Mira=Maxwell



01



 すぐに最後の道標を探しに行こう、とやる気満々のエルは、ミラさんと共にお気に入りになったらしいの手を握って俺を急かす。
 俺といえば中々休む間もなく借金返済のため魔物狩りやらアイテム集めに走っていて、その間仕事があるジュードたちとは違いこの正史世界ではやることがなく暇をしていたがエルの相手をしてくれていたので、安心して武器を握れた。
 一区切り借金を返してからヴェルの呼び出しを受けてクランスピア社に赴けば、フロントで待っていたヴェルはエルのやる気の声に首を振った。ちなみに、は分史世界の人間でも少し気まずいらしく、ついてきていない。

「精霊マクスウェルと思われる物体が分史世界進入の障害になっているのです。…コレ以上は社長からお話します。社長室へお越しください」

 理知的に淡々と告げられた言葉に驚いていると、しかし考える間も与えらずヴェルは踵を返す。

「ルドガー!」
「遅くなってごめん」

 足を運ぶより先に声が届く。ジュードとと、アーストとミュゼと、―ミラさん。
 エルは手を首を振りながら必死に押し留めた。…何か嫌な予感がする。

「今話してるヒマないの!最後のミチシルベをマクスウェルが邪魔してて大変だから!」

 …。エルはまだ、きっと気にするだけの知恵はないのだろう。いや、ミラ=マクスウェルに会ったことがないから、重要性を理解していない。
 俺だって、必死に目を背けているけど。

「マクスウェルが…」
「聞き捨てならないわね」
「クランスピア社とは、一度話しておく必要がありそうだな」
「…ルドガー、」
「ルドガー、僕達も」

 彼らが口々に真摯な表情でそう言う。全員、事実を認めたくないけれど、それでもやっぱりわかっているのだ。
 行こう、と俺も半歩振り返って待っているヴェルを追った。

§


「遅かったな、ルドガー」

 俺達の気も知らず努めて明るく言うビズリーにわずかに苛つきを覚えながらも、心を抑えて話を待つ。

「ビズリーさん、なにか起こったんですね?」
「しかも、マクスウェル絡みで」

 どの話からするか、といった顔でビズリーが面々を一瞥していくと、アーストを見てほんの少し驚きを見せた。まさか貴方まで、と。
 アーストが流浪人の面を外し国王ガイアスとして名を告げる。

「王の申し出とあれば。クランスピア社代表、ビズリー・カルシ・バクーです。
 …しかし、よろしいのですか。和平条約の調印直前に不用心では」
「大丈夫よ、私がついているし」
「……こちらは?」
「ただの精霊です。お気になさらず」

 なんでもない状態であれば、熟年夫婦かのような落ち着いた受け答えに笑みをこぼすであろう。しかし今はそんな状況ではない。
 ただの、精霊。なんてところに納得できない様子であったが、それをあからさまにするほどビズリーは幼くなかった。頷いてヴェルを見ると、説明を促す。

「最後のカナンの道標の存在する分史世界が探知されました。ですが、時空の狭間に障害物が存在し、進入点を塞いでいるのです」
「進入を試したけど、見事に跳ね返された。四大精霊の力でな」

 四大精霊の力。それを操るものといえば、ジュードたちが言っていた―

「そう、ミラ=マクスウェルが、最後の道標への壁になっているのだ」

 たしかどこかの分史世界でクロノスが、マクスウェルを時空の狭間に飛ばしたと言っていた。その時から抜け出せていないのだろう。
 しかし四大がいるのなら、時空の狭間くらいから抜け出すことが可能だとミュゼはいう。戻らないのか、戻れないのか。…あのことに、触れなくてはいけない時がやってきた。
 ひゅっ、とミラさんが小さく息を呑んで腕を抱え俯いた。それに気付いたのは、近くにいたエルと、エルの視線を追った俺だけのようだ。
―脳裏に、二匹のルルの様子を思い浮かべる。

「とにかく、ミラ=マクスウェルを何とかしなければ最後の道標は手に入らない。リーゼ・マクシアのみなさんにも、ご協力を願いたいのです」
「…わかった。こちらでも方法を探してみよう」
「方法なら、わかってるわ」

 震えを押し隠してミラさんが言う。しかしその次を言うでもなく、ミラさんは社長室を走り去っていく。エルとルルがそれを追った。

「気付いてるんでしょ?」

 腰を低くして強力を願い出るビズリーを尻目に、ローエンから連絡の来たアーストの電話が終わってすぐに俺達もミラを追う。
 海停の近く、海の見える場所。日も沈みかけオレンジ色になった空を見ながら、ミラさんは言った。
 気付いて、いる。ミラ=マクスウェルの復活の方法。ミラさんが自分で言うまでもなく、ルルの件から気付いている。

「そう。ミラ=マクスウェル復活の障害は、私よ」
「…どうゆうこと?」
「正史世界では、同じモノは同時に存在できない。あなたたちのミラが、この世界に戻れないのは、私がここにいるせいなの」
「待って、ミラさん、」
「ミラ=マクスウェルをこの世界に復活させる方法はひとつ―私を殺せばいい」
「子供の前で、やめろよ」

 いつの間に合流していたのか、アルヴィンが険しげに言う。事実なんだからしょうがないでしょ、とミラさんはやけくそのように返すと、視線を下げた。

「揉めてる場合じゃないんだって。 ガイアスから、アルクノアがテロを計画してるって連絡があったんだ」
「まさか、和平条約の調印式を」
「大事になる前に抑えたいから、手を貸してくれとさ」

 悩ましげに目を細めるジュードに、が気だるげな無表情で「行きましょ」とジュードと俺の肩を叩く。一見面倒そうに見えるけれど、のあの表情はなにか隠している顔だ。辛いことを、悲しいことを隠している顔。ジュードの話を聞いている内になんとなくわかるようになった。

「俺達も手伝おう」
「……いいわ」

ミラさんに向かって言えば、驚いたような、難しい表情をしながらも頷いてくれた。

「急ごうぜ。ガイアスたちは、調印式が行われるマクスバードに向かった」

 考える、時間を。整理をつける、時間を。今はそれが、必要だ。

























Mira=Maxwell



02



 が用事が出来たと言って離脱し、俺達はアーストと合流し状況を把握する。
 入手した計画書を元に件のアルクノアたちを検挙しているところだという。表沙汰にしないため水面下で密かに進めているらしい。

「こっそり消してなかった事にする。貴方達の得意技ね」
「やめてよ、ミラさん…」

 怪訝な顔をするアーストに「ちょっとな」とごまかせば、ミラは怒っている様子もなくしかし無感情に溜息をつく。

「確かに『ちょっと』よね。世界を消すのに比べれば。私を消すことなんて」
「マクスウェルを消す…?」
「ケンカしないでー!」

 エルの可愛らしい叫び声に、話題を変えるようにジュードが状況を確認し直した。
 アルクノアの目的である調印式までそう時間はない。すでに今街にいるアルクノアは取り押さえたようだが、あとはタイミングを見計らって直接外部から侵入する者がいれば、それを抑えられればひとまず安心だろうという。
 ―するとそこで、何やら悔しげにぼやきながら通る男がルルのしっぽを踏んだ。ルルの悲鳴に視線を傾ければ、アルヴィンが驚いた顔で誰ぞの名を口にする。どうやらアルクノアにいた頃の知り合いないし友人らしく、アルヴィンを見て逃げ出した男―マルコを追った。
 気の弱そうなその男は驚愕の情報を口にした。街に入ったアルクノアは囮で、本命はマルシア首相の乗る旅客船。即座にジュードがアーストにメールで事の次第を伝え、俺達は船へ乗り込むこととなった。
 多少問題はあったもののマルコの陽動で上手く潜入する。途中倒れている乗客をジュードが応急処置をして奥へと進んでいく。
 …小さな言葉に反応し能面のようになっていくミラさんは、今とても憔悴していて、どんな言葉もマイナスにとらえてしまっているようだ。慰めようにも、かけていい言葉がわからない。

「近づいてはいけません!」
「…余計な発言はお控えを」

 中央ホールに着くと同時に聞こえた女性の声、そして聞き覚えのある男の声。
 マルシアの頭を押さえつけにこやかに微笑んでいるリドウはなんとも薄気味悪い。何故ここにいるのかという問いに、軽い口調でやれやれと首を振る。

「マクスウェルの召喚を手伝ってやろうっていうのに、そんな顔するなよ」

 縛られていたエレンピオスの議員だろう男性を蹴り飛ばし、リドウは骸殻を纏う。一瞬で目の前から姿を消すと、戦闘態勢の整っていない俺達四人を四方に蹴り飛ばした。すぐに武器を構えリドウへ向かう。

「マクスウェルの召喚…?」
「我が社には、その術式があるんだよ。ロード様直々に教えていただいたものが、ね」
「ハッタリにしちゃ三流だな」
「クランスピア社がマクスウェルを最初に召喚した人間、クルスニクが興した組織でも?」

 やはりリドウは強い。アルヴィンを床へ叩きつけ足で踏みジュードの腕を後ろ手に掴むと、ご丁寧に召喚式というものの説明を始めた。
 まず必要なのは生体回路。そう言ってアルヴィンとジュードを近くの柱に蹴り飛ばし、二人が壁にたたきつけられると同時に何かの魔法陣が浮かび磔のように拘束される。

「で、隠し味は―生け贄だ」

 ミラさんの攻撃をいなすと、リドウはニヤリと笑ってつぶやく。ホールの中央―ちょうど円のようになっている部分の床が突如として消えミラさんが重力に従いそのまま下降していった。
 即座に走り寄って骸殻を発動し、その槍を床の壁部分に突き刺してミラさんの手をつかんだ。重力というよりは吸い取られているようで、ミラさんからは考えられないような重さが手にのしかかった。
 ―笑いながら見ているリドウに、エルがミラさんの剣を拾ってデタラメにリドウに叩きつける。興味なさげに蹴り飛ばして、剣を持つ手を踏み付けて。
 ―助けないと。けれどミラさんの手を離すわけにはいかない。思考が停止したように、コマ送りの情景を見送っていく。
 リドウが赤いメスを振り上げる。

「…スープは、あなたがつくってあげて」
「っミラ、」

 何かを言う前に、ミラさんは悲しく笑って、俺が握る手を―振りほどいた。

§



「……間に合わなかったか」
「………ミラ…」

 リドウが去った中央ホールに聞き慣れた声が届く。子供の姿のままのクレミアと、
 分史世界のミラは消え、そして精霊の主たるミラが今ここにいる。そのミラを見て、クレミアは拗ねたように顔をしかめていた。

、どこに行ってたの…?」
「…ミラさんのこと、クレミアさんなら何か出来ると思って…とにかく来てもらったん…だけど」

 そんな言葉を聞いて思わず瞠目しクレミアを見れば、腕を組んで重心を傾けているクレミアがため息を付いてミラ=マクスウェルへ視線を流す。
 ミラさんはもういない。先ほどのミラ自身の言葉に、エルは俯いたままだ。

「タヌキ共め…」
「クレミア、その、ミラさんを…」
「方法はあった、理論上はな」

 どこかに対して憎々しげにつぶやくクレミアに問うと、意外な返事が帰ってきた。そんな、まさか。

「要はミラとは別個体になればいい。方法は私かミラくらいしか出来んものだろうし、今そんなことをしてやる余裕はない」
「どうして!ミラは!ミラがッ…」
「…うるさいぞ、…。そもそも分史世界から連れてこなければ、そんな別れも味わわずに済ん―」

 が首を振って言葉を止める。エルは泣きそうな顔のまま、中央ホールから走り去っていった。

「できるだけ協力してやりたいが…余計なことに関しては、私は力は貸せん。世界を壊すことも何もかも、これ以上やりたくないならやらなくていい、こちらでやる」

 エルを追うため走りだした一行。すれ違いざま、クレミアが呟いた。
 余計なこと、だなんて。なんてことを言うのだろう。ただエルは、ミラさんがいなくなったことを嘆いているのに。心を殺して、世界に尽くせと言うのだろうか。

























Mira=Maxwell



03



 海港に戻り、アースト達と再度合流する。ミラ=マクスウェルの登場に、ガイアスたちもどこかホッとしたような顔をしていた。
 ―二匹のルル、のあの時の様子を見れば、結局ミラさんは消えざるを得なかったのかもしれない。けれど、クレミアの言った通り少なくとも理論上はそうならない可能性があったのに。
 どうしてミラさんを助けてくれなかったの、とエルが涙をこぼしながら言う。あの時エルが殺されそうになって、それでミラさんは手を払った。それを目の前で託されてしまったから、俺は満足出来なくてもこの結果に理解と納得ができている。でも、その対象であったエルにとってはたまったものじゃないだろう。
 俺とエルはミラさんしか知らない。みんなはミラさんではなくミラとの再会に喜んでいるが、俺は―何よりエルは、何も嬉しいことはなかった。ミラさんを救えなかった右手が、とても疎ましい。
 ミラはエルに誓った。ミラさんの命を犠牲に現界した事を無駄にせず、なすべきことを―エルと共に、カナンの地へ行くと。

 カナンの地で魂の浄化が追いついていないのが、ミラやクレミアが直々に動くほどの問題だという。
 分史世界が増えすぎているため、その魂の浄化は限界が近くなっているとミラは語る。すべての分史世界を消さねば、遠からず浄化は破綻する。破綻すれば、この世界にも瘴気という負による猛毒が溢れ出るのだという。
 夢物語のような話に思わず頭が痛くなる。ヴェルの連絡も、ノヴァの借金催促も、仕方ないこととはいえ疲れがどっとのしかかった。
 ミラが無理に現界したせいで次に向かうべき分史世界が不安定になっているらしく、しばらく待機を伝えられた。その間に借金の返済を行い、更には分史世界で戦うための準備をしようということになり、解散した。
 マンションに帰れば早々にエルはベッドに入り、留守番していたが首を傾げていた。彼女の顔を見て泣きそうになるのを抑えて一つ一つ話をすれば、は困った顔で俺の頭を撫でる。

「泣き虫ね、ルドガー。…その悲しみを、大切にしてほしい。新しい人を受け入れられない気持ちは、当然のことだと思う。その気持ちを忘れないで」
…?」
「逃げないで、その涙を受け入れて、乗り越えてほしい。あなたは…乗り越えなくてはならない」







§◆ミラの秘密

『正史世界で同じモノは同時に存在できない』って、マジなのか」
「証拠はないけど…」
「………」
「………」
「……ルド、…。 、ウプサーラ湖跡で、なにがあったの」
「ナァー」
「……………、」
「…えっとね。ルルとルルが会って、変な声のルルが消えちゃったの。なんか…すーって、いれかわるみたいに」
「証拠、あったな」
「……」
「ミラが時空の狭間に飛ばされている間に、ミラさんが正史世界にでてきてしまった」
「彼女の存在が栓になって、ミラが復活する道を塞いでいる…そう考えればつじつまは合うな」
「なら、ミラさんを分史世界に帰せば―」
「彼女の世界は、俺達が消しちまっただろ。そもそも分史世界は、一度進入したら破壊しなきゃ戻れないんだ。いくらでも分身の代わりを作れるクレミアとは違う」
「なんでこんな…。、なんで相談してくれなかったの」
「……相談したって、どうにも出来ないもの…こんなこと、あんまり口にしたくない」

「!」
「ナァー?」
「エル…ルルが消えるやつ、前にも見た時ある気がする…」


§◆私と我

「クレミアはなんでもできるんでしょ…?どうして、ミラを助けてくれなかったの?」
「それを聞いてどうする気だ?」
「…どうする…っていわれても…」
「…。エル、"私"はな、ちょっとつよい精霊術を扱えて、武王ガイアスに匹敵する程度の剣術を扱えるだけのしがない女だ。その私に、貴様が望むようなことは出来ない。そして"我ら"は、個を見てやることが出来ない。そも貴様の連れてきたミラは、世界線にとって―」
「…クレミアさん」
「……。まぁ、アレだ。貴様がめっちゃお菓子を食べたいと言って私がこれでもかとお菓子を出現させたら、そのうち飽きる。そうすると、ルドガーが作ってくれた手作りお菓子のありがたみがなくなるだろう?だから我らは簡単に力を行使できないのだ」
「…わかったよーな、よけーわかんなくなったよーな気する」
「クレミアさん、そのたとえは限りなくニアミスです…」
「む?」


§◆勝敗の行方

「それにしても、ガイアスやミュゼと一緒に旅することになるなて不思議だなぁ」
「ああ。一年前は命をかけて剣を交えていたのにな」
「思い出すわね。ジュード&対クレミアの準決勝…『娘さんを僕にください』『娘はやらん』の盛大な義親子戦争」
「む?そんなだったか?」
「でも何よりやっぱり、ミラ対ガイアスの決勝戦最終ラウンド。ミラが逆エビ固めでガイアスを締めあげて、ギブアップを奪ったのよね」
「もちろん冗談だから」
「あ、はは…」
「いいや、俺の手はロープにかかっていた。あれはミスジャッジだ」
「うわ!ガイアスがネタを広げてきた!?」
「よくわからないが、逆エビ固めという技はガイアスを追い詰めるほどの威力なのか」
「私がガイアスと幾度と対決したときの必殺技は、やはり五所蹂躙絡み。あのガイアスさえも恐怖と羞恥で悲鳴を上げるのだ」
「逆エビ固めはクレミアの弱点だ。身体が固いからな」
「クレミアさえも追い詰めるのか…なるほど。それはぜひ習得したいものだ」
「教えてあげましょうか?まず、活きのいいエビを両手で掴んで…」
「もー!天然とボケだらけでツッコミが追いつかないよー!」
「…結局どっちが勝ったんだ?」
「それは―」
「勝ち負けの答えは、今私達がいるこの世界だよ」
「今はまだ休戦中に他ならない。私も、ミラも、ガイアスもそれぞれの立場からお互いに譲歩し合い、ジュード達の成す答えを待っている」
「繋がった二つの世界がどうなるか―それが本当の勝負ってこと?」
「そうだ。ガイアスは世界を融和させようと今も戦い続けている」
「俺だけではない」
「ああ。ジュードもレイアもローエンたちも…そしてルドガー、君もだ。だから私は信じられるのだ。融和した世界―皆の勝利を」
「…ああ!」
「ミラもクレミアもさっすが!天然だけど、締める所は締めるね!」
「ふ、当然だろう?」
「だな。おお、締めると言えば、逆エビ固めとは結局どういう技なのだ」