06



 導師と別れマーリンドへと向かう道中。雲行きが怪しくなり足を早めるも、半ばにある大きな川にたどり着く頃には大雨になっていた。そして何よりの問題は、川が氾濫し―唯一の橋が壊れていたことだ。 せめて薬だけでもとアリーシャは言うが、轟々と流れる川は、空を飛べでもできない限り超えることは出来ないだろう。
 は空を見上げ兜の下で睨みつける。この大雨はただごとではない。濁流で見えはしないが付近の穢れの大本であろう憑魔が川深くに隠れていることも感じられる。考えているうちにアリーシャは地図を広げ、迂回路を探し出した。ここから距離はあるが、逆にそれほど離れればこの嵐の範囲からも外れるだろう。そう言った提案をに確認をとるのは昔からだが、彼が天族であると知った今果たしてそのことが関係あるのか―考えながら頷いた。
 事が穢れのせいであるとわかったために、霊峰レイフォルクを下山して戻ってくるであろうスレイたちに助力を求めるため伝令兵を向かわせ、アリーシャは薬を運べる最低人数で迂回路を目指し、残りの兵はマルトランに指揮を任せ現場待機を命じた。最初にも待機を命じたが頑として頷かず。アリーシャと、数名の兵士で迂回路からマーリンドへと馬を走らせた。
 推定通り迂回する橋が近づくと急に雨が止んだ。振り向けば黒雲が立ち込めており、アリーシャはごくりと唾を飲み込む。しかし考えているヒマはない。迂回したことで予定の日程からだいぶ遅れが出ているのだ。一刻も早く、薬を運ばなければならなかった。
 だが無残に破壊された橋を見て呆然とする。濁流とは遠い高い位置にあった橋は崩れており、とても渡れそうにない。
 嵐が去っていることで流れが比較的おとなしい河川を見て、仕方なく川の中を突っ切って行くことになった。

「…っ!」
?大丈夫か?」

 川の水に触れた瞬間、まるで熱湯かのように足を浮かせた。どうにも穢れが蓄積しているようで、天族であるには少々辛いものがあった。かといってここで馬番をしているわけにもいかない。何でもない、と首を振って再び川の中へ足を踏み入れた。

×


 マーリンドの街は穢れが酷く、さしものも満足に動ける状態ではなかった。街の住民に薬を投与しても全く良くなる様子はなく、アリーシャたち兵士は手が足りなくなっている看護の手伝いに奮闘した。
 顔色も見えないのに体調が悪くなっているのをアリーシャに悟られ、休んでいるよう言われたは多少この街の空気に慣れてくると早々に街全体の観察に向かった。街の中心を通る川も穢れきっていたが、上流から流れてくるものだけでここまでの被害はでまい。散策を続けているうちに、ふと思い出す。

「…確かこの街には聖樹があったな…それほどのものがありながらここまで穢れが蔓延するとなると」

 いわゆる御神木などのような信仰の集まるものがあれば、それを依代に天族が街を加護領域にしていただろう。直接天族へではなくとも人々の信仰があれば、自ずと天族はそれに寄り添うことができる。そういった街も少なくなってきたものだとはため息を付き、この街を覆う穢れの源を探すために足の向きを変えた。

「あれはドラゴン…パピーか」

 街の上空を黒い何かが飛び回っている。目を細めて見定めてみれば、どうにもドラゴンの幼体のようだった。つまりは天族の成れの果て。大地の穢れの塊程度ならにも解決できたが、やはり憑魔―それもパピーとはいえドラゴンとなれば、一人ではどうにも出来ない。アリーシャが残した伝令兵の言葉でスレイがこのマーリンドへ来てくれれば、経験を積みつつある今のスレイなら浄化も可能だろう。
 そうと分かれば、彼が赴くのを待つのではなく呼び寄せなくてはならない。目的が決まったと踵を返した。

!休んでいろと言ったのにどうしてこんな所に…」
「きっとあのドラゴンを見てきたのですわ!」

 軽装のアリーシャと、スレイにライラ―見覚えのある天族が一人増えているが、今はそれどころではない。予想よりずっと早くマーリンドを訪れてくれたらしい導師一行は、そんなことよりとドラゴンパピーを浄化するために走り出した。
 地の天族らしいもう一人―エドナが、降り立ったドラゴンパピーに加重の術をかける。そこをライラとの神依で攻撃するつもりだったようだが、近づくスレイを見てドラゴンパピーは術を破って再び上空へと飛び去った。ここへ来る前に彼らが会った時より力が強まっているらしい。

「ミクリオさんがいれば…!ミクリオさんが取りに行った神器は弓ですから、遠く離れた憑魔も撃ち落とす事ができるのに…!」
「……来るよ。ミクリオが近くまで来てる、そんな気がするんだ。ミクリオは絶対に来る!だから―」

 もう少しだけ踏ん張ってくれ、とスレイは剣を握り直した。黙って見ていたはため息を付いて、己の大剣を実体化させてスレイの隣に並んだ。

…!?手伝ってくれるのか?」
「どこまで役に立てるかは知らんが、あの炎をぶった切るくらいは出来る」

 そう言いながら向かい来る炎を易々と両断し霧散させた。「お前は少し力を溜めておけ。ミクリオが来てもお前に力が残っていなければ意味がない」多少息を荒げているスレイを横目に地面を蹴り、ドラゴンパピーの爪を弾き返す。空高くからの滑空で勢いをつけたドラゴンパピーの攻撃は、見た目以上に衝撃が生まれた。
 立ちふさがるを面倒に思ったのか、ドラゴンパピーは一度上空へ戻ると今度は後方で息を整えていたスレイに目を向ける。距離を離していたせいでが戻る間もなく、ドラゴンパピーは鋭い爪の攻撃をスレイに繰り出した。疲れていたせいもあり叩きつけられた拍子に神依化が解け、投げ出されたライラに炎が向かう。スレイはすぐに立ち上がり、丸腰も同然の状態でライラを庇うように両手を広げた。
 足元に魔法陣を展開し一番速く使える術で炎を打ち消そうとした時。その炎は一射の弓矢で掻き消えた。射たれた方へ全員の視線が向く―肩にノルミン天族を乗せた、スレイ達が待ちわびていた―ミクリオだ。

§


 弓の神器を手に入れたミクリオとの神依で見事ドラゴンパピーを射抜いたことで無事マーリンドを覆っていた暗雲は綺麗に晴れた。
 連戦に次ぐ連戦で流石に疲れが溜まっていたスレイは、それでも一日休んだ後マーリンド復興のため街に残る浄化に勤しんだ。街の中心を流れる川、水の浄化が最優先だと三日かけてミクリオと二人で地下水道に潜った後は、ドラゴンパピー化していた天族ロハンの様子を見に、アリーシャがゆっくりできるところをと案内してくれた図書館のホールの大机で昼食も兼ねてようやく休息していた。
 疫病の正体、原因が去ったと言っても、体調不良が一朝一夕に良くなるわけではない。快方に向かっているとはいえ未だ本調子に戻っている者は少なく当面の間は街の中での自給は難しいとして、アリーシャは国から食料等を始め支援を行っている。力になれるならなんでもすると豪語するスレイに笑み、協力しあいながら数日を過ごしていた。

さん。少し、お願いしたいことがあるのですが」

 他の兵士に混ざって雑用をしていたに声をかけたのは、導師の主神であるライラだった。天族であるライラは他の者には見えないため、は少し抜けると伝えて人気のない場所へ移動した。

「―スレイがまだ人が成った憑魔の浄化をしていない?」
「はい。人が憑魔になるということが、それを浄化するということがどういうことなのか…私一人の言葉では、二の舞いになってしまうかもと思うと、不安で」

 少し沈んだ表情で語るライラに腕を組みながらため息をつく。今の状況に至る前―先代導師の頃は姿を隠していたとは言え、導師周りのことはも把握していた。周りの羨望やそれから始まる憎悪にのまれてしまったという先代導師の主神もしていたライラは、スレイが導師として才能を持った人間だからこそ、当時のようなことを再び起こしたくないと強く思っている。
 その思いがわかるからこそ、も邪険には出来ないでいた。少なくとも自分は―そのような経験から逃げていたのだから。

「お前の言葉は別に間違っちゃいないさ。俺から見てもスレイは、”当代に一人の導師”となるに十分な素質がある。それこそ鍛えれば、俺をも従わせられるほどの」
「………、」
「助言できることと言えば―導師になるには足らなくとも、探せば従士になれるくらいの素質を持つ奴はいる。あとはお前たちが、それまでどういう風にスレイを支えられるか、だ」

 助言として提示された言葉にライラは顔を上げる。

「前のやつは独りだったから失敗した。それなら答えは明白だろう」
「まさか…」
「俺個人としては反対だがな。…本人がその気なら、止めるつもりはない」

 視線を外して語ったは、考え込むライラを横目て見ると路地裏から離れ作業に戻るため広場へ足を向けた。
 一方その隅ではアリーシャとマルトラン、スレイが誰かと話していた。その人物はここしばらく潜入任務についていた、アリーシャ直属の騎兵であるシレルだ。その表情からして明るい話ではない。何か不穏な物を感じてそちらへ足を向け直すと、アリーシャはちょうど踵を返して走り出す所だった。驚きつつ追えば、向かったのは兵のベーステント。着く頃に追いつき事情を聞けば、バルトロが兵士にグレイブガント盆地への進軍を命じたのだとか。
 それはつまり開戦に向けての準備に他ならない。戦争に反対していたアリーシャをマーリンドへやったことで目の上のたんこぶは一時収まり、その内に―ということだろう。マーリンドへの補給で国の備蓄量がさらに不足し、アリーシャは不在ともなればバルトロの天下とも言える。
 地図を広げ、マーリンドからレディレイク、件のグレイブガント盆地への距離を測る。すでに一部の部隊がレディレイクを出発シているらしく、道のりの問題もあり今からレディレイクへ意義を申し立てに行くのは間に合わないだろう。

「…いえ。私が止めに行きます」
「アリーシャ、」
「俺も行くよ」

 即座にスレイも意気込むが、「私は反対です!」と実体化を解いたままライラが叫ぶように言った。それを聞いて目を細めながら、はアリーシャの視線に頷き兵士への指示を行うためテントを出た。

§


 気の晴れたような堂々とした顔で戻ってきたアリーシャに目を丸くする。つい先程までは開戦への不安や焦りで沈んでいたと言うのに、一体どうしたのかというの思いは手にしていた地図や書類を思わず落としたことでアリーシャにもわかったらしく、余裕のある様子で笑っていた。

「私の命を狙っていた暗殺集団がいただろう」
「……っ、」
「和解というか、一時ではあるが味方にできたんだ。彼らの信念も知った。おかげで改めて、私が進むべき道もしっかりと見えた」

 ぐっと拳を握り語るアリーシャに拍子抜けしながら、落とした書類を拾い上げる。咳払いの仕草をして、より詳しい作戦についての会議を始めた。…最も言葉を交わすことは出来ないので、書き物による意思疎通ではあるのだが。











07



 翌日早朝に出発するアリーシャ部隊より先に、まだ暗い中では予定通り単身でグレイブガント盆地へと向かった。憑魔となった人間は導師に任せるしかないとしても、その様々な負の感情から成った憑魔はでも浄化することができる。そうすることで多少は戦争の中断に繋がりやすくなるだろうと計算してのことだ。 アリーシャのことは心配だが、マルトランやスレイ、それに一時味方にしたというセキレイの羽―基風の骨がいるようなのでひとまずは大丈夫だろう。…風の骨、その頭領であるロゼには憑きものもいる。
 それに―

「これは…?」
「……」
「お守り、か?お前も心配性だな。ありがたく受け取っておくよ」

 とある所以の懐刀を渡した。いざとなればそれを頼りにアリーシャの元へ戻ることができる。
 天族として姿を消すことで完全な奇襲も可能だ。それに関しては状況次第だが―今はとにかく戦争を止めることが最優先だ。
 戦場の端で姿を消したまま術による浄化を行っていると、スレイ達も到着したようで豪快に神依を駆使しながら憑魔や穢れの浄化を進めていた。その時だ。感じることがないよう願っていた知らせが来てしまった。アリーシャの負傷―預けていた懐刀に彼女の血が触れた。振るっていた剣を止め、アリーシャのいる方向を睨んで目を細める。今すぐに、アレを依代に彼女の元へ―そう考えた時、かつてないほどの悪寒が走る。再び振り返ればそこには、今最も穢れを持つ者―穢れの源泉、災禍の顕主がそこにいた。

「……っ!」
「おや?お前は確か、あの姫騎士と共にいた兵士ではないか。あの攻撃に怯まず立ち向かう阿呆かと思っていたが―まさか天族だったとはな」

 いつぞやにアリーシャを襲おうとした天族の少女が、災禍の顕主の傍らで愉しそうに唇を歪めた。導師のいない状況で一人では―さすがのも、油断すれば穢れに飲み込まれドラゴンとなってしまうだろう。…それも今までスレイ達が遭遇したものと比べ物にならないほどの凶悪なものに。

「ほう…あの時のように無闇に向かってくることはしないか」

 無闇に立ち向かうことはしなくても、保身のためにも自分を中心とした一定範囲に浄化の炎を浮かべる。剣を握る手に力が入るが、ゼンライやライラの言うとおり”格落ち”している今ではどうあがいてもあれを浄化することは叶わない。
 一方戦争が始まっていた盆地ではどうやらアリーシャの願いどおり停戦命令が出たようで、それを見た少女がつまらなさそうに目を細めた。「もっと殺し合って憎しみ合ってもらわないと」そういう顔はどこか恍惚としていた。

「……お前、憑魔にはなっていないな。災禍の顕主と共にいて平気と言うことは、……死神の類か」
「物知りだな!負の加護を持つ天族のことを知っているとは」
「何、知り合いにも死神を自称する天族がいてな。それに災禍の顕主、周りから穢れを集めて大きくなったつもりか?始まりの災禍は、周りの恨みつらみなんてどうでもいいって顔してたがな」
「貴様!」

 体調が急激に下降しながらも災禍の顕主を睨みつけ、その正体を探ろうと挑発する。当の本人は涼しい顔で、隣の少女だけが憤慨しているがにとって彼女は大した脅威ではない。「お前、その顔…どこかで」穢れで歪みまともに見えはしないが、時折揺らぐ中で災禍の顕主となった人間を見通す。しかし縁の深い相手ではないのだろう、すぐに思い出すことは出来なかった。

「災禍の顕主!!」
「―導師か」
「…導師としてお前を浄化する!」

 戦場から走ってきたのだろう、すでにあれだけの浄化を行い体力も尽きかけだろうに、辿り着いたスレイは儀礼剣を握りしめそう言い放った。またも隣の少女が憤慨していたが、やはり当の本人は気にもしていないらしい。「見せてみろ、お前という器を」構えるでもなく応える災禍の顕主に、スレイは浄化の炎を剣にまとわせ地面を蹴った。上空から勢いをつけて災禍の顕主に叩き込む―しかし剣はいとも簡単に受け止められ、まとった炎もまるで影響がないようだった。

「わしを浄化しようなどと…生意気な!」

 祓おうとした穢れの重さもあってか、スレイは抵抗できないまま投げ飛ばされる。咄嗟に受け止めるものの、この強い穢れでそう踏ん張れずも巻き込まれるように地面に倒れた。同時にヘルムが外れて転がり、彼の素顔が露になる。

「新たな導師が現れていたとはな。―恐ろしいか?死の予感…甘美であろう」

 にぃ、と口角をつり上げて嗤う顔は、まさに狂気といえるだろう。スレイはすぐに立ち上がり、ライラと神依化して再び災禍の顕主に向かう。だがそれも簡単に打ち払われ、次いでミクリオ、エドナとも神依による攻撃を行うが一切効いていないようだった。元々戦場での浄化に力を使っていたせいもあるとは言え、やつとの力の差は歴然だった。
 次に災禍の顕主は、未だ戦場に散らばっていた穢れを集めた。一つ一つの穢れは小さくとも、手繰り寄せれば一度薙ぎ払っただけでは浄化しきれない。スレイが撃ち落とした憑魔をたちも攻撃するが、なかなか終わりは見えなかった。

「耐えられるか?これが人間の穢れ…強さだ!人間のために浄化しているお前を攻撃しているのは人間から生まれた穢れだ。まさに理不尽…愉快よのォ…」
「……俺は、信じる。いつしか…世界を浄化しきれるって。いつか人と天族が、一緒に暮らせる世界が来るって!」

 膝をついていたスレイは立ち上がり、一つ大きく雄叫びをあげると再び憑魔に向かった。

×


 周りにいた憑魔をけしかけたままながら、興味を失ったのか―あるいは、悪い意味でスレイの今後に興味を持ったのか、いつのまにか災禍の顕主は去っていた。残りの憑魔を浄化しきり夕日が沈みかけた頃、馬に乗ったロゼが焦った様子でここへたどり着いた。

「スレイ、あと…だっけ?―って頭!?」
「……、」

 タイミング的にもロゼがここまで来た理由は察しがついた。地面に転がりだいぶ傷ついたヘルムを拾い頭部の装着し直したあと、放り投げていた大剣をしまいロゼの説明を聞かないまま走り出した。

「あ、ちょっと!?」
「ロゼ、何があったの?」
「それが、お姫様が…!」

 ロゼの言葉に、スレイ達も慌てて駆け出した。

§


 残念ながら、ライラ達は神依化した時導師自身には治癒術をかけることができても、それを他者に行うことは出来なかった。いずれスレイがもう少し能力を上げたら可能ではあるらしいが、少なくとも力が底をついている今では不可能だ。
 かと言ってアリーシャが危篤のままというわけではなく、医療部隊のおかげもありしばらくの安静は絶対ながらも一命はとりとめていた。
 マルトランやロゼに「何故すぐ来なかったのか」「何故傍にいなかったのか」と八つ当たりに近い叱責を受けながら、は眠るアリーシャの傍で看病するスレイたちを少し離れたところで見ていた。

は、どうして浄化の炎が使えるんだ?人が憑魔化したものは浄化出来ないとは言っていたけど、穢れが寄り集まったものでもライラたちは浄化は出来ない。天族であるが、どうして…」
「……これは、もっと昔からある俺個人の力だからだ。あれからかなりの時が経ち、名を捨てたことで憑魔化した人を浄化できるほどの力はなくなったが、それでも多少は効力が残っているらしい」
「……と導師契約したら、災禍の顕主も倒せるかな」

 天遺見聞録を手にうつむきながらつぶやくスレイに、は肩をすくめた。

「無理だな。今言ったように俺は弱体化している。俺が主神なり陪神なりになったところで変わらないさ」
「……歯が立たなかった。どうしたら世界を…災禍の顕主を…!」
「スレイ。その力は一朝一夕には使いこなせないし、強くもなれない。俺は例外だとしても―基本憑魔を浄化できるのは導師である人間だけだ。ならどうして人間だけが浄化を行うことができるのか?それは穢れを生むのが人間だからだ。―穢れとは何か、浄化とは何か。言葉には出来なくても、スレイ…お前はもう、知っているはずだ」

 その言葉に顔を上げる。木陰にいるを見て、まだ疲れの抜けきっていない下手くそな笑顔で笑った。

はどうしてそんな風にしか助言できないの?」
「そうやってグダグダ悩む導師を今までにも何度か見たことがある。直球で答えを言っても「それは違う」って反抗されるんでな。今までの奴らの考えが間違っているとは言わないが、意固地になって別の考えをすることを拒む奴が多かったんだ。そうして穢れていく…だから俺は、あまり導師を好きになれない」
「……そっか。なりに、人間に寄り添おうとしてくれてるんだ」

 視線を戻したスレイを見て、はのそりと立ち上がる。眠るアリーシャの傍らにしゃがむと、痛ましい顔で傷口に手を当てた。「どうするの?」と不安そうにするスレイにはまぁ見ていろとばかりに肩をすくめて返した。
 淡い銀色の光がかざした手から溢れる。一瞬アリーシャが顔を歪めたものの、すぐにおとなしい寝息に戻った。

「…光の天族はいわゆる絶滅危惧種だ。地水火風の天族はそれぞれ自然の力が強いところに生まれるが、光の天族はそうはいかない。俺以外で知っている光の天族は二人だけだ」
「光の天族…をいれてもたった三人だけ?」
「探せば他にもいるかもしれんがな。地の天族なら土を、水の天族なら水、火の天族なら火、風の天族なら風―そして光の天族は本来、浄化の光…白銀の炎を操る」

 眉を顰め驚くスレイに構わず、は言葉を続けた。

「光の天族はその性質から、そもそも他の属性より少し上位にある。使おうと思えば全ての術が使えるし、他の天族よりもずっと導師の主神に向いている―その気になれば、他の属性を押さえ込むことさえできるからだ。―…と、これ以上はお前にはまだ早いかな」
「……って、思ってたより結構喋るんだね」
「普段は話す相手がいないからな」
「なんだ、それ」

 光が収まると、はドッと膝をついた。ヘルムを外し、苦しそうに頭を抑えている。スレイが傍に寄って心配するものの、すぐに何事もなかったかのようにヘルムを装着し直した。「少し休んでくる」と立ち上がり言うと、多少おぼつかない足つきながらも兵士の休息テントへと向かった。

×


!」
「―……」
…!」

 強い穢れに当てられたこと、弱まっている治癒能力を久しぶりに使ったことなどが重なり、は天族を視認できないアリーシャたちでも見えるようにしていた鎧ごと実体化を解いて休んでいた。
 自分を呼ぶ声が確かに聞こえるが、それでも情けない姿を晒すわけにもいかない。ここへたどり着くまでは踏ん張っていたが、珍しく死にそうなほど疲れていたのだ。

、見つけた…!」
「……、」

 テントのすぐ側の木を背に座り込んでいたの前に、息を切らして走ってきたらしいアリーシャが立っていた。癖で実体化してしまっていたと思い悩むが―何か、違う。

。私は、スレイの従士になった。だから天族様たちの姿が―お前の姿が、見えるようになったんだ」

 嬉しそうに、それでも何処か泣きそうにしながらアリーシャは語った。座ったままのの傍にしゃがみ、少し迷った後再び視線を向ける。

「それで、だから―お前の声を聞くことは出来なくても、の素顔を…見せてはもらえないだろうか」
「………」
「……―外すぞ。嫌なら、ちゃんと抵抗してくれ」

 疲れているときに卑怯かな、とつぶやきながらも、アリーシャはそっとのヘルムに手を伸ばした。
 抵抗はしない。自分に触れる細い手を眺めながら、ヘルムが外されるのを大人しく見ていた。

「……やっと、お前の顔を知ることが出来た」

 傷ついたヘルムを草むらの上に置き、じっとしているの頬に手を添える。ゆるりとその手に自分の手を重ねて瞼を降ろした。

§


 が治癒術をかけたことでアリーシャは無事全快し、翌日には国へ帰ることになった。バルトロに命じられるがまま戦争を蜂起させたランドンが憑魔となり襲われるということはあったものの、スレイが無事浄化したことで国へ連れ帰り司法会議に出すことも決まった。
 最前線へいることも重要だが、アリーシャ自身抑止力としてだけでも政治の世界にいることが今できる最善と判断し、スレイたちとは笑顔で別れた。
 暗殺集団風の骨でありながらも表では商人グループセキレイの羽であるロゼたちは、何かしらの借りを返させるためと言ってスレイ達と共にローランスへ向かったようだ。

「…
「……?」
「また二人きりの時に、そのヘルムの下を見せてもらってもいいだろうか」

 馬上でぼそりと問われた言葉に首を傾げる。見て楽しいものでもないだろうに―とは思いながらも、顔を見られることに関しては特に問題はないのでうなずき返した。

「……あまり人任せにするのも良くはないとは思うんだが、」
「……」
「いつか、スレイたちが…人と天族が共に暮らす世になったらー」

 そこで言葉を止め、アリーシャはちらりと顔を向けて微笑んだ。