The debt is with a fellow traveler.



01


 エルと会ってから、運の悪いことばかりだ。
 きっと別にエルは悪くないんだろうけど、駅でエルに痴漢の冤罪をかけられてから自分の中の歯車が狂いだしたのだ。
 変な現象に巻き込まれて、兄さんを殺すとか殺さないとか。もうこんなの本当にあんまりだ。
 目が覚めた時ちょうど、俺達が乗っていたアスコルド列車が『アルクノアによる列車テロ』により大破したとニュースが流れていた。少しばかり痛む体はそのせいなのだろう。しかし何よりの問題は、今の状態が大怪我ではなく多少違和感があるという程度である原因だ。クラン社医療エージェントだというリドウという男が治療をしてくれたお陰で、その治療費に二千万円も請求されてしまったのだ。俺と、エルと、ルルの分。ジュードの分がないのは本人に請求したからなのか、それとも本人が医学者だから自分で治療していたからなのか。
 ルルはともかくエルは俺と何の縁もない存在だが、こんな幼子を放置するわけにも行かなくて。俺はリドウに呼ばれ借金契約を結びに来たノヴァの所属するローン会社でローン契約を結ぶことになった。
 しかも。高額の借金をするとGHSによって移動やなんやらに制限がかかるらしく、少なくとも列車での移動が出来ないらしい。俺は見知らぬ街ドヴォールで立ち往生するハメになったのだった。

「エルは、カナンの地にいかないと!」

 ドヴォールの駅でGHS制限について知るより前。当面の目的を改めて決めるため向かい合い話そうとした時エルはそう言った。カナンの地。聞いたことがなくて首を傾げていれば、ジュードが難しい顔をして教えてくれた。

「カナンの地は、古い精霊伝承に出てくる伝説の場所でね。魂の循環を司る精霊が棲んでるって言われてるんだ」
「なんでも願いを叶えてくれる、不思議なトコロなんだって。…ほんとなのー!エルのパパが言ってたんだから!」

 疑いの目をしたのがわかったらしいエルが頬をふくらませる。ジュードは苦笑してから間を置いて、「一概にお伽話とはいえないかも」と呟いた。

「伝説では、カナンの地は意志の槍を持った賢者クルスニクが辿り着く場所とされているんだ」
「!」
「槍持ってた!」

 エルがあっと驚いた顔で俺を指さす。俺の苗字である『クルスニク』と、あの時計が光った後の不可思議な現象を思い出した。

「あれが現実ならカナンの地だって―…けど、あれは一体」
「そーいえば、ジュード!あの変な槍が出てくる前に出てきた女の人!ジュードの知り合いなの?」

 考えこむ様子を無視してエルは思いついたようにそう言い放つ。ジュードは瞬きした後視線を泳がせて、うん、と小さく頷いた。酷く言いづらそうに苦笑する。

「僕と同じ源霊匣の研究学者なんだけど、数週間前に『探さないでください』の置き手紙を残して行方不明になってて」
「フクエフメー?」
「GHSでも連絡が取れないんだ。さっきも…本人だったけど、逃げられちゃったし」

 苛ついたような口ぶりをしたジュードは気づいたように首を振って、エルに視線を向け直した。どうやってカナンの地に行くつもりなのか、と聞くと、エルは不安そうに俯いた。

「わかんない。パパが、あの列車にのれって…」

 そんな答えに、ジュードは更に困った顔をして俺に話しかける。「エルって迷子ってことだよね」全くそのとおりだ。
 しかし俯きながらもこちらを上目遣いで覗きこんでいる少女は、"パパ"に行けと言われたから行きたいのだろう。その目的も手段も理由もわからないまま、けれど大好きな父のために、そのお願いごとを叶えたいのだ。
 俺はゆっくりエルに近付いて、目線を合わせてからぽんと頭をなでてやった。

「一緒に来るか?」

 言えば、エルは嬉しそうに微笑んだ後すぐにごまかすように唇を尖らせた。

「い、いってもいいけど…時計、返してもらってないし。あのメガネの怖いおじさん、カナンの地知ってるっぽかった」

 強がるエルに俺は苦笑する。
 後ろのほうで様子を見ていたジュードが、呟きながら近づいてくる。「ユリウス」「クルスニク」。考えるように俺を見た。

「あれは、本当にルドガーのお兄さんだったの?」
「…わからない」
「キョーダイなのに?」

 あの黒く歪んだ人物が本当にユリウスかなんて、俺が一番信じがたいし信じたくないことだ。ジュードに言われてGHSのことを思い出し通信を試みるも、応答できない状態にある―という機械的な音声が流れるだけだった。

「…こんな時、クレミアがいれば詳しくわかるのになぁ…」
「クレミア?」
「僕の知り合い。ちょっと変な人で…まぁ、いろんなことを知ってる人なんだ。とにかく、一度ルドガーの家に帰ろう。考えるにしても、まず腰を落ち着けないと。ユリウスさんが無事なら、連絡が入るはずだよ」

落ち着いた対応を指示された。ジュードは本当に、こんな不測の事態にも慣れてるらしい。

























The debt is with a fellow traveler.



02


「あーっジュードくんだァ!」
「え?」

 借金を少しでも返すためにどうするかとドヴォールの街を歩いていると、銀髪の少女が突如として話しかけてきた。右の目に眼帯をしてにこにこと笑っている。誰々が心配してたとかなんとか、ジュードと親しげに話している。俺とエルは顔を見合わせて首を傾げた所、焦ったようにジュードがその少女を引き剥がし説明を始めた。ジェインと言う名前で、知り合いの知り合いで、今は友人なのだという。

「そういえばジュードくん今暇?ちょっと手が足らなくて、手伝ってほしいことがあるんだけど」
「え、いや…」
「エルたちは今忙しいの!お金たくさん稼がなくちゃいけないんだから!」

 エルの言葉にジェインは顔を明るくさせた。「なら好都合!」と言って、説明もなしにジュードの手を引いて走りだす。
やがてたどり着いたのは何かの呼び込みをしている男のところだった。

「仕事探してるんでしょ?短期OK資格不要、必要なものはその実力だけ!」

 ジェインは胸を張ってそう宣言しながら、男の隣にある掲示板のようなものを指さした。クエスト受付、と書いてあるその掲示板には、○○討伐だの○○納品だのと様々な事が書いてある。
 説明によれば、魔物と戦う力を持ち自信があるならば高報酬の魔物討伐及び魔物から採れる素材納品クエスト…など、ちょうど俺たちのようなものでも手早く荒稼ぎができるものばかりだった。

「ジェイン、今こんなことしてるの?」
「やってるというより、色んな所で勧誘とか売り子とかしてるの!」
「ふぅん…でもちょうどいいね。僕も手伝うし、どうかなルドガー」

 掲示板のクエストを幾つか見て、ジュードの言葉に頷く。「毎度!」と笑うジェインに礼を言って、手頃なものをまとめて受付した。













§◆リリアルオーブとアローサルオーブ

「少しずつ慣れてきたなぁ」
「何に?」

 幾つか魔物を倒した後、ジュードが己の手を見ながらそういった。何のことかとエルが問う。
 ジュードはもともと魔物を倒したりいろいろ面倒事をした事があるらしく、その時の経験的には様々な術技を使えるほどなのだが―一年前断界殻という、このエレンピオスと隣のリーゼ・マクシアを分け隔てていた結界を取り壊した際、その術技を使用するために必要なリリアルオーブというものが変質し―

「?」
「あー…要は、"リリアルオーブ"に登録してたものが、今の"アローサルオーブ"では使えなくて。アローサルオーブになってからは僕もあんまり戦ったりとかしてなかったから登録できなくて。で、今久しぶりに戦って、慣れてきたなって話」
「…そ、そんなこと、わざわざ言われなくてもわかる!」
「はは…」











Reversed daily life



01


 ようやく自分の住むトリグラフに戻ってくることができた。慣れた街が一番安心するよね、と話しながら駅から出て自分のマンションに向かう。自分の部屋まで入り食事の準備をしようとした時エルがトマトが嫌いだという"主張"に気を抜かしつつも、三人分のご飯を作った。
 食事をしながらエルの父の事を聞いたりしていると、呼び鈴もなしにビズリーが訪ねてきた。

「ビズリーさん!無事だったんですね」
「ああ…私は、な」

 意味ありげに言うビズリーに首を傾げていれば次の瞬間天井から何者かが俺に攻撃をしてきた。自室の中という安息の空間であったがゆえの油断のせいで反応が遅れ、防御する間もなく俺は地面に倒れこむ。
 すぐさまジュードが捕らえてくれたが―どうやらジュードの顔見知りのようだ。イバルというらしい。

「はっはっは、面白いなイバルくん。その愛嬌を買って雑務エージェントとして雇おう」
「くっ…。ありがとうございます」

 一応敵ではないと判断したジュードが手を離し、イバルは身なりを整えながらそう礼を返す。…一体、人の家に何をしに来たのだろうか。

「…何のマネですか?」
「状況がわかっていないようだな」

 ビズリーの言葉に秘書がテレビの電源をつける。俺達が巻き込まれた列車テロについてのニュースだ。列車衝突により目的地であったアスコルドという場所は全焼、関係者が合計で2000名以上の死傷。身近で起きたそんな事件に息を飲んだが、それよりももっと重要な事はその後伝えられた。
 『テロ首謀者として、クランスピア社社員"ユリウス・ウィル・クルスニク"を全国に指名手配しました』そのニュースと共にイバルが手配書を見せてきた。…手配犯の覚書は、ずいぶん粗末なものだけれど、それどころではない。
 ジュードが誤解を解こうと口をはさむが、ビズリーは落ち着いた態度で返す。

「あの状況で私に斬りかかった男が無実だというのかね?」
「警察は複数の共犯者がいると見て、関係各所を捜索中です」
「―当然、君は最重要参考人だ」

 その言葉と共にイバルはもうひとつ紙を見せた。…俺、と特徴の似た落書きの描かれた手配書だ。

「エルもルドガーも、関係ないってば!」
「容疑者の弟が事件の日に偶然駅に勤め、列車に乗り込み、容疑者と一緒に消え去った…。これを信じろと?」
「信じてよー!」
「事実なら証明してみせろ。ユリウスを捉えれば、真実は明らかになるだろう」

 至極真っ当な意見に聞こえてくる。…いや、誰が聞いても、ビズリーの言葉が正しいと思うだろう。
 しかしユリウスは、俺があの槍で―そう思っていれば、ビズリーは腕を組みながらにやりと笑う。

「あの男は生きている」
「数時間前、社長のGHSに連絡が入りました」
「我が社のトップエージェントだ、警察に捕まるたまじゃない。…が、身内になら隙を見せることもあるだろう。どうだ?やるというなら、警察は私の力で抑えよう」

 交換条件だ、とでもいいたいのだろう。自社のトップエージェントでありながら裏切り犯罪者となったユリウスを捕まえる代わりに、その兄の尻拭いとばかりに警察に追われる身となってしまった俺を保護する。
 俯いて考えて、俺は頭が痛く感じながらも頷いた。やるしかないのだろう。どうせユリウスには話して確認したいこともあるのだし、無実を証明するためにもそれしかない。その間だけでも身分を保護してもらえればよいのだ。
 迷いがないな、とビズリーは褒めるように頷いた。ジュードは心配そうにしているが、仕方ないのだと苦笑すればジュードも黙るしかないと口をつぐんでくれた。

「これで君はクランスピア社の保護下に入った」
「現在の有力情報は三つ。前室長は、ヘリオボーグのバランという研究者と交流があったようです。またマクスバードで執拗にユリウスについて探る人物が目撃されています。さらに―最近行方不明の噂がある、ヘリオボーグ研究者の一人である・カートライトと共に行動しているところを、様々な場所で目撃されています」

 二人の研究者の名前にジュードが驚く。なんで、と小さく呟いて顔色を変えていた。
 一度に言われてもわからない、と怒ったように主張するエルに代わり、要はヘリオボーグとマクスバードに行けということか―とジュードが確認する。そんな中でもジュードは強張った顔でビズリーを見ていた。
 ヘリオボーグとマクスバードといえば隣街で、列車に乗る必要がある。またある程度制限が解除されるまで借金を返さなくてはならなくなったのだ。それに気付いたエルが聞こえるように「また、お金が必要になるかも…」とつぶやけば、部屋を出ていこうとしていたビズリーが挑発的な態度で半歩振り向く。

「結果も示さず報酬を求める…ユリウスは、君をそんな風に育てたのか?」

 …本当に性格が悪い。言葉に詰まっている間にビズリー達は出て行った。