154:09:25「―魅了の魔術」
セイバーが剣を構えてそう言った。
それを通訳のように伝えられ、ランサーの顔をじっと見る。己の特性として魔術を跳ね返せる能力を持っているため気にしていなかったが、確かにランサーには魅了の呪いがかかっているようだ。
「魅了の呪いとなると、あの子か。いやはや剣技のほうが優れていると聞いているのに槍兵とは、なんとも運が悪いな」
「………」
プリーストは何やら一人ブツブツと呟いているが、それを小耳に挟みながらも地上の戦いを見下ろした。
女性であるセイバーとそのマスターはレジスト出来るだけの魔力があるらしく、効果は無いようだ。
いくつか話をした後、二人は気を張り詰め―戦闘を開始した。
先に間合いを詰めたのはセイバー。それに応えるように、ランサーも槍を向ける。
剣を受ける度に足が硬いはずの地面を抉っている。お互いの一撃一撃が重いことがわかり生粋の魔術師であるは思わず背筋を冷やした。
―と。さくりと刺すような殺気を感じる。とっさに振り返ると、闇夜の中で何かが光る。だが目に関しては特に魔術を行使出来ないため、この暗い中を見渡す事はできない。
『次捕捉したときは必ず殺す。必ず、だ』
そう言われたことを思い出す。
ランサーのマスターがケイネス・エルメロイで確定だとすると、この殺気―基衛宮切嗣がセイバーの…少なくとも関係者であることは間違いない。可能性と予測を擦り合わせれば、あの男がマスターであろうことも。
一方地上の戦いでは、お互い間合いを取り直し称賛のしあいをしていた。―それに痺れを切らしたのか、ランサーのマスターであろう人物がその宝具の開帳を許した。
二つあるうちの短い方の槍を地面に落とし残った物を両手で持つと、封じていた符のようなものが溶けその赤い柄を晒した。
「破魔の槍…」
ランサーが押し進みセイバーの剣と交差した時。その刀身を隠していた風の術がほどけた。
次の瞬間から、―その事態に焦りを見せたセイバーが押されながらも紙一重でかわす一瞬の激闘へと変貌を見せた。
「よくわからないけれど…ップリースト、どれだけ見え― …プリースト?」
ちょうど、セイバーの鎧を無視してその脇腹にランサーの槍が掠めた直後。
漂う槍を、力強い攻撃が弾き地面に埋めた。 その場で戦うセイバーとランサーの両者が、突然の出来事に瞠目し間合いを取る。
しかし槍を握られたようなものであるランサーは、その獲物を手放すわけにも行かず、応戦した。
―と。その乱入者はセイバーにも引けをとらないほどの速度でランサーの槍を受け流していた。
「何者だ!」
「――」
セイバーの問いに乱入者は答えない。
一方それと戦っているランサーは強い一撃を与えることで、ようやく乱入者と間合いを取った。
相手は女。長身で、マントをなびかせ淡い色をした刀身の刃を携えている。
「いや何、私もどこかでは戦闘狂と呼ばれる身。貴様らの戦いを見て、思わず気が高ぶった」
そう発言したのは、紛れも無い―己のサーヴァント。
「……!?」
しばらく様子見に徹する、と伝えたはずだというのに、乱入者ことプリーストは堂々と笑った。
突然の出来事に状況を把握しきれないは、念話で何事かたしかめようとして―やめた。作戦の意味をなさなかったこの行動だが、今は信じるしかない。己にかけられた姿隠しの魔術はまだ展開している。それに場所は空中だ、下手に動いて落ちても怖い。
ので。しばらくまた様子見に戻る。
プリーストは挑発する目つきで二人を見た後、高らかに言い放つ。
「さぁ!その力を見てやろうではないか。まとめてかかってこい!」
なんてことを…。そう呆れている間もなく、セイバーもランサーもお互い見あった後プリーストへと武器を向けた。
「先ほどのランサーとの打ち合いでの負けず劣らずの剣術…かなりの腕前と見た」
「そりゃそうさ。もとは自衛のためとはいえ、彼の国最強と謳われた王との戦いで成し得た我流のそれだ。それなりに無ければあいつとは渡り合えなかった」
そう自慢をしつつプリーストは剣を構え直す。じっくりと間合いを見なおした後―三人同時に地面を駆けた。
二人の騎士は初めて会ったとは思えぬコンビネーションで、プリーストに対してフェイントをかけ一太刀攻撃を入れようとする。
双方から来る刃をかわすとその切っ先が重なり合い、その交差点に剣を差し入れ弾いた。反動で二人が一瞬よろけるが、すぐに立ち直り剣を、槍を振りかぶる。プリーストが剣の向きを変えてそれを迎撃しようとした時―その流れに相応しくない動きに気づいた。地面に半分埋まり見えにくくなっていたその槍を、ランサーが足で踏みつけ反動で宙へと浮かせる。先ほどのランサーの赤い槍のように巻かれた包帯のような布がぼろぼろと燃えるように消えて行き、黄色のそれはまっすぐにプリーストに向いた。
「面白い―…!」
プリーストは体をひねり一撃を避ける。その隙を狙って振り上げられたセイバーの剣を見て、とっさに浮いた黄槍を掴んでセイバーの剣を受け止め、攻撃を返した。
その槍はセイバーの掌を通り過ぎその手首を傷つけた。驚いた表情をして、全員が数歩下がり間合いを取ると、再びにらみ合いが始まった。
「ああ、すまん」
プリーストはそう言って手を動かす、するとランサーの腕の小さな傷がみるみるうちに塞がった。それをみて、セイバーも自分の傷を見やるが変化がなく、視線だけ後方にいるマスター、アイリスフィールに向けて治癒を願い出た。その言葉に、プリーストは首をかしげ奪ったままのランサーの黄槍を眺めた。
「…なるほど」
思いついたように目を開く。そしてくすりと笑ってから、その槍をランサーに投げ返す。
「アイリスフィール、治療を!」
「かけたわ、かけたのに…、そんな。―治癒は間違いなく効いているはずよ。セイバー、あなたは今の状態で完治しているはずなの!」
【破魔の紅薔薇】―ゲイ・ジャルグを前に、鎧が無為だと悟るまでは正解だった。だが、サーヴァントの宝具が必ずしも単一とは限らない。最初地面に下ろしていた短槍こそが、ランサーのもうひとつの宝具、【必滅の黄薔薇】ことゲイ・ボウだった。鎧を消しさえしなければ、この槍の攻撃は防げたのだが、そうランサーは語る。
「成るほど…一度穿てばその傷を決して癒さぬ呪いの槍。もっと早くに気づくべきだった。―フィオナ騎士団随一の戦士、輝く貌のディルムッド。まさか手合わせの栄に与るとは思いませんでした」
「それがこの聖杯戦争の妙であろうな。…だがな、誉れ高いのは俺の方だ。時空を超えて、英霊の座にまで招かれた者ならば、その黄金の宝剣を見違えたりはせぬ。
かの名高き騎士王と鍔迫り合って一矢報いるまでに到ったとは」
俺も捨てたものではないらしい、ランサーが得意げに言った。そして二人そろって、その遠くで二人の名乗りを見ていたプリーストに視線を向ける。
名乗ったほうがいいのか、そう気づいて口を開くと、大きな咆哮がその場に近づいてきた。誰がともなくそれに対し視線を動かし、近づいてくる咆哮に備えた。
「―!」
その轟音は彼らの眼前に落ちる様にして停まり、それに乗る巨躯の男は、具合を悪そうにしている小柄な少年を見やりながら乗り物―牛の牽くチャリオットの足元にいた三人のサーヴァントが構える。
「武器を収めよ、王の御前である! ―我が名は征服王イスカンダル。此度の聖杯戦争においてはライダーのクラスを得て現界した」
高らかに男はそう言い放ち、共にチャリオットに乗っていたおそらくマスターであろう少年に何か騒がれながらも言葉を続けた。ひとつと打ておくことがある、そう前置きすると、つむがれる言葉に察しがついたのかセイバーが眉をひそめた。
「うむ、噛み砕いて言うとだな。
ひとつ我が軍門に降り聖杯を余に譲る気はないか?さすれば余は貴様らを朋友として遇し世界を征する快悦を共に分かち合う所存でおる」
その突拍子もない提案に、三人のサーヴァントが眉根を寄せる。征服王イスカンダル、知る人ぞ知ると言った知名度を持つ破格の英霊だ。
剣を交じわせる前から名を名乗り、彼は自身の弱点という生贄を出しその話を出しはしたが、果たしてそれはこの条件を聞くだけの贄になるだろうか。セイバーとランサーは、即座に否と答えた。
そんな戯言のために騎士の血統を邪魔立てしたのかと呆れたように言うセイバーに、ライダーは困ったような顔をして「待遇は応相談だぞ」を首を傾げるが、二人はまたも否と即答した。
「重ねて言うならば、私もまた一人の王としてブリテン国を預かる身だ。いかなる大王といえど、その臣下に降るわけにはいかぬ」
「ほう?ブリテンの王とな?こりゃ驚いた、何しおう騎士王がこんな小娘だったとは」
「その小娘の一太刀を浴びてみるか?」
剣を構えたセイバーを尻目に、ライダーは黙りこくっているもう一人のサーヴァントに視線を傾けた。それに気づいたプリーストは姿勢を崩して態度を変えないままライダーを見上げる。
「ふむ・・・。お前と共に時を駆けるのも楽しそうだが、あいにく私は誰の下にも、上にもつかない信条なんだ」
「友としてでもよいぞ?」
「とても魅力的だがな。お前のその気迫を前にしては、私といえど跪きそうで心が危うい」
プリーストはふんと鼻を鳴らして口角を上げた。その強い瞳にライダーはそれ以上何も言わず、他の言葉を口にしようとした時同じチャリオットに乗っていた少年がうめく様な声を上げた。ものは試しだなんてふざけた理由で真名までばらしてどういうつもりだとふらついた呂律でライダーに厳しく当たる。その大きな声を聞いて、その場にいながら隠れていた人物が、再び声で存在を見せた。姿は見せないままではあるが、先ほどランサーに宝具の使用許可を出した男の声だ。
実に残念だと哀れむその声に、イスカンダルことライダーのマスターである少年―ウェイバー・ベルベッドはただ怯えていた。そこにはいないのにまるで目の前で侮蔑の視線を向けられているような、そんな恐れ方だった。
「致し方ないなぁウェイバー君。君については、私が特別に課外授業を受け持ってあげようではないか」
ランサーのマスターのその台詞に、興味を持って返事をしたのは名指しされたウェイバーではなく、まったく関係のないプリーストだった。
「これは戦争だというのに敵に知識を授けると言うのか。大した強さなのだな、ランサーのマスターは。この場に姿を現す度胸もない者が、戦においてのあれこれを説くほどの経験値があるとは思えないが」
「―おう魔術師よ。察するに貴様はこの坊主に成り代わって余のマスターとなる腹だったらしいな。だとしたら片腹痛い、余のマスターたるべき男は、余と共に戦場馳せる勇者でなければならぬ。それこそプリーストの言うようにこの場に姿も現さん臆病者なぞ役者不足だ」
二人そろってまくし立てられ、ランサーのマスターは沈黙を返した。だがあたりの空気には確かに、怒りの感情が流れていた。
それを知ってかしらずか、ライダーは闇夜に声を張り上げる。他にもいるだろう、と。その台詞に、セイバーが不思議そうに眉根をよせる。ライダーは説明するように、セイバーとランサーに視線をむけた。
「セイバー、それにランサーよ。途中邪魔が入りはしたものの、うぬらの真っ向切っての競い合い、まことに見事だった。あれほどに清澄な剣戟を響かせては、惹かれて出てきた英霊が、よもや余とプリーストだけということはあるまいて。
―情けない、情けないのぅ!冬木に集った英雄豪傑どもよ、このセイバーとランサーが見せ付けた気概に何も感じるところがないと抜かすか?誇るべき真名を持ち合わせておきながら、コソコソと覗き見に徹するというのならば、腰抜けだわな。英霊が聞いて呆れるわなぁ。んん!?」
ライダーのそれは明らかな挑発だった。プリーストが張り巡らせ気づいた気配はいくつもあるが、明らかに今の言葉に反応し潜伏していた気配のうちひとつが怒気を含んだ。ソレを知ってかしらずかライダーは言葉を続けている。
「聖杯に招かれし英霊は、今!ここに集うがいい。尚も顔見せを怖じるような臆病者は、征服王イスカンダルの侮蔑を免れぬものと知れ!」
―そんな挑発に乗るのはよほどの馬鹿か、
「我を差し置いて王を称する不埒者が、一夜のうちに二匹も沸くとはな」
―あるいは、途方もなく高い矜持を持っている者だけだろう。
プリーストも見覚えのあるその挑発に乗った英霊は、その場にいる者たちにも見覚えのある顔だった。茶番とプリーストによって称された、遠坂邸のサーヴァント、アーチャー。眉間に皺をよせ、その端整な顔をしかめている。難癖をつけられたところでなぁ、とライダーことイスカンダルは、自身も名声を誇る王であるのだからと困った顔を見せた。
「たわけ。真の王たる英雄は、天上天下に我ただ一人。あとは有象無象の雑種にすぎん」
「そこまで言うのなら名乗りを上げたらどうだ?アーチャーよ。自分こそ王だと名乗るライダーは、高らかにその真名を口にしたぞ?」
からかうように問うたプリーストの言葉に、アーチャーの眉がぴくりと弾かれた。話の流れを汲み取れば、プリーストの意見も最もであるのだが、真の王と自負するアーチャーにとっては愚問だと言う。
だがそれは、マスターからの指示や自身の策で真名を隠しているのではないようだった。
「…我が拝謁の栄に浴して尚、この面貌を見知らぬと申すなら…そんな蒙昧は、生かしておく価値すら、ない!」
アーチャーの背後の空間が歪み、水面のように波立ったその中に、剣の切っ先が浮かぶ。それはすべて違う形をしており、目の前の敵サーヴァントたちを撃ち抜かんとばかりに構えていた。ひとつひとつが持つその煌びやかに施された装飾と、感じられる魔力からして、一つ一つが宝具と言って遜色ないものたちだった。
先ほど手の内を見せたランサーのように、誰しも必ず宝具が単一とは限らない、だがかといって先日アサシンを倒したときのように、戦闘の切り札ともいえる大事な宝具を使い捨てとばかりに投げつける者がいるだろうか。
あの波打つ空間か、あるいはあの槍剣が、アーチャーの宝具であることには間違いない。
そうしている間に、しばしの睨み合いが終わり―アーチャーの構えた背後の宝具が、標的を定めた。その瞬間彼の立つ電灯ポールのすぐ近くに、多量の魔力があふれる。風のようにあたりをなびかせたあと、その場には黒い甲冑を着たサーヴァントが吼えた。
セイバーが言うにはバーサーカーで、傍らランサーがライダーに「あいつに誘いはかけんのか」とからかっている。誘って可否を聞く前に、こちらの話が通じるかどうか、とライダーも渋い顔をしていたが。ライダーはそのままその話題を流し、マスターである少年ウェイバーに、バーサーカーの力量を尋ねた。普通、この聖杯戦争では、サーヴァントのステータスがマスターたちには見えるようになっているからだ。ウェイバーはバーサーカーを見据えた後、顔をしかめた。わからない、と焦るように呟く。
「貴様とてマスターの端くれであろうが。得手だの不得手だの、色々と"観える"ものなんだろ、ええ?」
そうだ、本来ならば聖杯により授けられたある種の透視能力で、サーヴァントのマスターであるならば見えるはずなのだ。アーチャーやセイバー、ランサー、プリーストの能力はすでに読み取って把握している。その数値が若干目を見開くものであるにしろないにしろ、確かに把握できているのだが、ウェイバーはバーサーカーのステータスだけ見えないのだと冷や汗を流した。
「あいつの能力だろうな…隠蔽能力か。ソレよりも、今回の余興はずいぶんと人数が増えたな。どうするお前たち、今お前たちが結託して私に総攻撃してもかまわないのだが」
今この場で姿を見せているサーヴァントは、ランサー、ライダー、セイバー、アーチャー、バーサーカーに、プリースト。バトルロイヤルである以上、一時手を組み強い敵を、逆に不利な者に総員で猛攻をかけ、敗退させるというのは誰しもが考えることだろう。負けたくないサーヴァントたちは、この状況で総攻撃される側になるのを如何にして防ぐかを考えるものだが、プリーストは余裕そうな顔でそう言い放つ。だが誰もそれには答えず、不明なタイミングでこの場に躍り出たバーサーカーに警戒の念を抱いていた。
状況が悪化するとしか考えられないような、そんな策略も感じられないタイミングでのサーヴァントの投入に、マスターの考えが計れない。5体のサーヴァントを相手に勝てるだけの自信があったのかもしれないが。
「…誰の許しを得てこの我を見ておる?狂犬めが…」
少しでも有利に、少しでも楽に敵を狩れるように、と様々な思慮を巡らせるのが常道であるだろうに、それも関係ないとばかりに声を上げたのはアーチャーだった。王であるのは誰よりもこの我だと唱えているアーチャーにとって、バーサーカーの不躾な視線は不敬を上回る大罪だと、アーチャーは展開していた宝剣宝槍の標準をバーサーカーに向けなおした。
「せめて散りざまで我を興じさせよ…雑種」
そう言って放たれた宝具は、そこまで離れた距離でもなかったバーサーカーにまっすぐ飛んだ。煙に覆われてバーサーカーの安否は不明だが、爆発にも似た現状になるだけの威力はあるようだ。煙が晴れた後、そこには無傷のバーサーカーが立っていた。その様子に―ではなく、爆煙が起こる直前の動きを見ていた者たちが息を呑んでいた。
「…奴め、本当にバーサーカーか」
「狂化して理性を無くしてるにしては、えらく芸達者な奴よのぅ」
二人のサーヴァントのコメントに、ウェイバーは首をかしげた。しかしそれも普通だ、なぜならばバーサーカーの先ほどの動きは達人の域だ。
バーサーカーは、ほぼ同時ながら連続して放出された二つの武器のうち片方の宝剣を難なくよけ、しかも掴み取り二撃目にあたる槍を打ち落としたのだ。どんな効力があるかもわからないのに、易々とそれに触れた。本来宝具は持ち主のために力を発揮する、物にはよるが使い手以外では触れるだけで呪い殺されてしまったりするものもあるのだが。
「―その汚らわしい手で我が宝物に触れるとは…そこまで死に急ぐか、狗! その小癪な手癖の悪さでもって、何処まで凌ぎきれるか…さぁ、見せてみよ!」
アーチャーの怒りに油を注いだらしい。彼の背後に浮かぶ宝剣宝槍たちが、尋常じゃない数で現れた。やはりそれらも一つ一つ姿形が違い、それぞれの魔力を放出している。その数だけの宝具を持っていると言うのは、やはりおかしい。
だがそんな考えをさせてもらえるだけの時間もなく、アーチャーはそれらをバーサーカーに向けて放射する。目にも留まらぬ速さの攻撃を、バーサーカーはいとも簡単に、先ほどのように打ち落としていた。時に投げ返し、時に武器を持ち変える。その素早さは目を見張るものがあり、違う武器を持つ様もまるでその宝具の使い手であるかのようにしっくり来ていた。雨嵐のように降り注ぐ攻撃が止む。煙に紛れていたバーサーカーが仕返しとばかりに投げた剣は、アーチャーの立つポールを切り刻む。それを避け地上に降り立ったアーチャーは、怒りに声を震わせながら叫ぶ。
「痴れ者が…天に仰ぎ見るべきこの我を、同じ大地に立たせるか!―その不敬は万死に値する、そこな雑種よ!もはや肉片ひとつも残さぬぞ!」
再び現れたその光の波の中には、先ほど射出された数よりも多量の切っ先が顔を出していた。今にも攻撃が―そう思われたところで、アーチャーはピクリと顔を上げた。
「貴様ごときの諫言で、王たる我に引けと?大きく出たな、時臣」
忌々しげに呟くが、アーチャーは背後のそれとあたりに散らばる宝剣宝槍を消すと踵を返す。
「命拾いしたな狂犬…雑種共!次までに有象無象を間引いておけ、我と見えるのは真の英雄のみで良い」
それだけ言って、アーチャーは実体化を解き姿を消した。
アーチャーのマスターは冷静に事を運びたいようだ。それのために、令呪一つ使うのが果たして利口かと言われれば微妙なところだが。
黄金のサーヴァントが立ち去った後、セイバーは視線に気づく。それは紛れもなくバーサーカーからの視線であり、一瞬視線を絡めた直後、バーサーカーは身をよじり唸った。転がっていた先ほどバーサーカーが投げ返した刀剣により切断されたポールを掴み、セイバーを攻撃した。
そのポールはまるで宝具かのように強度が高められていた。普通ならば、セイバーの剣とつばぜり合いになった時点でポール程度の鉄は切り落とされてしまうはずなのだが、バーサーカーの掴むそれは一向にその気配もなく、むしろセイバーを押していた。それはつまり、バーサーカーの能力が一つ露呈されることに繋がった。観察していたライダーは、バーサーカーの能力、基先ほどの打ち合いは彼が"触れたものを何でも宝具にしてしまう"からであると結論付けたのだ。
先ほどの手傷もあり、セイバーは汗を浮かべていた。攻撃を打ち下ろしてすぐ、バーサーカーの攻撃がセイバーに向かう。だが間一髪、それを防いだのはランサーの槍だった。騎士同士の戦いの邪魔をするなと、暗にそう告げたのだが、その言葉を向けられていないその声の主―ランサーのマスターが、冷たくランサーに命令した。
「何をしているランサー。セイバーを倒すなら、今こそが好機であろう」
「…セイバーは!必ずこのディルムッド・オディナが誇りにかけて討ち果たします!お望みならばそこな狂犬めも先に仕留めてご覧に入れましょう。故にどうか、我が主よ!この私とセイバーの決着だけは尋常に…」
「ならぬ。―ランサーよ、バーサーカーを援護してセイバーを殺せ。令呪をもって命ずる」
空気を読まない人間がいたものだ、とプリーストは心の中で呟いた。
ランサーの赤い槍はセイバーに向けられる。令呪をもってして命じられたことに、ランサーが反抗できるわけもなく、その槍によっての攻撃がセイバーに向く。背を向けられたバーサーカーは、セイバーにしか興味はないらしくその横を過ぎセイバーに向いた。
「……無粋な。どう思う、プリースト」
「魔術師ならばそういったものではないのか?しかしな……」
仲間はずれにされたライダーとプリーストは、彼らの様子を眺めていた。ランサーは唇を噛み憎憎しげにどこかを睨みつけて武器を握り締める。プリーストも自身の武器を握り締めたとき、真横にいた気配が移動したのを感じた。次の瞬間、ライダーは乗っているチャリオットを走らせており、止める間もなくその車輪はバーサーカーを轢き倒していた。
豪快に跳ね飛ばされたバーサーカーは、地面に腕を突き立ち上がろうとしている。やれやれ、とプリーストが呆れを見せたのもつかの間で、さらに次の瞬間にはプリーストがその場を駆け、地面に伏せるバーサーカーの前に立った。
「我が前に姿を現しながら正気を持たぬとは、我らが眷属に加護を受ける者として最大の不敬!姿を現せ!」
「―■■■■■―!」
バーサーカーは何か叫んだ後、力尽きたように姿を消した。プリーストの言葉に眉根を寄せながら、ライダーは口角を上げる。
「…と、まぁ、バーサーカーには撤退してもらったわけだが。ランサーのマスターよ、魔術師に剣士の美徳など知ったことではなかろうがな。戦において自分の兵の言葉を信じてやれぬ指揮者に勝利など訪れようか?」
「………」
怒気を含んでいる、というほどではなかったが、それまで場を楽しんでいたプリーストにしては、どうにも冷たい物言いだった。
「ランサーを引かせよ、これ以上こやつに恥をかかせるつもりなら、私はこのプリーストのクラスに配分された保有スキルによって、すべてのサーヴァントを強制召還しランサーを総攻撃してもかまわぬのだぞ?」
「…そんなこと、できるはずが…ッ」
そのような無茶なこと出来るはずもない。だが、そうできるだけの自信と確証が、プリーストにはあった。
プリーストという英霊に与えられたスキルもいくつかあり、それすらも普通のサーヴァントと比べれば破格のものだ。だがマスターからして破格なのだから仕方が無いといえよう・・・僧侶という特異なクラスに与えられるスキルは、やはり別格なのだ。
一つに、強制命令権というものがあった。すべてのサーヴァントを強制召還するだけの魔力や行使力が、プリーストにはあるのだ。それが事実であることの証拠は、紛れもなく参加者に与えられるサーヴァントの情報を読み取る目だ。歪みの無い視線に、ランサーのマスターもたじろいだ。
「………撤退しろ、ランサー。今宵はここまでだ」
その指示に、ランサーは槍を強く握った。感謝する、征服王、プリースト。そう呟いて、セイバーと目配せして姿を消した。
しばしの間をおいてから、セイバーはライダーに言葉を向けた。結局の所、ライダーの目的がはっきりとしない、だがライダーも楽しそうではあるが顎に手をやりさてなとぼかした。
「そういうことはあまり深く考えんのだ。理由だの目論見だの、そういうしち面倒くし諸々は、まぁ後の世の歴史家が適当に理屈をつけてくれようさ。我ら英雄は、ただ気の向くまま血の滾るまま。存分に駆け抜ければよかろうて」
「…それは王の言葉とは思えない」
「ほう?我が王道に異を唱えるか」
「まぁ待て待てお前たち。自分の信じる道を語るのもいいがそれはまた場を整えてやるがいいだろうよ」
割り入ってきたプリーストの言葉に、二人は言葉を止めて苦笑する。二三言葉を交わして、ライダーもプリーストも去った。マスターとともに一瞬にしてその場を移動する手段を持たないセイバーがそれらを見送って、その戦いはひとまず幕を下ろした。
