右腕が意のままに動くとは限らない
「新八ぃ、よかったアルか」
「何が」
たちと別れて万事屋へ帰って来て、新八はどうにもピリピリした空気を纏っていた。普段なら新八をからかう事の多い神楽も、少し気まずそうにしながら玄関をくぐる。
考えてみれば、新八はのことを何も知らない。何が好きなのか嫌いなのか、趣味や特技。真選組と関わりがあることも、きっとあの時に巻き込まれていなければ知らないままだった。
友達にもなれなかった。友達っていうのが何なのか、その先―恋人だとか夫婦だとか、新八の思うそれらがどんなものか、は理解していない。
"友達"だから、咄嗟に助けたのだ。お礼の金が欲しくて助けたわけじゃない。だというのに、彼女がまず口にするのはいつもそんなことばかりで。
だからずっと、心臓が痒いんだろう。得られる待遇が気に入らなくて交際を拒否しているわけじゃないのに。交際する前に、自分も彼女のことを知って、彼女の気持ちにしっかりと応えたくて頭を下げたのに。わかってもらえないことに苛ついて、何も知らないことに苛ついて。歩み寄れなかった自分にも、腹が立って。
「よぅーっすただいまー…て何?すんごい雰囲気悪いんだけど」
沈黙をぶち破るように万事屋に入ってきたのは、家主でもある銀時だ。につきあわされていたにしてはいつもより元気が残っていそうな面持ちだが、それでも口先からは愚痴が溢れまくっている。ソファに座るなり茶を所望する銀時に、新八は慣れた所作で台所に赴いた。ついでに自分と神楽の分も淹れて応接間に戻ると、静かだった部屋に明るい笑い声が満ちていた―テレビの音だ。
「銀ちゃん今日は何の仕事だったアルか。借金取り?」
「借金しまくりの俺が借金取りなんて出来るわけねぇだろが。ちょっと野暮用だよ野暮用。つーか定春は?」
言われて神楽と視線を合わせる。たちを追うのに荷物と任務の終了を任せてしまったが、帰っていない。そこまで遠い集落でもないので、定春の足ならば新八たちよりも先に帰ってきていてもいいはずだ。さっと顔を青くして、新八は神楽と共に万事屋を飛び出した。
状況を知らない銀時はいくつか目を瞬かせた後、出されたお茶を一口飲んで、「何があったっていうんだよ」と一人ぼやいてテレビに耳を傾けた。
大急ぎで依頼元の集落へ辿り着いた新八と神楽だったが、話を聞いても無事に荷物を届けられた感謝以外になく、見当たるところに定春もいなかった。とりあえず荷物が届いているのなら勝手に帰ってくるだろうと胸を撫で下ろし、再び万事屋への帰路を歩く。来る際は始終走ってきたから、二人して息が上がっている。
「……考えてみれば代表の人に電話すればよかったね」
「……慌ててしまったアルな」
深くため息をつく。
「新八、ホントにいいアルか」
「いいんだよ、コレで。…二度とうちに来ないでって、それで」
ちゃっかり携えてきた木刀を確認して、視線を上げる。郊外の集落からかぶき町を超えて、江戸の中心街。見上げる先は、永倉商社の本社ビル。
「今度は、僕から行くから」
+
とは言っても、商売相手でもない新八たちが手ぶらで乗り込んでも会わせてくれるはずはない。110番するための電話に受付の人の手が伸びていたのに気づいて慌てて戻ってきたが、果たしてどうしたものか。二人で頭を抱えていると、ビルから出て来たスーツの男が電話相手に怒鳴り声をかけている。
「丸天商事の息子と結婚するだぁ!?何いってんですかちょっと、…はぁあ?奥方様は無事ですけど。ああ!?イヤ私に任されても困りますよちょっと!アンタ名義で抱えてる商談がいくつあると…奥方様に頼れって、それじゃまるでアンタ死っ…切りやがったあの小娘!こっちが下に出てりゃ無理難題叩きつけやがってどうしろってんだ!大体今更あの幽霊会社の息子と結婚て、お嬢が結婚するって言ってたクソメガネはどこ行ったんだ、まさか取り込んだ?お嬢なら…流石に無理か。どこの馬の骨ともしれねえ眼鏡にお嬢を渡すわけにはいかねえが、かと言って丸天商事なんてぽっと出の幽霊会社の存在するかもわからん息子と結婚なんて、…アレ、これもしかして暗殺案件じゃね?お嬢が闇に葬られようとしてんじゃね?このままじゃ会社乗っ取られんじゃね?冗談じゃねえぞ!いままで奥方様と先代様の御威光であのオッサンに付き従ってきたってのにとうとう善悪の判断もつかなくなったか!ウオオオアア待っててくださいお嬢、今すぐ貴方のボディーガード、婚約者候補藤丸纈が参りまぶへらっ!」
「ちょっと神楽ちゃん!間髪入れずに殴るのはどうかと思うよ!」
「すっげぇ長い独り言だったけど、欲しい情報持ってそうアル。絶対こいつアル」
スーツの男―藤丸は、神楽に容赦なく沈められたものの即座に回復しぎらりと睨みつける。しかし新八の存在に気づくと眉根を寄せ、四方からその顔を見回した。
「その眼鏡にフツメン、それほど高くない身長、それほど高級でもない普通の服、存在感のある眼鏡…」
「なんで僕そんな辛口の評価されなきゃいけないの」
「貴様、まさかお嬢の言ってたクソメガネ!ここで会ったが百年目だ、暗殺してやる!」
「暗殺って目の前で堂々と拳構えて言うものじゃないだろ!てかそんな事はどうでもいいんですよ!藤丸さんて言いましたっけ?お嬢って…さんのことですか」
ツッコミもそこそこに本題を切り出せば、藤丸は悪態をつきながら腕を組んで、「そうだよ」とツバを吐いた。態度悪いな、と思いはしながらも、彼の言うお嬢がのことであるならば―はこの後どこぞの男と結婚するどころかその命まで危ういらしい。ならばすぐに助けに行かねばと急かせば、藤丸はハンッと新八を鼻で笑う。
「お嬢をお助けするのはこの俺だ。知らん馬の骨はさっさとどっか行くんだな」
「さっきからこいつすごいの信頼を受けてるみたいな態度だけど、そんな大変な状況なのに置いてかれてるってことは大したことないアル」
「ごはっ!?そそそそんなことねーもん!お嬢は会社を、社員を頼むと俺に電話してきたわけであってそう言うことじゃねえもん!」
「あーもうぐだぐだうっさいアル。いいからのところに連れて行くネ」
「なんで知らん馬の骨をお嬢の元へ連れてかねばならん。俺はお嬢の右腕、第一秘書だぞ!」
論点がずれている気がしなくもないが、藤丸の言い分は最もだ。同じ社員でもないし、友達ですらなくなった。…けど、行かなくてはならない。
「僕らはさんの友達以下の知り合いです」
「ただの知り合いだけど、これから友達になるために、助けにいくアル」
有無は言わせない、と強く藤丸を見据えた。
普段ニコニコしてるやつがキレると怖い
「いやぁ漸くご息女殿も乗り気になってくれたみたいで」
「ははは、娘も反抗期というやつですよ」
和やかなのは両者の親だけだ。はただ”いつものように”にこやかに笑っているだけだし、婚約者当人は話にも加わらず出されたお菓子をエンドレスで食べ続けている。
相手は丸天商事という天人の会社の社長とその息子。社長はいかにもといった姿の天人だが、その息子は地球人と同じような見目をしている。特別見た限りでは、触角が生えていたり指が少なかったり多かったりということもなく、色だって地球人と同じ肌色だ。
「ではお父様、私がこの方と結婚したら、お父様は社長職を降り、私が統括社長になるということでいいのですか?」
「勿論だとも。ここまで大きくするのでだいぶ頭を使ったからな。安定している今なら、早々に任せてしまっても大丈夫だろう」
そんな話に丸天商事の社長はギラリとに視線を向けていた。口元は笑んだままだが、当の志津はその視線に目を細める。
「ならお互い気が変わらないうちに辞令を出しておきましょう。実際にそうなるのはまだ先だとしても、準備がありますし」
「え?いやいくらなんでもそれは」
「ホラ早く。私また男探しに行って見つけたヒモに全権譲るとかいい出しかねませんよ?ホラホラ」
携えていたファイルからいくつかの書類を取り出すと、その脅し文句に見事踊らされてくれたらしく父は渋々筆を執る。書いてあるのは社長職を降り次にを指名すること―それのみだ。辞令というか、ただの証拠としての一筆に過ぎない。
署名が終わるのを確認すると、丁寧に畳んでファイルではなく懐にしまう。これから忙しくなる、しっかり手元に持っておかねば。
「……はい、確かに。ただいまを持ちまして永倉商社の社長は私です」
「あ、ああ…」
「で。まず父様、貴方は外で待ってる真選組と一緒に規定の生活を過ごしてくださいね」
「はぇ?」
「毎度契約する時にちゃんと書類の内容読んでます?仮にも社長の席を譲るってときにこんな薄っぺらい紙一つで済むとか本当に思ってたんですか」
笑みを消して饒舌に語るに、兵吉も丸天商事も呆然としている。…息子の方は使用人に菓子の追加を頼んでいた。
「そちらもですよ。その息子さん、数時間前私を襲ってきた方ですよね。いくらなんでも計画が雑。というか前から思ってたんですけど、この馬鹿が今まで意のままに操れてたからってなんで私もそうできると思ってたわけ?意味わかんないです」
「え?この馬…え?」
「貴方のことですよバカ親父。今まで貴方の怖い父親に育てられてきた私が、貴方みたいなバカ親父を見てきた私が、どうして貴方の二の舞を踏むと思えるんですか?めでたい頭ですね。母へ毒を盛った事は、快復したら見逃します。こういう連中とツテを持ったことは私が泥をかぶります。だから即刻手を切って、牢屋の床から母に謝罪してください」
兵吉を見下げれば、少ししてようやく状況を理解できたらしく顔を青ざめさせた。あちらの息子―夜兎の女性は、頬を一杯にしながらのんきに手を叩いて、親の方も目を白黒させ「どういうことだ、娘は大人しい人間ではなかったのか!」と兵吉に向けているが、その合間に蹴りを入れて黙らせる。
「ホラそこ。ここで手を切ればお互い傷の浅いままにしましょうって言ってんですよ。聞こえませんでした?もっぺん言います?」
「だ、だが婚約の件は」
「はぁあ?書類見てなかった?私に社長の座譲りますってしか書いてません。そもそも相手いないでしょ、何そこのデブ?そこのデブと結婚しろって?可愛い娘をそんなデブに嫁がせるって?」
「いえ、あの」
「社長が私になったってことは永倉家の当主も私になったってことです。そこ理解してます?」
「し、しかし」
「シカもカモシカもありません。そういった類の天人と縁を結ぶことがどういうことに繋がるかわかってます?自分の父親の立場、わかってます?」
別にただの天人であれば関係はない。だが相手は麻薬だの毒だのといったことと関わりのある人物だ。それが幕府の関係者、親類縁者になるというのは、端的に考えても思いつくことはたくさんある。―だから今回祖父には人伝での報告だけで手を出さないよう頼んだのだ。
兵吉の気持ちも理解できなくはない。幼い頃は祖父に剣を習っていただろうに、全盛期とも言える齢頃に廃刀令が出され、迎えた妻の方が商才がある。どんな手を使ってでも何かを残したいという気持ちも、わからなくもない。だけどあまりにも方法が悪かった。ただ天人と手を組み黒いことに手を染めるだけならばまだしも、それで母の命を脅かしたことは。兵吉に、母の飲んでいる薬に毒が含まれていたことを告げれば、バッと向こうの親を見て、―目をそらされ、それから愕然とうなだれた。
「…貴方はあまりにも馬鹿正直なんですよ。どうせ薬だって、そのデブからなにかいいこと言われて混ぜるようになったんでしょ。相手の考えを先読みせずに、その腹の中を探らずによく今まで商人なんてやれましたね。私の本性に気付きもしないで」
普段はおしとやかに、いかにも令嬢といった立ち居振る舞いをしているが、その実は勇ましい性格をしていた。祖父から教えられたのは剣術だけでない。
「ちっ…まさか貴様がそこまで頭の回る小娘だったとは」
「貴方も手駒にするならきちんとつま先からてっぺんまで操ったほうがいいですよ。まぁ馬鹿が馬鹿を操るとこうなるっていういい見本ではありましたけど。さてどうします?このまま手を引くなら、私は追いませんが」
「くそっ!おい雲母!こいつらを殺さない程度に痛めつけろ!小娘を人質にして永倉兵馬を引きずり出す!」
「え?僕そんな器用なことできないよ。今両手ふさがってるし」
「両手ふさがってるってお前全部菓子じゃねえか!高い金出してんだ、働け!」
雲母と呼ばれた夜兎の女性は至極面倒そうにしながらに向いて構えた。…両手に菓子を持ったままだし、絶え間なくもごもごと咀嚼している。
「このっ、お前ら!こいつらまとめてひっ捕らえろ!」
「…貴方も本当に馬鹿な人ですね」
「うるさいわ!こっちも後に引けんのだ、春雨から夜兎を貸りてまでやりのけると言ってしまったのだから」
うなだれたまま魂ここにあらずの兵吉を両手でひっつかみ、外で待機している真選組たちがいるはずの方向の窓からぶん投げる。身一つになったところで刀を引き抜き、ぞろぞろと現れた天人のあらくれたちに向ける。いつ乱戦に転じようかと図っていると足元が大きく揺れた。どうやらの来訪のため港に停めていた船を動かしたのだろう。
「永倉の利権なんぞあとで貴様をどうにでもすればよい。とにかくこれで貴様を宇宙まで連れ帰れば逃げるところもなくなる、任務達成だ」
「だから馬鹿な人だって言ってるんです」
の言葉も聞かずにいそいそと逃げるのを皮切りに、天人たちが襲いかかる。腰を据えて刀を構え、眼前の敵を切り伏せた。雲母は片手で菓子を頬張りながら部屋の隅でこちらの動きを見ている。
「で、君どうやってここから脱出するつもりなの?僕が手を出せば君はコロッと死んじゃうと思うけど」
「…っ」
「もしかして死にに来た?やだよ僕、自殺の手伝いは趣味じゃないんだ」
あらかたの敵を倒した頃には、綺麗な着物も返り血と自分の怪我とで真っ赤に染まりぼろぼろになっていた。船が宇宙まで到達するには時間がかかるらしく、地上からはそれなりに離れてはいたがまだ地球の圏内だった。
残るところ雲母とのみ。慣れない乱戦にふらつく足を何とか押し留めているはいかにも満身創痍だが、雲母はずっと菓子を頬張っていただけで当然無傷だ。
「死ぬつもりなんて勿論ありませんよ。でもまぁヤケになっているところがあるのは確かです。けど私、これでも手より口を動かすタイプでして。雲母さんと言いましたっけ、いくらで雇われてるんですか?私に出せる額なら、私に雇われませんか」
「……へぇ、はぁ、んん。なるほど?」
突然のスカウトに雲母は目を開いて首を傾げた。しかしそれに答えることはなく、次の菓子を手に取りながらうーんと唸っている。
もともと考えていた、雲母が婚約者側だという考えは当たっていた。…だがそれも、どうにも雇われているだけらしい。神楽の言う通りさらに大きいバック―宇宙海賊春雨、から。
「ごめんねぇ、給料歩合制だし、今回こうしてお菓子もらっちゃったから一応仕事しないと」
「……」
「してもいいんだけど、あんまこのお菓子美味しくないんだよね。すっごいカサ増ししてある感じ。だからそこそこの仕事でいいと思う」
「………」
「僕の今回の仕事、さっきのデブの手伝い。だから僕操舵室行ってくるね」
「え?」
聞き返す間も止める間もなく、雲母は壁を破壊して部屋を出て行った。しばらくしてさっきの天人の叫び声が聞こえてくる。同時にあちらこちらから破壊音もして、再び足元が揺れる。窓の外を見ればすぐに船が傾いているのがわかった。雲母か、それとも真選組が砲撃でもしているのだろうか。刀を取り落とし、ずるりと床に腰を落とした。
「海に落ちればどうにか浮上できる…たぶん。土方さんたちが砲撃ないし突撃してくれたんなら、助けてもらえる…これは可能性薄いかな。…それにしても、こんなんでへばってたらお祖父様に怒られるや…」
長くため息をつく。ソレに関して頭をよぎっても、口にだすことはしない。本当にただの遊びのつもりだったのだから、ただの逃避だったのだから、自分は社長になったのだから、今後は遊んでいられない。
金の切れ目は縁の切れ目
ある意味では拷問だろうか。新八たちを連れて行くのを渋る藤丸を拳で納得させた頃には、その精悍な顔は丸くなっていた。まぁそれはそのうちなかったことになってると思うので気にしなくていいだろう。
さて藤丸を先導に移動してきた一行は現在丸天商事がオフィス代わりに使っている中型艦艇に忍び込んでいた。出入りしているのは天人ばかりで、偏見だという自覚はあるがあまりにもまっとうな商売をしていそうには見えない。
「やっぱりこの幽霊会社…ただの脱税用かと思ったが違うな」
「このマーク見たことあるアル」
「これ、春雨の…宇宙海賊春雨のマークじゃないか!」
隠れ蓑にしている積荷のいくつかには、新八たちも見たことがある赤い線のマークがあった。藤丸は携帯を取り出しどこかへ電話をかけるが、すぐに舌打ちして画面を見ているあたりつながらないのだろう。とにかくを探そうという提案により、周りの目を避けながら艦内を移動するうち足元が大きく揺れた。
「くそっ、まさかお嬢を人質に宇宙へ逃げるつもりか」
「そもそもこんなとこで、大丈夫アルか」
「お嬢様は大丈夫だ、ほぼ100%無事だ。たとえここでの会合が本当に見合いだったとしてもそれを餌にした不利な商談だったとしても、お嬢の弁舌はすごいから逆転してくる。ただ」
藤丸は表情を暗くする。曰く、世間ではの父・兵吉が今の永倉商社を作ったかのように言われているが、その実ここまで安定した大きな商家になったのは那谷屋から嫁入りした永倉いち子の手腕が大きいのだとか。「兵吉様に商才はない」と剣呑な目で言う藤丸に苦笑する。
「ただ…俺が側にいないことで、お嬢が寂しがってなけれバフンッ!」
「そういうのもういいアル話が進まないアル。そういうので文字数カサ増しすんのやめるアル」
「カサ増しじゃないもん俺の確固たる思いだもん!とにかくお嬢がどれだけすごい人でも、兵吉様が同席していればどうなるか」
人通りの少ない廊下からこっそりと様子を伺っていると、武装した天人たちが一つの部屋へと向かいだした。何事かとより観察していると、一人だけ反対方向に走る者がいた。「アイツ丸天商事の社長か?」藤丸の言葉にキッと気を引き締めるが、天人たちが集まっていく方向から乱闘の音が聞こえだした。
「お嬢が戦ってる!俺も行かな…って、あっ、武器持ってくんの忘れたァ!くっそ眼鏡、その木刀でいいから貸せ!」
「はぁ?イヤですよ」
「んだとこの、お前一人行くより俺が武器を得ることで何倍もお嬢のためになんだぞ!ぽっと出の眼鏡のくせして!」
「こっちからしたらお前のほうがぽっと出アル。お前らのぶんも私が働いてやっから船止めてくるネ、宇宙まで飛ばれたら簡単には脱出できないアル」
廊下へ飛び出ると同時に神楽は藤丸を船の前方へとかっ飛ばした。壁を突き抜けていったので近道にはなるだろう。新八は顔を青くさせるものの、気にせず目的の部屋へ向かう神楽の後を追った。
「あり、君たちさっき僕の攻撃を防いだ子達じゃん」
「お前!」
「その傘、もしかして君も夜兎?珍しいね、モブ顔じゃない夜兎に新しく出会うのも久しぶり」
一つ角を曲がったところで誰かにぶつかりかける。昼にの命を狙っていた夜兎の女性だ。各々武器を構えるが、当人は「それじゃ」とその横を通り抜けようとしている。とっさに攻撃を加えてとどまらせるが、当然戦い慣れているためか簡単にいなされる。
「あのね、僕仕事中なの。上司にちゃんと餌付けされてるから、命令外のやつ殺すとお菓子もらえないの。僕コレでも必死に我慢してるのに、そんな殺気向けられたら遊びたくなっちゃうでしょ」
「お前の仕事って何アルか。の会社乗っ取ることアルか」
「会社は知らない。僕の仕事は用済みを始末することだから」
再び攻撃しようとした神楽へ蹴り入れ、ひるんだところで再び手を降って去っていく。すぐに体制を立て直すが、その頃にはすでに姿は見えなかった。無駄な戦闘をしなくてもいいのなら早く目的地へ向かうべきだろう、新八は神楽を助け起こし走り出した。
×
「―さん!」
失血で今にも倒れそうだ、と思っていたところで声が聞こえる。ゆるゆると視線を向ければ、そこには友達ですらなくなってしまった人の姿がある。「アレ、ついに私もお迎えがきたかな…」と苦笑しそのまま倒れ込む。呼吸も浅くなっていて、流石に無理しすぎたかなと心中でため息をつく。
「大丈夫ですか、さん」
「……あれ、お迎えじゃない」
「んなわけないでしょう。ああもうこんななるまで…、一人で、こんなに?」
あたりには天人がたくさん倒れていて、殺し尽くしたのかはわからないが動けない程度にはなっている。それらを見て、新八は息を潜めた。
「そうですよ。私こう見えて強いんです。友達もいないんで、こうして自分で自分を守るしかないわけですね。…貴方達がここにいるということは、さんか近藤さんたちかが乗り込んできたってことですかね…、あー、なら、……どうしようかな、体動かないし」
違う意味での迎えが来たのならば起き上がらねばと思いはするが、如何せん体は言うことを聞かない。戦いで体力を失っているのもそうだが、その後手当もせずにぶっ倒れていたので失血が多い。
「だから、そういうとこですよ」
「はい…?」
「なんで私達がここまで来たと思ってるアル。がここまで一人で頑張ったんだから、今度は私達がを助ける番ネ」
神楽と新八二人がの肩を掴み起き上がらせると、よっこらせと立ち上がらせる。を真ん中に二人で支え、揺れる艦内を歩き出した。
「友達ってのは、助け合うものネ」
「助け合ってお互い感謝して、時々日頃の感謝を形にすることはあれど、何かしてもらうたびにお金を払うものじゃありません」
「私は、と、そんな金だけの関係は嫌アル」
「今までは、…高い食材を払って、僕と、僕たちとおしゃべりしているなんて関係のつもりだったんでしょう。そんなの友達じゃありません。僕の家はキャバクラじゃありません。僕の家に、キャバクラ感覚で来られるのは嫌です」
言葉を失う。そんなつもりはにもなかった。だけど結果的に、今の状況では特に。…そう思われても仕方ない行動だった。
うつむいて唇を噛みしめる。見合い相手が、出会う男が金目的ばかりで嫌だと自分で言っていたのに、自分は相手を―好きな人を、金で釣ろうとしていたのだから。
「だから今度こそ、ちゃんと友達になりましょう。お互いを知りながら、いろんな面倒事も楽しいことも分け合って、笑い合って」
「だからまず、今は生きて帰るネ。には、ちゃんとお金じゃない縁はいっぱいあるヨ」
藤丸が目的を達したのか、船は徐々に下降していた。割れた窓の向こうでは、真選組が赤いランプを点灯させて待機している。
ふ、と息を漏らして笑みをこぼす。すごいなぁ、なんて思いながら、そこでは意識を失った。