15
北の雪国、メイルシオ。今は廃棄されたその街は、私が生まれた場所だった。
街の中でも雪が降り積もり凍える寒さ。私は一緒に生まれた片割れと、物陰で寄り添って凌いでいた。わずか数日もない間でも、次第にお互い衰弱していって。
瀕死な私達を救ってくれたのは、僅かな噂だけあったという人の住まない村”ゴットフリート”の住民。死の淵にいた私たちは、―たったひとりだけ、生き残った。
『私達が見えますか』
『……はい。あの、私と一緒にいた…』
『…もう一人は、――』
§
「、と言ったか。お前人間じゃないな」
スレイやアリーシャたちが家を出て、はとアルガに向けて静かにそう言い放った。疑問ではなく、家訓のようだ。は唇を噛み締めながら俯き小さく頷いた。
「いいえ、は人間です」
「ほう?」
「私は、アルガ様に拾われた時、瀕死でした。全身が凍傷寸前で…」
俯いたまま、言い難そうに口ごもる。その背を撫ぜて、言葉の続きをアルガが受け持った。
「凍え死にそうな赤子を拾った時、ともう一人いたのです。…その子はもう、手遅れだった」
「…まさかお前」
「ええ、その子を私は天族へと転生させ、と同化させました」
彼女が言うには。死にゆく赤子に祝福を与え天族へ転生させたという。そして瀕死のに神依させるように同化させることで生きながらえさせたのだろう。事情を理解したはひとつ息をつき「なるほどな」と腕を組んだ。
「…自身の強化は、きっと体が耐えられない。神依を解いては、同化したあの子も自身も死んでしまう、だからは、今出来る祈りが最大出力なのです」
「ふむ、…わかった。なら、ヘルダルフのもとへたどり着くまでの僅かな間だが、俺が面倒を見る。この状況で、少しでも戦力は上げておきたい」
組んだ腕を解きそう言い放つに、アルガはきょとんと瞠目した。そして穏やかに笑みながら、困ったように表情を崩す。
「随分丸くなりましたね、。この村が出来た頃とは大違い。貴方ほどのヒトをこんなにもまぁるくさせたのは、あの王女様ですか」
「うるせぇすっ飛ばすぞ」
「うふふそうそう、貴方はそうではないと。そのスレた性格、なくなったわけではないようで安心しました。本当に丸くなったんですねぇ」
「チッ…とにかく、。お前は俺と修行だ」
旧知の間柄らしい二人に困惑しながらも、は慌てて頷いた。「けれど、何をどう修行するのですか」と視線を下げる。今までにも試しては来たのだろう、どこか諦観と怯えが見られる。
「まぁ、大丈夫だ。俺に任せて言われたとおりにしてけばいい」
「…わかりました」
しばし悩んだのち、は覚悟を決めたのか強い面持ちで頷く。具体的に何をするのか、と問えば、彼はを一瞥すると目を細めた。
「俺が様子を見ながら一度お前に同化している片割れを引き剥がす。その状況によってまた対処を変えるしかないな」
「………」
視線を向けられアルガはため息をつきながら立ち上がり建物を出ていった。「さて」と沈黙を切り崩し、は立ち上がると右掌をへ向ける。
「長年同化していたのを無理やり引き剥がすんだ。好きなだけ悲鳴を上げていいし気絶もしていい」
「あの…無理やり剥がすことなんてできるんですか?」
「本来は暴走したのを鎮めるための手法だがな」
はじめるぞ、との手元に力が集まり始めたのに気付くと、は構えるように瞼をおろす。激痛とともに次第に意識が遠のき――…。
×
同化していた片割れ―天族へ転生した、の双子の姉妹。それを無理やり引き剥がした時、姿を現したのは小さな赤子だった。一方自身はみるみるうちに体温が下がり、今にも凍死してしまいそうなほど。状況を理解したはひとまず赤子を再びに同化させ、気を失った少女をベッドへ運ぶ。
少しずつ体温を取り戻していくを見下げ、どうしたものかと頭を抱えた。
「、何してるの?」
様子を見に来たらしいスレイが、不思議そうに顔を出した。おそらくが気を失う直前の痛みに対する悲鳴を聞いたのだろう。の地力を少しでもあげるために調整をしているのだと説明すれば、どこか複雑な顔をしてを見やった。
「スレイ。がお前の従士になるとしたら、どんな真名をつける」
「え?は導師にも従士にもなれないって」
「例えばだ」
納得はいかない様子ながらも俯いて考え込む。しばらくして、スレイはを見下げて一つの名前を口にした。それを聞いては腰に手をやり頷くと、しっしっと手を振りスレイを建物を追い出した。夜が明けヘルダルフのもとへたどり着くまでの時間はもう残り短い。こちらは任せるしかないかと頭を掻きながら、スレイはアリーシャやロゼたちの神依修行へ赴いた。
16
「私には、神依の才能がないのかもしれない…」
ゴットフリート村を発ちヘルダルフの元へまっすぐ向かう道へと戻り、一日。目的地は目前へと迫っているのに中々切り札である神依化を成功できないとアリーシャは食事を取りながら俯いた。ロゼも呆れ気味に肩をすくめ「こっちも全然ダメよ」と息をつく。
「そんなことない!神依化の練習をしてすぐ動けるとか…ほんとすごい」
「気にすることはないさ。ロゼはデゼルがずっと憑依してきた。俺はアリーシャには、そういう接触はしていないからな」
「…なら、との神依も夢のまた夢か…。なんだか、神依と言うものが怖い。上空に張った糸の上で大きなウリボアでも担いで歩いているみたいだ」
真剣な顔でため息をつくアリーシャに同意するロゼは、ともかく体力を回復させようと食事をすすめる。特別食事の必要がないは腕を組みながら二人を眺めていた。
「そういえば、その…は、と何の修行をしていたんだ?しばらく目が覚めないようだが」
「ん、ああ…に真名を与えて霊力を上げたんだ」
端的にしか説明されず首を傾げるものの、は何を思ったのか立ち上がり食事スペースから離れていった。変わるようにセレスがデザートを持ってその席へ座り、イアンたち特製のパンプキンムースを二人に配った。
「ねぇセレスー、どうしたら神依化成功すると思うー?」
「天族とやらが見えない私に言われてもねぇ」
「見えなくてもなんとなく感知してるくせにー!」
主食を平らげ早々にデザートに手を伸ばすロゼに苦笑しながら、セレスは肘をついてデゼルたち天族のいるところを一瞥した。確かに見えてはいないらしいが、それでも気配には鋭いのだろう。
「そういうのって理屈じゃないでしょ。感覚よ感覚。ロゼがくせものばかりのセキレイの羽をまとめあげるように。アリーシャ殿下が様々な意見を吹き出す民を先導するように」
「……。なるほど。なんとなく、ストンと来た」
「こーいうとこ。セレス姐さんのすごいとこ!」
胸を張って自慢するロゼに笑みをこぼし、「また食事を終えたら練習します!」と意気込みアリーシャは食事を摂るスピードを早めた。
+
就寝後、山向こうから溢れ来る憑魔の襲撃に合いスレイたちは夜が明けないままヘルダルフの元へと向かった。雪道をひた走れば、次第に日が登り立ち込めていた霧も晴れていく。道中にもたくさんの憑魔と遭遇したものの、一つ一つ祓っている余裕もなく。スレイたちは歯噛みしながらもの結界でやり過ごし馬を走らせた。
「…そんな…」
一つ山を越えた先では、数え切れないほどのドラゴンが空を飛び交っていた。―ドラゴンは本来、天族が穢れにさらされた結果に成ってしまう魔物。その数は、あまりにも絶望を落とすには十分と言えるものだった。
「かといって、これら全部浄化する時間も余裕もない。道を塞ぐドラゴンだけ払い除けて進むのが得策だろう」
「わかった…!ライラ!」
本体の警戒はに任せ、スレイはライラの神依を纏い襲い来るドラゴンへと特攻していった。それに連なるようにアリーシャとロゼも決意を固める。昨夜セレスの的を射た言葉を思い出し―、各々無事エドナとデゼルの神依を纏い、スレイに助力した。
馬車が通る道の脇に、これまで時折小隊に紛れ込んでいた死神を名乗る天族サイモンが立ち尽くしていた。ザビーダがそれに気付き眉をひそめるが、かといって彼女のために馬車を止めるわけにもいかず通り過ぎる。するとサイモンは無表情のまま馬車を追い、高く跳躍すると鞭杖を振るいあたりに幾つもの炎柱を起こした。
気にかけてはいたが特別には興味が無いのか接触はなく、関わりがあるらしいデゼルたちに任せていたがここで邪魔をしてくるとは。ザビーダとともに結界を張っていたが、地面が揺らぎ爆風が起これば結界では弾きようもなく。そのまま馬の足が取られ馬車は転倒してしまう。
サイモンを対処しようとしたアリーシャやロゼも、成功したばかりの神依をそう長くは続けられず、力が尽きたのか雪積もる地面に倒れ込んだ。
「話が主よ、お答えください。本当に私の声は届かないのですか?」
一時静かになった雪の上で、サイモンはどこかへと問う。そこへ現れたのか、それともサイモンの幻覚なのか―いくつかの会話をした後、サイモンは目前の崖下へと身を落とした。
+
気を失ってからどれほど時間が経っただろう。いつのまにやらゴットフリート村を発っていて、は馬車から放り出されて目が冷めた。力はみなぎっているようなのに、どこかけだるい。ぼんやりとした頭を叩き起こしながらあたりを見れば、雪荒ぶ中やザビーダ、アリーシャやロゼたちがたくさんの憑魔と戦っていた。馬車は倒れ、隊列も乱れている。
「…っ!」
との"修行"の反動とはいえ自分がのんきに寝ている間にとんでもないことになっている、とは奥歯を噛み締め、馬車の中に安置されていた自身の旗槍を握ると雪の地面へと突き立てた。僅かでも助力をと、片膝を付き祈りを捧げようと瞼を閉じた。
その時、すとんととある名前が胸に浮かぶ。それによっては、が行ったことの全てを理解した。ぎゅっと槍を握り直し、瞼を持ち上げる。
「…我が半身よ、力を… ――…!」
ぶわりと全身に見知った力が巡る。突き立てた槍から広がるように、結界が推し広がり近くに漂っていた憑魔が弾かれ遠ざかっていく。それに気付いたザビーダは目を開くが、は当然だとばかりに小さく頷いた。
「の纏う力が前よりも強く…!?一体何が…」
「そんなことより今は目の前の道を切り開かないと!」
切り立った谷の向こう、崖の上。穢れが集まって靄がかり姿をしっかりとは見れないが、確かにそこには災禍の顕主ヘルダルフがいた。全員の視線が集まりスレイは武器を構えるが、庇うかのように谷底から一頭のドラゴンが現れた。同時にドラゴンから落ちてきたのはサイモンが使っていた鞭杖。それだけで、全員がドラゴンの正体を理解する。自らに仕えた側近さえも、とスレイが歯噛みするも、ヘルダルフは鼻で笑い捨てた。
「導師よ…今から世界の中心へと参る。穢れどもと最後の宴だ…!」
低く唸るような声でそうこぼし、ヘルダルフは姿を消す。拳を握り誰もいない崖の上を見続けていたが、スレイはすぐに振り返り倒れたままのロゼの容態を問うた。サイモンを倒そうとしたロゼは、力の制御をしきれず気を失ってしまったらしい。やロゼたちにも疲れが見えるが、かと言ってこの雪原で野営も出来ず、馬車を起こし進軍を再開した。
デゼルは荷台で寝かされたロゼに治癒術をかけるスレイにしばらくの様子見を任せながら、ザビーダとが休んでいるカーテンの向こうへと移った。話がある、と神妙に告げるデゼルに、二人はちらりと視線を向ける。
「ザビーダ、お前のドラゴンを殺せるという銃を貸してほしい。…次の戦いは最後の戦いになるだろう、しかしあのドラゴンを全て浄化し災禍の顕主にたどり着くなど不可能だ。レディレイクでは確かに浄化できた、でもドラゴン一体であの消耗だ」
「言いたいことはわかった。だが」
「もしかしたらスレイなら、将来全ての穢れを浄化しうる存在になるかもしれない。それは俺も認める、スレイの強さは確かだ。だが時間がない、このままだと、災禍の顕主は世界を穢れで覆い尽くすだろう」
そこまで言い切り、デゼルは口元を歪め膝をつく。神依化の際に力の暴走を起こしかけて気を失ったままのロゼだが、神依されていたデゼルにダメージがないはずもない。自分の心配もしろ、とザビーダは呆れ気味に肩をすくめた。
「…俺はいいんだよ。お前の銃、俺に貸してくれ。ロゼが言ったんだ、『世界の穢れがここに集まっているのなら、これを浄化すれば世界が一気に綺麗になる』って。『それってサイコー』だと。
俺は、ロゼの理想の世界を、叶えてやりたい…!」
自分のため、自分の理想ではなく、ロゼの理想のために。そう言うデゼルにザビーダは目を細め、腰に引っ掛けていた銃―ジークフリートに手を伸ばした。
「…だが、スレイやロゼはそれをどう思う?スレイはどれだけ言っても"殺さない"と言い張るだろ」
「ならどうする。他にスレイたちを必要以上に疲弊させずドラゴンの群れを突っ切る方法があるのか」
苛立ちを見せるように問われは壁にもたれかかりながらため息をつく。「ないことはない」と短くこぼし、デゼルはそれに食いついて立ち上がった。
「が、この方法もこの方法で問題だらけだ。総体的なメリットを見れば俺は構わんが、スレイは首を振るだろうな」
「それは、どんな」
襟首を掴み問い詰められ、は鬱陶しそうにしながらもその内容を口にする。デゼルと、聞いていたザビーダも瞠目し眉をひそめるが、現状それが有効な手であることは確かだ。
「あるいは、ザビーダがと契約するか、だな」
「は?あの嬢ちゃん導師契約はできねぇって」
「今は多分出来るだろう。お互い負担はあるだろうし契約できればいい問題じゃないがな」
あのなぁ、と呆れ返るザビーダをよそに、は思いついたように顎に手をやり考え込む。「アリかもしれん」とぼやき、立ち上がって姿を消す。
少しして戻ってきたと、どうにかして別の馬車から移ってきたらしいにまた首をかしげた。当のも困惑している。
「長生きのザビーダなら出来るかもしれん」
「突然俺に変なプレッシャーかけんのやめろよ」
「が同化している上から神依して、穢れを鎮静化する力を風に乗せる。そうすればさっき言った方法よりも少ない出力で高い効果が望める、かも」
「お前時々わかんねえこと口にするよな」
疑問符を飛ばしたままの三人にはの体について順に説明を始める。穢れを鎮静化出来る力をさらに補強するようにザビーダの神依を纏い、その上で先程デゼルに提案した方法を"死なない程度"に実行する―というのが全てだ。そんな内容にザビーダは頭を抱え、「出来るんでしょうか」とは困惑を強めた。
「俺でさえ見たことはないがな。だが導師側の調整と、天族側の受け入れ諸々条件が揃えば理論上は可能だ。俺たちにも自我はあるし本来反発し合う、それに導師側が未熟なら死ぬだろう」
「お前俺はともかくお嬢ちゃんにそういう」
「…いえ。ザビーダ様がよいのなら、やらせてください。手短にお話は聞きましたが、やはりひとつでも戦力を失う訳にはいかないでしょう」
強く頷くにまたため息を付いて、ザビーダは渋々頷いた。
「ヘルダルフの元へたどり着くまであと一日弱といったところか、頼んだぞ、ザビーダ」
「あのなぁお前ホント……まぁいいわかったわかった。ここまで来たんだ、俺もちゃんと力を貸さねぇとな」
立ち上がり、ザビーダはを見下ろすと片手を差し出した。