11
状況が動いた。アリーシャの師であるマルトランが、国へ現れないアリーシャに対する見せしめとして磔にされたという。―かといってマルトランを助けに行けばバルトロたちの思う壺だろう。元々投獄されていたというから、そんな状態ではそう長くは保たないだろう。しかし放っておくわけにもかず、だが救出に行けばそれはバルトロたちの私兵と戦うことになる。そんな話をしているアリーシャたちから少し離れたところで、はただじっと見守っていた。
「先生を囮にしてでも時間を稼ぐべきか。味方を倒してでも先生をお助けするべきか。それとも…」
「―出過ぎた物言いをしました。ですが姫様。“戦ってもいいが殺さない、やむを得ない場合は殺すのも厭わない"。その正義の線引を、事前に皆に伝えたいのです。私どもはどんな指示であろうと、アリーシャ様に従います」
「はい。シレルの言うとおりです」
そうまっすぐな瞳で語るイアンとシレルに、ヘルムの中で息をつく。それだけ強い意志を貫ける人間が、アリーシャの元に集ってくれていることに対する感謝や嬉しさをごまかすため息だ。わかりにくかったかもしれないがも頷きを返し、アリーシャが考えと気持ちをまとめるため「ひとりにしてくれ」という指示の通り、川辺に座り込むアリーシャを置いて野営地に戻った。
+
辺りに潜伏しているバルトロの私兵を発見し、アリーシャに伝えると、ようやく意志が決まったのかゆるりと頷き作戦を伝えた。野営地が多少目立つように焚き火をつけたまま、幾つかのダミーを置き我々は―戦わず、しかしマルトランを助けるために、レディレイクへ向かう。その考えにも頷き、一人斥候として大地を駆けた。
元々詳しく知った街と城の知識を駆使して、静かにレディレイクへ潜入する。おそらくは知りうる限りの全ての道に兵を当てているのだろう、非常用の通路さえもバルトロの私兵が張り込んでおり、一斉に攻撃される。不殺を誓ったまま私兵たちを昏倒させ、素早く城内を進んだ。
向かう先はマルトランが磔にされている場所ではなく、アリーシャの父―ハイランド国王の元だ。無事たどり着き、アリーシャは一礼のあと現状を述べる。
「…!」
後に続いて部屋に入り、は遠目でも一目で察知した。ハイランド国王は―それこそ憑魔に成るまでは至っていなくとも、かなりの穢れを溜め込んでいた。あれで憑魔に転じていないのは、国王としての矜持かと理由を探ってしまうほど。顔が見たいという国王に、アリーシャは素直に従う。近くで見えて彼女も気付いたのか、息を呑んで瞠目していた。
「まさか、王を直接狙うとは考えていなかった」
「―…!」
「確かに、敵の頭を押さえるのは戦略の基本。二人が親子であることから、そこの選択肢を見落としてしまった。私もまだまだだなぁ」
後ろ手に何かを隠すバルトロは、不敵な笑みを浮かべてアリーシャを見据えた。父を殺しに来たわけではない、と強く返すも、バルトロは肩をすくめて笑い飛ばす。
「深夜に兵を連れたっての襲撃。その言葉、誰が信じよう」
持っていた剣を鞘から引き抜き、一歩こちらへ歩み寄る。アリーシャを庇うように立つが、「戦う気はない。、どいてくれ」とバルトロと正面から向き合おうとするアリーシャに眉をひそめながらも、静かに一歩引いた。
「国への反逆行為、王への暗殺未遂。今私自らー成敗してやる!」
次第に走り出したバルトロはその剣をアリーシャへ突きつける。ここへ至るのに武器を預けてきたが、戦場に立つアリーシャと老齢で政ばかりのバルトロではたとえこちらが丸腰でもよほど殺されることはないだろう。…とはいえ、相手は理由がどうあれこちらを殺すつもりでいる。説得にも応じないとなれば、どうやって状況を終わらせるのか。昏倒させる程度の術を発動する準備をしながら彼らの動きを見ていると、その気迫にか油断かアリーシャは足をもつらせ尻もちをつく。いくら戦い慣れていなくとも、それを見逃すバルトロではなく、容赦なく剣を振り下ろした。
「…―ッ!!」
「…アリーシャ…すまな…かった…」
その剣を受け止めたのは、でもアリーシャでもなく。うつろな目をしていた国王だった。加齢と穢れによって体が弱っていて、治癒術をかけても生還できるか危ういほどに深く斬りつけられている。
「お父様…お父様!?」
「まだ終わりではないぞ。武器を取れ、大した騎士なんだろう?」
拳を握りしめたを視線で制し、アリーシャは立ち上がるとバルトロに変わらず強い意志のこもった瞳を向ける。
「私は何があってもお前を殺さない。王を殺した者として、一生独房で過ごすがいい」
「国の益を損ない、理想ばかり掲げる夢想家の姫と、私。どちらを大衆は支持するかな?」
「また誤報を流し民衆を先導するのか?」
「戦略、と言ってほしいですなぁ」
その語り口にアリーシャは目を細めた。考えを改めるつもりは終ぞないらしい。部屋の外に集まってきている気配にも気付かず、未だ自分の目論見が成功すると疑わないのは、もはや感嘆にすら値する。アリーシャは「入ってきてくれ」と声を張ると、シレルたちとともにバルトロの私兵が言葉を失いながらも現れた。バルトロの言葉を信じ仲間であるアリーシャの私兵を敵として戦ったというのに、バルトロの行動に正義がないと知れば混乱も起きるだろう。とっさに誤魔化そうとするが、今の会話を覆すほどの言い訳も思いつかず口ごもった。
バルトロは歯噛みすると剣を投げ捨て踵を返した。曇天の空模様がよく見えるテラスへ出ると、縁に手をつき振り返る。
「アリーシャ姫よ!お前は私を殺さないと言ったな!―ならば私の勝ちだ!」
「…―なっ!?」
自ら手を下したのでなくとも、バルトロが命を落とせばそれは―確かに、試合に勝って勝負に負けるようなもの。目論見に気付いたアリーシャが駆け出すが、すぐに手をつかめるほどテラスは狭くなかった。
しかし、それを許すわけもない。すぐさま"人にはあり得ない"速度でテラスの端までたどり着くと、は地面へ近づくバルトロを追い落ちる。目を見開きこちらを見上げるバルトロに手を伸ばし、襟を掴むと城壁に手指を立てる。豪快に壁を抉りながら空中で止まると、真横のガラス窓を叩き割ってバルトロを引き連れ城内に戻った。上からアリーシャが呼ぶ声が聞こえるが、外の状況に気づけばそれどころでもなくなるだろう。
「…ひっ…」
「……」
腰を抜かしたままのバルトロに前でしゃがみ、ヘルムをかぶったままの顔を近づける。ある意味で決死の覚悟で飛び降りたのに、それを阻止されては堪ったものではないだろう。
「くっ…貴様はなんだ、アリーシャ姫が作らせたゴーレムかなにかか!?あのようなやり方…普段から聞く剣の強さ。化物め…!」
「……」
「貴様はアリーシャ姫の言うことだけはよく聞く。そういう意味ではアリーシャを失脚させる邪魔にはならないと思っていたというのに!」
「お前みたいなやつは、どうしてか穢れない。不思議なものだな」
言葉を話したところでバルトロに聞こえるわけもないのだが、滾るような何かを押さえつけるように無言を貫く。
―殺してやりたい、とまでは思わない。アリーシャが殺さないといっていうのだから、それを違えるつもりは毛頭ない。だからこそ、こいつには生きたまま、相応の罰を受けてもらわねばならない。
この部屋はどうやら来賓室のようで、は立ち上がるとカーテンを破り紐代わりにしてバルトロを後ろ手に拘束した。いくらか吠えてはいたものの意に介さないのをみて諦めたらしいバルトロを引き釣り廊下に投げ捨てたあと、再び入ってきた窓に向く。
次に処理すべきは、あのドラゴンが引き連れた巨大な竜巻だ。
12
蒼い矢筋がドラゴンを射止める。竜巻へ向かう途中でアリーシャとも合流し、増えてくる憑魔を散らしながらスレイの元へ走る。ドラゴンを目前に―どうやら浄化を試みているらしい。それを従士になったのかロゼにも流しているようで、スレイの後ろでロゼは苦しげな悲鳴を噛み締めながら耐えていた。
一度立ち止まったアリーシャは、すぐにそんな状況を理解したのかまた一歩踏み出す。は思わず、その腕を掴んで引き止めた。ヘルムは息苦しいので投げ捨てているが、眉根を寄せるにアリーシャはくすりと苦笑して掴む手に触れる。
「二人が戦っているのに、私がここで見ているわけにはいかない。私も導師スレイの従士なのだから」
「……っ」
「…大丈夫だ、。 私はもう、負けない」
その強い瞳に掴んでいた手の力は抜け、アリーシャは悠然とロゼの隣へ立った。握っていた手のひらを見下ろし目を細める。
「人々は感謝を忘れ…―天族は驕った、か」
手を握りしめ、はライラを見た。心配そうにスレイを見ていたライラが視線に気づくと、歩み寄るに疑問を隠せず首を傾げていた。
「ライラ、陪神契約だ」
「え…っ?」
ライラの契約詠唱を待たぬまま、の方が詠唱を始める。―そして。
「我が名は――…。 その真の名は
ゼドゥラン=レカマーンなり!」
瞬間、ドラゴンを射止めていた矢筋が爆発的に強くなった。驚きに視線を流すスレイたちをよそに、は両手を掲げ力を手繰る。ドラゴンの上方に白銀の大槍が出現し、大地に縛り付けるように射抜かれる。巻き上がるように穢れの炎は、わずかずつながらも霧散していた。
「…!?どういう…!」
「説明は後だ。気合入れろ」
眉間に皺を刻みながら、はひとつずつ白銀の槍でドラゴンを貫いていく。
―やがてドラゴンが白銀の炎に包まれて消えると同時に、空を覆っていた黒い雲が晴れた。
§
城の前に、膝をついて祈りを捧げる民衆が集まっていた。事の次第―竜巻を鎮めたことを知り、さらにはバルトロの陰謀も暴かれたためだろう。バルトロが躍起になって情報操作をする前は。そもそもアリーシャを支持する者は多かったのだ。
「、体は平気?」
「それはこちらの台詞だ。…勝手に陪神契約をしたからな。この俺が」
「あはは、契約した瞬間は出力も変わったしびっくりしたけど、今はこの通り。…というか陪神契約切ったでしょ」
「切るだろう、そりゃ。あれはあの時限りだ、今後はわからないが」
「まぁ、確かに回復したとは言えドラゴンの浄化で五日も寝ちゃってたくらいだから、と本契約するにはもうちょっと鍛えてからのほうがよさそうだな」
頬を掻き、アリーシャとロゼが眠る部屋の隅で壁の花になっているに視線を向ける。
「…アリーシャは、起きれそうか」
「大丈夫だよ。体の疲れと、受け止めた色んな感情の整理に時間がかかってるだけ」
「んなこたお前より知ってる。単純に、どれくらい回復できているかをだな」
鋭い視線を返してくるに思わず笑みを零す。不機嫌を隠さない彼を宥めながら、今度は眠る二人に視線を向けて壁に背を預けた。
「は本当に、アリーシャが大好きなんだなぁって」
「…はぁ?好き?なんだそりゃ」
「というか口悪すぎでしょ。どんだけ機嫌悪いの。それだけ機嫌悪くなってるのが証拠だよ」
「……知り合いに人間と恋人関係になった奴はいるが、俺が?」
「あり得ない?」
「アリーシャのことはおむつの時代から見てきたんだ。好きは好きだが、お前が思うようなものではない」
そんなことないと思うけどなぁ、と腕を組む。アリーシャたちは、うなされたりはせずに静かに寝息をたてていた。目を細めてそれを眺めながら、長い息を吐く。
「……俺に、人間を愛するような資格はないよ。散々見捨ててきたんだ、今更だろう」
「でもそれをアリーシャが変えた。アリーシャを見て、こないだみたいに俺に力を貸してくれたんだろ。罪の意識を持っていても、だからって人を好きになっちゃいけないなんて誰が決めたんだよ」
「…お前と話していると疲れるな……」
「あ、逃げた。駄目だぞそういうとこ。自分が人を好きになる資格がーとか言っても、ならアリーシャの気持ちはどうするんだよ」
視線を逸して黙り込もうとするに、スレイは視界に潜り込んで指をさす。その指をへし折ってやろうかと片隅で思うも、それよりもスレイの言葉に耳を疑う。
「…は?アリーシャの気持ちがなんだって?」
「え?いやだから、アリーシャはの事好きなんだから、その気持ちはどうするんだ、って。まさかフるの?アリーシャあれだけ頑張ってるのに、自分の資格がどうとか天族だからとかなんとか言って無下に断るの?」
「いや、ちょっ…と、待て。待て」
焦った表情で手のひらを見せる。ぱちぱちと瞬きをして、次第に眉間の皺を深くして。その顔を真赤に染め上げた。
「気付いてなかったの!?ありえないだろ!」
「うるせぇアリーシャが起きるだろ!そもそも俺は人間をそういう対象に見たことがない!見られたこともない!なろうと思ったことも……、」
次第に声の勢いが消えて、手で顔を隠し口ごもる。
「アリーシャは公私しっかり分けるから気づきにくいところはあるかもしれないけど。…俺と従士契約をして、天族を直接見ることが出来るようになって。アリーシャあの時、俺達に何の説明もせずにはどこだーって走ってったんだよ。それで好きじゃなかったらなんなんだ」
「………アリーシャには地位があるんだぞ。妾の子だろうと正当な王位継承者で、」
「そんなの関係ないだろー。例えそういう時が来るとしてもそれはその時考えればいいじゃん。まだ一六歳でしょ?」
「俺がいくつだと思ってやがる…!」
「エドナより年上みたいだし五千歳くらい?別に種族が違うんだし問題ないよ。まぁこれ以上は俺が言うことでもないし、アリーシャとちゃんと話し合ってよ。誤魔化してたら俺が導師として面談の場を設けるからな」
ふふん、とばかりに胸を張るスレイを睨みつけるも効果はないらしい。そのまま部屋を出ていった。
深呼吸をしてアリーシャのベッドに近寄る。眠っているアリーシャの頬に手を添え、まだ幼さの残る素顔を見下ろした。
+
「!やったぞ、私!」
それからさらに数日。ようやく目を覚ましたらしいアリーシャとロゼは、かといってすぐさままた次の事を始めるわけにも行かずしばらくは休養として落ち着いた生活を取ることになった。そんな中では、バルトロの裁判や国王の葬儀など、先延ばしにも出来ない仕事を片付けていた。そのために城内を歩いていたを見つけ、アリーシャは歓喜に満ちた表情で駆け寄る。
「あの時、私は大丈夫だと…信じて送り出してくれてありがとう。心配してくれて嬉しかった…それにこうしてやり遂げることが出来て、お前の期待をいい意味で裏切ることが出来て、嬉しい」
適当な小部屋へ移動し、他の人に見られないよう配慮してからヘルムを外し素顔を晒す。これで二度目ではあるが、アリーシャは一度ちらりと見やっただけですぐに視線をそらしてしまった。そんなアリーシャにいつぞやのスレイから言われたことを脳裏に浮かべつつ、疲れが完全に抜けきっていないようにも見える彼女に手を伸ばし、するりとその頭を撫でた。
「ああ、よくやった。さすがアリーシャだ」
「…!ああ、私…、………?」
「ん?どうかしたか」
「いや…あの…声…が」
「ああ。封印を解いたからな」
封印を解いた?と復唱しながら首を傾げる。もつられて首を傾げた。
「…?何かあったか…?」
「封印?解いた?」
「そうだ。お前と会話しないことを条件に力を抑えていた」
「誓約とかいう…」
「アレは強化するためのものだから少し違うが、まぁそんなものだな」
俯いて考え込むアリーシャに首を傾げながらも考えがまとまるのを待つ。しかし次第に目がぐるぐると回りだし、アリーシャは思考の限界に至ったのか頭を抱え大声で何か叫んんだと思えば、ふらりと倒れてしまった。
13
始まりの災禍、ベルベット・クラウ。この人物が得た憎しみが、すべての始まりだった。
救世主アルトリウス・コールブランドは、ベルベットの弟を生贄に、穢れの元となる感情を世界から消し去った―
アリーシャたちが本調子に戻った頃。が請け負っていた仕事も片付くと、スレイは焦りに満ちた表情での元へ駆け込んできた。落ち着け、と宥めてから話を聞けば、災禍の顕主ヘルダルフの側近を名乗っていた災いの天族が近くまで潜んでおり、交戦したこと―そしてヘルダルフが、今にも世界を穢れで溢れさせようとしていること。スレイはそれらを説明した。
「それで、北の大地に、ヘルダルフを倒しに―いや、浄化しに行きたいんだ。だからにも一緒についてきてほしくて」
「―アリーシャが一緒に行くだろう。なら、同行する。それにしても…北の大地か」
ある意味では快く返答したものの、の表情の陰りにスレイは眉を潜めた。何か知っているのか、と暗に問えば、は視線を泳がせた後ひとつ息を吐き、座っていた自室の椅子から立ち上がると背を向けた。
「ゴットフリート村には行ったのか?」
「え、いや…それどころじゃなくて」
「そうか。北に行くならむしろ顔を出したほうがいい。災禍の顕主程の奴を浄化するんなら、知っておくべきことはいくらでもある」
「…!でも、大丈夫かな」
「少しの寄り道だ、一日もかからない」
なるほど、としばし考え込むもののすぐに頷いた。アリーシャやロゼとも道中の行程や物資について相談をしなければとスレイはまた手を振って去っていく。それを見送ると、また息をついて天を仰ぐ。
おそらくは今災禍の顕主と戦っているだろう――のこと。始まりの災禍だった奴のこと。前代の導師。ドラゴンとなった旧友。今まで知らぬふりをしてきたことに、向き合わなければならない。
§
「そーいえば、は?」
北の大地へ向かう諸々の準備を進めながら、ふとロゼは気づいた事を口にする。言われてスレイやライラたちも辺りを見て旗槍を持つ少女の姿を探した。
「そう言えばいつの間にかいないな」
「ロゼたちが眠っている間も見なかったわね。逃げたのかしら」
「逃げたって、そんな言い方」
記憶を回れば、確かローランド側から竜巻を発見して大急ぎでレディレイクに向かった時は、一緒にロゼの荷馬車に乗り込んでいたはず。ドラゴンの浄化について話したスレイの言葉に、表情を曇らせていた覚えがある。その後ドラゴンの浄化の際には、―確か、いなかった。
「も天族が見えるんでしょ?だったら導師なり従士なりにもできるんじゃないの?ああいや、スレイは本人の希望なしにそういうのしないとは言ってもさ」
「…さんは、導師にも従士にもなれませんわ」
「え?どうして」
手元の作業は続けながら世間話のように言葉を続けていれば、ある事実をライラが告げる。スレイもロゼも視線を集めて不思議そうに首を傾げた。
「…本人の居ないところで、勝手に話すわけにもいきません。たださんは共にレディレイクへ到着してからの数日、この街全体の浄化に努めています。従士になって、直接手伝えない代わりにと」
「街全体の浄化?祈りでってこと?」
「はい。……でも、そうですね。落ち着いてきましたし、北への出発もあります。そろそろやめさせてもいいかもしれません」
ライラによれば。穢れの分担などでスレイたちに直接協力ができないのを悔やみ、少しでも軽減できるようにと街の周りや中で祈りを捧げ穢れを鎮めているという。今まで数度様子を見に行った際は、あまり休んでいないのか疲労が溜まっていたらしい。それでも祈りを続けようとするを説得しようにも意志は曲がらずだったと。
それを聞いて、スレイは苦笑しながら頷きライラとともにを探すことになった。道中、遠巻きながらもついてきてくれていたらしいザビーダとと合流し、共に少女を探す。街を散策していたザビーダによれば、見えるところにの姿はなかったという。
「となると…例えば地下とか、建物とかにいるのかな」
「その可能性が高いだろうな。どこか穢れの強いところにいるとおもうぜ」
「…そういえば、ザビーダはのこと知ってるの?」
合流した際に探している人物であるのことは伝えたが、かと言ってどういう人物なのかそこまでは詳しく伝えていない。だというのに”穢れの強いところにいるかもしれない”という彼女の行動事情を踏まえての相槌に足を止めて振り返った。
「ああ、まぁな。直接会ったことはないが、話には聞いてる。の育ての親の方と知り合いでな」
「育ての親…は導師伝承のある村出身って言ってたけど」
「導師伝承ねぇ、まぁ間違いではないが…。お前たちがこれから向かう、北の大地にある極寒の秘村ゴットフリートは本来―」
ザビーダが説明しようとしたところで、が道先の人だかりに気付く。何事かと話を中断して駆け寄れば、人だかりの中心では探していたが倒れていた。
+
「すみません、自分の限界はわかっていたつもりだったのですが、少し無理をしすぎてしまいました」
「まったく、それで道端で倒れるなんて馬鹿でしょ。まだ人のいる街中だったからいいものの」
が空にした食器を下げながらロゼが呆れた顔で息をつく。すみません、と苦笑する少女にデコピンを見舞い、食器を持って寝室を出ていった。
「スレイさんがドラゴンを浄化したのもあってレディレイク付近は随分清浄になりました。しばらくは大丈夫です」
「はい、そのようです。スレイさんが頑張っているのだからと少し調子にのってしまいました」
それよりも、との体調を気にしつつもスレイは今後の予定を告げる。ロゼを中心とした物資の調達と、アリーシャを中心とした一般兵の人員確保などの準備が出来次第、穢れを溢れさせようとしているヘルダルフを鎮めるために北へと向かうこと。さらにはその近くにあるゴットフリートという村を尋ねること。それらにもついてきてほしい、と伝えると、はすぐさま頷いた。
「もちろんです。それにゴットフリートは私の出身ですから、案内も出来ます。確かにアルガ様を訪ねれば、災禍の顕主を浄化するためにも様々な知恵をいただけるかもしれません」
「アルガ様?」
「アルガ様はゴットフリート村の加護天族です」
新しい名前に首を傾げたスレイに説明を返す。先程ザビーダもゴットフリート村について話そうとしたところで中断したので、結局村について詳しいことは知れずじまいだったためにそのままに村についての詳細を尋ねる。
ゴットフリート村。北の大地にあるというその人知れぬ村は、導師伝承のある村だと始めは言っていた。しかし正しく言えば、本来聖主を信仰する村であり、穢れが多く舞うこの時世では人の住まない天族だけの村であるという。嘘を言ってすみません、と謝罪を挟み、さらに説明を続けた。
「人の住まないゴットフリート村で、私はたまたまアルガ様に救われたのです。私は、ゴットフリートの近くにあった、今はもう廃村となった場所で取り残された赤子でした」
「それで、俺と同じように天族たちと暮らしたことで、導師としての資質が培われたんだね」
「はい。でも浄化の炎を使えるのはライラ様くらいですから、私は導師にはなれないのです」
「それだけの資質があるのに、ライラは君が従士にもなれないと言っていたけれど」
黙って聞いていたミクリオが姿を現し問う。その言葉には複雑な表情で口ごもると、そのまま濁した。
「…でも、スレイ様たちに同行します。微力でも、協力させてください」
「それは、…うん、ありがとう。とっても助かるよ。でもとりあえず、出発まではしっかり休んでね」
「わかりました。ご迷惑をおかけします」
それでも上体を起こしたままのを無理やり寝かしつけ、スレイたちはひとまず部屋を出た。アリーシャの屋敷、一番開放的なテラスに集まると、傾きかけた日を眺めるとザビーダを発見する。
「。…ごめん」
「はい?」
「スレイ、はそれほど頭が良くないからちゃんと最初から言わねぇとわかんねぇぞ」
軽口に憤慨するに苦笑しつつ、スレイはドラゴンとなっているアイゼンの浄化を後回しにして北へ向かう事を説明した。なるほど、と納得した後。は朗らかに微笑み返し肩をすくめた。
「気にすることはないですよ。私よりもエドナさんのほうが問題と思います。そういえば私、北へ同行するべきですか?」
「お前は戦力にならないから残れ。俺が面倒見れなくなるが、確実にそのほうが安全だ」
「そうだね、キツい物言いになっちゃうけど、下手に災禍の顕主に近づいて憑魔化しちゃったら困るし」
「むぅ。わかりました。ではせめて、出立の朝は皆さんの食事を準備しますね」
「おっ、アイゼン一押しのの飯か。そりゃ期待できるな」
「アリーシャさんたちとも相談して、保存食もいくつか作る予定なんですよ」
がんばってくださいね、と拳を握るに、どこか焦燥し張り詰めていた心が解き解れる。元気にうなずき返し、スレイは北への出立に備えた。
*
スレイの従士であるアリーシャ率いる一般兵隊と、ロゼ率いる風の骨の面々。それからアリーシャの側近騎士でもある、風の天族であるザビーダ、陪神契約をしているライラたち、災禍の顕主へ向かうという重大任務に、それだけの人員が集まっていた。
一般兵以上の、アリーシャに近い騎士たちには、出来る限りの必要物資を減らすためにとが天族であることを告げたため、は鎧を外し軽装で荷馬車の幌の上に腰掛けていた。
「―そういえば、あそこの山にもドラゴンがいたな。アレは恐らく、こないだのドラゴンとは違って天族が転化したものだと思うが」
「…お兄ちゃんよ」
「お兄ちゃん…?」
「おいおい、お前まさかレイフォルクのドラゴンのこと知らねぇのか!?」
ふと遠くに見える山―霊峰レイフォルクに視線を向けたがこぼした言葉に、エドナとザビーダが反応する。首を傾げるに、特にザビーダは信じられないと唖然としていた。
「…外の情勢は、全く気にしていなかったからな」
「いくらなんでもそれは…。、レイフォルクにいるドラゴンは、アイゼンだ」
頭を抱えながらドラゴンの正体を告げると、は一拍の間を置いて眉根を寄せた。口元を抑え顔色を悪くしている。
「…マジか」
「こっち的にはそれを知らないことのほうがマジかって感じだぞ…」
「マジか……」
「…もお兄ちゃんを知っているの?」
不思議そうに、どこか期待げに顔を上げたエドナに視線を泳がせながら頷いた。
「どれだけ昔だったかも忘れたが、大分世話になった。俺が人間としての暮らし方を覚えたのは、アイゼンのおかげだ。それにしても…そうか、アイツ、レイフォルクにいたんだな」
頭を掻きながら息をつき、恨めしそうにしているエドナから話題を少しでもそらすようにザビーダに視線をよこした。
「アイツには人間の恋人がいただろ。アイツ…あれ…どうなった?」
「なんでそんなこと気にするんだ?…あーいや、いい、わかったわかった。嬢ちゃんは今レディレイクにいる。出発した時の飯を作ったのも嬢ちゃんだ」
「は?アレから何年経ったと」
「嬢ちゃんは普通に寿命で死んだ。その後運命か―天族に転生したんだ」
懐かしむように腕を組んで、の肩を小突きながら語る。それを聞いて、も腕を組んで「そうか」と頷き考え込んだ。
「なんかあの二人だけやけに通じ合ってない?」
「というか元々知り合いなんだね。俺の知ってる限りでは初めて会ったと思うんだけど」
「レディレイクに戻る前、ザビーダ様に助けられて…その時もザビーダ様と顔を合わせているが、その時から既にアイコンタクトを交わしていた。…まさか…二人は…いや、考えるのはやめておこう」