The devil which lives in a back alley



01


 やっとこさ一つだけでも移動制限が解除される額の借金を返済した。ひとまず向かったのはマクスバード駅。
 隣国リーゼ・マクシアとのとエレンピオスを繋ぐ大きな港で、二つの国を隔てていた断界殻の残骸が未だ端々に見える。交易場所としては盛んだが、その断界殻の跡を見てリーゼ・マクシアに嫌悪を見せる人など様々だ。

「なんか変な人がいるー!」
「…ははは……」

 ビズリーの秘書の言っていた情報、ユリウスについて執拗に調べている人物を探していると、エルが突如指をさしてそう叫んだ。視線を向ければ、港の端っこの大きな木箱が積み重なっているところの前にしゃがみこんでいる少女がいる。―その後ろ姿を見て、ジュードは脱力したように乾いた笑いをこぼした。

「こわくないよー、こっちおいで〜」

 真後ろまでやってきて怪訝な目で見下ろしていると、気配に気づいたのか少女は立ち上がり振り向いて、照れながらも焦って弁解を始めた。

「…なにしてるの、レイア」
「ジュード!?」

 ―どうやら、またもジュードの既知らしい。木箱の隙間に怯えた様子の猫も居た。
 話を聞けば、このレイアは様々な事情があってこの猫を捕まえ無くてはならない新聞記者(見習い)なのだという。ここは俺の出番だとばかりにしゃがみ込みルルを軽く一撫ですると、ルルはとてとてと猫に近づきにゃあと鳴く。木箱の間に逃げ込んでいた猫は、ルルに安心してこちらへと近づいてきた。
 すぐさまレイアが猫を抱く―そして。

「ユリウスゲット!」
「ユリウス!?」
「そう、この子の名前。ユリウスニャンスタンティン三世!」

 …なんだって?

「ユリウス…」
「ニャンスタンティン三世。ずっと捜してたんだよ〜」

 安心した様子のレイアとは裏腹に、こちらは脱力する。ユリウスを探している人物は確かにユリウスを探していたが、ユリウス違いもいいとこだ。
 レイアの所属する新聞社のスポンサー様の飼い猫らしく、それで『いろんな事情』だということらしい。
 ジュードがレイアに俺たちのことを紹介し、レイアも改めて自己紹介し晴れて知り合いということになった。
 猫を捕まえていたところに遭遇したためそれらしいところが見えないが、レイアは新聞記者。思いついたようにジュードは件のテロ事件について知っていることはないか問うも、新聞社の方でも謎だらけだという。

「クランスピア社のエリート、ユリウス・ウィル・クルスニクが指名手配されて―…ユリウス… クルスニク!?」

 何かに気づいたらしいレイアは大声でそう叫んだ。俺たちの顔を見て唖然としている。

「また面倒に巻き込まれてる?ジュードもも」
「…うん。でもルドガーは」
「わかってる、ジュードの友達だもんね」

 言わんとしたことを理解して、レイアは頷く。そして腰に両の手をやると「行こ!」と笑顔で胸を張った。
 何処に、と聞けばドヴォールに腕利きの情報屋がいるので、そのツテを作ってやる―ということらしい。
 猫が再び逃げ出していることにも気付かず、レイアを加えて再び出発した。





















Repentance comes too late.



02


「あの黒いメガネの人、見たときある!」

 また、エルがなにか見つけたようだ。
 指差す方向を見れば、白い頭に黒のサングラス、日に焼けた肌。イバルだ。
 ニャンスタンティン三世としゃべっている。レイアが咄嗟に「捕まえて!」と叫ぶと、驚き手に持っていた金物を地面に落とす。話していたニャンスタンティン三世は音に驚き威嚇して逃げていった。
 呆れた顔で見ているジュードとレイアに焦りつつも、その金物を拾って俺に渡す。…ハンマーだ。
 どういう経緯かはよくわからないが、俺に新しい武器を授けに来てくれたらしい。俺がハンマーを握って試しに構えてみた途端、イバルは俺に攻撃をけしかけてきた。

「ハンマーの使い方は心得ているか!?」

 突然のことに驚きながらもイバルをハンマーで倒してしまうと、自分が始めたというのに『街中で振り回すんじゃないぞ』と足を引きずって去っていった。…何だというのだ。
 その後、母子のような喧嘩をするレイアとジュードに苦笑しつつドヴォールへと向かう列車に乗った。



 ドヴォールの駅構内までやってきて、レイアの顔見知りという情報屋に会った。しかし情報屋らしく情報かお金で買いなさい、とのことだ。…当事者として知っていることを話せば、情報屋のジョウは頷いて情報をくれた。
 まず、ブラートがアルクノアにあるものを流しているという。ブラートといえば表向きはドヴォールの民間自治組織で―裏向きは、ジョウ自身に危険があるため話せないという。そしてそのあるものというのが"精霊の化石"と"増霊極"。ジュードが研究している源霊匣とかいうもののメイン素材であるらしい。ジュードの言葉に付け足すように説明を続けようとしたジョウが顔を上げて初めてしっかりとジュードを見ると、瞬きしてレイアに駆け寄る。どうやら源霊匣研究の第一人者であるジュードに気づいていなかったらしい。
 お近づきの印にともう一つ情報をくれた。ドヴォールの裏路地に魔人が出るというものだ。腕の立つ謎の人物が夜な夜な人を狩るのだとか。すでにブラートの用心棒も何人かやられているらしい。
 ユリウスのようだと呟くエルに頷いて、その路地裏へ様子を見に行くことになった。今はまだ昼だが、それ以外にもなにが情報が集まるかもしれない。
 言っていたとおり路地裏まで来るも、なんの手がかりもない。

「アルクノアは、なんで源霊匣の素材を集めているんだろう…」

 ジュードがそう一人考え込もうとした時だ。脇でGHSにてなにか話していた男が近寄り、源霊匣に興味があるなら素材をやると言うのだ。源霊匣について研究する第一人者のジュードは探り探り、その男と会話を始めた。

「精霊の化石を取り扱ってるんですか?」
「ああ、微精霊クラスだけどな」
「最近、精霊の化石を集めてる集団がいるって聞いたことないですか?」
「ああ―アルクノアだろ」

 …もともと怪しいと思っていたのか、少し離れていたところにいたまた別の男が静かにジュードの背に近づき、銃を突きつけてきていた。「動くな、Dr.マティス」その男の口ぶりでは、すでにジュードの正体は知られているらしい。

「奴らから、あんたの身柄確保も依頼されてるんだ」
「こんな街中で!」
「問題ない」

 にやりと男がいうと、続々と数人の男たちが集まり俺たちを取り囲んだ。どうやらこいつらが件の自治組織ブラートのようだ。
俺はジュードを助けるために咄嗟にルルのしっぽを踏む。案の定ルルは叫び、それに目を取られた隙にジュードは背後にいた男を拳で攻撃し間合いを取った。
 ―しかし、その男は銃を持っていたのだ。突然の攻撃に姿勢を崩しながら引き金を引いてしまったらしく、けたたましい銃声とともにあらぬ方向へ弾を発射させる。
 普段から気丈に振る舞うエルも、やはりこんな状況で冷静にいられるはずもない。銃声に驚いて、悲鳴をあげた。
 次の瞬間、また引き込まれるような感覚とともに視界が暗転した。




















Repentance comes too late.



03


 ―また、少しだけ位置がずれている。周りを見渡せばたしかにここはドヴォールの路地裏なのだが。
 この不思議な状況に初遭遇するレイアは目を白黒させているが、俺とジュードはもう二度目だ。疑問と不安は隠せないものの、冷静に状況を把握するため路地裏を進む。
 キョロキョロと周りを見渡していると、先ほど源霊匣の素材があると話しかけてきた男がまた声をかけてきた。しかし内容は顔色を気にするものだ。さらにまた、ジュードの背後に別の男が近づく。今度は気づいてそれを回避し腕を掴んだ。

「あなた達やアルクノアが、僕を憎む気持ちはわかります。でも、源霊匣は信じてください!あと一歩で実用化できるんです!」

 ジュードの言葉に男たちは苛ついた表情をして、手を上げて合図する。すぐに何人かの男たち―ブラートが集まり俺たちをまた取り囲んだ。全員がこちらに銃を向けて、「ジョウめ、喋ったな」とこぼしている。

「手加減するな、どうせリーゼ・マクシア人だ」

 じりじりとエルが後退り俺たちの背後に回る。睨み合っていると、俺達のものではない落ち着いた声が割り込んできた。

「では、こちらも遠慮なく」

 上空からナイフが落ちてきて地面に突き刺さる。視線が集中し呆然と動きを止めていると、二三とナイフが飛び男たちだけを囲んで発光する。ジュードが言うには、これは精霊術の作用らしい。
 危ないところでしたね、とこちらに近寄ってきたのは先程の声で、その声の主は一人の老人だった。どこかで見たことが歩きはするが、知らない顔だ。

「ローエン!」
「誰…?」
「一緒に旅をした仲間なんだ」
「なんでも知ってる、頼りになる人だよ」

 レイアたちがそう説明する。またもジュードの知り合いのようだ。
 なんでも知ってる、というところに反応して、エルが叫ぶ。「カナンの地が、どこにあるのかも!?」その名称に、老人―ローエンは表情を変えた。

「カナンの地…ですか?」
「そう!なんでも願いを叶えてくれる、不思議な場所!」

 ローエンが何かしら答えようとした時、精霊術に捕らえられていたブラートの男たちが笑う。そんな場所があるなら願いたいもんだ―だれでも思うことだろう。しかし。

「リーゼ・マクシア人を皆殺しにしてくれってな!素手でこんなマネできる化け物どもを同じ人間と思えるか!」
「…―同感です」

 そう静かに、感情を変えることもなくローエンは言うと、男たちを捉えていた結界を操作する。次の瞬間には足元が爆発し、火に包まれたブラートたちは悲鳴を上げて地面に倒れた。
 咄嗟にエルの視線を逸らさせた。

「ローエン!何を…!」
「知れた事。エリーゼさん、ガイアスさん、ドロッセルお嬢様…皆の仇を討つ。断界殻を消してしまった罪を、償わなくては」

 無機質にそう告げるローエンの異常さに気づいて、違う、とレイアが呟く。ジュードも険しい顔でローエンを見ていた。

「そのお二人も始末しましょう。どのみちエレンピオス人は、皆殺しにするのですから」

 何の感情もない言葉に冷や汗をかく。殺気すらない。ただ当たり前のことだとでも言うようにローエンは告げている。
 ―ユリウスの時みたいに服の下の全身が黒く染まって、モヤを纏う。武器を構えたローエンに、戸惑いながらも俺たちも武器を握った。



 ローエンの容赦無い怒涛の攻撃に俺たちは戸惑っていた。近接攻撃もすれば、精霊術という遠くから発動できる技も使う。ひたすら攻撃を防御して、防御を崩されて、ジュードかレイアに治癒してもらっての繰り返しだった。しかし暫くそうしていれば治癒の術を発動するための力が足りなくなってきて―いわゆるジリ貧状態だ。

「やれやれ…この状態で治癒術は危ういのだがな。―我が力寄りて彼の者に息吹を!」

 子供の声がしたと思えば、ローエンの攻撃に傷つき疲れていた体が一瞬で楽になった。ジュードもレイアもローエンも驚いた顔をしている。
 ローエンの後ろにはマントをなびかせた凛々しい顔の少女がいて、ふふんとドヤ顔で笑っていた。

「ホラホラ何をしているジュード。ローエンの手の内くらい知っているだろう」
「そっそれは…いやッそうじゃなくて…!なんでここに!?」
「それどころじゃあないない。申し訳無いがこと術使用においては今私は力になれなくてな。今ので勘弁してくれ。もうすぐが来る」
「あっちょっとクレミア!どういう―ッああもう!」

 何度か聞いた名を耳にした後、マントの少女は忽然と姿を消していた。動きを止めて沈黙していたものの、ローエンが術の詠唱を始めて気を引き締め直す。
 だが術が発動する直前、またもローエンの後方から声がした。

「巻き起これ旋風、衝突せよ!ツイストブロウ!」

 あの時の二回目の列車内の方で遭遇した少女だった。走ってきたのか息を切らしてローエンを見ている。

「ルドガー!共鳴!」
「えっ、あ、ああ!」

 呆然としているのに気づいていないかのように、少女―おそらくは素早くローエンの脇を駆け抜け俺達の前までやってきて、俺と共鳴する。

「「リンクチャージ・デュオ!」」
「「リンクピラー・デュオ!」」
「「魔神連牙斬!」」

 怒涛の連続共鳴術技に、ローエンは呻いて後ずさる。最後に再びが俺と共鳴を繋ぎ、物言わぬ視線に導かれるように俺はハンマーを握り直した。

「アッパーブライス!」
「ディライトロール!」
「「―ヴァッサーブレイブ!」」

 …どうやら共鳴術技は、一度もしたことがない相手でも不思議と息が合うもののようだ。
 俺のハンマーはいつの間にかあの奇妙な槍に変わっていて、ローエンの胸を貫いていた。ユリウスの時と同じようにローエンは消えてなくなり、槍の先には歯車。その歯車が発光して―世界が壊れていた。





















Repentance comes too late.



04


「人間が消えるはずがない!探せ!どこかに隠れているはずだ!」

 先ほど言い争っていたブラートの面々が酷く怯えたようにそう叫んでいた。突如としてこの場所に現れた俺達に気づいて、銃口を向けてくる。
 何をした、と聞かれても俺にだってわからない。

「やっぱり、リーゼ・マクシア人は化け物だ!」
「そこまでだ」

 そう遮ったのは、低く重い男の声。視線を向けると浅黒い肌をした黒服の大男と―先ほど槍でその胸を貫いた、ローエン。

「何だ貴様ら―」

 大男が構えた長い剣は、一瞬にしてブラートたちの手元の銃のみを弾き飛ばした。ぴたり、とこの中のリーダー格だろう男にその切っ先をむけると、落ち着いた声のまま大男が問う。

「アルクノアはなぜ源霊匣の素材を集めている?」
「…源霊匣の暴走を…ッテロに利用するんだ。力を利用した上に、その危険さを…アピールできるとッ」
「なるほど、策としては悪くない」

 長剣をしまうと、ブラートの男は恐る恐るつばを飲み込んだ。殺さないのか、という確認の問いに「俺は化物ではないのでな」と当たり前のように答える。 
 ブラートたちはそれを聞いて一目散に逃げていった。

「一朝一夕にはいかんな」
「この街は、リーゼ・マクシア人への反発が特に根強いようですね」
「…カナンの地に願えば、うまくいくかも」

 こちらに状況を伝えないままローエンたちが話しているのに割りこむように、俺の背に隠れていたエルが呟く。…和平だとかどうとかは、そんな大層なものに願うようなものではないと思うが、言わないでおく。

「カナンの地?」
「お願いを叶えてくれる…不思議なところ、です…」

 先ほどの怒り狂っていたローエンを思い出し怯えているのかどんどん声が小さくなっていくエルの言葉に、ローエンは朗らかに笑った。夢のあるお話ですね、とエクボを作り眉尻を下げた笑顔は、先ほどの顔さえ知らなければすぐに安心してしまうだろう。

「…でも、人の心を自由に変える力があるとしたら恐ろしいことです」
「人が人である理由が無くなるのだからな」

 エルの夢物語を否定せず、かと言って"なんでも叶える"魔法の危険性を説く。「大丈夫、本物だよ」ジュードの声に、俺もなるほどと頷いた。

「ありがと、ローエン、ガイアス。それにも…?」
「俺はアーストだ、一介の市井の身で―何、がいるのか?」

 アースト…は、ジュードたちによればリーゼ・マクシアの国王で、今はエレンピオスの民衆の声を聞くためお忍び視察に来ているようだ。
 レイアの言葉に俺もあたりを見回すが、何処にもらしい少女はいない。まさか先ほどの世界の―そう思っていると、ルルが駆け出し鳴き声を上げる。立ち止まったその場所には、倒れてる白衣の少女の姿。全員がそれを視界にとめた時一番にジュードが駆けより抱き起こした。

!?どうしたの、ちょっと!」
「落ち着いてください。レイアさん、まずは治癒術を」

 ローエンの指示にレイアが慌てて言われたとおりに治癒術をかける。意識は取り戻したらしいだが、ぼーっとうつろな目で空中を見ていて、こちらの誰かを見る様子はない。

!ちょっと!」
「……ジュード…うるさい」
「…ふざけないでよ!」

 痴話喧嘩しているのをよそに、俺たちはローエンに事の次第―何があったのか、をかいつまんで説明した。
 ある程度回復したがフラフラと立ち上がる。「次に行かなきゃ」と呟きながらおぼつかない足で進むともちろんジュードが強く止めるのだが聞こえていないかのように足を止めない。

「…なるほど。お前の周りで不可解な事件が起こっていると。気になるか、ローエン」
「かなり。…マントを羽織った、男のような口調の少女というのもクレミアさんのことでしょうし」
「根拠は」
「勘です」

 真顔でそういうローエンに、アーストは「まかせる」と頷きローエンも了承した。その横を通り抜けようとしていたが抵抗するまもなくローエンに捕らえられ、「説明してもらいますよ」とにっこり笑顔には疲れた顔ながら唖然としていた。

「最近行方不明だと聞いて、GHSも連絡が取れない。あなたもクレミアさんもです。研究に忙しい貴方はともかく特別社会的な仕事としては何もしていないクレミアさんもそうなのはおかしい。そこに突如さんが現れた。何か知っているのでしょう?」
「……ローエン、」
「何にせよ、貴方は今相当お疲れのようです。十分に休んで、それからジュードさんの説教を受けなさい」

 飛び出た名前に気まずい顔をするものの、諦めたように瞼を下ろし息をつく。ふらつくをジュードが受け取り、安全を確認したローエンは俺を振り向いた。

「そういうわけで、お供させて頂いてよろしいでしょうか?」
「ああ、構わないよ」
「ローエン・J・イルベルトです。以後お見知りおきを」

各自自己紹介をしなおして、ある程度の休息をはさみながらも今度はジュードの所属する研究所があるヘリオボーグへ向かうこととなった。