ライン

野良犬に餌付けしてはいけない



 テレビを見たり掃除をしたりジャンプをみたりと各々いつもの仕事のない日を過ごしている万事屋。思い出したように神楽が昼のドラマを見るからとチャンネルを切り替えた。

『以上、予定を変更して辻斬り事件についての特番をお送りしました。皆さんも、火急の用があっても一人ででかけないようご注意ください。この後はテレビドラマ―』

 いつも時間ギリギリに滑り込む神楽だが、昨夜起きたという辻斬り事件についての速報で珍しくドラマ開始前に準備することが出来たようだった。ジャンプから視線を外さないまま、銀時は雑談かのように文句を溢す。

「また辻斬りかよ物騒だな。もっと他のネタを考えて来いよ」
「いや刃傷沙汰事件に考えろも何も無いでしょ。でも確かに物騒ですね」
「貴様ら…今回の事件、甘く見ていると命に関わるぞ。この辻斬り、ただの辻斬りではない」

 真っ昼間の万事屋へ、誰かの声が交じる。一同の視線が集まった部屋の入口には、誰かの襲撃にでもあったのか血塗れの桂がいた。新八が肩を貸してソファに座らせる。怪我について聞けば、桂は悔しそうに歯噛みしながら語る。脳裏に浮かべたのはその傷を負った時のこと。どこかの野良犬にのんきに餌を与えようとして犬が集まり過ぎ―

「イヤそれアンタが野良犬に餌やって襲われただけだろ」
「餌をやれば容易く手懐けられると思ったんだが、奴らグルメだった…くっ」
「知らねぇよ!『くっ』じゃねえんだよアンタそれ何度目だよ別件で怪我すんの!」
「パークはまだ早いとわかったので近場のだな」

 平然と話をそらしていく桂に容赦なくツッコミをいれれば、当の桂は「そんなことよりもだ」と咳払いして銀時を向いた。

「狙われたのは攘夷浪士だが、大したものではないがこちらの情報を幕府の者へ流そうとしていた者だ。俺達からすると裏切り者だな」
「別にその情報どうでもいいんだけど」
「問題はここからだちゃんと聞け。その犯人は、狐の尾のような黄金色の髪を持つ、どこの流派とも知れない読めぬ太刀筋の侍だったと」

 そんな桂の言葉に眉根を寄せたのは銀時だけだった。辻斬りにあったらしい攘夷浪士は数名おり、そのうち一人だけ逃げ帰り桂の元へ助けを求めてきたためにそんな情報を聞くことができたのだとか。「どういうことだ」と僅かに顔色を変える銀時に、しかし新八たちは桂の言葉の意味がわからず首を傾げている。

「狐の尾のような黄金色の髪、読めぬ太刀筋…攘夷戦争時代、女でありながら名を馳せる程奮戦した英雄の一人。俺や銀時らと並ぶ猛者―”狂い野狐”斗南
って、まさか!」

 頷く。新八たちも知っているその名は、度々万事屋をこき使いながらも素寒貧の時ご飯をご馳走してくれたり家賃を立て替えてくれたりしている銀時の腐れ縁であり、宇宙を相手に情報屋をしている女性だ。人目を引く美しい容姿に、銀時たちとも匹敵する剣の腕を持った人物。紅桜の一件で桂たちと共に殿を務めていたあたりで、新八達さえもそこら辺の知り合いだろうなとは察していたが、そこまでの有名な人物だとは思っていなかった。
 そもそもとして、狂乱の貴公子、白夜叉、桂浜の龍、鬼兵隊の高杉の四人と違いその異名は聞いたことがないものだ。

「奴は戦いが収まって一番に捕らえられ、移送中に自害したとされている。だから明確に”生き抜いた”とされる俺たちのように今も畏れられたりはしてなかったんだろう」
「移送中に自害ってことは、じゃあ僕たちの知ってるさんとは…」
「いや、同一人物だ。奴は戦時中男を装っていたからな、が本当は女だと知る者は極一部。俺たちでも疑う程男前な女だったから、そのへんを利用して逃げ出したんだろう」
「男を装うっていうかアイツ元々ちんこ忘れて生まれてきただけの男だったろ。なんかある日突然自分の乳の存在に気付きちんこの不在を認めて女っぽくしてたけどさ、今も変わらず乳がついてるだけのちんこ忘れちまった紛うことなき男だよアイツはイッデェ!?」

 何かが玄関の方から飛んできたかと思えば、社長席でふんぞり返っていた銀時の真後ろの壁に焼け焦げた穴が空いていた。再び玄関へ視線を向ければ、青筋を浮かばせたが義眼の入った右目をかっ開き一同を見ている。

「遅かったではないか、銀時の元で合流と言ったのは貴様だろう」
「貴方が大怪我していたから何事かと思って息を潜めていたのよ。だのにそんなクソくだらねぇ理由ってテメコラ舐めてんのか」

 刀の鞘で桂の頭もひっぱたいて一応満足したのか、桂を奥へ追いやりソファへ腰掛け足を組む。珍しく来る前から不機嫌だ。桂の怪我の理由を知ったせいか、それとも自身の異名を悪用されているせいか。新八が追加で茶を注ぎながら、まぁまぁと宥めて話の続きを促した。

「言っておくけど私じゃないわよ。打倒幕府みたいな事は一切興味ないわ」
「そういやお前なんである日突然女装しだしたんだ」
「女装じゃねェ正装だボケいい加減にしろよオイお前の頭消し炭にしてやろうか」

 宥めた空気が再び燃え上がる。新八が抑えようにも英雄とまで呼ばれた元攘夷志士の喧嘩はそう易々止められるものでもない。

「でも姉、本当に美に気遣ってて憧れアル」
「そ、そうですよね。さんいつも言葉遣いも女性らしくって、女子力もあって魅力的な振る舞いで。戦争で男性を振る舞っていたのはなんでなんですか?」

 二人の言葉に気を良くしたのか、は銀時を投げ捨ててソファに居直る。お茶をすすり一息つきながら、改めて話の軸を戻した。

「男ばかりの戦場で女がいたら、浮き足立ったり舐められたりと面倒でしょ、士気に関わるわ」
「なるほど!女性でありながら勇ましいのはとても良いことだと思います。ね、神楽ちゃん!」
姉なら多分わからないアル」
「どういう意味だコラー!せっかく収めたのにほじくり返すんじゃねえよ!あの違いますからねさん、あのコレ神楽ちゃんが言いたいのはさんの男装が似合ってて、それでわからないって意味で」
「男装が似合うってどういう意味」

 上げて落とす作戦だったのか酢昆布を齧りながらつぶやかれた言葉をどうにか誤魔化し、今度は辻斬りについて話を始める。
 すでにマスコミでも、事件犯人が狂い野狐だという情報は出回っているらしい。その人相書きと今のの姿は似ても似つかない上に、公的には死んだことになっているのだから、別段が何かするということではないようだ。

「まぁなんにせよ、要はその亡霊の名を利用して、なにか企んでる連中がいるということが問題だ」
「その名を知る者になら恨まれる理由はいくらでもあるけど。ただ理由がわからない。今更悪名を広めたところで、私みたいな超綺麗なお姉さんを野蛮な野狐と思う者はいないわ。それこそ知っているのはここにいる貴方たちと辰馬、晋助くらい。いくら腕が立つ超強いお姉さんだからって、私の名前がそのままだからって、超美人な情報屋の私を死んだはずの男である野狐と結び付けることはできないはず」

 その為にも当時男を振る舞っていたのだというに、桂は顎に手をやり考え込んだ。
 事実、狂い野狐が一度捕らえられ移送中自害したというのは、いくら逃げられたという事を隠蔽するためだったとしても、幕府内の正式な情報として取り扱われている。例えに恨みがあって、かつての異名を穢そうとしているのだとしても、されたところではその異名に思い入れもなければ痛くも痒くもない。多少居心地は悪くとも、何の影響もないのだ。
 結局のところは、辻斬りに関する依頼などではなく、単純にがやったことではないので注意はせど気にせず放っておけ、ということを伝えにきただけらしい。早々に手を振り去っていくを見送り、桂も一応応急処置をした後万事屋を出ていった。





忠告はしっかり聞きましょう



 深夜のこと。先日辻斬り事件が起きたためか、飲み屋台や出店はなく、そもそも出歩いている者もおらず夜の店は軒並み閉まっており、町は静まり返っていた。そんな中を一人で歩いているのはだ。大きな取り引きも無いためここしばらくかぶき町へ滞在しているが、江戸の中心地であるかぶき町ともなれば金になる情報はいくらでもあるため、じっくりと収集していたらこんな時間になってしまった。

「そこの綺麗なお姉さん、こんな時間に一人で出歩いてちゃ危ないぜ」
「腕に自信があるから平気よ、ご忠告どうも」

 路地の壁に背を預け声をかけてきた男を一瞥しつつ、簡単な返事だけして通り過ぎる。
 数歩過ぎた頃突然の風切り音に、は危なげなく地面を蹴った。それまで彼女がいた場所は勢いよく叩き込まれた刀があり、それを操った男はゆらりと身を起こしてニヤリと笑い、他の言葉をかけるでもなく再び刀を振り上げた。
 男が乱雑に振り回す剣筋を、臆することもなく避け続ける。は一切鞘から刀を抜くことなく一歩ずつ後退しながら悠然と男を見据えていた。

「へ…本当に腕に覚えがあるみたいだな」
「綺麗なお姉さんに発情してしまうのも分かるけど、そんなに鋭いと傷が付くじゃない」
「いいんだよ。俺ァ、女は食い尽くして骨も残さねぇ主義なんだ」

 男の攻撃が激化する。それでもには命の危機を感じる程ではなかったが、男がから見て右側から攻撃を繰り返していることに気づくと目を細めた。右目は昔幼い頃に天然痘により失明しており、それこそ攘夷戦争時代頃までは失明したまま戦っていたので視界の右側は死角になり得たが現在は天人の特殊技術による義眼を装着しており視力も問題ない。だと言うのに右ばかり狙ってくるのは何故か―その違和感に訝しむ。

「俺の名前を知ってるかい、お姉さん」
「知らないわよ、アンタみたいな野蛮な人」
「おかしいね、テレビでも話題になってんだぜ?攘夷戦争時代の化物、”狂い野狐”―その亡霊だってなァ!」

 眉根を寄せる。その僅かな隙をついて、男は刀の切っ先をの右目へと突き出した。―右目は弱点ではない。ないのだが、長く死角として扱ってきた故の癖があった。どうせ最初から見えないのだから、右目が傷つけられたところで大した不利には繋がらないからと、いざというときに右側の攻撃を無視してしまう癖。
 咄嗟にそれまで納めたままだった刀を引き抜き、右の義眼が潰れたところでギリギリ男の刀を叩き落とした。右の眼孔からは血が溢れ、さしものも膝をつき歯噛みした。

「狂い野狐の亡霊?私には、ちゃんと足が二本見えてるけど」
「ああそりゃそうさ、俺は別にその本人じゃねぇ。ただのファンだ」
「…攘夷戦争時代の英雄の名を辻斬りする快楽殺人者に使うのはファンなのかしら?」
「いいんだよ、狂い野狐は理性のない一つ目の化物。化物は人を襲う、常識だろ」

 眉間のシワを深くする。仮にも自分についた異名を化物扱いされるのは、いくら思い入れがなくとも不愉快だ。自分で仕留めてもいいが、流石に義眼とはいえ片目を潰された上でそれをして、変に目をつけられても困る。ただ腕が立つ上に厄介な情報まで握っているだけというだけならばまだしも、だ。
 だがここまで無駄に後退してきたわけではない。背につけた壁、その先は―真選組屯所だ。

§


「辻斬りに会ったって、大丈夫なんですか?目を潰されたって…傷も見当たらないしピンピンしてますけど」
「私を誰だと思ってるの、超強い綺麗なお姉さんよ。超強い綺麗なお姉さんが辻斬りなんぞに負けるはずもないし怪我をそのままにしておくはずないでしょう」
「いやいくらなんでも限度があるでしょ。辻斬りに負けないっていうのは納得するとしても、その話昨日なんでしょ?昨日っていうか捉えようによっては数時間前の話なんでしょ。義眼を差し替えたんだとしても血を流す程の怪我が一日で治るはずないでしょ」
「綺麗なお姉さんならいくらでも隠蔽可能なのよ新八くん。可愛いは、作れるのよ」
「そういう次元じゃないでしょうよ」

 辻斬りと共に真選組屯所の敷地内に転がり込んだが、示し合わせていたわけでもないので隊士が気付いた頃には辻斬りの男も逃げていたらしい。身を張って犯人逮捕に尽力したのに最近の警察は役に立たないわね、と茶をすすりながらも器用にため息を付いている。

「まぁ私のことはいいわ。剣の腕は大したものじゃなかったけど、でもそこらの浪士なら簡単にやられるでしょうね。こちらの隙を嗅ぎつける嗅覚は大したものだったわ」
「…。僕らも、さんにも注意するよう言っておきます。さんも気をつけてくださいね、ファンを名乗ったってことは、さんが一番…」
「でもよォ、当時の化物じみたを知ってるならこそ、今のを見て同一人物と繋げられるもんかね。俺だって一見してわかんなかったし言われても信じられなかったくらい変貌してんだぞ?髪も女だからって伸ばしてストパーかけちゃってさ、男で髪伸ばすわけにもいかない俺をバカにしてるとして思えないよね。俺だってさ、そんくらい髪長ければちゃんとストパーかかるからね。サラッサラのキューティクルヘアになるからね。俺の髪が今こんななのもさ、短いせいで軽くて、ストパーかけても跳ねちゃうだけで」
「うるさい、長い。もう私の地毛がウネッてんのは隠さないけど、このサラサラキューティクルはただストパーかけただけじゃ生まれないの。日々の手入れに加え清廉潔白で真っ直ぐな行いと精神を心がけているから髪にもそれが現れてるの。ただストパーかけただけでなるなら苦労してないの。貴方のクルックル跳ね返りまくりで得た金全部パチンコにつぎ込むような精神じゃロン毛になったところで爆発アフロになるだけよ」
「え何お前そんなに髪に金かけてんの?やだねぇ女ってのは、今の歳からそんな異物を体に注ぎ込んでたらババアになるのも早いよ?明日にはもうシワクチャよ?」
「なんねぇよ!お前の眼球両目ともシワクチャに潰したろかアァ!?」

 おしとやかに妖艶な女性を振る舞っているを一々怒らせるのは趣味なのかなんなのか、そうしてまた喧嘩が勃発する。

「でも確かに、ならさんが襲われたのは偶然ですか?」
「…それはわからないわ。夜中に一人で歩いていたからなのか、刀を持っていたからなのか。辻斬りが起きてからまだ三日…なんとも言えないわね。でも奴は、『化物が人間を襲うのは当然』とまで言ってのけた。これから被害が増えるかも知れない。真選組の連中に、警らの強化を言っておいたほうがいいかも知れないわね。それから暗くなったら外出禁止も」

 銀時を机に沈め、手を払ってからソファに立てかけた刀を取る。真選組の方は新八からへ頼んでくれとだけ言付け、はまた万事屋を出ていった。頼まれた新八は早々にメールをしながら、「大丈夫なんでしょうか」と不安げに零す。叩きつけられた頭をかばいながら、銀時はふらりと立ち上がった。

「大丈夫だろ。アイツが放っておけって言ったんだから、巻き込まれないようにだけして放っときゃいいんだよ」
「そんな、銀さん友達なんでしょう?」
「友達なんかじゃねぇよただの腐れ縁だ。こんだけ腐りきってズルズルのドゥルドゥルになってもまだ千切れねぇんだからほとほと困ってんだよ。どいつもこいつもなんで俺のとこ集まってくるわけ?どんだけ俺のこと好きなのよ」
「万事屋なんて使い勝手のいい職業やってるからアル。銀ちゃんにたかっても何もうま味なんてないからコキ使ってるアルよ姉」
「それもそーだな」

 面倒なこった、と悪態をつく。破壊された机を見て見ぬフリしながらリモコンを探し出し、テレビを付けて椅子に腰掛ける。が襲われたことは『真選組屯所に逃げ込み事なきを得た』とぼかして報道されているが、どこへチャンネルを変えても辻斬り事件のことばかりで舌打ちをしながらリモコンを投げ捨てた。

『たった今速報が入りました。連続辻斬り事件で、また被害者が―』

 最後に残った番組が切り替わり、そう言った。





けものとばけもの



 の話では、真選組の腕に自身がある隊士を三人一組で町の警戒に当たらせているという。その上で、銀時たちも巡回に協力してくれないかと申し出られた。あのに怪我をさせた辻斬りだと恐れ、それほど人数が集まらなかったらしい。気乗りはしなかったが事件解決の報酬に焼肉食べ放題提示されたため仕方なく木刀片手に真夜中町を歩いている。

「あれ、万事屋の旦那。なにやってんですかぃこんな時間に」
「社長様にテメーらの手伝いをお願いされちまってな」

 銀時一人と、神楽と新八の二人に別れて巡回していたところ、沖田に遭遇した。理由を話せばなるほどと納得し、連れ立って歩き始める。

「そういや旦那、事件についてはどれほど聞いてます?今朝…つってもすでに昨日か。昨日の早朝にさんが襲われて屯所に穴開けて駆け込んできた後、昼にも辻斬りがあったんですが」
「ニュースでチラッと見た」
「襲われたのは無邪気に路地裏で遊んでたガキ。往来まで逃げてきて人に見つかりやすかったんで、襲われた五人のうち二人は一命を取り止めましたが右目をやられててね。犯人について聞こうにも、すでに虫の息でそう長くは保たない上に、怯えててそれどこじゃなかった」

 無差別の辻斬り事件だと、先日より一層人の影はない。「めんどくせえから出歩いている奴全員しょっぴいちゃダメですかね」と愚痴を溢す沖田の話を聞きながら、銀時は相棒に持ってきたいちごおれのパックを傾ける。

「ところで、情報屋のさんと旦那は旧知の間柄らしい。狂い野狐なんて名前知らなかったもんでちょいと調べたんですが、この化け物、攘夷戦争時代の英雄で、その男の名が『斗南 』。なんか知ってます?」
「知らねぇよ」

 隠すつもりがあったわけではなく、散々たちとも話した結果本人とは何の関係もないと判断した。なので犯人がどういうつもりでその名を使ったのか、その思惑はわからない。故の「知らない」という答えだったのだが―沖田は知ってか知らずかそりゃそうだと肩をすくめた。

「つーか犯人の様相なんてに聞けばいいだろ」
さんが言うには―」
「そりゃこんな奴かい」

 沖田が伝聞を口にしようとして動きを止める。隠されていない殺気に、二人とも身構えた。ふらりと現れた男の後ろひとつ縛りの髪は整えられておらず、月明かりに照らされベタついて見える。銀時には覚えのない顔で、男は抜き身の刀を担ぎ二人を見定めている。

「いけないねぇ、辻斬りが出るってのに出歩いてちゃ」
「俺ァお巡りさんなもんでね、身を張って町の治安守らにゃならねぇんだ」
「ガキに言ってんじゃねぇよ。そっちの白髪のお兄さんは一般人だろ?いや、でもこんな時に出歩いてるってことはアンタも腕に覚えがあんのか。それとも…」

 男が刀を振り下ろす。銀時が攻撃を受け止めるために木刀を構えるが、その横から刀身を穿つのは沖田の刃だった。「誰がガキだ辻斬り野郎が」悪態を付きながら、うっとおしそうにしている男に追撃していく。

「チッ…なんだ、よくみりゃお前、真選組の隊長か」
「おまわりさんだってさっき言ったぜ」

 しょっぴくどころかここで斬り殺す勢いで、沖田は怒涛の攻撃を加えていく。真選組一番の剣の腕を持つ沖田を相手にしながらも、男は容易くそれを避けている。銀時は男の動きを観察しながら、見たことがある顔かと思考を巡らせるがとんと思いつかず、隙を狙って機を伺うが、なかなか攻撃を加えるタイミングは訪れない。その視線に気付いたのか、男は間合いを取り、ニヤリと笑うと踵を返して走り出した。銀時と沖田も男を追うが、町の作りに詳しいのか家々の間を縫って器用に追手を離していく。
 二手に分かれ捜索するが、一度見失った後では探すアテもない。どうしたものかと走る速度を緩め路地から出る―と、ピシリと首元に刃があてがわれた。

「やっと分かれてくれたかい。俺の目当てはお前だ白夜叉」
「誰だ白夜叉って」
「とぼけるな。高杉らとやり合った時…桂と共に背を合わせて天人を斬り伏せていく化け物二人。ああやって並んでくれれば、どれが誰か判り易いもんだ」

 紅桜。その発言だけで、この男が攘夷志士かあるいは春雨関係の人物であることははっきりした。狂い野狐の名を被る男が剣を薙ぎ、銀時は咄嗟にしゃがみ避け広い空間へ転がると、すぐさま一太刀振りかぶる。仰け反り避け一太刀、剣が交わり鍔競り合う。

「斗南が一番に捕まったって聞いて心底呆れたし絶望したよ。あれだけ前線で貢献した英雄を捕らえるなんて馬鹿なことをする幕府に。それくらいいくらでも斬り殺して逃げられるだろうにそうしなかった化け物に」
「テメェ、なんでの名を騙る」
「本当に自害したのか逃げたのかなんてのは闇の中だ。だがあの戦いで確かに白夜叉と狂い野狐を見た。生きているんだってな!」

 興奮した表情で右から左から刃を向ける。銀時の問いに答えているのか独り言なのかわからず男の言葉に耳を傾けているせいか、が大したことはないと言っていた男の攻撃も厄介に感じられる。

「でもよォ…アレ…なんだ、アレ。女じゃねぇか。確かに強い、お前にも引けを取らないくらい強かった。でもよォ、なんで女なんだよ。女ってのはさァ、刀を握って敵を斬り殺すもんじゃねぇだろ?力でねじ伏せて犯すも殺すも好きにされる、そういうもんだろ!?」
「いくら俺が好きな女の子に意地悪しちゃう質だったとしてもそういう扱いはしねぇよ?押しの強い女は好きじゃねぇって言っても物言わぬビニール製の女は女って言わねぇよ」

 木刀を振り払われ間合いを取る。男はよほど憤っているのか、後頭部のざんばらな尻尾を握りしめてわなわなと震えていた。

「少なくともあのアマはもうこの名に用はないらしい。だから俺がその名を継いで、化け物として再び名を馳せてやんのさ。『狐の尾のような黄金色の髪をした、どこの流派とも知れない読めぬ太刀筋の化け物』としてな!」

 一通りの主張が終わったのか、男は再び剣を振り回す。それらを聞いていた銀時はあからさまに眉間にシワを寄せ、振り下ろされた剣を思い切り叩き落とした。それまでさほど覇気のなかった瞳が、僅かに苛立ちを見せている。雰囲気が変わったのを察したのか、男は一瞬呆気に取られながらもすぐに口角を上げた。

「いいねぇ!白夜叉を殺せば攘夷戦争の英雄で最強の化け物は狂い野狐だ!来いよ化け物!」
「アイツを…その名を!化け物呼ばわりしてんじゃねえ!」

 相手は真剣、銀時は木刀。それでも経験の差かそもそもの実力の違いか、次第に銀時が圧していった。男も白夜叉の力に流石に不利を感じたのか、再び隙をついて背を向け走り出す。逃げ足の速さは逃げの小太郎にも負けてないのではないか、などと思いながら男を追って路地の向こうの角を曲がる。…その先で立ち止まる男と、さらにその前に立ちはだかるもう一人。

!」
「…面倒かけたわね、銀時」

 いつもの整えた女らしい格好ではなく、あちこちに跳ねた長い髪をポニーテルにして簡素な着物を着ただ。紅桜の一件で桂と共に身を隠していた際と同じような姿だ。

「テメェ…テメェ!」
「何」
「なんで白夜叉を殺さねぇ!?一時は自害したとまでされながらこうしてまた復活したんだ!だったら他の化け物殺してもっともっと!そうすりゃ性別なんて超越した化け物になれる!」
「別になりたくなんてねぇよ」

 一歩ずつ近付きながら熱弁するも一言で切り捨てられ、男は気味の悪い笑みを引きつらせ言葉を失った。はうっとおしそうにため息を付き、普段の女性らしい振る舞いなどなかったかのようなけだるさで男を見据える。

「いいこと教えてやる。野狐ってな、野良よりは強くても妖狐になれなかった落ちこぼれなんだ」
「……?」
「頭に”狂い”なんてついたこの異名にさして思い入れはないけど、”野狐”ってのは気に入ってんだ。野狐はやがて”化け物”を退治する天狐になる」

 愉しそうに口角を上げる。唇を噛み締め激情し刀を握り直し振り上げた男に深く斬り付ける。うめき声を上げて倒れた男を見据えながら、は携帯を取り出しどこぞへ連絡をした後踵を返した。






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