Character Episode



A1

はゆっくりしてて。いろいろ怒りたいことはあるけど、無理は…」
「…ダメ。私も行く」
「ダメ、じゃないでしょ!」

 リーゼ・マクシア側の港、イラート海停へ行くために、両国を繋ぐ街であるマクスバードへ行かなくてはならないのだが、体調が悪いから置いていこうという話になったが、俺達が駅へ向かうとすでにそこに彼女はいた。彼女一人で、あのクレミアという少女はいなかった。
 前よりかはかなりマシになっているが、それでも頭が痛そうに時々しかめっ面をしているのだ。ジュードは呆れたように説教するもはまるで聞いていない。その態度に怒りはどんどん溜まっていくようで、温厚なジュードも少しずつ眉根に皺を寄せていく。

「ねぇ、クレミアにどんなことを頼まれているのか知らないけど、それは僕にも言えないことなの?」
「…」
「聞いてるの、

 ふい、 と気まずそうに顔を逸らす。ジュードは諦めたように溜息を付いて、「もういい。好きにして」と横を通り過ぎ船の停留所へと向かった。
 どう声をかけていいかわからずにいると、困ったような笑顔でローエンがの頭を撫で、朗らかに話を始めた。

さん。クレミアさんに頼まれたことなのですから、一筋縄ではいかないでしょうし説明する時間も惜しいでしょう。我々も全部に首を突っ込もうとは思いませんよ、貴方にしか出来ないことだからクレミアさんは貴方に頼んだのでしょうし」
「そうだよ!特にこの間、が行方不明になったってジュードすっごい心配してたんだからね!危険があったのかなかったのか、これからもあるのかないのかくらい話してもいいんじゃないの?何をやってるかなんてのは、またクレミアをひっ捕まえて話させればいいんだし」

 二人の言葉には苦笑して、ごめんと呟く。それは俺達に言う言葉じゃないだろ、と告げれば、泣きそうな顔で頷く。

「でも…私も、どうしたらいいのかわかんない。命の危険がないとは言えない。運が悪ければ、帰ってこれないかも知れない。そんなこと、ジュードに言えないし…心配かけたくないし、巻き込みたくなかった」
「あなた達はもう上っ面の関係じゃないのですから、最後までそういえばいいのです。わけのわからないことを知らないところでやられているより、危険なことをやっているのだと知っているだけでも心配の量は違うのですよ」

 は頷いて、右手で目元を隠す。

「…言ってくる」
「うん、そうして!ピリピリしてるジュードは子供に悪影響です!」
「ごめん、レイア」

 そう言って踵を返し、はジュードを追っていった。
 やれやれとローエンとレイアがお互いを見合って苦笑する。二人はやっぱり、そういう関係なのだろうか?聞こうにも聞きづらい…そう思っていると、エルがレイアに声をかける。

とジュードは、フーフなの?」
「ふ、ふうふ!?」
「えっ!?」
「ほほ、やがてはそうなるのかもしれませんねぇ…ですがまだ夫婦になるには時間が必要です」
「じゃあ、二人はどーいう関係なの?」

 無垢なエルの問いに答えるのはローエンだ。お二人は恋人同士なのですよ、と遠くにいる二人を見ながら優しく言った。

**

 船の上で耳を澄ますかのように手を耳の後ろにやり目を閉じているがいた。何を聞いているのだろう、と隣まで生きながら同じように耳を澄ますも、波の音に船の駆動音、鳥の声―なんていろいろな音が聞こえて、一体何を聞いているのかはわからない。

「どうかしたの、ルドガー?」

 特別何か用事があったわけでもないため答えあぐねていると、は苦笑して手すりに寄りかかる。

「ジュードとは、たくさん喧嘩してるんだ。プライベートなことも、研究のことも、いろいろ。冷静ぶってるけど、やっぱりジュードのほうが大人びてるんだよね。…ジュードにはさ、もっとこう、守ってあげたくなるようなこの方が、似合ってると思うんだけど…」

 はそこまで言って黙り込んだ。自分の言葉に不服そうにして俯いている。
 俺は―そうかもな、と相槌を打った。けど、それでも恋人同士になったんだから、縁があるってことのはず。それを乗り越えてこそなんじゃないか。そう言えばはきょとんとして瞬きをする。

「…ふふ。そうかも。ありがとう、ルドガー…少し、元気になった」

 やっぱりジュードと少し話してくる、と船室へ去っていった。まだ会って間もない相手だが、幸せになってくれればと思う俺だった。






















Clanspear Company



01



 イラート海停に到着し、話を聞いていた宿へ向かうと、二人のエージェント―目元を隠す仮面と黒いスーツで判断した―がソファで横になっていた。苦しそうにしている男と、それを介抱する女性のコンビのようだ。
 話しかけると警戒心を持って睨まれ、心配し一歩寄ったジュードも苦笑する。しかしタイミングよくかかってきた秘書からの着信で、エージェントは納得し俺達の目的の物らしい円柱をスライスしたようなアイテムを手渡された。
 先にエージェントの治療をしようとするジュードたちに対し、秘書のヴェルは「それを持ち帰ることが最優先事項です」と譲らない態度のままGHSを切った。

「…これってそんな重要なモノ?」
「ユリウス前室長が収集解析した分史世界データのコピーだ…」

 傷がより深そうな男の口から飛び出た、『分史世界』というファンタジーな単語に首を傾げた。

「ユリウスさんに会ったのですね」
「ええ。…十人でかかったのに、相手にならなかった」
「だが、それだけは手に入れた…。本社に早く!これで道標の探知制度が格段に上昇するはずです」

 そう強く言われ、俺達は仕方なくクランスピア社にとんぼ返りすることになった。
 エリーゼと、エスコートの使命を受けたローエンが彼らの治療のために遅れてくることになり、先に着いたのは彼女たち以外のメンバーだった。
 の、だが、クランスピア社を前にして、は気まずそうに足を止めた。

「どうしたの、。また気分悪いの?」
「いや…そうじゃないんだけど。ちょっと…私は、ここには入りたくない」
「おいおい、どうしたんだよ。別に入った所で何か気分が悪くなる術がかけられてるわけでもないだろ?」

 不思議そうに問うアルヴィンに、無言で俯いて悩んでいる。「理由は説明しづらいんだけど…」そう呟いたあと、意を決したように顔を上げた。

「ごめんなさい、やっぱり行くわ」
「え?」
「さっきあの言葉が出た以上…避けては通れないから」

 俺は首を傾げてマヌケな声を出していた。決意した後はすぐに階段を登りクランスピア社の扉に向かっていく。呆然としている俺にアルヴィンが声をかけて、急いでビルに入った。
 フロントの前で待機しているヴェルに気づくと、彼女も気づいたらしく会釈する。挨拶もそこそこに、「例のものは社長に直接お渡しください」と真面目な表情で淡々と告げる。
 俺の後ろで社内の広さや装飾に興奮しているエルやレイアに驚きつつ、ヴェルは予定になかった来客の許可を取ってくれて、ルルもつれて社長室へと案内された。






















Clanspear Company



02



「待っていたよ、ルドガー君。  …確かに受け取った」

 ビズリーに例のものを手渡すと、まじまじと見ながらそう頷く。そして続けて、ユリウスの手がかりが見つかったか―と静かに告げる。首を振って答えれば、ビズリーは少しだけ俯き考えるような素振りを見せた。

「さて、君にいい知らせと悪い知らせがある。どちらから聞きたい?」
「…是非、いい方から聞きたい」

 頷き、一拍した後ビズリーは言う。

「君を、我が社のエージェントとして迎えたい。何、驚くことはないだろう、君の行動を観察させてもらった結果だ。君には現状に立ち向かう意志、そして何より力がある」
「観察って…貴方がそう仕向けたんでしょう?」
「筆記試験や口先では、器は量れないからな」

 口調だけはにこやかにそう告げるが、ビズリーの表情は固いままだ。
 では悪い方の知らせはなにか聞けば、なんと俺が警察に公開手配されるらしい。ビズリーは悩ましい口ぶりで腕を組んだ。

「警察も強硬でな。だが、君が我が社のエージェントになるのなら、無理矢理に抑えこんでもいい」
「…ルドガーに選択の余地がありませんが、ビズリー社長」

 文句を言おうとしたジュードを押しのけて、が静かに言った。じっとビズリーを睨みつけている。

「一石二鳥と考えてはどうかね。エージェントには十分な報酬を出す。逮捕を免れ結果を出せば、莫大な借金もすぐに返せる」
「貴方がしたいこと、私にはわかる。ルドガーが"そう"である以上、避けられない所はある…けれど、その分ユリウスさんが動いていたはずです。貴方は全部知っているはずよ。今になって、彼に何をさせるつもりですか?」
「フ、さすが源霊匣研究代表者の一人、博士。かの御仁とお知り合いなだけあって知っていることも多いようだ」
「そちらがそのつもりなら。こちらにだって事が終わるまで彼を隠す手立てはある、彼を巻き込まないで」
「だが、それは君が横槍を入れることじゃない。本人が決めることだ―そうだろう、ルドガー君。これから君にしてもらいたいことを説明するつもりなのだが…彼女の言うとおり、ユリウスや博士が事態を収束させるまで何処かへ隠れるのと、その手で挽回するのと…どちらがいいかね?」

 言い合う二人に困惑していると、ビズリーがそう俺に向けて問いかけた。
 …すでに仲間となっているとはいえ、俺や兄さんの面倒事を彼女に押し付けることなど、出来ない。それに、隠れていては兄さんに聞きたいことも聞けないかもしれない―俺はそう考えた。

「聞かせてくれ」
「ルドガー…!」

ビズリーはいいだろう、と頷き、表情を切り替えた。

「…分史世界の破壊。それが、君にやってもらいたい事だ。 心当たりがあるだろう」

 先ほども聞いた言葉に眉をひそめる。エルは不思議そうに復唱して、何だそれはとばかりに俺を見る。
 心当たり―そう言われ、俺もエルを見た。あの、奇妙な世界―列車の時や、研究所の時に起こった、アレのことなのだろう。
 ビズリーは俺達の目の前から移動し、脇においてある花瓶のそばに寄った。一番上方に位置する白い花を指さした。

「今、我々がいるここ。本来の歴史が流れる正史世界から別れたパラレルワールド…それが、分史世界だ」
「分史世界が生まれると、正史世界に存在すべき魂のエネルギーが拡散していきます」
「拡散って…まずくない?」
「放置するとどうなるんですか?」

 俺にはいまいち理解できていないが、真面目な顔をしてレイアとジュードが問い返す。―すると。

「この正史世界から魂が消滅していく。まるで何かの病気のように、魂というひとりひとりに必要な質量が足りなくなり、倒れ、魔物のように消えていくだろう」
「…!クレミア!?」
「なるだけ近づくなと言っていたのに何故こんなところにいるかと思えば…。ビズリー、また貴様は手駒を増やそうとしているらしい、小狡い手でな」

 社長イスに座る少女―クレミアは、余裕の笑みでビズリーに向かう。当のビズリーは訝しげにしながらも、彼女に近づき一礼した。

「これはこれは。この世界でお話するのは初めてですな。 小狡いとは、また辛辣なお言葉だ。…力を貸さぬのなら、口も挟まないでいただきたい」
「まあ怒るなビズリー。…私は貴様の意向にそぐわないから力を貸さないだけだ。その問題点に関しては、少なくとも今尽力している」

 二人がにらみ合い、沈黙が降りる。その間を破るように、レイアが俺やジュードを一瞥しつつ「そんな話いきなりされても」と不安そうに呟いた。

「…エレンピオスの荒廃、源霊匣の実用化失敗。それが、魂のエネルギーが消失している影響だとしたら?」
「まさか!」
「実際に起こっているだろう、博士?」

 は視線を逸らしつつ悔しげに眉根を寄せる。

「クランスピア社は、世界を守るため密かに分史世界を消し続けてきたのだ」
「世界を消すなんて、どうやって…―!」

 花瓶の傍から移動しながらビズリーは重く告げる。レイアは途中まで口にして、気づいたのか俺を見た。
 世界を消す、その方法。毎回、今回名の分かった『分史世界』に来た時、黒く塗りつぶされたような体躯をした誰かを、槍で貫いた時―見覚えのある色の、『正史世界』に戻ってきていたのだ。…まさか。

「そう。ルドガーはすでになしている。ルドガーの変身―骸殻こそ、分史世界に侵入し、破壊する力なのだ」

 要領をつかめないエルが一瞬喚いたが、ビズリーは気にせず言葉を続ける。
 俺をまっすぐ見て、言う。

「ルドガー、世界のため、君の力を貸して欲しい」

 右手を差し出される。俺は反射的に右手を上げて、躊躇った。―それは、兄さんの仕事や、何処を捜しても見つからない事に関係があるのだろうか?
 素直に問えば、ビズリーは感慨深そうに頷く。「最強のエージェントだった」…過去形なのが少し気に食わなかったが、兄さんの消した分史世界が百以上になるだろうという功績に目を細めた。
 兄さんがどこかの分史世界に逃げ込んでいる可能性も高い、そんなヴェルの言葉に、俺はビズリーの手をとった。
 そうして、ヴェルにエージェントの証として、服の襟にピンズを付けられた。
 何故分史世界は生まれるのか―ジュードは最後にそんなことを聞いていた。

「カナンの地に住む大精霊―クロノス。奴が手を引いている」

 カナンの地。大精霊クロノス。言葉に反応してジュードやエルが身構える。

「恐れることはない。我々には、奴に対抗する力がある」

 そう言って、俺は―俺達は、地下訓練場に案内された。骸殻の使い方を教えるためだったらしい。
 淡々と骸殻の使い方を教わっていると、ふと見ていたジュード達が何か話し込んでいた。落下防止柵の手すりに座りマントをたなびかせるクレミアは、話をしながらも悲しげに俺を見ていた。
 訓練を終えた時にはすでにクレミアはいなくなっていたのだが、言いにくそうにしながらもあるものを渡してきた。どうやらクレミアからの置き土産、らしい。

「…どういうものか、その…説明は、できないんだけど…その、副作用を抑えるものだから。常に、つけておいて」
「わかった。ありがとう」

 指輪サイズの歯車のような輪。俺は何処にしまっておこうかと悩みながら、とりあえず胸のポケットへと忍ばせた。