すぐに最後の道標を探しに行こう、とやる気満々のエルは、ミラさんと共にお気に入りになったらしいの手を握って俺を急かす。
俺といえば中々休む間もなく借金返済のため魔物狩りやらアイテム集めに走っていて、その間仕事があるジュードたちとは違いこの正史世界ではやることがなく暇をしていたがエルの相手をしてくれていたので、安心して武器を握れた。
一区切り借金を返してからヴェルの呼び出しを受けてクランスピア社に赴けば、フロントで待っていたヴェルはエルのやる気の声に首を振った。ちなみに、は分史世界の人間でも少し気まずいらしく、ついてきていない。
「精霊マクスウェルと思われる物体が分史世界進入の障害になっているのです。…コレ以上は社長からお話します。社長室へお越しください」
理知的に淡々と告げられた言葉に驚いていると、しかし考える間も与えらずヴェルは踵を返す。
「ルドガー!」
「遅くなってごめん」
足を運ぶより先に声が届く。ジュードとと、アーストとミュゼと、―ミラさん。
エルは手を首を振りながら必死に押し留めた。…何か嫌な予感がする。
「今話してるヒマないの!最後のミチシルベをマクスウェルが邪魔してて大変だから!」
…。エルはまだ、きっと気にするだけの知恵はないのだろう。いや、ミラ=マクスウェルに会ったことがないから、重要性を理解していない。
俺だって、必死に目を背けているけど。
「マクスウェルが…」
「聞き捨てならないわね」
「クランスピア社とは、一度話しておく必要がありそうだな」
「…ルドガー、」
「ルドガー、僕達も」
彼らが口々に真摯な表情でそう言う。全員、事実を認めたくないけれど、それでもやっぱりわかっているのだ。
行こう、と俺も半歩振り返って待っているヴェルを追った。
§
「遅かったな、ルドガー」
俺達の気も知らず努めて明るく言うビズリーにわずかに苛つきを覚えながらも、心を抑えて話を待つ。
「ビズリーさん、なにか起こったんですね?」
「しかも、マクスウェル絡みで」
どの話からするか、といった顔でビズリーが面々を一瞥していくと、アーストを見てほんの少し驚きを見せた。まさか貴方まで、と。
アーストが流浪人の面を外し国王ガイアスとして名を告げる。
「王の申し出とあれば。クランスピア社代表、ビズリー・カルシ・バクーです。
…しかし、よろしいのですか。和平条約の調印直前に不用心では」
「大丈夫よ、私がついているし」
「……こちらは?」
「ただの精霊です。お気になさらず」
なんでもない状態であれば、熟年夫婦かのような落ち着いた受け答えに笑みをこぼすであろう。しかし今はそんな状況ではない。
ただの、精霊。なんてところに納得できない様子であったが、それをあからさまにするほどビズリーは幼くなかった。頷いてヴェルを見ると、説明を促す。
「最後のカナンの道標の存在する分史世界が探知されました。ですが、時空の狭間に障害物が存在し、進入点を塞いでいるのです」
「進入を試したけど、見事に跳ね返された。四大精霊の力でな」
四大精霊の力。それを操るものといえば、ジュードたちが言っていた―
「そう、ミラ=マクスウェルが、最後の道標への壁になっているのだ」
たしかどこかの分史世界でクロノスが、マクスウェルを時空の狭間に飛ばしたと言っていた。その時から抜け出せていないのだろう。
しかし四大がいるのなら、時空の狭間くらいから抜け出すことが可能だとミュゼはいう。戻らないのか、戻れないのか。…あのことに、触れなくてはいけない時がやってきた。
ひゅっ、とミラさんが小さく息を呑んで腕を抱え俯いた。それに気付いたのは、近くにいたエルと、エルの視線を追った俺だけのようだ。
―脳裏に、二匹のルルの様子を思い浮かべる。
「とにかく、ミラ=マクスウェルを何とかしなければ最後の道標は手に入らない。リーゼ・マクシアのみなさんにも、ご協力を願いたいのです」
「…わかった。こちらでも方法を探してみよう」
「方法なら、わかってるわ」
震えを押し隠してミラさんが言う。しかしその次を言うでもなく、ミラさんは社長室を走り去っていく。エルとルルがそれを追った。
「気付いてるんでしょ?」
腰を低くして強力を願い出るビズリーを尻目に、ローエンから連絡の来たアーストの電話が終わってすぐに俺達もミラを追う。
海停の近く、海の見える場所。日も沈みかけオレンジ色になった空を見ながら、ミラさんは言った。
気付いて、いる。ミラ=マクスウェルの復活の方法。ミラさんが自分で言うまでもなく、ルルの件から気付いている。
「そう。ミラ=マクスウェル復活の障害は、私よ」
「…どうゆうこと?」
「正史世界では、同じモノは同時に存在できない。あなたたちのミラが、この世界に戻れないのは、私がここにいるせいなの」
「待って、ミラさん、」
「ミラ=マクスウェルをこの世界に復活させる方法はひとつ―私を殺せばいい」
「子供の前で、やめろよ」
いつの間に合流していたのか、アルヴィンが険しげに言う。事実なんだからしょうがないでしょ、とミラさんはやけくそのように返すと、視線を下げた。
「揉めてる場合じゃないんだって。 ガイアスから、アルクノアがテロを計画してるって連絡があったんだ」
「まさか、和平条約の調印式を」
「大事になる前に抑えたいから、手を貸してくれとさ」
悩ましげに目を細めるジュードに、が気だるげな無表情で「行きましょ」とジュードと俺の肩を叩く。一見面倒そうに見えるけれど、のあの表情はなにか隠している顔だ。辛いことを、悲しいことを隠している顔。ジュードの話を聞いている内になんとなくわかるようになった。
「俺達も手伝おう」
「……いいわ」
ミラさんに向かって言えば、驚いたような、難しい表情をしながらも頷いてくれた。
「急ごうぜ。ガイアスたちは、調印式が行われるマクスバードに向かった」
考える、時間を。整理をつける、時間を。今はそれが、必要だ。