巫女の日記


 普段、俺は日が登らない頃に目が覚める。
 おそらく騎士時代の癖だろう。百年前はそんな時間に起きて自主的な見回りや鍛錬に勤しみ、皆の活動時間に合わせて朝食を取っていた。
 今はと身を寄せ合って眠っていて、一度は目が覚めても彼女の寝顔を見ているうちに二度寝する。そして朝になって、先にが起きて、朝ご飯を作り、俺を起こす。…というのがいつもの流れだ。
 前夜によろしくした場合、俺は自主的に徹夜する。朝までを眺め続け、先に起きて朝の準備をする。は起きるまで寝かせておいて、一緒にご飯を食べる。
 それはともかく。基本的に普通に寝た時は、が先に起きるのだ。その頃俺は絶賛二度寝中で、自宅という安心感からかが動いてもあまり気付かない。
 のだけど、今日は偶然、目が覚めた。

「リンク…、おはよぉ…」

 うとうとしながら呂律の回ってないあいさつをする。俺が起きていることには気付いてないはずだ。
 目をこすりながら、はぽてっと俺の胸に頭を乗せた。

「…ん、ちゃんと生きてる。…リンク、先にご飯作ってるね。ゆっくり休んでね」

 そう微笑んで、静かにベッドを降りて階下へと向かっていく。
 去ったのを確認して、俺は長いため息をこぼした。

「……え?俺寝てるのにまさか毎日あんなこと言って…?」

 は?かわいい。狸寝入りの是非ではなく生死を確認されたのは納得いかないが、致し方ないことではある。
 それから数日、俺はの起床を盗み見ることにした。

「リンク、おはよ。ご飯作ってくるね」
「リンク、おはよう。いい朝だよ。今日は出かける予定があるから、後で早めに起こすからね」
「リンク、……。もうちょっと、寝ててもいいかな…」

 かわいい。俺と出会う前まではどういう生活をしていたのかわからないが、どう見てもこれは新婚のそれである。の柔らかい身体を抱き枕にして、甘い匂いを嗅ぎながら眠りにつく。時折その肌を堪能して、目一杯愛し合う。幸せだ。百年前はどこか大人びた、近寄りがたい雰囲気だったけれど、今はただただ愛らしい女の子で、俺への気持ちが見て取れる。これは嬉しい。

「…いや、堕落しすぎじゃない?」

 さて、今日はカカリコ村に来ている。ゼルダとは女性同士話したいことがあるとかで二人で村を散策しており、一方で俺はインパの家でラサムと沈黙しながら剣の手入れをしていた。
 のだが、どういうきっかけだったか最近の朝の話になったのだ。インパが巫女様は元気か、と聞いたので頷くと、婆に巫女様の話を聞かせておくれ、と。そうして話しているうちに、ラサムという他の男がいることも忘れてただの惚気になったらしい。いつも飄々としてるラサムは、珍しく怪訝な顔で呟いた。

「堕落……?」
「毎朝女の寝起き盗み見てニヤけて惚気けて…堕落だろ」
「………?」

 真剣に首を傾げる。
 毎朝の寝起きを盗み見てニヤけて惚気けていても、ゼルダから任された仕事はきちんとこなしているし、剣の腕も落ちてない。堕落と言われる筋合いはないはずだが。

「ほほ、リンクも人の子、男だったということよ。百年前を思えば微笑ましいことではないか」
「単純に目の前で惚気けられることが腹立つ。あ〜でも巫女様はなぁ…チョロいからな…」

 風斬り刀を鞘にしまいながら、ラサムは意味有りげに呟く。

「…ラサム、お前はと違って過去の記憶なんてないんだろ。なのにどうしてかつてのを知ったような」
「シーカー族には特別な伝承があるんですよぉ。ねぇインパ様」
「そうじゃなぁ。リンクも見てみるか?」
「は?」

 ラサムが立ち上がりインパの席の後ろへ行くのを見送っていると、インパはにこにこと楽しそうに微笑みだした。
 やがて戻って来たラサムが手にしていたのは、ずいぶん古い紙の束。力を入れれば崩れてしまいそうなほどのものだった。

「これはな、神託の巫女の日記と言われておる。劣化して読めない箇所があるというのもあるが、書かれた文字が今のハイリア文字ではない故、読める者が早々おらなんだのよ」
「日記といっても写しですがね。代々族長が、読めなくても写しを作成して保管してんだと」
「実は百年前も、神獣とともに発掘されておった。しかし解読研究しても読めるものがおらんでなぁ。それをラサムが妙にやる気を出して、見事解読したのよ」

 ふふん、と胸を張るラサムを今度は俺が怪訝に見やる。

「それもこれも俺の巫女様に対する愛が成せる技」
「あんだって?」
「ああ?」
「落ち着けリンク、ラサムのそれは伝承の巫女と勇者への憧れよ。幼い頃からこやつは、伝説の勇者と巫女の話が大好きでなぁ」
「ははぁ、つまり俺とがいちゃついてるのが嬉しいんだな」

 ものすごく嫌そうに顔をしかめたラサムをよそに、受け取った紙束をめくる。確かに知ったハイラル文字にも見えるが、細部が違っていて意味が繋がらない。
 …が。

「……え、読めんの?」
「いや、スラスラとは読めない。…けど…なんとなく、わかる…」

 インパが驚きに目を丸くした。

「……勇者リンクは…今日も…兵士…いや戦士?を率い、その…勇ましき心で…魔物を…」
「うっっっっわ腹立つ!読めてやがる!」
「ハッ、これも俺のへの愛が成せる技だな」

 挑発を返しながら読み進める。多少何度か同じところ読み直してようやく理解出来る程度なので、全てを読むには時間がかかるだろう。

「巫女が良しと言えば…じゃが、また時間のある時に話してもらうのもよいかもしれんのぉ」
「…そうだな。俺も、過去の…が惚れた男がどんなだったのか、気になる」

 …思うところもある。俺が時々垣間見るものが事実なのか、というのも気になるし。

「倫理観のないお前よりは遥かにいい男たちだったろうよ、勇者は…」
「誰の倫理観がないって?」
「お前だよ」
「否定はしない」

 さっきよりもっと嫌そうに顔を歪めるラサムを面白がりながら、巫女の日記を読み進めた。

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ロア・ウラノス

 ─目が覚めた。頭がぼんやりとしている。
 身体は思ったより随分小さくて、自分の名前も朧気だ。青く発光する水に浸かりながら、辺りを見回すと、不気味な老爺が離れたところに座り込んでいた。…老爺というよりもはやミイラだ。生きているのかも怪しい。近付き見下ろせば、こちらに気づいたのか老爺はか細い声でいくつか教えてくれた。
 私の名前は。神託の巫女と言うものだったらしい。一言では語れないいろんなことがあり、私は息絶えたのだという。しかし大地に降り立った女神のお告げにより、この場所で眠りについた。本来目覚めるはずはなく、ただ傷付いた身体を癒やし安らかに召されるために。しかしどういうわけか─女神からの加護によるものか、私は若返り再び目覚めたのだと。
 外は魔のものに覆われんとしていて…、大変危険らしい。人々は、女神が大地を切り離し魔のものの手の届かない天空へと無事逃げおおせており、民を守る立場であった私は、もうなにも気負うことなく眠っていいのだと、老爺は語る。

「……でもわたし、………何か、足りない……」
「………」
「行かなくちゃ」
「その姿では、魔のものたちにすぐさま気付かれ命を狙われるであろう。
 これを持たれよ。これは時空石。衝撃を与えれば、数年時を遡った姿と入れ替われる。…十分に注意して、使い方を理解してから…」

 濃い藍色の綺麗な石。それを受け取ってすぐ、老爺は息をしなくなってしまった。



 大地は殺風景で、かつては綺麗に萌えていただろう木々は悲惨な状態になっていた。色褪せて、寂しい空気が漂っている。
 誰もいないし、何もない。私は外へ出てどうしたかったのだろう。



 しばらく歩いていると長身の女性と出会った。インパというらしい。彼女は私を見ると苦々しい顔をして、未来へと導いてくれた。
 今も未来も等しく危険だが、まだ未来の方が希望があると。

「勇者という、かつての貴女が愛した希望が」
「勇者…?」
「名は告げぬ。貴女はもう解放されるべきだ。…けれどそれでもまた、貴女たちが出会い、愛し合うのならば─止めはしない」

 優しく背を押された。



 未来は、寂しい空気はそのままだったが、あの枯れ果てた様子からは回復していた。
 どこか見覚えのある神殿に出て、そこには老婆がいた。

「あなた、インパね?」
「よくおわかりで。無事時を超えられたようで…」

 見目こそ老いてしまっているが、しわしわの手からは考えられないほど、その瞳は力強い意志に満ちていた。使命のために命をかける、戦士の瞳。わたしは漠然と、それが好ましく思えた。



 わたしが目覚めた時から、ここはかなりの未来なのだという。
 インパは時空石の使い方と、この地に残る封印のことを教えてくれた。
 曰く、神々の遺産を求めて魔のものが這い出て来たのが、わたしが目覚めるよりもっと前。わたしが神託の巫女として生きていた頃、亜人と勇者とが女神の加護を受けて争った戦い。
 その後は、あの老爺の話に繋がるのだろうが、インパは語らなかった。



 岩石亜人、ゴロン族の考古学者、マルゴという人に出会った。ゴロン族というのには見覚えがある。丸っとして可愛らしく心優しいのに、頑強な身体を持ち勇敢に戦う者だ。
 マルゴは大地に残された様々な遺跡を調べているのだという。わたしは彼についていくことにした。
 わたしは自分が何を探してるのかもわからない。だからとにかく知ろうと思う。



 魔物に襲われた。ボコブリンというらしい、赤い魔物だ。別の場所では赤色以外もいるけれど。遠目に見れば可愛らしいのに、人を見ると襲いかかってくる。昔はそんなこと、なかったはずなのに…。
 その時、緑衣の少年に出会った。眩しい髪色に碧い瞳を持った、青年に差し掛かる年頃の男の子。あっという間に魔物を倒し、大丈夫?と微笑んだ。
 名前はリンクと言うらしい。
 …どこかで、聞いたことがある、気がする。
 少し、頭が痛くなった。



 リンクは大空に浮かぶ島に住まう人間だという。女神が大地を切り取って浮かべた、天空へと無事逃げられた人々の子孫。
 彼は、幼馴染のゼルダという少女が竜巻に巻き込まれ、大地に落ちてしまったために、助けに来たらしい。女神の剣を携え、その精霊に導かれて。
 精霊の名はファイという。特に呼んだわけでもなかったが、ファイは姿を見せてくれた。

「神託の巫女とお見受けします」
「神託の巫女?なにそれ」
「神託の巫女…我が創造主女神ハイリアより言葉を授かる巫女です。ファイが聞いていたよりも幼い姿ですが…生まれ変わりである可能性─三十二パーセント。
 マイマスター、提言致します。保護という名目で彼女を同行させることで、よりよい結果を得られるでしょう」

 ファイはわたしを四方から観察すると、そう言った。
 リンクは頭を掻いて、うーんと唸る。わたしと、マルゴと、ファイを見比べて、腕を組んで首を振った。

「彼女がついてきたいって言うなら、僕はまぁ…やぶさかじゃないけど。可愛いし。でもマルゴと一緒にいたんだし、何か目的があったんじゃないの?」
「ですが、マスター」
「少なくとも今じゃないと思う。必要になって探すのも手間かもしれないけど、ファイのダウジングがあるだろ。
 彼女がどういう役割を持つのか知らないけど、今のところマルゴといて問題なかったんだし、僕といることの方が危険かもしれないよ」
「……イエス、マスター。承知しました。
 巫女の気配を記憶。いつでも巫女を発見できます」
「それでいい。…ええと、
 いつどんなふうにかはわからないけど、僕に力を貸してくれる?」

 彼は優しく微笑んだ。碧い瞳は、見覚えがあって。
 インパの言葉を、思い出した。



 最初に彼と出会った時は、決心がつかなくって別れたけれど、その後マルゴとまた旅をした先、時の神殿で再会した。
 なんとなく胸がざわついて、リンクについていった。驚いていたけど、しょうがないなぁと許してくれた。

「これは…」
「ああ、それはね、なんか時空石っていうらしくて…よいしょ」
「あっ…」

 藍色の綺麗な石を、リンクが剣先で叩くと、枯れ果てていた辺り一帯が、活き活きとした姿に変わった。

「……えっ?誰…」
「……」
「マイマスター。彼女が神託の巫女である可能性八十九パーセント。 
 巫女から時空石の気配を感知。設置された時空石を起動させたことにより、効果が解けたと推測」
「ん、つまり今まで僕たちが見てたのは若返った姿ってこと?ふぅん、へぇ…」
「……ごめん、なさい」
「えっなんで?」
「…騙して…」
「何が?事情があったんだろ」

 あっけらかんというリンクに、逆に毒気を抜かれてしまう。

「マスター。ファイは今の巫女の姿を見て一つ情報を得ました。
 幼い姿では感知出来なかった女神の加護が、今の姿からは多く感知できます。ギラヒム等の魔族に感知され、命を狙われる可能性七十パーセント」
「ふぅん?じゃあ長い間元に戻ってるのは危ないかぁ。時空石を利用しなきゃいけないときは仕方ないとしても。でもその姿ならいくつか手を貸してもらった方が早く進めそうだよな」
「判断はお任せします。ですが危険であると提言致します」
「……。ま、の好きにすればいいんじゃない」
「私の、好きに…?」
「危険があれば当然出来る限り守るし、一人でも進むけど…が僕を心配して、手を貸してくれるならありがたく借りるよ、ってこと。でも怖いなら無理する必要はない」

 …意地悪だな、と思った。
 だって、私。何も出来ないのは、嫌だもの。



 金色の髪の女の子、ゼルダ。彼女が、リンクが追っていた幼馴染。
 初めて会ったけれど、でもどこかで会ったことがあるような、気がした。



 時の神殿にあった、時を渡る扉。ゼルダはインパと共にそれを越え、置土産に扉は破壊されてしまった。ギラヒムという魔族の長に追われていたようで、無事逃げ遂せてギラヒムは憤慨していた。
 ギラヒムは私を見ると、一瞬で真後ろに移動して私に触れた。歓喜にも似た気味の悪い笑みを浮かべ、ギラヒムは手を広げる。
 ファイが危険だと忠告してくれたのに、元の姿のまま進んでしまっていたためか、ひと目で神託の巫女だと知られてしまったらしい。



 リンクがゼルダから女神のハープを渡された。怪訝な顔で眺めている。

「わ、綺麗な音色が出るものだね。寝そう」
「えへへ。こういうのは、得意なんだ」

 扱い方がわからないでいたリンクに、ハープを弾いてみせれば、とてもよろこんでくれた。



 終焉の者。
 大きな化け物の姿をしたそれを見た。リンクがバドくんと協力してどうにか封印しなおしてくれたけれど、それももう意味が無さそうなほど弱い封印だった。リンクの力不足じゃない。根本的なところが崩れかかっている。
 わたしはこの封印を知っている。あの印を。
 忘れていたことを思い出しそうになって、頭が痛くなった。

?顔色悪いけど大丈夫?」
「……だいじょうぶ」
「あの化け物が怖かったんだろ」
「それもそうか。怖かったねぇ。でもあの指みたいなのブヨブヨして跳ねると楽しそうだったよ」
「跳ねると楽しそうだったよじゃねんだよ馬鹿リンク。実際撥ねられてんだろうが。肝が冷えたぜ」
「なんか衝撃波出すんだよ。危うく蹴鞠になるとこだっ…ごめんごめん大丈夫だから。かすり傷だから」
「泣かせてんじゃねえよ。安心しな。このバド様が力を貸してやってんだから」

 バドが短期間で設置したというバクダンを投げる設備はたしかに目を瞠るものがある。
 力強く胸を張るバドに、わたしは少し笑った。



 ゼルダを追うため、展望の神殿にある時の扉を起動させないといけない。
 私が通る際には、おそらくインパが、あちら側から仕掛けを動かしてくれたのだろう。けれどこちらから通るには、こちらから起動させないといけないようだ。
 そのために女神の剣をパワーアップさせないといけない。そしてそのためには、リンク自身が成長しないといけない。…らしい。
 情報を集めるために、リンクは大空へ戻る。見送ろうとしたら手を繋がれ、一緒に大空へと打ち上げられた。

「口閉じて、舌噛むよ」
「う…、う…」
「大丈夫大丈夫。僕がいるからね」
「…マスターは時折油断し、足を滑らせ墜落しますが、天空では全てのものが移動手段として大型の鳥ロフトバードを乗りこなしています。
 その中に多数の、墜落した島民を救う騎士がいますので、ご安心ください、巫女」
「それ逆に心配になっちゃうんじゃ?やめてファイ」

 赤い鳥。リンクだけのロフトバード。
 リンクが指笛を鳴らすと颯爽と現れて、私たちを背に乗せてくれた。
 風が気持ちよくて、陽気が暖かくて。

「……」
「……リンク?どうかした?」
「……そういえば、ファイ。は今もう幼い方の姿になっておいたほうがいいよね」
「天空にギラヒムらが移動する手段はありませんので、巫女の判断に任せます」
「そっか。じゃあ、幼い方の姿になろう」
「へ?」
「えーとねー、ロフトバードが二人は重いって」
「マイマスター、巫女はゼルダ様より背丈が小さく必要以上に痩せています。その分容量も」
「ファイ、ゼルダのほうが重いなんて言っちゃ駄目だよ」
「………イエス、マイマスター」
「そういうわけだから、
「わ、わかった。ごめんね鳥さん」

 羽毛を撫でれば、一声鳴いた。平気、と言ってくれたような気がした。



 女神の剣を強くするために、リンクの心の成長をさせる、サイレンという試練。
 精神世界に入り込み、一撃で破壊してくる使者から隠れ逃げながら、女神の力を探し回るものだという。
 一度失敗して戻ってきたリンクは、とてもこわい顔をしていた。

「…っ、…………っ」
「リンク、大丈夫…?」
「……え。あ、うん。大丈夫。大丈夫…」
「試練は精神的負荷を与え成長を促すものです。マスターの心が折れるまで、何度でも挑戦出来ます」
「わかってる!」

 穏やかな彼が語気を荒げて返す。

「……ごめん、怖がらせちゃったね。大丈夫だよ」
「…いで…」
「うん?」
「大丈夫じゃないくせに、大丈夫なんて言わないで」
「……?どうし…」

 知っている。大丈夫じゃないのに、大丈夫と微笑む顔。その裏では、たくさんの血を流しているくせに、私には優しい顔しか見せない。

「………ごめん。大丈夫じゃないけど、でも頑張らないといけないから、大丈夫って言うしかないんだ」

 笑みを消して、視線を逸らして。
 行ってくるね、とリンクは一人サイレンへと旅立っていった。



 サイレンから戻ってきたリンクは、さすがに疲れた顔をしていた。

「……、」
「大丈夫。のために、僕はちゃんと戻ってくるよ」
「…ごめんなさい。リンクも、頑張ってるのに…」
「いいよ。が笑ってくれるなら」
「…え…?」
「笑って。神託の巫女っていうのは、色々悩むことかもしれないけど。僕は君に笑ってほしいし、君を狙うものがあるなら手ずから切り払いたいと思う。君が笑ってくれるなら、いくらでも勇気が湧いてくるし、いくらでも頑張れる。だから、ね?」

 私の頬を撫でながら、リンクは微笑んだ。
 つられるように笑うと、リンクはそっと顔を近づける。

「……っ、……!?」
「あはは、可愛い。それ今日のご褒美ね!もっと頑張ってもっといいご褒美貰うから」
「えっ…え…!?」
「…巫女。マスターが申し訳ありません。ですがその褒美によってマスターのやる気の向上率八十パーセント」

 真面目に言っているファイが少し面白かった。



 無事みっつのサイレンを終え、リンクは時の扉を起動させた。私もうしろをついていく。
 そこでは若い姿のインパと、ゼルダが待っていた。ゼルダの持つ雰囲気は、あの時の神殿で見た時と全く違っていて。
 私の知っている─女神様のよう。
 ゼルダは間違いなく、女神様の生まれ変わりだった。
 …巫女としての役目から逃げた私の代わりに、神々の遺産─トライフォースを、扱うために、人になったのだ。女神として持つ力を捨てて。

「私が…私が、本来担うべき…役目です、ハイリア様。私は…本当は…!」

 ゼルダは時の扉の向こう、リンクたちの時代まで封印を保たせるために、これから眠りにつくのだという。
 …あの場所から目覚めてはいけなかった。ゼルダが向かおうとしている場所は、私が目覚めた場所だ。
 それは、つまり。
 私が。本来、封印を押し留める楔だった。

「いいえ。貴女がたとえあの時心折れておらずとも、せいぜい助力を頼む程度のつもりでした。
 だって貴女はあの時まで、確かに終焉の者を封じてくれていた。
 ……私は…ハイリアは、貴女に頼りすぎていたのです。それに……─いえ、どちらにせよ。
 貴女には、彼と共に、心を癒やし…選ばれた魂を、リンクを導いてほしい。
 ……結局貴女に頼ってしまっているわ。本当にごめんなさい」
「そんな…っ。リンク、リンクはいいの?」
「………僕は……どちらかがやらなくちゃいけないっていうなら、やりたい方がやればいい。僕はそこに関係ない。代わってやれない」
「…っ」
「僕は、どちらが眠りにつこうと、向こうで終焉の者を倒すのが仕事だ。そのための準備が整ってない。だからゼルダが封印の維持をするんだよね」
「そのとおりです」
「終わったら、目覚める?」
「ええ。……無事に、事が済めば、ですが」
「なら。ゼルダがやるっていうなら、そうするといい。
 それに、が目覚めたってことは、何か他にやるべきことがあるんじゃないかな」

 言葉を失う。
 だってリンクは、そもそもゼルダを追って─。

「いってらっしゃい、ゼルダ。君が眠りについた後は、僕が踏ん張るよ」
「…ええ。よろしくね、リンク」

 封印のための眠りにつくゼルダへ駆け寄ろうとした私を、リンクが押し留める。

「……インパ、。まず、がここで目覚めるに至るまでの話から、全部聞かせてくれる?」



 インパが、私の生い立ちを話してくれた。
 幼い頃から女神に仕えた巫女。
 神殿の巫女長となり、ある日、魔王が訪れる神託を受けた。
 民はそれを嘘と断じ、意見を共にした勇者と鎖に繋いだ。
 期間はおおよそ三年。捕物の際怪我を負ったこともあり、巫女はかなり疲弊した。
 それらを先導した者が魔王に殺され、実際に魔王が現れたことで、神託の真偽はあらためられたが─巫女の心は折れていた。
 それでも勇者はその力を民のため、一人魔王に立ち向かう。
 そこへ女神ハイリアが降臨し、女神の剣を授けた。同時に巫女の死を知り、時の神殿へと納めた。

「……ふぅん……」
「……ごめん、なさい、リンク。私…私の、せいで」
「え、なんで?があそこで寝てなかったらもっと大変なことになってたんだろ。
 で、僕と出会うために目覚めた」
「…怒らないの?」
「なんで。怖かったんなら仕方ないよ。か弱い女の子を守りきれなかったその勇者が悪い。
 …大丈夫。今度は僕が、必ず君を守るよ」

 優しく、それでいて力強く、リンクは頭を撫でてくれた。



 君の役目を教えてあげる。
 不思議な声に呼ばれて、寝ているリンクを置いて一人出かけた。
 その時は、トライフォースを得るため、各地の龍に話を聞いている途中だった。

「…あなた……は……」
「私はギラヒム。神託の巫女、貴女に会えて光栄です」

 白髪の男は紳士的に礼をした。
 確か、ゼルダを狙っていた─魔族長、とかいう。

「素直な方でよかった。巫女という役目を降りた悪女と聞いていたので、私の声も聞こえないかと」
「……何の、用」

 おそらく逃げようとしても逃げられない。真意を探ろうと話を続ける。
 ギラヒムは目を細め、ニヤリと笑う。

「君は巫女だ。本来勇者とともに立ち並び魔王様と戦い敗れる役目を負った巫女。
 しかし君がそうしてそこにいるということが、その役目から無様にも逃げ、魔王様と戦うことを勇者一人に押し付けた悪女という証だ」
「……っ」
「ならば。
 君を魔王様に捧げれば、今度は簡単に封印などしえない力を得られるのではないかと思いましてね。
 それに、勇者を名乗る小僧…失礼、少年と結託して、魔王様の気を損ねられても迷惑だ」

 ギラヒムはどこからか黒い剣を取り出し私に向ける。
 一歩後退った。ギラヒムは余裕の笑みで、ゆっくりと近付いて来た。
 振りかぶられた剣に目をつぶる。…が、すぐに痛みは来なかった。
 代わりに、首筋に生暖かい感触が這う。

「……よくよく考えれば。
 今殺すよりも魔王様の御前に差し出した方が、魔王様にお喜びいただけそうだ」
「ひゃ…っ!?」
「若い女…魔王様に屈した、憎き女神の巫女…」
「離し…っん…っ」
「そうだ!ははははは!」
「──を、離せ」

 強い力で羽交い締めにされ、ギラヒムの長い舌が味見とばかりに肌を滑っていた時、声が聞こえた。
 いつもよりずっと低い声で怖い顔をしたリンクが、マスターソードを携えて、ギラヒムに斬りかかっていた。



 ………………リンクは、とても、その………。
 ………優し、かった。



 トライフォース。終焉の者を倒すため、次はそれを手に入れることになった。
 再び大空へと向かい、情報を集める。
 勇者の詩。苦労して調べたものだったけれど。

「……私が、つくった…詩…」
「え?」
「あっ、ごめんなさい、その…」
「マスター。巫女は永き眠りによって記憶が欠落しています」
「あ、そうか。…じゃあ、。目一杯心込めて歌ってね」

 頷く。
 リンクが無事旅を終えられますように。
 するとまた、サイレンへの道が開く。



 大空でのサイレンから帰ると、リンクは一目散に私へ駆け寄って、強く抱きしめた。
 怖かったぁ、と冗談のように笑って。

「ごほうびちょうだいね」
「ぅえっ?…っん、ん…っ」
「…マスター。人目がありますので、自重してください」
「ご褒美くらいいいじゃん」

 たくさんの、口づけをされて。
 恥ずかしかったけど。
 嬉しかった。



 神々の遺産トライフォースに、リンクは魔王の─終焉の者の消滅を願った。
 無事願いは叶えられ、あの封印の地にて漏れ出ていた禍々しいものは消えていて。ゼルダも、あの場所から解放された。
 …けれど。
 時を遡れる扉。ギラヒムに、それが見つかってしまった。ギラヒムはまだ足元の覚束ないゼルダを攫い、時の扉で過去へと向かった。まだトライフォースの願いが及んでいない時代で、終焉の者を復活させるのだと、高らかに叫んで。
 慌てて追おうとして、リンクは私を押し留めた。バドくんに目配せをしてまで。

「…っどうして、」
「…ちょっと、自信ないから。情けないとこ、見せたくない。バド、を頼む」
「……おお…」

 怒りを抑えた顔で、リンクは時の扉をくぐる。
 私はただただ、やるせなさで胸が一杯だった。

「…リンクのヤロウはああ言ってたけどよ。向こうじゃ何があるかわからねえ。あの言い方は、万が一負けちまった時に、こっちで俺たちになんとかしろ、って言ってるようなもんだ」
「……っ」
「泣くんじゃねえ!…まぁ聞け。
 アイツが失敗したって、俺がいりゃあなんとかしてみせるけどよ。
 それじゃ遅い。万が一もあっちゃいけねえよな」
「………?」
「だから俺様は、アイツを援護するために、行ってやらなきゃならねえ。リンクが勇者だろうと、一人でなんでも出来るわけじゃねえんだ。俺と同じ…、まだガキだからよ」
「………」
「でもどうやって援護する?向こうじゃ俺様が設置したレールなんざ影も形もねえ。
 そこでお前だ、
「わた…し」
「お前にゃ何が出来る?リンクのためによ。追いかけるのは、それがハッキリしてからじゃねえと、足手まといになる」

 ─そんなバドくんの言葉が胸に落ちる。
 ぎゅっと唇を噛み締めて、零れそうだった涙を拭って。
 私は、時の扉へと向いた。



 空へと投げ飛ばされたゼルダを、バドくんが全力疾走し受け止めた。
 ほっと胸を撫で降ろしていると、私の存在に気づいたらしいリンクが眉尻をつり上げた。ギラヒムと戦っていて、言葉を向ける余裕はないようだったけれど。
 私が、リンクのために何が出来るか。

「……戦いへ赴く勇者へ贈る、加護の唄を──!」

 予言は、女神様から授かっていたものだけれど。
 戦士たちへ捧げる唄は、加護は、確かに私のものだ。
 もし、たとえ、それがまやかしだったとしても。
 きっと何かの役に立つと願って、旋律を紡いだ。



「勝ったよ。もう…大丈夫」

 あのきれいな緑衣をボロボロにして、リンクは終焉の者との戦いから還って来た。サイレンの時よりも、心身共に疲れ果てた、今にも倒れてしまいそうな様子だ。

「あ。
 …ほら、泣かないで。頑張って帰って来たんだから、笑顔でおかえりって言うとこだろ」
「……っ、……おかえり…っなさい……っ!」
「うん。ただいま、。泣き顔なのは嬉し泣きってことで多目に見てあげる。ご褒美ちょうだい」
「ふぇっ、……っ」
「涙止まった?」

 したり顔で言うリンクがなんだかおかしくて笑ってしまえば、リンクも、バドも、ゼルダも、インパも、肩の力が抜けたように笑い出した。
 ……別れの、時だ。

「じゃあ、帰ろうか」

 そう言って時の扉を向くのは、リンクとバドとゼルダの三人だけ。
 私とインパは、後方で彼らを見つめていた。
 不思議そうに、不安そうに振り向く彼らに、インパは首を振る。私も。

「私は、インパと同じ…こちらの人間だから。一緒には、いけない」
「は?」
「リンク。今までほんとうに楽しかった。…嬉しかった。ありがとう」
「はぁ?」
「…えっと…。私は…」

 やれやれとばかりに頭を掻いて、リンクはこちらへ近付いた。
 優しく微笑んで手を差し伸べる。

「一緒に行こう、
「私…」
「僕は君と一緒じゃなきゃ帰らない。
 僕は向こうで君と出会ったんだ。ゼルダと、君と。僕は結構欲張りだから、どちらか一方なんて嫌だ」
「…でも」
「君はもう、役目を終えたんでしょ。なら、もう自由にしていいんだ」

 そう言って、私の手を握りしめ、隣に立っていたインパを一瞥する。インパはふんと鼻を鳴らして、好きにしろ、と口にした。
 彼の後ろで共に帰還しようとしていたゼルダたちは、各々嬉しそうに、照れくさそうに笑っていた。






 ぱたり、古紙を閉じる。
 巫女が─が恋焦がれた、空の勇者の話。

「………、」

 読み始めて少しした頃、とゼルダが帰って来て、による朗読に切り替わっていた。
 ゼルダとラサムは巫女と勇者の話に半分泣きながらも拍手をしているし、は終わった途端呆然としながらぽろぽろと泣き始めた。

、大丈夫?」
「……忘れてた…」
「うん?」
「リンクが傷つく場面ばかりで…こんなに…笑って、いたのを…っ」

 古紙を優しく抱きしめて、は静かに涙する。その頭をゆるく撫でていれば、ふとこちらを見上げた。気まずそうな顔をしている。

「あの…リンク、」
「謝るのはナシ」
「………、」
「…俺も、君を悲しませてばかりいたわけじゃないってわかって、よかった」

 ゼルダやラサムたちがいるのも気にせずに、強く強く抱きしめた。





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