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「あの小娘、いつもにこにこしてる割りには腹にはなにかイチモツ持ってやがるぜ」
ちゃんは祖父の兵馬殿と父の兵吉殿とに厳しく育てられ、常に笑みを絶やさず、感情を出さないようにしているらしい。だから新八くんといつも朝御飯を食べているときは、本当に楽しそうに笑ってたよ」
「小娘にしては腕が立つだけじゃねえ、伊東に劣らねえくらい頭も口も回る。敵にしたくねえタイプだ」
「いつもすごいおしとやかでね、所作もまさにお嬢様って感じなんだけど、俺みたいな裏方の重要性も分かってて労ってくれるんだ」
「いや、うん…俺は知ってたよ。依頼が意味不明過ぎて聞き流そうかとした時すごい怖かったからね。ある意味では押しが強いっつーか」

 彼女がどんな人か。彼女を知っている人に聞くと、一様に「いつもにこにこ笑っている」と答える。けどその笑顔の裏にもいろいろなものがあって。だけど僕は正直、その張り付けた笑顔には覚えがなかった。関係ありませんからと壁を作られたあの時までは。
 あの後無事着水した艦艇から脱し、藤丸が手配した車で病院へとを運んだ。失血がひどく一時は死線をさ迷ったが、手厚い処置で無事一命を取り停めた。それから数日、は眠ったままだ。神楽と何度か見舞いに来たが、今日も目覚めそうにない。
 怪我は酷かった。あの雲母というらしい夜兎の女性とは戦わなかったようだが、それでもあの多勢の天人相手に一人で戦って無事でいるのが不思議なくらいだ。銀時や桂に神楽やその父、真選組の面々とそれくらいのことを簡単に成し遂げそうな人物はいくらもいるが、まさか目の前の少女がそこまでの実力を持っていたなんて、知らなかった。確かにいつも武器であろうものを背負っていたけど、新八が見てきた彼女は、ちょっと押しが強い優しい女の子だったから。

「貴方が新八さん?」
「へ、あ、はい」
「ふふ…あの子がこんなになるまで戦うのも頷けるわね」

 病室でを眺めながら一人ものおもいに耽っている新八に声をかけたのは、の母いち子だ。慌てて頭を下げる新八にいち子はくすくすと笑い、気にしないでと肩を竦めた。

「この子はね、私が臥せっちゃって、父親がへっぽこで、会社傾かせないためにも昔からずっと気を張って生きてきたの。お義父様から剣術を習いながら個人的な人付き合いもしないで商売のこと学んで…一人娘で、お義父様の孫って立場から誘拐されたり暗殺されかけたりなんて事もあったわ」
「…そうなんですか」
「だからが好きな人ができたなんて報告してきたときは、勿論嬉しかったけど驚いたのよ」

 いち子は脇のテーブルの水や手拭いを取り替えると踵を返して扉へと向かった。さっぱりとしているが、長く目を覚まさないことが心配じゃないのだろうか。

「大丈夫よ、この子はこの程度じゃ死なないわ。…新八さん、を、よろしくね」

 深く、頭を下げて。いち子は病室を出ていった。
 一人取り残されて、途端に静まり返る。「…さん、」体調はある程度落ち着いたのに目覚めないのは、どうしてだろう。

「眠り姫は王子様のちゅーで目覚めます」
「…………」
「…………」
「……え、いや。さん?」
「寝てます」
「寝てたら返事できねぇよ!起きてたのか!起きてたんだな!いつから…っ」

 体をバキバキ言わせながらのそりと起き上がるに駆け寄ろうとして、咄嗟に立ち止まる。腕を伸ばして体をほぐした後、は苦笑して新八に向いた。数日前にはもう目覚めていたらしく、いち子もそれを知っていたという。なんだよそれ、と視線をそらせば、当のは肩を揺らして笑っている。

「新八さんのお話が面白くて。私のこといろんな人に聞いて、こういう人なんですかって、言ってくれるのが嬉しくて」
「……全部聞かれてた……」
「私も恥ずかしいんですよ。新八さんにはか弱い乙女で通してたのに」
「いや、出会いからしてか弱いと言われても頷けないからね」

 おかしいなぁと首を傾げる彼女はまだ笑っている。今の今まで気を張っていたのが馬鹿らしくなって、釣られて新八も笑みをこぼした。彼女が目覚めたら何を話そうとか、何を話してもらおうだとか、いろいろと考えていたのに全部吹っ飛んでいった。自分が話そうかと思っていたことは、全部聞かれてしまっていたようだし。
 眼鏡を微調整して気を取り直し息をつく。

さんが眠っている間、これからどうしようって思ってたんです。僕たちの関係も、さんの気持ちも」
「友達ですらなくなっちゃいましたからね」
「今はもうまた、友達ですよ」

 そうなんですかぁ、と苦笑する表情は、きっといつもの仮面なのだろう。手を伸ばして、その両頬をつまんで伸ばした。

「僕は、もっと貴方のこと知りたいと思いました。その貼り付けた笑顔の下でどんなこと考えてるのか気になります」
「…新八さんの前ではそんなふうに笑ったことないですよ?」
「知ってます。でもそれもあの時までのことでしょ、今は不自然なくらい綺麗に笑ってて、でもそれ僕にとってはすごい違和感なんです。だって僕は、貴方の素の表情知ってるわけだから」

 ぱっと手を放して見舞い用の椅子に腰を下ろす。少し赤くなった頬を撫でながら新八に視線を向けるは、眉間にシワを作って顔を顰めている。今にも泣きそうな、子供のような表情で、言葉を重ねるたびに俯いていく。

「…社長になって、これから色々大変だと思います。だから、…僕にも、支えさせてください。と言っても、まだ結婚は出来ませんけど」
「……それは…つまり……交際を前提に結婚してくださるってことですか?」
「だから結婚はまだ出来ねぇって言ったばっかだろうがァ!!つーかソレ順序逆!結婚を前提に交際しましょうって言って………、いや…」

 勢いのままツッコミを入れて勢いのまま言葉を翻して、新八は自分が口走ったことに気づいて勢いをすぼめた。視線を激しく泳がせて、釣られるように首ごとあちらこちらへさまよわせている。
 一度はきょとんとしていたも、新八のそんな様子を見て再び笑い出す。ただ、その目尻には涙が浮かんでいて。

「ふふ…本当に、新八さんは優しい人ですね。いいんですよ、無理しなくて。ああして助けに来ていただいただけで本当に嬉しかった。こうやってお見舞いに来てくれただけで本当に嬉しかった。毎朝一緒にご飯食べて、他愛もない雑談が出来て本当に楽しかった。一生の思い出です。
 なので、私はもう大丈夫。今度はお母様と、部下と一緒に頑張りますから」
「ホント何もわかってねぇなアンタは!僕の話ちゃんと聞いてました!?アンタが自分で作った壁の外じゃ、…さんのこと何も知れないままだから、その壁の中に入らせてくれって言ってんですよ。で、まだその…家族になるには早いから、その前の…段階の…お付き合いを…ですね」

 この人は、本当に変なところで引く。こちらから歩み寄れば、彼女が顔を出していた小さな出入り口に勢いよくシャッターを下ろして叩き落とすのだ。そういう人。だからその壁をぶち壊してやろうと思ったのだ。とは言っても一撃でぶち破れるほど強くないので、トンカチで少しずつ穴を開ける感覚で。
 布団を握りしめる手にそっと触れて解す。ぎゅうと手を握って、唇を噛みしめるに笑いかける。反対の手で眼鏡を外して彼女にかけてやると、不思議そうに顔をあげた。ピントの合わないぼやけた視界にを放り込む。

「これで僕前見えませんから」
「……新八さん、なんか…キザですね」
「似合わねぇってか!わかってるよそんなこと!頑張ってる女の子ってのは、泣き顔なんて見られたくないもんでしょう。いくら女性経験が著しく無いっていっても、姉上がそういう人ですから。…だから、好きなだけ泣いていいですよ。見えませんから」

 一度視線を下ろして、ぼんやりと考え込んだ後、新八の服を掴み引き寄せる。

「こういうときは、抱きしめるもんですよ」
「……抱きしめて、いいのなら」
「私を泣かせるんですから、腹いせに…っいっぱい鼻水つけてやる」

 好きなだけどうぞ、と返し自分の胸に顔を押し付ける少女をなだめるようにぽんと叩いた。




×××


 病室の外、気配を殺し中を伺うのが二人。銀時とだ。今回まるっきり出番のなかった坂田銀時は、その裏ではに引きずられて暗躍していた。丸天商事の艦艇でが一人でどうにか出来る程度に天人の数を減らしたのは銀時だ。雲母がの排除に動いていればどうなっていたかわからないが、そこは問題ないという確固とした情報を入手したのは

「あの新八がなぁ…………」
「そんなに寂しい?弟のような息子のような新八くんが、よその女に取られるのは」
「ちげぇよお前、娘だったら父親はそういう、何?寂しい的な?感情に囚われるのかも知れねぇが息子は違うよ?例え婿入りだったとしても息子は娶る側なんだよ、つまりあのガキも坂田ファミリーに、いやちげぇよ新八はただの眼鏡であって俺の息子でも弟でもないからね?」
「はいはい。で、報酬の件だけど」
「え?何?」
「…………私は宇宙を股にかける情報屋よ?一つの情報がいくらになると思ってるの?」
「俺だってお前の言う通り動いたろうが!チャラだチャラ!」
「ヨシ分かった、今度お前でエクササイズすっから。一発一万で使ってやるわ」





デートは結局楽しんだもん勝ち



 新八は悩んでいた。永倉商社の社長にまで成ったとお付き合いを始めたはいいものの、お付き合いってなんなのか。何すればいいのか。ナニすればいいのか。いやそれは違うと首を振る。
 今まで姉と二人で暮らしていて、借金や日々の生活のため色恋に時間を割いている余裕等なく、そういったことはとんと経験がない。そんなない頭で必死に絞り出した案がひとつ。

「前誘って貰ったのを断っちゃったので、出掛けたいと思うんですよ」
「いんじゃね?」
「それで行く場所なんですけど、なんかそういう…で、デートスポットとか、どこがいいですかね」
「いんじゃね?」
「いやいんじゃね?じゃなくて。聞いてないでしょ」
「聞いてるっつの。聞いてるけどただ心底どうでもいい。映画行って飯食ってホテル行きゃあいんじゃね?」
「ほほほホテルとかそういうのはナシです!婚前交渉はよくない!」
「そんなんだから童貞なんだよ」

 今時流行らない、と銀時は鼻をほじりつつジャンプのページを捲った。

「お前の好きなとことか連れてきゃいいんじゃねーの。社長ならなんでも喜ぶだろ」
「でもそれで楽しくなかったら悪いじゃないですか」
「あーもうめんどくせえな。だったら行きたいとこ聞けばいいだろ、大体アレコレ考えて映画だの定番のおすすめスポットだのに行こうが、ド素人のお前がエスコートしてるだけで楽しいもんも楽しくなんねぇよ」

 鼻くそを吹き飛ばし、さらにジャンプのページを捲る。新八は落ち込むように視線を下げた。それもそうですよね、とソファに座り、教えられたの携帯番号へ電話をかける。銀時は完全に背を向けていた。

『もしもし』
「あ、さん?僕です、新八です。あの、ちょっと聞きたいというかお話したいことがあって、今お時間大丈夫ですか」
『永遠に忙しいです』
「え?アレその声さんじゃ」
『お嬢は永遠に忙しいんだよ!お前の下らねえ話を聞く時間は永遠に来ねぇ!なんせ俺と一緒に出かけるからな!今日も明日も明後日もお嬢は俺と常にいっしゴブファアッ』

 殴るような音の後、携帯が床に落ちて滑る音。『人が目離した隙に何勝手に電話出てんの』『すんません!』なんて会話が聞こえ、向こうが静かになって、咳払いのあと目的の人物の声が届いた。

『もしもし永倉です、失礼しました』
「あ、イエ、すみません忙しい時に」
『!?新八さん!?どっどどどうしたんですか』

 こちらが新八だと気付いた途端に声のトーンが上がったに驚きながら、近いうちに一緒に出かけないかというお誘いと、その予定日、そして行きたい場所がないかを問うために電話をしたことを伝えれば、バタバタと慌てる音が聞こえる。予定帳でも確認しているのだろう。

『えっ、えと、前ほど忙しくないので、明日と五日後以外なら、新八さんが大丈夫な日、いつでも調整できます!』
「そ、そっか。じゃあ…」

 カレンダーを見ながら予定日を決め、続いて目的地を決める。どういうところがいいかわからない、新八さんが連れてってくれるならどこでも行きます。なんて照れ臭そうに言うに新八も照れながら、なら当日までに決めておきます、と言って電話を切った。
 気合いを入れねば、と息をつく。

「いくら甘党の銀さんでもそういう甘いの好きじゃないからよそでやってくんない?ねぇ」

§


 新八は考え抜いた。考えまくったのだ。集合時間からまずどこへ行ってというシミュレーションをめちゃくちゃした。しかしデートの予定日、とんでもないことが起きてしまった。
 人生をかけるほどの勢いで応援しているアイドル、寺門通のライブ。元々この日に何かやるという情報は掴んでいたが、まさかライブをするとは思っていなかった。某所の遊園地内で、他のアーティストとともに余興のようなライブをするという。
 どうしたものか、と頭を抱える。ライブは夕方から始まるため、デートを早めに切り上げればいいと言われればそうなのだが、お通ちゃんのライブがあるとなれば親衛隊で集まって応援練習を数時間前から行う習慣だ。隊長としてそれを外すわけにもいかない。
 だからと言って、予定を決めた時ののあまりにも嬉しそうな声を思い出すと、これも下手にずらすことは出来ない。というか明日だし。今からお通ちゃんのライブがあるから日にちずらしてって、言えない。新八は頭を掻きむしった。

「じゃあもう最終目的地をライブにすりゃいいんじゃねえの」
「それも考えましたよ。でも絶対引かれるじゃないですか。『デートにアイドルのライブってなに考えてんだこいつ』って」
「今さらだろ。それで引かれたんなら潔くフってこい。どうせ隠し通すとか無理なんだから」

 至極面倒そうに言う銀時に、新八はまた悩み込んだ。純粋に彼女を喜ばせたい気持ちはあるが、お通ちゃんのライブとは比べられない。どっちが好きとかじゃなくて、お通は今まで新八を支えてくれたかけがえのないものだから。恋人が出来たからと易々捨てられるものではない。
 意を決する。素直に伝えよう。いつだったか、お互いに譲歩する余裕はあると言っていたし。お通ちゃんを愛する自分も、間違いなく志村新八なのだと。



「えっと…それじゃ、行こうか」
「はい」

 デート当日。家康像の前で待ち合わせをしたらしい二人は、が5分前、新八が1時間前に到着していた。はそこそこ控えめの、若い女子の間で浸透している丈の短い着物。新八は、迷い迷ったものの結局親衛隊の隊服だった。口角をひきつらせて銀時は二人の様子を伺った。
 銀時と並ぶのはお妙と神楽―そしてもう一人、見知らぬ男がとんでもない形相で新八たちを見ている。誰、と呟くが男は答えない。

「コイツあれヨ、のストーカー」
「違うわ!俺はお嬢の愛のボディーガード兼秘書兼婚約者候補の藤丸纈だ!」
「え?何その頭、パーマかけてんの?何その触角引きちぎっていい?」
「あっ、新ちゃんたち移動するわよ」

 一同がどうしてまた集まっているのか。いつだったかに新八が詐欺女に騙されてデートに繰り出していた時は、女の腹の裏を探るために尾行していたが、今回は違う。お妙はの気持ちを知った上で二人の仲を認めているし、それは銀時や神楽だってそう。

「実際デートでアイドルのライブ行くのは百歩譲って仕方ねえとしてもだよ、基本衣装が追っかけの服ってのはどうなんだよお姉さん」
「私も色々提案したんだけど、彼女がどんな服着てくるかわかんないって言って、一張羅だって言って」
「たとえ社長が奇抜な趣味の服着てきたとしてもアレはねぇだろ」
「いやでもアレ満更でもないアル。ずっと新八の胸見てるアル」
「マジかよ。社長案外イロモノっつーか、え?あの新八のひょろひょろがいいワケ?」
「新ちゃんだって鍛えてるのよ」

 新八たちが最初に向かったのはカフェだった。どうやらそこで、今日の予定を伝えるつもりらしい。盗み聞いたところでは、近くの遊園地に行くようだ。そしてその遊園地とは、お通のライブがある遊園地。

「寺門通…?」
「そう、僕が応援してるアイドルなんだ。知らないかな」
「すみません、あまり音楽番組とか見なくて」
「そっか。お通ちゃんもまだまだなんだな」


「まだまだなんだな、じゃねえだろ!お嬢の前で他の女の話する奴があるか!お嬢困ってんじゃねえか!」
「コイツうるさいアル。間違ってないけどうるさいアル腹立つ」
「でも実際、新八からお通取り上げることもできねぇだろ。ここで社長がどういう反応するかだ」

 飲み物とデザートを食した後、二人は予定通り遊園地へと移動した。藤丸の話ではがそういったところに来るのは初めてらしく、慣れない困惑はありながらも楽しんでいるようだった。

「…お嬢…俺以外の男の前であんな風に笑うなんて」
「もうコイツうっとおしいんだけど!」



 遊園地へ来て数時間。おやつ時が近付いた頃、新八たちは園内の喫茶店で休憩していた。

「あのコースターとかいう乗り物楽しかったですね!」
「う、うん…楽しかったならよかった…僕はさっきのお化け屋敷で腕が折れるかと思ったけど」
「す、すみません、驚かされるの得意じゃなくて…」

 ふと新八が時計を見る。日も傾いて、園の中心にはいかにもといったステージが設営されていた。ここでやるのか、と確認していると、すでにちらほら隊服を着た者が集まっている。

「新八さんと同じ格好の方がいますね」
「あのね、僕、お通ちゃんの親衛隊隊長やってるんだ」
「はぁ…親衛隊」
「親衛隊はライブの数時間前から場所を確認し応援の準備をし、いざ始まれば近すぎない場所で彼女の歌を聞くんだ」
「……」
「だから、見てて」

 …と。新八はきりりとした表情で椅子から立ち上がり、整列を始めた隊員のもとへ駆ける。はきょとんとした顔でそれを見送っていた。

「オイイイいくらなんでも放置はねぇだろ新八ィイイ」
「お嬢を一人にするなんてけしからんぞ眼鏡ぇええ」
「この男どもホントうっさいアルな」
「でもこんなとこで女の子一人にするなんて多方面に危ないわよ。もう暗くなるし」
「いざって時の私達ネ。新八が馬鹿やらかすのは目に見えてたアル」

 当の新八はわかっているのかいないのか、他の来場者の迷惑にならない程度の声量で隊規の読み上げやら隊列の確認だのとしている。はしばらくそれを眺めていたが、やがて飽きたのか携帯を弄り出していた。
 それからさらにしばらくして日も沈んだ頃。ステージに照明が集まり余興ライブの説明が始まる。参加アーティストの中には間違いなくお通の名もあった。
 いくつかのアーティストのあと、ついにお通がステージに上がる。元々歌唱力は高いものの参加者の中では唯一の"アイドル"だからか、集まったファンは隊員じゃなくとも熱狂的だ。

「やべーよオイ、社長完全に冷めてんぞアレ、飲み物何杯目だアレ今何時間経った!?」
「ただアイドルのライブ一緒に見るっていうならともかく放置はまずいわよ」
「いやでもアレ案外満更でもないアル。わりと途中携帯で新八撮ってるアル」
「どうなってんだよ社長!おしとやかなご令嬢様じゃねえのかよ!どんだけ新八のこと好きなんだよ!新八ならなんでもいいのかよ!」
「多分暇の楽しみ方を学んでるアル」

 お通の歌も大盛況、他のアーティストも出演が終わり、お通も含めた参加者の挨拶が済んだ頃には新八が離れてゆうに四時間は経っていた。ようやく慌てての元へ戻った新八は、少し気まずい表情で頭を掻いている。
 しかし当のはにこやかに立ち上がり―

「キレイなフォームで腹に叩き込んだアル」
「さすがのちゃんも腹に据えかねたのね」
「そりゃそうだろ…」

 拳を一発。けれどそれで許したということなのか、すぐさま倒れた新八に手を差しのべ笑いかけている。

「別にアイドルのおっかけくらいいいですよ。今のはただ、放置された怒りです」
「う…ごめんなさい」
「今度は私も混ぜてくださいね」
「…え、いいの?」
「単純にいい歌唱でした。新八さんが応援するなら、私も応援します」

 なんて会話が聞こえて。

「さすがお嬢…眼鏡の気持ち悪い性癖にも物怖じしないなんて…」
「このクソパー野郎のほうが気持ち悪いんだけど」
「新八たちこの後ホテルで別の一発しけこむアルか?」
「しけこませねぇえええよ!お嬢にそういうのまだ早い!」
「やっぱこのクソパー野郎が一番気持ち悪いんだけど、ねぇ。 あーまぁ普通に帰るだろ、新八もしばらくそういうつもり無いだろうし童貞だから度胸ねえだろうし。俺達も帰るか」

 影からこそこそと半日以上費やした銀時達は、変な心配をしていたなどと悟らせないためにもすぐさま帰路につく。まぁ、本人たちが楽しんだならいいんだろう―そう適当に結論付けて。





夫の浮気は本能って言うけど本能を理性で抑えられないならそれは男ではない



「最初は見間違いかと思ったんだけど、このところ毎日見るようになって。
 ちょっと後を追ったら、ホストクラブ高天ヶ原に入って行って…なにか事情があるとは思うけど、さすがに気になっちゃって。
 だって連日でしょ、それに彼女はそのお金持ちだし、何か騙されたりしてるんじゃないかって心配で」

 仕事から帰って来たお妙からそんな話を聞いた新八は、そんなまさかと首を振った。しかしお妙の言うとおり、彼女―は江戸有数の名家の当主でもあり社長だ。若くその見目も愛らしく、何より金を持っているとなれば引く手あまた。いままではそれこそ、金目的が嫌だと言って新八に惚れたと宣い、紆余曲折を経て新八と交際するに至っているが、その実恋人同士らしいことはさほど出来ていないし、新八は金も無いし冴えない自覚がある。好きという気持ちが芽生えたのは確かで、だからこそ交際に応えたのだが、周りから気の迷いと言われて胸を張って否定するほど強い気持ちかと言われれば、否だ。付き合ってから好きになればいいじゃんというスタンス。しかしそういった経験が無いため、折角の申し出を断ることが出来なかっただけだと言われてしまえば、言葉が濁る。
 新八なりにこまめに連絡を取ったり、少ない給料で贈り物をしたりという気遣いはしているが、どれもこれも大したものではない。度々彼女から、仕事関係の縁でもらったが処理出来ないからと、蟹や牛肉等といった普段口に出来ない高級食材をもらったり、お登勢たちには高級化粧水だの美顔器だのといった喉から手が出るようなものを渡していたこともある。つまりは、新八が贈るようなものはゴミ以下の扱いをされていたって可笑しくない。その証拠か部下の藤丸は毎度鼻で笑ってくるし。

「大丈夫アル、お前を安心させるための気遣いとかホントはしたくないけど、が新八以外を好きになるとかまずないネ」
「喜んでいいのかわかんないんだけど」
「あの社長お前にはうまく隠してるのかお前が童貞フィルターかかってて気付かないだけなのか知らねえけど、相当な新八コンプレックスだから。さっちゃんとかゴリラとかと違って想いが成就しちまった分かなり巧妙だ」
「えっ…なんか知りたくない一面がありそうで嫌なんですけど」

 知らない方がいいとばかりに頷く銀時と神楽に呆然としながら、首を振って頬を叩く。それでも証言があるのだから、と。

「ってもよ、別にお前ものこと縛り付けるほど好きなわけでもないんだろ?手綱だけ繋いでおいてもらえれば俺たちも色々とあやかれるし被害も被らないしそれでいいんだけど」
「そういうわけにもいかないでしょう。そりゃ別にさんの交遊関係に口を出すつもりはないですけど」
「チェリーだからフラれるのにビビってるだけヨ。下手なメンヘラストーカーに成り下げるよりは見守った方が得策アル」
「男はどーんと構えておきゃいいんだよ。それにしても社長も水臭ぇよな、ホスト通いする金があるなら俺たちにくれれば社長どころか女王様扱いの接待してやるのによォ」
「だからそういうのやめろって言ってんでしょうが!」

 控えめのツッコミに、銀時は息をつく。切り替わった表情に、新八も首を傾げ眉根を寄せた。

「何にせよ、それについて言及なり調査なりするにしてもだ、その後どうすんのか決めといた方がいいぜ」
「え…」
「もし男目的のホスト通いだったんなら、それを見過ごすのか、問い詰めるのか。今後とどういう付き合いをしていくのかってことだよ」

 そんな問いにまた首を傾げる。
 銀時たちの話では、は引く程新八に惚れ込んでいるらしい。けれど新八の方はそこまででもないのだから、言うとおり手綱だけ引いておけばいい。
 そんな考えに顔をしかめる。男として、自分に好意を寄せてくれる女性をそういう扱いするわけにいかない。かといって、好きでもないのに付き合い続けるのも如何なものか。そこまで考えてあることに気付く。別に好きじゃないわけではないのだ。確かに引く程惚れ込んでいるという程ではないかもしれないが、普通の付き合い方がわからなくて意地を張ってばかりで、たくさんの天人を一人で斬り伏せられるくらいに剣が強くても、その裏ではなかなか休めない立場のせいで自然な笑い方を忘れかけてしまった弱い女の子。自分には、本当に嬉しそうに微笑んでくれる、恋人。
 例え童貞だから何にでもときめいてるだけだと言われても、自分にしがみついて泣く彼女を守りたいと、笑っていてほしいと思ったのは、紛れもない事実だ。それが好意を越えた情でなくてなんなのか。
 勿論神楽も、お通も、お登勢やキャサリン、たま、お妙といった知っている女性たちには皆、守りたいという気持ちも笑っていてほしいという気持ちもある。自分のせいで泣いてほしくないという気持ちも。だからこそ、に対してのその気持ちが、同じに見えて同じではないというのは、分かっていた。

「……もし男目的のホスト通いだったら。僕は、彼女をひっぱたいて説得します。さんの恋人は僕でしょ、って」
「へぇ」
「でもまずは、そんなんじゃないって信じます。けど自信がないので、少し調べます」

 強く言い切った新八に口角を上げ立ち上がる。さしもの銀時もそういう甘いのは好きではないが、迷う少年を導くのはまぁ、やぶさかではない。…後で社長に文句言ってふんだくってやろうという下心も、なくはないが。

§


「永倉社長が通っているか、ですか」
「ええ、すでに目撃証言があって」
「すみません、いくら万事屋の皆さんでも、お客様の情報を漏らすことはできません」

 ホストクラブ高天ヶ原。その経営者でもありトップランカーのホスト・狂死郎は、銀時たち万事屋と深い縁のある人物だ。すでに高天ヶ原に通っているという情報があったため直接聞きに来たが、当然ながら信用問題にも発展する、客の情報など、例え銀時たちでも教えるはずはなかった。当然の対応だ。
 銀時と神楽は酒や食事を楽しみに来ているだけで、すでに興味なさそうに机に向かっているが、新八は思い悩むように「そりゃそうですよね」と苦笑する。

「…そうだ皆さん、折角遊びに来て頂いたのに恐縮ですが、お時間余裕あったら、数時間ヘルプに入ってもらえませんか。今日は某一流企業の社長というVIP客がいらっしゃるんですが、ウチの従業員じゃ気に入らないみたいで。でも僕一人じゃ少し問題があって」

 そう提案したのは狂死郎。集まる視線にウインクして、返事を聞く前にボーイの八郎呼び準備を始めさせた。
 ホストクラブやキャバクラでのヘルプは何度か経験しているためか、店で用意されたキラキラしたスーツを身に纏ったところで、慣れたように意識を切り替え自分でネクタイを締め直す。狂死郎からは、出迎えは自分たちでやるのでテーブルで待機するよう言われ、銀こと銀時、グラこと神楽、新こと新八の三人でテーブルのセッティングを行った。そうするうちに入り口が騒がしくなる―件のVIP客が来店したらしい。

「こんばんは、狂死郎さん。今日もよろしくお願いします」
「ええ、いつもありがとうございます。そうだ、今日はおすすめの新人がいるんですが、よかったら席で話しませんか?」
「構いませんけど…」

 そんな会話をしながら三人が待機していた席にやってきたのは、間違いなくだった。新八たちを見て僅かに目を瞠り、すぐに何事もなかったかのように視線をそらすと狂死郎の案内に従って席に座る。
 口角を引きつらせながらもお互い気づいてない体で接客を始める。酒は飲まないと予め宣言したは、狂死郎たちホストにはそこそこの額のお酒を、自身は烏龍茶を注文すると、持参した鞄から何かを取り出す―携帯できるノートパソコンだ。慣れた手付きで起動させ膝の上に置くと、狂死郎と並び画面を覗き込んだ。

「昨日聞いてから一日考えましたが、やっぱりキャッシュカウンターは入り口より少し離れたところにするのがいいかと思います。出来るだけ危険は遠ざけて、出入り口から離れていることはサービスで緩和しましょう」
「なるほど。ではそのように配置を変えます。席数なんですけど、やっぱり数を減らしてサービスの向上と、長い滞在時間を」
「ゆっくり出来る奥の半個室と、手前のホールとカウンターで短い時間潰し目的のお客様と分ければ、さんの求める形に近くなるのでは?」
「それもそうですね…。やっぱり狂死郎さんに意見を求めて正解でした。自分一人だとどうしても凝り固まってしまって」
「僕もさんの力になれて嬉しいですよ。僕がこうして培ってきたホストとしての接客技術が認められて、少し恥ずかしくもありますが」

 ふふふ、と和やかに笑い合う狂死郎とに、新八は冷や汗を流した。銀時と肩を寄せて、どういうことですかねコレ、と声を潜める。

「どういうってアレだろ、なんか…新しい店の…意見を求めてんじゃね?」
「え?いやでも…どうして狂死郎さんを知ったんです?そりゃ狂死郎さんはかぶき町ナンバーワンホストですけど」
「知らねぇよ」

 話が一段落したのかパソコンを閉じ、烏龍茶で乾杯している。そしてふと、視線を新八たちに向ける。

「ところでそこの黒髪の人?こっち来て」
「へ…あ、ハイ」
「狂死郎さん、とりあえずこの人にドンペリ10ぽ」
「やめんかァアア!」

 反射的に叫んでしまい、咄嗟に手で口を塞ぐがもう遅い。ただ愉しそうにが肩をすくめていた。そこで狂死郎が苦笑して、タネばらしと言わんばかりに説明を始める。どうやら新規事業としてちょっとしたカフェを出すらしく、その意見を求めるために巷で人気のナンバーワンホストである狂死郎がいる高天ヶ原へ通っていた。そして自らへの接客に満足し、目的通り相談していたのだとか。

「だから浮気とかじゃないんですよ新八さん。でも嬉しいです、こんなとこまで調べに来てくれるなんて」
「いや…調べてっていうか…なんていうか…」
「先日来る時にお妙義姉さまと遭遇したのでお話してたんですけど、事情については聞かなかったんですかね?」
「姉上ェエ!?どういうことだ、姉上全部知ってて…!」

 ホストクラブに連日が通っている、という話をしてきたお妙の表情をよくよく思い出してみれば、心配と言うわりに心配していなかったし、こちらと視線を合わせることもなかった。それを考えれば確かに、わかっていてけしかけたのだとしてもおかしくはない。

「……あの、なんでそんな嬉しそうなんですか」
「嫉妬してくれたってことでしょう?」
「嫉妬っていうか…」
「自分の財布が他に取られねぇかと心配してただけだろ」
「財布とか言うなやァ!そんなんじゃないからね!そんなふうに思ってないからね!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ出す万事屋三人とを見て、狂死郎は「僕でも彼女をこんなに楽しそうに笑わせることは出来なかったな」と笑みをこぼす。元々とは客として知り合いだ。一流企業の社長令嬢、今でこそ女社長だが、どちらにせよその接客のため彼女をこのホストクラブにつれてくる者は結構いた。ホストの応対ににこやかに返し、年齢もあるが酒や雰囲気に酔うこともなくそれなりに場を楽しんで帰る。かぶき町一のホストクラブでの接客で満足させられたと喜ぶ連れ合いに、しかし幾多の女性を相手にしてきた狂死郎には、冷めた瞳が見えていた。
 たくさんの重責を抱える少女を、高額な対価があっても羽を休めてあげられたら、と思っていたのだが―自分では無理だったらしい。






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