08
スレイが発つ前、はある事をスレイに告げていた。
「何か思い悩むことがあったら、辺境にあるゴッドフリートという村を訪ねるといい。そこを加護領域にしている天族が、何かしら力になってくれるだろう」
「ゴットフリート…?そこに何かあるの?」
「何もない。お前が住んでいた村みたいなものだよ」
それじゃあ、とはスレイたちから離れてヘルムで顔を隠した。
手を振って別れを言い、ロゼの商用馬車とともにローランスへと向かう。途中、ロゼが商談した相手が売ろうとしていたのが盗品だったりとちょっとしたトラブルはあったものの、国境のラストンベルの街へと到着した。
「お久しいわねぇ、ロゼ」
「セレス!本当、久しぶりー!」
腰に短槍を二つ携えた女性が、ロゼ達に案内された拠点である倉庫の二階で手を振っていた。誰かと首を傾げていれば、時々現れては用心棒のような事をしてくれる女性だという。裏の顔のこともあり腕の立つ者ばかりだが、用心棒がいるという事がちょっとした抑止力になることもある上、食事ぐらいで特別報酬を要求しないらしくロゼたちにはありがたい存在のようだ。
降りてきたセレスに拳を振り抜き蹴りを向け、それらを避けられた後ロゼはセレスに勢い良く抱きついた。姉のように慕っているらしい。
「そちらさんが噂の導師?と―ロゼ、また変な人たち増やしたわね」
「へ?!何のこと!?」
顔を青くしたロゼに笑いながら、セレスはスレイのそばにいるライラたちに指を向け「三人くらい増えてない?」と平然と告げた。
「ミクリオたちが見えるの?」
「いや、見えないけど…なんとなく誰かいるなーってのが分かるだけ」
「あ、ああ、あいつらのことか…もうやめてよセレス!そういう言い方怖い!」
ポカポカと軽く叩かれつつセレスは豪快に笑っていた。
その後更にやってきたのは肉や魚の生産者たちと、冒険家で語り部だというメーヴィンだった。たくさんの生産者とも仲良く信頼関係を築いているロゼは、確かな商人と言えるだろう。
「導師スレイはここにいるか?自分は白皇騎士団団長セルゲイ・ストレルカだ。導師スレイはここにいるか?」
「…俺に何か用?」
「貴様か。導師スレイ、連行する。一緒に来てもらおう」
ロゼが拠点としている事務所を兼ねた倉庫でいろんな話を聞いているうちにセレスはまたどこかへ行ってしまった。入れ替わるようにやってきた男は厳つい表情で淡々とそう告げた。どういうことかと聞けば、先のグレイブガント盆地での様を見て危険視されたためとのことだ。戦争をしに来たつもりではないと返しても、思惑はどうあれ強大な力を持つ者がいるという事自体が問題なのだと言う。ロゼがセルゲイの目の前まで行って意義を唱えるも、引くつもりはないようだ。
+
連れていく、と言っても無理強いをする気はないらしく、騎士団の存在を無視して酒盛りを始めたのをセルゲイはじっと見つめていた。
「このグッチャカツインズには謂れがあってな。部屋の隅と隅に対に置けば、争いは収束するというものだ。…ああ、導師はそんなにそういうものが好きか」
「うん。子供の頃から、遊びといえば遺跡巡りだったから…」
メーヴィンが発掘してきたという緑色の置物を手に取り、ふと見た目に対する重さに違和を感じる。もしかしてこの置物はアスカード時代のもので、スレイたちの知らない技術が埋め込まれているのでは―とそんな空想を思い描く。ただの想像に過ぎないが、壊すわけにもいかず確かめる手立てもない。わくわくと煌めいた目で置物を眺めた。
「メーヴィンはいろんなことを知っているんだよね。ドラゴンを浄化する方法を知らないかな?」
「―ドラゴンを?…幸か不幸か、俺はドラゴンに出くわしたことがないんだ。最近レディレイクとマーリンドに現れたそうだな」
「あとレイフォルクにもいた」
「そうか。この100年そんなことはなかった。災厄の時代と呼ばれ各地で大きな自然災害が続いているが…世界は本当に、破滅へと向かっているのかもしれん」
どんな小さなことでもいいからと詳しく問おうとするが、メーヴィンは首を振った。
「穢れの事なら、光の天族が詳しい。今は行方不明になっている奴を探すのが一番―」
「ならもう会ったんだ。偶然だったけど…」
そう言えば驚いた顔で数瞬考え込んだあと、メーヴィンはそのにもわからないのなら絶望的だという言葉は口の中で噛み殺し「そうか」と視線を伏せた。そして思いつくように、「過去導師と呼ばれた男に会ったことがある」と続ける。
『人は良くない心を誰しもが持っている。その心を穢れというなら、私にも穢れは存在する。私の悩みはそんな巨大なものには到底届かない、曖昧で答えがはっきりしない。例えば誰かを裁くことで多くの者が救われるとしても、それは穢れたことになるのだろうか?必要悪を認めた時点で、人は穢れるのだろうか?』
その男はそう疑問を投げかけたという。そんなことの答えが出せるわけがない、とスレイは悔しげに歯噛みして俯いた。
訪れようとしていた沈黙を破ったのは、それまで監視するかのようにスレイを見ていたセルゲイだった。机の上にあった酒を瓶ごとひっつかみ一気に傾ける。「黙っていればなんだ!」と憤っている。
「そんな答えは出しようがあるまい。我らはままならぬように生きる血の通った人間だぞ!」
「おお、曲がったことが大嫌いな騎士団長にしちゃ、いいじゃないか」
「何を言うか。自分とて、曲げられぬものを通すために、曲げねばならなかったものがいくつもある!」
そんな簡単な職務ではない、と残りの酒を飲み干してセルゲイは叫んだ。その顔はすでに赤く、多くはなかったとはいえそれなりに酔いが回ったようだ。
スレイは苦笑しながらその場を離れようとした。セルゲイに呼び止められるが、逃げるわけではなくいつもの鍛錬をしにいくためだ。説明して倉庫を出た。
§
翌日、朝食を取っていると花束を抱えたセルゲイが何か気まずそうにそろそろとロゼへ近づいていた。気付いて声をかければ、昨晩の失態についてお詫びに来たという。誰でも酒に酔えばあんなものだと笑って許すが、厳格なセルゲイにとっては恥らしい。女性が喜ぶからと持ってきた花束を見てさらにロゼが「私に惚れた?」とからかうが、セルゲイは顔を真っ赤にして否定した。
「ほんとに〜?好きになっちゃったんじゃないの?」
「違うっ!これはうちの放蕩娘が、君が喜ぶだろうと…!」
「放蕩娘?へぇ、娘いたんだ」
「…?セレッサは君と顔見知りだと聞いていたが…」
その名に聞き覚えがないらしいロゼも首を傾げる。困惑した様子のセルゲイはぱちぱちと目を瞬かせていた。遠くで見ていたスレイには、彼らに近付くもう一人にすぐに気づいた。その人物は静かに歩み寄り勢い良くセルゲイの背を叩く。昨日会ったセレスだ。
「バカ正直に花束持っていくって、いい年した男が女の子に渡すもんじゃないでしょうが。いい加減私の冗談に気付きなさいよね」
「セレス!…あ、まさか放蕩娘って…?」
「正解。で、これが本来渡すべきお詫びね」
そう言ってセレスがロゼに差し出したのは可愛らしいラッピングをされたお菓子だった。ロゼは目を輝かせ女の子らしく喜んで見せる。隣のセルゲイを肘で突きからかっているセレスにお礼とばかりに朝食に誘った。
ようやく戻ってきたロゼと共にセルゲイとセレスが朝食に参加する。スレイがいることに気付き、少ししてからセルゲイが話を切り出した。連行しろという命令が出ている以上なにかしらしなくてはいけないようだが、実際にスレイと話をして無下には出来ないと考えを改めたらしい。
天族とともに世界を見て回っていると聞き、セルゲイはほうと息を漏らした。
「セルゲイさん、今日は一人なの?」
「ああ…実は昨晩、枢機卿が亡くなってな。兵はそちらに。それでも導師は捨て置けんと、自分はここへ」
もちろん客人としてだと慌てだすセルゲイに苦笑していると、建物の直ぐ側に馬が止まった。セルゲイとよく似た服装からしてラストンベルの兵士だろう。街中で謎の陥没が起きたため、すぐに出向いてくれとのことだ。
それを聞き、スレイはミクリオたちと視線を交わし頷くとセルゲイに声をかけた。穢れのせいかもしれない、と言えばセルゲイはじっとスレイを見つめた後「共に来てくれ」と提案した。
ロゼは腕を頭の後ろに回しくつろぎながらそんな動きを眺めていた。まるで興味がないと言うような表情で、しかしその動向をしっかりと耳に入れている。
「…ロゼ」
「何、セレス」
「……ううん。いいわ。上手いことごまかしといてあげる」
「…ありがと」
本人たちにしかわからない会話。スープを飲み干すと、セレスはすっと立ち上がった。
09
ラストンベルの街中、聖堂の近くで原因不明の爆発が起き、水が吹き荒れ陥没していると聞き、スレイは穢れによる可能性を考えセルゲイらとともに問題の場所へとやってきていた。実際に一番の問題の場所を見て見なければ確信はできないが、それでも穢れが一番の原因である可能性は濃厚だった。
「どんな様子だ」
「水はだいぶ収まりましたが…先程一人の少女が我々の制止を無視して中へ入ってしまいました」
警備にあたっていた騎士たちも追おうとしたが、どんな危険があるかわからないためにそのまま見送る形になってしまったらしい。それを聞いたスレイは慌てて先のわからない穴へと足を踏み入れた。監察の名目でセルゲイもそれに同行し、ライラの炎を明かりとし、スレイを先頭に地下水道を進んだ。
膝まで水の溜まった水道を進むさなか、強まる穢れに顔をしかめる。セルゲイさえも違和感をはっきりと感じるほどの穢れに、スレイ達は一度立ち止まり水を司る天族であるミクリオと一帯の水の浄化を行った。
さらに奥へと進んだが、格子によって行き止まりになっており、向こう側にはセルゲイとは別の騎士団員が見張りに立っており、セルゲイの名を使っても通ることはできなかった。明確な理由はわからないままでも、先程の浄化の時話していた、この地下水道が穢れる原因―こういった地下道の先に聖堂や城があり、そこで生まれる陰謀やらを地下に閉じ込め蓋をするような現状が間違いなくある可能性に一票投じるようなものであり、セルゲイは深刻な顔で眉根を寄せた。
来た道を戻っていると、エドナが隠し通路がある事を口にした。顕現し問題の場所で脆くなっているという壁を壊して現れた道を進むと、開けた場所に出た。溜まった水の深さは変わらないが、おそらくここもどこか政治的な場所へつながっていたのだろう。壁沿いの階段の向こうには、あからさまに頑丈に塞がれた扉があった。
そしてその空間の中心に少女が一人。エドナの見た目よりは大人びており、こちらに気付いていないのか、持っている旗の足元でしゃがみ一心に祈りを捧げている。それを見て、スレイの中に戻っていたエドナとライラが姿を見せた。
「さっき騎士の人が言ってた中に入った女の子かな」
「おそらくそうでしょう…あの気配は、まさか…」
ライラは訝しげに少女を眺め、信じられないとばかりに口元を隠していた。少ししてようやくこちらに気付いたらしい少女が立ち上がり振り返る。動いたことで見えた旗の模様は、確かに導師の紋章が刻まれていた。
§
少女と共に大穴を出ると、青嵐騎士団のグルードマンに剣を向けられた。少女に話を聞こうにも、そんな騒ぎの内に姿を消してしまっていた。グルードマンの「何をしていたのか」という問いにどう答えるべきかと躊躇っていると、視界の端でロゼが城壁の上を走り何処かへ向かっているのを見留た。同時に街の向こうで大きな竜巻が近づいていることに気付き、エドナの術でグルードマンたちを足止めしながらロゼ達の元へと向かった。近付くにつれ大竜巻はどうやらロゼと行動していた風の天族・デゼルが呼びつけていることがわかり、スレイはロゼ、ライラたちはデゼルのもとへと急いだ。
多少の戦闘が起きながらも、どうにか竜巻を収めさせることが出来た。デゼルが言うには、「悪いことをしたら罰が当たる」―詳しい事情を全て理解し納得することは出来なかったが、デゼルがロゼに追従することや事の発端は、ロゼたちの過去に起因することを聞いた。
事が終わってから、グルードマンたち青嵐騎士団と再び話の続きをした。やはり導師の超常的力を貸して欲しいという話であったが、スレイの答えは変わらずNOだ。しかし首都であるペンドラゴには、導師として用があるのでお互いの目的や名目何であれ、スレイたちは彼らとともにペンドラゴへ向かう事を了承した。
夜になり、城壁の上でスレイはふと先程の少女のことを思い出す。街を見下ろしながらミクリオと先程のことやこれからのことなどを話していると、城下の街中を歩く件の少女に気付いた。先ほど地下水道で見かけた少女だ。驚くミクリオをよそに城壁を飛び降り少女のもとへ走った。
急ぐ足音に気付いたらしい少女が振り向き、ペコリと頭を下げる。
「…君は?」
「私はといいます。導師見習い…のようなものです」
自分の名を応えようとして、スレイ達は瞠目した。首を傾げる少女―に、どういうことかと問いを投げるが、は何に対しての質問かわからず困惑していた。
「俺はスレイ。一応導師…なんだけど、君は一体…導師見習いっていうのは?」
「私の村では、古くから導師伝承を信仰していました。憑魔を浄化することは出来ませんが、長年現れない導師様の代わりに、各地をまわり穢れを鎮めているのです」
唖然としながらその説明を受けつつ、スレイはふむと首を傾げた。どういうめぐり合わせか、導師であり憑魔を浄化することが出来るスレイと、導師見習いと名乗り浄化は出来ずとも穢れを鎮められる。協力すれば、もっと素早く確実に、穢れを払うことが出来るのではないだろうか。
思い立ったスレイは表情を明るくしてそれらをに提案した。
「どうかな?」
「…。こちらとしてもありがたいお話です。ですが、足手まといでは?私のこれも修行のようなもの。どれほどの効果があるか…」
「いいんだ。仲間が増えて嬉しいよ!」
無邪気に笑うスレイに何処かあっけを取られつつ、もつられて微笑んだ。翌日の出発時に合流することにして、その夜は別れた。
「いいのかい?ライラたちに相談せず勝手に決めて」
「道中こっちの事情を知る仲間が増えるのはいいことだろ。彼女の村に伝わる伝承っていうのもどういうものか気になるし」
肩をすくめてライラたちの元へ踵を返すミクリオに続いて足を動かす。これからたくさん困難も待ち受けているだろうから、自分で言ったように事情を知った人物が仲間になるのはありがたいこと。スレイはホッと胸を撫で下ろした。
§
アリーシャが幼いころ遊び場として使っていた森の中の小屋。アリーシャ率いる小隊は、入った情報によればバルトロたちの策略による国家反逆の罪でアリーシャは罪人として追われているということ。アリーシャの信念を信じ付き従っているたくさんの部下たちは、突如として襲ってきた別の部隊―バルトロの命に従う兵士たちによって幾名が殉死した。必死の思いで追手を撒いてこの小屋へ逃げ込んだ後、別働隊だったイアンと合流し情報を得ることが出来た。
グレイブガント盆地での戦争に前線へ立ち戦争停止を説いたアリーシャを、安全な国の奥地で指図するだけだったバルトロが裁こうとしている。は消沈していたアリーシャを見て今すぐにでも国の官僚たちを一人残らず淘汰しに行ってやりたかったが、アリーシャの部下であるという立場、そしてアリーシャ自身がそれを望まないという事実に頭を悩ませながら押し黙っていた。
悩んでいたアリーシャの肩にそっと手を置けば、どこか泣きそうな不安な表情でを見上げる。もう一度俯いて、肩に乗せられた手に自身の手を添えぎゅっと瞼を押し瞑った。二人の特別な信頼関係による雰囲気を察したのか、小屋の中でつい今まで話しをしていたシレルとイアンは見回りをすると言って外へ出て行った。部屋の中で二人きりになって、はヘルムを外しアリーシャの隣に腰掛けた。
「…私は、何か間違っていたのだろうか」
「……」
「私は私の理想と、そのための行いが正しいと信じてここまでやってきた。しかし…多くの部下たちを死に追いやったのも事実だ」
「……」
「もし…私の理想が、その足枷になっていると…言うのなら」
震える手を握って、首を振る。アリーシャは力の無い笑みを零しながら話を続けた。依然にも多くの部下を失った。グリエルでの異常気象の調査に行かせ、その災害に巻き込まれた彼らの行方は未だ不明のままだ。目の前でアリーシャに逃げろと叫びながら風に巻かれていく信頼していた部下たち。アリーシャの事を確かに強く想いながらも、表情に色濃くあった死への恐怖。今この時のようにが傍で支えていてくれなければ、いつ発狂していてもおかしくない状況だった。
こんな時彼なら―スレイならばどうする、とアリーシャは考えた。にも何かしら考えることはあるかもしれないが、それを言葉で伝えることは叶わない。そんな中で、スレイがいつだったかに言ったのか―それとも自分で出した答えだろうか、「俺が強くなればいい」という言葉が脳裏に浮かぶ。
「…。私は…私も、強くなる。姫として、騎士として、従士として」
「……、」
「お前はもしかしたら、これ以上頑張らなくてもいいと言うかもしれない。でも私はまだ、限界に達したわけではないんだ」
「……」
「シレルもいる、イアンもいる。それに何よりお前がいる。みんなの信頼を裏切らないためにも、受け止めるためにも、私はもっと強くなる。まだまだかもしれないし、には迷惑をかけるかもしれないが、どうか―」
立ち上がり、考えが決まったらしい真摯な表情で話すアリーシャの言葉を最後まで聞かないまま、はふっと口角を上げてアリーシャの頭を優しく撫でた。つまずいても立ち上がり進み続けるその心の強さ、揺るがない信念の持ち方。微笑ましく、そして何より愛おしい。その想いが成就するようなことは無いが、彼女に付き従う一人の騎士、一人の男として力を奮おうと遺憾なく思わせられることに、―そう思えるようになれたきっかけである彼女に、はただそんな想いが伝わって欲しいと片隅で思いながら笑みを向けた。
頬を染めて困惑しているアリーシャは視線を泳がせた後、気が済んだのかが手を離したので外にいるシレル達を呼び入れた。今後の方針、人質とばかりに捕らえられた師であるマルトランの奪還についてや、バルトロたちに直接話をつけることやその方法についてを語った。
ここまで逃げてきた者たちは皆間違いなくアリーシャを信じる頼もしい部下だ。心強く思いながら、アリーシャは翌日からの行動のため十分な休養を命じ、ひとまず日が明けるのを待った。
10
白皇騎士団、青嵐騎士団と共にペンドラゴへと向かっていたが、スレイは途中で急用ができたから先に行っていてくれとどこかへ行ってしまうし、について説明をしていなかったらしく、人質よろしくグルードマンから不躾な視線を送られは辟易としていた。己の武器でもある儀式のための旗槍を握り、野営地で居心地悪く縮こまりため息をつく。
そんな中、スレイからある程度の事情を聞いているらしいセルゲイに肩を叩かれる。スレイが突然いなくなった”急用”の内容を知っているかという問いに首を振れば、セルゲイはしばし考えた後声を潜めた。
「見張りを除き青藍騎士団の連中が就寝したら、私の部下を導師の迎えに行かせる。その後状況を見計らって我々だけで先へ進む。貴女はどうする?導師側の人間であるなら、我々と一緒に行動してもらいたいのだが」
「…。かまいません。もとより明確な目的地なく旅をしている身ですので、当面は導師様の行動に従うつもりです」
頷き、セルゲイはのいたテントを離れていった。
+
セルゲイの合図通りに行動を起こし、彼らのひとまずの目的地であるというローランス皇帝の屋敷へとたどり着いたのは、それほど時間の経っていない頃だった。皇帝であるドランに話を通し、まずはスレイが到着するのを待つ。その間、敷地からは出ないという約束を交わしながらは旗を掲げせめてもの力の足しにと祈りを捧げていた。
日が明けない程度ながらも長い時間が経って、ロゼを伴って遅まきに到着したスレイたちは屋敷に通され、しばらく話し込んでいるようだった。は祈りながらただ空を見上げ、そのどんよりとした雲を眺める。
「!もうすぐ―ってそんな、こんな雨の中濡れたままじゃ風邪引くよ!」
「…大丈夫ですよ、スレイ様。私はすこしばかり丈夫なので。…出発するのですか?」
旗槍を抱え直し問うに呆気にとられながらもスレイは頷いた。
「わかりました。同行させていただきます」
「―さん。少しお話がしたいのですが、よろしいですか」
「湖の乙女…!はい、構いません」
ドランの用意した馬車には、スレイに話があるというロゼが一緒に乗り、は単独で乗り別れることになった。それぞれの馬車であまり人に聞かれたくない話をしながら、一行はローランスの首都へ向かう。近づくにつれ、スレイもも顔色を悪くしていた。たどり着いたのは教会―スレイの目には、扉や窓の隙間から漏れ出る穢れが見えた。導師としての力を持たないロゼにすら、気持ちの悪さがわかるほど。
ローランス皇帝の突然の来訪に慌てて来たらしい教皇のマシドラが、慌てた様子でどんな用事かと問うが、話をしているうちにふと、もスレイもライラも僅かに顔をしかめた。スレイが中に入れてくれと言っても、マシドラは居心地悪そうに視線を泳がせて拒むだけだった。
「…もたもたしていられません。強行しましょう」
「え、?!」
天響術なのか、は旗槍を掲げ教会を指した。同時にそこへ落ちた雷によって、教会の正面扉は見事なまでに粉砕する。マシドラの制止の声を無視して走り出したに続いて、スレイたちもすぐさま教会へ侵入した。
穢れの源は礼拝室の更に奥。気配を頼りに進めば―辿り着いた場所にあったものに、全員が顔を顰めた。
「このドラゴン、もうすでに…」
「ええ、亡くなっていますわ。なのになんてすごい…穢れの量。しかもこのドラゴン、まだあふれるように…穢れが…!」
「…死して尚、癒やされることのない、痛み…感情」
ギリ、と唇を噛む。一方でロゼには見えていないものの、その不快感とライラたちの声によって状況を察し、この穢れをどうするのかとスレイに問う。
浄化してやりたい、とは思う。…けれどここまでの強大な穢れを、本当に浄化出来るのだろうかと歯噛みする。横でライラが「ロゼが従士になれば浄化の助けになる」と進言するが、従士契約のデメリットを先程の馬車で聞いたスレイは、自分から求める訳にはいかないと頑なに首を振った。
「今ここは。スレイたちにはどう見えてるの」
「…―あまり長くはいたくない、かな」
苦笑するスレイに、ロゼは一瞬だけ眉を上げて、それから困ったように笑った。
「…そう。どうしてだろ。そんな世界だってわかってるのに、私も見てみたいって思っちゃってるんだよな。―要はスレイが死なないようにあたしが助ける。それで穢れってやつを、スレイと一緒に受けてやればいいんでしょ。それで納得?私は納得だよ。だから、私に”真名”ってやつをちょうだい」
覚悟の決まった強い瞳に、スレイはようやく頷いた。
×
はた、と動きを止め虚空を見上げる。今、何かが、―軽くなった、と表現するのが近いだろうか。ただじっと空をみあげていると、それに気付いたアリーシャが声をかける。
「どうした、」
「…、」
「なんだ」
手招きをして、背を向けるようジェスチャーするとアリーシャは不思議そうにしながらもに背を向けた。その小さな背中にひとつ指をたて、声を届けられない代わりに短い文字で今試したいことを伝える。
「…スレイと念話が出来ないか、と?……どうだろう。ここでスレイとお互い状況が伝えられればありがたいが…」
「…」
「いや、試してみるよ。…集中して、スレイに向けて言葉を発せばいいんだな?」
こくりと頷き行動に移すアリーシャを眺める。しばらく目を閉じて念じているアリーシャの肩に触れ、手助けになればと霊力で補助した。スレイと縁のないでも、ただアリーシャの不安定な霊力を安定させることができれば随分と楽になるだろう。その傍らで、遠く離れたレディレイクの惨状を見やる。その向こう側が見えないほど強大な―竜巻。そう、再びレディレイクは、竜巻に襲われていた。ただの自然現象ではなく、厄災の象徴―穢れの権化ともされるドラゴンによる、それだ。
これで竜巻の出現も三度目だ。民家や市街に大きな被害は出ていないが、いよいよもって危険な状況で、枢機卿達によって濡れ衣を着せられすぐさま国に帰り危険を伝えることも備えることも出来ないことは、アリーシャにとっては恨めしいくらいだろう。
「もし…規模が大きくなってく竜巻が、レディレイクに直撃したら…っ。―今はシトレへと赴き、民の救助を最優先とする」
「いいのですか?その動きを読んでバルトロたちがシトレへ来ることも考えられます」
その懸念は最もだ。たとえどんな邪魔をされようといざとなればがどうにかする気ではいるが、それは本当に最後の手段だ。アリーシャは苦笑して「そんなことはどうでもいい」と、人命救助が最優先だと力強く答えた。
+
集まった兵士たちの中で一番力持ちであろうは、たくさんの水筒や桶、水瓶に川の水を汲んでシトレと往復していた。そこでざわりと悪寒を感じ、水の入った荷物を投げ捨て走り出す。あとで「久しぶりに本気を出してしまった」と若干の後悔をするほどの超常的なスピードで雑木林を抜けると、そこでは。
「…俺が見えるのか」
「はい。私は導師スレイの従士です」
「あんたが?…アイツの影響ではなく、か…― あのアマちゃん導師サマらしい」
その長髪の毛先が葉緑色に染まっている、風の天族の特徴をしっかりと持った男―ザビーダが、アリーシャの側で破壊された家々を眺めていた。その前に躍り出るように上空から着地すれば、ザビーダはにやりと口角を上げた。しかしすぐに眉根を寄せ、腰に手をやり呆れたように息をつく。
「ドラゴンが現れたと聞いて来てみたが、ここまでレディレイクが穢れていたとはな。何やってんだお前は」
「俺は一介の騎士だ。知ったことじゃない」
「…全く。世も末だな。人間は何をやってるんだか」
が”そう”なった経緯をある程度知っているザビーダはアリーシャへと向く。返す言葉もありません、とうつむいて悔しげにつぶやくアリーシャをじっと見つめ怪我や異常がないことを確認すると甲冑の中でため息を付いた。
「こうなると、ドラゴンを浄化するっていう俺達の約束どころじゃねえな」
「…ドラゴンを、浄化…?」
「状況は悪くなる一方。さてどうするかな…」
左手に持っていた銃を構えながらボヤくザビーダは、銃へ向けられる不思議そうな瞳に気付くと簡単に説明してくれた。銘はジークフリート、唯一ドラゴンを殺せる武器―ではあるが、導師であるスレイと遭遇しどうにか浄化してみせるからドラゴンでも殺さないでくれと言われなかなか見せ場をつくれないでいる銃である。アリーシャはスレイのそんな言葉に「彼らしい」とばかりに苦笑する。
「スレイに会ったら言っておいてくれ。ザビーダがよろしく言っていたとな。…それと―」
「だ」
「…。今はもう状況が状況だ。冗談じゃ済まねえぞ」
フン、と視線をそらす様子を見ながらため息を付いて、ザビーダは風にまかれてその場から去って言った。
しばしの沈黙の後、アリーシャへ視線を向けて首を傾げる。―大丈夫か、と言葉ではなく問えば、当のアリーシャは小さく拳を握りながらも頷いた。