171:56:30これはよいものだ、とプリーストはその絵画を見上げていた。なんと表現していいかというような知性は持ち合わせてはいないが 、単純に好みだと。この邸宅には他にもこういったものがあるのだろうか、と体の向きを変えようとしたとき、すぐ近くに現れた気 配に一瞬身構えた。
水の膜を張って防御すれば、じゅうと焼ける音の後何者かが飛び退き着地する気配。暗闇の中目を凝らせば、凛々しい表情でこち らを見据え剣の切っ先を向ける娘が一人。燃えるようにあかい髪に瞳は、冷酷にこちらを睨んでいた。
「何者だ。一見し敵方のサーヴァントだと感じられるが」
「そのとおりだ」
「…何用だ。我が王とマスター殿に害を成すなら、この剣自ら貴様を切り裂く」
その細腕に見合わない大きめの剣を構えて娘は語る。
用などないよとプリーストが苦笑すれば、嘘をつくなと剣の柄を握り締めた。
「昨日、この余興について教えられたのでな。直々に礼と、いくつかの問をさせてもらおうと思ってな」
「…我が王はマスターに頼まれた些事の後すぐにおでかけになる。その行き先を貴様に告げる必要もないし、我が王にたてつく輩はこの剣が振り払う」
「たてつく気はないのだがなぁ…」
娘が剣に炎を宿らせる。その類の攻撃はプリーストには効かないのだが―いや、この炎は純正のものだ。大部分防げるが、完全な無効化は出来ない。しまったなぁと逃げる算段を付け出したとき、直後プリーストが床を蹴った。
プリーストがいたところには少量の槍剣が突き刺さっていた。近くの棚の上に逃げていたプリーストは、危ないな、と口を尖らせ た。
「…我の剣に傷をつけようものならただではおくまい。去れ、今我は虫の居所が悪い」
「我が王よ、お心使い感謝致します」
「貴様は下がれ。先言った任について余計なことはするな」
「…はい」
あかい娘はしゅんと俯いて姿を消す。睨んでくるアーチャーに両の手を上げて降参を示せば、背に浮かべた金色の波を消した。
「こんなところで会うことになるとはな」
「余興と聞いて直々に見に来たのだ。…さておき貴様が街へ繰り出していたのは現実逃避か?さっきの娘とよほど難解な因果を抱えていると見た」
やかましい、と不機嫌そうに言いながら再度背後に波を浮かべると、二艇ほどプリーストの頬をかすめ壁に突き刺さった。
「虫の居所が悪いというのは嘘ではない。今は去ね、プリースト」
「むぅ…時の王がそういうのでは仕方あるまい」
仕方なく姿を消せば、アーチャーは飛ばした宝を回収し踵を返した。魔力で具現した鎧を解き世俗の服に着替え、報告を受けたのか目を白黒している遠坂の当主と傍らに控えるあかい娘を一瞥してから、街へ足を向けた。
171:25:42件の遠坂邸からホテルに帰宅してどっかりとソファに腰掛ける。
一息ついてから、プリーストの連絡を待つが一向に来ず、心の安定のためにも紅茶を入れることにした。
温かい一口が先ほどまでの寒さにかじかんだ体にしみる。長い息をついて安らぎを得た後、あのサーヴァントについて考察に入る。
ただ、下手にどうこう考えるよりも、プリーストに聞いたほうが早いことが幾つかある。
と、いうことで、とりあえず我がサーヴァントが帰るまで、休息することにする。
+
うとうとと船を漕いだ時だった。目に闇を抱えた少年が、とある知己を尋ねた時にいつの間にやら同伴していたことを脳裏に思い出す。
それまでは生き残るのに邪魔だからと弟子をとったりする気配すらなかったその友人が突然迎えることになったらしくこちらとしては驚くばかりだった。
たしか―たしか名前…は、
「おおい?寝ているのか?」
「…起きてる」
「おや。ならよかった、聞きたいことがあるのだろう?」
もう少しで何か思い出しそうだったのだが目の前に情報を吊るされては致し方ない。
寝ぼけた目を軽くこすって自分を起こすと、目の前のソファに座ったプリーストを見据えた。
順に彼女が知っている情報を聞き出す。まずはアーチャーのこと。
「アーチャーはアーチャーだ。自尊心が高いがその分尊い英雄だな。だからこそ私には手を出さない、問題ない」
…とのこと。
では、アサシンのこと。
「アサシンは消えていない。何体かに分裂したうちの一つがあの些事の捨て駒にされたというところだろう」
…らしい。そういえば、あの時いったい何に不機嫌になっていたのだ?
―そう聞けば、プリーストは、しょうがないなといたずらする子供を許す時のような顔をして息をつく。
「アーチャーからの話によれば、遠坂とその弟子言峰は最初からつながっている。聖杯戦争に因んで別離したということではなく、先言ったように召喚したアサシンの特性を利用して敗北したように見せるのが目的のまさに"余興"だったのだろうな」
「…それが感知出来ない教会じゃないでしょう。それが本当だとしたら…」
「うむ、遠坂の当主と言峰親子…?とは懇意にしているようだぞ」
あからさまな不正にため息をつく。いや、別に個人的にはどうでもいいのだが、何かこの聖杯戦争には裏があるように思えてならない。
「ああそうだ。一つ改めて聞いておきたい事があるのだが、マスターよ」
「…何?」
「お前が聖杯にかける願いはなんだ?」
唐突な質問に首をひねりながらも、応える。とくにない、と。参加した目的といえば変な夢を見たからとしか言い用がなかったし。
それは、召喚した時に答えたはずだが。
「ふむ…では、他のマスターたちは?」
「そんなもの知らないわ。…予測を立てるなら、例えば参加者のケイネスは自分の力を示すため―とか。あとは夢を叶えるとか、…ああ、魔術師なら…根源へ至る、とかもあるかもね」
その答えにプリーストは心底不思議そうに首を傾げた。
こんげん?と呟いている。―万物の始まりと終焉、この世の全てを記録しこの世の全てを作れるとかなんとか…さほどそれに興味のないがうろ覚えで説明すると、プリーストは思い立ったようにぽんと両の手を叩いた。
「ああ、あれのことか。ただの人間が見て面白いものでもないと思うが…?」
「魔術師って連中は、つまりは全てを掌握したがってるだけなのよ。根源を求めない魔術使いを見下し魔術を使えない一般人を馬鹿にしてる連中だから」
「―、なるほどな。だからか…」
神妙につぶやくプリーストにまた首を傾げる。
「ただの一人がそれを受け継ぎ心を摩耗させているのならまだしも、それを引き継いでいるわけでもない多数の人間どもも、我らの協力あってこそだという基本を忘れ去っている。そんなものはアレに至るべきでもないしこんな戦いの末による力でアレに辿り着こうとしても―我らが許さないがな」
「…どういうこと?」
一人しみじみと語っているのはいいが、少しはこちらにもわかるように話していただきたい。
するとプリーストは苦笑した後ソファに背を預けてから、少し皮肉げな顔をして話しだした。
「もともと、英霊をわざわざ呼び寄せ令呪などという縛りを設けて戦わせる、ということに首をひねっていたが…なるほどなと思ってな。なぁ、どうして令呪なんてもので縛りを設ける必要があると思う?」
「どうしてって…記録では、いわゆる謀反や裏切りにあったために強制力を用いたはずだけど」
「その通り。だが、―無論悪評故に英霊となった者がいる以上全員とはいわないが、基本的に英霊という奴らは人間を守る存在だ。といっても実際にはそんな役割はないが、英雄となった奴らは基本人間が好きでそうなった物好き共が基本だからな、余程のことがない限りわざわざ人間を殺すなどありえない」
まぁ、召喚した人間との相性によっては悪評からの英霊を呼び出すなんてこともあるが、そこはそれ。
プリーストは残っていた冷めかけの紅茶を飲みながら説明を続ける。
「で、だ。基本英霊が人に手を挙げないものとして、それでなぜ謀反が起きたのか。わかるか?」
「…英霊の意志を無視した?」
「惜しい。が、まぁ似たようなものだ。矜持や信念を覆された時だ。英霊はもともと人間だとはいえ人間よりも上の地位にある。そうなったというだけの誇りも持ち合わせているのに醜い戦いに巻き込まれ自分の尊厳を踏みにじられれば、怒りを覚えることもあろうさ。精霊だって怒りのために天災を起こす」
よくわからない裏話に聞き入りながらも次の言葉を待つ。
―と、ちょっと待て。
「今まで聖杯の中に溜まった英霊に怒りを持ったものがいたら、聖杯なんて正常に機能するの?」
「うん?あぁ―まぁ一人二人分のちょっとした恨みに限ればそれを上回る無色の魔力で相殺されるが…。
さて、英霊たちは戦争に召喚されてくれるような奴らであるという時点でそれなりに寛大だ。そんな奴らが我を忘れて怒るほどの何か―となるといくつか場合が限られてくる。一つは意志にそぐわぬ行動を取らされた時。一つはその矜持を見下された時。もう一つはそれらを内包した上で意味なき死亡を命じられた時だ」
一本ずつ指を立てて説明されたそれにごくりとつばをのむ。
プリーストの瞳はどこか冷ややかだ。
「まず前提としておかしいのだよこの聖杯戦争とやらは。魔術師が英霊を使役し戦わせ、その勝利者一組の願いを叶える?一組ということは最低二人となる。そりゃ願いの内容にもよるが根源に来るなんて願いを叶えたらもう一人分の願いを叶えるだけの力など残らない。
いくら英霊たちには聖杯に願うほどのモノなどないだろうとはいえ、私には呼び出した対価の"英霊の願いを叶える"を渡す気などないと感じるな」
「……たしかにそうね。根源に至る―それが真の目的だとすると―ところで、ここの聖杯で根源に至ることは実際に出来うるの?」
「可能だと思うぞ。六体分の魔力では全く足りんがな」
「…どういうこと?」
「聖杯戦争が終結した、とした時、役目を終えたとして英霊の魂はその情報を記録するため座に戻る。その天に開く穴をくぐれば、こちらにたどり着く事はできる。無論我らはそんなことを許しはしないから、天使でいうなら堕天させるようにその力を根こそぎ奪い去るがな」
力を根こそぎ奪い去る。実際そこまで近づいて魔法を得たものもいる以上、そうまでするのは…
「何を言うか。ひたすらに研鑽を積み学びその末にすべての知識を手に入れるならまだしも、楽をして結果だけ得ようなどと見過ごすものか。無論、この考え方は称賛に値するが、世界を守る英霊を利用する、というのが乗算ゼロどころかマイナスポイントだ」
「…厳しいのね」
「あたりまえだ。アレを知りたければ世界に認められるだけの存在になってから出なおすべきだ」
数拍間をおいて息をついてからなるほど、と呟いた。
と、その時カーテンの向こうから光が見えた。どうやら夜が明けたらしくセットしていた目覚ましが数度鳴った。
するとプリーストは意気揚々と立ち上がり、
「今日は隣町で買い物だ!」
などと言ってでかけようとした。
買い物、はいいがプリーストにそんな金は渡していない。というか自身が追われる身である以上とあるツテを頼る以外金のアテがないため余分な金はない。…そのアテはなぜか大量に入金してくれるので、スイートルームに滞在なんてことができるのだが。
「問題ない、アーチャーが黄金を落としてくれた。あとは私の幸運でいくらでも増やせる」
…どうやって、とは聞かないでおこう。とんだ卑怯な気もするが、わかりやすい犯罪を犯しているわけでもないのなら問題はない、ということにしておく。
数時間、長いこと話していた時はさほどでもなかったが、その話し相手がいなくなった今自分を襲うのは強烈な眠気だ。
夜までに目が覚めればいいだろう、と冷め切った紅茶を飲み干してベッドに入った。
162:54:33昼。明け方寝に入ってから数時間で目が覚めた。
ホテルのレストランの朝食を逃したので外へ食べに出る。パンフレットを流し見して美味しそうなものを探す。
「……」
で。
僧侶というこのクラスを知るものは少ない。知っていたとしても合間見えたものでない限りを聖杯戦争の参加者だと認識する ものはいないだろう。
それは、今、このエレベーターに乗り合わせた三人のことだ。こちらは調べていたから知っているのだが。
しかし戦いをするつもりはないしこの場で戦いをおっぱじめるのは好ましくない。
はちらりと、長身の男―このご時勢に似つ かわしくない格好をした泣き黒子の男に目を向けた。
おそらくこいつがサーヴァントだろう。視線に気づいたらしい男性がこちらを 見た。
は普段しない笑顔を向けると男も笑い返す。
その美貌からは、何か魔力帯びたものが感じられる―ああなるほど。は このサーヴァントの正体に目星をつけた。
「ちょっとランサー…」
傍にいた女性がランサーと呼ばれた男の腕に触れ気に食わなさそうにと交互に顔を見る。ランサーは困ったように笑って に背を向けた。
それを目で追っていると、ばちりとその奥の男と視線が交わった。ああこの人が、ランサーのマスター。なるほど騎士道を掲げる 男には合わないであろうその目つき。
「貴様、魔術師か」
「…」
突然口を開いたかと思えば、言われたのはそんな言葉。傍にいる女性もランサーも驚いたようにこちらを向きなおす。「あら、」 にこやかに笑い返して見せればケイネスはこちらを睨みつける。
「―魔術師だったところで、何が?」
「この時期に冬木に魔術師、となったら聖杯に関係があると考えるだろう」
「聖杯とは一体何かしら?」
とぼけて見せればケイネスは不愉快そうに眉根を寄せた。やがてエレベーターが少し揺れて止まり、長居する必要もないとは 早々に降りた。
残された一行、ランサーがケイネスを見た。
「何故彼女が魔術師と?」
首を傾げればケイネスはその横を通りエレベーターを降りながら応えた。「貴様のチャームが効かん時点で明白だろう」なるほど 、とランサーは納得する。
「…気に食わん目だ」
ぼそり、ケイネスが呟く。ランサーがまた何か問おうとしたが、ケイネスに一瞥されその視線の意図に気づくと姿を消し霊体化し た。
160:57:33はそのまま街を歩く。当ては無いが、ひとまず空腹を満たそう。そう考え至って地面を踏みしめた。そこでふと、何か大きい 魔力の塊が近くにいることに気付く。サーヴァントだろう、気配は消しているのだろうが、感覚が鋭くなっている身としては分かり やすいものだった。
「すまないそこの方。この店がどこにあるか知らないか?」
立ち止まるとちょうど ―なんというか、タイミングがいいのか悪いのか。金髪の少年顔と、白銀の髪をした女性。パンフレットのようなものに載っている和食店を指しながら、金髪がに話しかけてきた。
あいにく自分も旅行者である、とにこやかに告げれば、白銀の髪の女性の方があからさまに眉尻を下げた。それに何故だか悪いこ とをしたような気がして、パンフレットの中身を盗み見ておそらくあちらではないか…と地図を見た結果を伝えれば、同じように地 図を見た後なるほどと二人見合ってからに対し頭を下げてそちらへ歩いて行く。
…気づかないのか。まぁ、サーヴァントをつれていなければ、そうもわからないのかもしれないが。
あの二人は、―勘だがおそらくアインツベルンのホムンクルス。彼女がマスターかどうかは分からないが、この地にいる以上参加者、少なくとも関係者であることは間違いない。
さてこの後一体どうしようか。二組の敵と遭遇したが特別情報は入手はできず―一組がランサーの可能性がある事は分かったが。
遠坂がアーチャー、後日サーヴァントを失ったと教会に保護された言峰がアサシン。先ほどの白銀の女性をマスターと仮定 して金髪の少年顔がおそらくサーヴァント…サーヴァント特有の気配とは、少し違ったが。
ニュースで見た図書館を襲った陣営に、自身も遭遇した猟奇殺人犯ももしかしたら誰か召喚したのかもしれない。
ここまでで、アーチャー、ランサー、アサシンまでは敵のマスターを確認した。
ふらふらと町中を歩いて食べられそうな飲食店を探す。
中華店に目星をつけて入ると、独特の香辛料の匂いに圧倒されながら席についた。
オススメ、泰山激辛麻婆豆腐。別段激辛に興味が有るわけでもないが、これにしよう。オススメならハズレはないはず。
―その判断が大きな間違いだったのだが。
自分の判断ミスに悶絶しながら何とか平らげて、いざ店を出ようとした時。
冷たい殺気に思わず動きを止めた。自然な動作で真後ろに来た男が原因だ。
「そのまま黙って外に出て」
殺気自体には大して恐れはしないのだが、人差し指をまるで銃のようにあてられては警戒したまま言うことを聞くしかあるまい。
+
「遠坂邸での初戦、認識阻害の魔術は使っていても堂々とその姿を表した間抜けな魔術師。連れていたサーヴァントの存在も極めて異質」
「…………」
「そして何より僕は君の名前を知っている。"封印指定"の上教会の代行者にもその生命を狙われる魔女、 」
今度は本物の銃の照準をこちらに合わせて、男は無表情のままそう告げる。
「根源にたどり着いた魔女だとか、いろいろ噂はあるようだけれど。なんにせよ―一体この冬木の地になんの用だい?」
「………」
「答えろ。僕の知りうる限り君はありえないはずの八体目のサーヴァントのマスターだ。だが魔法使いと噂のある君ならそんな介入だって不可能ではないとしても、そこまでして冬木の聖杯を求める理由はなんだ?」
なんだ、と問われても、別段冬木の聖杯をとることに理由もなにもない。―そう言ってもこの男は納得しないだろうが。
「…そうしろ、とお告げがあったから。とでも言えば納得する?」
「何を馬鹿なことを」
「そうね、あながち間違いでもないけど。ところで―あなたの名前は?こちらのことを知られているのに不公平だわ」
「戦争に公平も不公平もないだろう。他の参加者の基本情報すら持ち得ていないのは君のミスだ。僕が君を同じ土俵に立たせてやる義理はない」
それもそうねと息をついた。
男は少しだけ苛々した顔つきで銃口をこちらに向けている。
見覚えがある。この男。確か―8年か9年か位から噂を聞かなくなった、魔術師殺し。今まで直接相見えたことはなかったが―
「アインツベルンに養子入りしたというのは本当なの?衛宮…切嗣、だったかしら」
だとしたら、こんな戦いに身を投じているのも何となく分かる。男―衛宮切嗣は答えない。
ただじっとこちらを睨みつけている。
「聖杯に興味はないわ」
「なら何故戦争に参加している?」
「偶然よ。お告げ…のような物があったから、そしてこの地に来ていたから。せっかく令呪が来たのだし、暇つぶしに、と思って」
「ふざけるな!」
衛宮は銃を構え直しながらそう叫ぶ。
何故、そこまで"私"につっかかるのか。
「僕は君を知っている。10年以上前のことだ。僕は子供だった。僕はこれで大人になった。しかし君は一体何者だ?10数年前も同じ若さだった。髪型や服装に違いがあってもここまで変わらないのはおかしいだろう!」
―ああ。
思い出した。確かに10年以上も、ヘタしたら20年近く前じゃないだろうか。
――。
「それで?私にどうして欲しいのかしら」
「……。今は昼だ。今回は見逃してやる―だが次捕捉したときは必ず殺す。必ず、だ」
衛宮切嗣はそう言って銃を仕舞い踵を返していった。
あそこまで恨まれることをした覚えはないのだが、今に始まったことではない。
だかこれでわかった。
あの夢の男は、衛宮切嗣だ。
160:35:22マスターであるからの念話に気付く。
『間桐の様子を探ってほしいんだけど』
「マトウ?」
『御三家のひとつでこの地に住んでいるんだけど…サーヴァントを召喚したかどうかよくわからないのよ』
そういうことだから、とすぐに念話が途切れた。手に持っていた食べかけのデザートを急いで平らげると、仕方なく座っていたベンチから離れた。
+
風の噂をたよりに件の場所へ辿り着く。強力な結界が張っているようだったが気配を押し殺すことで通り抜けることは容易だ。霊体となり扉を通らず散策するも、少なくともプリーストにはほかのサーヴァントの気配は感じ取れなかった。
が、気配がひとつ動いたことに感づいた。人ではないが、サーヴァントでもない。
張られた結界の中で下手に術を使えば感知されかねない、とそのまま静かに進んだ。
プリーストにとってはその実力というものはたいしたものではないだろうが、念には念を。
己の感を頼りに歩き回ると―角を曲がった先に、多量の虫が待ち受けていた。歩き回ると言っても冷霊体の状態ではあったが、思わずどきりとしてしまう。
「…侵入者を感知したと思ったが…」
虫を従え言ったのは一人の老人。何を見ているのか分からない真っ黒な目で辺りを見回している。
プリーストは、その男を見て眉尻を下げた。酷く捩れてはいるが、こういった人間を何度も見ていたから―だからこそ、その捩れに哀れみを覚えてしまった。鋭い眼光ながら「気のせいか」と去っていったのを見て、息をついて歩みを進める。
迷っている自覚のないまま、ついにとある場所にたどり着いた。間桐の家の地下―知っているものに言わせれば、"蟲倉"だ。
施錠された扉をすり抜けて室内に入れば、うごめく蟲とそれに嬲られる少女が、いた。
「…これは…」
思わず声を音にだす。それに反応するように、ひしめき合っていた蟲は動きを止め鳴き警戒を見せる。だれ、とか細い声が聞こえて近づいてみれば、死んでいるかのように光を失った少女がプリーストを見上げていた。
「あなたも、かりやおじさんみたいにわたしをつれだそうとするの?」
「―カリヤ?」
真っ暗な瞳で問うてくる少女に首を傾げて返す。かりやおじさんはね、わたしをしあわせにするなんていうのよ。まるであざ笑うかのような口調だ。
無言のまま少女の隣に降り立って近くで顔を覗き込むも、少女は虚空を見つめ続けていた。
「………」
プリーストも、ただ無言で少女を見る。恐怖も恥もすべて何かによって上塗りされた、精神が壊れかねない直前。そんな彼女を見て歯噛みする―少女一人、救えない。何故救えないのかも、本当に救うべきなのかも、プリースト自身が救うべきモノではないこと も、理解している。それ故にただのヒトでない事が、ほんの一時、たまに、悔しく思うのだ。
少女の頬に触れて印を描く。助けることは叶わないが、彼女が助かることは出来るように。
「おねえさんは、わたしを連れ出してくれないの?」
「―…そうだな。君自身が出たいと願わなければ私にはどうすることも出来ない」
「わたしは、でたい。こんなの、もういや…」
「それでも、出られるわけがないと思っているうちは―」
少女の、冷たい視線に思わず笑みをこぼす。
「私には、救えない。君を苦しみから解放することは出来てもそれは救いではないから」
「…」
「たとえば私がこの場にいる蟲を焼き払ったとしても、何の解決にもならないだろう?」
「…うん」
「けれどいつか君が力を手に入れて、自分でこの蟲を焼き払うことが出来たときこそ、君は救われている。そのときまで私は、ほんの少しだけ力を貸そう―君が絶望に負けないだけの力を」
「…本当に?」
「嘘など言うものか。 …だがもし、恨めしいものを焼き払うのではなく許すことができれば、君は誰よりも美しい魂になるだろう 」
「ゆるす…?」
一瞬だけ宿った光に、プリーストは先ほどとは違う笑みを見せる。少女は不可解そうに目を細めて、なでられる手に力を抜いた。
「―■■■ ■■ ■ ■ ■■■ ■■ ■」
155:24:22「マスター」
緊張から開放されてふらふらと街を散策していた時だ。ちょっとした雑務を済まして帰ってきたプリーストが、姿を溶かしたまま話しかけてきた。
何事か、と立ち止まれば、どうやら敵の気配がするようでその旨を伝えてきた。すぐに戦いを始めようという感じではなく、敵のサーヴァントを誘っているようだと。
「私もぜひ応じたいのだが」
「…そう、ね。釣られましょうか。他に反応したサーヴァントがいなければ、様子見に戦いましょう」
「よし!」
―仮にも僧侶が、戦うと言葉にしてどうしてそんなに機嫌を良くするのかわからないが、ともかく路地裏に引っ込んでからプリーストを現界させて、ゆっくりと漂う魔力の残滓を追った。
154:15:41「よくぞ来た。今日一日この街を練り歩いて過ごしたものの、どいつもこいつも穴熊を決め込むばかり。俺の誘いに応じた者はお前だけだ」
人気のない倉庫街。聞こえてくるのはあからさまに色男の声。
「その清澄な闘気。セイバーとお見受けしたが、いかに?」
―街中で見たセイバーと、ホテルで見たサーヴァント。アテをつけた正体と獲物からしてランサーだろう。セイバーもそう認識したようだ。
騎士、なのであろうランサーは、戦いになるというのに名乗りを上げられないことが少し歯がゆい様だが"サーヴァント"というこの状況を楽しんでいるようだ。
ランサーが構えを取ると、セイバーを取り巻く風がなびく。すると、それまで現代のスーツを着用していたセイバーは元々の自身の衣装であろう騎士の姿へと変わった。後ろに控える銀髪の女性はいくつか話した後、数歩下がった。
…それをプリーストの術によって空中に足を置き見下ろしているの隣では、通常の認識阻害の魔術とは比べ物にならない精度の術を行使しながらわくわくと、同じく見下ろしているサーヴァントがいた。
「くっ…やはり応じるものは他にもいたか…私も久しぶりに剣を振るいたかった…ッ」
「…負けず劣らずな動体視力を持つというのなら、彼らを見て感じることわかることを教えてちょうだい」
そう言うとプリーストはつまらなさそうに目を細めながら彼らを見据えた。
「…ふむ。そうさな、あの二人は妖精や精霊の加護を得ている。ランサーの方は妖精王、セイバーの方は水の精だな」
「セイバーの剣の間合いは?」
「ここからではさすがに見えんなぁ。ただ、私がかけている術と同じように風を手繰り寄せてその形を隠している。となると間合いを隠さなければならない程度の使い手か、あるいはその剣だけで正体が割れてしまうほど有名な英雄か、というところだ」
プリーストの考察を聞きながら、二人の刃が交わり始めるのを待つ。
マスターと思われる銀髪の女性が安心して任せているということは、さすがに間合いを隠さなければならないほど弱いということはないだろう。ならばその剣が有名な英雄。
「その風を強制的に取り除くことは出来ないの?」
「できるが―今はまだ手を出さんのだろう?」
つまらなさそうにプリーストは言う。ああ、確かに相手の魔術を突然破ったらこちらのことがバレてしまう。
彼女の返答に押し黙り、次のことを思案した。
正直同じようにこの場に来ている自身に言えることではないが、あそこまで堂々とマスターとしてここにいるのは不自然だ。自分で身を守れる程の魔術の使い手ならまだしも、先ほどセイバーにつぶやいていた言葉を盗み聞きした限りではちょっとした治癒術しか出来ないようだし。
と、なると、あの女性が本当にマスターかというのは実に怪しい。冬らしく長袖を着用しているため何処かに令呪がないかと確認することは出来ないが、そこまで強い魔力はぱっと見感じられない。
「そういった手を使ってくるのは、」
今日の昼過ぎに相見えた男。魔術師殺し、衛宮切嗣。
あの銀髪の女性がアインツベルンのホムンクルスとして。なるほどあの男がマスターであの騎士然としたセイバーとともに戦うというのはありえない。
やはりアインツベルンからのマスターは衛宮切嗣。おそらく自身は隠密に徹し表向きな立ち回りをあの銀髪の女性とサーヴァントに任せたのだろう。
―らしい手段だ。
