17



 目的の場所からほど近い野営地にて部隊を待機させ、災禍の顕主に対峙できる面々だけで馬を走らせた。
 谷間を駆けていると次第に憑魔が増え、誘うようにドラゴンも辺りを飛び回る。開けた場所で一度馬を止めると、一同は雪原を踏みしめ上空を見上げた。
 腰の儀礼刀に手を伸ばすスレイを止め、とサビーダを一瞥すると頷いた。

「ここは私におまかせください」
「えっ…何を、するつもり?」
「私の鎮めの力を、ザビーダ様の風に載せドラゴンを弾き飛ばします」

 が考えた手法を簡単に説明すれば、スレイは出来るのかと二人を見比べる。「やってみせます」と拳を握って頷くと、スレイたちに背を向けてひとつ深呼吸をした。

「よろしくお願いします、ザビーダ様」
「おう、気張れよ」

 少女の隣に立ち、ザビーダはの肩に手をやってドラゴンを見やる。がザビーダの真名を口にし、突風とともに神依を纏った。
 薄緑色の衣装に身を包み、は地面を蹴る。穢れの咆哮の合間を抜け、分布するドラゴンたちの中ほどへたどり着くともう一度深呼吸をした。

「練習は一度しかできなかったが、神依ができてりゃ十分だ。お前は鎮めの力を溢れさせ、俺がそれを風で撒き散らす。出来るよな」
「はい。…よろしくお願いします」

 いつも握っていた旗槍はないが、両手を組み瞼を下ろす。

「我が半身、アラソラス=ルゥゼ…―!」

 ザビーダが周りに漂わせていた風の力が増大する。目を開けたの瞳は銀色にきらめき、サビーダの操る風は鋭さを増して舞っていた。掛け声とともに風を発散させれば、今にも襲いかかろうとしていたドラゴンたちの動きが止まる。
 ―ドラゴンをかたどっていた穢れが、濾されるように溶けていく。靄が晴れ、直近のドラゴンは元の姿を取り戻していた。
 同時にザビーダはの中からはじき出され、受け身を取ることすらできない様子のまま空中から落下していく。疲労は滲んでいるが、いくら下が雪でもこの高度では無傷では済まないだろうとザビーダは慌てて風を手繰り衝撃を和らげた。

「まさか、ここまでとはな…」

 周りで同じように雪に埋もれている天族を見ながら、ザビーダはかいた冷や汗を拭う。が手を加えたからなのか、少女が持つ潜在能力なのかはわからないが―アイゼンのように本人が抱えたものではなく、穢れをかき集められ纏わされただけのドラゴン化は多少理屈が違うのかもしれないが、だとしても浄化するのが不可能だと言われてきたドラゴンを元の姿へ戻すとは。親友やかつての恋人の事を脳裏に浮かべ、ザビーダは自嘲にも似た笑みをこぼした。

§


 地殻変動があるのか大きな揺れに身構えながら、ライラの炎を頼りに地下空洞を進む。ザビーダとデゼルの風による結界で瓦礫は防げても、足元は自分でバランスをとるしかなかった。

「…今までも、五大神の覚醒時には地殻変動があったと言われています」
「それはいくらなんでも飛躍しすぎじゃねえの?」
「四大聖主は1000年近くほぼ眠ったままだ。五柱目の聖主はずっと覚醒して世界を見守ってる、おそらくは関係ない…多分、戦ってるんだろう」

 災禍の顕主と。言外に告げ、揺れが収まったところで一同は走り出した。
 地脈へと辿り着くと、そこでは大きな白銀のドラゴンが穢れに囚われており、自我はあるらしいものの身動きを取れずにいた。低く唸るような声で災禍の顕主は鼻で笑う。五大神でさえ穢れに冒されるのだと、自らこそが負ける道理はないと高らかにのたまった。

「今度こそ、お前を浄化する…ヘルダルフ!」
「いいだろう…その矛盾を打ち破るのは力だ。災禍の顕主と導師の戦い、今決して見せようぞ!」

 ライラの神依を纏い、スレイはヘルダルフへと突撃する。「我の中へ入り込むか…!」アルガが言っていたように、災禍の顕主となったヘルダルフを完全に浄化するにはその心の中を理解する必要がある。偶然か、あるいか必然か―スレイはヘルダルフの記憶を覗き見ることに成功したようだ。
 ―導師を引退し、聖主マオテラスを信仰し。人と天族が共存する先駆けとしてカムランの村を興した先代導師ミケルと、ローランス騎士だったヘルダルフ。二つの国を結ぶ堺に位置するその村と、ヘルダルフは始めハイランドからの守護を約束し親交を深めていた。しかしそれも策略で―ヘルダルフは元々の、国境に位置するカムランを利用した。ハイランド軍を誘い込み、カムランを戦地としたのだ。村は火に覆われ、多くが命を落とした。その絶望と恐怖、無意識に理解できた戦火の原因への恨み―穢れが溢れ、マオテラスまでもが穢れを纏ってしまった。

『いつか新しい導師が、世界の穢れを鎮めてくれると信じて』

 マオテラスはこの惨事を口外しないことを誓約に、マオテラスだけが持つ浄化の炎をライラに託し眠りについた。
 …一方で、先代導師ミケルは、その裏切りを許容することはできなかった。自らと、助けが遅れ命を落とした妹の赤子を生贄に、ヘルダルフへと呪いをを差し向けた―

「ライラが多くを語れなかったのは、誓約のせいだったんだね」

 一度弾かれ間合いを取り、スレイは災禍の顕主と間合いを取る。
 ヘルダルフへとかけられた、孤独の呪い。どれだけ努力しようとも、心無い形で奪われ孤独に帰る。それを想像し理解することは難しいだろう。いくらヘルダルフがあの裏切りを悔やみ改心したとしても、かけられた呪いは永遠につきまとう。明日のない孤独、見返りが生まれない愛情。

「…ヘルダルフ、まさかこんな場所まで来たのは、穢れに呼ばれたからじゃなく、人の少ない場所を選んで…」

 浄化した後の呪いの解除に備える以外の全員が、災禍の顕主と剣戟を交え続けるものの、世界中から集った穢れを一振り祓うだけで体が重くなっていく。元々騎士として戦闘力の高いヘルダルフに中々剣が届かず大きく吹き飛ばされてしまった。

「このままじゃ、ヘルダルフを浄化できない…!ずっと、考えてたことがある。地、水、火、風…世界を成すそれぞれの天族である皆の力を…一つに集めることが、できれば!」
「スレイさん、それは…!」
「……」

 大剣を地面に突き立て、少し離れたところでスレイを眺める。―先のとザビーダの神依については、ただ契約したことした話していない。しかしあの神依は間違いなく、の片割れである光の天族と、風の天族であるザビーダの"二重神依"だ。単純な戦力向上とともに、この状況を打開し得る唯一の切り札へのヒントになればと提案したのだが、の目論見は成功したらしい。

「……正解だ、スレイ」
「へ…?」
「四属性の同時神依。お前が支えきることができなければ、ここで全員死ぬだろう。それでも、やるか?」

 剣を担ぎスレイに近づいたは、真剣な面持ちで問う。スレイはすぐさま頷き、強くを見上げ返した。

「わかった。俺も改めて協力しよう、導師スレイ。…ライラ」
「―今契りを交わし、我が煌々たる猛り、清浄へ至る輝きの一助とならん。汝、承諾の意志あらば―その真名を告げよ」
「ゼドゥラン=レカマーン」

 驚きは隠せていないものの、ライラは契約の詠唱を始める。の力がスレイの中へ収まると、スレイは目を開けミクリオたちへ視線を向けた。

「…の言ったとおり、失敗すれば皆無事じゃすまない。それでも俺はやらなくちゃいけない。皆、俺に命を預けてくれ」
「今更だな」
「私達も、穢れを受け止める準備はできている」
「力尽きても、後のことは私にお任せを…!」

 激励する皆に頷いて、スレイは全員の手を重ねさせる。

「地、水、火、風、光。すべての力を一つに。今、皆の真名をここに呼び上げる。
 フォエス=メイマ。
 ルズローシヴ=レレイ。
 ハクディム=ユーバ。
 ルウィーユ=ユクム。
 ゼドゥラン=レカマーン。
 いざ一つとなり、災禍の顕主を浄化せん―!」

 五人の力がスレイに集う。それは思ったよりもすんなりと、綺麗に収まった。
 しかし負担があまりにも大きいのか、降り立ってすぐ膝をつく。

『―調整は俺がする。お前はただ、俺たちの力を使いこなせ』
「ああ…ありがとう、皆…!」

 それまでわずかに祓われた穢れを補填し、今までよりも冒されついに自我さえ失ったヘルダルフに向かう。言葉さえ失い咆哮するヘルダルフに、スレイはただ強い瞳を向けた。

……
 ………
   ………

 穢れを祓いきるまでひたすらに攻撃を続け、やがて力尽きるのと同時に神依が解ける。しかしヘルダルフの方も変貌した御姿はそのままながらも力なく膝をついていた。いつぞたのドラゴン浄化のときよりも全員許容量が大幅に上がっているのか、数日気を失っていたアリーシャたちは今回かなりの疲労を見せながらも意識を保っていた。
 ―けれど、変貌した姿がそのままということは、浄化がまだ終わっていないということに他ならない。そんな、と息を呑むスレイたちの前に、ザビーダとが立った。

「ザビーダ様、お願いします」
「あのなぁ、いちいち言わなくてもわかってるっての。まったく…」

 何度目かもわからない嘆願の言葉に呆れながらも、ザビーダは風を巻き起こし再びヘルダルフへと集まっていく穢れをち散らし始めた。その横で、は旗槍を突き立て両膝をつき祈りの姿勢をとる。

「―光の巫子が願い奉る。怒りを鎮め給え。嘆きを鎮め給え。悲しみから生まれた禍よ、今、浄化の光に灼かれよ―!」

 導師の紋章がはためき、光が散る。広がった光は災禍の顕主を覆い―一人の男が、その場にくずおれた。










Epilogue



 災禍の顕主を浄化し鎮めてから、休息を挟みマオテラスを冒した穢れを祓うとスレイたちはぱったりと意識を失った。それから全員一週間近く眠り続け、待機していた小隊員たちで看護をしながらレディレイクまで戻り、全員無事元気を取り戻した。
 そしてしばらくの混乱を収めた後、アリーシャは正式にハイランドの女王となった。導師とともに歩んだ旅路とそれまでの成果を踏まえて、改めて彼女がこの国の先導者に相応しいと認められたのだ。戴冠式に臨む準備をしているアリーシャを見ながら、は壁に背を預ける。先程盗み見た式用のドレスはとてもきらびやかで、あれは確かにアリーシャに似合うだろう―そう考えて頭を振る。
 状況が状況だったとはいえ、己が天族であると―人間ではないことを広めた以上、今までのようにアリーシャの騎士として過ごしてはいけないだろう。良くも悪くも、これからは天族を信仰していく世界になる。彼女の側にいることはできても、気兼ねない関係を続けるのは難しい。
 ならば、とはアリーシャの戴冠を見守った後、一人で旅に出るかスレイに付き添うかでもしてこの地を離れようと考えていた。自信が天族として持つ加護の内容的にも、レディレイクの加護天族をするわけにもいかない。いつだったかのように、アリーシャやスレイたちが夢見る世界を作る一助となるために未だ穢れの強い土地を浄化でもしてまわろうか、と乗り気になれない未来図を考えていると、式用のドレスを身にまとったアリーシャが壁際のの前ヘとやってきた。似合っているだろうか、と恥ずかしげに問われ素直に頷けば、王女は嬉しそうに表情をほころばせる。

「天族と人間が共存する世界。私は、その先駆けとなるべきだと思うんだ」
「…」
「本当は、戴冠式を終えてからの方がいいかと思ったけど…ちゃんと話しておかないと、お前が何処かへ行ってしまう気がして」

 視線を伏せて憂うように一度口をつぐむ。少しの沈黙のあと、アリーシャは小さく頷いてを見上げた。

「私と。結婚してください」
「………、 ……………――……………???」

 無表情に務めていたは目を瞬かせてゆっくりと首を傾げた。決意を固めた表情をしていたアリーシャも次第に唇を噛み締め顔を赤く染め上げる。は眉根を寄せて言葉の意味を考えているようで、ついには顎に手をやり悩みこんだ。

「ん、んんっ。いいか、が天族だとしても、という騎士がハイランドの国にいることは衆知だ」
「そ、そうだな…?」
「…もちろん、が私と結婚したくない…とか…スレイと旅に出たい…とか…あるのなら、止めはしない。だけど、ずっとずっと生きてるには私が生きている間なんて今日明日のように感じるかもしれないけど、それでも、私はと一緒にいたい。
 ……だから、その……」
「…………」

 首を傾げながら話を聞いていたは、とにかく今するべき対応を思いつく。今にも泣きそうな顔に変貌した自分の胸元ほどの背のアリーシャの頬に、そっと手を伸ばした。










Epilogue



「マオテラスの力が十全になったことで、世界全体的の穢れが少しだけど収まってるみたいんだ」
「まぁ世界の穢れが加速したのは、災禍の顕主の出現と、それにまつわってマオテラスが穢れたせいで世界の穢れの浄化が間に合わなくなったせいだからな。マオテラスが力を取り戻したのなら、そりゃある程度落ち着くだろうな」

 災禍の顕主の浄化を終え、マオテラスが纏っていた穢れも祓いしばらく意識を失うように眠っていた四人のうち一番最初に目を覚ましたスレイは、次の目的はエドナの兄―ドラゴンとなってアイゼンの浄化だと意気込んでいた。しかしふらつく足元やまだ目をさましていなかったアリーシャたちを指し、ミクリオはため息を付きながら引き続きの休養を言い付けたものの、かといって本当におとなしくしていられるほどスレイはまだ大人でもなく。仕方なく、城の書庫を漁り読みふけるまでを譲歩することとなった。
 そんな中で、には未だちゃんとドラゴンが浄化出来るのかということを問うたことがないことを思い出し、詳しく話を聞いていた。

「俺の考えでは、ドラゴンの浄化が不可能だと言われてきたのは、それを試した人が、成し得た人がいなかったからじゃないかって思ってるんだ。実際レディレイクで竜巻を起こしていたドラゴンは、抱える穢れを俺とアリーシャとロゼで分担して受け止めることで浄化することができた」
「……ドラゴンの浄化、は概ねその方法で可能だ。だがアイゼンのこととなると、お前がしたいのは元の姿に戻すことだろう」

 言いづらそうに話すに頷くと、は一つため息をついた。「竜巻のドラゴンを浄化した時、そこに元となったはずの天族はいたか?」静かに告げられた言葉にスレイは瞠目し、顔を青ざめさせる。

「天族にだって心はあるが、それでも人間よりも自然に近い。だからこそ、穢れによって心が壊れ消え去ってしまえば、浄化を果たせても元の姿に戻ることは出来ず、天族としての力は自然に帰る。それから人間の憑魔でも、意志を曲げないやつは元の人間の姿には戻らん」
「…意志を曲げない、憑魔?」
「わかりやすく言えば―例えばお前は遺跡巡りが好きだったな。それが原因で憑魔になったとしても、だからといってお前は遺跡巡りをやめないだろう。そういう場合だ」

 不可解そうに眉根を寄せながらも「なるほど」と頷いた。

「まぁそれは置いといてだな。アイゼンが例えばもう自我を失っているとか、ドラゴン化を受け入れているとか…があれば、いくら浄化してむキリがないかもしれん」
「そんな―…いや、でも!そうだ、アイゼンはまだ、自我が残ってる!」

 スレイは机に両手を叩きつけ勢いのまま立ち上がりそう叫んだ。どういうことかと首をかしげるに、エドナやと出会った時の事―ドラゴンとなったアイゼンが気を荒立たせて暴れていたが、のいる咆哮へ攻撃をしなかったことやエドナが割り入った際に攻撃をやめたこと。それらを話すと、は腕を組んで椅子に背を預ける。

「まぁアイツのことだ。ドラゴン化して直後災禍の顕主を食い殺してたし」
「えっ…」
「ああいや、今のは失言だ。忘れていい」

 咳払いをして誤魔化しながら、「十分な休養をとって、十分な準備を整えてやることだな」と締めた。

「わかった。…ありがとう、!」
「…礼を言われるようなことは、していないさ」

 書庫内の読書スペースから駆け足で去っていくスレイの背に小さく返し、は一つ、呆れにもにた息を漏らした。