風采迎合、怯懦蹂躙の恍惚

虚心坦懐・つよがり




 意識を浮上させる。見覚えがあるようでない天井を見上げて、次いで襲い来る体の痛みに潔く昨日の記憶を思い出した。肌に不快感はなく、シャツを一枚着させられている。
 起き上がるのも立ち上がるのも一苦労で、めまいと腰回りの違和感に頭を悩ませた。側の机の上には丁寧に畳まれた自分の衣服があり、不満を堪えて手に取り着替え始めた。
 時計を見上げ、もう既に人々の活動時間を迎えていることに気付きまたため息をつく。立場上明確な出勤時間があるわけではないが、はいつも明け方早くに起床し身嗜みに時間をかける。髪をまとめる時間さえない、仕方なく背に流したまま、髪飾りとしている神の目をブローチとして装備した。
 部屋の中に男の姿はない。ややこしいことになる前に早くに出てしまおう。そう考え痛む体に鞭打って寝室を出ようと、すると。
「おっと。おはよう、
「…っ!」
「まだ寝ていてもいいだろうに。ホットミルクを作ったけど飲む?」
 不機嫌を表すように顔を背ける。タルタリヤはホットミルクの入ったカップを傾け一気に飲み干すと近くの棚へ置き、の肩を抱き寄せた。身を強張らせているのを気にもせず、愉しそうに口角をあげながらついばむようにキスをする。──が、は硬直する体をどうにか動かし、男の手から逃げ出した。
「私では公子には勝てないでしょう、だからと言って簡単に屈するつもりはありません。…昨夜のことは忘れます、から。これ以上、仕事以外で…」
「忘れる?…忘れられるのかい?」
 意を決して言葉を紡いだに、タルタリヤは不思議そうな顔を返した。困惑しているうちにまたキスをねだられ、今度は顎を掴まれたため咄嗟に避けることができず舌の侵入まで許してしまった。
 固く目を閉じて嵐が過ぎ去るのを待っていると、男の手はするりと下半身に伸び、ドロワーズの中へと向かう。
「ああ、まだ柔らかいね」
「…っひ、い、や!」
「まぁまぁ。あの後君が寝てしまったから、さすがに足りてないんだ」
「頭がおかしいんじゃっ、いやっ、いやぁ!」
「少し黙って」
 口で口を塞がれ、壁に押し付けられ。片足を持ち上げられ、整えた衣服を乱されて。必死の抵抗も虚しく、昨夜散々に弄ばれた場所に再び男根を突き入れられる。未だ快感の余韻が残る内壁はそれを容易く受け入れ、衝撃にまた意識を手放しかけた。腰が抜けて倒れそうになるのをタルタリヤにしがみつくことでなんとか耐え、一瞬止まった呼吸を整える。
 床に残された足はもはや意味を成しておらず、ほぼ抱きかかえられていた。その状態で体を揺さぶられ、奥の奥で塊が腹を押し上げる。
「んっ、ひっ、あ、あっ!」
「いい声を出すじゃないか」
「うるっ、さ、んうう…っ!」
 結合部からどちらのものかもわからない白濁が溢れた。繰り返される律動に脳が痺れ、屈辱と羞恥に目をつむる。胎内で飲み込んだものがどくりと震え欲望を叩きつけられ、その感覚をまざまざと感じ取り、押し寄せる快感に気色悪ささえ芽生えさせた。
「…こ、れで…満足ですか」
「すると思う?」
「……っ!いいっ、加減に、してください!これ以上は本当に冗談じゃ…」
「誰かに訴えたければ訴えればいい。俺の手綱を引かせるために派遣された君の評価がどれほど落ちるかわからないけど。それにこれでも璃月に来て長くてね。ファデュイであるという前提を除けば、俺は結構愛想がいい方だ」
 自身を引き抜きながらにこりと笑う。状況を忘れれば大層温和な笑顔だ。は顔を歪め、奥歯を噛み締めた。

§

 煙緋は首を傾げていた。
 今日は甘雨との三人で、会談という名の食事会あるいは女子会の予定があった。大変珍しく甘雨の時間がとれたと、喜んでいた覚えがある。
 しかし時間になって現れたのは煙緋と甘雨のふたりだけで、一時間経過しても音沙汰がないというのは誰も予想出来なかった。はいつも、予定が詰まっていない限りは三十分前に一番乗りしているタイプの人間だ。誰にも隙を見せず、自立した女性。もちろん親しくしている煙緋たちは、彼女がそれだけでなく可愛らしいところもあることは知っているのだが、それは個室でおしゃべりをする時くらい。人目のある場所で、が目を細めて眉根を寄せる表情を崩すことは滅多にない。
 とにかくそんなが予定に遅れる、忘れるというのは、きっと異常事態である。助けを求めることなどしない彼女には、周りから多少強引に差し伸べた手を握らせるくらいでないといけないのだ。残念ながら甘雨は月海亭の者に呼ばれ戻っていったが、事情によっては投げ出しても飛んでいく、という言葉ももらった。煙緋も決して暇なわけではないが、それらを後回しにしてしまう程度には、が現れないことは異常なことなのである。
 受け取っていた名刺の裏に記載された─とはいってもわざわざ確認する必要はないが─白駒逆旅の一室へ向かう。ある意味での勤め先である北国銀行へ聞きに行くのは、体裁を気にする彼女にはかわいそうだろう。
 ノックの後に声をかけると、しばらくしてから元気のない足音が近付いて、ゆっくりと扉が開く。
「…煙緋さま?」
「……おい、大丈夫か」
 姿を見せたのは、紛れもなく本人だ。いつもの厳しい表情はなく、気の抜けた…というよりはやつれたような、疲れた顔をしている。
 彼女の勤務形態はさほど詳しくないが、休みの日でも身だしなみをきっちり整えるが、昼も過ぎているというのに下着すら着けず大きなシャツ一枚、たった今シャワーを浴びたのか髪も濡れていて。
 一つ言葉を漏らした後、煙緋は冷や汗をかいた。いや、別にだって休日をのんびり過ごすかもしれない。ならばそんな格好でも──いやいや。そもそも煙緋たちとの予定にやってこないのがおかしいという話であって。
 黙り込んだ煙緋をぼんやりと眺めたあと、はハッと息を飲み青褪めた。
「申し訳ありません煙緋様!会談の予定が!もうこんなに時間が過ぎて…!」
「いや、そのことは」
「甘雨様にもお時間頂いていたのに…!私なんで忘れて…!」
「気にしなくていい、あんなものただの女子会なんだから」
「ですが!私にとって貴重な情報と交流の…っ」
「また集まればいい。聞け、。とりあえず中に入れろ、いいな?」
 こうやって慌てる様子も中々見られないものだ。煙緋は何かを感じ、押し入るように進み扉を閉めた。何があった、との背中を撫でながら問えば、ぐっと口をつぐんで視線を逸らされる。
「……何も」
「何もなかったという様子じゃない。そもそもお前が食事の時間になっても来ないから心配になって来たんだ、お前が予定に遅れるなんて異常事態だぞ。甘雨先輩も心配していた。言ってみろ、誰に泣かされた?」
 よく観察すればの声が少し枯れているし、目も赤い。泣いたことは明白だ。衣服から覗く雪国出身ならではの白い肌はどれほど擦ったのか荒れている。身を守るように腕を抱くのも、──…。
 煙緋はぎゅっと眉根を寄せて、最悪の予想が事実でないことを願った。
 こういった様子の女性は長い生の中で何度も見たことがある。被害者に憐れみと、加害者に修羅の心を持って、この手の案件は処理してきた。絶対に勝てる。
 …しかしそれを被害者本人が訴えない限り、煙緋には何もしてやることは出来ない。乱暴されたことを公的記録に残すことを忌避するのは当然の心理だ。特にのような人間には。
 煙緋はさらに考えを深める。この璃月でが太刀打ち出来ない者など多くはない。煙緋が知る中で彼女では戦って勝てないような人物、しかもにそんなことをするとなれば、自ずと答えは見えた。
「公子か?」
「……っ」
「やっぱりか!あの男、前からに妙な視線を送っていたし、
距離も近い。気があるとは思っていたが…!」
 違う、とは、も言えなかった。けれどその事実を認めたくない気持ちが相反し、黙り込むことしか出来なかった。昨夜から今朝の記憶を思い出しそうになり必死に首を振る。
「よし、私に任せろ。ファデュイだろうがファトゥスだろうが、璃月内で起きたのならいくらでも裁きようはある」
「…いえ。お気持ちは、ありがたい、ですが。大丈夫です」
「裁判は嫌でも対処のしようはある。私一人では相手にするのは難しいが、甘雨先輩に、往生堂の堂主、あと鐘離先生にも協力を取り付ければ痛い目を見させてやることくらい出来る。体裁も大事だが、お前の体や心だって大事にしないと駄目だ、
 真剣な、けれど優しい声で語る煙緋の言葉に俯きを返す。その通りである事は当然理解している。どうしようもない時に誰かを頼るべきであることも分かっている。けれどこの事態は、の全てを失う事になる。今まで培ってきた評価も、名声も、何もかも。
 だって相手が悪すぎる、自分よりも遥かに強く高い評価を持つ男が相手なのだ。…最悪自分の評価などどうでもいい。しかしたかが痴情のもつれで、自国と璃月の関係を悪くするわけにはいかない。仕事上の付き合いだとしている煙緋や甘雨たちは、それぞれ璃月港の重要人物だ。
「本当に…大丈夫。自分でなんとか、するから」
「………わかった。ならもう何も言わない。だが…、助けて欲しくなったら必ず頼るんだぞ、いいな」
「…うん」
 なんとか苦笑をこぼせば、煙緋は呆れたように息をついて。を抱き寄せ、ぽんぽんと肩を叩いた。