風采迎合、怯懦蹂躙の恍惚

拈華微笑・不可



 淑女のところに大変優秀な部下がいるという噂は聞いていた。当人とも淑女とも直接話すわけではないので詳しくはわからなかったが、デッドエージェントたちにも密かに人気があるらしい。
 曰く、とても冷酷で厳しく、言葉も強く自身も強い。さすがにファトゥスに敵うほどではないが、戦闘員ではないのに神の目を持ち、単身でテイワットを飛び回る程度に腕も立つ、と。そんな都合のいい人材が世の中にはいるもんだな、とその時タルタリヤはぼんやり思っていた。
 ある日のこと、自身が赴任している璃月にて。エージェントが手こずっただかなんだか、とにかく時間のかかっている案件があった。淑女のところの噂の連絡員から催促があり、それを知ったタルタリヤが仕方なく解決に赴いた。
「…案外使えない」
 片付け終わった頃、処理は引き継ぎますよとやってきたのが噂の淑女の部下、だ。目を細め訝しげに、ボソリとそう呟かれた。
 タルタリヤは戦闘以外のことにおいてはそれほど短気ではない自負があったが、まぁ。カチンと来たのだ。言い訳をするわけではないが、この案件は自分にまで知らされていなかった。エージェントたちが大丈夫だと判断し、結局手遅れ気味になってようやく知らされたことだ。これでも急いで片付けた方だ。それなのに。
 絶対に泣かしてやろう、と心の片隅で決意していた。
 それからというもの、どうにか手を尽くしてを自分の直属に変えさせた。初めて璃月に来た時は少し睨まれたが、彼女の手腕は中々のものだった。良い意味で自分の仕事は増え、さほど好きでもない机仕事は激減した。
 それに観察していれば、彼女の人柄もよくわかる。他人に厳しいが自分にはもっと厳しい。連絡員という役職ではあるが、その実エージェントたちの監査を行い、仮面を付けず身元を明かして他国機関との交渉も担当している。であれば、隙を見せないよう冷徹に振る舞うのも当然だろう。自分より年下なのに、よくそこまでこれたものだ、と見直した。
「ご家族への手紙?」
「いつもは定期便で出すんだけど、うっかり忘れちゃってね。頼めるかい?」
 転機はそれだった。言葉の通り、いつも定期便で出す弟たちへの手紙をうっかり出し忘れた。お土産もたくさん用意していたが、それを預けるのは申し訳ない。だからとりあえず手紙だけでもと、一時帰国するに託そうとした。直接渡さずとも、どこかで郵便にいれておいてくれればいい、と。
 当人は手紙とタルタリヤの顔を交互に見たあと一つ息をつき、面倒そうに受け取っていた。
「弟さんたちからお返事を預かっていますよ」
 しばらくしてが璃月に戻ってくるとそう切り出された。自分の出す量に対しどうしても少ない愛しい家族からの手紙は、消印がなかった。
「ああ、それと…ファデュイはいつからおもちゃ屋になったんですか。そういう内輪の設定は、共有してもらわなければ対応しかねます」
「……、」
「そういうことが他にあるなら、早めに伝えてくださいね。でないと次は事実をご家族に告げますよ」
 おもちゃ屋、というのは。弟たちに血なまぐさいものを見てほしくなかったが故についている嘘だ。いつか大人になれば弟たちも自ずと真実を知るだろうが─今はまだ、純粋なままであってほしかった。がまさか直接渡してくるとは思っていなかったので伝える必要性を微塵も感じていなかったのだが──、その設定に乗ってくれたらしい。
「…なんですか、これは」
「お礼だよ。弟たちに手紙、直接届けてくれたんだろう?」
 怪訝に眉根を寄せながら、タルタリヤから渡されようとしている赤毛のファーを見下ろした。受け取ろうとしないに、にこにこと機嫌よくそれを装着させてやる。
「璃月ではともかく、本国では首元が寒そうだと思ってね。なかなかいい品が見つかったから、似合うと思って」
「……もう購入されたものを返品するわけにもいきませんね。ありがたく受け取っておきます、が…手紙はほんのついでです。大した手間でもないことに礼を言われても困ります。次からはやめてくださいね」
「おや…」
「私に何かを贈るくらいなら、ご家族に用意したほうがいいですよ。
トーニャちゃん、お土産がないって怒っていました」
「そう…なんだ。わかった」
「ちなみにテウセルくんは、独眼坊…?のお人形が欲しいそうですよ」
 緩みそうになる口元を抑える。トーニャの愚痴をくらいならともかく、テウセルの欲しい物など長く会話しなければ聞き出せないだろう。それはつまり、わざわざ二三会話を重ねたということ。兄に会えない弟たちに、
きっとタルタリヤの話をしてくれたのだろう。おもちゃ屋だなどという嘘にのったまま。
 冷徹に利己的に、誰にも隙を見せず、女皇様のために。そんなの信条は、その頃には大体理解していたが。ちゃんと人間らしい、年相応の優しさを持つのだと、じんわりと思い知った。
お姉ちゃんと結婚したいです…?」
「はぁ…?」
 いつもの、弟からの返事を、受け取ってその場で読んでいた。最後に締められた文字を思わず口にすれば、はいつもの怪訝な顔でタルタリヤを見上げた。
「…お姉ちゃんも、いいですよと、言っていました」
「…ああ。テウセルくんからのお手紙ですね。大きくなってもお互い独り身だったらまたその時にプロポーズしてくれればお受けしますよ、とお答えしました」
 何度か繰り返している、を介した家族との文通は、最近そのの話題が多かった。いっぱい遊んでくれたとか、スネージナヤ国内を一緒に歩いて買い食いしたとか。タルタリヤの前では鋭い顔つきを崩さない彼女が?と首を傾げた。
「…テウセルくんと結婚すれば、貴方がお兄ちゃんですか。違和感が拭えませんね」
「…………、」
「どうかしましたか?」
 が、いもうとになる。それを想像して─タルタリヤは、自分の中にくすぶっていた劣情を、自覚した。

§


「…なにか言いたいことがあるなら言ったらどうですか」
「勤勉だね」
 己の身の上にまたがっている女を見上げ、タルタリヤはそう口にした。は不愉快そうに眉をひそめ、「早く済ませるためです」とそっぽを向く。
 守るべき家族になることを一度は想像した彼女が、今、淫らにもタルタリヤの陰茎を咥え込み腰を揺らしている。どうしてこうなったのかは、自分でもいまいちよくわかっていない。タルタリヤなりに一途に、贈り物をしたり気を使ったりして口説いていたはずなのだが、どうにもはこちらの意図を理解してくれなかったのだ。
 受け取ってもらえない贈り物は、プライドの高い彼女には安物だったのかと値段を釣り上げれば釣り上げるほど不快そうな顔をされ。手助けをすれば苛立ったように振り払われ。
 決して、決して短気ではないはずのタルタリヤにも、限界はある。
 いくら劣情を持とうとも、そこで飽きればよかったのだろうが、絶対に泣かしてやるという一番最初の感情がどうにも見切りをつけられない理由になってしまっていた。
 募った苛立ちのまま強硬手段に出れば─涙をこぼす彼女に、劣情が爆発したような気は、する。好き勝手に体を暴かれ、得たくもない快感に震えながら、こちらを睨みつける顔から目が離せなくなっていた。ファデュイの中でも高嶺の花である彼女が、理由や経緯は何であれ自分と弱点を晒し合っている。弟たちと遊んだときに見せたという優しい顔は見たことがないし、これからも見られる可能性は限りなく低いが、それでもまぁ、素直な恋愛など己には不可能なのだろう、と納得する反面、の方も難しいのだろう、とタルタリヤは一人頷いていた。