目の前で発光し暴発した黒匣を手に、私は別の場所へと来ていた。
残骸となっているそれを持っていた片手は、しびれるように動かない。ルドガーは無事だろうか、ここはどこだろうか―様々なことが気になるが、今はそれどころではなかった。手のダメージが大きくて、その場から移動することも出来なかった。
溜息とも取れる深い吐息を空気になじませながら空を見上げる。精神的に落ち着いてきた頃、場所の把握をするため辺りを見回した。
緑のない荒れた地。大きな石や岩壁が多く、場所の標高は高いようだ。膝で歩いて壁に手をついてどうにか立ち上がり、壁添いにアテのないまま歩き出した。幸い痛みには慣れてきたし、一番痛いのは今使っていない方の手だ。
「……あれは」
来たことのある風景ではあったのだが、ところどころ見覚えのない物が多々あったために、場所の確定が出来なかった。そんなところ、人の気配のある建物を発見したのだ。反対側には、覚えのない水地があったので、最初からこちらに来ていればよかったと疲労する体を思いながら自責する。
「?」
「…――」
気配を感じるよりも先に届いた声に、入り混じる思いを感じながら顔を上げた。そこにあったのは、見覚えはあるものの知らない顔だった。
私の顔をまじまじと見て、確認したあとその男の顔はみるみると笑顔に変わり―
「!ああ…よかった!」
「え、―…」
「よかった、本当によかった…!」
男は手にしていたトマトの入った袋をその場に落として、呆然とする私へ近づき怪我に気付かずその両の手を握り持ち上げた。
目の前の私との出会いに心の底から喜んでいる様が伺える。
「俺だよ。覚えてない?―に最後に会ったのはもう何年も前だから、俺も少しは見目が変わっているかも。俺だよ、―――だ」
「…あ」
名乗られ、初めて感じていた面影に気付く。
にこりと、男が笑った。
§
それからしばらく。
妻だというラル・メル・マータという女性と彼の介抱によって、私の手の怪我は日常生活に何ら支障がないほどには治癒した。
美味しい料理に手厚い歓迎。それまでの生活からは考えられないほどの怠惰が続いたある日、私は重要な事を思い出した。
"それ"を探すためにポケットを探るが、何度も着替えている衣服のどこかにあるはずがない。かと言って、与えられた部屋のどこかに仕舞った覚えは欠片もない。
―ここがどこかは、分かっている。具体的な場所ではなく、どういった場所かという概念が。
しかしそうであるならば、手元に"それ"がないと困るのだ。なぜなら、それがなければこの場所から出て行くことが出来ないから。
ごくりと唾を飲み込む。夜食を済ませもう寝にいる時間だが、素早く要件を聞いて済ませばいいだろう。そう考えて与えられた部屋から出てこの家の主の寝室の扉を叩く。
「さんの時計?」
「ええ。幼いころから持っていた懐中時計なのだけど」
「…さぁ…あの人ならなにか知っているかも知れないけど、生憎今日は特別な仕事ができてしまったとかでさっき出かけてしまったの」
「そう…ですか。夜遅くにすみません」
いいえ、とラルは笑んで踵を返す。ベッドの上でぐずりだした、ラルとよく似た顔の赤子にあわてて近付いて優しく撫でていた。おやすみなさい、と呟いて部屋を出ると、おやすみなさいとラルも返事をした。
「……」
自分に用意された部屋へ向かう廊下を見つめながら歩く。―そこで初めて、外に複数の気配があることに気付いた。勢い良く首を振り窓から外を見れば、見覚えのある男と対面するように、何人かの武器を持った人間が立っていた。
見覚えは―ある。数名の内の少数は、知っている人だ。それにしても尋常じゃない雰囲気で、私は考えるより先に部屋に走り、置いてあった武器をひっつかんで現場に一番近い窓から出るため廊下へ戻る。
「どうしたの…?外が騒がしいみたいですけど」
ラルの声を無視して外へ飛び出る。
彼らは何か言い合っているようで、お互い必死な表情だ。
その直後、彼が携えていた武器を構える。何かいうこともなく地面を蹴って、対面していた人達に一人斬りこんで行く姿は、やはり見覚えのある体制をとっていて。
しかし多勢に無勢、10人近い相手に一人では太刀打ち出来ないようだった。軽い疲労に膝をついた時、私は咄嗟に彼の前へ飛び出て襲い来る攻撃を弾いた。
「…!」
「?って…まさか!」
彼らは私の顔に、というよりという名に驚いてみせた。―彼らの事情は知らないし話してはくれないだろうが、ここまで圧倒的に彼を倒そうとしている彼らを放置するわけには行かない。
私はこれでも、戦う術には自信がある。
どよめく彼らの内、一番見覚えのある顔が無表情にこちらへ進んだ。二つの刃を構えている。
その剣を受け止め弾き返す。
「先にこっちを倒せ!どうせもう動けない!」
その言葉に、他のメンバーも意を決したようにこちらへ攻撃の手を向けた。未知な術が、光が、包み込むように襲い掛かり地面に射止める。痛みに息を止めながらも、己の武器を投げた。それを好機と見たのか、一人が武器を構えて攻撃するも、タイミング良く返ってきた私の武器に横たわる。飛来するそれを振り回しつつ彼らを圧倒するが、さすがに背後を守りながら多勢相手となれば、いくら何でも無理があったらしい。銃弾に、刃に、不思議な光に、拳に、ついに膝をついた。
「…逃げて、くれ…これ以上、君のそんな姿見たくない…」
「黙って!事情はわからないけど、貴方が一方的に攻撃されているのを見過ごせない!」
私が叫ぶと、背にかばっていた男は言葉を失った。逆に目の前の敵達は、悲しそうな悔しそうな、そんな歯がゆい表情をしている。―よく知っている顔がいるが、知らぬフリだ。
有り体に言えばブーメランに属する武器を体全体を回し遠心力で強く飛ばした。手隙になった私を近接武器である剣や拳の使い手が素早く間合いを詰める。息のあったコンビネーションを見せる二人の攻撃をバックステップで避けて、後方支援に務める敵達の体勢を崩し戻ってきたブーメランを掴み、その勢いのまま近くの敵を弾き飛ばす。
ブーメランを分割し二つの剣として両手に構えると、再び攻撃を再開しようとした杖を構える少女に駆け寄り―咄嗟に、刃の反対側で袈裟斬りした。それでも勢い良く叩き込まれた鋼に少女は痛みに顔を歪め、その場にうずくまる。
「――――!」
「さん、どうして!」
何故私の名を知っているのか―いや、疑問に思うまでもない。この戦いでそれまで一度も刃を重ねてない最後の一人に視線を向けるとそのメガネの男は唇を噛んでいた。
この男が自分の知っている人物なら、この状況で戦うには分が悪い。私も相手を見て剣を構えなおした。
同時に地面を蹴り剣戟を交わす。単純な力で負けている上に何より手の内を読まれている。睨み合っていると―
「今だ!」
「ッ!」
攻撃を受け流していたところだ。男が突如そう叫ぶのと同時に、先程まで間合いを持って見ていたうちの誰かが、私の背を斬りつけた。目の前の男との戦いに集中していたのもあり、防御も遅れそのまま崩れ落ちる。膝をついて剣を杖に立ち上がろうとするも、今まで暫く療養として動いていなかったせいもあり力が残っていなかった。
「…お前でも、邪魔をするなら殺す。これは運命だ。せざるを得ない選択だ。知っているだろう?知らないはずがないだろう?」
男は目を細めて悲しげに俯くと、片方の刃を振り上げた。
「―――ッ!!」