01
ユリウスと同じように年若くエージェントとして分史世界の破壊を繰り返していた。君には特別な力がある、なんてビズリーに言われて調子に乗って。
一つ目の転機は、時歪の因子が正史世界ではすでに亡くなっている自分の母親だった時。慈愛に満ちた母の顔は、今でも忘れられない。
二つ目の転機は、時歪の因子が子猫に乗り移っていた時。幼いルドガーが自分の知っている優しい姉だと信じて「殺さないで」と泣いていた。その涙が怖くて、その時初めて能力に目覚めた。
分史世界を破壊しないまま、正史世界に戻ったのだ。最初は無意識でルドガーを振り払い時歪の因子を破壊したと思っていたが、そうではなかった。
いつも骸殻を使用する時の、身体が時歪の因子化し蝕まれていく感覚がなかったのだ。まさか、と思いながら酷使しても、一向にその気配は見られない。不思議でならなかった。
分史世界で何度かルドガーに会った。私を慕ってくれて、応援してくれて。その度に、私はその世界を壊さずに逃げていた。
ある世界では、後に起こる事故がすでに起き、ルドガーを守れずに寝こむほど気に病んだ自分がいた。
私は語る。
『ルドガーは、私にとってもユリウスにとっても希望だった』
その時の私にはわからなかった。
けれどユリウスと二人、家に帰って温かいご飯をつくろうとしてくれるルドガーを見るととても幸せだった。
ある分史世界で、トップエージェントになったルドガーがいた。彼は目の前で時歪の因子になって消えていった。一つの時計で三段階になっていたルドガーを見て、私たちは危機感を覚えた。
ユリウスも私も、一つの時計では二段階までが限度だった。それを超える潜在能力を持つルドガー。正史世界でも、成長すればビズリーに目をつけられ利用されるのは明白だ。ユリウスと二人で共謀してルドガーの存在を隠すことにした。
だというのに、私は早々にリタイアしてしまった。地面に落ちていた黒匣をいじり暴発させてしまったルドガーを救うため、私はそれとともに分史世界へ逃げ込んだ。その世界で見たものこそ、私の全てを決定的に変えたのだ。
分史世界から来た相棒、その正体。叶わなかった願い。
―私が、ルドガーを守らなければ。
The ends of the deceit of the world
02
「―……」
「?どうかしたか」
自分の世界に何かが紛れた。違和感に立ち止まれば、ユリウスが首を傾げながら声をかけてくれる。胸に抱えた紙袋の中の大量のトマトを早く持ち帰って食べたいようだ。先に帰っていて、というと彼は不思議そうにしながらマンションに入っていった。
「……むかえに、きた」
この世界に居ない青年が拗ねたような怒ったような顔で言う。差し出された手を見つめていると、彼はぼそりと言葉を続ける。
「覚えてはいるんだろ」
「…………」
「ユリウスもいる。俺もいる。エルもいる。…俺と一緒に、正史世界に帰ろう」
視線を上げる。どこか泣きそうな瞳は、それでも私をしっかりと見ていた。
「私は貴方にウソをついていたのよ?」
「関係ない。俺を、俺達を守るためには自分を犠牲にしてきたんだ。今度こそ、俺にを守らせてくれ」
手を取られて、そのまま腕に抱かれる。幼いと思っていた腕は、胸は、とてもあたたかい。
「…ルドガー…」
「俺は強くなった。ヴィクトルみたいな道は歩まない。その様を、見ていてほしい」
偽りの世界は、そこで終わった。