Behind the scenes



01



『ありがとうルーくん。大好きよ』

 俺やエルの時歪の因子をするりと吸収して、笑顔のままが姿を消した。呆然と彼女がいた場所を見つめていると、沈黙を破るように「さて、」とクレミアが両手を叩いた。

「クレミア、今は…」
「あいにくそうも言っていられん。クロノスとオリジンがまた引きこもる前にやって置かなければならないことがある」
「やって置かなければならないこと?」

 意識を引っ張り戻せない俺を置いて、ミラ達は話を進めている。

「骸殻能力の回収だよ」
「え?…どういう、こと?」
「言葉通りの意味だ。骸殻能力…しいては”時歪の因子の原因”を取り除かなければ、いずれ分史世界はまた増える。オリジンならばそれさえもきちんと消去してくれるだろうが、それこそ瘴気の浄化があるのに余計な手間だろう」

 それもその通りだ、と各々が頷く。

「して、それには私とクロノスとオリジンと―精霊クルスニクの力が必要だ」
「!…クルスニク…、の…」
「そう。だが彼女の潜んでいる分史世界…いや平行世界は、すでに私ですら潜入が難しい。だが…ヴィクトルを冠する程の者ならば、あるいは」

 伏せていた視線を勢い良く上げてクレミアへ向ける。他全員の目は逆に俺を見ていた。

「正しく言うと、潜入だけならできんこともない。問題は帰還の方だ。あの世界を破壊しようにも時歪の因子が存在しないからな―つまり自身を説得して、自身にあの世界を破壊させなければならない。それは私には出来ない」
「なら、そっか、ルドガーなら、きっと!」

 レイアが表情を明るくして身を乗り出す。俺はクレミアが足早に告げる内容をゆっくりと飲み下し理解していた。

「……を…を、救えるのか…?」
「それは君次第だ。…やってくれるか?」

 至極真面目な表情で問う。俺がぐっと唇を噛み締めて頷くと、クレミアは口元を緩めて微笑んだ。ならば、と踵を返し、マントに隠れている剣の柄を握り刀身を顕現させ、空間を切り付けた。いつぞやの次元の隙間のようなそれを見つめる。隣りにいたエルが不安そうに俺の名を呼ぶ。

「エル、大丈夫だ。を迎えに行ってくるよ」

 顔半分が黒いままのエルの頭をそっと撫で、裂かれた空間へ強く足を踏み入れた。
 を連れて戻ってくるよ。負い目とかじゃない、彼女を守りたい気持ちをまだ伝えていない。分史世界でのエルのお母さんとはこの世界では結婚できないけど、エルはもうここにいるから大丈夫。
 仲間たちが、俺の家族を助けてくれた。救ってくれた。だから俺は、最初で最後になろうとも、俺がを救ってこなければ。

























Tomorrow, future, hope



02


 結局クランスピア社が幹部を含めトップを失ったことは大きく、アースト…ガイアス達の勧めもあり元々あった辞令の通りに俺が社長を務めることになった。とはいえ俺は社長としてどうしていいのかなんて全くわからず、以前のことやクラン社の秘密を知っているのは旅をした面々と秘書のヴェルだけであり、ヴェルの助けを受けながらなんとか仕事をこなしていく日々を送った。
 一日二日で出来ているわけではないが、とジュードの源霊匣の開発もようやく成功例が増えてきているようで、連日新聞で彼らの名前を見る。忙しいためかテレビには出演しないようだが、下世話な記者が二人の仲について探りを入れているようで、こちらも日に日に素晴らしい記事を掲載していくレイアに頼んで、とジュードがそのうち結婚するというネタを載せるらしい。今はまだ研究が忙しいのでそれどころではないようだがいずれ、とのことだ。
 アルクノアの動きもおとなしくなり、ガイアスは無事エレンピオスとリーゼ・マクシアの友好条約を結んだようだ。これは、クラン社社長という立場を利用して俺がいくつか発言したせいもあるという。
 エリーゼは旅が終わった直後、あの騒ぎで勇敢にも敵に立ち向かっていった姿から学校で大人気になったらしく、ティポもたまに学校へ行くようになったと聞いた。卒業してからはアルヴィンたちの商売を手伝いながら進学したようだ。
 そんな頃には俺も社長としての生活が板についてきていた。全ての骸殻能力が消滅しエージェントたちは困惑していたが、危険なことをしなくてよくなったと知って喜ぶものが多かった。分史世界の破壊をいう任務が必要なくなってからは、骸殻が無くても武身術に心得のあるものを中心に街の警備隊を形成した。最初こそ暴力沙汰だのと問題があったが、今は頼れる街の警察として上手く秩序を守れている。それからジュードたち源霊匣開発への融資、リーゼ・マクシアと友好関係を保つためにアルヴィンたちの輸出入商売のバックアップを行ったり、各国間の旅行などを提案したり頭も身体もフルに活用している。
 ――それから。

「ルドガー、今日はトマトスパゲッティでいいかしら」
「―…うん、もちろん」
「明日はルドガーの好きなもの作るわね。アルヴィンが良いトマトを、形が悪いからって安く譲ってくれたから…それにユリウスがうるさくて」

 それから、”あの場所”からを連れ戻して来た俺は、落ち込む彼女をどうにか口説き落として結婚した。狭くなったので兄さんのマンションは出て、と、俺と、

「最近トマトの美味しさがわかってきたの。のトマトスパゲッティが美味しくて」
「そりゃいいことだ。生で食べられるようになったか?」
「んー、まだ生でかじりついたときの酸っぱさは好きになれない!」

 ユリウスとエルの四人で暮らしている。エルも学校に通いながら、母親ポジションのの手伝いを良くしてくれている。旅の間は平気で戦っていたが、やはり幼いころ俺を黒匣の暴発からかばった時の傷は完治していないらしく、日常生活には支障がない程度の後遺症を負っていたので家で主婦をしてもらっている。ユリウスも時歪の因子化がなくなったものの世間で騒がれた人物だ。一応クラン社として弁解したものの、今は隠居している。

「まだ大人には程遠いな、エル」
「―ッすぐに大人になって、ルドガーを守れるようになるもん!」
「まだまだ」

 は。は、いろんなものを失った時に俺がヴィクトルのように狂気に飲まれることを懸念していた。だからこそ旅に合流してからも、何も語らず一歩引いて見ていたのだ。


「なぁに」

 骸殻能力を失うと同時に、人ではなくなりかけていたもクレミアによってその変質的な能力を回収された。つまりは、年齢差がおかしいことにはなっているがただの人として生きている。

「俺、幸せだ」
「………ええ」
がいて、ユリウスがいて、…エルが、いて」
「うん」

 キッチンで料理をしているの後ろでうつむく俺を、作業の手を止めてぽんぽんと撫でてくれた。俺を守った手、俺が守りたかった手。
 いろんな運命に、踊らされてしまったけれど、それでも。

「俺はこの日常を、を、みんなを守るよ。俺にとって、それ以外の選択肢はない」

 たくさん分岐して、いろんな選択肢があったけれど。

「……ええ。今までのぶんも、幸せになって」

 守りたかった笑顔が、俺に微笑んだ。




He was surrounded by foes.

―I didn't mean you to do anything of the sort.

彼は敵に囲まれていた/白羽の矢が立つ

――私は彼にそれをさせるつもりはなかった。