悪いことは悪いやつに任せておけ
静かに廊下を歩く。場所は江戸の中心街に立ち並ぶビル郡のひとつ、永倉商会の居ビルだ。何十階とある建物のうち下半分が会社のオフィスで、上半分は一部の社員寮になっている。さらにその最上階全フロアは、たち一家の住みか。
ある一室に足を踏み入れる。の母の部屋だ。母のいち子はほぼベッドに伏してはいるが、起き上がることは出来る。今日もすでに起きていて、少し悪い顔色ながらもに気づくと微笑んだ。
「おはようございます、ママ。調子はどうですか」
「ずいぶんいいわ。いつもありがとうね」
ベッド脇のローテーブルからカップ取り出し、備え付けの簡易キッチンでお茶を作る。それを渡せばいち子は息をついて、「そろそろ朝御飯の時間かしら」と時計を見上げた。
「ええ、もうそんな時間ですね」
「、忙しい?よかったら一緒に食べない?」
「あ、ごめんなさい、今朝はもう食べました…明日なら」
「…そう。仕方ないわね。あんまり食べ過ぎても太っちゃうし」
雑談をしているうちに専属の家政婦がお盆にのった朝食を運んできた。病院食に近い、薄味そうな料理だ。箸に手を伸ばす母に、は一礼して家政婦に続き部屋を出ようとすると、いち子はそれを呼び止めた。振り向けば、いつものように優しく微笑んでいる。
「あのね、悪いんだけど、ローテーブルの奥に隠してあるお薬、こっそり捨てておいてもらえないかしら」
言われてローテーブルを探す。確かに、いち子がいつも毎食後に飲むよう言われている粉薬が数回分、空いた茶葉袋に入れて隠してあった。聞けば、寝入ってしまって食事そのものを取り損ねて飲めなかったらしい。
「兵吉さん、怒るでしょうからこっそり。内緒ね」
「わかりました。こっそり、捨てておきます」
「…。貴方は…いやになったら、逃げていいんだからね」
薬を懐に仕舞い今度こそ部屋を出ようとした時いち子は呟いた。
「私やお爺様のことなんて気にせず、逃げていいんだからね」
「どうしてそんなこと」
「ふと思ったのよ。最近寝不足でしょう貴方」
それは、と目元に手をやる。確かに最近睡眠時間を削ってはいるが、新八の家へ朝食作りに行っているだけ―それはあくまで好きでやっていること。残業があるとかそういうことではないのだと首を振るも、いち子はくすくすと笑うだけだった。
切り替えるようにいってらっしゃいと手を振るいち子に何も言えず、苦笑を返して部屋を出た。
…本当に、今朝の母は体調が良さそうだ。今までの、起き上がることができてもちょっとしたお礼くらいしか口にできない程と比べると顔色も雲泥の差。立ち止まり、懐にしまった薬を見る。ちょうど一週間分と言ったところだろうか。
「やぁ、おはよう」
「おはようございます、パパ」
慌てて薬を仕舞い振り向けば、にこやかに笑う父とあいさつを交わす。そうしてオフィスへ並んで向かいながら、仕事に関する雑談が弾んだ。すでに任せられている部門や新規事業についての報告や相談。父の方も、変わらず好調のようだった。
「そういえば…。好きな人とはどうなった」
「順調です」
「すでに結婚を前提に交際しているのかね」
「それは…」
言い淀む。結婚は出来ません、と真摯に断られたことを告げれば、父は複雑な表情でため息をついた。
「すまないが、これ以上は待てない」
「パパ、」
「すでに諸準備は済ませてある。取り引き先の天人だが、気さくでいい人だ。本格的にこの方と結婚するつもりで望んでほしい」
何か聞き返す前に、父は足早に自オフィスへと引っ込んでいった。呆然と立ち尽くしながらも、は自分のオフィスへ向かう。社員に挨拶して今日の目標だの昨日の結果だのを朝礼として報告した後オフィスを出た。
父はオフィスで指示をとばしたり取り引き先に電話したりと忙しいが、は今のところ部下を頼りに任せおり、難しい案件や客からのクレームを電話で回してもらったり、取り引き相手との商談などに直接出向いたりとオフィスに居残らない仕事中心にしているため、毎朝顔を出したら一日中外にいることの方が多かった。夜になれば社員の帰ったオフィスで書類仕事をこなす毎日だ。部下の仕事の様は信用できるし、自分を慕ってくれている者に現場監視を頼んでいる。しかし父の頃から引き継いでいる部下は、うら若いに反感を持っている者も多いので、こういった形の方がいい結果を生み出すだろうという判断の元だ。
今日はどうしようかと窓から外を眺める。空飛ぶ船は活動時間を迎えていくつも飛んでおり、他のビルも人影が増えた。
ふと薬のことを思い出す。ちょうど一週間分。あのいち子が食事ごと服薬を忘れるなんて珍しい―そう思ってはたりと思考を停めた。これはここ最近の、連続した一週間分の薬だろうか。それとも時々忘れたものがこれほど溜まっただけなのか。
嫌な考えが浮かび喉を鳴らす。動揺を隠しながら、はビルを出た。
§
やって来たのは真選組屯所。門をくぐって辺りを見れば、一番に気付いたらしい山崎が駆け寄って来た。土方はいるかと聞けば、首を傾げながらも頷き部屋への案内を名乗り出た。
「それにしてもさん、なんだか浮かない顔ですね」
「え?…そうですか?」
「へへ、俺はこれでも監察ですから。そういった機微には敏感なんですよ。…と、ここです。それじゃあ俺は」
「待ってください。山崎さんも、同席して貰えますか」
「俺?俺でいいの?」
頷きを返す。感情の機微に目敏いのだと自ら言った山崎は、だからこそ気付いたのか、視線を土方の部屋の戸へ向け、声をかけて入室した。書類仕事をしていたらしい土方は筆を置き、煙草に火をつけながら振り返る。退室しない山崎に訝しげな視線を向けるが、山崎がへ流し、が再び頷いたことで察知したらしく煙をひとつ吐いた。
懐から茶葉袋を出す。「母の薬です」言えば、土方はそれを手に取り中を確認する。
「きちんと医者に処方されたもの………の、はずです」
「どういう意味だ」
「……」
茶葉袋を山崎へ渡し腰を据え直す。何処から話したものかと躊躇いながら、が勘繰っていることを全て話した。
母が仮にここ一週間ほど薬を飲んでいないのだとすれば、それと一致するように母の調子が良いこと。断ったはず天人との婚約を急かされたこと。最近父の方で新規の部門が設立されたが、その事業内容を幹部であるはずのにも知らされておらず、さらには金の動きも怪しいこと。
「…土方さんに、鴨太郎兄様のことを聞いた時に思ったことがあって。…鴨太郎兄様は、いったい何処であの方たちと知り合ったのかと」
「……何が言いたい」
「最近は本当に、父と鴨太郎兄様はよく密談していました。私が鴨太郎兄様を慕っていることは父も知っていたので、前は電話を変わってくれたのに」
煙草の灰を灰皿に落として話の続きを聞く。ただの思い過ごしならばいいが、もし母に万一があれば―そう語るに、土方は真面目に話を聞いている山崎を一瞥してからを見やった。
「この薬についてはこちらで内密に調べよう。んで山崎、お前は永倉商社に潜入してその怪しい新規部門について調べろ」
「はい」
「入社に関しては手を貸してもらえるよな」
勿論、と返すと山崎は早々に退室し、土方は机に向き直し先程までとは違う書き物を始めた。も立ち上がり退室しようとすると、「いいのか」と土方が呼び止める。
「はい…?」
「頼むのが俺たちで。万事屋の方が」
「…こんなことに関わらせられません。それに役どころとしては、土方さんたちの方が適任と判断したまでです。私事で働かせるのは心苦しいですが」
「勘繰りが当たっていれば俺らの仕事の範疇だよ。まぁそれはいいが…あとひとつ。一人で出歩いてていいのか。勘繰りが思い過ごしでなけりゃ、アンタの命も」
言葉を止めて視線を合わせる。は苦笑して、「仕方ないですよ」と返した。新八たちを巻き込むわけにもいかないし、何より知られたくない。親が危ないことに関わっているかもしれないなんて、結婚においてのマイナスポイントだ。
「…そういうとこだと思うんだがな」
「はい?」
「なんでもねぇ。…俺が動けりゃ一番楽だが、俺とアンタじゃ歳も離れてるからな…総悟!ちょっと来い!」
戸を開けていずこかへ叫ぶ。暫くすれば気だるそうにしながらも沖田がのそのそとこちらへやって来る。普段反発していても一応来るんだな、と心の隅で穏やかに笑う。
「何でぃ土方さん。俺忙しいんですけど」
「明らか寝てただろお前涎拭いてから言え。真面目な話だから真面目に聞けよ」
言われた通り涎を袖で拭いながら、沖田はに気付くと、「こりゃ確かにクソ真面目な話になりそうだ」とぼやきながら後ろ手に戸を閉めた。
いつの間にか増えてたものがなくなっても案外気付かないがなんか気持ち悪い
その日の朝も、は甲斐甲斐しく通い妻ならぬ通い婚約者候補をしに朝食を作りに来ていた。片付けくらいはとお妙が台所に立った頃、腹ごしらえを終えたと新八は食後のお茶で腹ごなしをしていた。テレビのニュースを見ながら、特に会話に花を咲かせることもなく茶を啜る音が時折響いた。その傍ら、はそわそわと落ち着きがない。ニュース番組が終わりCMに差し掛かったところで、は意を決したのかひとつ咳払いをして新八の視線を向けさせた。
泳ぐ視線をどうにか正面へ向けながら、袖から二枚の紙を取り出す。巷で流行りの恋愛映画のチケットだ。
「あの、明日どうにか予定が空いたので、その…一緒に行きませんか?」
「明日?……ごめん、明日はちょっと」
「え」
「今日か明後日なら万事屋行くくらいしかないから大丈夫だけど」
「…明日、何かご予定が?」
「うん、お通ちゃんのライブがあるんだ」
照れくさそうに吐き出された名に首を傾げる。しかし深く追求することもなく、映画のチケットを机に置いた。
「じゃあ、これは新八さんに差し上げます。ご友人に渡してくださってもいいですし、ご自身で行かれてもいいですよ」
「えっ…と、あの、今日か明後日なら…チケットも一週間は期限ありますし」
「すみません、明日以外はしばらく余裕が…本当に大丈夫です、気にしないでください。私も、そちらの予定を把握してなかったのが悪いですし」
にこやかに笑んだまま、は時計を確認すると立ち上がり、一礼して屋敷を出ていった。
恋愛遍歴が著しく乏しい新八でも、彼女の様子からして何かかなりまずいことをやったのではと冷や汗をかく。彼女はいつもにこにこしていて、腹の探り合いなどわからない新八ではその真意を掴むのは難しい。仮にも自分に好意を抱いていると明言している少女からの映画鑑賞の誘いーつまるところデートの誘いだ。新八とてそれを断ることなどしたくはなかったが、自分が応援しているアイドルお通ちゃんのライブとあらば、親衛隊長の任を除いたとしても必ず赴かなくてはならない。…なので、直近の空いてる日を提示したのだが。
「…でもそっか、一流武家の跡取り娘ともなれば、毎日忙しいのかな」
が来るようになって、志村家の朝食は30分程とはいえ時間が早くなった。理由は勿論が来るからである。いつもいつもお妙がキャバクラの仕事から帰ってきて少し後にやってきて、最近では落ち着いてきたそこそこの質と量の食材で調理を始める。きっかりと週五日の頻度で来てくれるのは、二人で暮らしている中で片方がダークマター製造機なのでとても助かっている。お礼としてデザートを用意したこともあったが、二回目以降はやんわりと断られてしまったために朝食に関しておんぶにだっこだ。
さておきせっかくの誘いを無碍に断ってしまったのは後ろめたい。ご機嫌取りーというと少し違うが。悲しませてしまったのなら挽回せねばと思うものの、新八は恋愛遍歴皆無。どうしたものかと頭を抱えた。
§
今朝はさんが来なかった。昨日も来なかった。というか例の映画の誘いを断った次の日からしばらく姿を見ていない。怒らせてしまったのだろうか。いやでもまだ付き合っているわけでもないし、お通ちゃんのライブは親の葬式でも外すわけにいかないし。
新八はそう眼鏡の下で悶々と同じ事を繰り返し考えながら、その日の仕事をこなしていた。郊外に住む老人団地の買い物代行で、神楽と定春と手分けして大量の荷物を両手に抱えている。銀時は別件があるとかで出発時にさんと出掛けていった。とということは、かなり面倒な仕事なのだろうなと新八は思う。
「新八ぃ何ぶつぶつ言ってるネ。早く行かないとじいちゃんばあちゃんが干からびてしまうアル」
「あ、うん…」
「あれ、新八、あれじゃないアルか」
先を急ごうとした時に神楽がどこかへ指を向ける。視線を移せば、そこには確かにが、見知らぬ男と共に歩いていた。随分距離が近い。
いや、あのでも別に。僕とさんはただの友達だし。さんが男と連れ立って歩いていようと関係ないし。つーか仕事でしょ多分。きっと。だって昼間だもん、さん忙しいからあの日以外映画とか行けないって言ってたわけだし。
「だだだだから別に乗り換えたとかそそそそういうのじゃねーもん」
「やけにコソコソして周りを気にしてるところから、いかがわしい密会にも見えますがどーですか」
「どーですかじゃねぇえ!そんなはずねーじゃん!」
「ホホウ、そんなはずじゃねーとは」
「だっ、そ、…何か仕事でしょ。忙しいって言ってましたし!」
「付き合ってもない女に心乱される気分は?」
「乱されてねーし!平常心だし!」
神楽はへっと鼻で笑うと、新八の荷物も取り上げて定春へ預けた。「ちゃんと届けるんだヨ〜」と見送って、反対側で歩くと男へ視線を向ける。
「ちょっと神楽ちゃん」
「女の勘が言ってるネ。このまま見て見ぬフリをすれば、私の友達がどっか行っちゃう気がする」
電柱やポストの影に隠れながらたちの後を追う。は新八だけではなく万事屋とも時々交流しており、神楽とも時々遊んでいると聞く。出掛けることは出来ないが、カフェでデザート奢ってもらったり、余った食材くれたり、行けなくなったレストランの優待チケットもらったり。…食いもんばっかじゃねえか。というか脛かじってるだけじゃね? 何にせよ、本当に金のことだけで友達付き合いをする連中ではないはずだ。特に神楽は。そんな神楽が、ただの野次馬ということでなくこんな状況で後を追ういうのなら、僕も付き合おう―体がむず痒いのも、なんとかなるかもしれない。そう新八は思って、へとしっかり視線を定めた。
人混みに紛れ尾行するのは、普段の浮気調査の仕事で地味に身についてしまっている。二人はいくらかウィンドウショッピングをして町中をぶらついた後、某所の公園のベンチへ腰を落ち着ける、二三言葉を交わして、男は一人気だるそうに自販機へ向かった。がわざわざお金を渡していたあたり恋人とかじゃないっぽい。そう判断して胸をなでおろす。
「ヒモってやつ」
「やめろォ!」
「うるさいアル」
自分で不穏な言葉を零しておきながらそう切り捨てる神楽に拳を向けそうになりながら、しかし言うとおりだと怒りを抑え再び監視に従事する。は綺麗な佇まいでベンチに座り、どこか物憂げにうつむいていた。
「…なんか元気ないな、さん」
「何言ってるアル。、いつもどおりネ」
「………、そう、だね。アレ、何言ってんだろ僕」
思ったことが不意に口に出た。いつもどおりと言われてもう一度を眺めると、確かにいつもどおり口元は笑んでいた。角度の関係で憂鬱そうに見えたのだろうか。―そんなことはない。眼鏡を調整してしっかりと彼女を見る。
「やっぱり、元気ないよ」
その言葉に、神楽は答えなかった。どこか歯がゆそうにしているから、薄々感じてはいるのだろう。
観察しているうちにの背後に傘を差した誰かが立ち止まる。待ち合わせか何かだろうか、とわずかに身を乗り出して、次の瞬間には神楽と共に公園脇の林から飛び出した。
友達の定義は人それぞれ
「とりあえずこんなとこまで出てきやしたが、予定とかあるんで?」
「まだ迷ってます、いつまでも逃げているわけにもいきませんし。土方さんや山崎さんの報告次第ですけど、こうして一見無防備にふらついてることで命を狙う人とか現れてくれれば楽なんですけど」
「ソレじゃあ俺の仕事が増えるだろがぃ。あんたの望み通り黒髪のヅラ被って好みの男っぽくするだけで今日一日非番のつもりで来てんですから」
「じゃあ今回の件でボーナス要りませんね」
「そりゃひでえ、金で脅す気か」
「あーもううっさいです。その格好でその態度なんかすごいイラッとする」
例の相談を持ちかけてから数日あのビルに戻っておらず、真選組屯所から沖田を護衛として引き連れて町中を歩いていた。時折仕事の電話を受けはするものの、薬について知ることが先だ。
あれからもう一週間近く経つ。早ければもうそろそろ情報が上がってきてもいいはずで、今か今かと待っている。もし母の飲まされていた薬が命を脅かすものならば、の身も危うい―特にこうして逃げていれば余計に。父は取引先の天人との結婚を急かそうとしていたのだ。何かの計画を急がせていて、の行動に勘付かれたと判断し、良くて軟禁という可能性もありえる。…それくらい、最近の父の雰囲気は変わったと、は感じていた。父が鴨太郎と何を企んでいたのかわからない。土方の話では、最期の時に「は何の関与もしていない」とわざわざ言っていたらしいが、だからこそわからないことが多い。
「普段からいけ好かねぇ小娘だと思ってたが、案外そうでもねぇんだな」
「どういう意味ですか」
「そのままの意味だよ。いつでもニコニコニコニコ笑ってて気持ち悪ぃ」
「女の子に向かって気持ち悪いって酷いですね」
「媚びる必要ねぇからな」
「…あぁもういいです。何か飲み物買ってきてください、おつりいらないので」
懐から千円札を取り出し沖田に渡すと、「一応あんたの護衛なんだけどな」と肩をすくめて、今いる公園の端にある自販機へと向かっていった。それを見送って息をつく。真選組の面々と一緒にいるとどうにもイライラのようなものが募るのだ。嫌いなわけではないし、その信念が憧れるものだからこそ真選組への援助を決めたのだし。なんというか、疲れる。再度長細いため息をついた時、背後に殺気が迫っていることに気づいた。とっさに体を動かすが、攻撃はすでに眼前に迫っている。
「…あり。防がれちゃった」
女性の声。反射的に閉じていた目を恐る恐る開ければ、誰かからの攻撃を防いでくれたらしい神楽と、自分をかばってくれたらしい新八の存在に気づく。攻撃を加えてきた女性は武器である見覚えのあるような傘を肩に担ぎ、耳元のイヤフォンに手をやっている。誰かと通話しているのか片目をつむって面倒そうに顔をそらしていた。
「し…新八さん、神楽さん?どうしてここに…」
「そんなことはどうでもいいアル。こいつがよそ見してる間にさっさと逃げるネ」
「あー待って待って、追っかけたりするの面倒だからおとなしくしててよ。そしたらサクッと殺して…え殺しちゃ駄目なの?そうだっけ。えー…ッ!」
イヤフォンで誰かと話しているその背後に沖田が一太刀入れるも軽々と避けられた。どころか面倒そうに眉根を寄せる女性に蹴り入れられ、沖田も避けるが変装用のヴィッグが外れ飛んでいく。現れた明るい茶髪に新八たちは驚いていたが、状況が飲み込めていないの手を引いて新八が走り出す。沖田と神楽も、追おうとする女性をいなしながらそれに続いた。
「あの、新八さん、もう大丈夫ですから」
「…………」
「新八さん?…あの、今仕事中なので」
「仕事って命狙われる仕事ですか」
「まぁ…それもある意味仕事のうちかも…」
しばらく走り一旦あの女性を撒くと、人通りの多い混雑した大通りへとたどり着いた。ごまかそうとするの手を振り払って、新八は勢いよく振り返り何か言おうとするが、すぐにくしゃりと顔を歪めて黙り込む。
「…沖田さん。何があったんですか」
「内密にってことでねぇ、言えねぇや」
「えっと、助けていただいてありがとうございます。神楽さんも。また今度落ち着いたら、万事屋の方にお礼を…アレ、どういう顔ですかソレ」
お礼を、と口にしたあたりで新八も神楽も同じように顔をしかめた。気に食わない、というのを隠そうともしない表情だ。その様子に一歩たじろぎ思わず沖田を見るが、沖田はやれやれと首を振るだけだ。
「やっぱはなんもわかってないアル」
「ええ、ホントです全く」
「あの…?何か気に食わなかったならすみません。お礼と一緒にお詫び…を…。えっと…」
「そういうことじゃないって言ってるネ。でも教えてやんねーヨ、自分で分かるまでずっとそうしてろ」
ツンケンした態度に漸く困惑を見せるが、は一瞬目を伏せたあと、いつもどおりに苦笑して肩をすくめた。
「わかりました。しばらく考えます。それじゃあこれで、忙しいので」
「ちょっと待つアル。こんな面倒事に関わらせておいてなんの説明もないアルか」
「…、では真選組の方で保護して貰いましょうか」
「そうじゃないでしょさん」
わかっているのかいないのか、神楽たちの求める応えをせずにごまかし続けるに新八が息をつく。相変わらず、沖田は黙ってこと事の成り行きを見ているだけだ。
「…皆さんにはなんの関係もないことです。ああいった暗殺まがいのことも時々ありますし。さっきは確かに油断してましたから本当に助かりましたけど、でもこうして沖田さんに護衛についてもらってるわけですし。皆さんが心配するようなことは何もありませんよ?」
「どうあってもしらばっくれる気アルか。…さっきの暗殺者、アレ私と同じ夜兎ネ。あの夜兎が例えば殺し屋だったとして、普通小娘一匹殺すのに使うような戦力じゃないアル。それでもを殺しに来たのが夜兎の者ってことは、何かしらでかいバックが関わってるってことヨ」
「それでも、万事屋の皆さんには関係ありません。神楽さんだって、別に出会った夜兎全てと戦わなきゃいけないわけじゃないでしょう?」
「いくらさんが真選組の援助をしているからって、沖田さんを護衛として一緒に行動するなんて普通じゃないでしょ」
食い下がる二人には困った顔を返す。それを見て、新八も神楽も拳を握りまた顔をしかめた。
「……それでも関係ないっていうなら、こっちも譲れません。さん、二度とうちに来ないで下さいね」
「え」
「…貴方とは、友達にもなれなかった。それじゃあ」
視線を合わせず踵を返す。新八の発言には神楽もどこか驚いているようだったが、彼の後を追い去っていった。
追うでもなく呼び止めるでもなく、は呆然と立っている。懐の携帯が鳴るまで、まるで呼吸も忘れていたかのように。
「……お嬢、電話鳴ってますぜ」
「あ、…はい。……永倉ですけど……あ、土方さん」
呆然としていても電話に出ると声が変わるのは女特有なのかが可笑しいのか、なんて沖田は思っていると、出てきた名前に耳を寄せた。
「…………そう、ですか。こちらもちょうど襲われたところです。殺さない手筈ではあるみたいですけど。……ええ、大丈夫です。しん……沖田さんが、守ってくれましたから。 わかりました、すぐに屯所へ戻ります」
「……どうだって?」
土方の報告は、山崎の潜入による情報も含まれていた。は首を振る。どうやら―黒らしい。