Fate:Catalfining
フェイト・カタルフィニング

 
294:00:00



 ごうごうと赤く燃えている。それは神の裁きでもなんでもない、ただの負の集合体のようだった。
 そんな中で、一人の男が立ち尽くしている―見たことがある男だ。
 男は膝から崩れ落ち、手をついて何かを叫んでいる。こんなことは望んでいない、と。
 近くに現れた誰か―多分女性。マントを翻して、俯く男に何かを告げている。
 ここは何処だ。どうして燃えている?何故人の命が消えていく?
 寝苦しい。息はしているはずなのに、酸素が足りない…ああ、燃え盛る炎のせいで一帯の酸素が薄いのだ。
 しかしそれだけではない。体が重いのだ。震える手を空に伸ばす。小さい手だ。
 力なくそれが倒れようとしたとき、大きな手が私の手を強く握った。

「生きてる…生きてる!」

  
 
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 「―!」

 息を呑む。冷や汗がだらだらと肌を伝い酷く不快だ。ベッド脇においてある小さい冷蔵庫から冷えた水を取り出し喉を潤す。袖で汗を拭って一息つくと、何か違和感を覚えた。
 ここはとあるホテルの一室。なんら変哲のない、ただの安宿だった。わけ合って常駐することが出来ない私は、こうしてホテルに泊まることで安心して寝ているのだが―私を追っている者に、ここにいることが知られてしまったようだ。
 結界が張られているようだ。私を無力化するためか、それとも何かをキーコードに命を奪うものか―それは分からないが、どちらにせよ私に魔術魔法の類は一切利かない。害があると認識したものならば、特に。
 ベッドから降りてホテルが用意した寝巻きから普段着に着替えると、手早く髪をまとめブーツを履く。つけたまま寝ていたらしい眼鏡の位置を調整して、一直線に入り口ドアを目指す。
 が。やはり何か仕掛けられていた。扉を開けた途端記憶していたものとは違う背景と触れた手先に軽い電流が走り、驚きと小さな痛みに動きを止めたとき、風を切る音が耳に届いた。
 咄嗟に体をひねり避けるも、次々に飛んでくる何か―刃が、肌を裂く。

「取った!」

 知らない男の声だ。指の間に三つずつ、合計六つもの剣を構え振りかぶっていた。
 右手を伸ばし男に手のひらを向ける。ぐっと睨みつければ男の構えていた剣身がぼろぼろと崩れていったが予想はしていたらしく動きを止め、別の短剣を飛ばしてきた。
 人差し指を向けて力を込める。一瞬で出来た指先の力をその短剣にぶつけて地面へと落とす。ふぅと息をついて手を下ろすが、俯いた顔を戻したときその場に男はいなかった。
 だが場は、ドアを出て本来あるはずの廊下ではない。まだ結界らしきものが解除されないということは、襲ってきた相手が撤退したわけではないことを示す。
 目を細めて感覚を鋭くさせるも、"代行者"と呼ばれる彼らは戦闘慣れしている。こと接近戦などにはド素人であるため、簡単に察知できるはずもない。
 気付いたころには、背後から刃が向かっていた。
 ガツン、とも、バチン、とも聞こえる破裂音と共に元の背景に戻る。何の変哲もない、ホテルの廊下だ。ふぅと息を漏らして、チェックアウトするため足を動かした。




  
 
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 ―いつだったか似た境遇の友人が、『あいつらから逃げるなら日本が一番楽だ』と教えてくれたような気がする。
 日本は他の国とはちがい魔術に関心がない。宗教や基本からして、そういった方面では日本は強いのだそうだ。
 とある用事でイギリス―それも時計塔の近くをふらついていたのが悪かったのだろう。毎日命を狙われていたが、ついに用事を済ませて日本へと逃げ込むことが出来た。その日本ですら定住は出来ないのだが、それでも心を安らげることは可能だ。
 と、思っていたのだが。
 現在進行形で今、追われている。何にかは分からないが―代行者や封印指定の類ではない。見るからにただの青年だと思うのだ、が、へらへらとした顔に妙に輝いた瞳でその青年はナイフ片手に追いかけてきている。

「待ってよお姉さん!その綺麗な瞳見せてよ!出来るだけ痛みなく抉り取ってあげるからさ!」

 日本は安全安心ではなかったのか。頭痛を抑えながらも相手を睨み間合いを取る。
 これで相手が魔術師やらなんやらなら、こちらが負けることはありえないのだが何しろ一般人と―ナイフを持って追いかけてくる人間を一般と呼ぶかは置いておいて―思われる。たとえば誰かに操られていたりするのだったら簡単に解除できるが、相手はちょっと常識を欠いただけのただの人間だ。
 少なくとも、一人の男を相手に力でねじ伏せるだけの実力はない。
 その上自分も"魔術師"だとは言っても火を放ったり風を吹かせたりが得意なわけでもない。
 つまり、今までとは違う危機的状況なのだ。
 とにかく大事な目を抉り取られるわけには行かない。先ほどナイフを頬にかすめているが、なけなしの体力で必死に走っている。

「…それにしても」

 あの男からは嫌な臭い―血の臭いがする。目を抉るとか言っている時点で正気ではないのだろう、かまう必要もないが、かといって殺人者になるつもりもない。必死に走って、走って、建物のを角を曲がったとき、何かにぶつかった。
 肩で息をしたまま立ち上がろうにも、足が震えて動けない。普段激しい運動をしない人間が本気で走ればこうもなるだろう。少々自分を情けなく思いながらも顔を上げる。

「やっと捕まえた。じっとしててよ、すぐ終わるからさ」

 逃げ切れてない―!差し出された手を反射的につかんでしまったとき、男はにやりと笑って逆の手を伸ばしてきた。咄嗟に振り払い再度走り出す。
 時間はもう遅い、普通の人は寝静まっている頃だ。これもこれで普通の犯罪ではあるが、咄嗟に窓が開け放たれていた家に身を入れた。
 追ってきていた気配が去っていくのを感じて、ほっと胸をなでおろす。荒い息を抑えて、疲れきった足に簡単な治癒魔術を施して立ち上がった。
 そして辺りを見回す。皆寝ているだろうとは言え不自然なほど静かだ。場所は、恐らく子供部屋。…しかし、ベッドには寝ている子供はいない。夜更かしだとしても、ここまで無音なのはやはりおかしい。出来る限り気配を殺して、部屋の外へ出た。テレビの音が付いている感じもしない。
 勘を頼りに玄関へと向かう。廊下を歩いているとリビングと思われる部屋から何か液体が流れていることに気付く。暗いから分かりにくいが、水ではない。
 それには見覚えがあった。自身はあまり好まないが、魔術の行使にはとてもよくあるもの。恐る恐るリビングを見れば、そこには―

「―…何、これ」

 …あったのは、だくだくと血を流す大人二人と、子供。思わぬ光景に眉を寄せて口を塞いだ。
 なんとも説明しがたいその惨状に、ふと場違いなものを見る。大きな円に文字やら記号やらが描かれていた。所謂魔方陣というやつで、考えるまでもなくそれはこの場に散らかる血で描かれている。
 何よりの問題は、その魔方陣に見覚えがあったことだ。自身が知っているということは、つまり実際に使用されるものである可能性がある。

「なん、―ッ!」

 文字となった血に触れる。思わず。
しかしその瞬間、びりびりと全身に痛みが生じた。慣れたものではあるが、かといって痛くないわけでもない。小さな声を上げた時、頭の中に何かが流れ込む。

泣き叫ぶ人々。襲う泥と業火。得体の知れない怒り、憎しみ。
――そして、絶望したようにうなだれる男。

 それらを見て、意識を取り戻すように目を開いた。そして考える。今ある考えをまとめつつも目の前にある魔方陣について自分の中にある記憶を探った。

「聖杯、戦争…」

 まさに知る人ぞ知る、この地にての。
 聖杯そのものは、神話だの伝説だのでよくあるものだが、この地のものは少々違う。

 ―聖杯を求める七人のマスターと、彼らと契約した七騎のサーヴァントが、敵対する陣営と戦い覇権を奪い合うもの。

 何でも叶うということにも興味はないし、今まで行われてきたそれもルールが制定されておらず散々だったと記憶にある。なればこそ、余計にどうこうするつもりはなかったのだが。
 覚えがある姿を二度見て、そしてちょうど場所はその聖杯戦争の起こる場所。
 ならば、なぜあんなことになったのか、多少興味が出てくるというものだ。
 そこで足に力を入れて立ち上がる。悪臭に眉を寄せながら、"私"はその場を後にした。












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