揮する必要はない。周りのすべて疑うようなことは、なくて良い。
だからこそ、新八は意を決するまでに時間がかかる。真顔で、いつもの調子のままで手を出すことは出来ない男なのだ。
『助けてくれたんです』
深窓のお嬢様曰く、チンピラ数名に絡まれていたところを助けてくれたと言う。けれどその話は、新八本人が「いや、それで僕が逆にボコられたのをさんが助けてくれただけですよ」とひきつった顔で訂正していた。新八はあまり嘘をつかないので、その話は本当なのだろう。そもそもわざわざ自分の情けない話をする必要もない。
今の新八なら、何百人とかいう規模でもなければ、片手程度のチンピラ相手なら難なく伸してしまえるはずだ。チンピラの中に相当の手練れがいたのだとしたら、まだ未知数とはいえが一人で倒してしまえるはずもない。その程度の力がついていることは、いつも一緒にいるからこそ銀時にはわかっていた。それでも逆にボコられたというのは、その性格を表している、という話。
自分がか弱い女であれば、チンピラに絡まれていたところを助けてくれたなんていう少女漫画のような展開があれば、確かに惚れてしまうのも已む無しだろう。だが実際はそうではない。が新八の本当の実力を知っているはずはなく、結果としてその時新八が割って入った意味はなかった。
だというのに、金も地位も力もある若い女が、パッと見冴えない新八に惚れたという。そんな馬鹿なことはあるまい。貰えるものは貰うが、かといってそれだけで新八を任せるわけにはいかない。
「親のようね、貴方」
「うるせーよ。俺は自分の下僕が若い女に騙されて身ぐるみ剥がされ給料の前借りとかされないかってことを心配しているだけだっつの」
「無駄に長いモノローグこさえておいて何を言ってるんだか」
「ちっげーよこれはお前」
万事屋の応接ソファに腰掛けてテレビのニュースを見ているのは、昨日から万事屋に泊まっている銀時の腐れ縁だ。
「なんでもいいけれどね。まぁ、頼まれた分は近いうちに調べておくわ」
「……ああ」
「あ、おはようございますさん。朝御飯食べて行きますか?」
「ありがとう、そうするわ」
頃良く新八が昨晩の残り物とご飯なう、昨日のうちにセットしておいた炊きたてのご飯を盆にのせて戻ってきた。神楽も匂いにつられて起きてきたらしく、前が見えているのかわからない半目のまま定春のエサを準備していた。
新八はすでに自宅で豪華な朝食を摂ったからと、銀時たちが食事を始めたのを見てまた台所に戻っていった。
「こうやって見てると新八くん、良いお婿さんになりそうね」
「お前相変わらず箸の持ち方下手だよな」
「うっせんだよ黙れやお前の指詰めたろか。…調べるまでもなく、永倉家について知っていることはいくつかあるけど、あの大きさの家にはどこにだって良い噂も悪い噂もある。次代当主が一人娘って言う話は本当よ」
「…なら、なんでそんな金持ちの嬢ちゃんがいいとこなんてなんもねえ眼鏡かけ器に惚れるんだよ。良い男なんて選び放題だろ」
「さぁねぇ。周りにいないような普通の男と火遊びしたかったのか、見合いを逃れるためなら誰でもよかったのか、それともまた別の目的か」
「新八がまた悪い女に騙されそうアルか」
ようやく覚醒したのか、銀時との潜めた会話に神楽が声を差し込む。いつだったかキャッツハートだかネコミミイヤーオールドだかに童貞故に騙され財布を盗まれたことがあるのを言っているのだろう。
あの時とは違い、新八はに浮かされてはいないしむしろめげずにいるらしい彼女をやんわりと諌めている。それを思えばこんなにも気を張るのはお門違いかもしれないが―だからこそ、心配してしまうのだろう。勿論重ね重ね、そんなこと態度すら見せたりはしないが。
「永倉がどんな子だったら納得するのか排除するのか知らないけど、まぁ調べればいいんでしょう。若い子の恋路は邪魔するものじゃないわよ銀時」
「お前は若い頃の初恋いつまで引き摺ってるのか知らねえけど、初恋は叶わねえって言うしさっさと男作らねえとあっと言う間にババアになんぞ」
「上等だオラ表出ろや」
刀を手にするを無視して飯をかっこむ。前のとき時のように、数日で片がつけばつけばいいな、と銀時はのんきに考えていた。
柳生篇
「結婚式についての商談に来てもらったというのに、騒がしくてすまない」
「いえ。なんだか楽しそうですね、何かあったんですか?」
「…ちょっとな」
机の上の書類やパンフレットを整え、は出された茶を啜った。彼女を招いた九兵衛は言葉を濁し、正面に座り直すと、咳払いをして「少し頼みたいことがあるんだが」と気まずそうに切り出した。商談のことだろうかとパンフレットへ手を伸ばすとそれを制止して、外の騒ぎについて説明した。
「…え、お嫁さんを取り返しに弟さんが乗り込んできた?」
「ああ。それでやってきたのが、門下を名乗る七名。負ける気はしないがそれなりに手練で、対抗できそうなのが四天王と祖父と僕くらいだ。最近忙しくて体も凝っているだろう、よかったら余興として付き合ってくれないか」
苦笑する九兵衛に苦笑を返して、時間を確認しながらはうなずいた。最近は家業を継ぐ修行と称した仕事に追われて、背に抱えた竹刀を握っていない。門下と戦うのは木刀らしいが、それは貸し出してくれるだろう。湯呑のお茶を飲み干して、一度書類とパンフレットを鞄へ仕舞った。
§
胸元に小皿を宛てがい、だれか来やしないかと思いながら縁側に座り足をぶらつかせていた。今やマンションに改築された家に住んでいるにとっては、柳生家の純和風建築はどこか新鮮だった。
そこへ近付いてくる足音へゆるりと視線を向ける。向こうも気付いたのか瞠目して、その場で足を止めている。が立ち上がると、足音の主―新八は、困惑した表情で肩を揺らした。
「えっと…さん?なんでこんなところに」
「お仕事です。九兵衞さんの結婚式のプランニングに」
「貴方の家そんな商売もやってたんですか…でもすみません、その式はキャンセルになります」
結婚式のプランニングは今回が初めての事業ではあるが、そんなことは些事だろう。身に付けた小皿を見てか、新八は木刀を構える。
「九兵衞さんのお嫁さんて新八さんの姉君だったんですか」
「そうです。あんなやり方で姉上を嫁になんて送れません」
具体的に彼らの間で何があったのかはわからないが、かの柳生家までわざわざ取り返しに来るなんて騒動を起こすくらいならば、なにかあったのだろうと想像するのは容易い。苦笑しながら立ち上がり、も木刀を構えた。
恐怖のようなものを未だ抱えながら、新八はしっかりとこちらを見据えて木刀を向けている。出会った時に見られなかった彼の動きを観察するチャンスだと心中ほくそ笑む。どちらが先手を踏むか見定めつつ、次の瞬間新八が一歩踏み込んだ。軽々と避けるが、それでも食らいつき次の一手を叩き込むも、は木刀でいなし振り払い、くるりと一歩下がった。
こちらからの攻撃はせず、ただ避けるかいなすだけ。やがて新八はそれを察したのか攻撃の手を止め、に厳しい目を向けた。戦う気がないのか、それとも例の一件で新八の力量を判断した上で遊んでいるのかと思い悩む。
「僕には、貴方のような人たちがどんなこと考えて日々過ごしているかなんてさっぱりわかりません。貴方がどういうつもりで僕に、き…求婚したのかもわかりません。僕は剣術道場の跡取り…今や当主と言っても、まともな門下一人もいない、形にすらなっていない、看板すら埃かぶった貧乏人です。姉上みたいに特別美人でもなければさほど強くもないし、すごいところにコネがあるわけでもない」
「……はい」
「だから。…貴方とはまだ結婚はできません。すみません」
一応戦いのさなかであることも忘れて、新八は深く頭を下げた。反応はない。一歩も動かず、構えた木刀も動かさず、何か喋ることもなく、ただどこか遠くで打ち合いの音だけ聞こえている。気まずくなってちらりとの顔を盗み見るも、そこにあったのは悲しむでもなく怒るでもなく、いつも通りに微笑んでいる姿だった。そんな彼女と視線が合い、は「顔を上げてください」と苦笑し木刀を下げた。
「わかりました。謝らないでください、こちらこそ、突拍子もないこと言ってすみませんでした」
「あの、」
「したくない結婚を親から迫られて、きっと私も気が逸っていたんです。人生を共にするからこそ、確かにそういうのはじっくり考えるべきですよね」
「その」
「だから…えっと。…私、」
「あの!」
視線を泳がせて絶え間なく募らせる言葉に大きく声をかければ、はびくりと肩を震わせた。微笑みは消えたが、今更困惑の色が見える。
「…でも、僕も、せっかく知り合えた人とそれだけでさよならするのは寂しいです。なので、よかったらお友達から始めませんか」
「……は?」
「イヤすみません!あの、嫌じゃなかったらでいいんですけど。僕は別にさんのことが嫌いなわけじゃなくて、ただ結婚とかってなると…お互い何も知らないじゃないですか。そういう関係で結婚とか、流石にいろいろと早いと思うんです」
今度は新八が視線を泳がせながらそう語る。時折視界に入るはきょとんとしていて、顔をそらしたままでいると笑い声が聞こえ出した。今までに見た考えがわからない微笑みではなく、うろたえる新八が可笑しいとでも言うように笑っている。
「本当に新八さんは素敵な人ですね」
「えっ…今の会話のどこから…」
「だってさっきのセリフ、つまりは私との結婚を真剣に考えてくれるってことですよね」
「えっ?そ…そうなんですか?」
「正直振られた時はどうにかして新八さんのお皿割ってやろうと思ったんですけど、そういうことなら今回は大人しく引き下がるしかありませんね」
「今すげえことさらっと言ったぞこの子」
「普通の新八さんなら負けない自信ありますもん」
そう言いながらは自分の胸元の小皿を外すと、地面へ叩き落として割った。負けない自信がある、という発言に複雑そうにしながら、新八は一つ息を漏らした。
「頑張ってくださいね。九兵衛さんたちには、普通の新八さんではまず勝てないと思いますけど」
「あのさっきから普通の新八ってなんなんですか。どういう意味ですか。どこにでもいそうな普通のメガネの僕じゃ勝てないってそりゃそうでしょうけど、自覚はありますけども」
「イヤそういう意味じゃなくて。普通の…普段のままの新八さんってことですよ。新八さんは、優しい人だから」
くるりと背を向けるに首を傾げていれば、少女はまた笑ってどこかへ歩き出した。今日はもう帰りますね、とどこか照れくさそうに笑みをこぼして、そのまま去っていった。彼女の姿を見送った後、新八は制止した思考を動かすも理解には至らず、頬を掻いた後踵を返して、しばし中断していた戦いを―とは言っても相手であるも試合の参加者ではあったので閑話休題というところだろうか。他の対戦者や散り散りになった仲間と合流するため移動した。