願い乞う
泣き腫らしたが落ち着くのを待っているうちに日も落ちてしまった。会話もなく気まずい空気の中で、焚き火を起こして朝を待った。
あのが俺にくれた耐火耐寒マントを二人で被って、夜の寒さを凌ぐ。どうにか会話に花を咲かせようにも、は目を伏せ二三相槌をうつだけで、元々会話が得意でない俺には結局気まずさを加速させるばかりだった。
焚き火を見つめてぼんやりしていれば、こてりと肩に重みを感じる。が眠ったようだ。少し離れたところで二人の馬が寄り添っている。きっと普段はエポナと呼ばれた馬と共に寝ていたのだろう。火を落として、起こさないように気遣いながら、そっと横になってを抱きしめ、俺も眠りについた。
翌日、を連れてハテノ村へと戻った。半日以上かかったが、ゴロンシティの向こうからならばそれでも最速だ。見知らぬ女を連れて戻ってきた俺に、村の皆は興味津々のようだったが、かけられる声に苦笑で誤魔化し返せば、察してくれたのか見送ってくれた。サクラダさんたちも目を白黒させていたけれど、何かリアクションを取る前に、俯き俺に手をひかれているを見て、肩を竦めて視線をそらしていた。
「俺の家だよ。外にいた、サクラダさんたちから三千ルピーで買ったんだ。長年住む人もいなくて困ってたんだって」
「……そうなんだ」
荷物を下ろして、階段を登る。先にあるベッドを指して、「寝るときは使って」と口にした。するとは驚いたように首を振って、そんなわけにはいかない、と拒否した。
「俺は外の焚き火でもいいし、椅子でも寝られるから」
「そうじゃなくて。私は宿でいいから」
「俺が君から目を離したくない。大丈夫、ベッドはそのうち買うから、今だけ」
そう言うと、は顔色悪くも頷いた。ホッと胸を撫で下ろして、階下へ降りようと踵を返す。しかしついてこないを振り返れば、壁に飾られた英傑のウツシエを食い入るように見る彼女がいた。
表情がまた暗くなる。振り切るように顔を上げ、立ち止まった俺を追い越して階下へ降りていくに、俺の胸のうちには何かが淀んだ。
ゼルダはあれからしばらく、国中を回っている。現在のハイラルの状況を調べつつ、厄災ガノンを倒したことを伝え、国の再建に向けて前向きに取り組んでいた。俺も半分くらいはを探しつつ担っていたが、途中逸脱することが多い俺よりも、彼女の方が予定通り進められているだろう。
そんな彼女にを見つけた事を報告すると、それはそれは喜んでくれた。あの時はすみませんでした、と泣きながら頭を下げるゼルダに、は困惑しているようだった。
「ガノンが復活し、リンクが倒れ…そんな時になってようやく、巫女様の言葉の意味がわかりました。私が力を目覚めさせられなかった理由が」
「……でも、遅かった」
「そんなことありません!…いえ、確かに、失わなくて済んだものはありました。けれどそれはやっぱり、意固地になって周りの意見を聞き入れなかった私の責任です。……何にせよ、こうしてまた、リンクや巫女様とお話出来てとても嬉しいです」
笑顔のゼルダに対しての表情は暗いままだ。目を伏せて、居心地悪そうに視線を彷徨わせている。ゼルダが心配そうに声をかけると、は握られた手を軽く振り払い、ゼルダから一歩後ずさった。
「私は…巫女じゃない。あなた達とは違う、百年前にあなた達と交流した私じゃない」
「…?」
「ハイリア様、もう…私を、解放してください…」
女神の名に願いを口にする。かといって何が起こるわけでもなく、沈黙の中自然の音だけが耳に残る。はしゃがみこんで、まるでゼルダに乞うように頭を下げる。
「私はもう勇者の姿を見たくないのです。ハイリア様、どうかお許しください」
「み、巫女様」
勇者。それは厄災を振り払う、退魔の剣の持ち主─俺のこと。
「…、リンク?」
「すみません、ゼルダ様。は疲れてるみたいです、今日は」
「……はい。休ませてあげてください」
を抱き上げ、一礼して馬に乗せる。相乗りして来ているので、憔悴しているを強く抱き締め、その場を去った。
足早にハテノ村の自宅へ戻り、怪訝な目を向けるサクラダさんをスルーして、ベッドへ優しくを下ろした。顔を手で覆いうつむいて、泣いているようだ。掛ける言葉が見つからず、彼女を見下ろしたまま無言になる。どれほどそうしていたかはわからないが、ふと思い立って言葉を発した。
「ご飯、作ってくる。ゆっくりしてて」
その声に反応してか、は肩を揺らして顔を上げた。目があって、その瞬間にはさっと青ざめた。唇は何か言おうとしていたけれど、音にはならずただの吐息になって消えた。そんな反応を不思議に思いながらも、肩をすくめて返して階下へ降りる。
「…リンク、」
小さく小さく、名を呼ぶ声が聞こえた。けれどわからなかったフリをして家を出る。庭の料理鍋の周りでくつろいでいるサクラダさんたちはやっぱり怪訝な顔をしていたが、黙々と料理鍋に適当な材料を放り込んだ。
「…何かあったの?」
「……いや、まぁ、別に」
とうとうしびれをきらしたらしく、恐る恐るながらそう問われた。厄災を倒した今、俺が退魔の剣を持つ勇者であることは周知となっているが、女神の信託を受ける巫女のことはおそらく百年前を知る者しかわからないだろう。
現にサクラダさんは、俺がどこかで女の子を無理やり連れてきたのではないか、と疑っているようだ。ただ今まで彼らと関わってきた中での人柄的にはそうも思えないし、と声をかけるのをためらっていたらしい。
「いくら好きになっても、無理矢理はよくないわよ…、女の子ってのはね、押してだめなら引いてみたほうがころんといくわ」
「…そうなのかな。彼女は俺のこと、好きじゃないみたい」
「あらぁ…。アナタはちゃんと、気持ちを伝えたの?」
鍋に視線を向けたまま口ごもる。
彼女をようやく見つけた時のことを思い出す。ただ一緒にいたいのだと、にはそう伝えた。
……きっと、嫌いなわけでは、ないはず。抱きしめてももう拒否はしないし、ただただ辛そうに涙を流すだけ。
「アナタはあの子のどういうところが好きになったの?」
「どういう…」
「笑ったところが可愛いとか、性格がけなげだとか。あの子、ちゃん?そういうのがわからなくて、自信が持てないのかも?」
そんな言葉に少しだけ納得する。
ただ漠然と、彼女とともに在らなければと思い込んでいた。…どうしてだろう。が言うように、何度も滅びた歴史の中で、俺がを護ってきたからなのだろうか。俺にはその記憶はないけれど、にはある。彼女はしきりに「もう自由にしていい」と言っていた。勇者の姿をもう見たくないと。解放してほしい、と。
……しばらく考え込んでみたが、の思うところはやっぱりなにもわからなかった。そばにいたい、もっと知りたい、知ってほしい、俺を見てほしい。それだけが分かっていること。
うっかり料理を焦がしそうになって、慌てて皿に上げ部屋に戻った。はベッドの脇で呆然と立ち尽くしうつむいていて、俺は机に皿を置くとの手を引いて椅子に座らせた。食べさせようとすれば驚いて、自分で食べられる、とスプーンを手にとって食事を始めた。俺は正面に座って、彼女の姿を眺めていた。
「…のこと、もっと教えてほしい」
「…?」
「考えてみれば、俺は君のことほとんど知らない。女神の神託を受け取る巫女で、生まれる前の記憶を持ってて」
「………」
作った食事を食べ終えて、はスプーンを置く。うつむいたまま黙り込む。
「…私は…、……」
「の気持ちが落ち着いてからでいい。いつまででも待つから。 さっきサクラダさんに少し相談したんだ、それで俺は君のどこが好きなのかって話になって」
「……」
「……言われてみれば、俺は君のことをあまり知らなくて。ただと一緒にいたいって思いだけがあった。それがどうしてか、わからなくて。だから君のことを、教えてほしい。には俺の記憶があるけど、俺にはの記憶がないから、」
「………リンク、」
「俺は一から、君を─…愛したい、んだ」
はっと顔を上げて、唇をかみしめて涙をこぼす。彼女が泣いているのを見るのはとても胸が痛くて、そっと手を伸ばした。