レモン・マーメイド

高貴なる準男爵





 一晩経って、朝。身動ぎしようとして誰かにがっしり抱き込まれていることに気付くとぼんやりと目を覚ました。汗の匂いと潮の香り、これはバーソロミューだ。次第に記憶がよみがえる。なにやらねちっこいセックスをされたことを。ほとんど耳に入ってこなかったが、なにやらどうこうとうるさく言っていたことを。

「……、」

 結局この男は、好みの年頃の娘を手込めにしたかっただけなのだろうか。"わたし"が欲しいのではなく、私が該当する条件─体格とか、年齢とか、そういうもの─に当てはまる娘を。普段規律正しくしているから、表立ってはできないけれど、いつも私を大切にするようなことを人前で繰り返して、けれど獣の眼光でこちらを狙い。

「……」

 だって男は魔術師ではないから、この瞳の素養の高さを知らない。魔術師ではなくとも、この瞳に価値があることはわかっているみたいだし、なんたって彼は海賊だ。きっと私は、近い将来、やはり瞳を抉られてしまうのではないだろうか。

「ん…、お目覚めかな、
「……」
「どうした?やけに不機嫌そうだが。体が痛いなら、充分休んでくれ。何か用があれば、呼んでくれればいつでも手足になるからね」

 …と。男は微睡み途中の声色で、しかし優しく声をかける。手を伸ばして前髪を掻き分け、とろりと微笑むと、額に口付けて頬をすり合わせた。

「いいかい、。よく聞いて。
 これで君の全ては私のものだ。だからといって意思を縛るつもりもないし、これまで通り丁寧に扱う。これは私の性格の問題だ。けれどその瞳をみだりに別の誰かに見せたりすることは許さないし、逃げることも許さないからね」
「…ぇ」
「そして私の全てが君のものだ。船員として必要な分は戦ってもらうが、私は君を守るし大切にする。決して手放したりはしないから、そのつもりでいてくれ。いいね?」

 呆然とする。男はとけるような甘い笑顔と声のまま淡々とそう告げ、未だに私の体をなぞっている。いいね?と問いかけているわりには、問う語調ではない。よくない、と口にしようとすれば、バーソロミューは笑みを深めた。背筋に冷や汗が伝って、ごくりと生唾を飲み込む。

、君は私をただの男と見ていたかもしれないが、これでも海賊でね。人というのは尊いものだから、君を欲しても丁寧に手筈を整えてきた。だがいつも見ているように、私は本来欲しいと思ったものは必ず奪い取る。ただ君の場合は手法が違ったというだけで結果は変わらない。わかるかな?わからない?まぁうん、しっかり教えていくから、今はわからなくても、君は私のもので、私は君のもの、ということを覚えてくれればいいからね。
私はもう起きるけれど、はまだ寝ているといい」

 額にキスをして、バーソロミューはベッドから降りた。呆けていれば、ひとつウインクして部屋を出ていく。一人残された部屋の中、甲板で錨を上げる船乗りたちの声が響いて。…それ以上思考が働かなくなって、諦めるように瞼を下ろした。


##



、体調はどうかな」
「わりと元気」
「それはよかった。起きられる?」

 日も沈み海の上が静かになりつつある頃になって、船長室で窓の外を眺めていたところへ、本来の部屋主であるバーソロミューが控えめな様子で入ってきた。話を聞けば、あまり引きこもっているのも良くないので夜風にでも当たろう、と。手を引かれて物見台まで登ると、静寂な海と酒盛りをしている騒がしい甲板、そして大きな月とたくさんの星が見えた。私はあまり視力がいいとは言えないが、遠くの背景ならばむしろよく見える方だ。ほうと息を付く。ふと横でバーソロミューがごそごそと何かしていることに気づいた。

「ブドウジュースだ」
「…ん」
「しかしやつらはまったく…夜遅くの酒盛りは禁止しているはずなんだが」

 甲板で騒がしくしている船乗りたちを見下ろして、バーソロミューは苦笑する。杯に注がれたブドウジュースを一口飲んで、己の視線も下方へ向けた。

「まぁ、しばらくは略奪の予定もないし、航海しながらの酒はちゃんと自重しているようだし、見逃すが」
「……前にね、順番を決めて、飲む人飲まない人…それで飲み過ぎなければ、って言ったことある」
「…ふむ。なるほどな、いい案かもしれない」

 聞かなかったことにはするが。そういいつつバーソロミューも杯を傾けた。

×



「ん」
「………ふ、ふふ」
「…なに?」
「いいや、気にしないでくれ」

 怪訝に眉をひそめながらも、はちびりちびり杯を傾けている。今にでも舌舐めずりをして食らいつきたくなるが、こんな誰からも見られる場所でするのは趣味じゃない。
 あの一夜がきっかけ─というほどでもないが、アレで吹っ切れていることは確かだ、とほくそ笑む。何がって、の態度だ。大切に大切に磨き続けて来た宝石は、今、とてもいとおしい色に煌めいている。要は、私に心を開いている。私が与えた飲食物は疑いもなく口にするし、呼んだときにすぐに振り向くし、何より返事をする。「ん」の一言だが。声が聞けないのは寂しいが、その分仕草や態度があからさまで。

「…は可愛いね」
「…」
「とても可愛い。愛らしい。いつだったかな、私の─」
「それいらない」

 眉尻を下げて、そう断じられてしまった。ついつい思いの丈を思い付くまま吐露しようとしてしまったのを容赦なく。口を抑えて黙り込めば、はこちらへ寄って手を伸ばし─下ろした。

「そろそろ戻りたい」
「そうか。じゃあ」
「バーソロミュー」
「なにかな?」
「…、……なんでもない」

 梯子を降りるために抱き上げようとしていれば、はそう呟いて口をつぐんだ。背中に回された手がぎゅうと力を込めて服を掴み、肩口に顔を押し付ける。その様子になるほどと彼女のことを察すると、誰も見ていないいからと思わず顔を歪めた。





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レモン・マーメイド

私のスタールビー



 目覚めればキスをして、船を降りた時は手を繋いで行動する。ぼんやりとしていれば顎を引かれて、頬をすり合わせて。触れるときはとても丁寧な手つきで、二人きりならば手袋を外す。少し汗をかいた手のひらはとても大きくてあたたかい。…ほだされているな、とは思ったが、それはきっと人と人の間のコミュニケーションの問題であって。どうせすぐに捨てられるのだろうと、その時を待っていた。何分、大切に扱われるのに悪い気はしないものだ。すこしうっとおしいくらいではあるが、欲を出さなければ皆に優しくされるだろう。

「…あら、ブラックバート、その子は?」
「私の宝石だ。いいだろう?」
「へぇ、貴方の船にこんな子が乗るなんて驚きね」
「幼くても戦力は随一でね」

 港町の酒場。休息と船の点検、買い出し諸々のためぬ停泊した先で、酒場の男にバーソロミューはにこやかに答えた。私を抱き上げ、力強く抱き締めながら得意気にしているのを見て、酒場の主は肩をすくめて苦笑した。

「こりゃまた厄介なのに捕まってしまったわね、お嬢さん」
「まず手元から放すつもりはないが、もしもの時は頼むよ、マスター。報酬は弾む」
「海賊様のご命令なら逆らえないわねぇ」

 愉しそうに笑っている二人に、首を傾げた。

§



 港町には色々なものがある。船乗りのために水や食糧のつまった大きな大きな樽やらなんやらから始まり、情報もあれば、装飾品なんかも売っている。奪うばかりではこの港という場所に必要なものが揃わなくなるので、ちゃんと代金は払うらしい。

「これはには大きいかな。私とお揃いで十字架でもぶら下げて欲しいが、ふむ。はどれがいい?」
「…どれでもいい」
「そもそも見えないか。うーん、じゃあそうだな、君の瞳と同じ色の宝石を飾った十字架にしようね。ここは他のはあまり面白味がないからこれだけ買おう」

 そんな会話が続き、他の船員が必要物資を買い揃えている中で私とバーソロミューは娯楽品を見て回っていた。粗末な服はひらひらしたものになり、金の装飾も付け加えられ。一通り回った後にはバーソロミューのなんとも言えない視線が突き刺さるのを感じた。
 今晩は停泊したまま翌朝出航するらしい。朝まで酒場に入り浸る者や甲板でゲームに興じる者と過ごし方は様々で、かくいう私はバーソロミューにつれられて酒場に舞い戻っていった。度数の低いものをちびりちびりと飲みながら、傍らではバーソロミューがほろ酔いで私を撫でたり抱き締めたりしている。

「可愛いだろう可愛いだろう?ようやく手にいれたんだ、半年もかかってしまった」
「貴方にしてはよく酔ってるわね」
「いや、酔ってはいない。惚気ているだけさ。平時でももっと自慢したいんだが、…そうだな、やはり酔っていることにしよう」

 ニコニコと聞こえてきそうなほど機嫌がいいのが伝わってくる。言葉の内容は半分ほど無視しているが、とかくそろそろうっとおしい。

「ん?どうした。…もうおやすみかな?しょうがない、なら私もここらで引き上げるとしよう。明日も早いからね」

 酒の代金を多く払って、私を抱き上げて店を出る。…とてもナチュラルに抱き上げられたが、降りようとすればすかさずキスをされて止められることを覚えたので大人しくしている。
 この男は、本当によくわからない。


##



 間際のことを思い出すと、絶望が心を支配する。護るべき男が私を背にして破裂していく様。この男を護ることが私の仕事であって、男もそれを理解していたはずだ。普段私に何を言っていようと、男が私を護る必要はない。むしろ己の前面に引っ張り出して盾にするべきだったのに。
 魔術は魔法じゃない。瀕死どころか即死の状態を癒す方法などない。泣いて、泣いて、泣いて。私はその時初めて、男に恋をしていたことに気付いたのだ。
 疎まれ続けて来た私の瞳を、ただ綺麗だと。肌も髪も真っ白で気味悪がられた身体を、美しいと。私の心に届くまで、何度も何度も言ってくれたのは、この男だけだったのだ。

 多くの海賊船を指揮した稀代の海賊として、男は英霊の座に至った。あの刻までは、彼は魔術になど理解はなく、魔術を扱うことなど出来なかった。けれど英霊─サーヴァントとなれば別である。魔術の粋のようなものであるサーヴァントは、生前の小さなことを再現するにも魔術が必須だ。何しろ存在自体が魔術の塊のようなものなのだから。それも万能を手に入れたかのようにごく自然に、感覚で出来るようになる。そういうものだ。だから私は、彼が座から散歩に出掛けるようなときこそ後ろについて回っていたが、戦いに投げ出されるとなると姿を隠した。船を操る彼の戦いに、私は不要だ。
 …だから彼の強い希望で、召喚の際連れ込まれようと、私は影からついていくだけ。彼はもともと優秀だから、ルールさえ知っていれば私がいなくとも上手く立ち回れる。



 がしりと顎を掴まれる。男はにこにこといつもの笑顔のままで、逃さないとばかりに、手袋に覆われた指先で私の肌を撫でる。

「日常的に摂取するから我慢出来るというものでね」
「ぅ…」

 何の、話だ。

「宝であるなら別だが、私は基本人のものにはさほど執着しない。逆に言えば、自分のものであるなら執着はある方だ。私が飽きたならまだしも、自分のものを奪われたり、失くしたりするのもありえない」

 ちゅ、と頬に口付けられる。そのままあつい舌が肌を撫で、左の目元にまた唇が触れた。

「だからどうしたのかと思ってね?本当はこんな言い方はしたくないんだが、君は私のものであって。ある程度の自由はもちろん許すが、離れて行くのは当然許してやれることではない」
「わた…しは…っ」
「うん。私だって君を奴隷のようには思っていない。君は、私の、宝だ」

 胸がひやりとする。普段温厚で知的な瞳が、獰猛な獣のようにぎらついていた。硬直した体に冷や汗が伝う。

「大切に愛でてきたが、君は自覚がないな」

 ふう、とため息吐き出し体を離したと思えば、わたしの脇の下に手を入れて抱き上げた。視線が同じ高さになって、そのまま抱え込まれる。

「いいかい?言っただろう?君は私のもので、私は君のものだ。ちゃんと分かるまで、何度でも教えるからね」

 がぶり、と。私は獣に噛みつかれた。





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レモン・マーメイド

そのきらめきの美しさは私だけが



、寝るよ。ほらおいで」

 布団をめくって腕の下を叩く。はぼんやりとしていて、もう一度名を呼べば肩を揺らして、視線をさ迷わせた後首を振った。

「散歩、してくる」
「うん?一人で?」
「ん」

 前髪で瞳を隠されてしまえば、その真意を読み取ることは難しい。…この時間ならばをよく気にかけてくれているアンやメアリーや世話焼きなサーヴァントも活動しているだろう。仕方ないと頷けば、はすぐさま踵を返して部屋を出ていった。
 少ししてから後を追う。何をするでもなくさくさくと歩き続け、途中で出会ったメアリーに連れられて食堂へと向かっていた。

「珍しいね、バーソロミューのとこのお宝が一人でいるなんて」
「…散歩」

 食堂ではフランシス・ドレイクとアン・ボニー、メアリー・リードなど数名のサーヴァントが酒盛りをしていた。キッチンを預かるエミヤやブーディカがおつまみを振る舞っている。

「散歩ねぇ…それにしては浮かない顔じゃないかい?」
「そんなことない」
「はは、まぁどうでもいいけどね。飲むかい?」

 首を振る。ドレイクは肩をすくめて、掲げたジョッキを傾けた。

「何かあったの?」
「…なにもないよ」
「そうかしら。、とても悲しい顔してるわ」

 キッチンに飲み物を注文しつつ、アンとメアリーがを囲む。

「……わたし、は…」
「話したくないことでも、皆酒飲んでるし明日には忘れてるよ」

 メアリーがを撫でながら呟いた。あの二人は特にを気に入っているので、私との不和があれば飛び付きたいところだろう。

「…わたし何も出来ないの」
「うん?」
「料理も出来ないし、掃除とかもよくわからないし、面白い話が出来るわけでもない。魔術だって、サーヴァントになってからは、わたしに答えられることなんてなくて」

 ブーディカが脇から飲み物とおつまみを差し入れた。そのままお盆を抱えて、話を聞いている。

「バーソロミューのこと、わたしもきっと愛しているの。でもわたし、…わたしは、人間じゃない」
「……どういうこと?」

 胸をそっと抑えて、は息を吐き出す。
 はアルビニズムだ。先天的に色素が薄く、身体も強くない。奴隷が普通にあった生前の時代的にも、はその見目の特異性から散々な経験を送っていたことだろう。詳しいことは私も知らないが、想像に易い。

「わたしは悪魔で…人間じゃなくて…だ、だから。ここには、あの人と隣に並んで戦える人がいっぱいいて、わ、わたし、は、けっきょく、みせものの、」
!」

 呼吸がおかしい。身を丸めていくにすぐさまブーディカが手を伸ばし対処をはじめる。これはいけない、と隠していた身を翻し彼らの前に乗り出した。途端にメアリーが不機嫌に眉を潜める。といえばこちらに気付き、過呼吸とは別に顔を青ざめさせた。

「ちが、ちがうの、バーティ、わたし、あなたのことを信じてないわけ、じゃ」
「ああ、いや。そこはもう疑っていないが。…すまないね、皆。が迷惑をかけた。もう預かるから、気にしないでくれ」

 何か弁解しようとするのを横に置いて、を抱き上げる。怯えているが、不思議なことに過呼吸は収まってきている。メアリーやアンたちの怪訝な目を無視して、颯爽と自室へと戻った。
 ベッドに下ろし、抱き込んで横たわる。ぽんぽんと宥めるように背中を優しく叩けば、弱々しく私の服を掴みしがみついた。

「ごめんなさい、ごめんなさい、わた、わたしは」
「まぁ、女の子だからね。不安になるのは仕方ない。前の説教は、それでカルデアの皆と不仲を招きかけたからしただけで、怒っているわけではないよ」
「ぁ…う、」
「話は大体聞いていた。…ふむ、そうだな。どうしようか」

 頭を撫でて、考え込む仕草をとれば、の体は恐怖にか震え始める。
 はきっと、言うとおり生まれた時から蔑まれて来たのだろう。出会った時こそ年齢にしては大人びているように見えたが、実際は違う。ぬいぐるみに喜んだり、子供向けの食事を好んだり、素直で感情が表情に出やすかったりと、彼女の情緒はとても幼い。それはおそらく、私がそうしたためだ。生まれた時から私と出会うまで、まともに情緒を成長させることが出来なかった。奴隷商人だとか、そういうものから逃げるために、泣くことも出来なかった。誰かに甘えることがなかった。どうしてそんな状況にならなければいけなかったのかなど、考えることがなかった。
 けれど私と出会い愛され尽くしたことで、殺していた思考回路が再び動き出したのだ。愛を知り、何故そんな過去があらねばならなかったのかと思うようになった。そしてその過去は、愛だけに満ちた人生があることを知れば、醜くも見えるだろう。

。よく聞いて」
「…は、い」
「私はを?」
「あい…している」
「うん。ではは私を?」
「だいす…あいして、いる」

 ご褒美とばかりに額にキスをひとつ。

「私は別に、君が人の形をした何かであってもなんら問題はないよ」
「…ぅ」
「私は君がそうやって悩んだり、喜んだり、楽しんだりしているのが見たい。君の宝石のような瞳を、様々な色で煌めかせて、それを私だけに見せてほしい。他のいろんなメカクレも見たいが、それはどう輝くんだろうと妄想を膨らませて胸を熱くするだけで、輝かせること自体は私の役目ではないと思っている」
「…」
「ん、まぁ。とにかく。君がなんであろうと、君は今のままでいいし、よそ見はするが君を手放す気は毛頭ない。安心してくれ」
「………ん」

 ぐす、と鼻をすすって、震えも止まり、込めていた力も抜かれた。顔を擦り寄せたと思えば、落ち着いた寝息が聞こえる。微笑ましく思いながら、私も眠りについた。





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