00



 ハイラルの国は豊かである。ハイラル王の統治するこの豊かな国は、反面あるものに悩まされていた。
 それはこの地に封印されているという、厄災の存在だ。一万年以上昔に語られる、すでに神話とも考えられている太古のこと。神の遺産を求めた男が勇者に倒され、その怨念がいまだ眠っているというものだ。
 本当かどうかはわからない。何しろそんな昔のことを語り継ぐ存在など生きていないからだ。口伝していても、結局は眉唾にしかならない。
 しかしある時、国に使える占術師が予言した。近く厄災が目覚める、と。故に対抗できる力を集め、備える必要があると。かくしてハイラル王国は、その予言通りに、王城の地下から一万年前の遺産であるガーディアンと神獣を発掘した。操作法もわからぬまま手探りなれど、着実に備えは進んでいた。
 ─俺はそんな王国の、近衛騎士長の男の家に生まれた。幼い頃から剣を握り、誰よりも強くあれと育ってきた。
 ハイラル王国には、厄災への備えの一つとして、時の神殿に置かれた退魔の剣があった。選ばれし者のみがその台座から引き抜き奮うことができるという聖なる剣。何年かに一回、祭りのような賑わいの中それを引き抜く儀式を行う。齢15以上の者が参加できる。今年15歳になる俺は例にもれずその儀式に参加した。国を、王を護る近衛騎士の息子。それだけで注目を浴びていた俺は、周りの期待に満ちた目に囲まれながら、台座の前に立った。

「リンク、あまり力むなよ」

 近衛騎士長である父もそれはそれは期待に満ちた、けれど少し心配そうな顔で俺の肩を叩き、台座の前へと背を押した。定例通り女神像に祈りを捧げ剣に向かう。柄に触れる、と―なにか、声が聞こえたような気がした。顔を上げて首をかしげていると、周りが騒然としていることに気付く。父が慌ててこちらへ駆け寄るので手を振ろうと右手を上げるも、ずしりと重い。その右手には、退魔の剣が握られていた。
 驚くことはない。柄に触れた時点で聞こえた幻聴が幻でなかっただけだ。マイマスター、貴方を待っていました、という透き通るような声。
 ふと視線を上げる。退魔の剣が抜かれたことによる歓声の中、俺を見る目の中で一人だけ、色の違うものがあった。祭りとして楽しみ喜んでいる目ではなく、微笑みながら優しく愛おしそうに見つめる視線。見つけようと思ったが、神官や父が気を逸らせて女神像の前へと促すので、剣を片手にそれに従った。






01



 ハイラル王国の騎士登用は16歳からだ。しかし退魔の剣の主となったことで、俺は例外的に15歳のまま騎士となった。本来ならば登用されても訓練兵からのスタートだが、近衛騎士長の息子であることもあり、トントン拍子で正式な騎士へと繰り上がる。元々父のこともあり、幼い頃から剣の修行をしてきたために衆目を集めていた俺は、『さすがだ』と褒めそやされた。嬉しいような、虚しいような、むず痒いような。
 それから数年。厄災復活がより近づいているという話を聞いた。それにちなんで、英傑なる国の最高戦力を定めるらしい。
 ハイラル王国に伝わる神話─ガノンという厄災と、それを封印する勇者、勇者を加護する七人の賢者。一万年以上前の物語。それにちなんだ人選だという。
 七賢者の一人、ナボールの生まれ育ったゲルド族の族長、ウルボザ。
 同じく七賢者の一人、ダルニアの生まれ育ったゴロン族の族長、ダルケル。
 同じく七賢者の一人、ルトの生まれ育ったゾーラ族の戦姫、ミファー。
 空を統べる民族、リト族最強の戦士リーバル。
 そして外すことは出来ない退魔の剣の主、リンク。
 それらを統べる、封印の力を持つとされる姫、ゼルダ。
 …持つとされる、だ。若くして身罷られたという王妃は間違いなくそれらしい力を持っていたというが、娘である現ゼルダ様はどうにも予兆がないと、王城ではもっぱらの噂だ。本人も聖なる泉で祈りを捧げたり文献で方法を探ったりと必死なようだが、これというものがない上、それから目をそらすように─これは何も知らぬ第三者からの所見だが─古代遺物、ガーディアンや神獣の研究ばかりしていると、口さがないものはいつも噂している。
 そんな地位を得ながら、最前線で魔物の討伐にあたっていた俺は、ついには国一の剣士とまで呼ばれるようになっていた。がむしゃらに剣を奮っていただけだったが、やはり退魔の剣という伝承の剣を持つからか、そんな頃には尊敬や期待の目が、もはや恐ろしいものを見るものになっていた。
 だがまぁ、大したことではない。そんな目で見られようと、騎士らしく品行方正に努めていたのは父の教えからだ。俺を知らない者がいないほどになって、もはやその鉄面皮の外し方がわからなくなってしまったが、特に問題はない。
 ある日、俺は国王から名指しで招集された。騎士の礼に則って話を聞けば、国王の一人娘、ゼルダ様の直属近衛騎士に昇格するとのこと。先日暴走したガーディアンのビームをとっさに鍋の蓋で弾き返したのが決め手だそうだ。

「…賜りました任は、たしかに。しかしお言葉ですが─」
「よい」
「自分で言うのもなんですが、私は周りから才能に溢れた若者とされています。そんな者が姫に近づいては、姫は気を落とされるのでは」
「……故にこそ、だ。…実のつかない外出に、意味はあるのか…とな」

 なるほど。直接口には出さずとも、一部では王族との血のつながりに関してさえ根も葉もない噂がされているほどだ。それに感化され、真面目に任をこなさない自体になっては困るのだろう。

「それに最近、魔物たちも活発化し、それに応じて娘の護衛も人数を増やしていた。決して娘を侮るわけではないが、大所帯になれば狙われやすくも、動きにくくもなる。しかしおぬしならば、一人でもある程度まで対応出来るだろう」
「それは、まぁ」

 娘を頼む、と王はわずかに頭を下げた。遺物研究にかまけているといつもゼルダ様を叱責していたが、やはり愛娘なのだろう。父として願おうとして、王としての立場がそれを留めたのだ。

「命に変えても、必ずお護りいたします」

§


 思った通り、初対面での印象は最悪だった。俺を見て悲痛に顔を歪め、ゼルダ様は視線を反らす。元より並び歩くつもりはなかったが、明らかに俺を意識して早足で歩くので、距離を保つのに問題はないが彼女に無駄な体力を使わせているので忍びないと思う。
 退魔の剣の使い手として、俺は城に留まり、一般兵とは違い各地の英傑との橋渡しや単騎での魔物の討伐を行っていた。それでも最も重要な、主だった任務はゼルダ姫の専属護衛だ。ゼルダは今日も祈りの修行らしい。

「リンクよ、今日の任務だが」

 自身の剣の修業の時間、国王に呼ばれた。頭を下げて話を聞く。

「ハイラルが今までの歴史、何度もガノンという厄災に見舞われてきたことは承知しておろう。それに対するため、古代兵器や遺物の研究を行ったり、英傑とまで呼ばれるほどの戦力を集めたりしていることも」
「はい」
「…娘のゼルダが、受け継ぐべき封印の力を未だ目覚めさせていないことも」
「……はい」

 国王は気まずい雰囲気で言葉を止め、一呼吸置いた後話を再開した。

「ゼルダが先日、古い文献を読み直しているうちにある興味深い記述を発見したらしい。それが―」
「『デスマウンテンに住まう者と共に暮らすハイリア人の少女は、勇者に加護と勇気を与える』というものです」
「…だそうだ。デスマウンテンに住む…となればゴロン族しかおるまい。しかし今、ゴロン族の英傑であるダルケルはデスマウンテンに戻っていてな…そこで英傑リンクよ、デスマウンテンへ向かい、この記述に関して調べて参れ」

 隣に控えていたシーカー族の者─インパが語った興味深い記述というのは、神話に関することらしい。デスマウンテン、ゴロン族の住むゴロンシティは普通の服装では燃えてしまうほど高温度の場所ではあるものの、良質な鉱石が採れることもあって観光名所の一つである。いろんな人々が訪れるため、あの地にいるハイリア人を注視したことはないが、本当にいるのだろうか?
 詳しい話を聞くも、どうにか読み取れた一文がそれで、少女に関する細かい情報は得られなかった。インパは何か知っていそうな素振りではあったが、確定的なものではないのだろう。
 城内に用意された私室に戻り、山登りの準備を整えて早速城を出た。途中馬宿に寄り預けていた馬と燃えず薬の調達も必要だ。愛馬にまたがり暑い日差しの中デスマウンテンを目指した。
 道中のイワロックを倒しつつ、採掘場を抜け、流れた汗を拭き取りながらゴロンシティにたどり着く。鉄を打ち武器を作る音、溶岩の燃える音、うっかり燃えず薬を切らして薬屋に走る足音と様々で、とても活気に満ちていた。
 ハイリアの英傑でありゴロン族の族長であるダルケルを訪ねる。友人の来訪を喜び一通りのもてなしを受けた後、ダルケルに本来の目的を話した。

「ゴロン族と共に暮らすハイリア人の少女?ふむ…」
「伝承に過ぎなかったかな」
「いや、いる。10年以上前に、デスマウンテン山中で拾ったハイリア人の娘っ子ならな。燃えず薬や特別装備もないのにこの山で平然と暮らしているから不思議な奴だとは思っていたが」

 顎髭を撫でながら、ダルケルは首を傾げた。

「その子は何処に?」
「それがな…、」

 困った顔で頭を掻く。なんとその少女は、ちょうど今朝から姿を見せないのだという。いつもはそうやって勝手に姿を消すことはめったにないので、もしや魔物にでもさらわれたのではと一部の者に探させているようだ。

「時々予知能力のようなものを見せていたから、今回のリンクの来訪に何かを感じて逃げたのかもしれねぇな。事情が事情だ、無理やり連れ出すのも可哀想だが仕方ない」
「予知能力だって?」
「大したものじゃないと本人は言っていたがな。噴火した時の落石がゴロンシティに近い場所の時はよく教えてくれた。とにかく俺も探しに行くから、悪いがリンクは観光でもしていてくれ」

 そう言って手を振り踵を返すダルケルを見送り、山登りにも疲れたしこの付近は魔物も少なく強い警戒は必要ないのでデスマウンテン名物でもある温泉にでも入ろうと俺もゴロンシティを出た。
 あまり人の集まっている所は好みではない。一般客用に整備された温泉場ではなく、少し高温度の場所へ向かう。温度は高いが日陰もあり、狭くて落ち着けるちょっとした隠れスポットだ。ゴロンシティで借りたタオルをポーチに無理やり突っ込んで、目的地へと山を登った。

「……ん?」

 自分の秘密の場所へ着くと、陰になった大岩の向こうから何かの気配がした。魔物の息遣いではないが、少し警戒しながら近付く。と―

「……誰?」
「……あっ」

 あちらも気配に気付いたらしく、栗色の髪をした少女が顔を出した。しばらく俺の顔を眺めた後、目を開いて怪訝な顔になる。一方俺も少女の姿を見下ろし、その一糸纏わぬ姿に今度は慌てて背を向ける。普段あまり驚くことはないが、幼いとは言え女性の身体をまじまじと見つめることなどまずない。耳が赤くなっている自信がある。

「……君は、えっと…」
「ハイリア城から来たの?」
「―そう、だけど」

 ざぶ、と水音がする。恐る恐る横目に覗けば、背を向けた状態で肩まで湯に浸かったようで、それでも一応背を向けたまま彼女の言葉に返した。こちらの質問に答える気はないのだろうか。こんな辺鄙な場所に一人でいる少女となれば、彼女が例の人物だろう。そう言えばダルケルにも名前を聞いておくのを忘れていた。

「君の名前を教えてほしい」
「……古代の文献には書いてないの?」
「いや、俺が直接見たわけじゃないから…君は古代の文献に記述されている人物なのか?」

 少女は空を仰ぎ、「温泉入らないの?」と小さく呟いた。女性と同浴するのは、と首を振れば少女は興味なさげに息をついた。

「私、あなたのこと知ってる」
「え?」
「あの子の…退魔の剣の主、勇者…リンク」

 俺の名をつぶやいたその声は、どこか憧憬するような、愛おしさのにじみ出るものだった。漠然と、心の中に何かが宿る。

「…私、貴方がいなくなるまでゴロンシティには戻らないから」
「…どうして?」

 さっきから首を傾げてばかりだ。それ以上は彼女も答える気はないらしく、少し迷ったもののいそいそと衣服を脱いで大岩に隠れるように温泉に入った。しばらくの沈黙が続き、気まずい雰囲気を感じながら唾を飲み込んだ。

「あの城には、行きたくないの」
「何かあったの?」
「……あの城はいつも、貴方を殺すから」

 意味の汲み取れない言葉に思わず振り向く。少女は背を丸め膝を抱えて縮こまっていた。どういう意味だ、と聞くもやはり少女は答えない。

「国王の命令だし、君を一度城に連れて行かなくちゃならない」
「………貴方は、どうして城にいるの?」
「……、騎士だから」
「どうして騎士になったの?」
「…父が近衛騎士だったから」

 相変わらずこちらの言葉には応えてくれない。

「あなたには、これからとても永い試練が待っている」
「…え?」
「ゼルダ姫がどうしてまだ封印の力を目覚めさせていないのかは、見てないからわからない。けどだからこそ、今ガノンには勝てない」

 じゃば、と少女が立ち上がるので慌てて背を向ける。そのまま少女は湯から上がり、向こう側においてあったらしい衣服を着込んでいるようだ。言葉通りに逃げられたらたまらない、と俺もすぐに湯から上がった。

「一緒に来てくれる?」
「……」

 服を着る俺を悩ましい顔で見つめていた少女に手を差し出す。ぼんやりと俺を見上げる瞳は、どこか遠くを見ていた。
 目を閉じて、小さく頷いた少女にもう一度名前を聞けば、彼女はと名乗った。手は取らなかったが、とりあえずゴロンシティに戻るため踵を返した俺の後について来るようだ。
 秘湯からゴロンシティに戻った俺は、ダルケルと共にを連れてハイラル城へと帰った。移動中もはずっと静かで、草花か空を眺めてばかりだった。ダルケルの話では、いつもはもっと笑顔の多い明るい性格だそうで、たしかにその愛嬌から考えるに違和感は拭えない。やはり噂の予知能力によってハイラル城に呼ばれることを知り憂鬱になっったのだろうか。
 国王たちに謁見した後、は城にある部屋へと案内されていった。俺の今回の任務はこれで終了だ。






02

 城へ帰ってすぐ、はシーカー族の者たちに連れて行かれた。指示を出しているインパの姉、プルアになんとなしに話を聞けば、彼女には何かしら知っていることを話してもらう、と。もしかしたら何も知らないかもしれないと返したが、そもそもとして俺との会話を報告しているので、それを踏まえて知らないはずはないとプルアは言う。

「でもまさかあんな小さな子とはね。もっとこう、おばあちゃんとか、少なくとも大人かと思ってたよ。ところでどう、何か感じた?」
「何か?」
「文献の内容もう忘れたの?『勇者に加護と勇気を与える』」
「……さぁ?少なくとも、彼女は俺を見ていない」

 が連れて行かれた方へ視線をやりながらそう答えれば、プルアは大げさなほど首を傾げた。

「…についての記述って、どんな風に書いてあったんだ?具体的に、というか…他に何か書いてなかったのかな」

 あまり周りの空気を読もうとしないプルアは、他の騎士たちと馴染まず浮いた存在である俺にも平気で交流を持つ人物である。あまり表情を表に出さない理由も知っている彼女は、だからこそそんな風に会話を続けたことを少し意外そうにしてしていた。

「巫女についての記述は本当にあの一文だけで、見た目とかどんな加護なのかとかはほとんど読めなかったんだよね。書いてあるのかも不明。
 ダルケルの話ではあの子は予知能力があるって言ってたっけ。でも『勇者』と、封印の力を持つ『ゼルダ』と共に、厄災に対峙する聖なる巫女の持つ力が予知だけっていうのもちょっと違和感だよねぇ。勇者に加護と勇気かぁ。話を聞いてみないとわかんないね」
「そうか」
「…。勇者─退魔の剣の主、あんたにも関係あることだから、何か分かったら報告するよ」

 うなずき返せば、プルアはいつもの軽快なあいさつとともにたちを追って去っていった。いつも冷静で理知的な、執政補佐官であるインパの妹ではなく姉だと言うのに、あのテンションはどうにかならないものか。見習いたいものだ。

§


 いかにも巫女らしいおあつらえ向きの格好で、はゼルダ様の祈りの修行に付き添っていた。
 半身を泉に沈ませ、女神像に祈りを捧げるゼルダ様の後ろで、じっと彼女を見下げている。専属護衛である俺もその様子を少し離れた所で見守っていた。
 空間に言葉はない。ただ自然の音が場を支配している。ふとゼルダ様が顔を上げて、泣きそうな顔で女神像を見上げる。そう言えばそろそろ城へ戻らないと暗くなってしまう頃合いだ。
 この祈りに何が足りないのか、とゼルダが問う。は言葉を選んでいるのか首を傾げて黙り込みながらじっとゼルダを見つめた。

「足りないんじゃない。…考え方が違う。今の貴方は、封印の力を理解していないから」
「力を…理解していない?」
「今はできなくても、きっと時が来れば使えるようになる。貴女はゼルダだから」

 視線をそらし語られた言葉に、しかしゼルダ様は納得がいかないような不満げな表情で顔をしかめていた。何やら奇妙な空気になっていたので仕方なく横から城に帰るよう口を出せば、思い悩むように踵を返しゼルダは先頭を切って城へ向かう。立ち尽くしていると彼女を交互に見るが、どうにも二人はそりが合わないらしい。…まぁ、長年禊を続けても能力が発露しないことに悩んでいる彼女は、だけでなく長年空席だった退魔の剣の主に選ばれた俺のことも毛嫌いしているほど強いコンプレックスを抱えているので、出自もわからないながら予知能力を持っているのこともあまり好ましくはないのだろう。
 別日。ゼルダ様は城内で古代遺物の研究に勤しんでいるとのことなので、護衛の仕事はない。
 訓練場で一人鍛錬を行い、汗を書いたので着替えようと自室へ向かっていた。警備をサボっているのか休憩中かはわからないが、ハイラル兵が廊下の窓から外を見下ろしながら何かを話していた。特に興味もなく通り過ぎようとした時に聞こえた名前に思わず耳を傾ける。

「あのとかいう巫女、ずっとぼんやりしていて気味が悪いな」
「予知能力があると言っていたが…本当にそんな力があるのか?予知ができるならゼルダ様の力が目覚める時でも予知しろってんだ」
「もしや、巫女がゼルダ様の力が目覚めないよう妨害しているのではないか?巫女と呼ばれるような者の能力が予知だけなはずはない」

 噂や憶測が有りもしない話を作り出していく様を見てしまった。兵士達は近くを通る俺を見て慌てて口を噤んで走り去っていったが、どうにも不快感は拭えなかった。そのまま廊下を歩き、角を曲がる。「…あ」先の兵士たちから隠れるように、角の向こうにはが壁に背を預けて立っていた。声を上げた俺にちらりと視線を向けてから横を通り抜けようとするのを思わず呼び止めた。聞こえていたのか、と。

「…この廊下、結構響くよね」
「…俺がちゃんと否定しておくから…」
「どうして?あなたが一人声を上げた所で人間の噂は止められない」

 きっぱりと言い放たれて黙り込む。英傑として多少上の方の地位にいるとは言え、確かに俺自身に大した発言力はない。英傑であってもまだまだ若い部類、どころか例外を受けた若輩だ。一部の貴族には表立ってこそいないが毛嫌いしている者もいるだろう。

「不快には思わないのか?あんな、根も葉もない話」
「昔から人間はそういうもの。人と違う力を持っているとそれを排除しようとする。だから…私はもう、女神ハイリアの声は聞こえない」

 悲しげに、吐き捨てるように聞こえた言葉に顔を上げて首を傾げる。は泣きそうな顔で廊下を進んでいった。姿の見えなくなった廊下をしばらく眺めていると、向こう側から別の女性が歩いてきた。シーカー族特有の白い髪と独特な大きい眼鏡―古代遺物の研究員でもあるプルアだ。呆けている俺に気付くと面白いものを見つけたかのように小走りで駆け寄ってくる。

「チェッキー!どしたのリンク、ボケっとして」
「いや…ちょっと」
「そういえば巫女様のことなんだけど」

 顔を上げる。

「いやーもう困った困った。なーんも話してくれないの。どころか男連中に囲まれるとものすごい怯えちゃってね、ダルケルも知らなかったみたいで」
「…ゴロン族は…性別…まぁ、そうだろうな」
「彼らはあのゲルドの街も入れるしね。それはともかく、現在難航中ですっていう報告」

 研究書類だろう紙の束で仰ぎながら肩をすくめるプルアに、ふと言葉を漏らした。

「…さっき、『もう女神ハイリアの声は聞こえない』って言ってたんだ。元々女神の神託を受け取る巫女だったのかも」
「ほう?それは重要な発言ですな。そういう感じの巫女なら勇者に加護を与えるっていうのもあながちわからなくはない。でもどう?加護と勇気与えてくれそう?」

 少し興奮した様子のプルアが問うが、どうにも文献の記述にあるような気配はない。そもそも出会った時から避けられているフシがある。それを伝えればまたプルアは手を組んで考え込む。

「でも彼女、私達には伝承のことどころかほとんどしゃべらないから、それでも話してくれるのはリンクが一番多いと思うんだけど」
「…それはつまり、俺に彼女に直接事情を聞いて行けと」
「そゆこと〜」

 よろしくチェッキー、と年甲斐もなくいつものようにおどけるプルアに苦笑して、突如課せられた仕事に頭を抱えた。






03


 プルアに頼まれた件を、を心配して最近よくハイラルを訪れるようになったダルケルに伝えた。あからさまに笑顔が減ったのは俺がゴロンシティに向かう数日前からだそうで、聞いても理由は答えなかったようだ。
 ある日のこと。夜も遅くなり多くの者が寝静まる頃、俺もゼルダがきちんと部屋に戻ったのを見届けてから自室へ向かう。荷物をおいて湯浴みから戻ると、部屋の中の違和感に気付いた。何かがない。じっとある箇所を見つめる―

「……ッ!?」

 しっかりと安置したはずの退魔の剣が、忽然と姿を消していた。部屋に鍵はかけていたはずだし、こんな時間に歩き回ってるのは見回りの兵士と物好きぐらいだ。退魔の剣はこの世に一つしかないため、裏に出回っても出処など一目瞭然だ。もちろんそれを取り戻すために多額のルピーを払うことになる可能性はなきにしもあらず。どちらにせよ由々しき事態であることに変わりはない。予備においてあった近衛の剣を持ち、慌てて退魔の剣を探すため部屋を出た。
 まず見回りの兵に順に聞き込みをする。慌てる俺に驚いている者も多かったがかまっていられない。

「そういえば先程巫女殿が何か大きな布包みを抱えて歩いていましたな」
が…?彼女は何処に?」
「さぁ…声をかけても見向きもせず歩いて行かれたので」

 仮にも女性をこんな時間に独り歩きさせるのはどうなんだろうと思いながら、兵士に礼を言ってを探す。しかし一通り走り回っても見つからない。もしやと思い門番にも話を聞いてみれば、布包みを抱えたが城下へ降りていったという。何度も止めたが制止も聞かず行ってしまったらしい。もっとちゃんと止めるべきだと苦言すれば、兵士は困った顔で視線をそらした。―彼女は少し浮いているようだから、あまり強く言われなかったのだろう。
 とにかく外へ出たのなら、戦えない彼女をこのまま一人で放浪させるわけにはいかない。を追うことを門番に告げ、俺も城を出た。

§


 明るい月が照らす夜道をひた走り、城に一番近い馬宿に寄って自分の馬を出してもらい、ハイラル平原を走り回った。城を出てしまえば大地は広大で、が何処へ向かったかなんて見当もつかない。一応馬宿でも目撃情報を聞いたがそれらしいものはない。
 もしや城にいるのが嫌でゴロンシティに帰ろうとしているのだろうか。かと言って、馬に乗らなければゴロンシティへはかなりの日数がかかるだろう。
 それにしても馬で移動しているこちらがなかなか見つけられないのは、探す方向が違っているということだろうか。ゴロンシティへ向けていた足を止めて平原を見渡すと、反対側の遠くで火がちらついているのが見えた。あの付近に灯籠等はなかったはずなので、木製の武器に火をつけた魔物だろうか。魔物も夜は寝ていることが多いが、一般人が魔物に襲われているのなら助けなくては、と一度そちらへ馬を向ける―と。

!」
「…!」

 布包みを抱えてボコブリンと睨み合っているがいた。一匹を引き倒した後即座に馬から降り、近衛の剣で残りのボコブリンをなぎ倒す。魔物が煙に消えたのを確認して、に怪我がないかを問う。返事はなかったが小さくうなずき返してはくれたので、ほっと胸をなでおろす。

「俺の部屋に置いていた退魔の剣がなくなったんだけど…その包み、まさか」
「……うん」
「どうして勝手に」

 呆れ気味に言えば、は少し悩んだあと俺を見上げる。

「この子、すごく傷ついてるから…」
「傷?…時々ゴロンの刀鍛冶に見てもらってるけどな」
「退魔の剣は普通の刀鍛冶屋には治せない…たとえゴロンの名匠でも」
「なら、どうやって?」

 布包みを撫で、視線を逸らしたあと南を向いた。つられて視線を追うが月明かりしかない闇夜では何を見ているのかはわからない。

「退魔の剣は傷つくと眠りについてまた力を溜めないといけない。…貴方が他に剣を持ち歩いたりしないから、この子は威力を抑えて、鞘にいる時に少しずつ回復してくれているけど…それでももう限界に近い。今のまま使い続けてたらいずれ重要な時にこの子が仕事を果たすことができなくなってしまう」
「……それで剣を」

 退魔の剣には精霊が宿っているという伝承がある。何より俺自身が、時々退魔の剣の意志を感じる時があった。確かに以前と比べて、その意志がどこかか弱くなっているような気はしていた。だがまさか、そんな仕組みだったとはつゆ知らず。

「時の神殿には永くいたから、あそこが一番傷を治しやすい。だからこの子を時の神殿へ連れて行って、休ませるの」
「それならそうと直接言ってくれればちゃんと時間を作った。こんな危険な夜に、しかも一人で出歩くなんて考えなしにも程がある」
「それは…ごめんなさい」

 息をついて、手にしたままだった近衛の剣を背にしまう。傍らで待ってくれている馬のエポナを撫で、再びに視線を向けた。

「そういう事情なら、一緒に行こう。本当は明日になってからがいいけど、明日はゼルダが遺物研究のため城から出る予定があるから」
「けど」
「退魔の剣の主は俺だ。何より君を一人で行かせるわけにはいかない」
「………リンクは優しいね」

 ふ、と微笑む。悲しげだがそれでも笑みは初めて見た気がする。

「…そんなことはないよ」
「ううん。困っている人を放っておけない。自分が傷ついてでも周りを守ろうとする。ずっと…私はずっと、貴方に守られてきた」

 俯き意味深なことをつぶやくに首を傾げる。ずっと、と彼女は言うが、と知り合ったのはあのゴロン温泉が初めてのことだ。

「─女神の言葉を賜りし巫女、束の間の平和に災厄の神託を受ける。人の民、それを嘘と断じ巫女を処す。巫女の味方をした英雄も鎖に繋いだ。勇者と共にハイラルを守りし一人、神託の巫女は、人への恐怖からその力を失う。ハイラルを案じた女神は人と成り、ハイラルを守るため祈りを捧げた”」
「―それは…」
「私が覚えてる事。力を失っても僅かな予知は出来た…けどやっぱり、私は女神様の声は聞こえない。人に恐怖を抱き、民を守ろうとする心を失ってしまったから」

 馬に乗って、あまり揺れないよう心がけ時の神殿へ向かう途中は語った。
 厄災の預言を信じず、どころかそれを罪と断じた当時の人々。一体どんな心境で人々と向き合っていたのだろうか。そんな中で唯一巫女を信じた勇者も、鎖に―つまり罪人とされたということだろう。
 なるほど今までの厄災の記憶があるからこそ、今の状況ではガノンを倒すことは出来ないと、彼女は知識からそう言ったということか。

「……」
?」
「うん…そう。そういうことになる」
「…?」
「あれから視えるものに変化はない。私にできることは―」

 そこまでつぶやき口をつぐむ。何かの決意を固めたことに変わりはないが、黙り込まれてはそれもわからない。もやもやと晴れない気持ちのまま、時の神殿へと向かった。






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