吉原炎上篇
町中でスリに遭い、その犯人である子供をひっ捕らえた銀時は、ややあって万事屋の下にあるお登勢の店へと来ていた。
少年の名は晴太。地下都市吉原桃源郷―常夜の町とまで言われる、大きな遊郭都市で生まれ落ちた子供だ。吉原一番の遊女・日輪を買うため、日夜スリで小銭を稼いでいるという。
お登勢に始まりキャサリンたちも腹を抱えてそんな話を笑い飛ばした。吉原の町の遊女と会うだけで大金が必要になるのに、その吉原一番の遊女となれば何か間違ったことにでも手を染めなければ、スリなんて生業では一生かかっても目的は達成できないだろうことは、基礎知識だけでもわかりきったことだ。
「笑い事じゃないですよ、子供がそんなこと考えるのは可笑しいでしょ」
「細かいこと言うなヨ新八、ガキに先越されて焦ってるアルか」
「あっあああ焦ってねえっし!」
「そうですよ、私の準備はいつでも出来ますからあとは新八さんが呼んでくれるだけなんですから」
「そそそそうだよやろうと思えばいつでも出来るし。やらないだけだから僕の場合」
「やろうとしても俺の目が黒いうちは阻止しますけどね!」
「仮にも恋人がいるのにヤらねえだけってのはさ新八、それはそれのほうがダメなヤツじゃねぇの」
ゴホン、とわざとらしく盛大な咳払いをして、新八は話の軌道を戻す。神楽よりもずっと若い―どころか幼い晴太は、親もおらずまともな職になどつけはしない。それでも金を手に入れるにはスリしかなかったと語る。その日を生きるのにもギリギリな晴太がそこまでして日輪を買いたいというのにも理由があった。物心付く前に親に捨てられ老爺に育てられたが、老爺は死の間際意味深なことを口にしたという―晴太の親は今も、常夜の中で一人日輪のように輝いている、と。それらの言葉から、晴太は吉原遊廓の遊女・日輪が、その母なのではないかと予測した。
しかし日輪が座っている顔見せの舞台へどれだけ声を飛ばそうと手を伸ばそうと決してこちらを見ない。だから金を払って、堂々と会いにゆくのだ、と。
「…そういう事情なら、私の会社で雇うことも可能ではありますが…」
「無駄ですよお嬢。うちで働いた金をゴミに代えられても困る」
「藤丸さん、そんな言い方」
フン、と藤丸はそっぽを向いて黙り込む。そんな様子にも気まずげに口ごもり、見かねたお登勢がため息とともにスナックお登勢での奉公を許した。
§
吉原には裏の顔がある。治外法権、上の常識が通じない世界。夜王と呼ばれる男一人が、そんな桃源郷の存在を成立させている。
晴太がスナックお登勢で働きだして数日。その働きぶりは皆が感嘆するほどであったが、結局どれほどここで頑張ったところで晴太の夢である日輪との接見が叶わないことは誰も口にしなかった。しかし晴太の思いをしっかりと胸に留めた銀時は、その重い腰を上げ吉原遊廓に来ていた。
どこから情報を得ようかと団子屋で死んだ目を往来へ向けていると、一人見知った男が隣に座った。
「社長の護衛はいいのか」
「お嬢は今お登勢殿のところだ」
「何しに来たんだよ」
「無駄な努力をしてるお前を笑いに来た」
店員に団子を注文しながら、藤丸は銀時を鼻で笑う。辟易としていれば、藤丸はやけに神妙な顔で空を見上げた―まかり間違っても天など見えない、閉じられた空。遊女の集まるという意味でも、物理的な意味でも、この町は常夜だった。
「悪いことは言わない、あのガキはそのまま飼い殺しておけ」
「はぁ?なんでそんなこと」
「お前らのためじゃねえ、お嬢のための忠告だ」
至極真面目に呟く藤丸に眉根を寄せる。確かに彼の行動原理はお嬢と仰ぐだ。だがこの件に関わることが、何がどうと繋がるのか。
「お前もいい年した男なら分かるだろ、町一番の遊女を買うのに必要なのは金だけじゃねぇ。いわゆるツテ、一見さんお断りってヤツだ。日輪ほどの遊女と面つなげるなら、お嬢のポジション以上のツテがいる」
「…お殿様くらい、ってか」
「だが今はもうそれでも無理だ。日輪と会えるのは極々一部の者だけ。吉原の支配者、夜王鳳仙くらいだ」
運ばれてきた団子を口にしながら、銀時とは目も合わせず語る。なんでそんなこと知ってやがる、と訝しげれば、藤丸は肩をすくめた。
「企業秘密だ。お嬢にも内緒だぞ」
「分かった、社長にはクソパーが吉原で遊んでたって誤魔化しておく」
「いやそれダメだから。俺即座に首切られちゃうから」
「…その情報が信じられるかはともかくよ。なんでお前、わざわざこんなところまでそんなこと言いに」
「………お前らがおっ死んだら、またお嬢が笑えなくなるだろ」
かちゃ、と小さく小さく、団子の刺さっていた串を皿に置く音が聞こえて。それと同じくらいの声量で、藤丸は静かにそう告げた。どういう意味だ、と返そうとして、後ろで団子を食べていた二人の男が、何やら気になる会話をしているのが耳に入る。それを聞きながら改めて隣へ目を向ければ、すでにそこには誰もおらず。…なんだかなぁ、と息をつきながら、真後ろの声に耳を傾けた。
かぶき町四天王篇
日本、江戸、かぶき町。江戸中からゴロツキが集まるその町が、小さな諍いはあってもそれほどの大きな問題にならないのには、四天王とまで呼ばれる強者四人が、お互いに睨みをきかせあってるおかげだった。
鬼神マドマーゼル西郷、大侠客泥水次郎長、孔雀姫華陀、女帝お登勢。その四つの勢力が、この町の均衡を保っている。西郷と次郎長は攘夷戦争の生き残り、華陀は町中の賭場の元締め。そしてお登勢は、自身にこそ大した戦力は持っていないが、たった一人で他の勢力と渡り合うほどの力を持つ侍を飼っている―と、されている。
さらに少し見方を広げれば、かぶき町に出入りする、四天王に匹敵する力を持つ者―基、危険視されている勢力は他にもあった。
宇宙規模の情報屋・もそうだが、これは単独。しかも目立って戦うような者もいないので、さほど注目されていない。それよりも皆が動向を気にしているのは、紛れもなく永倉家、現当主となった永倉だ。大企業を経営するその財力に加え、今まで何度も暗殺を企てられながら回避してきた何らかの力―それは情報収集力なのか、本人あるいは側近の力なのかは定かではない。そして何よりも問題なのはそのバック―祖父である永倉兵馬。若い頃から将軍に仕え、幕府が天人に屈するその時までの間前線で天人と切り結んでいたという、次郎長や西郷とも並ぶ剣の腕。さらに将軍の護衛隊長という、いざとなれば国さえ動かせる可能性すらある立場。が矢面にいることで兵馬が町まで降りてくることはまずないが、それでも孫娘であるに危険があれば真っ先に動くだろうというのは考えるまでもないことだ。
そのが、お登勢の傘下扱いされている万事屋と密接な関係にあるとなればかぶき町の力関係も崩れかねない。他にも因縁というのは、どこにでも生まれるもので。
お登勢が次郎長によって重体になり、集中治療室で眠ること早2日。ロボットであるたまこそいつもの調子を見せていたが、特にお登勢を慕っていたキャサリンは勿論、新八も神楽もまともに眠らないまま病室の前で沈んだ空気を垂れ流していた。銀時はその場におらず、どうやらお登勢をそんな目に合わせた次郎長とやり合い手ひどくやられたとか。
一連の話をたまから聞いて、は差し入れを持って来たものの勧めることすら出来ずに黙り込んだ。
「…そういえばクソパー野郎はどうしたアルか。こんな状況で一人で出歩くのは危ないアル」
「藤丸はここ数日有給とってます。何やってんでしょうね、あのクソパー。こんな大変なときに」
「まぁでも、さんたちはこの件に関わらないで、早く帰って大人しくしていたほうがいいです。下手に関わって、そのお登勢さんの勢力がどうとか、そういう扱いをされて変に命を狙われでもしたら大変ですから」
落ち込みを隠すように言う新八に、も俯いた。
「…命を狙われるのは慣れてます。そんなことよりも私は、出来ることがあるのに何もしない事の方が嫌です」
「そういう問題じゃないでしょ。というかそんなんに慣れちゃ駄目」
「私の時は、」
「さんが関係ないって言いたいわけじゃないよ。ただ僕たちだって何も出来ない状況じゃ、さらに混乱させることになるでしょ」
「新八様のおっしゃるとおりです。今の所関係ないと度外視されている様は、そのまま無関係を装い、来る時に備えていただいたほうが良いかと」
新八の言葉に同意するようなたまに、は少し考えた後頷いた。一緒に並んで戦うばかりが出来ることではない、そういうことなら―と、「差し入れ食べて体力つけてくださいね」とだけ言い残し病院から去っていった。
×
「なんだァ、ずいぶん静かだな」
「なんだアンタ知らないのかい?四天王の派閥争いがいよいよ激化してきて、みんなビビって町に寄り付かなくなっちまったのさ」
「へェ…そりゃ大変だな」
「噂じゃお登勢のヤツがおっ死んじまったらしくってな、次郎長一家と揉めたとかで、あっちも若頭がやられたとかって」
そんな町民の言葉に男は眉をひそめる。どこそこの勢力の誰が誰にやられた、なんて話がそこかしこに散らばっている。男は白髪交じりの頭を撫でて、へぇ、とまた息をついた。
「この町は任せろと息巻いてた若造らが、随分やられたままじゃねぇか。なァ纈」
「…お嬢も落ち込んでいて。この状況を覆すには、もう…貴方様の力を借りるしかないと」
「俺にも俺の仕事ってェのがあるんだが、かわいい孫娘が泣いてるんならギックリ腰持ち上げんのも仕方ねェか」
男の腰には刀が一差し。それに手を置きながら、深くシワの刻まれた老獪は、寂れた町の中一人楽しそうに口角を上げた。
「旦那をここまで引きずり出せれば、俺は大人しくしておきます」
「何言ってんだィ、お前にゃまだ仕事があるだろ。俺引っ張ってきておいてただのドライバーのままでいられると思ってんのか?」
「いやァ…でも俺もう戦えないし…」
「元々そんな強くねェだろてめぇは。昔っから引け腰でよォ。でもいざって時の行動力は信用してんだぜ」
踵を返したもう一人の肩を握り込み、老爺はにっかりと笑った。
§
お登勢の店、そして万事屋を、物理的にも取り潰すために集まったかぶき町中の戦力。銀時たち三人は自らの城を守るため、各々の剣を手に彼らに立ちふさがった。たまはお掃除モード、元泥棒という経験から、キャサリンは西郷が人質に取られている息子・てる彦の奪還へ向かっている。だがてる彦が囚われているのは華陀の根城。うまく忍び込むことが出来たとしても生きて帰る事は不可能だと、平子が光のない目で答えた。
すでに万事屋の屋根は燃えている。どれだけ彼らが奮闘しようとも、守れるものなどなにもないのだと、平子は暗に言っていた。
「大丈夫ですよ。人質奪還部隊には私が信頼する密偵がついていますから」
「さん!どうしてここへ…!」
「こんな大変なときに本当に待ち構えてなんていられますか。それに私だけじゃありません」
燃える建物に水がかかる。火消しの辰巳―万事屋と縁のある者の一人。さらには鍛冶屋の鉄子、岡っ引きの小銭形にハジ、からくり軍団を引き連れた源外、狂死郎率いるホスト軍団、お妙率いるキャバ嬢軍団。勢力なんか関係ない、町に暮らす自分たちのものだと。
×
孔雀姫華陀の根城、かぶき町のカジノ、その上。華陀と次郎長はその天守閣で町を見下ろしていた。
平子を起爆剤に戦争を起こし、四天王勢力を互いに潰し合わせ戦力を削り、漁夫の利で町そのものを乗っ取る―次郎長は煙管を燻らせながら、そうした推論を口にした。今更気づいたところで、と肩をすくめるが、次郎長はそれを鼻で笑い飛ばした。
敵の城で一人だと言うのに余裕を崩さない次郎長に、華陀は口元を扇で隠しながら美しく笑む。その後ろから白い装束をまとった大男が幾名も現れた。
「辰羅か…夜兎や荼吉尼に並ぶ傭兵部族をここまで揃えるたァ、やっぱただの博打好きの姉ちゃんじゃねぇな」
「長きにわたる我らの戦いもこれまで。もはやこの街はわしのもの…いや?宇宙海賊春雨、第四師団団長華陀のもの、と言ったほうがいいのかえ」
「ついに尻尾を出しやがったな化け狐。なら冥土の土産に教えておいてやる。このかぶき町には、まだまだ廃れちゃいねぇ隠れた刃があるってな」
―次郎長が戦争を終えてもこの町から離れなかったのは、華陀のようなこの国を狙う天人に睨みを利かせるため。華陀が何かしら大きな組織の一員であることも、なればこそ察していた。表立って手出しをしていなかったから、大人しくしていたわけだが―こうしてあからさまに取りに来たのならば。
そんな頃、二人のいる天守閣のふすまが荒々しく破られる。銀時率いる、万事屋だ。
+
豪華絢爛に設えられた部屋は、多量の血に濡れていた。折り重なる辰羅の死体の中、同じく血塗れながらも立っているのは次郎長と銀時の二人。歴戦の二人といえど、宇宙でも有数の傭兵部族を相手に無数の傷を受け息も絶え絶えだ。何度急所を突かれたことか。背中を合わせて息を整え間合いを取る。幾多も切り伏せているのに減る様子がないのは、さすが宇宙海賊と言ったところか。
「何だィ次郎長。こんな楽しそうな催しがあんのに俺を呼ばないなんざ水臭いじゃねぇか」
「誰だ!」
「呼んでねぇのが来ちまったか」
全員の視線が廊下へ集まる。即座に辰羅がそちらへ向かうが、攻撃を仕掛ける前に地に伏せる。ソレが誰かを知っている次郎長は面倒そうに息をつき、華陀は一歩怯み、銀時は険しい目でその男を見定めた。
「いやなァ、可愛い可愛い孫娘が泣いてるってんで見に来たんだが、どういうことだ次郎長、コレは。お前さんがいるからと、俺ァこの町から引いたんだぜ」
「色々と面倒が重なったんだよ。今片付けるところだ」
「てめぇも一端の父親ってか。まァそうだよな、娘や孫なんてもんは可愛いもんだ。ついつい我儘だって聞いちまう」
「貴様…まさか、」
華陀が眉根を寄せて奥歯を噛みしめる。何があろうとこの町には関わらないだろうと踏んでいた男。宇宙海賊春雨も、また別の部隊がその首を狙っているのにいつまでも飄々としている男。次郎長らと同じ、先の天人との戦争で真っ先に敵と切り結んでいたにも関わらず、変わらない様子で今も刀を携えている猛者。
「永倉兵馬…!何故貴様がこんなところに!」
「だァから可愛い孫娘が泣いて頼ってきたって言ってんだろ。聞こえなかったのか、その長い耳で。話には聞いてるよ、宇宙海賊だったか?そういうのしょっ引くのは俺の仕事じゃねェんだが、そんなめんどい肩書は城に置いてきちまってな。今の俺ァ、ただの野蛮な祖父ちゃんよ」
一切に襲いかかる辰羅を、事も無げに切り捨てる。
「さァて後輩ども。こんなもんでへばってんじゃねェぞ。この”小競り合い”を本当に”戦争”にしちまう前に、ここらで落とし前つけようじゃねぇか」
※
強力な援軍、の祖父である兵馬が加勢したとはいえ、地力のある辰羅の軍団を相手に、たったの三人で全てを倒し切った。さらにはかぶき町でも、仕向けた辰羅の精鋭部隊が退けられて皆が華陀の元へ進軍している。華陀はさすがに不利を悟り、悪態をついてその場を去った。
「…!貴様か、遅いぞ!使う予定はなかったとはいえ何をしておったか!わしは逃げる、貴様は早く、奥にいる猿を」
「あれェ華陀様、僕そんなことしに来たわけじゃないですよぉ」
「何を…!」
「僕の仕事は後始末。この抗争で負けたのは、アンタに見えるんだけどぉ」
逃げてきた華陀が辿り着いたのは春雨からの援軍―ではなく。黒髪に中華服、どこかで見た少女のもとだった。
愛チョリス篇
「僕のポケットの中の恋人、百々さんです!」
あれから回数は減ったものの長く時間が取られるようになった、とお妙、新八三人の朝食の後。紹介したい人がいますと言って新八が連れてきた―基、照れながらも堂々と見せてきた、二つの液晶のついた機器の画面の中の少女に、もお妙も言葉を失った。
§
現在江戸で大流行している恋愛シュミレーションゲーム『愛チョリス』。現実の時間と連動しており、朝に画面を開けばおはよう、夜に開けばこんばんはをしてくれるのは序の口。現実の時間と同じだけ”一緒に居れば”、それだけ親密度だの好感度だのが上がるというわけだ。
ニュースではそんな話がされており、新八どこか濁った目で聞きながら隣に話しかけている。
「へぇー…ゲームと現実の境がわからなくなるなんて、本当に彼女なんて出来なくなりますよ。ね、百々さん」
―お妙に連れて来られた銀時と神楽は、異様なものを見る目で新八を視界に入れている。何をどうとち狂ったのか、ショートケーキを画面の向こうの百々へと食べさせようとしていて、銀時は口角を引きつらせながら「なんか取り込み中みたいだな」と立ち上がった。それを半泣きの状態で引き止めたのはお妙だ。
「何だよアレ君の弟さんこそ異次元に飲み込まれちゃってるよ」
「ある日突然友人を紹介したいって持ってきてからずっとああなのよ」
「おいコレマズイんじゃねえの、さすがにあの社長でもドン引きだろ」
「…紹介してきたの、ちゃんもいる時なのよ」
うわぁそりゃ終わったな、と銀時は面倒そうに吐き捨てた。
「いやでもあっちでずっと見てるアルさすがに判断しかねてるみたいアル」
「普通じゃなかったなあの社長も!オイ社長テメーの彼氏だろ!社長がいながらどうしてこうなったんだ!」
銀時たちのいる縁側の反対、廊下側の襖をわずかに開けた隙間から覗いていたらしいを引っ張り出すと、はなかなか難しい顔で新八と銀時らを交互に見ていた。
「…始まりはクソパーのせいなんです」
「あぁ?あのクソパー、クソからクルクルに変化したか」
「なんか今度出かけようって話のために電話をくれたみたいなんですけど、出れなくて勝手にクソパーが対応したらしくって。でクソパーが、私はしばらく忙しいから代わりにって、この愛チョリスを勧めたんです」
「…………」
「最初こそ本当に私の代わりに、デートの予行演習的な?なんかそういうのもやってたみたいですけど、私の髪型がうまく再現出来ないとかなんとか、要は乖離してきて。で仕事で忙しい私より常に一緒にいるもんだからごっちゃになってクルクルになっちゃったみたいなんです」
難しい顔のまま、「くっ…」と歯噛みしつつ語るに頭を掻く。
そんな脇からさも当然のような流れで後框から口を出したのは、お妙のストーカーでもある近藤。モテない男ほどそういったゲームにハマるのだと、無駄に説得力のある素振りで語る近藤も同じゲームの別の女の子を彼女としているようだ。
「チッ…やっぱ無駄に大和撫子やってねぇでさっさと既成事実作って家に囲った方がよかったか」
「ちょっとォ大和撫子かららしからぬとんでも発言聞こえるんだけど! つーか問題のタネのあのクソパー何やってんだよ」
「クソ丸なら今北の海でマグロを10尾一本釣りする任務に出ています」
「実質死刑宣告じゃねえか!さすがの社長も腹に据えかねたんじゃねえか!」
ツッコミ不在の中必死に捌いていく銀時をよそに、はフッと笑みを零し立ち上がる。
「いえ、そんな事はありません。新八さんとああいうイチャイチャが出来ると思うと正直興奮する」
「なんなんだよ新八の心がどっか異次元でクルクルしてるからって全開かよ!」
「いいんですよアレ私との予行演習なんです つまりアレの進行と私との進行もシンクロする
―だから見過ごしてやってんですよ新八さんが兄ヶ崎百々と●●から●●●●まで済ませるんならソレに従って私も●●から●●●●まで済ませさらに私は先を行き●●を●●ます言ったでしょ私狙った獲物は逃さないし流石に浮気は許容しませんただ別にお金とかはいらないんで新八さんには一生私の男として私に何かと従ってもらいます●の●●●も●●の●●●●●もアッでもコレ本末転倒だな私が好きになった新八さんって一体なんだっけ」
「菩薩の笑みで何言ってんだ社長落ち着けェエエエ!!」
いつもの服装とは違い百々に似た格好をしているは冷静に見えて案外そうでもないのだろう。銀時や神楽に新八コンプレックスとまで言わせるだけはある、ということか。
§
銀時の名誉を捨てた呼びかけによって無事現実に戻ってきた新八は、かれこれ数時間程正座していた。目の前には、その後ろにお妙や銀時が並んでいる。ちなみに件の捨て身の作戦をようやく理解したらしい神楽は、どうにか逃避から帰って来た銀時をなんとなく慰めている。
数時間、沈黙。最初に新八が「すみません」と発言したきりずっと沈黙している。一方は"いつもの貼り付けた笑み"で、長い正座も屁でもない様子でただ新八を見ている。
「あの…本当にすみません…」
「何に対しての謝罪ですか?クレームの謝罪をする際は問題事項と解決策等併せて説明するものですよ」
「げ、ゲームにかまけて貴女とのお付き合いを愚かにしてしまい誠に申し訳ありませんでした!」
痺れる足を無視して畳に額を擦りつければ、ひとつため息が聞こえる。恐る恐る顔を上げれば、は笑みを取っ払っていたもののどこか無表情だった。
「別に最初から怒ってませんそんなこと。仕事が忙しいとあまり時間を作れなかった私にも非はあります」
「え…じ、じゃあどうしてこんな…」
こんな、いかにも断罪会場みたいな対立をしているのか。問えば、「分かりませんか?」とが首を傾げる。再び言葉を探すが、それらしいものは思い付かない。そんな思いがわかったのか、はまたため息をついて立ち上がり和室を出ていこうと襖に手をかける。
「新八さんには怒ってません、これは事実です。私もちょっと頭を冷やしたいので」
有無を言わせず去っていくに、皆が黙って彼女を見送る。襖が静かに閉められ、新八は項垂れた。
「…どうしましょう、どうしたら」
「怒ってないって言ってんならほっときゃ良いだろ。実際お前が異次元でクルクルしてたときもある特定のベクトルでは喜んでたからね社長」
「でも」
「でもも何もないぞ新八くん、百々さんはこういう時どうすれば許してくれたかを思い出すんだ」
次の瞬間にはいなかったはずの男は庭に沈められたものの、お妙は手を払いながら銀時へ視線を向けた。
新八連れ戻すために四苦八苦していたとき、はあることを口にしていた。それを伝えるべきか。知っているのは銀時とお妙だけで、ひとまずそっとしておこうとなったのだが?頭を掻きながら、銀時はひたすら面倒を口から吐き出した。
「女ってのは面倒なもんなんだよ新八。ゲームみたいに好感度とか見えねえしホテル連れ込んだら自動的にヤることやるってわけでもねぇ。
いいか、あの社長の新八への好感度は初期からマックスどころか天元突破してんだ。ゲームの女に浮気しても引かねえどころか見守ってたくらいな。
だが新八、ここでお前に、社長がどうして見守ることができたか教えてやる。ゲームでお前が童貞から非童貞に進化するのを期待してたんだよ。そうすりゃ自分もそこまでイベント進められるってな。つまりお前が童貞から非童貞に進化しなかったことに怒ってんだよ社長は。つまり今すぐ追っかけて社長とホ」
「やめんかァ!そういう話じゃねぇだろォ!」
「いやあながち間違いでもないアル」
「シッ! …つまりね新ちゃん、ちゃんが求めてたのは謝罪じゃなくて『解決策』。百々さんとやってたことをしてほしいのよ」
何やら妙な展開になりそうだった銀時を張り倒し、お妙が咳払いとともに方向を修正する。その答えに、新八はまたうつむいた。
「や…でもあの、百々さんとしてたのはアレ…さすがに子供っぽいっていうか」
「も案外ガキアル。お前がやった髪紐使ってたの気付いたか」
神楽は例の一件以来、意外にもとより仲良くしていた。短い時間でも彼女の部屋へ赴いたり、カフェへ行ったり?もしかしたら、新八よりも頻繁に会っていたのではないだろうか。
言われて思い出すと、確かにがいつも胸元で縛っている髪は、新八が雑貨屋の安売りで買った組紐で結われていた。お洒落によく使われる組紐だが、在庫処分ものだったソレは、最初は綴り紐代わりにでもしようかと思って買ったもので。しかし使う前に、とある時髪紐が切れて鬱陶しそうにしていたのを見兼ねて渡しただけのもの。
唇を噛みながら、新八は黙り込んだ。
「別に好きだって言われたからって、絶対に付き合ったり結婚しなきゃいけないわけじゃねえ。いくらまだそういう事言われるのがほぼ初めてだったとはいえ、大人になりゃそういう機会は増える。全部に答えてちゃ体が足りねぇからな。
これまで付き合ってきて、の気持ちに応えてやれねぇって思ったんならさっさとフっちまえ。その方が、お前だって記念日だのなんだの気遣う必要もなくなるし、だって前に進める」
「…それは…」
「前に言ったろ、恋愛ド素人が定番のことしたって何も面白くねぇんだよ。相手は金も地位もある女社長様だぞ?」
一体何度悩んだことだろうか。がどうしてそんなにも自分に惚れていると言えるのかが、いまいちわからない。銀時や神楽、お妙はその理由をわかっているようだが、実際新八がそれとなく聞いてみても誤魔化されてしまうし。
元から新八は自分に自信のない男だ。卑屈という程ではないが、周りには銀時やら神楽やらお妙やら九兵衛やら、性別関係なく強く肝の座った者ばかりで、沖田やら土方やら顔が良く女性に人気の高い者も多い。まだ少年と言える年齢で将来に展望をかけることが出来たとしても、周りがあまりにも煌めきすぎている。…卑屈、なのだろうか。
「…さんはどうして、僕を好きになったんでしょう」
「そりゃ『助けてくれた』からだろ。いろんなものから。 普段俺たちがお前にどんなこと言ってたって、俺たちは、がお前に惚れる理由をちゃんと理解して認めてんだ」
行って来い、と親指を差し向ける。立ち上がり走り去った新八を見送って、銀時は息を一つ吐き出した。
との会話を思い出す。予行演習なのだと言い張って、のんきに兄ヶ崎百々といちゃつく新八を見ていながらも、銀時らとおちゃらけていない間はさっぱりとした表情だった。それを見て一つ、気になることが思いついて。
「もし新八に他に好きな女が出来たらどうすんだ」
「坂田さんもズバリ聞きますねぇ」
「今回はゲームのアレだったからいいけど、かといってこんだけゲームの女にホイホイしちまってるようじゃ安心できねぇだろ」
「そうですねぇ、その可能性は多大にありますね。…新八さんに他に、真に愛する人が出来たら。その時は、素直に身を引きますよ」
その答えは銀時にとって意外なものだった。すでに数度フラれるという紆余曲折を経た上ででも交際に至っているというのに。新八が妙にフワフワしていたら、ポーカーフェイスを保てなくなる程度には、動揺するのに。
「というか私、新八さんと本当に結婚できるとも思ってないです」
「はぁ?なんで」
「住んでる世界が違います。今日明日に結婚できるんならともかく今の感じじゃ、多分私そういう話になる前に死にます」
どういうことだと聞き返そうとしても、はあの笑顔で問いを封じる。…それでもその言葉の意味は、なんとなく分かった。
永倉は、幕府重鎮永倉兵馬の孫娘だ。
「さんっ!」
頭を冷やしたいからと厨房へ赴きお茶を飲んで一息いれていたのもとへ、新八は叫びながら姿を見せた。きょとんとしているへは説明もないまま、新八は自分の袴を握りしめ床を見ながら、ツッコミで培われた滑舌の良さをここぞと活用して言葉を続ける。
「僕は!もっとさんとデートとかしたいです!
もっといっぱい、貴女のこと知りたいです!
今のところ僕が知ってるのは、暗算が早いことと、朝ご飯作りに来るわりに実はそんな料理が得意でもないこと、笑うとめっちゃ可愛いってことです!」
「新八さんさすがに恥ずかしいんですけど」
「あと僕の言葉を曲解するのはボケじゃなくてわりと動揺して素で言ってること」
「ワァ」
視線を逸らす。
「結婚とかまだ考えられないのは、前も言ったけど、僕がまだ子供だからです。どうしようもなくガキで、いざ貴女に飽きられたらとか、色々考えると怖いからです」
「……」
「だからソレについては、時間がかかるとは思いますが、僕から貴女にプロポーズ出来るくらい大人の男になれたと自信が持てるまで、待っててください。
その代わり、…すごく我が儘ですけど。これからも、僕にこうしてほしいああしてほしいって、教えてください。僕馬鹿だから、さんが思ったこと言ってもらえないとわかりません。でも教えて貰えれば、さんがもっと笑えるように、待ってもらう間ずっと僕を好きでいて貰えるように努力します。だから」
ようやく顔を上げて、静かに聞いているに歩み寄る。恐る恐るのはずが力強く、彼女の細い肩を掴んで、泳いでいる視線を引き留めた。
「…だから、その…拒否は、しないで…あと目瞑って」
ゆるゆると顔を近付け、吐息が交わった。
カツン。そんな音がして顔面に小さく衝撃が及ぶ。動きを止めると、するりと眼鏡が床に落ちた。
「おいそりゃねぇだろ新八、童貞はキスの時眼鏡外せって」
「これだから眼鏡は」
「シッ二人とも静かに!今良いところなのよ」
そしてそんなひそひそ声も、聞こえて。
「………えっと…」
「…ふ。あは、あははははは!ちょっと待って、これ無理、新八さんこのオチは酷いですって」
「いや…うん、まぁ…言うまでもなく酷いね」
何盗み見てんだとか、ツッコむ気力もさすがにない。は腹を抱えて見たことも無いほど笑っているし、銀時たちはすでに隠れている自覚がないのかガタガタと戸を開けようとしている。
自嘲の笑みを溢し天井を仰ぐ。まともな初キスのはずが、魂の一部とも言える眼鏡に裏切られ失敗に終わった。これは童貞をからかっているのか、まだ早いというアレなのか、それとも何かの陰謀か。
「新八さん」
「へ、……っ!?」
「ゲームでもこんなでしたっけ?」
いつの間に復活したのか、ぐいと襟を引かれて唇に柔らかな感触を得る。目を見開けば、がいたずらっぽく笑って口元に人差し指を立てていた。
「し、新八ィイイ!」
「新ちゃんが!新ちゃんの鼻から血が!」
「間接の間接とかいう虚無のキスですらキョドってたもんな!ホントのキスに耐えられるわけねぇわな!」
理解した頃にすでに新八の意識はなく。決壊した鼻は、それでも赤い血が放流されていた。