Trial of Guias



01


 自分のためにも、健気にクエストをこなしてちょっとずつ借金を返していく。ある程度の範囲の規制が解除されたところで、俺はジュードとと連れて再びクランスピア社に訪れた。
 社長室で待ち構えていたビズリーは、俺達を見るなり一つのデータディスクを見せてきた。GHSにて、言われたとおりにそのデータを視聴する。

『初めてクォーター骸殻を発動。目標分史世界1の破壊に成功した。
 これは力をもって生まれた者の使命だ。一族の悲劇は、俺達で終わらせると誓う。
 ―以上。記録者、ユリウス・ウィ―…』

 紛れも無く、兄さんの―ユリウスの声だった。

「ユリウスが自分の行動を記録したデータディスクだ」
「理由は不明ですが、コレと同じものが各地に散逸しているらしいのです。分史対策エージェントの任務は最重要機密。至急回収しなければなりません」

 やってくれるな、とビズリーは俺の目を見て言う。このデータを調べれば、兄さんのことをより詳しく知ることができる。そしてなにより、今までの行動についての真意だってはっきりするかもしれない。
 ビズリーたちはこの回収任務を『Jコード』と名付け、任務中なども含め、散らばるこのデータを集めることとなった。

『―世界破壊数7。ハーフ骸殻を発動させることが出来た。
 だが、深々度の分史世界に進入するには、もっと強い骸殻の力が必要だ』

「それはユリウスが11歳の頃の記録だな」
「…そんな、頃から分史世界の破壊を…?」
「ユリウスと。あの二人の才能は傑出していた。一族の多くが期待をかけたものさ」

 兄さんが11歳の頃。…俺がギリギリ生まれている頃だ。

『あの人も期待してくれている。期待に応えなければ…いや、応えたい!
 そのために、もっと力がほしい。もっと強い力が―』

 兄さんは、力を求めていた。
 ビズリーは、変わらんな、と呆れたように溜息をついて顔を逸らした。あの人、とは誰だろうか。
 まだこのデータは続きがあるようで、ヴェルに幾つかある応接間の一つに案内され、そこで休みつつデータを聞いてしまえとのことだった。

が、エージェントになるための訓練を始めた。俺よりも年下なのに、俺よりも才能があるという噂を聞いた。
 俺は、を―…守るために、エージェントになったというのに。
 …いや、仕方なかったのかもしれない。も時計を持って生まれたのだから。』

「……さんって、いくつ?」

 若い兄さんの声を垂れ流す俺のGHSに集まっていたうちのが、そう零すように問う。
 たしか―、俺よりも5歳ほど、年上だったはずだ。それを伝えると、今度は兄さんの年齢を聞かれた。まだ30には達してないから、

「28、くらい」
「…。じゃあ、さんは、8歳の頃にはもう分史世界について知っていたってことか…」
「何か心当たりでもあるの?」

 考えこむにジュードが首を傾げる。は躊躇った後、曖昧に苦笑して「ごめん、説明出来ない」と謝罪を述べた。

























Trial of Guias



02


 そろそろ応接間を出ようかとなった頃、俺のGHSが鳴り響く。ヴェルだ。

「ユリウス前室長が、回収したカナンの道標を奪って逃走しました」
「なっ!」
「それから、アーストという人物から、フロント経由で伝言を預かりました。お話があるそうで、クランスピア社前にて待たれるとのこと」

 応接間に案内すると言いましたが、フロントに伝言を頼んだのは代理の者らしく、そのように。ヴェルは、兄さんのことに関しては、アーストとの用事が終わり次第追って連絡すると言ってくれた。
 俺達は目配せをしてから頷き合って、社ビルの入り口へと向かった。

§

 ビルの前へやってきて辺りを見回すと、そんな俺達を見て気付いたらしい誰かが、「待ってた人が来たみたいだぜ」という言葉とともに、アーストの名を口にしていた。

「いい話が聞けた。またよろしく頼む」

 また一杯やりながらな、とおおよそ王相手にかわすようなものではない会話をしている。
 話しかけようとした時、ミラさんを引き連れたレイアが先に声をかけた。エレンピオスの観光案内をしていたようだ。「本当に黒匣で出来た街なのね」と憂いげに、しかし忌々しそうに小さくつぶやいていた。

「楽しそうに話してたね、ガイアス」
「うむ。話してみれば、エレンピオス人もリーゼ・マクシア人と同じだ」
「…、そういえば、俺に用が、あるんだって?」

 早々に話題を切り出せば、アースト…は俺とミラさんを一瞥して頷いた。

「ローエンから全て聞いた。お前が元マクスウェルだな」
「いちいち偉そうだけど、誰?」
「偉いんだよ。本物の王様だし」
「それが?こっちは精霊の主よ」

 何故か自分が誇らしげにして答えたエルに、ミラさんは鼻で笑うように返す。
 そんな様子を見ながら、アーストは腕を組みながらミラさんを見据えてふむ、と唸った。

「確かに分史世界というものは存在するようだな。―単刀直入に言おう、ルドガー、お前が、世界の命運を背負うに足る人間かどうかを知りたい」

 なんだ、それ。
 静かに真剣に語るアーストに、複雑な感情が沸く。

「俺が、相応しい人間じゃなかったら?」
「斬る」
「ま、当然ね」
「ダメだよそんなの!」

 ミラさんもアーストも、迷うこともなく切り返された末恐ろしい返答に、俺は息を飲む。
 俺にどうしろというのか。世界の命運とかいわれたって、俺は、俺は。

「俺を分史世界へ連れて行け。お前の行動を見届けさせてもらう」
「…」
「すでにが、お前のそれと同じようなことをしているのだろう。お前に任せられないようなら、クレミアに無理を言ってでも、俺がやる」

 興味や好奇心による冗談という顔ではない。怒りもなく、俺を馬鹿にしているのでもなく、自分ならできると調子に乗っているわけでもなく、アーストはまっすぐに言う。
 返答にためらっていると、調度良くGHSが―ヴェルからの通信が入った。新しく分史世界が探知されたようで、アーストはちょうどいいとばかりに笑う。
 ミラさんもついでとばかりに同行を願い出て。
 他のみんなにも連絡をとって、俺達は再び分史世界へと旅立つ事になった。

























Trial of Guias



03


 進入地点はリーゼ・マクシア、カン・バルク。雪降る肌寒いモン高原を抜け、進入点から分史世界に入り込む。
ヴェルからの通信で、この世界にもカナンの道標があると知る。

「まずはクレミアを探そう」
「たしか、容量を減らすため子供の姿になって分身し、を援護するために各分史世界にいるのだったか」

 確認するアーストに頷いて、適当に足を進める。
 分史世界に来たら、まずは正史世界を決定的に違うものを探す。それはつまり、正史世界に帰るための時歪の因子を探すのと同義だ。
 この世界の時歪の因子―基カナンの道標の情報や手がかりもなければ、クレミアの場所の手がかりもない。…けど。

「クレミアの近くにカナンの道標がある。逆も然りだ」
「カナンの道標が分かれば、絶対にクレミアに会う必要はないのだろう」
「ああ。…けど、時歪の因子が強い魔物だったりすれば、クレミアはその対処法を教えてくれる。必須ではないけど、場合によっては重宝する」

 進みながらそんな話をする。
 カン・バルクは、リーゼ・マクシア王であるアースト基ガイアスの地元だ。何か気になることは、とミラさんが聞けば、ガイアスは真剣な顔をして答えた―「街の空気が重い」。
 それから、クレミアが行きそうな場所に心あたりがある、と一人踵を返す。俺達も追おうとしたが、何やら険しい道らしく、すぐ戻るからと一時俺達と別れた。
 ―本当に、すぐ。一時間もかかってない頃アーストは戻ってきた。その隣に、やれやれとばかりに面倒顔のクレミアを連れて。

「よりにもよってここの分史世界にガイアスを連れてくるとはな」

 何とも言えない複雑な顔だ。
 ―クレミアの話では、この世界のリーゼ・マクシア王…と言っても、正史世界でジュードたちが破壊した断界殻を破壊していないため、ややこしい話を越えア・ジュール王らしい。そのア・ジュール王ガイアスはすでに退いており、今は"リィン王"がこの国を率いているという。

「…クレミア。俺が居ないのはわかった、では…ウィンガルたちは?」

 アーストたちを待っている間にレイアから聞いた名だった。クレミアは悲しげに目を細めて苦笑する。10年以上に及ぶ関係の二人は、その視線で会話でもしたかのようで。アーストは溜息をついて「わかった」と頷いた。

§

「下がれ。リィン王は何人も城に入れるなと仰せだ」

 門兵は怒るでもなく面倒そうにするでもなく淡々と俺達に告げる。強引に入ろうと武器に手をつけると、門兵もそれを感じ取ったのか武器を構えて威嚇する。

「待て。…リィン王に伝えてくれ。―――、」

 クレミアが間に割り込み門兵に何かを告げる。幼い姿のクレミアに、門兵も最初は顔をしかめていたものの耳打ちされた言葉を聞いて顔色を変えて片方が走って城の中へを消えていった。
 奇妙な雰囲気に、俺達はクレミアが何を言ったのか聞くことも出来ず、少しして入っていいとの命を持って戻ってきた門兵に道を開けられ、静かに中へ入ることとなった。
 城の最奥、いわゆる王の間に至るまで、建物内の灯はあるものの人気は無く、例えば掃除するメイドなどといった存在もなかった。
 王の間に入ると、一際大きな王椅子に一人の黒服の人間が座っていた。「こんなはずではなかった」そう呟きながらうずくまっている。

「…そら、夢だぞ、"ウィンガル"」
「ッ―!」

 アーストの背に隠れたまま、クレミアがこの静かな中に響く声を投げた。ウィンガルと呼べれた黒服の男は、息を呑んでがばりと顔を上げる。
 俺と目があった。誰だ、とつぶやいて、それから自嘲気味に笑った。

「ふっ、懲りもせず俺の命を狙いに来たか…。門兵が奇妙なことを言うから通せと言いはしたが、…。 安心しろ、誰一人駆けつけはしない。暗殺にはうってつけの孤独な王だ」

 ―だが、ここまで来たことは後悔させてやる。 ウィンガルはそう言って戦闘態勢に入ろうとした。何よりまず話を聞きたいだけなのに―歯噛みしていると、アースト…ガイアス、が、俺達の前に出てウィンガルに歩み寄っていった。
 俺達にはわからない言葉で会話をして、どう諌めたのかウィンガルは白く染め上げていた髪を黒色に戻し、武器をしまってガイアスの足元に片膝をつく。
 一体なにがあったのか。ガイアスが等と、ウィンガルは意味がわからないとばかりに眉を潜める。「俺に言わせるのか」そう悲しげに言う。

「…事の発端は、ある事情でガイアス王が王位を退いたことだ」

 クレミアが語る。

「死の病に冒されたカーラと余生を過ごすため」
「カーラが…死の病に…?」
「一度決めたことを、お前が曲げるはずはない。だから俺はカーラに頼んだのだ…お前を説得してくれと。カーラは理解してくれた…それが、まさか…あんなことに…」

 ウィンガルは顔をそむける。ガイアスは目を細めて、答えた。

「カーラは自ら命を絶ったのだな。俺を止めるために」
「すまないアースト!…そんなつもりじゃなかったんだ…信じてくれ…!信じてくれ…」
「…カーラの死によるショックで、この世界のお前は姿を消した」

 少女を視界に収め、その言葉の不自然さにウィンガルは顔をしかめた。ガイアスの肩に縋りつくようにしていたその手に力を入れ、ガイアスを凝視する。

「―アーストではないな!」
「確かに、お前の知るアーストではない。だが、アーストの気持ちはわかる」
「わかられてたまるか!―俺の真の友は、アースト・アウトウェイ唯一人だ!」

 真の友。その言葉にガイアスは情けなさでも感じてるように笑んでいた。

「俺とお前が友であった可能性か…」
「そう思っていたのは俺だけだった!アーストは国民を捨て俺を捨てた!なぜだ…なぜなんだ、アースト―!」

 武器を構えて地を蹴る。その瞬間ウィンガルの全てが黒く染まって。
 ガイアスは迷うこと無くその太刀に手をやった。いいの、とレイアが思わず口にする。

「分史世界を破壊するとは、こういうことなのだろう。…この苦しみを知らなければ、ルドガーの覚悟を量れはしまい」

 鋭い目つきをウィンガルに向け、太刀を構えた。



































Trial of Guias



04


 ガイアスに成り代わりリーゼ・マクシア王となったウィンガルは、レイアたちのいう増霊極とかいう増幅器によるとは言ってもかなり強かった。  
 正史世界での彼の手の内に詳しいガイアスと、的確に最低限とはいえ回復術で治癒してくれるクレミアの補助がなければ勝てていたか怪しいほどだ。
 助けてくれ、とウィンガルがガイアスの名を呟きながら言う。深い傷によって口の端しから血を垂らしながら、それでも怪我の痛みというよりは心の方の苦痛に顔を歪めている。
 しかしガイアスは、冷たい声で必死に膝をつかずにいるウィンガルに刃をむけた。

「そこに座る人間は、個より全を優先しなければならない。王とは、自分自身すら捨てねばならぬ…孤独な者なのだ」
「俺には…、耐えられ、ない…」
「……そうか」

 太刀を仕舞い踵を返して俺達の横を通り過ぎる。後は任せた、と変わらない抑揚で言っている。その背に「いいのか」と思わず口にしていた。

「忘れるなよ。俺は、お前を見極めに来ているのだ」

 その言葉に奥歯を噛み締めて俯いた。
 そうだ。ガイアスの妹のことに関して、気にしている場合ではないし、会って間もない俺が気を使えることなどない。「やらないのなら、」とクレミアが腰から剣―の柄を取り出し、けれどその続きは言わず俺を見ていた。
 エルやレイアたちの視線にようやく俺は覚悟を決めて、息も切れ切れなウィンガルに向かってかけ出した。王の座椅子に腰掛けるウィンガルを槍で貫く。その黒い身体は徐々に粉々になって行く。彼の身体から歯車のようなものが浮遊して、エルがそれを捕まえるように手に取る。
 瞬間世界は壊れ、目を瞑る。長くも短くも感じた感覚の後目を開くと、しっかりと正史世界に戻ってきていたようで安心する。
 あれが分史世界か、とガイアスは苦々しげに語る。かつてこのガイアスも、妹―カーラさんのために王位から退くべきかと苦悩したという。今こそ身分を隠して街を歩いてはいるけれど、結局王位を退いてはいない。
 何故、それを選んだのか?ガイアスは俺に問う。

「…ガイアスが、強かった、から?」
「強い…か。孤独に耐えられたのは、四象刃やクレミアたちのような、俺を支えてくれる人々がいたからだ」

 クレミアは支えていたわけではなかったが、と注釈するように零す。

「俺を強い王にしてくれる彼らを。…強き者同士と対等に扱ってくれたクレミアを、裏切ることはできなかった。 …ルドガー、これはお前の問題でもある。分史世界破壊の苛酷さは、どんな強き者の心も蝕んでいくだろう。一人で戦い続ければ、いつか孤独に呑み込まれるぞ」

 いつか、孤独に。
 ……今まで一人で戦っていた兄さんは、どうだったのだろうか。が亡くなる前までは、二人で支えあっていたかもしれない。けれど、でも、今は?
 いくらこんな過酷なことに俺を巻き込みたくなかったと言っても、俺はやっぱり兄さんの支えになりたかった。俺を兄さんの帰るべきところだと思ってくれていたのだとしても、駅の食堂でへらへらと食事を作っているだけの人生なんていうのは、今ではもう考えられない。
 は、こんな時どう答えるのだろう。がエージェントだった時一体何を考えて世界を破壊していたんだろう。がいれば、兄さんがこんなことをしでかすこともなかったのだろうか。、兄さん、俺。―きっと一番、弱いのは―…。

「コドクって、ひとりぼっちってことでしょ?じゃあ、ルドガーは違うよ。エルたちがいるし」
「言うことだけは一人前ね」
「そう!エルは一人前!」

 呆れたように苦笑しながらいうミラさんの言葉に、エルはニコニコと笑いながら自慢気に答える。
 …この子は、本当にもう。俺を非日常に引っ張りこんだ原因だとはいえ、兄さんのことを、のことを少しでも知ることができたのは、みんなと知り合うことができたのは、結局エルのおかげだ。最初こそいわれのない罪を捏造され憤慨したが、でも、今は。
 にも変わるほど、重要な存在だ。10歳にも近い娘を持てるほど歳を重ねてはいないが、それこそ自分の娘のように親近感が沸く。
 きっとジュードたちと出会わなければ、エルはきっと俺の帰る場所に、戦う理由に、守るものになっていたんだろう。
 レイアはエルの言葉に笑いながら、ガイアスに言葉を返した。

「支えになってくれる人は、多いほどいいと思うけど!」
「ふっ、そうだな。助けが必要なら声をかけてくれ。一杯やりたい時でも構わんがな」

 ガイアスは珍しく笑って、それから去っていった。
 彼が認めてくれるなんてすごいことだとレイアが明るく言う。

「……の守りたいものって、なんだったんだろうな」

 俺の呟きは、誰にも聞こえず空気に溶けていった。