Remains Thundering



01


 ノヴァにディールの街まで呼び出され、来て話を聞いてみれば、取り立てなければいけない人がヤのつく自由業でもしてそうな怖い人で、代わりに取り立てをしてくれないかとのことだった。
 それでもやるのが仕事だろ、と軽く煽っていれば。

「…ここ、エルのパパと来た時ある気がする」

 きょろきょろと周りを気にしだしたエルがそう言った。身元不明も同然のエルのその言葉は、数少ない親探しの手がかりだ。
 詳しく聞くも、家がここにあったのか、それとも買い物に来ただけなのか―具体的にどのあたりから来たのか、そういったことはわからずじまいだった。エリーゼがなにか目印になるようなものは覚えてないかと問えば、

「えっと…家の前に、大っきい池がある!パパが魚を釣って、ゴハンにしてくれるの!エルは、ヒメマスの押し寿司が好き」
「おいしそうだな、おい」
「ヒメマスって、池じゃなくて湖じゃないの?」

 ミラが言うと、エルは顔を明るくさせて頷いた。湖、という言葉が思い出せなかったらしい。

「今のエレンピオスに、そんな湖があるのかな…?」
「この先にあるウプサーラ湖は、ずっと前に干上がってるはずだけど…」

 がつぶやいて、一人瞠目した。ばっとエルをみて冷や汗を流し、怯えるように半歩下がる。
 どうしたの、と心配するジュードに焦りながら首を振ってなんでもないと笑い、エルに近付いて微笑みかけた。

「この近くにはないはずだから、列車に乗って、遠出した時に来たのかもしれないね」
「なのかなぁ〜?」

 唸って首を傾ぐエル。それをよそに、ノヴァがぽんと手を叩いて何かに気付いた。それはエルのこととは全く関係ない。
 干上がったウプサーラ湖の底で、古い遺跡が見つかったのだと。黒匣とは違う文化の―つまりは文明レベルで相当昔の遺物だと。ジュードもも研究者としてなのかそれに食い付き、ノヴァに詳しい話をするよう詰め寄った。しかし詳しく調べる前に崩落し、中には入れなくなってしまったと。
 そんな中、ヴェルからこの近くに分史世界への侵入点があると連絡があり。
 ノヴァの要件は、もしもの時の治療のためにとジュードと、アルヴィン、ローエンとルルが向かった。
 他のメンバーを連れ、俺は分史世界へと侵入した。

























Remains Thundering



02


 雨が降っていた。雷鳴が響き一コマだけずつ辺りを照らす。
 エルは身を縮こませて怯えている。雷に怯えているのを見るのは初めてなミラさんは笑いながらエルをからかう。

「違う!怖いのは雷じゃなくて、パパが…パパのこと思い出すから…」

 しまった、と思った。再度鳴った雷についにエルは半泣きになり、耳を抑えてしゃがみこんだ。
 どう慰めたらいいだろう。具体的に"パパ"と何があったのかなんてわからないから、大丈夫だよとも言えない。

「「きゃー!」」
「…みんな…?」

 怯えるエルに、エリーゼとレイアが一緒になって悲鳴を上げながらしゃがみこんだ。

「雷って超怖いよね」
「早く遺跡に入りましょう」

 瞳をうるませながら大きく頷いたエルの手を引いて、三人は走って遺跡を目指す。それを見送って、ミラさんはぼそりとつぶやいた。『ミラ=マクスウェルはあんな子たちに慕われてるのね…』悔しげな、悲しい感情を押し殺し隠したその声は、雨風の中でも俺の耳に届く。

「もう一人のミラにあってみたいのか?」
「…そうね。どこにいるのか知らないけど、会えるものなら」
「…」

 遺跡前にまでついた時、ミラさんたちはこんな話をしていた。
 遺跡が干上がったのは、黒匣の影響―そう毒づくミラさんに、レイアはそのために源霊匣を完成させようとしている。けれどミラさんは。

「間に合えばいいけど」
「他人ごとみたいに!ミラがどんなつもりで―」

 レイアが食って掛かろうとしたのをが止めて、そこで話が途切れた。ミラはミラでも、彼女は分史世界から連れて来られた別の人だ。しかも、彼女はその世界で黒匣を全て破壊しつくした。他人ごとに間違いはない。
 レイアたちの知ってるミラを俺は知らないから、そこでも何も言えずに立ち尽くしていた。大丈夫かな、と心配しながら、こんな時兄さんやならどんなふうになぐさめていたのかな―そう考えながら。

























Remains Thundering



03


「え」
「………」

 遺跡の中に立っていたのは、いつもの少女姿のクレミアと。

「久しいな、それにクルスニクの子孫」
「……?」

 あの時と変わらない様相、少女の面影を残した女性。憂いげに伏せられた瞳は泳ぎ、こちらを見ようとしなかった。
 俺とを見比べて不思議そうにしながら、クレミアがポンと手をたたく。

。自己紹介を」

 頷きが俺達を紹介していく。ルドガー、ミラさん、エリーゼ、レイア、エル。そして、

「私は・フィロ・ブラックモア」
は、俺の、幼なじみなんだ…!」

 一歩近付いてみんなに話すように言えば、この間直接話したミラさん以外は驚いてみせた。話にあった例の…と珍しいものを見るようだ。そんな中、読めない表情でを見るのが、ミラさんと。困ったような、訝しげなそんな表情だ。

「分史世界の、でも、は悪い人じゃ…」
「ああ、そういうことじゃないのよルドガー。…、この遺跡、随分と―確かに黒匣とも精霊術とも違う文化ね」
「この遺跡はもっとずっと昔からある。私が存在するかしないか、それくらいにな」

 クレミアはどうやら、今まで俺達と会ってきたクレミアの情報を知らないようで。先ほどのミラの自己紹介の時の「元マクスウェル」の言葉にもろもろを察していた。
 その上でそう返すと、懐かしげに辺りを見渡した。

「この遺跡はまだ生きてるわ。…まだ防衛機構が残っていても、おかしくない」
「でも。ここなら雷の音も聞こえないねー」

 嬉しそうにいうティポの言葉に、エルは小さく頷く。そしてハッとしたように俺たちを見上げ「でも、エルは弱虫じゃないよ?」そんな不安そうな言葉に、が歩み寄り屈んで、視線を合わせた。にこりと笑む姿は、姉妹のような親子のような暖かさを感じる。エルの頭にそっと手を伸ばし、撫でながら。

「私も、この歳になって雷怖いから。でも、結構強いのよ?」
「…エル、も。エルも!結構ツヨイんだよ!」

 笑顔を取り戻したエルにほっと胸をなでおろして、いざゆかんとばかりに遺跡の奥を見据えた。クレミアがわかるところまでは案内をしてくれるらしい。

『―また来たのか、クルスニクの一族よ』
「っだ、だれ!?」

 ここにいる誰のものでもない声がして、エルがまた不安そうに―しかし眉はきりりと釣り上げながら辺りを見回した。
 声の主はオーディーンと名乗った。『時の方舟、トールの管理システム』だという。耳に慣れないその不思議な名称に、眉をひそめながらわずかに首を傾げる。
 方舟、はカナンの道標の一つである。確認するようなミラさんのつぶやきに、オーディーンは是と答えた。

「知っているの?自分が道標だって」
「それだけではなく、お前たちの弱点も理解している…。これは忠告だ。おとなしく立ち去ってくれ」

 弱点を理解している?―まさか、そんな。俺達がここに足を踏み入れるのは初めてのことだ。ちら、とクレミアに視線を流すが、ひょうひょうとしたままで何も読み取れない。

「なんか、怖いやつっぽいー」
「会ってみればわかるわ。奥へ進みましょう。クレミア、案内してくれるんでしょう」

 ミラさんはそう言って奥へ足を向けた。やれやれ、と一人面白そうにしているクレミアがそれに続く。
 も武器を担ぎ直して二人の後を追った。強い背中を見送って、はっと気付いたように俺達も足を動かした。






§
◆リリアルオーブとアローサルオーブ

「さっきの声の人、なんでここが分史世界って知ってたんだろ?クレミアが教えたの?」
「いや?私が伝えなくても知っているよ」
「他のお節介が教えたんじゃないの」
「それって…分史世界にも、エージェントがいるかもってことですか?」
「そっか!別のミラがいたんだもん、別のルドガーがいても不思議じゃないよね」
「でも、ミラはミラと違うミラだけどー…」
「は?」
「ハクリョクはソックリー!」
さんは武器を持ってますけど、エージェント…なんですか?正史世界のさんは、エージェントだったそうですけど…」
「私?私は… 今はエージェントはやってない」
「すべてではないけれど、大体の世界にエージェントはいるよ。分史世界のユリウスさんがいい例でしょ」
「それもそうですね。…けど、分史世界の人同士で、互いに世界を消し合ってるなら、分史世界は自然に無くなりそうですけど…?」
「消える以上に生み出してるんでしょ。クロノスのやつが」
「どうやって?」
「そこまでは知らないわよ。クレミアにでも聞いて」
「もしそうなら、悲しいな…」
「ですよね。救われない破壊が、ずっと続くってことですから」
「はっ、救われる破壊って何よ?所詮正史世界の理屈でしょ」
「そ、それは…」
「わかってるなら身勝手さを自覚しなさい。救世主面で消されるより、いくらかマシだわ」
「……」
「ごめんなさいルドガー、私が変な言い方したから…」
「…大丈夫。ありがとう、エリーゼ」
「…でも、分史世界が可能性の世界なら、こんなことしなくて済む世界もどこかにあるんでしょうか…?」

「クレミアもなんか言ってよー…。笑ってないでさ…」
「いや、ふふ、笑うつもりはなかったんだがな。多く語らないのも、狭量な思考も、生きとし短き人ならば仕方ない事だろう。大本の私やたちが何を計算しているかわからんからな、下手に助言はできんのだが」
「なんでー!?教えてくれたっていいじゃん!」
「他の場所でならそれもよかろう。だが、ことこの方舟においてはそれはしてやれない」
「えー?なにそれ…」
「……」
「ルドガー、お前もな」














04


 戦闘に入った時のの頼りがいは凄まじかった。
 クレミアは、保持しているマナが切れると消えてしまうからとエルとともに奥に隠れていたのだが、は敵から遠くに陣取っていたと思えばその投降武器で体勢を崩させ、油断の内に間合いに近づきなぎ倒していく。その姿はなんともたくましい。
 建物の奥へ進むに連れ、よくわからない器物が増えていく。扉は横や上下に動くものではなく、通るときにすっと消える。黒匣とも今の技術とも違う構造は、敵地でありながらも探検心をくすぐるものだった。
 これ以上は進んではならない、というオーディンの忠告もそこそこに、ルドガーたちは最深部を目指す。

「ルドガー、なんか光ってる!」

 案内する、と言っておきながら案の定 方向音痴を遺憾なく発揮したクレミアのおかげで随分精神的な疲労を感じながらも、行き止まりへと辿り着く。律儀にマップを作成していたによれば、隠し通路や隠し部屋解いたものでない限り、行ってない部屋はないはずとのこと。ならば、ここにオーディンはいるはず。

「…やはり、忠告は聞き入れてもらえぬか」

 そこに立っていたのは、ギガントモンスターにも匹敵する大きな巨体。二本足で立ち、体躯は筋骨隆々な鎧武者のよう。すぐに襲ってくるでもなく、オーディンは俺達を見下ろしていた。
 ここはなんなのか。エルがおそるおそる聞くと、オーディンは最初からと同じ落ち着いた声色で答えた。

「お前たちの単位で九万五千二百十二年前、ひとつの文明が滅びた。最後に残った住人たちは、自分たちの体を生体データに変え、封印したのだ。遥か未来、データを見つけた何者かが、復活させてくれることを信じて」
「それが、この場所…。まさに時の方舟ってわけね」
「このトールには、ひとつの文明と、四十二万七千八十六名の生体データが保存されている」

 膨大な数字に誰もが驚いてみせる。
 そしてオーディンは語る。他の世界では失われてしまった、最後の希望である、と。

「…この世界が分史世界であることはわかっているのだ、ステマ・ロード。それでも、未来に彼らが未来の人間に託したメッセージを、聞いてはくれまいか」

 写真のような、人のバストアップが写ったホログラムがいくつか現れる。一歩、進むと柔らかい声が届いた。

『こんにちは。遠い未来の皆さん。あなたたちと会える日を…そして共に暮らせる日を楽しみにしています』
『データになるのは怖いけど、パパとママと一緒だからガマンするね』
『ここには詩、音楽、絵画……俺達の文化も保存されてるんだ。俺達が存在した証だ。大切にしてやってくれ』
『人間の傲慢さが、自分自身を滅ぼすはめになってしまった…。この事実だけは伝え残したい。未来の人々が同じ過ちを繰り返さぬよう―』

 ………。ぐ、と唇を噛み締めた。この遺跡は、正史世界にも存在した。けれど、一番重要なものは存在しない―カナンの道標は、時の方舟トールは、正史世界に現存しないのだから。

「ここにあるのは方舟に残されたデータのほんの一部…私の願いは彼らの願いを未来へ繋ぐことだけなのだ。頼む、ステマ・ロード、クルスニクの末裔よ。残された希望を破壊しないでくれ」

 俺だって破壊したくはない。しかしここに来てしまった以上、そうしなければ元の世界に戻れないのだ。―言うと、オーディンは俺達も同じようにデータ化して保存するという。
 ちら、とを見た。悲しげに、心配そうに俺を見ている。―ああ、それもひとつの―…思いかけて首を振る。

「どーするつもりよ、クレミア」
「ふむ。酷なことを言うがオーディンよ、が言うには、正史世界のこの遺跡は崩落し入れなくなったという。それに時の方舟は道標の一つであり、道標は正史世界に現存しない。所詮どうあがいてもこの世界は分史世界でしかない。―その文明と人間たちが蘇ることは決してない、こんな分史世界が出来た事こそが揺るぎない証なのだ」

 オーディンは沈黙している。俺は俯いていた。クレミアの言葉を理解したって、納得したくない自分がいる。納得してしまえば、大切な何かを失ってしまいそうで。
 ―けれど。

「交渉決裂ね」
「無駄な犠牲を出したくなかったが、致し方ない」
「自信満々ね」
「何故私が、自分をカナンの道標と認識できているのか…それは、こことは違う世界から来たお前たちが教えてくれたからだ。彼らは、この世界をニセ物と呼び破壊しようとした」

 クレミアやの発言でなんとなく察してたいたものの、オーディン本人からの通告にまたほとんどのメンツが驚く。
 分史世界のエージェントも、他の分史世界を破壊している。…まだこの世界があるということは、今ああしてゆるりと武器を構えるオーディンに敗れたからなのだろう。
 自分たちの世界を正史世界だと信じて、他の世界に侵入し、破壊している。うっかりまた別の世界のエージェントが来でもすれば、いつ消えてしまうともわからないのに。

「以前の私達は、どうしたんですか」
「全員倒してデータ化した。―このように」

 拭い切れない不安を吹き飛ばしたのはエルの悲鳴だった。データ化する、というのをなんとエルで実演しようと言うらしい。
 痛みは一瞬だとオーディンはいうが、エルは今にも泣き出しそうに顔を歪めて悲鳴をあげている。咄嗟に武器を構え、ミラさんやレイア、エリーゼ全員がオーディンへ向かって攻撃するため走りだした。

「っいけない、ダメ!先走らないで…ッ!」
「ルドガー!みんな!落ち着いて…!」
「すべて、以前と同じだ。お前たちは激情に駆られ、隙だらけとなる!」

 が叫んでいるが、構っていられない。エルを助けなければ。オーディンを倒さなければ。―一緒に、カナンの地に行くために。

§


「何故だ…、なぜ以前と違う結末に…」

 数で圧してどうにかオーディンに膝をつかせた。途端にエルを捉えていた光が消え、重力に従い落ちていく。息切れを起こしていた俺よりも早く、が地面にたたきつけられる前にエルをキャッチしていた。動けないほど疲労しているようだが、命に別状はないようだ。

「データが違うっ!…原因は、その少女か!」

 エルをスキャンし、似合わず声を荒らげるオーディンに、俺は静かにその場から骸殻の槍を投げた。胸に突き刺さった槍はぽろりと床に落ちる。その切っ先には歯車があった。

「これが―真のクルスニクの…。すまない、トールの人々よ…」

 力を振り絞り立ち上がったオーディンは、再び膝をつき霧散した。気まずげにしながらも槍の先から道標をとると、おそらくはクレミアから渡されたアイテムだろう何かで細工していく。
 ちらり、とを見下げた。悲しそうに微笑み、エルを膝に乗せて頭を撫でている。なにか言いたそうにしている、けれど。

「…、俺は」

 人差し指を唇に当てて、言葉を遮る。ああ、またお別れか。
 ―世界が、壊れた。



























05

「ねぇ、クレミア…まさか、その…」

 宿していたマナが余り一緒にその場に帰ってきていたクレミアに、ミラは恐る恐る声をかけていた。怯えるように、顔を青くさせて。
 たった今、二匹いたルルが片方消滅した。溶けるように空間に消えていった。どういうことかはよくわからない。…いや、わかりたくない、だけだった。一匹は、あの分史世界から一緒に帰ってきたルルで、もう一匹は正史世界のルル。つまり…、そういうことだろう。
 ミラさんがここにいるってことは、クロノスが言っていたとおりミラ=マクスウェルは確かに正史世界とはずれた場所にいるということ。…けれど、そこから帰ってきたら―…。

「ほら、あまり思いつめないの、ルドガー」
「ああ… ………!?」

ぽん、と背を叩くのがだと思って適当な相槌を打つが、手の位置がいつもより高く違和感を覚え振り向けば、そこに居たのはなんとだった。
 困ったように笑って、エルを見る。まさか、と思っているとが確信させる言葉を放つ。「ミラさんと同じことが起きたのね」ああ、つまり、エルと俺の力によって、はこの世界にやってくることが出来たのだ。ぐっと抱きついてしまいたい幼い衝動を抑えて、一瞬視線を泳がせて、そして笑いかける。

「………、」

 きっかけはなんであれ。俺は今度は絶対に、を守らなくてはならないのだ。
 たとえ俺より強くても。たとえ俺が弱くても。
 ああ、しかし―… そう思うようになったのは、何故だろう。