03
「来るな」
先頭車両、運転室の扉の前。またもや知った顔と再び遭遇した。一歩近づけば、白いコートの男―ユリウスが、冷たくそう告げた。
「…全部俺に任せろ。お前が知る必要はない」
トンネルにでも入ったのか、窓から差し込んでいた光が遮断され辺りが暗くなった。それでも何か答えを得ようと一歩踏み出せば、ユリウスはゆっくりと剣を構える。
「―必要ないと」
「ッルドガー!」
「言っただろう!」
ユリウスの顔が黒くブレる。一瞬で間合いを詰め繰り出された攻撃はジュードが庇ってくれたものの、油断していたせいで即座に反撃することも出来ない。幾つか攻撃を躱し合ったものの、戸惑いで剣が鈍り階段下へと二人揃って弾き飛ばされた。―エルたちは上手いこと隠れているようだ。
階段下の床へ届くまでの間にも、ジュードは空中で蹴飛ばされ俺は床に衝突するまで何度も踏みつけられた。咳をしながらジュードが応急処置として治癒術をかけてくれたものの、胸部を強く攻撃されて呼吸がしづらい。普段向けられることなんてありえない殺気を浴びながら、こんなことはありえない、そう考えながらユリウスの攻撃を防いでいた。
「これは一体…!」
「なんなの!?」
ジュードは俺が理解していないことを理解しているのか、それとも"慣れている"から敵意に真正面から向かうことができるのか、拳をいくつもユリウスに喰らわせているが俺は本当に攻撃を防ぐことしかできないでいた。
「ルドガー…!」
俺がユリウスを攻撃出来ない理由を察したジュードは、悲しげに俺を呼ぶ。しかし俺にはそんな覚悟は出来ないのだ。
力強い兄の一閃に俺は怯み、ゆっくりと後方へバランスを崩していく。もう終わりだ。
「スターストローク!」
「えっ…」
「油断してないで!」
凛とした声が聞こえたと思えば、地を這う斬撃がユリウスを襲っていた。とは言えそれを避けて間合いを空けたユリウスと俺の前に踊り出たのは、白衣をなびかせた一人の少女だった。
「数秒でいい、時間を稼いで!」
「わ、わかった!」
少女の指示に慌ててジュードがユリウスに向かい拳を構え直す。その間、呆然とする俺の前で少女は剣を胸に抱え込むようにして何かをつぶやきはじめた。
「―纏え楔、縫い止めよ!『フェアハフト』!」
奇怪な模様がユリウスの足元に現れ、そこから鎖のようなものがユリウスの体を絡めとり動きを止めた。少女はすぐにジュードの隣へと走り、アローサルオーブとかいうのでリンクをつなげる。
「行くわよジュード!スターストローク!」
「う、うん!魔神拳!」
「「魔神連牙斬!!」」
突如乱入してきた相手とは思えないほどのコンビネーションで、少女はジュードと共鳴術技を決めた。強い攻撃にユリウスはフラつき、その一瞬の間にさらに少女の攻撃についに床に倒れこむ。
倒れたユリウスは顔だけじゃなく服の下の全身を黒く染め、その目は人のものではなかった。少女は冷たくユリウスを見下ろし、それを気にしながらもジュードは運転室へと走って行った。
遅れてやってきたノヴァとヴェランド頭取が、この惨状を見て顔を青くする。何人も倒れている人たちはこの人の部下だったようで、犯人であるユリウスを見て「早く殺せ」と叫んだ。呆然としていた俺はハッとして辺りを見回す。俺に言われたのだろうか。少女は俺を見ているし、ノヴァたちも俺を見ている。
…けれど。けれど、最後にだけでも俺が兄さんを殺せるはずなんてない。嫌な考えを払拭するように首を振った。
「庇うのか?この化け物を!」
なんと言われようと、できるはずがない。
「優しいな…お前は」
ユリウスは薄く笑って、いつもの優しい声色でそう言った。ゆっくりと立ち上がって、俺を見る。―けれど。
「だからッ!」
右手に持っていた剣が、勢い良く放たれる。切っ先はヴェランド頭取とノヴァを切り裂いて列車の柱に突き刺さった。
少女は具合悪そうに顔色を変えて目を背けている。エルは目を大きく見開いてぼうぜんと口を開けていた。
もう一つ手に残っていたユリウスの剣は、いつの間にか俺の首筋に当てられていた。「来るなといったんだ」憎々しげにつぶやかれて、俺は混乱の末頭がパンクしそうだった。
「…下がっていて。ごめんなさい、あなた達の世界を壊すことになるけれど―」
「やあああ――ッ!」
少女が言いかけたのと一緒に、エルが叫ぶ。
―また、あの感覚だ。何かが侵食するような感覚。自分の中の歯車が解き放たれたようなビジョン。やはり再び手には奇怪な形の槍が握られていて、次の瞬間にはその槍でユリウスを貫いていた。
魔物が消えてなくなるように霧散して、槍の先には時計のような、歯車のようなものがひっかかっていた。
「ダメだ!ブレーキが壊されて―ッ!」
ジュードが運転室から焦った顔で戻ってきた。俺の姿を見て顔をしかめて声を失う。
「な、なにこれ…」
「……あなたが…あなた達が…」
少女は怯えたような、焦ったような入り混じった表情で槍の先の歯車と俺の顔を見ていた。
歯車はチクタクと音を刻んだ後光に包まれ、そこからガラスが割れるように空間にヒビが入る。その光に吸い込まれるように、俺達はまた暗転した。