FINAL CHAPTER and FINAL CHOICE



00



 カナンの地、審判の場への道中。全員で突入したにも関わらずみんなとはぐれてしまった。クレミアに事情を聞きつつ奥へ進めば、とジュード、と合流する事ができた。
 それでもまだ中腹らしく、適度に休息を入れながら披露し過ぎないように注意して進んだ。

「ねぇ、ルドガー?」
「何?」
「…"分史世界の消滅"以外で、何か願い事をするとしたら、ルドガーなら何を願う?」

 今まで静かにしていたがふとそんな話をした。突然どうしたのかと思ったものの、きっとちょっとしたしがない世間話なのだろう。
 俺は素直に思いついたことを答えた。


 ▼「エルと、ユリウスの時歪の因子化の解消かな」

「…なるほどね。ええ、重要な事だわ」
「まだ決心はつかないけど…方法はある。俺がも兄さんもエルも守るから…」
「ふふ、大きくなったわね、ルドガー。…―けど、一人で背負い込まないでね。貴方を守るのが、私の役目だから」


 ▽「そういうはどうなんだ?」
「私?」
「俺のことばっかじゃないか。のことも聞かせてくれ」
「私は………ルドガーの幸せかしら。……エルを失わず、仲間に手をかけなくて済む―」
「なんだって?」
「いいえ、なんでもないわ」




















FINAL CHAPTER and FINAL CHOICE



01



 クロノスとビズリーが戦っているところに、とジュード、と俺の四人がまずたどり着いた。この扉の前にたどり着くまでに、仲間たちが散り散りになってしまったからだ。
 最後に見た時より時歪の因子化を進めたエルが俺を見て叫ぼうとした時に、クロノスがいつぞやに見た結界術のようなものでビズリーとエルを閉じ込めてしまった。何故そこまで邪魔をするのか。何故そこまで人間を嫌悪するのか。怒りを抑えて叫べば、クロノスは珍しく眉根を寄せた。

「オリジンに、己が魂が産んだ瘴気の始末をさせておいて、どの口でほざく!オリジンは人間に進化の猶予を与え、その身を焼きながら魂の浄化を続けてきた。…だが、貴様らは自らの不浄を顧みず、魂の昇華を想いもせぬ!
 もうたくさんだ!我は浄化をとめ、オリジンを救い出す!」
「けど、そんなことしたら―」
「オリジンが封じていた瘴気が際限なくあふれだすだろうな。人間は瘴気で魂を侵食され、マナを生むだけの物体となるだろう。しかるのち、我が力で正気を封じ込めば、世界は精霊だけのものとなる」
「世界はあなただけのものじゃない!そんなの身勝手すぎるわ!」
「…ッ―!!」

 時計を掲げ骸殻を纏いクロノスに攻撃を仕掛ける。しかし鋭い突きも難なく受け止められてしまった。

「探索者の力か―己がために、兄を踏み台にするとは。実に人間らしい!」

 最初からあの時計のような浮遊物を背負って、クロノスも俺たちに立ち向かってきた。
 魂の橋を架けようとするあの時よりも容赦がないが―けれど兄さんの、エルのことを、のことを思えば、負けるわけには行かなかった。いままで一緒に戦ってこなかったはずのは、気づけば俺と共鳴を繋いでいて。俺よりも慣れた動きでクロノスの攻撃をいなしていた。
 クロノスによるタイムストップにもめげず共鳴術技をぶつけチェインし秘奥義までぶつければ、クロノスはようやく膝をついた。

「ぐっ…認めぬ…!これ以上オリジンを苦しめるなど…!」
「見苦しいぞ、クロノス」

 苦渋の顔で魔法陣を広げるクロノスをあざ笑うように、聞き覚えのある声―ビズリーの言葉が聞こえた。浮遊していたエルたちを閉じ込めていた球体が弾けたと思えば、いつか見たような強固な骸殻―ビズリーが、その槍をクロノスに突き立てた。
 槍の柄の途中にエルがいなければ、味方と判断するかのように眺めていただろうが、そうもいかない。ビズリーが骸殻を解きエルが崩れ落ちると、地面に接触する前に抱きとめた。
 多少元気はないが、命に別状はなさそうだ。

「まさか、その槍が―」
「これは時空を超えるオリジンの無の力。…本物のクルスニクの鍵だ!」

 それこそ鍵を回すように、クロノスに刺さった槍を回す。
 時歪の因子化以外に怪我はないが、状況が状況だ。しかし非難の目にもビズリーは真剣な顔つきで「やつを倒すにはこれしかない」とクロノスを睨んでいた。

「だがこれも無駄ではない。おかげで、精霊から意志を奪い去り、人間だけの世界を築くことが出来るのだから」
「そんな勝手な願い…!」
「いいえ、オリジンの意志は関係ない…審判自体が、しそクルスニクと精霊オリジンによる一つの精霊術なのだから。願う立場が条件を満たしてさえいれば、オリジンは力を発動させざるを得ない」

 悲しげにが口を開く。
 腕の中ででエルが苦しみの声をあげ、思わずビズリーを睨みつけると奴は目を細めてエルとを一瞥した。

「…フ、その娘を想って俺を睨むのはいいが、諦めろ。もう助からん。最初からそこの女が逃げ出さずに鍵として役目を果たしてさえいれば、お前がこんな面倒事に巻き込まれることも、その娘が時歪の因子化することもなかったろうにな。…まあ、オリジンに願えば話は別だが?」
が…逃げ出す…?」
「ダメ…分史世界、消さないと…」
「そう、オリジンが叶えるのはたった一人の一つの願いだけ。助ける方法があるとすれば、その娘より先にルドガーか私かが時歪の因子化することか。そうすれば、時歪の因子は上限値に達し進行中の時歪の因子化も解除されるだろう―だがそれでは審判は人間の失格で終了。すべては終わりだ」
「お願い…分史世界を消して…ルドガーが、消えないように…」

 悲痛に嘆願するエルに、俺はためらう。エルの命。本来の使命。

「―大丈夫よ、ルドガー。大切なその子は、私が助けるから」
「…え」
「大丈夫。ビズリーの言うとおり、今エルがそうなってしまったのは私のせい。…そのために、私はここについてきたのだから」

 チャリ、と金属がこすれる音を出して、はポケットから懐中時計を取り出す。俺やユリウスのとも違う、見たことがないものだった。
 俺やユリウスがやる時のように時計を掲げると、瞬きの後にはは骸殻を纏ってビズリーに攻撃を食らわせていた。ビズリーもいつのまにやら骸殻の姿になっている。
 互角の戦いに見えるが、それもいつまでかはわからない。俺たちもすぐに援護に回った。

























FINAL CHAPTER and FINAL CHOICE



02



 この正史世界の最強の骸殻能力者―"ヴィクトル"であるだけあって、ビズリーの拳一つ一つが重かった。奴の手の内を知っているのだろうの的確な補助と、ジュードとの息のあったコンビネーション、そして俺達にかける治癒のおかげでどうにか勝利することが出来た。
 膝を折ったビズリーは、それでも一度俺たちに拳を向けた。しかしそれは、俺が最初にビズリーに吹き飛ばされ破壊された俺の時計の代わりに、エルの持っていた時計と直接契約を交わした俺のフル骸殻による鋭い察知によって防がれた。
 ビズリーは強い骸殻を使ったためか時歪の因子になりかけていた。あわや時歪の因子のカウンターが回りかけた時、その強固な拳で自分の心臓を潰すと、ふらふらとカウンターに向かっていく。

「オリジン…俺個人の願いを教えてやろう。あの数だけ…この拳で、お前たちをっ―!」

 血濡れた拳をカウンターにぶつけると、数拍の間の後静かに倒れた。

「…ビズリー・カルシ・バクー。この男も、己の成すべきことに殉じた者だったな」

 いつのまにか到着していたらしいミラの言葉が沈黙に響く。
 俺の腕の中で苦しんでいるエルに近づき頭を撫でたは、その後俺を見て頷いた。カウンターに視線を向けたので、俺も込められた意味に気づく。
 エルと二人でカウンターに触れる。まぶしい光が溢れ、目を細めていると―扉が開かれた。
 奥の虚空に焔が灯ると、白い子供―オリジンが現れた。俺たちのことも知っているらしい。「早速だが頼みたいことがある」と真剣な顔で言葉を紡ぐミラにオリジンは口角を上げる。分史世界のことと魂の浄化の話だ。
 本当に限界が来ているのならば私も手伝おう、と言うミラにオリジン驚いてみせた。具体的に魂の浄化とはどうやるのかは知らないが、それは永く痛みを伴うらしい。

「承知の上だ」
「……君は、本当に人間が大好きなんだね」
「ふざけるな!まだオリジンに浄化を強要するのか!―貴様らは、自分の不始末をオリジンに押し付けているだけではないか!」

 怒り叫ぶクロノスにオリジンが手をかざす。先ほどビズリーに貫かれた胸部の傷が癒えている。

「ありがとうクロノス。ずっと僕を心配してくれてたんだね」
「我のことはいい!それより、人間たちに斧が罪業を思い知らさねば―」
「…ふふ。君のそういう所、人間にそっくりだ。僕や、マクスウェル、ロードの大好きな人間に」

 朗らかに笑ってみせるので、クロノスは罰が悪そうに口を閉じ視線を逸らした。
 オリジンは俺たちに視線を向け直し、声色を変える。

「そして、願いを兼ねる権利はそんな人間たちの代表…ルドガーとエル。試練を超えて扉を開いた君たちにあるんだよ。二人で一つの願いを決めて。
全ての分史世界を消去できるし、時歪の因子化だってなおせるよ」
「ダメだよ…分史世界のこと、お願いしないと」

 時歪の因子化が侵食した顔で俺を見上げるエルに、ビズリーの言葉が脳裏によぎる。
 オリジンに願うか、他の骸殻能力者が時歪の因子化するか。
 エルの不安げな瞳に、後ろから呼ばれ振り向いた先のの僅かな笑み。

「俺の願いは―」


分史世界を消してくれ
























FINAL CHAPTER and FINAL CHOICE



03


 確かな意思を込めて言えば、「エルのことはいいんだね」と確かめた。エルは。エルは俺が助ける。顔が歪んでいるのがわかりながらも頷けば、エルは唖然と目を見開いた。
 一歩前に出て、エルにも誰にも顔を見せないようにして骸殻を纏う。ジクジクと感覚がなくなっているような感覚が―「ルドガー」

「…、」
「それは私の役目といったでしょう?」

 俺自身の時歪の因子化は多少進んだものの、完全に変貌する前にの手によって止められた。
 何故、の役目になるのだろう。俺が勝手に、エルを介しての契約だと知らずにそうなったから。それにこうすれば、兄さんの時歪の因子化だって。

「エル、もう少しだけ我慢してね。…ルドガー、私は貴方を助けるためにここにいるの。貴方達は二人一緒に幸せにならないといけない」
「………さん、あなたは、やっぱり…」

 が呟く。問われた彼女は首を振り、横目で見ながら唇に人差し指を立てる。
 ―…なんだろう、違和感が拭えない。今までずっと感じてきた違和感が。

は…いつも、俺を守るため、ってずっと言っていた。は、もしかして―」
「それ以上は徒労よ。考えて答えを出したって何の意味もないこと。さあオリジン、早く契約を遂行してちょうだい」
「…ほんとうに良いのかい?永らえたその生命も無に帰すかもしれないんだよ?」
「かまわないわ。ルドガーを守れるのなら、本望よ」

 どういうことかと口をはさもうにも、がそれを許さなかった。
 オリジンは俺に向き直し、それでいいかい?と首を傾げる。何かを言おうにも、の視線が俺を黙らせる。

「……それが君たちの選択なんだね、ルドガー・ウィル・クルスニク。君自身も、その少女のために消滅する覚悟を持っている。 わかった、君たちの願いを聞き入れよう」
「待ってくれ。その前に…のことを教えてくれ。君は一体何者だ?」

 ミラが問う。は半歩振り返って苦笑した。

「その娘は、分史世界を破壊しないまま渡り歩く渡航者だ」
「破壊しないまま渡り歩く…?」
「そうするがうちに人間ではなくなった―精霊とも違う、魂だけの矮小な存在だ」

 クロノスによるそんな説明に全員が瞠目する。言っている意味がわからない。問いかける言葉を絞り出そうにも、どう聞けばいいのかさえ思いつかなかった。

「黙って、クロノス、オリジン」
「……それじゃあ、願いを叶えよう。分史世界の消滅を―!」

 有無を言わせない声にオリジンが折れ、契約を発動させた。

























FINAL CHAPTER and FINAL CHOICE



04


 ヴィクトルの二の舞いは踏ませたくないと、は言った。
 俺の時計を奪い去り、優しく微笑んで、ありがとう、と口にした。
 何かを言うよりも、理解するよりも先に俺の脳が警笛を鳴らしていて、とっさにに手を伸ばす。
 それでも間に合わなかった。俺は、また目の前で愛しい人が消えるのを見た。

は…一体…?」

 エルや俺の時歪の因子化が消えていて、ほっとするのもつかの間ミラがそうボソリと呟く。全員が不思議そうに気まずげに沈黙していた。

「彼女は精霊クルスニク。…の、卵といったところかな。厳密にはそう名乗ったわけでも襲名したわけでもないから」
「あの者はクルスニクの鍵として―オリジンの無の力を開花させ、分史世界から分史世界へ渡り歩くことができた。時歪の因子化も、よほど無理をしなければしなかったろう」

 オリジンとクロノスがそう話した。
 分史世界から分史世界へ渡り歩いていた?その言葉の通りなら、…もしや、でも、そんなはずは―

「…は、まさか、正史世界、の………」

 俺をかばって目の前から消えた、この世界の、俺の知っているだったのでは。
 言葉にしてしまえば、最初からそうだったとでもいうように綺麗に、今までの違和感が抜けた。
 分史世界の彼女だと思っていた。そう思わされていた。けれど、やっぱり疑問に思っていた通り、彼女は自分の、俺の知っているだった。
 なら、何故。何故戻ってきてくれなかったのか。
 生きていたなら、再び俺たちのもとへ来てくれてもよかったのに。

「彼女はどこへ行ったのです?」
「彼女は時歪の因子を持ち去って時空の狭間へ。あそこには、私ですら容易に入れない深度の分史世界がある。…いや、分史世界というとすでに少し違うか」
「僕の先ほどの契約執行でも消えない世界だ。彼女が求める幸せがある…もう一つの、偽りの世界だ」

 いつのまにやら来ていたクレミアが腕を組みながら真面目な顔で語る。
 時歪の因子から生まれたただの分史世界よりも存在が強固な偽りの世界。は、何故そんな所に―