I and El



01



「ルドガーとマクスウェルだけを呼び出したつもりなのだが?」

 呆れたように言うビズリーに、クラン社は信用出来ないから真顔ながらも強く言い返すジュード。ビズリーはそれを聞いて笑っていたが、その割には黒匣も精霊も維持しようなんて半端な理想を語るわりには―と皮肉を返していた。実験を成功させられていないジュードは言い返せずに歯噛みしている。
 一方ローエンがリーゼ・マクシアとエレンピオスの二カ国間和平条約が結ばれたことを伝える。どんな目的であれ妨害を仕向けたのだろうに、雨降って地固まるというやつだろう。一市民として喜ばしい、というビズリーの言葉は、なにか胡散臭く感じてしまった。

「なるほど、お前がビズリーか。確かに一筋縄ではいかない男のようだ」
「そういうお前が、本物のマクスウェルか」

 "本物"という言い方に引っかかったのか、エルが口を出そうとしたのをミラが止める。

「ミラ=マクスウェルだ」
「さすが精霊の主。ロードと同じように気位が高い」
「…時空の狭間は安定したようだな」

 なにか言い合っても得られるものはないと判断したのか、ミラは早々に目的を切り出す。目配せされたヴェルが、頷き状況を伝えた。

「最後の道標が存在すると推定される分史世界の座標を転送します」

 GHSを操作するとすぐに俺のGHSが振動する。開いてみれば、今までの任務と同じように分史世界への侵入点等のメールが届いていった。
 残る道標の正体は、未だ判明していないらしい。しかし今までどおりに時歪の因子を探せばカナンの道標は自ずと見つかるだろうとビズリーは語る。

「Dr.マティス一行とロードの加護を受ける女史が協力してくれれば、より確実に」
「…ルドガーやには協力します。僕自身の責任と、理想のためにも」
「はい。動かされるのではなく、自らの意志でね」

 強く敵対の意思を込めるジュードとローエンに、笑いながらそれこそが人間だとビズリーが呟いた。「いい仲間を持ったな、ルドガー」一瞥する俺に対する視線は、皮肉のようにも感じたがまるで親のような慈しみ―いや、憐れみだろうか。そんなものさえ感じた。兄ユリウスと、姉代わりであったに庇護され続けていた俺への哀れみだろう。

「これが最後の道標探しだ。敬意を表し見送らせてもらおう」

 いつのまにやらエージェントたちがまるで凱旋を見送る兵隊のように並んで敬礼していた。それほどまで重要な任務であり、道標が重要なアイテムであるのだと再確認させられる。
 オリジンの審判。分史世界の消滅を願うのだと話は決まっているがーさて。

























I and El



02



 侵入した先にたどり着いたのはカラハ・シャール、リーゼ・マクシアの街だった。ミラ、ジュード、ローエン、に、何故かどうしてもと言ってついてきたという五名と一匹という大所帯は、中々視線を集めているようだった。
 出店を見て回りながら情報収集をすることになる。出身地のような親近感があるというローエンが朗らかに懐かしいと嬉しそうに笑むミラの後ろで売り物を眺めていると、その出店の主人が焦ったような顔でローエンを凝視していた。
 指揮者イルベルト。そう呟かれる。過去軍人としてそんな異名で名を馳せていたらしいローエンが頷くと、出店の主人は売り物の載ったカウンターを忘れたかのように突如としてローエンに殴りかかってきた。

「いきなりなにを」
「こっちのセリフだ!どうやって化けたか知らないが、ふざけるな!」

 化ける?どういう意味だろう。後ろではらはらと見守りながら首を傾げていると、出店の主人は驚くべきことを口にした。
 指揮者イルベルトは、八年前に死んだ―殺されたと。
 まさかローエンほどの実力者が殺されるなど。人違いでないかと口にしようとすれば、出店の主人は首をふる。ガイアス王が国葬までして送ったのだから確かだと。
 犯人についてはわかっていないという。わかっているのは遺体がエレンピオスのウプサーラ湖に浮かんでいたことだけ。
 それらの名称に腕を組んで首を傾げたエルを横目で見ながら、悪趣味な悪ふざけをするならさっさと消えろと叫ぶ出店の主人に追われその場を去ることになってしまった。
 一片ながらも得た情報に考察を重ねるローエン達。俺もそれに参加しようと思ったが、遠くで空を眺めているが気になって思わず視線をそちらに集中させていた。
 そんな傍らで、この分史世界は自分達の時系列より進んでいる軸だと結論がでて、次の情報を集めるため今度は遺体が見つかった場所に向かうこととなった。しかしはそこで、何やら深刻な顔をして別行動を申し出た。エレンピオスに行くより先にクレミアを探す、と。不満気にしながらも内輪で相談し、ジュードも一応納得したようだ。
 ごめんね、と申し訳無さそうにするを見送って、俺達はウプサーラ湖に向かう―前に、気づいたエルの一言で、正史世界で埋めたタイムカプセルがあるか、カラハ・シャールの領主邸に寄り道することになった。
 そこには確かに、ローエン達が埋めたタイムカプセルが存在した。中に入っているものまで同じようだ。

「この世界が僕達の世界と途中までは同じ時間軸だったって証拠だよね」
「私の死が、歴史が別れたきっかけなのでしょうか?」
「一国の宰相の死…可能性は高いな」

 これらの情報も視野に入れて、俺達は改めてウプサーラ湖を目指した。

§


 エレンピオスへ渡るため海停へ着いた。人波、喧騒は変わらず賑わっている。
 考察を重ねる俺達の前へ一匹の小動物が駆け寄ってきた。しかし猫とも犬とも違う不思議な耳と尻尾をしていた。なにより輪郭が少しぼやけている。
 俺がしゃがみ覗き込むと人懐こくおすわりしたので、そっと頭をなでた。
 ―すると、エリーゼやミラが精霊術を展開するような立体的な魔法陣が俺を囲む。驚き身構えるも、歩きづめで疲れていた身体から痛みが抜けていることに気付いた。
 それを見て一番驚いているのはジュードだ。あんぐりとその小動物を見下ろしている。

「ああ、こんなところにいた!ダメでしょ、勝手にいなくなっちゃ」

 飼い主らしき女性が早足でこちらへ向かってきていた。ジュードが感極まったのを必死に抑えながら、女性に声をかける。「それって、源霊匣ですよね?」女性は不思議そうにしながらもうなずいた。

「制御できなくなること…ないんですか」
「まさか!すごくいい子ですよ。たまにやんちゃだけど、ね」
「どこに行けば源霊匣について詳しくわかるんでしょう?」
「それは…やっぱりクランスピア社かな?でも、多分聞いても無駄ですよ。製造と販売を独占してて、秘密主義で有名だから」

 ジュードとが必死に研究を重ね、未だ実用化に至っていない源霊匣が完成し普及している世界。ジュードは嬉しそうな顔をしながらも、すぐに険しい表情に戻る。きっと、今までの工程や可能性を思い返しているのだろう。
 この世界のジュードたちに聞けば源霊匣完成の方法がわかるのでは、というローエンの言葉に、ミラは女性にジュードの名を聞いた。学校で習うほど有名な人物となっているようだ。

「けど、何年も前に亡くなったのよ、ジュード博士。ほら、大騒ぎになった大量殺人事件。ウプサーラ湖に何体も死体が浮かんだあの事件の被害者」

 女性の語る言葉に絶句する。老いが勝ってしまったと言い訳が聞くローエンだけではなく、その程度の差違ならばまだまだ現役だったろうジュードさえ殺されているというのだから。

「…それならば、・カートライト博士は?」
女史は、たしかマティス博士の奥さんで…マティス博士が亡くなったことで、その、気が触れてしまったって話よ。そんなことは教科書に載ってないから、噂に過ぎないけど…。でも、マティス博士と作り上げた源霊匣を普及させた後からは、研究からも身を引いているらしいわ」

 ―女性に礼を言って別れると、青ざめるジュードを落ち着かせるような声色でミラは「ウプサーラ湖に急ごう」と次の目的を定めた。

























I and El



03



 ウプサーラ湖への道中、ディールの街で、驚くべきものを見かけた。
 視界の端にとらえたそれは、紛れも無くティポだ。泥にまみれてボロボロになって動く気配もない。それを見つけたらしい街人は、「犯人が見つかっていないから、殺された女の子の持ち物が出てきて犯人探しでもさせようとしてるんじゃないか」と苦々しげに言っていた。
 ウプサーラ湖で何があったのだろう。あの人形を持っていた少女なんて、どう考えてもエリーゼしかいない。幼いエリーゼにまで手をかけるなんて。
 一体どれほどの憎しみがあったのだろうか。

「…!、大丈夫?」
「…ええ。気にしないで。無理してついてきたんだもの、大丈夫」
「ムリしないでくれ、

 具合が悪そうなに気付いたジュードが声をかける。心配するも大丈夫の一点張りで、頑固な患者の対応とでもいうのかジュードも強くは止めず「無理そうならすぐに言ってね」と溜息をついていた。
ウプサーラ湖周辺は、源霊匣普及のおかげなのか正史世界よりも随分緑が生い茂っていた。当の湖も並々満たされた水が空と向こう側の山々を写している。
 陸から水上にかけてドーム状の建物があった。立派な家だ、誰か住んでいるのだろうか。正史世界には、たしかあんなものなかったはずだ。そうでなくとも、大量殺人事件なんてものがあったところに住んでいるなら何かを知っていると考えて然るべきだろう。
 そう思案する傍らで、エルが息を呑んだ。とにかく調べて見ようと近付く一行にエルは首を振った。

「調べなくていいよ…あれ、エルの家だし」

 全員がエルの言葉を聞いて僅かに首を傾げる。何を言っているんだ、そんなはずがない。だってここは―「あれ、エルの家なんだってば!」怒ったようにエルは走りだす。パパ、と叫び建物に近づいていくと、中から黒服の男性が歩いてきているのが見えた。
 急いで追う。エルが不安げに男性の前に来ると、男性は柔らかな声でおかえりと、エルの名を口にした。すぐに男性に抱きつき、今まで我慢していたものが堰を切ったようにエルは泣き出した。

「あれが、エルの父親か…」

 俺に聞かないでくれとすね気味にそっぽを向くと、俺とユリウスくらいにしか懐かなかったルルが黒服の男性に擦り寄っているのが見えて、思わず凝視する。妬けちゃいますねとおどけるローエンと、分史世界であると念を押すジュードに、俺は地面を睨んだ。

「娘が世話になったようだね…そして礼を言うよ、私のも一緒に連れて帰ってきてくれて。彼女は家出してから中々戻ってきてくれなかったから」
「っ―」
「え、…は…」
「私はヴィクトルという。立ち話もなんだ、大したもてなしは出来ないが、食事でもどうかね」

 男―ヴィクトルは目元を隠す仮面の向こうから俺を見定めるかのようにじろりと見ていた。

「ルドガー・ウィル・クルスニク君?」