☆intro



 


 特異点反応を観測し、その異常性と緊急性からレイシフトを開始した。同行してくれたのは、ラジェルと祈紗の二人だ。辿り着いた場所はさしたる異変もなさそうな森の中。木々の間の遠くに見える街は、それなりに活気がある賑やかな様子だ。
 到着地点から少し歩いて、比較的龍脈を感じられる場所を拠点に、ラジェルは簡単な隠匿と人避けの結界を張り、その間祈紗は街へ情報収集に向かっていた。その祈紗がどこか難しい顔で戻ってくると、街を一瞥し肩を竦めた。

「一つの情報で大体のことが読み取れたわ」
「勿体ぶってないでさっさと話しなさいな」
「この国の王が暗殺されている。次期王候補はいない―
 その王の名は、ドゥムヤ・アンビシオン」

 眼鏡を微調整しながら答える祈紗に、ラジェルはなるほどと息をついた。置いてけぼりで二人が納得しているのに待ったをかける。
 ドゥムヤ・アンビシオン―カルデアにいるサーヴァントの一人だ。今までの特異点でも何度かお世話になった、エクストラクラス・プリーストのサーヴァント。その出自は、謎の多いラトウィッジという著者によるファンタジー小説に出てくる王様だ。特異点で出会って存在を知り、彼をカルデアに呼ぶに当たって読んだのは一冊だけで翻訳やらを重ねる度に色々話が違うと言うが、しかし出てくるそのドゥムヤ王は、暗殺ではなく悪い魔女によって国民が動く屍と化し、それを滅すると共に命を落としたはずだ。
 そんな思案を感じたのか、ラジェルは視線を泳がせながらも一つ声を落とす。

「ドゥムヤ王の統治したドゥシュヤレハという国は、過去確かに存在した国ですよ」
「あなたは魔術師じゃないから知らないのね。ラトウィッジの著作とされているドゥムヤの物語、今では古い古い名作とされているけれど、魔術師界隈では、その原典を読み解いていくにつれ、これは実際の話ではないかとまことしやかに噂されているわ」
「でもホームズみたいにさ、物語の人物が名声を集めてサーヴァントとして召喚されるってことはあるし」
『たしかにあの著作は、魔術師界隈では実在を疑われたファンタジー小説だ。
しかし"実際にその名のサーヴァントが召喚された"ことは、実在したかどうかの証明にはならない。創作小説の登場人物として有名なホームズや教授がわかりやすい例だろう。
ではラジェル、実在したと断言できる理由を教えてくれ』

 拠点として成立させたおかげで、カルデアとの通信が繋がっている。静かに話を聞いていたダ・ヴィンチが、状況を落ち着かせるように代表してそう問うた。

「わたくしの生前―アーサー王伝説のあった時代よりも数百年前。詳しい年数まではわかりませんけれど…一夜にして、地図から消えた国があります。わたくしたちアーサー王伝説の人物さえ、現代では実在したという証明はできないのだから、土地さえ残っていない国など想像上のものと判断するでしょう。…なんで生前よりさらに数百年前のことが断言できるのか、は聞かないでくださいね。長生きだから、としか言えません」
『ふむ。私の頃にも、あの物語については喧々諤々の勢いだった。それほど謎が多く情報の少ないものだったからね。さて―しかしドゥムヤが暗殺か。物語の中でも、スラムの少年が暗殺に赴いたことはあったはずだけれど』
「あの少年が暗殺に成功したのなら、少年はそれを触れ回るのではないかしら。ちらりと見ただけでも、街にそういう意味での歓喜はなかったわ」

 特異点として観測されるに至ったのは、滅びの時を迎えていない状況でドゥムヤが命を落としたことに他ならないだろう。ならば何故そうなったのか―暗殺が成功したのは、聖杯の後押しだったのか。ならばその聖杯の持ち主は誰なのか。
 目的が定まらないながら、改めて調査を開始することになった。特異点の聖杯に召喚された野良のサーヴァントか、現地で事情を話しても大丈夫そうな協力者が現れてくれればいいのだが。

『とはいえ何から調査するのか、ですが…』
「まずは無難に街の人間に話を聞いて、今が物語上のいつなのかを判断するべきでしょう。物語の通りならば、魔女の薬により死が蔓延る。しかしそれを浄化する者がいない。であれば、我々がこれを収めなくてはなりません。その方法も探す必要がありますね」
『こちらでも対策できそうな聖人系サーヴァントを見繕い意見を聞いておくよ』
「当然です。それから魔力反応の観測値を見て聖杯そのものの探索。現状目的だって動けることはこれくらいでしょう」

 魔力の探知はカルデアに任せることとし、一行は街へと情報収集へ向かった。

§


 活気あふれる街へ入る。どうやらラジェルが認識阻害の魔術を使っているらしく、風景に似合わない様相でも特に違和感なく受け入れられている。
 その結果得られた情報は、王が暗殺されたと国民に知らされてから入国制限がかかっていること、偉大なる先王が姿を見せないこと。時期に関しては、前提とされる状況の時代考証がそもそも定かで無いため要領を得なかった。しかし暗殺事件は前にもあった、という証言から、スラムの少年による暗殺は起こった後のようだ。

「さしたる情報は得られませんでしたね。レオナルド女史、魔力反応の観測は?」
『疑いがある大きな魔力反応は二つ。魔女が潜むとされる森の中心と、目下謎の残る王宮だ』
「考えの至る上でも、その二つのどちらに聖杯が持ち込まれていても不思議はないわね。さて、どちらから調べるか」

 街の端に大きくそびえ立つ王宮。街の人の話では、王宮に務める人は殆どが王宮内にて過ごし、そこで起きたことは家族であろうと知ることはなく、食料でさえ一部のものは専属の農耕師が庭で育てているという、あまりにも秘密の多い場所のようだ。
 ラジェルが何か口にしようとしたところで、一つの人影が迫った。真っ先に反応し警戒を見せ、その人影に視線を向ける―立っていた男はヴァイオリンにも似た剣を片手に、和やかな表情で男を奏でていた。視線が絡むと手を止め、仰々しく一礼する。魔術による認識阻害は、こちらが話しかけない限り意にも介されないはずだ。ただしそれは魔術への対抗力のない者に限る―つまりこの男は、何かしら魔術に関わりがある人物と断定できる。

「ああいや、君たちに害する気はない。ただ話を聞いていて気になったもので」
「…それで?わたくしたちに何の用でしょう」
「王宮に用があるのなら随伴させて頂けないかと思ってね。王と謁見する予約があったのだが、暗殺騒ぎで関係者以外立ち入り禁止と来た。当分の生活費を貰えなくては、外の国へ遊び歩けなくなってしまう」

 軽い調子を崩さない男に眉をひそめ、ラジェルは一行を一瞥するとひとまず警戒の構えを解いた。

「ああ―失礼。私はトルヴェール。トルヴェール・ラトウィッジ。しがない吟遊詩人さ」
「――…貴方が、かのラトウィッジ」
「おや、私を知っているのか。有名になったものだ」
「ええ、多少は。そう、わたくしたちもこの国の王に用があって遥々参ったのですが、暗殺されたと聞いて…どうしたものかと思っていたところなのです」

 そう繕えば、トルヴェールは「おや」と声を漏らす。王宮に忍び込もうとする怪しげな旅団というわけではないのか―そう小さく呟いた彼の瞳は、ラジェルたちを値踏みしているようでもあった。

「まぁ、いいか。君たちみたいにあからさまに怪しい連中でも、あのドゥムヤを殺すなんて無理だろうしね。しかし、さて―ううん、ならばなんでヤツは安易に暗殺などされたのかな」
「…ラジェル、どうするの?ラトウィッジ…って、あの?」

 王宮を一瞥してこちらを無視するかのように考え込むトルヴェールを見て、ひそひそと密談を交わす。「現状一番情報を知っている可能性はあるわね」祈紗の言葉に、ラジェルは改めて男を見上げた。簡易なものとはいえ周りの人間を欺けた隠蔽魔術を看破した彼に、改めて同類の魔術を施すには危険が多い。したらばどうしたものか―

「色々考えを巡らせるのは面倒だわ。貴方が思う限りで、この国でおかしい事が起きなかった?」
「ちょっと、祈紗…」
「―君たちを除いて、となるとやはり王の暗殺じゃないかな。民や他国には暗君と罵られてはいるが、実際に相対したことがあるならばわかるだろう?」
「そうね、あの男が暗殺されるとか、笑い話にもならないわ。誰が暗殺したか知ってる?」
「知らないねぇ。ドゥムヤを殺すのは私にも難しい。だから魔術なんて使ってる君たちを怪しんで、こうして話しかけたわけだけど」

 誤魔化そうとしない祈紗の言葉に若干の困惑を見せながら、トルヴェールは素直に答えた。

「なら、私たちの他に見慣れない人がいたとか」
「私も今回ここへ来たのは昨日の遅くでね。今朝事情を飲み込んで調べ回ろうと思っていたところなんだ」
「最初の不審人物への遭遇は、我々が初めて…と。マスター」

 この男を仲間に引き入れてもよいか。ラジェルが視線でそう告げ、答えるように頷き返す。それほど情報を持たなくとも、周知されている王の知り合いがいれば調査しやすいこともあるだろう。

「ではトルヴェール。貴方も、暗殺犯の捕縛に協力いただけませんか?」
「…それを先王にでも命令されたのかい?」
「いいえ。ですがこの暗殺犯、わたくし達が追う貴重な物を持ち潜んでいるかもしれないのです」

 こちらを一瞥したトルヴェールは、もう一度王宮を見上げてため息をつく。下ろしていた剣を持ち上げ、ヴァイオリンのように構えて再び音を奏で始めた。どこか哀愁を感じさせる旋律に、街の人間も足を止めて聞き入っている。

「王に、この弔いの唄を捧げよう。―…ドゥムヤを殺すような奴を捕まえるとなると、相当な武力を持たないと難しい。見たところあまり君達にも期待できるかは怪しいが、僕一人よりは遥かにマシだろう」

 演奏を終え拍手を向ける街人に礼をして、トルヴェールはそう語った。








 

 トルヴェールと手を組む事となり、改めて彼の立場で王宮に入れないかと模索したものの門番は首を縦に振らなかった。宮廷楽師は関係者に含まれないらしい。

「今までの王宮はどんなものだったの?」

 街でひとまずの食料を調達しながら、祈紗はトルヴェールに問う。
 後世に語られる編纂された物語では、王宮の中はひどく陰鬱としていて、先王ばかりが私服を肥やしていたとされるものが多い。ラトウィッジの原典では、王の理解者はいなかったと描かれていたからだろうが―

「先王は完全に、民衆向けのデコイとして利用されていたね。私も食客として迎えられるまでは、なんというかわざとらしいくらいに先王がよく喋って好き放題、って印象を持たされたけど…通い詰めると取り繕うのも面倒になったのか、先王は奥の部屋で軟禁同然、兵士も見事な統率っぷりだったよ」
「そこまで統率がとれているのなら、尚更…門番も怪我を負った様子はありませんし、ますます暗殺という事自体が怪しく見えますね」

 先王が斥けられ、王を守ろうとする兵士が確かにいるのなら。剣の腕があるドゥムヤを殺す事の難易度もそうだが、兵士を突破するのも至難のはずだ。

「暗殺犯が捕らえられたという話は聞きませんし、事を終えた後に易々逃がしたのでしょうか。この国の兵士の精度は?」
「戦争ではドゥムヤが先陣切ってさっさと大将首獲ってくるから、個人個人の武力はどうかなぁ。でも陣形を組んで籠城とか防衛とか、そういうのはドゥムヤが出たことはなかったかな」

 兵士は守りに特化し、隊列での大型獣の討伐なんかは難なく可能。記憶を反芻しながら語るトルヴェールに、ラジェルは思案しながら頷いた。

「となると、暗殺犯は王宮の者かもしれませんね」
「ドゥムヤの不意を突ける親しい人物ってこと?」
「……ところで君達こそ、随分ドゥムヤと親しげだけど…どういう知り合い?」

 殺人事件ならば探偵の出番だが、トルヴェールの前ではおいそれとカルデアと通信をすることもできない。しかしそこは頭脳派の一角であるラジェルや祈紗が―祈紗はあまり口出ししないが―いるので比較的容易に話が纏まっていく。
 気軽に名を呼んだからか、トルヴェールは訝しげに首を傾げた。確かに年若い女が知ったような風に馴れ馴れしく一国の王の名を口にしていれば、怪しくもあるだろう。まさか未来でサーヴァントとして召喚しています、などと言えるはずもなく思わず口ごもる。

「とある縁で、ヤツと一緒に戦ったことがあるの」
「戦いねぇ…ドゥシュヤレハがどこかと同盟を組んだというのは聞いたことないけど、流れの冒険者かな。まぁ、今は言及しないよ」
「どうもありがとう。さて…日も傾いてきました。ひとまずわたくしたちは拠点に戻りますが、貴方はどうされますか?」
「拠点ってどこかの宿かい?僕は王に許可を貰って国一番の宿をとっているけれど」
「お恥ずかしながら野営です。この国の通貨を持っていないもので」

 ふぅん、と視線を外したトルヴェールは、終始こちらを怪しんでいるらしい。しかしラジェルがなんてことはないように流し、一時トルヴェールと別れを告げた。

「現状王宮に忍び込む手法がない今、次にできるのは森の魔女を探すことかしら」
「そうですね…普通の魔術師であるならば、結界を張っていたとしても破れる可能性はあります。ただ逆に言えば、潜む場所が完全に工房と成っていれば、ただ剣を向け合うだけで済むとも思いません。ですがナビゲーターもおらず手がかりもない八方塞がりの状況では、多少危険を冒してでも調査していかなくてはなりません。わたくしか祈紗がゴーレムや使い魔術に一家言あればよかったのですけれど」
「私はそもそもあっちでの審問から逃げるためにレイシフトに着いてきたのよ。正直言って何か手を出すつもりはないわ」
「手を出すつもりがない、ではなく、出せる手がない、でしょう」

 呆れ顔のラジェルは肩を竦めながら、二人には拠点で朝まで休息を取ること、自らは森の探索を進めることを提案した。もちろん一度制止をかけはしたが、ラジェルの言葉にまともに口を挟めるわけもなく、さらには休みたい意思の強い祈紗の文句もあって彼女を見送ることになった。
 拠点の結界が万一にでも解除されたりした場合は、ラジェルが危機に陥ったとして行動してほしい、と念を押され不安が募るが、決して死地に行くわけではないと苦笑されてしまった。―元々ラジェルは例え見目が幼かろうと、その精神は大人…本人の談では神の一端でもあるようだから、本当に心配はいらないのだろうけれど。

§


 うとうとと船を漕ぎ出した頃。すでに祈紗は木を背に寝息を立てていた。見張りなどは不要だと言われたが、それでもなんとなく眠れなくて起きていたのだが、それも限界らしい。そんな時、がさりと周りの木陰が動いた音がした。思わず肩を揺らして視線を向けるが、隠蔽魔術結界があることを思い出し口を塞ぐ。下手に動いて物音を立てれば勘のいい者には気づかれるかも知れないと注意を受けている。火は消しているし、声を出さなければやり過ごせるだろう。
 少年はきょろきょろと辺りを警戒しながら、手に持つ短剣で落ちている木枝を短く整えながら拾い集めている。そんな中で時折、ちらちらと視線がこちらに向けられている気がして、嫌な汗が背に伝う。

「…誰か入っていくのを見たんだけどな…。
森の巫女がいる森に入っていくヤツなんて、俺以外はよそ者しかいないはずだ…巫女を怒らせる前に、連れ戻しておきたかったんだけど」
「(森の巫女…?)」
「ドゥムヤが暗殺された、なんて。周りのやつは、戦ばかりしてるやつがいなくなってせいせいした、なんて言ってたけど…ドゥムヤはそんな奴じゃないのに。狩りの方法だって、孤児を狙う悪党の倒し方だって…ただ蔑まれていた俺たちを、奴隷という身分を無くして全員王宮仕えにしてくれたのはドゥムヤなのに。なのになんで俺たちは蚊帳の外なんだ。俺だって、暗殺者を倒すことはできなくても、誰かを突き止めるくらい…!」

 独りごちる少年は、手に持つ枝がミシミシと音を立てて折れるほどに強く拳を握った。酷く悔しそうな表情で葉を噛み締めている。

「…貴方達が今王宮から閉め出されている、その指示を出したのは誰?」
「!? 誰だ!」
「ちょ、祈紗さん!」

 眠っていると思っていた祈紗が、いつの間にか立ち上がって結界の外へと出て少年に声を掛ける。「貴方はそこにいなさい」と短く言われ、仕方なくその場に留まった。

「私が誰かはどうでもいいわ。敵じゃない、強いて言うなら暗殺者を捕らえたいと思っている者」
「な、」
「いいから質問に答えて頂戴。王宮の中はドゥムヤが支配していた。そのドゥムヤが贔屓にしていたという貴方達を、王宮から切り捨てる指示を出したのは誰?」
「ど、どういう意味だよ。王であるドゥムヤがいないんなら、指揮をするのは参謀に決まってるだろう」
「参謀…側近のロイ・グスターヴァス?」

 眼鏡の位置を直しながらの問いに、少年は頷いた。それを見て考え込む祈紗に、少年は怪訝な目を向けている。それに気づいたのか、わずかに手を伸ばして―おそらく何らかの魔術を使用しようとして、その手を止めた。

「貴方、もしかして過去ドゥムヤを暗殺しようとした子供?」
「な、なんだよ…何しようとしたんだよ」
「いいから答えて」
「…そうだよ。見事に失敗したけどな」
「ならその時、どうやってドゥムヤの元まで忍び込めたの?」

 問いに、少年は唇を噛み締めて「なんでそんなこと言わなくちゃいけないんだよ」と短剣を握り閉めた。そんな反応に、祈紗はわざとらしいほどにため息をついて、眼鏡の奥で目を細めた。

「いいのよ、別に答えなくても。でもそうね…残念だわ。私だって荒っぽい手は使いたくないわ」
「…っ!」

 付き合いのある者からすれば、祈紗が悪い人でないことは確かなのだが。元来の性質なのか、彼女は"そういう"態度でいることが基本なのもまた確かだ。固唾を飲んで見守っていると少年は握った短剣を祈紗に向ける。しかしそれで攻撃するでもなく、祈紗と睨み合っていた。さながら蛇と蛙。しばらくそうしていると少年は意を決したのか構えを解き、短剣を下ろした。

「言えるわけないだろ。お前たちがその暗殺犯じゃないと決まったわけじゃないのに」
「へぇ?」
「白い肌に白い髪。おまけに魔術で姿を隠していたんだろ。そんな怪しいヤツに、王宮の忍び込み方なんて言えない。例え…こ、殺されてもだ」
「…なら、その魔術で、貴方に自白させてもよいけれど?」
「脅したって無駄だ!俺は屈しないぞ!」

 少年は祈紗を睨み付ける。ため息をついて、祈紗が眼鏡に手をかけ外そうとする??
 と、その時。突如として森の奥地から夜闇を切り裂くような閃光が迸った。全員が弾かれるようにそちらを向くと、次いで駆け抜ける爆風と爆音に目を塞ぐ。

「な、何が起こったの!?」
『遠くて不確かだが、ラジェルの近くだな。閃光も魔力反応有りだ。少年の持つ情報も惜しいが、すぐに向かってくれ』
「?了解!」

 隙をついて少年はすでに姿を消していた。もし観測の通り先ほどの光が森を探索しに行ったラジェルの近くで起こったものだというならば、ラジェルが危険だ。未だ魔術結界が解除されていないので今は大丈夫かもしれないが、それでも現状カルデアから同行した二人しか味方がいない状況では何かと心許ない。何より過信して彼女を見捨てるわけにもいかない。若干面倒そうにしている祈紗の腕を引っ張って、閃光が起きた場所へと一目散に走り出した。



 

 探知やら警戒やらの魔術を展開しながら森を進む。目指すはこの森に拠点を築く前から察知していた、国土の中でも王宮を除いて一番に魔力が集まっている場所。龍脈と捉えてもいいだろうが、何にせよ魔女がいるとしたら可能性は高いだろう。
 そうしてたどり着いたのは、木々や魔術によって隠蔽が行われている地下洞窟だった。警戒は無くさないまま慎重に奥へ進んでいくと、中は綺麗に整えられた―まごうことなき神殿。規模は小さく控えめながらも華美な装飾は、清潔が保たれ埃も見当たらない。

「来客など、百人に一度もないと聞いたのですが。申し訳ありません、人を招いたことがないので、大した用意もできず」
「―いいえ。こちらこそ、ここに住人がいるとは思っていなかったものですから、とんだご無礼を。わたくしはしがない魔術師です。…貴方は?」
「弊職はこの国の王ドゥムヤの妻にして巫子。マガ・ミルファークと申します。…では、どのようなご用事で参ったのでしょうね。この国に魔術を使える者など弊職以外には側近殿と吟遊詩人殿くらい。つまり貴方はこの国の者ではない」

 足音もなく現れた気配にゆっくりと視線を向ける。浅黒い肌と、鮮やかに紫光りする黒髪。一メートルほどの長さに切り取った枝のような杖、降ろされた瞼。視界を閉じた状態で迷うこと無く足を踏み出し、言葉の少ないラジェルにも気にせず推察を述べている。
 こんなところにいる魔術師の女性となれば確かに、吟遊詩にあった王ドゥムヤの妻、森の魔女マガ・ミルファークなのだろう。

「まぁ…ずいぶん幼い見目の魔術師さんですね。よく一人でここまで来れました」
「幼いのは見た目だけです、心配には及びません。…わたくしは魔術師の"サーヴァント"。この国の異変を感知して参りました」
「サーヴァント、ですか。知らない名称です」

 小首をかしげて思案するが、すぐに首を振る。ラジェルは踏み入った情報を小出しにしながら、その機微をつぶさに観察した。
 ラジェルもこの国の物語は数種頭に入っている。近年では原点と比べてずいぶん改編が激しいが、統一している設定というものはあった。
 無能ながらも王という立場に与えられる強権と威光にしがみついた先王。幼い頃からそれを見て育ち、成人すぐには戦に狂い、戴冠後は先王の言いなりの暗君と国民に罵られ、そんな彼を憂いた側近は謀反を起こし討伐されて―最後には、森の魔女が撒き散らした死の薬に呻く国民を、その聖剣で天へと還す。
 そしてラジェル自身が知っているのは、物語の架空の国とされるドゥシュヤレハは、過去確かに存在していたということ。生前の頃でさえ、各地の吟遊詩人が口伝するお伽噺としてしか広まってはいなかったが―
 思考を中断する。目の前の女性からでも、今得るべき情報を得なければならない。

「わたくしは、未来の時代に一時根を下ろし、そこから遣わされた者です。簡潔に言いますね、この国は近い将来滅亡する。王ドゥムヤの手によって」
「……まぁ…」
「しかしそう至る前に王は暗殺されたと聞きました。でも最期の時に王がいなければ、この国は滅亡できない。"滅亡した"というのが確定事項とされる未来の者にとって、これはとんでもない異常事態なのです」

 口元を抑えて驚いて見せたミルファークは、黙ってラジェルの話を聞いていた。

「それで、弊職に、王宮で何があったのかを聞きに参られたのですね」
「最初は滅亡の一助になったとされるものを調べに来たのですが、本人がいたのなら話は早い」
「……王は死んではいません。過去暗殺があったのは事実ですが、おそらく彼は、その滅亡の時まで膝を折ることはしないでしょう」

 ならば何故国内では王が暗殺されたと広まっているのか。問えば、ミルファークは「王が命じたからです」そう毅然と答えた。怪訝に眉をひそめるラジェルを一瞥すると、また足音もなく移動する。小さなテーブルの傍の椅子に座りもう一つの椅子へとラジェルを案内する。テーブルに紅茶と菓子が用意されるわけではないが、向き合いながら落ち着いて話をしてくれる気になったのだろう、そう判断して警戒はしたままながら素直に腰を掛けた。

「弊職は巫となった時からこの神殿で、国神を祀り、同時に全体の様子を監視して過ごしています。
 一月ほど前、どういうわけか国神が顕現したのです。普段は言葉こそあれあのように姿を持つことなどあり得なかったのに」

 ドゥシュヤレハの国神―真実を見通す目を持つ女神ミサと、罪ある者を罰する荒ぶる男神カリス。ミサは月の、カリスは水面に映る月の神として、同一のものとされるドゥシュヤレハの土着信仰神だ。しかしこの知識も、ラジェルにとっては詳しくない。よほどマイナーな神であっても、神霊であるならばラジェルはおおよそ全て知り得ているはずだが、ミサ=カリスに関しては記憶が曖昧なのだ。おそらくは知れ渡る吟遊詩でも記載は存在を仄めかす程度で、実在していても現代においては物語のものとされ―要は神霊として在るための信仰が消滅したためだとラジェルは認識しているが、なんにせよその実際の権能を把握出来ないのは業腹だ。

「国神ミサ=カリスは二本の足で、意気揚々と王宮へと出向かれました。…その後です、王が暗殺されたとお触れが出たのは。
 弊職は使い魔を飛ばし、何事かと問いました。返事は側近殿から。ミサ=カリスを名乗る男に王が刺され、謎の薬によって先王が異形に変じたと。
 王は刺突など歯牙にもかけませんが、その異形に飲み込まれたと」

 ほう、とひとつ息を吐く。常に瞼に隠されていた瞳が一瞬覗き、すぐにまた仕舞われた。

「…王が取り込まれる刹那、国民にはこの暗殺が成功したことにしろと、国政は通常通りに行えと。そしてあの異形を出さないよう王宮に結界を敷くことを命じました。同時に箝口令も」
「王ドゥムヤは、未だその異形に取り込まれたままだと?」
「姿を見せないということは、そういうことでしょう」
「…貴方はこの離れた場所から、王宮に結界を?」
「いえ、あの結界はミサ=カリスが敷いたようです」

 情報を頭に入れて改めて推察していく。ドゥムヤが飲み込まれたという異形は、薬による成れの果てなの。随分冷静な目の前の女性が不老不死などという甘言に乗るとは思えないが、そういう薬を開発したことは確か―なのだろうか。

「ミサ=カリスが王らに使った薬の出所は?」
「薬なんてとんでもない。あれはおそらくミサ=カリスの心血でしょう。神の血など、普通の人間には毒も同然」
「…貴方は類似するものを持っているのでは?」

 どういう意味でしょう、とミルファークは首を傾げた。

「広まった吟遊詩によれば、この国の滅亡は、貴方の作った死の薬のせいだと、そう言われています」
「死の薬…ですか。あいにく製薬は苦手でして…とんと覚えがありません」

 女の様子にため息をつく。特異点である以上は元から物語の流れなどアテにはならないとわかってはいたが、かといってここまで前提が崩れてくるとなると手に負えない。
 まさか、起こった流れ自体はともかくその事情はトルヴェールの妄想なのではないか。そう判断すれば諦めもつく。ラジェルは開き直って、ミルファークを見やった。

「事情がどうあれ、この国が地図から消えたことは事実で、それはわたくしの知る未来が証明しています。…貴方は、この国が滅ぶなら、何が原因だと思いますか」
「王が心血を注いだ国が滅ぶ…考えたくはありませんが、そうなるならば、やはり原因は弊職でしょうか」

 疑うこともなく、女は答える。

「…そうですか。では最後にもうひとつ。この神殿は、本当に国神を祀るだけの場所ですか?」
「ええ、間違いなく。ここは、国神ミサ=カリスを祀る神殿です。…あら、もう行かれるのですか」
「はい。わたくしとしたことが、敵の領地で長居をしてしまいました」

 椅子から降り背を向けるラジェルに、ミルファークはにやりと口角を釣り上げた。

「弊職の魅了が効かないとは、サーヴァントとはすごいのですね」
「――…」
「今度は弊職から問わせてください。貴殿方は何者ですか。王に何をするつもりです」

 ほとんど隠されていたミルファークの瞳がラジェルを射抜く。臆する事はないが、かといって油断も出来ない鋭い眼光だ。誤解である、そう告げようとした時背筋を這い上がった悪寒に、ミルファークの背後へと視線を向けた。彼女の後ろ、その奥。先の見えない、暗い洞窟の中―何かが、蠢いた。

「まさかこんなに早く…」
「な、にが。この先に…一体!」
「…かくりよでございます」

 かくりよ。幽世―言うならば、死者の国。冥界。ミルファークの答えに眉を潜める。

「この神殿は国神ミサ=カリスを祀る場所。そして地下…かくりよへの道を塞ぐ門。弊職は永きに渡り、その門番をする巫。そしてかの王ドゥムヤは、門を封じるためにミサ=カリスに造られた者。
 …の、はずでした」

 視線を下げ、惜しむように息をついたミルファークは、それでもどこか誇らしげに笑んでいた。

「造られた者と言っても王は間違いなく人間です。しかしミサが用意した、勇敢で聡明な王となるための道筋…王は、その尽くを無視しました」
「……」
「戦でこそ素直に加護を受けていたようですが、ほぼ全ての功を先王や側近殿のものとして国民に伝え、自らは光を浴びずに…故にこそ、王は暗君と蔑まれているのです」

 さて、とミルファークは静かに立ち上がる。

「魔術師殿。貴殿は魔の物に対抗出来るだけの力はありますか?」
「――当然です。あなたこそ」
「弊職は、少なくともあれを相手にするだけの力がなくては、門番など出来ませんよ」

 自らの武器でもある魔本を手の中に顕す。ひたりひたりと這い寄っているなにかに向きなおし、ラジェルは魔術の一節を読み上げた。
 腐敗しながらも蠢く人間のような肉塊。そんなおぞましい光景にも、二人は顔色を変えるでもなく淡々と魔術による炎で燃やしていた。そんな中でラジェルはまた片手間で思考にふける。
 ミサ=カリスについては知らぬことが多く、この国で一般的に知られているということしか調べられなかった。ここがミサ=カリスを祀る神殿であり、そこにかくりよへ繋がる門があるというのなら、ミサ=カリスは冥界と関連のある神なのだろうか。

「おかしい」
「…どうしました」
「普段ならば、数十日に一度、こうして"戻りたがっている"かつての人間が這い上がって来るのですが、前回はたったの五日前。ドゥムヤが暗殺される直前です。何か起こるだろうとは思っていましたが、近しい上に数が多い」

僅かに瞼を押し上げ洞窟の奥を見据える。

「…ミサ=カリスが王宮にいるのなら、影響があるものでは?」
「それにしたって、ということです。ミサ=カリスがここへ祀られてからは、確かにそれまでより減りましたが…元々ミサは関係のなかった事象です」

 王が弊職のために神殿を作り、そこへミサ=カリスがやって来たのです―その説明に、ラジェルは目の前の屍体を一瞥した。
 ミサ=カリスは冥界に関連のある神というわけではないらしい。ただ空と水面の二つの月を象徴する神。月は死を意味する謂われもあるため、あながち外れた推論でもないと思っていたのだが。
 さておき。もしこうして門から蠢く屍が這い出てきて、例えばそれが感染するなり、これが人を襲うなりするのであれば、吟遊詩に語られるような展開になってもおかしくはない。

「…今日の客人はこれで最後のようです。助かりました」
「いえ。いろいろ教えていただきましたから、当然の礼です」

 にこりと微笑んで、今度こそ神殿を去るため踵を返した。しばらく戻って森が見えた頃―再び背筋に走った悪寒に、ラジェルは息を飲んだ。咄嗟に駆け出して急ぎ神殿を飛び出ると同時に、それまで滞在していた神殿は、閃光によって蒸発するかのように粉砕された。

「…!?」

 多少の混乱を見せながら、今度は兄の大剣を顕して地面に突き立てる。万全の策とは言えないが、自らの魔術陣地を展開すれば、強い魔力を感じる閃光の影響を、ある程度は防げるだろうと踏んでのことだ。神殿へそのまま魔術陣地を拡げようとすると、次第に光が収まっていくのを見て、ラジェルは警戒しながらも再び来た道を戻り神殿を―ミルファークを探した。








 

「…っ、……無理」
「祈紗さん!?」
「この距離走るの私には無理だわ…」

 ラジェルがいる近くに起きたという爆発のような光を観測して、森の中を走り向かっていると。祈紗は肩で息をしながらも木に手をついた。サーヴァント相当の力を有しているというだけでサーヴァントではないとはいえ、息も上がっていない一般人マスターよりも疲労を見せている。

『頑張ってくれよ祈紗、ここで君を置いていくことはできないぜ』
「ええ、ええそうね…私もさすがに不甲斐ないと思うわ。けど無理、膝が笑う」

 らしからぬ自身への嘲笑に、通信機越しのダヴィンチも閉口した。息を調えようと肩で呼吸している祈紗は、少しずつ腰を下ろしやがてしゃがみこむ。そんな彼女を気にしながらも、安否がわからないラジェルを心配して先ほどの光があった方へも視線を投げる。
 ―すると。祈紗が突然息を飲んで、こめかみを抑えた。僅かな間のあと、幽鬼のようにゆらりと立ち上がり、酸素不足の青い顔でふらふらと足を進めた。

「もう大丈夫なの?」
「気に食わないけど、そうも言ってられなくなったわ」
『まさか、予知かい?』
「そんな大層なもんじゃないけどね。起こるかもしれないし起こらないかもしれない、明日かもしれないし数年後かもしれない、そんな不確定なものに予知なんて大仰な名称つけたくないわ」
『何を見た?』

 細かいことをつつく祈紗の言葉を知ったことかとばかりにスルーしてダヴィンチが問う。その流しっぷりに息を付きながら、祈紗は垣間見た映像について答えた。

「この森が、燃えている様子よ」


×


 結果から言うと、ミルファークは無事だった。とっさの防護術式で身は守れたが、神殿が崩壊したことには落胆していた。せっかく王が作ってくれた神殿なのに、と。

「先ほどの光の正体は分かりますか」
「門の洞窟奥から放たれたようですが、それ以外のことは。…どうしましょう」

 支えを失って崩れ行く神殿から離れ、落ち着いたところで話を始める。行くあてがないと眉を下げるミルファークに、ラジェルはひとまずカルデア一行に同行することを提案した。ミルファークがこの国を案じ、一般的に知られないことも知るならば、この上ない協力者足り得るだろう。

「しかし弊職は、大事があっても神殿から出るなと王に命じられています」
「引きこもる神殿がないのだから仕方ないでしょう。…いえ」

 それ以前に、命じた王さえ今は。そうは思うが、言うのは野暮というものだろう。崩れた神殿を見て、ラジェルはふむと思案する。

「神殿跡に、わたくしが城を建てましょう」
「…はい?」
「もちろん、神殿以上のサイズにはしません」

 ざくざくと野草を踏み進めながら再度神殿に近付く。剣を突き刺し、本を開いて、ラジェルは何らかの詠唱を始めた。
 疑問符を飛ばすミルファークが駆け寄る。一帯が鈍く光ったと思えば、みるみるうちに瓦礫が修復されるようにひとつの建物が出来上がった。

「すごいのですね、サーヴァントとは」
「わたくしが陣地作成に比較的長けているだけです。では、貴方にこの神殿の権利を一部譲渡いたします。王命通り神殿の門番を。ただ、これからわたくしの仲間を連れて参りますので、しばらくの間は拠点として間借りさせてくださいな」
「貴殿の拵えたものですし、構いませんが…本当に良いのですか?」

 壁に触れて新しい神殿をじっくりと眺める。こんなにも精密に再現していただいて、と瞼を持ち上げながら呟いている。
 喜ばれて悪い気もせず僅かに微笑み、ラジェルは一声かけて神殿を出た。

「ラジェル!大丈夫だった…!?」
「おや、マスター。ええ平気ですよ」

 出て間もないところで、走って来たらしい立香と祈紗に合流する。祈紗は少し遠いが、こちらが遭遇したのを見てあからさまに足を緩めたものの、見える範囲なら問題はないだろう。そんな彼女を気遣うようにしているのがトルヴェールだ。同じくあの閃光を見て森へ、そして途中野獣に教われそうになったところを助けてもらってから一緒に来たようだ。
 何があったのか、と問われ、森の魔女ミルファークに会ったことと彼女の住む神殿に拠点として間借りする許可を得たこと、例の閃光についてはわからないと説明し、踵を返して再び神殿へと戻る。

「そちらは何かありませんでしたか」
「ええと、ドゥムヤを暗殺しようとしたって言う男の子に会ったよ。祈紗さんの考えでは、その子が暗殺をするために使った王宮への侵入通路を知っていると思って色々質問してたんだけど、あの光に驚いているうちに逃げられちゃって」
「…なるほど、そうですか。ひとまずマスターたちは休んでください。朝になってから、また話し合いましょうか」

 神殿にたどり着き、ミルファークは中を見て回っているのか姿が見えなかったが、それでも彼女が用意してくれたのだろう毛布類を祈紗と立香に渡し休息を促す。手持ち無沙汰ながら子守唄代わりにと演奏を始めたトルヴェールを一瞥して、ラジェルもようやく一息ついた。

「マガ・ミルファークが森の巫、というのは、貴方もご存知だったのですか」
「そりゃあ、もちろん。国民は気味悪がって魔女と呼ぶけれど―いや、先王の頃は正に魔女という扱いだったのかな。ドゥムヤが彼女を妻に迎え、国神を祀る神殿を造ったことで、ミルファークは初めて巫という地位を手に入れた。それまでは、何十年も変わらない姿で、森に住む妖精あるいは悪霊なんて認識だったはずだ」
「姿が…変わらない?」
「何なのかは知らないけれどね。人間ではないのだと思うよ」

 ふと建物の奥から近付く気配に視線を向ければ、トルヴェールを見て驚いているミルファークが歩み寄っていた。

「楽士殿、貴殿が彼女たちと一緒に来るとは思いませんでした」
「昼に出会ってね。暗殺犯を捕らえたいと言うから、お互い協力することになったんだ。こちらこそ、君が彼女たちの間借りを許すとはね」
「…王が造ってくれた神殿は、先ほどの光で崩壊してしまいました。今のこれは、そちらのラジェルさんが即席で造り直してくれたものです」

 少し残念そうにしているミルファークの言葉に、トルヴェールはラジェルを見てなるほどねと肩を竦めた。ちょうど演奏も終わったらしく、寝息をたてている二人をしゃがんで確認してから、ラジェルはその隣に腰を下ろした。

「レオナルド女史。聞こえますか」
『…いいのかい?こちらとしては、早いうちに君と情報交換出来るならありがたいが』
「戦力も情報も、わたくしの魔力さえ乏しい今、恥も外聞も言っていられません。すみませんが、わたくしもしばらく魔力回復に務めます」
『なるほど、オーケー。じゃあこちらは彼らに説明だけして、辺りの警戒に勤めるよ』

 よろしくお願いいたします、と呟き、ラジェルは顔を隠して眠りについた。
 突如として聞こえる知らぬ声に、ミルファークたちは当然驚いている。やれやれと息を付きながら、ダヴィンチは通信機越しにカルデアの存在や目的についていくつか説明を始めた。

§


 翌日。ある程度は事情を把握したらしい二人と、それを踏まえた上で情報の交換及び統合、整理を行った。
 場所は中東地域の端、海に接した国ドゥシュヤレハ。西暦200年前後の特異点。
 物語として知られるこの国は実在し、やがて一夜にして地図から消える事件が起こる。そのファクターとなる王ドゥムヤが、事件より前に暗殺されていることが、特異点と成った一番の理由だと仮定。本人を知るトルヴェールたちの印象からしても、常人にドゥムヤを殺すことは至難の技だという。ミルファークによれば、本人の技術も当然ながら、彼には戦神の加護があるために普通の暗殺者ならば刃を通さず返り討ちなるはずだとのこと。

「おそらく、この辺りに聖杯が絡んでいるのでしょう。例えば聖杯を得た何者かが、ドゥムヤを殺せるサーヴァントを召喚し、ミサ=カリスを名乗らせたとか。
 暗殺といえばアサシンか、あるいは加護をも貫く武器を持った戦士かもしれない。これは今答えを出そうと思っても途方もないですが」
『にしても加護ねぇ。ドゥムヤの戦神加護が、本人の武勇に対して他者が受けた印象による逸話の昇華と思っていたけれど、そもそもとして授かっていたとは』
「そう、レオナルド女史。ミサ=カリスなる月の神について情報はありましたか」
『それについては何も。物語についても、後期の書物ではアルテミスやホルス、ヘカテやルーナにセレーネと言った有名どころの名が当てはめられてはいるが、そんな名前は残ってるサーヴァントも一人として知らなかった―というか、そうだ。ドゥムヤがいないんだよ』

 今思い出したとばかりの発言に耳を疑う。ドゥムヤは人理の修復が全て終わってもカルデアに残っていた一人だ。その彼が今カルデアにいないというのは、一体―

『昨日ここの場所がわかった時点で呼び出しをかけていたんだが、来なくてね。各所探したんだがどこにもいない。ロードの話では、この特異点での影響を受けて、霊基に異常でも出たんじゃないかって話だ』
「…そうですか。当人がいれば事もなく分かると思いましたが、そう簡単にいくはずはありませんか。しかしサーヴァントとなった彼に影響となると…」
『ミルファークさんが言っていた、先王が異形となりそれに飲み込まれたことは関係あるのでしょうか。偉業を成さないまま亡くなったことで…』

 おずおずと意見を出したマシュに、ラジェルは僅かに考え込む。

「彼がプリーストとして既に召喚されている以上、ドゥムヤという人物は確実に英霊の座に至っている。なら過去も未来も編纂も剪定も創作も関係無いわ」
『では、カルデアのドゥムヤさんの霊基に異常があったのは…』
「彼女の言うことを鵜呑みにするのもどうかと思うけどね」
「…いえ、マシュの言うこともあながち間違いではないかもしれません」

考え込んでいたラジェルがぽつりと溢す。

「祈紗の言うとおりドゥムヤというサーヴァントが召喚されている時点で、過去だろうが未来だろうが、創作だろうが何だろうが"聖剣を奮った英雄"という形はもう変えられない。その上でサーヴァントに影響を与えるとなれば、逆です」
『…逆…?』
「此度"偉業を成さずに亡くなった"からではなく、この特異点で"更なる偉業を成し得る"ことが確定した。つまり」
『…―分霊であるサーヴァントに影響を与えるほどの、とてつもない進化でもしたって言うのかい!』

 通信機越しにダヴィンチが声を張り上げた。どこか興奮しているようにも見えるが、その言葉にラジェルが頷くと全員が瞠目した。

「いえ、あくまでも仮定。推察、想像の域を出ません。そこは念頭においてください。
 しかしもし神であるミサ=カリスを名乗る人物が本物だったとすれば。
 謎の薬がその心血だったとすれば。
 神の血によって異形に変じ、それに飲み込まれたのだとすれば。
 そこに聖杯という魔力リソースがあるのなら。
 そんなものを扱える魔術師がいるのなら。
 ドゥムヤの形をした、"神性を持つ"者を生み出せるかも、しれません。…勿論簡単ではありません。ですが元々ドゥムヤは神の加護を得ていた。ならばミサ=カリスの心血との融和性は高いのかもしれません」
『神性を後から得るなんてあり得ない。いや、伝説の最中に神になったり死後祀られて神になったような英霊はいるかもしれないが。"人間である"と既に確定している英霊が、サーヴァントになってから神性を得るだなんて!…でも現状一番あり得る妄想だ、皮肉なことにね』
「ええ、これは想像に過ぎない。ですが最悪を想像しておくのは、霧中を進むのに重要かつ重大な岐路になる。不幸中の幸いは、仮定がもし当たっていた時、これを倒すことが特異点の解消に直結しないことです。少なくとも我々の中に、神を倒せる者はいない」

 どこか疲れが見えるのは、とんでもない推論に至ってしまったからだろうか。ラジェルは眉間のシワを深くする。

「どうしてでも王宮に赴き直接状況を確かめる必要がありますね。この推論がただの妄想であることを願います」
「でもこの場合、いやどちらにしても、どうすることが特異点の解消に繋がるのかな…?」

 そんな中に一石を投じる。
 例えばドゥムヤが暗殺されていたとして、聖杯を回収し、彼の代わりに死して蠢く者たちを倒せばいいのだろうとぼんやり考えていたが…そもそもこの地はどうして特異点になったのか。少なくとも聖杯があるからなのだろうが、今のところドゥムヤ一人の異変以外に特異なところが見当たらない。
 …そもそもとして。今までの特異点は、それぞれの地に住まう人に襲い来る者を倒し尽くせば、特異点は解消されていた。しかしこの地は現代に残っていない大地だ。最終的には地図から消える、架空とされた、何もなかったことになる国。街の人は普通に笑って普通に過ごしている。
 ならば、まさか―

「やめなさい、マスター」
「…ラジェル…?」
「それをするのはわたくしたちです。貴女は考えなくてよろしい」
『…そうだね。今その答えは保留にしておこう。とかく考えなくてはならないのは、どうやって王宮に入り込むかだ』

 そうは言われても、不安が渦巻いて仕方ない。いや、きっと頭のどこかではわかっているのだ。ただ言葉にして理解するのを恐れているだけ。…なんとなく、祈紗を向く。視線に気づいた彼女は、はぁとひとつ息をこぼした。

「人形になれと言うわけではないし、確かに最悪のパターンは考えておくべきことよ。でも考えなくていいこともある。この場合の貴女は特にね」
「…けど」
「ごめんなさいね、私も魔術師のはしくれだし、この先考えられることに対して特に罪悪感は抱かないの」
「……どうしても考えてしまうというなら。それでもその決意を出すには、まだ判断材料が足りません。全てが全て、推論でしかないのです。だからマスター、今は順を追って進んでいくしかないのです。前を見なさい」

 立ち上がって、ラジェルがぽんと頭を撫でる。小さな姿で手を伸ばしているのを見ると、少し可笑しく思えてしまって笑みが溢れる。それでいい、とラジェルも微笑んで、手を離すと机の上の本を手に取った。ミーティングを終えて、町へ情報収集に向かわされたトルヴェールと、王宮へのコンタクトを試みるミルファークに当面の予定を伝えるようだ。

「…大丈夫よ。アイツ、ああ見えて独占的よ」
「え…?」
「自分の国民を、他者に殺させるはずがないわ」

 彼女を追って部屋を出ようとした時、不意に告げられた言葉。きっと祈紗が思うような理解は出来なかったかもしれないけれど、でも。少し、余裕が持てた。





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