風采迎合、怯懦蹂躙の恍惚

一進一退・伝わらない



 タルタリヤとがそんな関係になってからしばらく経つ。言いつけどおり仕事では真面目に従い、彼女の様子が琴線に触れれば肌に触れる。恥ずかしがっていたのも最近は慣れてきたのか、それともタルタリヤに対する憎しみが強くなっているのか、睨みつけてくるばかりで甘い顔などなかなか見せないのだが、それはそれでタルタリヤの闘争心に火をつけていた。もともと冷徹に努めているだけの性格だ。弟たちには優しい顔を見せているらしいことをタルタリヤは知っている。
 その日は煙緋たちと会談があると言っていた。会談とは名ばかりの食事会であるらしいが、実際ちゃんと重要な情報は持ち帰って来るので上司として言うことは特にない。あったとしても机仕事をほぼ任せている時点で言う権利はないだろう。
 なんにせよそ会談とやらは仕事の一環であるため、契約に則って邪魔をすることは出来ないので、命じられた執務室の本棚掃除を終えると、素直に白駒逆旅の自室へと戻ろうと銀行を出た。
 すると、普段なら絶対に声などかけてこない人物─璃月七星の秘書甘雨が、恐る恐るといった様子で片手を上げた。話を聞けば、食事会中うっかりが酒を飲んだので迎えに来てやってほしい、と。
「……君たちはの宿泊してる部屋を知っているだろう?」
「それは、知っていますが。ええと…が、貴方を呼べと…」
 甘雨はもう仕事に戻らないといけないらしく、小さく頭を下げて月海亭へと駆けていった。それを見送り、タルタリヤは一つ息をつく。なんでもいうことを聞く、と言ったのだから、迎えに行くのは吝かではないが。果たして本当に呼び出すだろうか。
 煙緋たちの肩を借りるのも申し訳ないからということは考えるかもしれないが、そも迎えが必要なほどの状態の彼女をタルタリヤに預けるという判断を煙緋たちがするだろうか。直接話したりはしていないだろうが、タルタリヤになにかされたことを察していてもおかしくはない。
 首を傾げながらも指定された場所へ赴く。新月軒の外に立っている女性に声をかければ、タルタリヤももファデュイとして知られているためか、少し慌てたように扉を開けて中へと促された。そこには椅子に座り机に臥せったと、彼女の背を擦る煙緋の姿があった。煙緋がこちらに気づき、妙に敵意の見える目でこちらを一瞥した後、へ声をかけた。
「んん…公子…?」
「君が呼んだから、って月海亭の秘書が来たからお迎えに」
 顔もさして赤くはなく、呂律も思ったよりはしっかりしている。ただ人前でぼんやりとした態度をとっている時点で、通常とは違うのだとひと目で理解できた。
「…本当ならお前に預けるなどしたくないんだが」
「心配ご無用だ、璃月の法律家が口を挟む余地はないよ」
が私を頼るようなら、」
「それがないことは君もわかっているだろう?」
 奇妙な視線を交わし、ふわふわとしているに歩み寄る。
 肩を叩き顔を上げさせると、隙だらけの表情でタルタリヤを見やり、すっと目を細めた。楽しい玩具を見つけたかのようににやりと口角を釣り上げ、──…。
「呼ばれたからって本当にのこのこやってくるなんて、そんなに私が好きなんですか?」
「……?」
「仕方ないですね、私疲れてるんです。抱っこする栄誉をあげますよ」
 ばっ、と両手を広げて、は挑発的な笑顔でそう言い放った。煙緋は顔を真っ青にして、さしものタルタリヤも目を丸くしている。急かすように「んっ!」と手を揺らすに、煙緋は大慌てで駆け寄った。
、大丈夫か?タルタリヤだぞ?酔っ払ってるのか?」
「酔っ払ってなんてません。お酒は飲まない主義なんです。ほら早く、タルタリヤくん?」
 いや酔っ払ってるからここに呼ばれたんじゃないのか、というのはどうにか堪え、なんとも言えない視線を突き刺してくる煙緋を誤魔化して、
を抱き上げた。ぼんやりとタルタリヤの顔を見上げ、落ちないようにと服を掴む。─酔っ払っているからだとはいえ、間近で見る柔らかい表情に。小さく小さく、喉を鳴らした。

§


 がとっている一室の前にたどり着くと、部屋の鍵を出すように促した。もぞもぞと動いて胸元から取り出した鍵をぷらぷらとタルタリヤの前で揺らしている。
「…一度降ろすよ」
「ダメです。私を歩かせるんですか?私を抱き上げたまま鍵くらい開けられるでしょう」
 元々挑発的なことをいう性格ではあったが。タルタリヤはわずかに冷や汗を流した。命令通りに抱き上げた状態のまま鍵を受け取り扉を開ければ、「よくできました」と顎に口付けられる。表情には出さないように努め、平静を装って部屋へと進んだ。
 タルタリヤの部屋とは内装が多少違ったが、わからないほどではない。ベッドへ降ろして離れようとすれば、襟を掴まれ一緒に倒れ込んだ。
「もう帰るつもりですか?」
「いや、君酔っ払ってるから」
「酔っ払ってません、失礼ですね。ほら、早く服を脱がして、シャワー浴びます。まさかこのまま寝ろっていうんですか?」
 こちらの言葉をほぼ聞いていないらしい。息をついて彼女の衣服に手をかける。
「慣れた手付きですね。人の服の脱がし方を覚えるなんていやらしい人」
「君な…」
「脱がせたら、ほらほら。シャワールームにつれてってください。一緒に入りますか?上手に私を洗えたら、ご褒美をあげてもいいですよ」
 …酔っ払って何も考えていないのか、それとも計算なのか。
 再び抱き上げてシャワールームへと移動する。飲酒をして多少火照った体は汗をかいて、眠くなってきたのかとろりとした瞳でタルタリヤを見上げてきていた。壁へと押し付け奪うように唇を重ねようとするも手のひらに防がれる。ご褒美はまだですよ、と愉しそうに笑って。心の中で苦笑しながら、荒けなく自身の衣服を脱ぎ捨てた。
 彼女が自身を磨くために用意しているものだろう石鹸類を手に取り、丁寧に泡立てての体を洗っていく。改めて見ると体の小ささに対して豊満な胸と、引き締まった下半身に、透き通るように白くなめらかな肌、少し癖は強そうではあるが柔らかい髪。女性として一級であるのは間違いないだろう。
 それだけ凹凸のある身体でなかったが、人の体を洗うのは弟たちで慣れている。手際よく洗う中、いたずらをしてやろう、と。惜しげもなく晒している胸の先をつついた。タルタリヤと行為をするようになって高確率で触れるようになったので、最初見たときよりは簡単に顔を出すようになっている。
「あ、んん…こら、だめです」
 とは言うけれど、強くは拒否しない。単にそれほど力が残っていないだけだろうか。
 そのまま体を洗い終えると、はするりとタルタリヤの首に腕を回し、届かなかったからかまた顎に口付ける。
「五〇点、です。上手でしたけど、手付きがいやらしいのと…慣れてることに腹が立ちます」
「理不尽だなぁ」
「貴方にはお似合いです。私出ますから、貴方も体洗いなさい」
 ふらふらした足取りでシャワールームを出ていくを見送り、タルタリヤは響かないようにだけ心がけて壁を叩いた。酔っ払っていても失われなかった挑発的な視線はやはりタルタリヤの加虐心を大層煽るのだが、ねだってもいないのに時折向けられるキスに頭を抱えていた。
 何故か嬉しそうな、優越感に満ちた笑み。弟たちに見せたという優しい顔ではないだろうが、今まで見たことのない甘い表情であることに間違いはない。
 頭を抱えて、どうしたものかと固唾を飲んだ。
§


 熱を誤魔化しシャワールームを出ると、大きなシャツを一枚だけ身に着けたがベッドの上に座って船を漕いでいた。しかしタルタリヤが来たことに気付き、ゆるりと顔を上げた。
「不合格ですけど、ご褒美ほしいですか?」
 にやにやと笑みながら告げる彼女に、口角を引きつらせた。趣は違うが中々見られない表情に、実のところ男として反応しているのは事実だ。
 むしろバレなければ負けたことにならないだろう、と泣く泣く一回済ませて来たところである。その上でご褒美がほしいです、などと懇願するのは完全な敗北だ。立場が逆転している。
「まぁ…いらないなら、いいですけど。ご苦労さまでした、私は眠いので寝ますね」
 ご褒美、などというのは、いらないが。
 彼女の体を好きに貪る許可はあるわけで。
 横になったにのしかかるようにベッドへ膝をかけた。無造作に流されている髪を指で撫でながら首後ろに触れ、顔を寄せて口付ける。
 その脇で彼女の腰に手を滑らせ、布の下で胸を揉みしだいた。酒のせいか熱っぽい瞳ではあるが、タルタリヤに向けられる視線はどこか冷たい。
 キスの合間に見つめるも、なんとなく気まずくなって視線をそらした。
 いつもはの方が苛立たしげにそうするのだが、タルタリヤが目をそらした途端に鼻で笑う音が聞こえたのですぐに顔を向き合わせて睨み返した。
「んっ…ん、んぅ…はぁ」
 睨み合いになる前にと今度は布を捲くりあげて胸に口を寄せる。シャワールームで準備を整えた乳房の先端を執拗に弄れば、は湿っぽい息を漏らして身をよじる。暇そうにしていた腕を、抱きしめるようにタルタリヤの頭に回した。
「胸ばっかり触って…赤ちゃんみたいですね」
「それだと君は授乳で気持ちよくなるってことになるけれど?」
「私は気持ちよくなってません」
 どの口が言うのか。思いながらも行為を続けた。
 肌を滑る手は下り、腰を撫で、太ももを持ち上げる。下着は休日用なのか、あまり色気のないものだった。
「男の人って、艶やかな下着で興奮するものだと思ってましたけど…そうでもないんですか?それともそんなに私が好きなんですか?」
「ンッ…んん……」
 隙間に指を入れずり下ろせば、が何やら口を出す。…新月軒に迎えに行った時もそのようなことを言っていた気はするが、それどころではなくスルーしていた。この関係が始まった頃、「そんなに私が嫌いなんですね」とシラけた目で見ていたが。
「……俺は好きでもない子に手を出すほど飢えてはいないよ」
「……へぇ……」
 否定するのも意味がない気がして、かといって認めるのも嫌で曖昧に返せば、は面白いものを見つけた顔をした。にんまりと、それはそれは楽しそうな。
「じゃあこの勝負は私の勝ちってことですね」
「……は、」
「つまりタルタリヤくんは、私のことが好きで好きでしょうがなくって。
でも振られるのが怖くてあんなことした、ってことですよねぇ?」
「………………」
「なっさけないですねぇ、いい年して、あたって砕けることも出来なかったんですか?ふふ、でもいいですよ、許してはあげないですけど、寛大な心で…」
「…君はさぁ…」
 手を止め、身を離し。髪をかき上げ、長く細い息をついて。
「俺を煽るのは結構だけど。やり返されることがわかってて言ってるなら、も大概、ということになるよね」
「はぁ…?何を─…んっ、ひぅっ?」
 怪訝にしている彼女ににっこりと、青筋の浮いた笑顔を向けて。手荒くの体を転がしてうつ伏せにさせると、言葉とは裏腹に十分に濡れていた蜜壺へと己を突き入れた。後ろから雁字搦めに抱きしめ、片手で彼女の腹を押しつつ持ち上げればあからさまに逃げようと腰が揺れ、しかしその状態ではの膝はベッドについていないため、逃げることは当然叶わない。
「いっ、れて、いいなんてっ、言ってないっ」
「別にいつも許可とってないけどね。…いれただけでそんなに痙攣して、締め付けて。それで俺ばっかりバカにしてるの?」
「んっ、ふ、うぅ、あ、うご、かないで…っ」
 シーツに声を染み込ませようにも、息苦しくて首を振る。全身を強く揺らされ、否応なしに甘い声が漏れ続けた。本人よりも勝手を知った様子で中をかき回され、奥を突かれ。
「っはぁ、あ、も、ぁあ、っひ、ん、──…っ」
「好きでもない男に犯されて感じるんだよねぇ君は。その方がよっぽど淫らじゃないかな」
「う、るさいっ!感じてない…っ」
「へぇ、どの口がいうのかな」
 一度陰茎を引き抜いて、またを転がして仰向けにさせる。唇を重ねながら今度はゆっくり挿入し、淫猥な音を零しながら奥を突いた。片足を持ち上げてより体が密着すると、タルタリヤの胸板を押し返そうと震える手を伸ばし身を捩った。
「んんっ、は、あっ…」
「酔っ払ってるからかな、声も随分よさそうだ」
「ん、く…ぅ、こ、ぉし、こーし」
 妙に、甘えた声で。
「…うん?」
「ほんとうに、私のこと、好きなんですか」
「………うん」
「ふぅん…へぇ……奇特な、人なんですねえ…ん、ん…っは、あ…──っ」
 なんとなく恥ずかしくて、腹立たしくなって。強く奥を叩きつければ、
珍しくがタルタリヤに抱きつきながら静かに絶頂した。どくりと己の白濁も搾り取られ、荒い呼吸の中ぼんやりと結合部を眺めている。奇妙な沈黙が流れて、そっと視線を外した。
「…わたしのこと、好きなら…もっと、頑張って…くださいね」
「…頑張る?」
「私、素直じゃないんですよ。それくらい、わかりますよね?公子だったら、普通に好きだよって言ってくれれば、興味を持っていたかもしれないのに」
 よくよく考えれば、仕事の評価が一定以上で勤務態度が真面目かどうかなどの判断基準はあったものの、はエージェントたちからの食事の誘いをよく受ける方だ。タルタリヤが様々なものを自覚してからは彼の行動を見て遠慮する者が大半ではあるが、今でも噂を知らずに声をかけるものはいる。尚、タルタリヤは地道にその度牽制している。
「…なら、贈り物くらいは受け取ってほしかったんだけどね」
「上司から高価なもの贈られても気味悪いだけですよ。それこそ体目当てとしか思えないでしょう。貢物して懐柔できると思われるのは不愉快ですし、貴方がそういう事をするとも思えなかったんだから…、」
 好きだ、などと素直に告げるのは、何かの勝負に負けた気がして嫌だった。だから遠回しに贈り物をしてアピールしていたのだが、にはとことん悪手だった。どんどん警戒心を煽り、敵意の壁を積み上げさせたのだ。…こう、なってしまうのであれば、素直な行動をとっていたほうが良かったのかもしれないけれど。
 続けようかと一瞬迷っていると、がもぞもぞと動いて体を離した。眉根を寄せ眠らないようにと細かくまばたきしている。なんとく気まずくなったのもあって、額に口付けながら「おやすみ」と呟いて、ベッドへと横たえさせた。
§


 痛む頭を抑えながらまぶたを持ち上げる。起きようにも体を拘束されているように身動きが取れなかった。視界がはっきりとしてから最初に目についたのは、誰かのたくましい胸板で。少し汗ばんだ肌は、呼吸の度に上下している。何事かと首を動かせば、当然と言った様子でタルタリヤが寝息をたてていた。の頭の下に腕が回り、全身絡みつくように抱きしめられている。お互いに一枚は身にまとっているが、寝ている中でめくれて素肌同士で密着している。その状態に不潔さを感じ、は容赦なくタルタリヤの腹に拳を叩き入れた。
「…痛いんだけど」
「そうですかそれはよかった。離してください。…頭がものすごく痛いんですけど、何したんですか」
 発言に、タルタリヤは目を丸くした。覚えてないの、と苦笑しても怪訝に目を細めるだけだ。
「昨日は…煙緋様たちと会談をしたことは覚えてますが…」
「……あー、そう。いいんじゃないかな、覚えてないなら」
「そもそもなんでここで貴方が一緒に寝てるんですか。招いた覚えはありませんけど」
 頭痛のせいもあるのか大層機嫌が悪そうに零しているが、細かく言及するつもりもないのかベッドから降りシャワールームへと向かう。自分も身綺麗にしようとついていけば、睨まれたものの追い出す様子はなかった。
「……なんだか…貴方に勝った、と思ったような…気はします」
「そこかぁ…」
「………、」
 水を流しながら少し考え込み、不意にタルタリヤを見上げて。にやりと不敵な笑みを浮かべた。
「何」
「いいえ?そうですねぇ…契約も勝負も私の勝ちが決まりましたけど、貴方が自ら負けを認めるなら、ぜぇんぶ許してあげてもいいですよ?」
 愉しそうに口角を釣り上げた表情は、けれどどこか─優しさが見えて。
 いつからその勝負になったのかと考えたが、おそらくそうさせたのはタルタリヤの方だ。
「……考えておくよ。まだ俺が勝つ可能性だってあるけれどね」
「どうでしょうねぇ?ふふ、ワンちゃんのくせに─…ん、」
 余計な言葉を重ねられる前にと、口を塞いだ。