戦闘に入った時のの頼りがいは凄まじかった。
クレミアは、保持しているマナが切れると消えてしまうからとエルとともに奥に隠れていたのだが、は敵から遠くに陣取っていたと思えばその投降武器で体勢を崩させ、油断の内に間合いに近づきなぎ倒していく。その姿はなんともたくましい。
建物の奥へ進むに連れ、よくわからない器物が増えていく。扉は横や上下に動くものではなく、通るときにすっと消える。黒匣とも今の技術とも違う構造は、敵地でありながらも探検心をくすぐるものだった。
これ以上は進んではならない、というオーディンの忠告もそこそこに、ルドガーたちは最深部を目指す。
「ルドガー、なんか光ってる!」
案内する、と言っておきながら案の定 方向音痴を遺憾なく発揮したクレミアのおかげで随分精神的な疲労を感じながらも、行き止まりへと辿り着く。律儀にマップを作成していたによれば、隠し通路や隠し部屋解いたものでない限り、行ってない部屋はないはずとのこと。ならば、ここにオーディンはいるはず。
「…やはり、忠告は聞き入れてもらえぬか」
そこに立っていたのは、ギガントモンスターにも匹敵する大きな巨体。二本足で立ち、体躯は筋骨隆々な鎧武者のよう。すぐに襲ってくるでもなく、オーディンは俺達を見下ろしていた。
ここはなんなのか。エルがおそるおそる聞くと、オーディンは最初からと同じ落ち着いた声色で答えた。
「お前たちの単位で九万五千二百十二年前、ひとつの文明が滅びた。最後に残った住人たちは、自分たちの体を生体データに変え、封印したのだ。遥か未来、データを見つけた何者かが、復活させてくれることを信じて」
「それが、この場所…。まさに時の方舟ってわけね」
「このトールには、ひとつの文明と、四十二万七千八十六名の生体データが保存されている」
膨大な数字に誰もが驚いてみせる。
そしてオーディンは語る。他の世界では失われてしまった、最後の希望である、と。
「…この世界が分史世界であることはわかっているのだ、ステマ・ロード。それでも、未来に彼らが未来の人間に託したメッセージを、聞いてはくれまいか」
写真のような、人のバストアップが写ったホログラムがいくつか現れる。一歩、進むと柔らかい声が届いた。
『こんにちは。遠い未来の皆さん。あなたたちと会える日を…そして共に暮らせる日を楽しみにしています』
『データになるのは怖いけど、パパとママと一緒だからガマンするね』
『ここには詩、音楽、絵画……俺達の文化も保存されてるんだ。俺達が存在した証だ。大切にしてやってくれ』
『人間の傲慢さが、自分自身を滅ぼすはめになってしまった…。この事実だけは伝え残したい。未来の人々が同じ過ちを繰り返さぬよう―』
………。ぐ、と唇を噛み締めた。この遺跡は、正史世界にも存在した。けれど、一番重要なものは存在しない―カナンの道標は、時の方舟トールは、正史世界に現存しないのだから。
「ここにあるのは方舟に残されたデータのほんの一部…私の願いは彼らの願いを未来へ繋ぐことだけなのだ。頼む、ステマ・ロード、クルスニクの末裔よ。残された希望を破壊しないでくれ」
俺だって破壊したくはない。しかしここに来てしまった以上、そうしなければ元の世界に戻れないのだ。―言うと、オーディンは俺達も同じようにデータ化して保存するという。
ちら、とを見た。悲しげに、心配そうに俺を見ている。―ああ、それもひとつの―…思いかけて首を振る。
「どーするつもりよ、クレミア」
「ふむ。酷なことを言うがオーディンよ、が言うには、正史世界のこの遺跡は崩落し入れなくなったという。それに時の方舟は道標の一つであり、道標は正史世界に現存しない。所詮どうあがいてもこの世界は分史世界でしかない。―その文明と人間たちが蘇ることは決してない、こんな分史世界が出来た事こそが揺るぎない証なのだ」
オーディンは沈黙している。俺は俯いていた。クレミアの言葉を理解したって、納得したくない自分がいる。納得してしまえば、大切な何かを失ってしまいそうで。
―けれど。
「交渉決裂ね」
「無駄な犠牲を出したくなかったが、致し方ない」
「自信満々ね」
「何故私が、自分をカナンの道標と認識できているのか…それは、こことは違う世界から来たお前たちが教えてくれたからだ。彼らは、この世界をニセ物と呼び破壊しようとした」
クレミアやの発言でなんとなく察してたいたものの、オーディン本人からの通告にまたほとんどのメンツが驚く。
分史世界のエージェントも、他の分史世界を破壊している。…まだこの世界があるということは、今ああしてゆるりと武器を構えるオーディンに敗れたからなのだろう。
自分たちの世界を正史世界だと信じて、他の世界に侵入し、破壊している。うっかりまた別の世界のエージェントが来でもすれば、いつ消えてしまうともわからないのに。
「以前の私達は、どうしたんですか」
「全員倒してデータ化した。―このように」
拭い切れない不安を吹き飛ばしたのはエルの悲鳴だった。データ化する、というのをなんとエルで実演しようと言うらしい。
痛みは一瞬だとオーディンはいうが、エルは今にも泣き出しそうに顔を歪めて悲鳴をあげている。咄嗟に武器を構え、ミラさんやレイア、エリーゼ全員がオーディンへ向かって攻撃するため走りだした。
「っいけない、ダメ!先走らないで…ッ!」
「ルドガー!みんな!落ち着いて…!」
「すべて、以前と同じだ。お前たちは激情に駆られ、隙だらけとなる!」
とが叫んでいるが、構っていられない。エルを助けなければ。オーディンを倒さなければ。―一緒に、カナンの地に行くために。
§
「何故だ…、なぜ以前と違う結末に…」
数で圧してどうにかオーディンに膝をつかせた。途端にエルを捉えていた光が消え、重力に従い落ちていく。息切れを起こしていた俺よりも早く、が地面にたたきつけられる前にエルをキャッチしていた。動けないほど疲労しているようだが、命に別状はないようだ。
「データが違うっ!…原因は、その少女か!」
エルをスキャンし、似合わず声を荒らげるオーディンに、俺は静かにその場から骸殻の槍を投げた。胸に突き刺さった槍はぽろりと床に落ちる。その切っ先には歯車があった。
「これが―真のクルスニクの…。すまない、トールの人々よ…」
力を振り絞り立ち上がったオーディンは、再び膝をつき霧散した。気まずげにしながらも槍の先から道標をとると、おそらくはクレミアから渡されたアイテムだろう何かで細工していく。
ちらり、とを見下げた。悲しそうに微笑み、エルを膝に乗せて頭を撫でている。なにか言いたそうにしている、けれど。
「…、俺は」
人差し指を唇に当てて、言葉を遮る。ああ、またお別れか。
―世界が、壊れた。