103:52:44―先ほどの惨状が脳裏に残るそんな頃、プリーストは気分転換とばかりに街に繰り出していた。隣の冬木は静まり返っていたが、ちょっと場所が違うだけでそれなりの喧騒がある。
それを眺めながら散策をしていると。
「何をしているのだ」
「おや、アーチャー」
プリーストと同じように現代風の衣装をして相見えたのは、金色の髪に赤い目をしたアーチャーだった。ニヤニヤとこちらを眺めている。
何用かと問えばアーチャーは思い出したように目を細めた。
「先ほどライダーに会ってな。セイバーのマスターの城で酒宴をするらしい。気が向けば我も、というところだ。何が目的かは知らんがな」
「酒か…ただの酒ならばすべて水と同じだからなぁ」
「…それは己が酒豪だと言いたいのか?」
「体質的なものだ、どうしようもない」
フンとアーチャーは息をつき、伝えたからなと呟き街の喧騒へと紛れていった。
―ライダーは先ほど会ったところだ。あの惨状を共に見ている。ライダーのあの性格なら、あの状況に眉をひそめて気分を害していても仕方ない。
その気分を晴らすための…と考えてもいいだろう。
少なくとも、プリーストにとっての気分晴らしに。
うむ、と一人頷いて、すっとその場を移動した。
+
「酒蔵自慢などで語る王道など聞いて呆れる。戯言は王ではなく道化の役儀だ」
「さもしいな。宴席に酒も共せぬような輩こそ、王には程遠いではないか」
プリーストが街の徘徊に飽きて、誘われたアインツベルンの城に足を踏み入れたとき、すでに到着していた彼らの口から放たれた言葉はそんなものだった。
「何だ、せっかく誘われてきてみれば。酒も気持ちよく飲めんのか」
「何故貴様が来るプリースト!」
セイバーが触れるものすべてに攻撃するかのように強く言葉を向けてきた。なんだなんだと眉をひそめれば、プリーストは我が呼 んだ、と酒を口にしながらアーチャーが呟いた。
酒樽を囲うように座っていた三人を押しのけて、陣取るように腰を据える。タイミングよくアーチャーが金の杯を投げ渡し酒を注 がれた。セイバーは不満そうな顔のままそれを見ていたが、無視してその酒を飲み込んだ。
「おお…これはいいものだ」
「やはりそう思うか?ではこちらはどうだ」
「…これはただの安酒だな、水と変わらん」
「舌が肥えすぎているのではないか?」
アーチャーの酒を飲んだ反応に、ライダーは自前の酒を飲ませてみた。だがその反応はアーチャーと似たようなもので、しかも水扱いされてしまったとライダーは笑う。
やはり不機嫌そうにしながら黙って酒を飲むセイバーを視界の隅に入れながら、得意げな顔をするアーチャーに再度会話を進めた 。
「アーチャーよ、貴様の極上の酒はまさしく至宝の杯に注ぐに相応しい。が、あいにくと聖杯は酒器とは違う。まず貴様がどれほど の大望を聖杯に託すのか、それを聞かせてもらわねば始まらん」
ここにいる者を魅せるほどの願いを持っているのか?ライダーの質問に、プリーストは静かに杯ごしに彼らを見た。
アーチャーは、そもまず聖杯を奪い合うというところがおかしい、と言い出した。というのも、世界のすべての宝、その起源が自 らの持つ蔵に遡るのだと言う。
ならば聖杯の正体も知っているのか、というライダー。その様子にふっとプリーストが笑う。
「知らん。雑種の尺度で測るでない、我の財の総量はとうに我の認識を超えている。だがそれが『宝』である時点で、我が財である のは明白だ。それを勝手に持ち出そうなど盗人猛々しいにも程があるぞ」
「ふはは!この世すべてが己の物とするか。面白い、貴様はすでに我らをも手にした人材か、いやはや恐れ入る」
「…お前の言はキャスターの世迷言とまったく変わらない。錯乱したサーヴァントというのは一人だけではなかったらしい」
「何を言うかセイバー。王たるものならば、すべてのものが己のものであると、すべてのものを己のものにしてみせるという心気概がなければ何も出来まい。目に見える力が導く力を与えるのだから」
飄々としたプリーストの台詞に、セイバーは忌々しげに酒を口にする。
一方そんなプリーストの言葉に心中考え込む二人のサーヴ ァント。だがアーチャーの方はすぐに放り投げて酒を注ぎ足していた。
「なんとなく、この金ピカとプリーストの真名に心当たりがあるぞ余は。金ピカはともかく、プリーストの正体があたれば、余も快勝は難しいかもしれんなぁ…それはまぁいい。じゃあアーチャー、聖杯がほしければ貴様の承諾さえ得られれば良いと?」
「然り。だがお前らごとき雑種に我が褒章を賜わす理由はどこにもない。我の恩情に与るべきは我の臣下と民だけだ」
故に、門下に下るならば賜わしてやってもかまわない、そう口角を上げるアーチャー。
笑うでもなく、怒るでもなく、困ったようにそれは出来ないと頬を掻くライダーは、願いがないのなら聖杯が惜しいわけでもない 筈だと首をひねるが、アーチャーは酒を注ぎ足しながら答えた。
「どんな理由だろうと我が宝物に手を出すのなら然るべき対処をする必要がある」と。
「…なるほどな。それこそ貴様の王道とかいうのか。自分が頂点である限り、温情もないと」
「そう考えたければ考えればいい」
「でもなぁアーチャー。余は聖杯がほしくて仕方ないんだよ。で、欲した以上は略奪するのが余の流儀だ。なんせこのイスカンダル は征服王であるが故」
「是非もあるまい。お前が犯し我が裁く。問答の余地などどこにもない」
「…ふふ、これは、もう一戦交えるしかあるまいな?」
プリーストが再度酒を注ぎ足しながら笑う。それを聞いてライダーも笑い、しかし再開するのは酒を飲んでからで、と続くように 注ぎ足した。
「ライダーよ、おまえは聖杯の正しい所有権が他人にあるものと認めたうえで、なおかつそれを力で奪うのか?」
「…ん?応よ、当然であろう?余の王道は『征服』、即ち『奪い』『侵す』に終始するのだからな」
そうまでして何を聖杯に望む、と少し馬鹿にしたような視線でセイバーが問う。
聞かれた方は一度驚いたような顔をして、そして大男には到底似合わないだろう、もじもじとし始めた。
頬を染め、照れているようだ。
「受肉、だ」
照れを隠すように注がれている酒を飲んでから、そう言い放った。その言葉に、思わず全員が「はぁ?」と素っ頓狂な声を出す。
何よりもそれに驚いていたのは、マスターであるウェイバーだった。お前の願いは世界征服だったんじゃ、とへっぴり腰でライダ ーに駆け寄り問えば、その太いたくましい指から炸裂するデコピンにより地に伏せる。
「馬鹿者、たかが杯なぞに世界を獲らせてどうする?世界は己自身に託す夢、聖杯に託すのはあくまでそのための第一歩だ」
「…生前得たものでは、物足りなかったか?」
「ふ、いつまで経っても満足する事はあるまいて。実際ほしいものなど、形も定かではないのだからな」
「ではその分からぬ物を、聖杯にくれと願うのとは違うのか?」
「人の力で得た物などつまらんだろう?例え死のうと仲間を失おうと、それが己が選び欲し征服しようとした結果だ。余はその戦いが何よりもの楽しみなのだ」
くすり、とプリーストが笑う。アーチャーは眉根を寄せて、そんな事のために我が宝物を奪うというのか、と吐き捨てた。
「受肉など、普通では出来ん事だろう。かといって正体のわからない聖杯なぞにそれを願うのも妙なものだが…貫き通そうというの なら正しい願いだ。征服に限らず何かをしようというのなら、そこに存在しようと死んでいるのならば意味はない」
「うむ。成し遂げてこそ我が覇道。故にイスカンダルだけの肉体が必要だ」
語り合うその内容に、アーチャーは耳を傾けていたかどうかも微妙なほど黙々と酒を口にしていたが、その表情は笑みにも近い顔 だった。
それまで、まるで嘲笑うかのような表情をしていたアーチャーにしては珍しいものだ。
「決めたぞライダー。貴様はこの我が手ずから殺す」
「フフン、いまさら念を押すまでもなかろうて。余もな、聖杯のみならず貴様の宝物庫とやらを奪いつくす気でおるから覚悟してお け。これほどの銘酒、征服王に味を教えたのは迂闊すぎであったなぁ」
まるで何かの一線を越えたかのような空気になった頃。一人怒るように黙していたのはセイバー一人であった。
己が歩んだ王道とは、全くかけ離れている。それどころか、考え方すら違う…そうセイバーは感じ、苛立っていた。
己の道こそ正しいと胸を張っていわれてしまえば、セイバーには返す言葉もない。何故ならセイバー自身の聖杯にかける願いこそ 、道を踏み誤ったからこその願いだろうと分かっているからだった。
王として間違っていることは分かっている、それを後悔しているのだ。だからこそ。
「私は、我が故郷の救済を願う。万能の願望器を持ってして、ブリテンの滅びの運命を変える」
102:54:10カツン、と音を立てて、ライダーは酒を飲み干した手持ちの杯を置いた。そしてあくまでも確かめるように、セイバーに視線を向けた。
「…なぁ、騎士王よ。もしかして余の聞き間違いかもしれないのだが…貴様は今、運命を変えると言ったか?それは過去の歴史を覆すという事か?」
「そうだ。たとえ奇跡を持ってしても叶わぬ願いだろうと、聖杯が真に万能であるならば、必ずや」
セイバーが力強く言い放つ、その言葉に、ライダーと当人以外の二人が小さく口角を上げた。
ふっ、と息を漏らしたアーチャーに 何事かと視線を向けるが、間もなく投げられたライダーの声に視線を直す。
「ええと…セイバー?確かめておくが、そのブリテンとか言う国が滅んだのは貴様の時代の話だろう?貴様の治世であったのだろう?」
「そうだ!だからこそ私は許せない。だからこそ私は悔やみ、あの結末を変えたいと願う。他でもない私の責であるが故に!」
ムキなるかのようにセイバーは語る。その横で、ついに我慢しきれなくなったらしいアーチャーが声を上げた。
「自ら王を名乗り、皆から王と讃えられて・・・そんな輩が悔やむ、だと?これが笑わずしていられるか!傑作だ、セイバー、お前は極上の道化だ、フハハハハ!」
おおよそそれまでの雰囲気には相応しくない、だがそんな事すらどうでもいいといったようにアーチャーは笑い転げる。
言い返そうにも思いつく言葉はなく、それよりも先にいつになく不機嫌そうなライダーが彼女を見ていた。
自らが歴史に刻んだ行 いを否定するというのか、その確認する言葉にセイバーは頷いた。
「そうとも。何故訝る、何故笑う?王として身命をささげた故国が滅んだのだ、それを悼むのがどうしておかしい?」
「ふっ…おいおい聞いたかライダー、プリースト。この騎士王とか名乗る小娘はよりにもよって…!故国に身命を捧げたのだと、さ !」
名を呼ばれた二人は返事をする事もなく、ライダーはセイバーをじっと見据え、プリーストは関係ないとばかりに杯を傾ける。それを飲みきったとき、プリーストは楽しそうに目を細めた。
「…王として責を預かる身ならば、身を賭してでもその繁栄を願う。それは立派な願いだよ、セイバー」
「そうだろう!王ならば身を挺して願うはずだ!」
「いいや違う。王が捧げるのではない、国が、民草が、その身命を王に捧げるのだ。断じてその逆ではない」
何を、とライダーの頑とした視線と台詞に言葉を詰まらせる。だが直後、己の信じる道を否定された事実、それにはセイバーも声を荒げた。
民草に身命を捧げさせるなど暴君の治世だ、と二人に叫ぶ。だがそれに動じる様子もなくライダーは頷く。
だからこそ英雄なのだと。
+
「…しかしまぁ、セイバーよ。何か、貴様は己の歩んだ道によって生まれたすべてのものを踏みにじるのだな」
激化する三人の王の話が一時収まりかけたとき、プリーストはそう独り言のようにこぼした。
「…な、に?」
「貴様達の議論、なかなかに楽しいよ。私からしては、侵される側と侵す側の考えが一致すると思えないから、どちらの味方もしないが…」
杯を揺らし中身を眺めた後一気に飲み干す。その杯を置いて、セイバーを見据えたプリーストに、当のセイバーは分からないと顔をしかめた。
「すべて己の力だと思っているのならお笑いものだ。貴様が王だというのなら、その姿に憧れて集った臣もいるだろう。貴様だけの破滅ならまだしも、国の破滅とは貴様だけではなくすべての要素が折り重なって出来た事象だ。分かるだろう?」
「そんなこと分かっている!私は王だ、王だからこそ責任を果たすために聖杯を―」
「王だから一体なんだと言うのだ」
突如、低い声でプリーストは告げる。
「王たるものが何故失敗をなかったことにしようとしている?滅びの運命を変えるのは王でもなく聖杯でもなく救世主の役目だ 。救世主が現れるということこそ、世界が、過去現在未来すべてを通した人々が願った力の結果だ。貴様の祖国が結果滅んだということは、つまりそういうことだろう?」
「な…」
「それを覆したい、覆すべきだというその願いは貴様だけのものだ。王でもなんでもない、ただの小娘の願いに過ぎない。何故なら貴様の民とやらが故国の救済を願っているならそうなっているはずだからだ。自分で理想の尊守を謳っておきながら既にそれを違えている」
セイバーは何か言い返そうと口を開くも、話す前にプリーストの言葉が続き切りだせないでいた。
「既に貴様は星々の力によって作られた神にも届く剣を有しているだろう?それだけの力を与えられておきながら成しえられなかったということは、それしか辿る運命がなかったということだ。小娘が願いを持つのもいいがな、一度改めろ。今語った夢は本当に王がすべき願いか?そんなことでは、たとえ貴様の目にした滅びの運命を変えられても、どうせすぐに、もっと目に痛い状況で破滅するぞ」
「―ップリースト…貴様…!」
「どうせ、勝ち進んでも聖杯なぞ手に出来ないだろうしなぁ」
落とされた言葉に、全員が沈黙した。どういうことだ、とそれを破ったのはライダーだ。
「この地に降霊され現れる聖杯が、私の知るそれかどうかは知らんがな。本来の聖杯は人の願いを叶えるものなどではない。聖杯と は人の願いが溜まった奇跡の存在だ。人の願いをかなえるだけの力は持ち合わせているが、そんなもののために生まれるとおもうか ?」
「そんなもの、とは酷いな。ならどんな願いをかなえるためだというんだ?」
「人々の、願いだ。世界は本来人類がいることに納得などしていない、一番繁栄させているのが人類であっても、逆に世界を滅びに追いやっているのも人類だからだ。それを見過ごしているのは、幾らもいる中に一握り、世界を守るに足る存在―英雄が現れるからだ。英雄を象る人々の願いを叶えるために、奇跡とは存在する」
―なにか、思う節があったのか。三人の英霊は黙り込む。とはいえ、最初からその程度のことを知っていただろうアーチャーは、ただ酒を飲んでいたが。
「見る者により形は違えど、貴様達も見ているはずだ。…死した時点でいくら後悔があろうと諦めがつくというもの、残るものにせめてもの慈悲と加護を願ってさらにその外へ行く。ソレを通り過ぎた者こそが、真に英霊であるのだ」
そこまで話してプリーストは立ち上がってセイバーを見下げた。20センチほども差のある長身に、見透かされるように眺められた後、その手を頬に触れられる。
「なるほど、貴様がそこまで悔恨を持つのもわかる。まだこちら側へ来ていないのだから」
「…プリースト…貴様は…一体…ッ!」
セイバーに触れた手のひらが強張る。ふっと笑った後、彼女が纏う魔力が変化した。逃げようにもプリーストの視線がそれを許さない。
直後、ライダーのマスターであるウェイバーが、逃げるようにサーヴァントの背に縋り付いた。
なぜならば彼がいたその場所に、死んだはずのサーヴァント―アサシンが現れたからである。しかもそれは一人ではなく、何人も 。
「現れたか。劇もちょうど良く終わったし、楽しませてもらった礼に片付けて行こうかと思ったのだが…面目が潰れたな、つまらん 」
「確かに無粋なものよなぁ…いい加減、その剣呑な鬼気を放ちまくるのは控えてくれんか?見ての通り連れが落ち着かなくて困る」
あんな奴まで宴に招くのか、というアーチャーに、彼らがそのつもりならばとライダーは笑う。そして酒を杓子ですくい掲げると、高らかに宣言する。
だがその酒は、"多重人格の英霊がその自我の数だけ実体化した"アサシンのうちの誰かが投げたナイフによって落とされた。
「…余の言葉、聞き違えたとは言わさんぞ?『この酒』は『貴様らの血』と言ったはず。あえてぶちまけたいというのなら、是非もない」
ライダーが立ち上がった瞬間、闘気とも取れる威圧感と、風がその場に立ち込めた。
先ほどまでの気の抜けた衣服ではなく、いわゆる戦闘服に身なりを変え、共に酒を楽しんだセイバー、アーチャー、プリーストに言葉を放つ。
「これが宴の最後の問いだ。…そも、王とは孤高なるや否や?」
言うまでもないとばかりにアーチャーは失笑する。
セイバーもまた、ためらいなく是と答える。「王たらば、孤高であるしかない」とこの暴風の中ライダーに届いているかはわからないが、口にする。
「…お前にとっては違うのだろうな、ライダー?」
「然り!まったくダメだな、解っておらん!やはりここで真の王たる者の姿を見せ付けてやらねばなるまいて!」
ごうっと逆巻く風が強くなる。反射的に目を瞑り、その風が落ち着いた時目を再び光に見せれば、そこには本来あるはずもない風景が広がっていた。
固有結界。砂漠のような地、心象風景の具現化。それは、かつてライダーが生きていた頃その時代に、共に夢を持ち駆け抜けた者達。ライダーことイスカンダルに焦がれ己の夢とし、死して英霊として召し上げられても尚王たるイスカンダルに付き従う全ての勇 者達。
彼らの心象風景、その結託した心こそ、征服王イスカンダルたる所以、その宝具、『王の軍勢』なのである。
「蹂躙せよ!」
ライダーのその声で、それまで静かにしていた兵隊達が、一斉に駆け出す。
その見事な統率に、プリーストはほうと息を漏らした。
「素晴らしいな…これこそ、私の知るセカイだ」
「何…?」
「イスカンダルは、疲れる事もなく、ただその夢を追い求める。それこそが彼の願いであり、何よりもの宝。そしてそれを加護したのが、人々の無意識の願いだ」
「…一体貴様は何者だ、プリースト!」
マスターであるアイリスフィールを守るように抱きながら、セイバーは敵視するような目を向ける。
その瞳に笑って、プリーストは背に隠した黒い剣を持ち出した。身構える、だか殺気やそれに順ずる気配が感じられる、ただ警戒する目つきのままプリーストを睨み付けた。
「まぁそれはよかろうて。本当に全部言ってはつまらないだろう?貴様も『我ら』に会えるさ。きっとな。…では、私はここで失礼する」
「ちょっと待って!ここは固有結界の中よ!?」
「固有だろうなかろうと、世界の行き来くらい容易いものだ」
マントをすっと翻す。その直後まばたきの間に、プリーストはその場を去っていた。
103:59:33攫われた子どもたち、をパトロール中の警察たちに預けたあと、パスを切っているのか連絡が取れないプリーストを放って一人屋敷へと帰った。
その帰り道のことだ。まるで貫くような速さで風が駆け抜ける。ダメージなどはなかったが、驚いて思わず足を止め辺りを見回した。
誰かの襲撃か何かだろうか―多少見紛えるも、足元でじたばたと動く使い魔を見つけると目を細めた。
攻撃などに特化したものでも、隠密に優れたものにも見えない。なんだろうか、と思いながら人差し指と親指でつまみ上げるとその足に紙が縛り付けられてあることに気づく。
まさか自分宛のはずは、と疑いながらも、こうして発見したのも縁であり敵同士のそれならなにか情報でもとそれを開き見ると―。
+
「まさか、あなたから連絡が来るとは思わなかったわ」
「………」
場所は近くの喫茶店。手の甲を気にした様子の相手は名をキャンティ・クランと言うらしい。
「…あの時の言葉は、本当か?」
「あの時?」
「…ランサーを引き取りたい、というような発言だ」
キャンティの言葉に紅茶に交じるミルクを眺めながら、ああ、と息を漏らした。
「かまわないわ。その様子だと…何かあったのかしら?」
最後にランサーを見たのは、セイバーと共に怪魔と戦っていた時のはずだ。
確かに、主に何かあったようだとは言っていたが―キャンティの説明を聞けば、どうにも衛宮切嗣の礼装に負けて瀕死の状況だという。
「…ああ…それは…お気の毒ね。一命を取り留めてもどうせ魔術師としては死んだようなものなのでしょう」
「その…通りだ。ソラウ様は、……―ケイネス様を回復させるには、聖杯を取るしかない、と…言って、ランサーの令呪を受け取った」
そう、とミルクティーを一口飲んで次の言葉を待った。
「ソラウ様にそのつもりはない。ソラウ様はランサーの黒子の魅了にかかっている、ただ一緒にいるためそんなことを言ったに違いない」
「へぇ…それで?私にどうしてほしいのかしら」
ケイネスの助手であるというキャンティは、主が無様に負けることを否とし頑なだった。それを手のひらを返すようにこうして、素性が信用出来ない女に頼み込むというのは余程のことなのだろう。
薄い手袋を少しだけめくってに見せた。そこにあったのは紛れも無く令呪で。 先ほどケイネスの婚約者であるソラウが令呪を受け取ったと言っていたはずだが。
「この令呪は本物だ。ソラウ様の手に宿るものは適当な魔術で痣をつけただけ。…魔力供給はまだソラウ様によるもの。令呪をあなたに渡して、令呪によって主替えを同意させればランサーはあなたのサーヴァントになる」
「…それはかまわないけど、さて、対価は何かしら?」
キャンティは俯き冷め始めたコーヒーをみつめる。
ひゅっと冷や汗混じりの息をついて、を見上げた。
「ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの命を保護してほしい」
―その条件に、思わず目を見開いた。
「封印指定として今まで逃げてきたあなたなら、出来ないことはないと判断した」
覚悟を決めたようにただじっとを見つめる。不安の色は見られるが、しかし疑ってはいないようだった。
は今まで放浪していた身。それであるのに何故かくまえると思ったのか―予め冗談交じりの打診があったというのもあるが、戦争さえ終わればあとは自分で匿いきれるとキャンティは語る。
しかしその聖杯戦争が終わるまでの間、サーヴァントとの契約を断つことで戦争を放棄しても、令呪の再配布の可能性やその他邪魔をされるというような可能性がある以上その危険性を完全に排除するためマスターを狙う者もいる。特に、今回ケイネスを瀕死に追いやった衛宮切嗣はそのタイプだ。
魔術師殺しである衛宮切嗣となると、近接戦闘や近代武器を扱える技量のあるキャンティも快勝できるとは言いがたい。つまりその間、ケイネスだけでも保護してほしい…ということだった。
「正直私はあのランサーを信頼しがたいが、そちらのサーヴァントを戦闘に使い、ランサーにひたすらケイネス様の警護をさせればいい。それだけでいい」
キャンティは切羽詰まったように言葉を早める。
一方は数度ミルクティーを口にして、長く息をついてから、返事をした。
