Fate which begins to run.



01


 目の前のあんまりな状況にため息が出る。

「……」

 一年前、嫌な夢を見た。大切な人(―によく似た人)に、殺される夢だ。その後兄さんと同じクランスピア社の採用試験には落ちるし、就職活動も一年近くかかってようやく決まった就職先も、今日のごたごたに巻き込まれて遅刻どころじゃない。
 背後にいたらしい知らない少女には、触っても喋っても居ないのに痴漢扱いされるし不運なんて言葉じゃ済まされない気がする。
 で、今は。"アルクノア"とかいう隣国との和平に反対しているテロ組織が乗っ取った列車に―行きがかり上、仕方なく乗り込んでしまい。当然だがアルクノアに見つかって命を狙われかけてしまうし。
 初出勤途中出会ったジュードと再会したのはいいものの、出来る限りの危険の回避としてこの列車アスコルドを止めるため、アルクノアたちを倒しながら先頭車両へ進んでいる最中だ。
 いくら兄さんの真似をして戦い慣れているとは言っても、辺りにはアルクノアの奴らに殺された人たちが転がっている。つまり相手は人を"殺し"慣れていて、そんな奴らを倒すにはこちらも同じだけの気持ちで行く必要があるというわけだ。

「…あの奥が運転室みたい。僕が先に行くね、フォロー頼める?ルドガー。 …大丈夫、慣れてるんだ、こういうの」

 …本当に、ため息が出る。どんな経緯があったのかわからないが、そんな状況に慣れていると言い放ったジュードにも驚きと困惑が隠せないでいた。本業は医学者なんだけど、と呟いているが、医学者がいったいどんな縁でこんな状況に慣れてしまうのか。

「行こう!ルドガー!」

 素早く走りだすジュードに続いて、運転室への階段を駆け登る。

「…これは!」
「ルドガー…何故」

 そこには、すぐ消えてしまったものの黒いモヤをまとった兄さん―ユリウスがいた。
 何故、と聞きたいのはこっちだ。そう聞き返せば、ユリウスは表情を曇らせて俯いて、「見たのか」と呟くようにこぼした。
 俺がそれに頷くと、後ろから軽快な足音が近づいてくる。振り向くとそこに居たのはあの少女と、クランスピア社社長のビズリー・カルシ・バクーとその秘書だった。

「あ!パパの時計知らない?」
「さすがはクラウンエージェント・ユリウス。仕事が早い」
「…戯れはやめてください、社長」

 ユリウスの言葉を聞いているのかいないのか、ビズリーはちらりと俺を一瞥しながらユリウスに近づいていく。「こんな優秀な弟がいたとは」そう口にしてユリウスの前で立ち止まった。

「大事に守ってきたようだな。優しい兄さんたちだ」
「…―当然だろうッ!」

 双剣を持ち直したと思えば、ユリウスはその切っ先をビズリーの首筋に向かって斬りつけた。しかし余裕の笑みで大きく動くこともなく避けると、「いいのか、弟の前で?」と薄く口角を上げる。ユリウスは舌打ちするとアクティブに後ろへ下がり、ポケットに入れていた金と銀の時計を両手に持ち見せつけるように掲げた。

「その時計!…っあれ?」

 少女が前に飛び出し駆け寄ると、先ほど列車内で再会した時に俺が触れてから姿を消していたよく似た懐中時計がその胸に再び現れ光を放つ。
 それに驚いたのは俺だけではなかった。ユリウスも瞠目し、ビズリーも眉根を寄せて振り返る。しかしその現象を確認している暇もなく、奥に隠れていたらしい一人のアルクノアが武器をこちらに向けていた。
 俺は咄嗟に、自衛手段のないだろう少女を庇う。

「我々は認めん!リーゼ・マクシアとの融和など!」

 辺り構わず放たれた銃弾は、ユリウスの金の時計を弾き飛ばした。それは高く宙に上がると狙ったかのように少女の傍に落ちてくる。再び光り始めた時計に困惑しその場に立ち尽くす少女の腕をひっつかみ逃げようとした。

 ―何かが侵食するような感覚。自分の中の歯車が解き放たれたようなビジョン。

「ッあ ぁぁあああ――ッ!!」

 痛みにも似た全身を駆け巡る"何か"を感じながら、いつの間にか手に持っていた槍のようなものに困惑するでもなく考えるでもなく、直感でアルクノアへと振り投げた。
 すると、暗転。すぐに一体が白くなり、また"何か"が変わった。

























Fate which begins to run.



02


「…今のは…」

 目の前をクリアにするため首を振りながら立ち上がれば、ジュードが困惑しながら呟いた。怪我も何もない。変わったことは―いつの間にか、いる場所が違う。
 俺自身も意味がわからなくてジュードと少女へ視線を向ければ、少女はさっとジュートの背に隠れてしまった。

「えっと…」
「…エルはエル。エル・メル・マータ」
「心配ないよ、エル」

優しく笑いかけるジュードに多少和らぎつつも、少女―エルはぴしっと俺に人差し指を向けて「心配ある!」と叫んだ。

「その人も、時計も変になったし!」

 変に、なった。認めたくないが、それは確かだった。槍を投げた右手を見て、俺は顔をしかめる。…けれど、何も言わないジュードを不思議に思って顔を上げれば、ジュードは困ったように微笑んでいた。

「…僕、不思議なことに縁があって。四大精霊とか、精霊の主とか、ステマ・ロードとか、ね」
「また来た!」

 言葉を返す暇もなく、再びアルクノアがやってきたらしい。目ざとく見つけたエルが指をさす。すぐに臨戦態勢になって構えるも、入り口に立っていたアルクノアはゆっくりと倒れ、その後ろには俺の知っている顔が現れた。

「ヴェランド頭取、こっちです」
「お見事、ノヴァくん。警備の者にも見習わせたいよ」

 ノヴァと呼ばれた俺の知っている顔は、俺を見つけると驚いた顔をしてみせた。友達なの、と聞くエルに「同級生だよ」とにこやかに答えるノヴァだったが、その瞬間列車が大きく揺れたことで、今やるべきことを思い出した。
 どんな状況だろうと"テロ組織が""列車を襲っている"のは変わらない。ジュードがノヴァに改めて状況を聞く。

「白いコートのテロリストが、乗客を無差別に…」

 白いコート。一瞬感じた嫌な予感を無視して、ジュードと二人先頭車両に向かって歩き始める。ついてこようとするエルを宥めるも、結局押し切られ三人で行くこととなった。
 その時エルが口にした、『カナンの地』というのが、気になったが。

























Fate which begins to run.



03


「来るな」

 先頭車両、運転室の扉の前。またもや知った顔と再び遭遇した。一歩近づけば、白いコートの男―ユリウスが、冷たくそう告げた。

「…全部俺に任せろ。お前が知る必要はない」

 トンネルにでも入ったのか、窓から差し込んでいた光が遮断され辺りが暗くなった。それでも何か答えを得ようと一歩踏み出せば、ユリウスはゆっくりと剣を構える。

「―必要ないと」
「ッルドガー!」
「言っただろう!」

 ユリウスの顔が黒くブレる。一瞬で間合いを詰め繰り出された攻撃はジュードが庇ってくれたものの、油断していたせいで即座に反撃することも出来ない。幾つか攻撃を躱し合ったものの、戸惑いで剣が鈍り階段下へと二人揃って弾き飛ばされた。―エルたちは上手いこと隠れているようだ。
 階段下の床へ届くまでの間にも、ジュードは空中で蹴飛ばされ俺は床に衝突するまで何度も踏みつけられた。咳をしながらジュードが応急処置として治癒術をかけてくれたものの、胸部を強く攻撃されて呼吸がしづらい。普段向けられることなんてありえない殺気を浴びながら、こんなことはありえない、そう考えながらユリウスの攻撃を防いでいた。

「これは一体…!」
「なんなの!?」

 ジュードは俺が理解していないことを理解しているのか、それとも"慣れている"から敵意に真正面から向かうことができるのか、拳をいくつもユリウスに喰らわせているが俺は本当に攻撃を防ぐことしかできないでいた。

「ルドガー…!」

 俺がユリウスを攻撃出来ない理由を察したジュードは、悲しげに俺を呼ぶ。しかし俺にはそんな覚悟は出来ないのだ。
 力強い兄の一閃に俺は怯み、ゆっくりと後方へバランスを崩していく。もう終わりだ。

「スターストローク!」
「えっ…」
「油断してないで!」

 凛とした声が聞こえたと思えば、地を這う斬撃がユリウスを襲っていた。とは言えそれを避けて間合いを空けたユリウスと俺の前に踊り出たのは、白衣をなびかせた一人の少女だった。

「数秒でいい、時間を稼いで!」
「わ、わかった!」

 少女の指示に慌ててジュードがユリウスに向かい拳を構え直す。その間、呆然とする俺の前で少女は剣を胸に抱え込むようにして何かをつぶやきはじめた。

「―纏え楔、縫い止めよ!『フェアハフト』!」

 奇怪な模様がユリウスの足元に現れ、そこから鎖のようなものがユリウスの体を絡めとり動きを止めた。少女はすぐにジュードの隣へと走り、アローサルオーブとかいうのでリンクをつなげる。

「行くわよジュード!スターストローク!」
「う、うん!魔神拳!」
「「魔神連牙斬!!」」

 突如乱入してきた相手とは思えないほどのコンビネーションで、少女はジュードと共鳴術技を決めた。強い攻撃にユリウスはフラつき、その一瞬の間にさらに少女の攻撃についに床に倒れこむ。
 倒れたユリウスは顔だけじゃなく服の下の全身を黒く染め、その目は人のものではなかった。少女は冷たくユリウスを見下ろし、それを気にしながらもジュードは運転室へと走って行った。
 遅れてやってきたノヴァとヴェランド頭取が、この惨状を見て顔を青くする。何人も倒れている人たちはこの人の部下だったようで、犯人であるユリウスを見て「早く殺せ」と叫んだ。呆然としていた俺はハッとして辺りを見回す。俺に言われたのだろうか。少女は俺を見ているし、ノヴァたちも俺を見ている。
 …けれど。けれど、最後にだけでも俺が兄さんを殺せるはずなんてない。嫌な考えを払拭するように首を振った。

「庇うのか?この化け物を!」

 なんと言われようと、できるはずがない。

「優しいな…お前は」

 ユリウスは薄く笑って、いつもの優しい声色でそう言った。ゆっくりと立ち上がって、俺を見る。―けれど。

「だからッ!」

 右手に持っていた剣が、勢い良く放たれる。切っ先はヴェランド頭取とノヴァを切り裂いて列車の柱に突き刺さった。
 少女は具合悪そうに顔色を変えて目を背けている。エルは目を大きく見開いてぼうぜんと口を開けていた。
 もう一つ手に残っていたユリウスの剣は、いつの間にか俺の首筋に当てられていた。「来るなといったんだ」憎々しげにつぶやかれて、俺は混乱の末頭がパンクしそうだった。

「…下がっていて。ごめんなさい、あなた達の世界を壊すことになるけれど―」
「やあああ――ッ!」

 少女が言いかけたのと一緒に、エルが叫ぶ。
 ―また、あの感覚だ。何かが侵食するような感覚。自分の中の歯車が解き放たれたようなビジョン。やはり再び手には奇怪な形の槍が握られていて、次の瞬間にはその槍でユリウスを貫いていた。
 魔物が消えてなくなるように霧散して、槍の先には時計のような、歯車のようなものがひっかかっていた。

「ダメだ!ブレーキが壊されて―ッ!」

 ジュードが運転室から焦った顔で戻ってきた。俺の姿を見て顔をしかめて声を失う。

「な、なにこれ…」
「……あなたが…あなた達が…」

 少女は怯えたような、焦ったような入り混じった表情で槍の先の歯車と俺の顔を見ていた。
 歯車はチクタクと音を刻んだ後光に包まれ、そこからガラスが割れるように空間にヒビが入る。その光に吸い込まれるように、俺達はまた暗転した。