Destruction instruction



01


 アルヴィンが、ジュードたちに分史世界のことを話してしまったらしい。
 はもともとクレミアに頼まれていたから―とクランスピア社から出動命令が来た時俺と一緒に来てくれたのだが、受付でヴェルと話している時にジュード達が来て、分史世界のことやその危険性を知った上で、協力したいと申し出てくれた。ありがたいと素直に礼を言い、改めてにヴェルに仕事の内容を聞いた。

「分史対策エージェントの任務は、分史世界に進入し、時歪の因子を破壊することです」

 ヴェルは引き続いていろいろな説明をしてくれた。
 時歪の因子は分史世界を形成する要で、だいたい何かに擬態している。それは物だったり、魔物だったり、人間だったり ―その特徴は、『正史世界と最も異なっているもの』。
 どうやってその分史世界に狙って進入するかというと、特定の進入点に移動し念じるのだとかなんとか。首を傾げていれば、「行けばわかる」とにあっけらかんと言われてしまった。

 目標の分史世界に進入する。トリグラフ中央駅だった。
 GHSにヴェルから通話が届いたのには驚いたが、広い世界でどうやって時歪の因子を探すのかと聞けば、なんと俺の骸殻能力に反応し発現するのだとか。そして、それを破壊できるのも、骸殻能力のみ。

「…とは言っても、私はクレミアさんから骸殻能力を外部発動できる特殊な道具を渡されてるから、それも使えるんだけど」
「じゃあ、最初くらいはを頼っても良さそうか?」
「まぁ、少しくらいは。いつもは最初にその分史世界に来てるクレミアさんを探してるから、時歪の因子見つけるのも、それが魔物とかだった場合に戦う時も助けてもらってるんだけど」

 がそう言ったのを聞いて、はっと気づいたようにアルヴィンが指を鳴らした。

「そういえば、どうしてクレミアは子供の姿になってんだ?趣味か?」
「それは、えっと…」
「増殖しすぎた分史世界の破壊のため、できるだけ素早くことを終わらせるためにいわゆる分身をして各世界に進入しているからだ。分身と言っても元の姿を保ったままだと数が限られる。数を増やすために構成する分量を減らしているというわけだ」

 突如として現れた少女に、全員が沈黙する。「やあ、久しいな」とにこやかに笑う少女は、他でもないクレミアだ。

「多数の正史世界の気配を感じ来てみれば…。なるほどもう一人のクルスニクの末裔と接触出来たのか。これは僥倖だ」
「えっと…?」
「案ずるな、問題はない。さて…」

 クレミアは当たりを見回し、目を細める。俺の顔をじっと見ながら、何かを考えこんでいた。金色の瞳が一点に俺の目を見ているのだ。
 しばらく沈黙していると、なにかわかったのかニヤリと笑って顔を上げた。

「この世界の深度はだいたい200弱といったところか。正史との僅差は1に満たない。尚―…」
「…あるんですね、この世界には、アレが」
「お、おい、二人で完結しないでくれ!」

 思わず口を挟めばクレミアはこまったようにわらって次の言葉を放つ。

「この世界の時歪の因子候補はいくつかある。ひとつはアスコルドに。ひとつは精霊信仰の村ニ・アケリア。二手に分かれてもいいが、ここは先に近いところにあるアスコルドに向かったほうが良かろう」

 くるりと回ってマントをなびかせる。その姿はまるではためくワンピースに喜ぶ少女のようだが、それでもちょっと表情が大人びすぎだろう。
 なんとなく苦笑しながら、案に従い俺達はアスコルドを目指すことにした。…と、思っていたら、何やらジュードたちが相談を始めた。なんだろうと首を傾げれば、が小さく手を上げる。

「骸殻能力を持つルドガーたちと、アイテムを持ってる私とで分かれて探索した方がいいと思う。私はクレミアさんと二人で―」
「すまんが、私はちょっと…アスコルドの方で話したい奴がいるんだ。それにここに標がある以上、お前のそれでは破壊できない」
「それでも、アスコルドにこんな大勢で行けば怪しまれる」

 まぁそうだな、とクレミアは頷きそれからの別行動を許可した。もしもの監視役として、ジュードとレイアをお供にすることとして。
 ともかく俺達は変わらずアスコルドへ移動した。列車の使い方は正史世界と変わらないらしい。
















§◆覚悟
「…ルドガーよ」
「?」
「…私や、かつて断界殻と呼ばれる結界を破壊する旅をした彼らは、世界を壊すなんていう途方も無い話にもすぐに適応している―『事実ではないのだから』と決別できている。だが、お前はどうだ?」

―至極真面目に、クレミアは言う。

「………」

今まで考えもしなかった事に、俺は思わず頷いた。クレミアは果たして、答えを待っているのだろうか?

「…できている」
「…そうか。ならばいい。過去の責を何代にも継ぎ、今お前に背負わされていること…気の毒だが、耐えてくれ。きっと審判に間に合わせてみせる」
「…(審判?)」

「そんなの、出来ない。…なんて、言えないだろ」
「…そうだな。少なくとも今、分史世界に来ている以上この世界は壊さなければならない…。もし心に病むようなら、言ってくれ。回避できるよう、尽力する」
「………ああ」











Destruction instruction



02


 ここアスコルドは、エレンピオス最大の農工場だ。野菜や果物を作る場所。
 アスコルドに到着し、いざどうやって進入するものなのかと悩んでいると、アルヴィンの親戚―正史世界ではちょっといざこざがあったらしい―のジランドさんがこのアスコルドの関係者らしく、分史世界の彼の親戚のアルヴィンであると偽って、中へ入れてもらった。

「―知っての通り、私は伝説上の存在とされていた大精霊アスカの発見、捕獲に成功した。アスカの力は、アスコルドの全エネルギーをまかなって余りあるものだ。
 精霊の利用は、今後のエレンピオスの未来を左右する産業になるだろう」

 淡々と説明をくれるジランドに、アルヴィンはなんとも奇妙そうな顔をしながら腕を組む。こいつが時歪の因子じゃないよな?と少し扱いに困っているようだ。それほど正史世界の関係性からは想像できない態度なのだろう。
 アスカはドームの中央部にいるらしく、その情報を入手してからアルヴィンはがつんとジランドの後頭部を叩き、気絶させた。

「アルヴィン!乱暴すぎですよ!」
「こいつが時歪の因子じゃないなら、次に怪しいのはアスカとかいう精霊だ。けど、見張られてたら手が出せないぜ」
「正論だ。いくら―この世界を壊すとしても、無為に巻き込んだり命を奪う必要はないのだから」

 沈黙しつつも、クレミアがジランドのポケットの中からゲストカードを盗み、颯爽と目の前の扉を越えていってしまった。

「…ま、クレミアの言う事こそ正論だな。俺達も…、別に無益な殺生がしたいわけじゃない」

 扉が閉まった音の後に、ぽつりとアルヴィンが零す。全員が頷いて、クレミアを追った。


§◆大精霊たち
「エレンピオスにも大精霊がいたんですね」
「化石や源霊匣ならともかく、実体化した大精霊が、まさかな」
「それがなんらかの理由で生存しているのが、この分史世界なのでしょう。…ひとつ確認ですがクレミアさん、たしか正史世界では氷の精霊セルシウスを、エレンピオスのためと追いやったとか?」
「ああ、そうだ。…それについて反省を促す問いではないな。つまりはアスカも、私がこちらへ贄に差し出した可能性を言っているのだな?」
「ええ」
「それなら答えはノーだ。正史世界にのみ存在する特別なものが幾つかあるが、私の存在もそのうちの一つだと考えてくれていいだろう」
「じゃあ、今ここに居るのはやっぱり"分史世界のクレミア"じゃないってことだよねー?」
「そういうことだ。私は正史世界から来ている、分身体ということ以外は貴様らと同じなわけだ」
「ところで、アスカってどんなやつなんだ?」
「光を司ると言われる大精霊です」
「性格は…、そうだな、割りと気楽なやつだが、この工場で飼育されているアスカが荒んでいないとも限らないだろう」
「ローエン、クレミア。大精霊って他にもたくさんいるんですか?」
「私達が会った、地水火風の四大精霊、氷のセルシウス、雷のヴォルトの他に、文献では闇を司るシャドウ、冥界を統べるプルートらの存在が確認できます」
「ちなみにお前たち、プルートに会ったことあるぞ」
「え、そうなんですか?」
「奴は一番の気分屋だ。そして人間に化ける力も持っているからな。あとは―そうだな、大精霊となると…」
「どうした?」
「いや。心の大精霊ヴェリウス、無を司る大精霊オリジンといったところか」
「あとは、ミュゼと、みんなを従える精霊の主マクスウェルですよね!」
「そのはずですが…、マクスウェルと同格以上の大精霊が存在するという説もあるのですよ」
「精霊の主と同格以上!?それがクロノスなんでしょうか?」
「…勘違いしていると思うのだが、マクスウェルは全ての精霊の主というわけではないぞ。アイツは四大元素の大精霊を操る、その四大精霊の主であって、セルシウスやシャドウたち、ヴェリウスやオリジンともなると同格どころかマクスウェルより上と言っても過言じゃない」
「え、ええ?!」
「できること、基やることが違うからな。ミラが自分でこっちの世界に来れないのがいい証拠だ」
「……」
「なんか、ミラをバカにされた気分…」
「私はミラを育てた側だ。私はミラより上格なんだぞ!」
「そのカッコでいわれてもなぁ…」


 ジランドの言うとおりにドームの中央部へとたどり着いた。その部屋のさらにまた中心では、なにかの大きなケースのようなものの中身が嫌に眩しく輝いていて直視できず、それが何なのか特定さえ出来ずにいた。

「初めまして―アスカ。ああ…ああ。そういうことだ。すまないな。ここまで苦しんだというのに―ああ。ああ…いや、まぁ、頑張るさ」

 クレミアはそんな眩しさをものともせずに話しかけている。相手の―アスカの声は聞こえない。

「ああ。コレもけじめだ―と」

 呆然としていると、この中央部の入り口の方で、あれから暫く経って目覚めたらしいジランドが怯えたような困惑の表情で俺達を見ていた。俺の手柄を盗むつもりか、とアルヴィンのそれとも似た武器をこちらへ向けている。

「…話は終わった。時歪の因子でもないし、次へ行くぞ」
「おいおいクレミア、この状況が見えないわけ?」
「ふむ」

 全くやれやれとばかりにクレミアは肩をすくめて詠唱を始めた。

「【一時の夢を見よ。穢れ無き心の安寧のために】―タイムストップ」

 ピキン、とでも表現すればいいだろうか。ジランドはまるで石にでもなったかのように動かなくなり、それからクレミアは俺の背を押した。

「お前たちがいればどうにかなるだろう。早く行け、私は体を構成するマナがなくなりかけ―直にここからは消える。その後のことは、ルドガーお前と、に任せる」

 そう言って微笑むと少女は消えた。呆然としながらもすでに建物を出ようと扉へ向かっているローエンたちに声をかけられ、俺も急いでアスコルドを出ようと、した。

「―クルスニクの一族。まだ、カナンの地を見つけられないのか」
「…!?」
「始祖やロードと同じく、我らとの共栄を望むなら、カナンの地へ急ぐことだ。そろそろ二千年…オリジンが魂を浄化するのも限界だろう」

 そして大きな鳥―アスカは、クレミアによって時を止められたまま動かないジランドを一瞥すると言葉を続ける。

「だが、人間はかくも傲慢。…いまなら、クロノスの気持ちもわかるぞ」
「……、」
「しかしここは分史世界。何を思っても意味などなかろう…」

 アスカはそう言って瞼を下ろし、その大きな鳥籠の中で再び眠るような体勢をとった。

「……、ここから出ようとは思わないのか」
「言ったろう、ここは分史世界。どう思おうと、どう行動しようと、全ては浄化されるのみの塵に等しい。なればロードの考えも一理ある―破壊されるその瞬間まで、この世界で生きる者たちのために働こう」

 アスカの光は、このアスコルド工場のすべてを動かし育んでいる。"分史世界を破壊する者"として俺達がここへやって来た以上、時歪の因子が巧妙に逃げまわっているのでもない限りこの世界を壊すのにそこまでの時間はかからないだろう。
 ―俺は、感情の杯に蓋をする。
 俺がさも咎人のようにどこかで恨みを買いながらこれから世界を壊していくことに、槍で貫くことには覚悟を決めた。しかし―ちらりと未だ動かないジランドを見る。もしここでアスカを逃したら、ジランドだけじゃなくアスコルドの食物で生きているすべての人達が困るのだ。覚悟を決めたと言っても、いずれ壊し何も残らないと言っても、俺はそこまでの責任なんて、恨みなんてものを受け止める事はできないのだ。
 俯いて、悩む。覚悟、なんて。おれは。

【―必要なのは、選択。命を、世界を、己の全てを賭けた"選択"】

「…―?」
「どうした、クルスニクの者よ」

【そう―これは、呪いなの】

 いつかの夢を思い出す。

【あなたに出来る?選択が―破壊が】

 とてつもない恐怖を感じて、俺は一目散にその場を走り去った。

























Destruction instruction



03


 遅かったじゃん、とレイアの間抜けた笑顔に胸を撫で下ろす。アスコルド以外を軽く調べていたたちは、時歪の因子に関しては情報を入手してはいないらしいものの、とある噂を聞いたという。

「ヘリオボーグの先の荒野で、髪の長い女みたいな精霊を見たって」
「おい、それって…」
「場所的には、次元の裂けた丘あたりだと思う。ここに時歪の因子はない可能性のほうが高いけれど、気になることがあるの…行ってもいいかな」

 は全員を見た後俺を見る。他の仲間達も俺の答えを待っていて、少し同様しながらも頷いた。


§◆選択って…
「…ルドガー。少し疲れてる…マッサージするから、少し休もう」
「…ああ、ありがとう」
「…世界を壊すとか、いろいろ…心が追いつかないことってあると思う。もし辛いようだったら、私がやるから言ってね」
「…ああ」
「こんなことしか言えなくて、ごめん」
「…選択って、なんなんだろうな」
「え?」
「なんで俺が、突然…こんなことに…」
「……」
「…悪い。に言っても仕方がないことだよな」
「…………」


 次元の裂けた丘、というのが俺にはどういうことなのかいまいちよくわからなかったのだが、ともかく目的の荒野に辿り着いた。ジュードももレイアも全員が、なんだかそわそわとしている。
 エルがズバリ「みんななんか変」と言えば、視線を逸らしながら「ミラかもしれないから」と俯いた。

「ミラ?」
「ええっと…」
「―ここに、次元の裂け目があったよな?」

 言いにくいことを言わないようにというアルヴィンの気遣いなのか、そう遮りながら辺りを見渡していた。断界殻がどうとか、無くなったのかもともと存在したのかしてないのか…。俺にはよくわからない話だ。
  正史世界では、ジランドがエレンピオスでほのぼの暮らしていることからしておかしいことらしい。

「…ありえるね。ここは、まだ断界殻があって、次元の裂け目が開いていない。つまり…」
「エレンピオスとリーゼ・マクシアが分れたままの分史世界かもってことか!」

 なるほどと頷いてみせれば、エルは俺を疑う目で見ていた。思わずエルの頭をくしゃくしゃにかき乱してやる。

「まだどこかにマクスウェルが…」
「―みんな!下がって!」

 の声と同時に、崖側の空間が歪み眩しく光る。ジュードたちの言っていたオリジンのような危機的なものが現れたと思えば、次の瞬間には猫耳のような―白い髪で、黒い肌、奇妙な脚をしたヒト的な存在。おそらくは"長い髪の精霊"が彼なのだろう。
 精霊は完全に具現化した後、切れ長の目でこちらを一瞥するとどこか面倒そうに視線を逸らした。

「……あちらもこうであれば、彼の地へ手出し出来ないのだが」
「彼の地…それって!  カナンの地のこと?」

 エルは敏感にその可能性に反応して、隠れていた俺の背から飛び出し精霊に叫び問う。
 しかし奴は何を答えるでもなく手を上へ掲げると、黒い玉のようなものを三つほど飛ばしてきた。咄嗟にエルを庇うため前に出るが、骸殻どころか武器で防御する暇すらなく生身で攻撃を受けてしまい地面に膝をついた。

「…クルスニクの一族。飽きもせず"鍵"を求めて分史世界を探りまわっているのか」

 …鍵?鍵って、なんのことだ。
 痛みにこらえていると、牽制かアルヴィンが銃弾を飛ばしていた。何様だよ、と挑発する。

「…ロードから聞いていないのか。奴も肩入れするのが中途半端な。
 我は、カナンの地の番人―」

 アルヴィンの銃弾は、奴の指に挟まれている。

「大精霊クロノス」

 余裕を感じるどころか、俺達を何の障害にも感じていない顔。路傍の石が、少し話しかけてきたから戯れに相手してやっている程度の対応だ。
 指に挟んでいた銃弾を落としながら、奴は―クロノスは言う。

「貴様らも時空の狭間に飛ばしてやろう。人間に与する、あの…女マクスウェルと同じようにな!」

 マクスウェル、というのが出た瞬間、ジュードたちの顔色が変わる。各々武器を構え、今にもクロノスに襲いかからんばかりだ。

「―ま、待って!私達じゃクロノスには…!」

が制止をかけるものの、すでにクロノスも戦う気でいるせいもあり、このまま戦闘に入る流れは変えられそうにはなかった。

























Destruction instruction



04


 まさに、死屍累々…というほど死んでもいないけれど。大精霊クロノスは、骸殻能力や、歴戦のジュード達を持ってしても倒せなかった。どころか「汚れてしまった」と俺達の全力の攻撃もまるで意にも介していないようだ。
 抵抗の余力も無くしてしまっているのをわかっているのかどうなのか、クロノスは軽く首を鳴らしたあと、右手を振り払う。簡単な動作のはずがその一瞬で青い光のようなものがこちらへ向かってきていた。
 エルが不安に顔を歪め、今にも泣きそうだ。エルを抱きかかえながら、どうしたものかと考えている暇すらない。死んでしまうのか、それとも一人どこか分からないところへ飛ばされてしまうのか―一瞬のうちに思いを巡らせている。
 しかし、衝撃がやってくるまでの一瞬が、一瞬にしては長い。

「―ユリウスさん!?」

 飛び出た名前に恐る恐る目を開けてみれば、そこには襲い来る攻撃を受け止める兄さんの姿があった。
 ――そして。

「探索者に…逃げ惑う臆病者か…」

 クロノスは冷たく告げる。

「ルドガー、ユリウスに時計を!」
「―…ッ!」

 ここまでやってきた仲間たちのものとは違う声に身を震わせるも、考えるよりも先に俺の時計を差し出した。時計ごと俺の腕を掴んだ兄さんは全身を骸殻で覆い、クロノスの攻撃を振り払うのと同時に先ほど奴が出したのと同じような黒い玉を飛ばした。

「ルドガー、こっち!」
「…ッ!?」

 女性―が、俺の手を掴んで、黒い玉が作った穴へと向かっていく。
 いつの間にか合流出来ていたらしいエリーゼやローエンたちも、考えるより先にエルやルルを抱きかかえて穴へと飛び込んだ。

「…運が良かったな」

§

 詳しい場所はよくわからなかったものの、都合よく反対側のリーゼ・マクシアにやってこれたらしい。エルとはぐれてしまったけれど、俺はジュードとレイア、エリーゼ…とティポと同じ場所に来れたらしく、この場所について知っている彼らに頼って、俺は他の仲間との合流のためニ・アケリアという村へ向かうこととなった。
 その途中のことだ。いつもどおりの魔物と戦っていたのだが、そのキノコゴブリンの親玉なのか、何回りか大きいやつが紛れていた。親玉が何度も子分を呼ぶせいで、なかなか倒せずに俺達の体力はジリ貧になりかけていた。
 骸殻でパパっとやっちゃえば、というレイアの案に乗っかって骸殻を発動しようとしたが、何故か不発。
 驚き呆然としていると、キノコゴブリンは今まさに襲いかかろうとしてきていて。

「ぼさっとしないで!」

 凛々しい女性の声が届くとともに、キノコゴブリンたちは一掃されていく。女性は剣をしまうと強い語気で言った。

「この辺りは私達の聖域よ。部外者は立ち去りなさい」

 そのまま振り返ること無く女性は言ってしまう。ジュードが呼び止めたが、制止せず姿は見えなくなってしまった。

「とにかくニ・アケリアに行こう!」
「ルドガーが変身できないんじゃ、と合流しないともう正史世界に帰れなくなっちゃうんですよね?」

 それもそうだ。
 案外、俺の骸殻は今重要なポストにあるらしい―なにか考えこむジュードを気にしながら、俺達はニ・アケリアへと急ぐ。

























Destruction instruction



05


「はやくさがしてあげないと!みんな泣いてるかも」
「大丈夫、ジュードたちはそんな弱くないよ」

 そわそわしているエルを落ち着けるため、優しく語りかける。しかしエルはふと視界の隅に入ったらしい俺達を目ざとく見つけると、それまで不安に泣きそうにしていた顔を明るくさせ、俺達に向かって走りだした。
 まったく心配させないでよ、とまるで迷子になった子供の母親のように強がっていう姿に、やローエンたち保護者側の面々は苦笑を漏らす。
 レイアも潔く再合流出来た仲間たちに駆け寄り無事を確認する。一方ローエンは少し離れた所に佇んでいる兄さんを見ると、静かに何かを問いかけた。しかし兄さんは何も返事をしない。エルの頭をなでた後、俺はキッと眉を釣り上げて兄さんに歩み寄る。
話を切り出そうとした時、タイミング悪くGHSの着信が入る。相手はヴェル―分史対策室、だった。

「―対応中の分史世界の座標偏差を解析した結果、カナンの道標の存在確率が"高"と判定されました。道標を発見した場合、その回収は最優先事項となります」

 ヴェルは淡々とそう告げていくが俺にはわからないことばかりだ。俺は複雑な顔をしているのだろう、兄さんは俺を見て苦笑する。

「一か八かだったが、うまくいったな」
「ミチシルベ?」

 兄さんの言葉も気にせず、エルは"カナンの地"に関わることだからか、その名前に興味を持ち首を傾げた。

「深々度の分史世界に点在するカナンの地への手がかりです。時歪の因子と同化しているはずで―」

 説明を始める声を聞き、兄さんは突然神妙な顔をして俺のGHSを奪い去ると、通話を切ってしまった。GHSを俺に返しながら、兄さんは言う。

「あとは俺達に任せろ。時計を渡すんだ、ルドガー」

 ―やっと落ち着いて話ができる場面だというのに、兄さんは何の説明も弁明もしなかった。それに少しだけ腹が立って、同時に悲しくなった。会って最初にする話が、それなのか。

「…ルドガーは、ユリウスさんをずっと心配してたんですよ。警察にも追われて、クランスピア社と契約するはめに…」

 ジュードが説明してくれて、それでも兄さんは「そうなのか」とさして何とも思っていないかのような口ぶりだった。

「…すまなかった。 クランスピア社とは、俺が話をつける。お前は何も心配しなくていい」

 心配をしている目ではなかった。俺よりもっと遠くの何かを見据えた瞳。
 まだ俺を一人前として見てもらえない事が、聞きたいこともあるのにそれどころじゃなくなるくらいムカついて。思わず時計を地面に叩きつけた。土の上を数度跳ねて転がる。
 何を言うでもなく、兄さんはそれを拾おうと一歩踏み込む。しかしそれを妨害したのは、「これはエルのパパの!」と時計ごと地面にうずくまったエルだった。

「君のじゃない」
「パパの、って言ってるでしょ?」
「パパのでもない」
「そうなの! パパとルドガーの時計が、一つになったんだから!」

 威嚇するように強く言うエルの言葉に、兄さんは眉根を寄せて真剣な顔で時計を見やった。「やはりこの子が―」総つぶやき左手をエルへのばそうとした時、痛みに顔をしかめるように呻きながら、兄さんは左腕を抱き込んだ。
 その時、後方から誰かが近づいてきた。女性の声で、凛とした強い声だった。

「騒がしいわね。親子喧嘩なら他所でやって」
「ミっ…」
「ミラー!!」

 やってきた女性は、先ほどここへ来るまでの道中で助太刀をしてくれた人。ジュードやエリーゼが嬉しそうに声を上げるが、当のミラさんは訝しげにしながら首を傾げる。「馴れ馴れしく呼び捨てにしないで」吐き捨てるように言って、俺達の合間を通り抜けようとした。
 ―すると。どこからか空腹の音が響いて。沈黙の中ミラさんは視線を彷徨わせた後、毛づくろいしているルルを見た。しゃがみこんでルルに話しけると、どうやらご飯を食べさせてくれるそうで、「おいで」と微笑んで村の奥へ向かっていった。
 エルはすぐにルルを追って行ったが、果たして俺達もお邪魔していいものなのか。…腹は減っているし、いくら村の中でも子供を放っておくわけにも行かない。

「…ルドガー、食事はともかく、私達も付いて行きましょう。時歪の因子は、きっと彼女の近くにある」

 ジュード達を一瞥しつつ、冷静に言うに俺は頷く。
 兄さんにはまだ話したいことがあるけれど、時歪の因子を見つけてこの分史世界を破壊するまでは、兄さんはこの世界から離れられない。…まだ、時間はあるだろう。