04
急に視界が変わって、屋上に居たはずの場所も変わっていて。けれどこの感覚は、俺にとってはすでに知ってはいるものだった。
「…まさか、クレミアか?」
何を話すよりも先にアルヴィンが呟く。知らない内に―ヴォルトを貫く時辺りから増えている一人の少女を見下げると、視線が合ってにこりと笑まれる。小学生くらいに見える体躯だが、ずいぶんと貫禄のある目つきをしていた。
「いやはやさすがクルスニク。言わずともその使命を遂行するとは―それにしても、クルスニクに遭遇しているのなら教えてくれればいいものを。そんな体調で無理をするものではないぞ」
「ちょーっとまてよクレミア。なんでそんな姿かなんてのはこの際どうでもいい、今まで何処行ってたんだとかいろいろ聞きたいことはあるが、何よりさっきのはなんだ!?」
「そうだな、そんなことよりバランを助けに行くほうが先決じゃあないか?」
肩を掴んで詰め寄るアルヴィンにクレミアはニヤリと笑って躱す。俺たちも最初の目的を思い出して仕方なく移動する。先ほど通った道を進みながら初めての場所のはずなのに慣れた足取りで屋上へ向かう。…先ほどは、ずいぶん迷ったが。は先ほどから少し体調が悪そうになっていて、途中の部屋で休む事となった。しかし事態は急ぐため、俺達はそのまま屋上を目指している。
「…誰もいない…」
再びやってきた屋上には、放電する源霊匣ヴォルトもアルクノアも、バランも居ない。
辺りを見回した後、「出てこいよバラン」とアルヴィンが強く声を張り上げると、この屋上よりも少しだけ高い隣接する建物の方にいた。
バランが降りてきて訝しげに俺を見る。俺やエルが自己紹介した後、ジュードはまるで怒ったようにバランに詰め寄る。源霊匣ヴォルトについてだ。俺は正直あまり詳しくないためその重要性やら危険性がわからないのだが―いや、先ほどのヴォルトの暴走を考えれば、危険性は理解できる。
「源霊匣ヴォルトなんて作ってないし、作る準備もしてないってば」
「…じゃあ、が一人で進めていたんですか?」
「そんなのやってたらいくらなんでもわかるよ。そもそも彼女はここ暫く研究所にすらいなかったじゃないか。…大体、が作成した物以外の源霊匣そのものの制御がうまく行ってないのに、大精霊クラスなんて無茶過ぎるだろ」
けれど、実際に俺たちは源霊匣ヴォルトと戦った。だからこそ、そんな不安を抱えているのだろう。
…だが、今はそれよりもバランに聞くことがある。そもそもバランを目指す理由はそのためだ。俺はユリウスの名を出すとバランは首を傾げていた。今指名手配されているユリウスのことを聞かれ、俺のことを怪しんでいるらしい。ジュードが俺がユリウスの弟であることを明かすと、なるほどとバランは笑った。
「ユリウスとは半年くらい会ってないよ。列車テロのニュースを聞いて驚いてたとこさ」
「行き先に心当たりはありませんか?」
「…カナンの地、とか?」
エルの言葉に、それまで我関せずを貫いていたクレミアが顔を上げた。驚いたような顔をしてエルを見る。
一方バランは腕を組んで思い出すように首を傾げた。
「カナン…そんなこと言っていたような。なんだか知らないけど」
「そうだ!クレミア、クレミアならカナンの地の事知ってるんじゃない?」
「カナンの地は、魂を浄化し循環させる聖地よ」
思い出したようにクレミアを振り返るジュードに答えたのは、クレミアではなかった。清楚な女性の声がどこからか聞こえるが屋上の扉が開いたでもなく、俺達は辺りを見回す―そして上を見ると、幻想的な形の翼を背にした女性がふわふわと浮いていて、こちらを見てふわりと笑った。
「こんにちは、ジュード。お久しぶり、クレミア」
エルは「何アレ!?」と大きな手振りで驚きを現す。…そういえば、実際に空を飛んでいる人間なんて早々いないのだから、驚いて当然だ。エルの問いにエリーゼとティポが答えてくれた。彼女は精霊で名をミュゼという。そして、ミラのお姉さん。…ミラとは誰だろうか。エルも知らないようで首を傾げていた。
「どうして人間界に?」
「ミラがいなくなっちゃったの。魂の浄化に問題が起きたと言っていたわ。私の力を使って精霊界を飛び出した後、連絡がつかなくなっちゃって」
「…人間界に来てるの?」
「そのはずだけど…会ってないのね。無事ならあなた達と一緒にいると思ったんだけど…クレミアもなかなか連絡が付かなかったし…あら」
ちら、とミュゼはクレミアを見る。しかしなにか驚いた顔をして、唖然と開けた口を隠すように手をやった。
「そういえば、クレミア、そのお姿は一体?」
「わざわざ説明をさせるな、ミュゼ。お前ならわかるだろう」
「いえ、ふふ。ジュード達も不思議がっているだろうからと思ったのですけど。まぁ、そちらにはそちらの順序があるものね。…それじゃあ、みんな。私はミラを探しに行くわ」
そう言ってふわふわと飛んでいってしまった。
場を支配した沈黙を壊したのはジュードだった。怒ったような表情で、少女の姿のクレミアに詰め寄る。
「それで、どういうことなのクレミア。その姿もだけど、をこき使ってまで今まで何してたの」
「そう怒らないでくれジュード。が体調を崩すまで顧みなかったのは悪いと思っている」
「…ッは自分のこと言わないから、そこはクレミアを責めない。けどそう無理をしなきゃいけないものなの?」
クレミアはジュードを一瞥して、悩むように手を顎にやる。
「そうだな。事は一刻を争う」
「ミラが精霊界を飛び出したのも同じ理由?」
「…おそらくは」
二人はほんの少しの間無言で見つめ合った(目つきは睨んでいるようだったが)あと、ジュードは諦めたように溜息をついた。
俺達は全然話に追いつけなくて、エルと見合って首を傾げたりしていたのだがようやく終わったようだ。
「あーッ!クレミアだ!なんか小さいけど…何かあったの!?」
「おや、エリーゼさんも」
見計らっていたかのようなタイミングでレイアとローエンがやってきた。よう、とクレミアが片手を上げて挨拶して、エリーゼたちと挨拶したあと「は?」と首を傾げる。
俺が途中で倒れて仮眠室で休んでいると説明すると、次にジュードがエリーゼに会った経緯、そしてクレミアに会った経緯、更には先ほどまでミュゼが来ていたことを話した。かと言ってもクレミアが"この姿"なのも、ミラという人が何処へいるのかもわからないので、現状しか説明できないのだが。
そっか、とレイアがひと通りを聞いて頷いた直後、俺のGHSが鳴る。相手はヴェル―ビズリーの秘書だ。ユリウスの目撃情報が入ったらしい。
「場所はイラート海停です」
「…?」
「リーゼ・マクシアにある港ですよ」
知らない名称に首を傾げればエリーゼが教えてくれた。
「別の探索エージェントも急行していますので、お急ぎを」
GHSの通信が切れる。次の行き先が決まった、と意気込む反面ユリウスが未だ指名手配されているという現実をつきつけられて何ともいえない感情を持っていると、
「またお金返さないとだね!」
…というエルの言葉に、低空飛行ながら浮いていた俺の気分は地へと叩きつけられたのだった。