Appear and…



01


 翌日、アーストたちと合流し、指令どおりマクスバードのリーゼ・マクシア海停に来ていた。仲直りしたと言っても元気が無いままのエルにレイアとエリーゼが寄り添ってくれた。
 すぐにGHSに着信が入る。カナンの道標を五芒星に並べよ、という文面をミュゼが読み上げるとすぐに辺りを軽く見回し、動きが筒抜けで気分が悪いと溜息をついた。

「ゴボーセー…?」
「道標を並べて、どうするんだろ」
「カナンの地への地図でも表示されるのでしょうか」

 カナンの地の名称が出ると、エルは一瞬だけ表情を咲かせたもののすぐに暗くして俯いた。今までそれを目指していた成果が出た事と同時に目指していた理由を思い出してしまったのだろう。

「やってみるといい。それは、エルとルドガーが集めたものだろう」
「…うん」
「五芒星っていうのは、星の形のことだよ」

 そう言いながら五つの内四つを並べて、最後の一つをエルに渡す。置くべき場所が分かったのか渡された道標を右下に置くと、嬉しそうに「星!」と叫んだ。

「…ルドガー。ルドガーはパパと同じ人なんだよね…?パパと一緒で…ニセ物のエルは、いらないって思う?」
「なっ…」

 エルの言葉に瞠目していれば、並べた道標が宙に浮かび上がり発光しはじめた。それを見て辺りを警戒したジュードが一番に、空に現れたものを指差した。
 全員が食い入るように空を見上げる。月よりも手前にたくさんの歯車によるもう一つの月のような塊が、ネジを解いていくように広がるとまるで大きな目のように開いた。
 大きな目は天を見上げ、涙を流す。黒い涙は月を覆い白い光の紐が織り込まれていく。やがてその月はまるで水の玉のようになり―中には胎児が眠っていた。

「あれが…カナンの地…!?」
「…なんて、言わないよな」
「いや、そのまさかだ」
「道標が、カナンの地を出現させるものだったとは」
「場所はわかりましたが、どうやってあそこに?」

 ローエンの疑問に、ティポは羽を持つミュゼに撃ち落としてもらえばいいのではと提案した。さらにはレイアが、いつだったかにお世話になった空中戦艦ならどうだと息巻く。
 しかし論議に割り込む声が、そんな方法ではなかに入ることは出来ないと言った。声のするほうに振り向く―褐色の肌を持つ男型の大精霊、クロノスだ。右手にはなんと、気を失っているらしい兄さんを軽々しくぶら下げていた。

「まさかカナンの道標を本当に集めるとは…探索者の相手をしている場合ではなかったな」

 やれやれとばかりに兄さんを投げ捨てる。俺が駆け寄るよりも先にが兄さんを抱き寄せた。血を吐きながら、悲痛な顔を俺に向ける。

「やめろ、ルドガー…勝ち目は…」
「貴様こそ、やめておけ。時歪の因子化したくはあるまい」

 ポケットから落ちた時計をつかもうとした兄さんの手を、クロノスは容赦なくその鋭い足で貫き射止めた。冷ややかな瞳は俺達にも向けられる。隙が見られない相手に俺はまた歯噛みした。

「時歪の因子を作っていたのは、貴方ではなかったんですね」
「我は、クルスニクの一族に骸殻の力を与えただけ。時歪の因子とは、奴らが我欲に溺れ、力を使い果たした姿だ…分史世界をニセ物として消去してきた貴様が、真実を知らぬとはな。一体何をもって真贋を見定めてきたのだ?」

 嘲笑を零すと、クロノスは姿勢を正し俺たちを見下ろす。抵抗する兄さんを蹴り飛ばした。

「かくも人間とは愚か。オリジンの審判を待つまでもなく明白だ」
「ぐうう…ッ!」
「…!逃げて、ルドガー!」
「ルドガー!二人が!」

 感情に任せて時計に手を伸ばそうとして、クロノスの言葉とエルの顔が脳裏に過ぎる。
 クレミアのくれた時留の指輪があっても、あまり手にするなと釘を差されている。伸ばした手をそのまま双剣の柄へ渡らせた、地面を蹴りクロノスに攻撃を仕掛けるが、当たりはしてもまるで効いていなかった。

「愚かにして未熟!」
「もう骸殻は使うな!」
「しぶといな、人間は…。まったく醜悪極まる!」

 クロノスの背後に浮かんでいた幾つかの丸い物体が飛来する。ユリウスや、ジュードたちも全員がそれを避け弾くが―クロノスの目的は別だった。一番無抵抗のエルだ。丸い物体がエルを取り囲むと瞬く間に魔法陣が展開されエルを覆い隠した。

「術を解け、クロノス!カナンの地に入る方法も、白状してもらうぞ」
「…また、"人と精霊のため"か?断界殻をつくった時と同じ口上だな、何度同じ過ちを繰り返す気だ?ロードから見捨てられていることも自覚出来ないか」
「クレミアは私たち精霊と人々を見捨てたのではない!願いを託してくれたのだ!」
「減らず口を…もう一度時空の狭間に飛ばしてくれる」

 目が細められる。俺も双剣を構え直し、クロノスの攻撃に備えた。

























Appear and…



02


「そろそろ思い知ってもらおうか、我が何の精霊かをな」

 メンバーの中でも精鋭たるミラとミュゼ、アーストとの連携で、クロノスの胸を貫いた。しかし当の本人は焦ることも呻くこともなく湯余裕たっぷりに姿勢を直すと、丸い物体が背後に集まり大きな歯車の塊に変わる。

「―傷が一瞬で!」
「なんという回復力だ」
「回復ではない。時間を巻き戻したのだ。…我は"クロノス"。時空を司る大精霊だ」

 ―いくら攻撃を重ねても、クロノスは時空を巻き戻しダメージを受ける前に戻してしまう。
 俺達の疲労もある程度一緒に戻っているのが不幸中の幸いだろうか。何度目かの巻き戻しのあと、クロノスは見切りをつけたのか俺たちと間合いを取るとまた空中で俺たちを見下げた。
 カナンの地を出現させるだけの力はあるようだと口にする。
 次はどう攻めようかと思考を巡らせていると、囚われたはずのエルがかけ出して俺達の前に立ちふさがった。両手を広げて泣きそうな顔でクロノスを睨んでいる。
 どけ、と呆れ気味に言われるもエルは首を振る。ならばと術の詠唱を始めたクロノスに、俺が一歩踏み込むと今度は別の人物が入り込む。
 巨躯に赤いコート、「たった一つの命、無駄に捨てるな」耳障りにも感じてしまう低い声。

「ビズリー・カルシ・バクー…」
「カナンの地に入る方法なら、私が知っている」

 ビズリーが何事か口にすると、クロノスは珍しく眉根を寄せて憎々しげにビズリーを睨みつけた。

「おっと、最後のカナンの道標、『最強の骸殻能力者』は分史世界で手に入れた。この世界には、まだ残っているぞ。
 ―私とクルスニクの鍵。同時に相手をしてみるか?」
「ビズリー…何故…!?」
「…確かに少々面倒だ。ならば…」
「ッさせるか!」

 俺を蹴り飛ばし術を思考しようとするクロノスに兄さんが飛びつく。骸殻能力を発動するような魔法陣が一瞬だけ見えると、海に落ちたかと思われた二人はその場から消えていた。

「…今のは…」
「ビズリー、カナンの地へ入る方法を知っていると言ったな?」

 アーストの言葉に、ちらりと俺を一瞥しエルへ視線を流す。ビズリーは何も語らなかった。けれど、エルは何かを察したのか―それとも聞いたのか。

「…行かなくていい。カナンの地なんて、行かなくていいよ!」
「いきなりどうしたの、エル」
「わかっているだろう、すべての分史世界を消すにはオリジンに願うしか…」
「そんなの、みんなでなんとかしてよ!エルもルドガーも関係ない!」

 みんなの声を無視して叫ぶエルに、俺は目の前でしゃがんで俺の時計を見せた。
 約束をしたのだ。一緒に、カナンの地に行くと。
 一瞬ためらうも、すぐに俯いた。「約束なんてどうでもいいし」と涙をこらえながら小さく叫ぶ。

「……どうでもいいのか」
「そうだよ!パパの約束だってウソだった!約束より…大事なことがあるんだよ!」

 叫びきると、ビズリーに憎々しげな視線を向けた後一目散に走り去っていった。その背を追おうとすると、ビズリーはまた俺に言葉を向ける。

「あの娘の言うとおりだ。お前は、もう骸殻能力を使う必要はない」
「用済みってわけ?」
「いや。ルドガーは成すべき仕事をなしたということさ。我が一族の―人間の悲願、カナンの地を出現させたのだ。 ルドガー、私はお前を誇りに思う」

 確かな意志を持って俺に右手を向けるビズリーは、後は任せろとでもいいたいのだろうか。
 エルの言うとおりだ。任務なんてどうでもいい。俺はただ、エルとの約束を守るだけ。ビズリーの右手を無視して、エルが走っていった方へ足を向けた。

「追ってどうする気だ!お前が、これ以上骸殻の力を使えば、あの娘は時歪の因子化するぞ」
「ルドガー、こういう時は、時間をおいたほうがいいよ」

 言い訳の聞かない現実をたたきつけられ言葉に詰まる。保護するから安心しろと言われても奴のやることだ、何一つ安心できる要素がない。
 けれどレイアの言葉で俺は踏みとどまる。少なくともエル自身が、危ないところに行ったり遠く離れすぎたりという事がないよう動けるはずだ。
 カナンの地に入る方法も、本社に戻ってから説明するとビズリーは語る。ジュード達も不満気だったが、ビズリーも曲げるつもりはないだろう。今はそれに従うしかないようだ。