04


 綺麗な歌声が夜暗に響く。俺がに促されるままに台座に収めた退魔の剣は月の光を浴び輝いていて、どこか力が漲っていくように見える。一際大きな女神像の前で唄うの姿はどこか既視感を覚えさせて、ぼうっと彼女を見つめていた。
 きれいだと、おもう。彼女はどちらかといえば可愛い類の顔をしているが、月夜に照らされながら舞い踊る姿は、美しいという形容が合う。

「…─女神の目覚めは 大地 光射す─…眠りの巫女へと響く 願う声─…若人 ふたつの大いなる羽を光の塔に導く 彼の者の前に道はひらけ 詩の響きを聴く─」

 その歌詞は、落ち着いて聞けば聞き取れるが、普通のハイリア語とはどこか違うようにも思えた。普段の彼女の喋り方は決して訛っているわけではないので、特有のものかもしれない。
 しばらくして祈りが終わったらしいが振り向き、俺に剣を抜くよう促す。その通りに剣を持ち直せば、ぼんやり輝く刀身が以前にも増して美しく見えた。
 そんな頃にはもう空も明るんで来ていて、それでも馬で急げばどうにか皆の起床時間には間に合うだろう。退魔の剣を背にやって、と共にエポナにまたがる。俺もも多く喋る方ではないので、道中は馬の駆る音ばかりがやけに耳に残る。

「ガノンを倒すには」
「…?」
「ガノンを倒すのに必要なのは、退魔の剣マスターソードと封印の力…神の遺産」

 振り落とされないようにと俺の背にしがみついているが、この近さでどうにか聞こえる程度の声でぼそりと呟いた。俺の持つ退魔の剣、『ゼルダ』が持つ封印の力。そして耳にしたことはある気がする―神の遺産。三つを兼ね備えるものの願いを兼ねるという聖なる三角、トライフォースのこと…だろうか。

「聖三角はちゃんとゼルダ様が持ってる。だから彼女が力を目覚めさせない限り、厄災に対抗することは不可能」
「けど未だ、ゼルダ様は力が」
「…ハイラルは滅びる運命にある。何度も、何度も、何度も。滅びて、それから」

 貴方が闇を振り払う。そう口にして、俺の服を強く握りしめた。…もう人々が活動を始める時間も近い。きっと退魔の剣を清めたことで疲れているのだろう。深くを語らず小出しにされては分かるものもわからなくなってしまうばかりだ。
 触れる手は冷たい。どころか彼女は体温が低かった。…いや、俺の体温が高いのかもしれないが。

「…リンク」
「うん?」
「……、………リンク…」

 後ろを伺えば、こちらをぼんやりと見上げていた。けれどやっぱり、その瞳に俺は映っていなかった。
 彼女は一体、俺を通して何を見ているのだろう。

§


 から聞いたことをプルアに相談すれば、当然だがゼルダの力に関する件を聞いて渋い顔をしていた。

「確かにハイラルは何度も滅びたという歴史がある。その度に勇者と『ゼルダ姫』がハイラルを救う。ただ歴史書とかでは、具体的にどんな力で厄災を鎮めたのかなんて書いてないんだよなぁ…」
「プルアが直接話を聞けばいいじゃないか」
「何度も試したって。怯えた顔で逃げちゃうんだもん。チェッキー!って超明るく話しかけてるのに」

 やれやれと首を振るプルアへの返答に困っていれば、はっとしたように振り向いた。

「そういえば…やっぱり巫女様、リンクとは話すみたいだね」
「まぁ…」
「今度ウルボザやミファーたちみんなと会う場を設ける予定があるんだ、ウルボザなら何かしら話を聞き出せるかもと思ってね」
「へえ」
「…思ったんだけど、さ。その…巫女が神託で嘘ついたって断罪されて、ってやつ。彼女は、断片的ではあるけど、その過去のことを『覚えてる』って言ったんだよね」

 うなずく。プルアは似合わず神妙な顔で押し黙った。

「…もしかしたら彼女はもう、本当に、ハイラルを守るつもりがないのかも」
「は?」
「なんて言ったらいいかわかんないんだけど…ううん。ゼルダ様のこととか…邪魔をするつもりはないけど、手を貸す気もない、の、かも」
「……」
「だから─この場合、重要なのは─…」

 ちら、と俺を見やる。首を傾げれば、午後の鐘が鳴り、休憩時間が終わったからと午後から城の外へ出るゼルダ様に同行するためプルアの研究室を出た。今日は遺物研究のためなので、を迎えに行く必要はない。門の外へ向かうと、門番が俺を見つけてあっと声を上げた。どうやらゼルダ様は俺を待たず出発してしまったらしい。護衛は必要ない、と制止する門番を無視して行ったようだ。それならそれで仕方がない、ついにやったか、と思うのみだ。俺は用意してもらっていたエポナで急ぎゼルダ様を追った。
 俺を避けるためか聞いていた予定より早く目的地を回っているようでなかなか追いつけなかったが、日が僅かに傾いた頃どうにかゼルダ様を見つけることが出来た。ついてこないで、護衛は必要な、いと強く言われたが、彼女の護衛が俺の仕事なのではいそうですかと帰るわけにもいかない。

「貴方は力の目覚めない、役に立たない私ではなく、あの巫女様を護衛するべきです。直接話をする機会はあまりありませんが、噂では彼女は厄災に対しても詳しいのでしょう?私がいなくとも、英傑たちと、貴方のその剣と、彼女がいれば厄災も振り払えるはずです!」

 それは違う、と言おうとして口ごもる。巫女―の話では、厄災を祓うには退魔の剣と封印の力が必要だと言っていた。その発言はつまり、未だ力を目覚めさせていないゼルダ様を責める言葉になってしまう。ただでさえ彼女には嫌忌されているというのに、これ以上彼女に嫌われるのはあまり好ましくない。言葉に迷っていればゼルダ様はぷいと顔をそむけて馬に乗った。

「特に最近、貴方は巫女と懇意にしているそうじゃないですか。私に付き合うよりも、彼女を護っていたほうがよほど公益です」
「……、」
「…とにかく、ついてこないでください。私は一人で大丈夫です」

 何も答えることが出来ない俺に苦い顔をして、ゼルダ様は馬を走らせた。本当に一人にするわけにもいかず、とりあえずどうにか彼女を守れる程度の距離を開けて追うことにする。
 古代のシーカー族が作ったというシーカーストーン、それと連なる施設であろう閉じられた謎の祠。シーカーストーンが祠を起動させるカギであることに間違いはないのだろうが、の様子では祠が反応を見せている様子はないようだ。文字の羅列を眺めたり、頭を使うことはあまり得意ではないので、そう力になれることはない。
 いつも俯いて唇を噛み締めている彼女が、唯一しがらみを忘れて打ち込むことができるのがあの遺物研究だ。無理に口を挟む必要もないだろう。遠くでシーカーストーンを手に首を傾げる彼女を遠目に見ながら息をついた。






05


「君が噂の巫女?こんなちんちくりんが厄災に対する力に成りえるのかい?」
「厄災に対するかはわからねぇが、どうにも勇者…退魔の剣の主に加護を与えるらしい」
「ふぅん…で?その加護とやらは受けたのかい」

 腕組みをしながらリーバルが俺に顔を向ける。俺はそういったことをされた覚えはないので思わずに視線を流すが、当のは俯いたままだった。
 今日は久々に英傑たちが集まり、各地から観察した国内の様子を報告する日だ。その機会にプルアの言うとおりと面会する場が設けられた。リーバルは相変わらず、何故か異様に俺に対抗心を燃やしているが、年下なのだし勘弁して欲しい所だ。答えない俺達に不満げに鼻を鳴らして、うつむくをじろじろと見ている。

「こら、リーバル。か弱い女の子にそんな不躾な視線送るもんじゃないよ。
 すまないね巫女様、こいつもひねくれちゃいるが悪いヤツじゃないんだよ。アタシはゲルドの英傑、ウルボザだ。よろしくね」

 特に言うほど怯えた様子はないに、リーバルを押しのけてにこやかに挨拶をしたウルボザは、脇で静かに見ていたミファーにも挨拶を促した。

「私はミファー。ゾーラの英傑よ。よろしくね、巫女様」
「ゴロンシティにいたからダルケルのことは知ってるんだよね。こっちがリーバル―」
「天空の支配者、リト族の英傑さ。あまりよろしくするつもりはないけど、まぁ名前は覚えておきなよ」

 次いでリーバルも自己紹介する。やはり皮肉屋だ。ダルケルは親のような目でこの光景に苦笑しているが、はちらりと彼らを見ただけで顔を上げることはなかった。
 ―そもそも何故こうして俺たちが、普段引きこもっているか行方をくらましているとわざわざ会っているのかと言えば。厄災についての情報を得ようにも中々進展しないと言うからだ。当のプルアはこの場にいないが、ウルボザたちも何か知れたら報告するようには言われているだろう。

「それでね、巫女様。アタシたちが厄災に対して万全を期すため力を集めていることは知っているだろう?このハイラルを、ハイラルに住む人々を守るため、アタシたちは様々な力を得たいと思っている。
 そして力だけじゃない、少しでも多くの情報が欲しい。だから、アンタの知っていることを教えてほしいんだ」

 さすがウルボザ、民族柄キツい印象を与えがちな彼女だが、相手を怖がらせない口調と表情で、的確に用件を伝えている。はゆるりと顔を上げてウルボザを見る。真剣な瞳で見つめるウルボザの視線に、は居心地悪そうに顔を背けた。しかしそれを見たリーバルは腕を組んだまま、横から苛ついたように声を上げた。

「ウジウジして気色悪いったらないね。話せることがないなら話せることがないって言えばいいじゃないか」
「リーバル、アンタは黙ってな! …アンタがどんなことを知っているのか、アタシには想像もつかないけど、話し辛いものだとは思うよ。それでもどうか、この国を救うためにアンタの力を貸してほしいんだ」

 茶々を入れるリーバルを叱咤して、ウルボザは再度に向く。優しく肩を掴んで、真剣に、それでも威圧を与えすぎないように微笑んで。本当にウルボザは人心掌握に長けていると思う。

「………私にハイラルは救えない」
「…どういう意味だい?」
「私、は……、」

 みるみるうちに顔を青ざめさせて、辛そうに眉根を寄せた。こわい、そうつぶやき、震える肩を抱いて唇を噛み締める。ウルボザ越しに俺を見て、また何かを喋ろうと口を開くが、声が出ないのかか細い息が漏れるだけだった。
 そう言えばがいつだったか文献にでも書いて有りそうな事を言っていた―

「"女神の言葉を賜りし巫女、束の間の平和に災厄の信託を受ける。人の民、それを嘘と断じ巫女を処す"…だからは、もう女神の声が聞こえないって」
「なんだい、それは」

 断罪されたことで強い恐怖を覚え、人々を守ろうとする心を失ってしまったと、あの時は教えてくれた。それを話せば、ウルボザはあからさまに不愉快そうに目を細め「危険を知らせてくれた巫女様を処刑しようだなんて」と憎々しげに吐き出した。

「でも、それは一体いつの話?貴方自身…の事?」
「…一番最初の私。神々が大地を、海を、…このハイラルを作った時。まだ神の遺産は人の手になく、文化が始まった頃。王国はなく、英雄がいた頃―かつての私の記憶」
「巫女様は生まれる前の…前世、の記憶があるってこと?」

 落ち着きを取り戻したらしいが、それでも青さの残る顔で頷いた。

「……じゃあ今まで何度も俺に守られてきた、っていうのはまさか」
「厄災が降りかかる度…この世に生まれ落ちる貴方に、私は助けられてきた。だから私は…」

 ぐ、と口を噤む。周りも何も言えず動向を見守っていると、肩を抱いていた手にぎゅうと力を込める。

「私は…今度こそ」

 支えるウルボザの手をそっと外し、他の皆と目を合わせず俯いたまま制止の声も聞かず部屋を出ていってしまった。沈黙が場を支配して、ウルボザが立ち上がる布擦れの音だけが嫌によく聞こえる。

「何か…決心したみたいなのはいいけど、変なこと考えてないだろうね、あの子」
「…。すまねぇがリンク、のこともよく見ててやてくれ」

 頭を掻くダルケルに言われひとまず頷く。彼女ばかりが知っていて、俺達にはさっぱりわからないことだらけでどうにも腑に落ちない。なんとなく背中の剣に問うてみるも、もちろん返事などなかった。

「わかった事と言えば、彼女も別にハイラルを守りたくないわけじゃない、ってことくらいだね」
「どういうことだい、リーバル」
「人々を守る心を無くし、それによって何かしらの神秘的な力を失った。だから自信を無くしてうじうじしてるんだろ。…予知が出来るらしいからそうは思われてないけど、ゼルダ姫と似たもの同士なんじゃない、あの子」

 の去った方を見ながら語るリーバルに、皆が首を傾げる。

「考えすぎなんだよね。出来る事をやればいいのに、決定的な力を欲しがる」
「厄災は神話に語られるような超常のことだ。準備は出来るだけしたほうがいいだろう」
「それは当然そうさ。けれどそればかりじゃ出来ることも出来なくなるって言ってるんだよ。
 現に彼女は、話せるだけ話してくれればこちらで何か対策が生まれるかもしれなかった。
 ゼルダ姫だって力が目覚めない代わりにって、遺物や神獣の研究にばかりかまけて、本来やるべき僕たちの仲介や兵士の鼓舞が出来てないだろ」

 …リーバルはいつも憎まれ役をしたがるものだ。しかし正論であるためか、いつもならゼルダ様を庇うウルボザも、気まずそうにまぶたを下ろす。
 言うとおり、英傑たちの先導や仲介といったものは、リーダーであるゼルダ様がやるべきことだ。しかし目下、指示を受けた俺やプルアなどが担うことも多い。兵士の鼓舞というのも、非才だと噂されていてやりづらいのもあるだろうが、純粋に姫を応援している者も多いのだ。だから日に日に塞ぎ込んでいく彼女に、表情を暗くする者も増えている。

「そ、そういえば、リンク。最近姫さんとどうだ」
「……逃げられなくなった。態度は軟化した」
「へ、へぇ!よかったわね、なにかきっかけはあったの?」

 気まずい空気を払拭するダルケルの新たな話題に、ミファーもぎこちなく同調した。

「きっかけ…。こないだ目を離した隙にイーガ団に襲われた」

 答えれば、全員が目を丸くした。

「目を離したって、君ともあろう者がかい?お笑い種だね」
「─ゲルドの街に逃げこまれたんだ。事情を話しても入れてもらえなくて、仕方なく表の入口で待機してたらいつの間にか裏から出発してた」
「…それは…アタシのせいだね。いつでも逃げておいでなんて言っちまったから」
「いや、そこまでするとは思ってなかった俺の落ち度だ。でも今度からは俺も同行するから、方法は考えてほしい」

 頭を悩ませるウルボザをよそに、ダルケルは「大丈夫だったのか」とわかりきったことを聞く。

「もちろん。…とは言っても、俺も追いかけてる途中にイーガ団と接敵して、合流するまでに時間がかかった。間一髪では、あったよ」
「魔物なら縄張りを避ければいいし、ハグレならある程度逃げれば追ってこないけど…イーガ団となると…」
「さすがに怖かったんだろ、魔物以外にあの人を狙うものがあるって、初めて体験して」

 ゼルダ様は俺の護衛同行を拒否し続けていたのが、その一件からは何も言わなくなった。どころか、こちらを伺いながら話しかけてくるようにさえなったのだ。具体的にどういう心変わりかはわからないが、俺のせいで生まれた余計な心労がほぐれたのならいいと思う。
 皆、やらなければならないことは、たくさんあるのだから。






06


 ふと、気配に気付いた。朝の鍛錬を終えて一息ついてる時、突き刺さる視線。振り向けば、あれからずいぶん行動が読めなくなったがいた。
 立ち上がって面と向かえば、言いにくそうに目を泳がせながら、やがて意を決したようにこちらを見る。

「退魔の剣を、貸してほしいの」
「…これから?また洗礼を?」
「……うん。ちょっと…様子を、見たくて」
「今日はこれから護衛任務があるから、困る。明日なら」
「だめ」

 珍しく語気を強め、そう断言する。

「今日じゃなきゃ、だめなの。…お願い、リンク」

 必死な顔。焦ったような、困ったような。いつもの怯えた様子とは違っていた。

「…どうして?」
「……それは…」
「──ねぇ、それは、なんのため?」
「──…、それは、ハイラルの─」

 俺の問いに戸惑いながら、は一度言いかけた言葉を止め─またどこか、遠くを見る。

「…ハイラルを守る、あなたのため」

 郷愁に満ちた声で、ここではない、俺ではない誰かを指して吐き出された。
 ひやりと、何かが冷える。
 かつての勇者に、一度や二度じゃなく何度も守られて来た記憶を持つ彼女。母数もわからず確率も分からないが、勇者と巫女。男と女。であれば、そう。─恋仲になっていたっておかしくはない。
 ああ、なるほど。が俺を見ない理由。

「俺は、そんなお願いを聞くほど─」

 恋仲であれば聞いたかもしれない、無理な頼み事。

「君と仲良くなれた覚えはない」

 当然、俺と彼女はそんな関係ではない。お互い何も知らない。彼女はだって、俺ではなく、俺の持つ剣を、かつてそれを持っていた勇者に懸想しているのだ。見目が似ているかどうかもわからない。声の高さや育ちだって同じはずはない。
 ひゅう、と細い息が聞こえた。彼女は驚いた顔で、みるみるうちに青ざめて、耳をすまさなければ聞こえないほど小さく小さく、ごめんなさい、と空気に溶かす。ひどく傷ついたのを隠すような歪な笑みで笑った。

「………、日中は、難しい。から…夕方、なら。後で部屋に、おいで」
「……ありがとう、………ごめん、なさい」

 言うべきことではなかった。けれど後悔の念はなかった。俺を通して俺じゃない俺が似た誰かを想われても迷惑だ。
 ……そのはずだ。

「ちょっとリンク!こんなとこでなに突っ立ってんの!?ゼルダ様待ってる─リンク?」
「プルア…俺…」
「あん?」
「やらかした…」

§


 の右手に握られた血まみれのそれは間違いなく退魔の剣で、感情のない瞳ではただそれの前に立ち尽くしていた。呆然としていた俺がどうにか声を絞り出せば、こちらを振り向いて口元だけ笑う。退魔の剣を抱き込み、「ごめんね」とこぼした。

、…どうして、」
「…………」

 足元で肉塊となっているのは、その衣服からして確かに宮廷占術師だった。厄災の復活を予言し、ハイラルの地下深くに古代の人々が造った兵器が眠っていると示した人物。もうすでに事切れているらしく、ピクリとも動かない。

「最初から…こうするべきだった。厄災は近い…邪魔者はこれでもう、いなくなったよ」

 へらりと力の抜けた笑みはひどく傷ついて見えて。言葉を失っている俺の後から来たゼルダたちによって事が早々に露見し、は兵士に連れて行かれ、―投獄された。兵士たちの間では巫女の気が触れたとの噂でもちきりだ。

「何かしでかすんじゃないかと思ってたけど…まさかこんなことになるなんてね。リンク、巫女様から何か聞いていないのかい?」
「…なにも」
「そもそもなんで退魔の剣をあの子が持ってたんだ?あんなへなちょこに奪われたってことはさすがにないよね?」
「前に、剣を清めるためにって持ち出した事があって…最近魔物も増えているし、また清めるんだろうと…思って、貸したんだ」

 少し、いざこざはあったけど。あの後夕方になって、たしかには退魔の剣を持ち出しに来た。時の神殿に行くのかと思えばそうではないらしく、ついてくる必要はないと言い切るので、一人で城の外へは持っていかないことを約束させて見送ったのだ。後をつけようかと思ったが流石に気まずくてやめた。
 神殿に持っていくわけでもなく何をするのかと思えば─はその剣で、宮廷占術師を斬り殺した。ぎゅ、と手を握り締めて唇を噛む。

は理由もなくそんなことをするやつじゃねぇ、俺が保証する」
「でも事実として、彼女は宮廷占術師を殺したんだ。本人は理由を話す気もないと来た」
「けど、巫女様がどうしてそんなことをしたのか、話してくれなくても絶対に理由はあると思う。だって退魔の剣は本来リンクにしか使えないんでしょう?リンクにしか、鞘から引き抜くことさえ不可能なはずだもん」

 ミファーの言うとおり、おかしい事は多々ある。退魔の剣は俺にしか奮うことは出来ないのにあの剣で殺したこと。宮廷占術師が自分より体の小さいに抵抗せず殺されたこと。普段城に居ない上にその所在を知らせない宮廷占術師を見つけられたこと。
 …おそらく、きっと。最初からそのつもりだったのだろう。頑なに俺に事情を話さす持っていったのだ。俺も、ちゃんと話を聞くことはしなかった。

「巫女様は牢で食事も一切口にせず、何もしゃべらないそうだ。もう三日経つ…リンク、一度お前が見に行ってやった方がいいんじゃないかい」

 そんな提案に頷き、ゼルダ様の護衛を一時ウルボザたちに任せ牢へと向かった。兵士は難色を示したが英傑に逆らうことは出来ないのか、俺を通してくれた。がいる牢の前ではプルアとインパが事件について問いかけているようだが、の声は聞こえない。俺に気付くとプルアが率先して席を外してくれた。人払いもしてくれるという。

「どうしてこんなことを…剣を清めるんじゃ─」

 静かに正座して地面を見つめていた。出された食事はお盆に載ったままで、冷めて乾いている。格子越しに正面へ、しゃがんで顔を覗き込んだ。無表情、喜びはもちろん、悲しみも恐怖もない。

「俺にも、何も教えてくれないのか」
「教えた所で何も変わらない。あの人を殺したことで、必ずゼルダ様の力は目覚める。あとは、厄災が復活するまでに間に合うかどうか」
「…え?それって、まさか」
「─…それでも…─力を失った私にできるのは、あなたを守ることだけ。それはハイラルを救うことにつながっているから」

 俯いていた顔を上げて俺を見ると、わずかに微笑んでから瞼を降ろした。これ以上何も語るつもりはない、という意思表示だろうか。何度か呼びかけてもは返事をしなかった。

「…あの時は、その、…ごめ、」
「謝らなくていい、あなたは何も間違ってないわ。…私がすべて、何もかも…間違っていた。私が、悪かったの。私が、逃げてばかり…いたから…」
「何から─」

 一体何から、逃げていると言うのか。勇者に加護を与える、厄災を封じる─そういったことから逃げているのだといいたいのか。
 後日ハイラル王も話をしたそうだが、やっぱり何も語らなかったそうだ。早く処刑してしまえと騒ぐ兵士や国民をどうにか抑え、俺やミファーたち英傑の説得で処刑されることはなくなったものの、本人が何の弁解もしないことから牢から出すことは叶わなかった。ミファーは積極的にのもとへ赴き事情を聞こうとしたが、いつまでたっても状況は変わらなかった。
 傍ら、日に日に数が増え強くなっていく魔物にさすがの俺も疲労が溜まる。騎士数隊での討伐が必要なほど強い魔物であるライネルも、人里から遠い場所の縄張りが足りなくなったのかよく被害が報告され、当の騎士隊も予定が詰まり俺一人が駆り出される始末だ。
 そんな中でなんとなしにの牢に訪れると、渇いた食事の前で少しやつれたが静かに座っていた。寝ているのだろうか、呼吸も希薄でピクリとも動かない。

「……リンク?」
「うん。……どうして何もしゃべらないんだ」
「…私が、信じていないから。私は─今目の前にいるあなたさえ」

 目を伏せたまま口にしたは、自嘲するように笑った。

「勇者は、それでも民を、ハイラルを守ってくれる。私にはそんな勇気がない。だから私は、あの人…は…いつも一人で─…」

 眉根を寄せて、表情を曇らせる。かつて彼女を護ってきた勇者。民に魔女と断じられ、愛してきた民に罵倒された記憶。だから彼女はもう、ハイラルを守る心を失ってしまった。
 ……。
 ならば─ならば何故、彼女は今ここにいるのだろう。
 守る心がなくなってしまった、役目を果たせないというのに、彼女はどうして占術師を殺したのか。

「…、君は─」
「さようなら、リンク。私はいつも、貴方のことを想ってる」

 ゆっくりと立ち上がり、両手を広げる。突然何を、と思っている内に、は――…。






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