84:25:22突然、怪魔の動きが止まった。
別段誰かがとどめを刺したというようなことはないはずだが―そう様子を伺っていると、直後怪魔は更に激しさを増して動き出す。
プリーストの元へは、阻む風の壁によってたどり着けないが、防戦をしている暇のないセイバーやライダーには幾度もその触手に絡まれていた。
そこで、ライダーは近くにいた二人のサーヴァントに一時撤退するべきだと大声で伝えた。セイバーは今ここで食い止めねばと首を振るが、現状何も進んでいないのは確かだ。
そうしてセイバーも仕方なく、アイリスフィールとランサーの待機している岸へと走った。
「いいか、皆の衆。この先どういう策を講じるにしろ、まずは時間稼ぎが必要だ」
ライダーはチャリオットで岸へと到着してすぐ、そう切り出した。
流れとしてはこうだ。まずライダーが固有結界によりあの怪魔をとりこむ。しかし、いかな英雄がいたとしても相性というものがあり、あんな怪物を倒すのは難しいだろうと言う。
なので、その間に、どうにかして策を見い出せ、と。
「随分な提案だな」
「セイバー、ランサー、プリースト。では…頼んだぞ」
固有結界に入ったライダーとの伝達役として、そのマスターであるウェイバーを残して、ライダーは作戦の第一を発動するためにチャリオットを走らせた。
バーサーカーとアーチャーの飛行戦に一時目を奪われながらも、さてどうするかと話し合いを始めた。ライダーが時間稼ぎをできても案が浮かばなければ意味は無い。
すると、アイリスフィールの持っていた携帯電話がなる。使い方がわからないというそれをウェイバーが代わりに出て、その電話の相手と二三話をした。
電話が切れたあと、ウェイバーはランサーを見る。その視線に気づいたランサーが問えば、ウェイバーは混乱したようなまま、電話の内容を告げた。
「それが…あんたに言伝があった。セイバーの左手は、対城宝具だとか、なんとか…」
その言葉に、ランサーは驚きセイバーは気まずげに視線を下す。
本当なのか、という確認の言葉に頷くも、顔は俯いたままだった。
「それは、キャスターのあの怪物を、一撃で仕留めうるものなのか?」
「……可能だろう。だがランサー、我が剣の重さは誇りの重さだ。あなたと戦った結果の傷は、誉れであっても枷ではない。この左手の代替にディルムッド・オディナの助勢を得るなら、それこそが万軍に値する」
凛とした表情でセイバーは言う。
しかしそんなやりとりに異議を唱えたのは、それまで黙っていたプリーストだった。
「あのなセイバー。現状貴様のそれしか手がないという話だろうに、なぜ暗に否定する?」
「…あなたには関係のないことだ。これは私とランサーの問題。恐らく―電話の主は、…私の怪我を治癒することをランサーに促すためにそんな言い方をしたのだろうが、私はそれを求めない。それだけのことだ」
セイバーの言葉にプリーストは呆れ気味に溜息をつく。その様子を見て訝しげにする周りをよそに、プリーストは己の剣を消した。
「ならばつまり、セイバーは現状を打破する手があるのにそれをせず、ライダーの思惑を無碍にしランサーの騎士としての覚悟を否定し、結局は地方の土地に住む人間たちがどうなろうとかまわない、とそういうわけだな」
「なッ…そんなことは言っていないだろう!私の剣以外に手を考えればいい!」
「一番手っ取り早い方法があるのにそれをせず悠長に第二第三を考えるというのはそういうことだろう?」
「違う!私は…」
「騎士道がなんだ。いざという時捨てられない矜持など雑巾以下だ」
二人の言い合いに呆然としながらも、ハッと気づいたようにしてからランサーが声を張り上げる。
「なぁセイバー。俺はあのキャスターが許せない。―騎士の誓いにかけて、あの非道は看過出来ない」
「―ッそれはいけない、ランサー!」
ランサーは赤い槍を地面に突き刺し、もう一方の黄槍を両手で持った。構えではないその持ち方に、セイバーはプリーストとの言い合いをやめ制止の声を向けた。
「…どいつもこいつもまったく…同じ騎士でも貴様らは立場が違うだろうがランサー、仮にも武器を壊すなら己のマスターにヒトコトくらい入れるべきではないのか?」
「きっと我が主も許してくださる」
はぁあ、と何度目かの息をつく。そして目を細めたままランサーの手を掴んで止めた。
「まぁまて、落ち着け。仮にも再現とはいえ簡単に壊そうとするな、もったいない」
「手っ取り早い方法があると言っていたではないか、貴様が違えるのかプリースト?」
「落ち着けと言っているだろう。 ―ランサー、では必滅の黄薔薇による傷を癒やすことに同意するのだな?」
ランサーは不審げにしながらも頷く。それをみて、ふっと笑顔を作ると今度はセイバーに向いた。
手を出せ、と相手が腕を動かすよりも前にその左手をとって己の手をかざした。
「何を―?」
「―"Faiadia Benevolence"」
そう何か唱えた後、セイバーの左手は優しい光に包まれる。驚いて手を見やるセイバーは、「治っている?」と不思議そうに呟いた。
「必滅の黄薔薇は妖精王の作りし代物。したらば、私ならそれぐらいお安い御用だ。担い手本人の同意さえあればな」
自慢気に笑ったプリーストは腕を組んで、さぁ行け、とセイバーの背中を強く叩いた。
セイバーは苦い顔をした後、決意するように剣を両手で構えた。
「受け合おう、ランサー、プリースト。今こそ我が剣に、勝利を誓う!」
その剣の正体を隠していた風の結界を解きその輝かしい黄金の剣を表した。
―すると、その光に反応するかのように、空を滑空しアーチャーと戦っていたはずのバーサーカーがセイバーに照準を定めた。
察知したセイバーは即座にアイリスフィールたちのいる岸を離れバーサーカーの攻撃が当たらないよう走り出したのだが、こうまで執拗に狙われては落ち着いてあの怪魔を倒す事もできない。セイバーは眉根を寄せた。
「…―!」
それを呆れ顔で見ていたプリーストは、突如として瞠目し後ろ―正しくはどこかもわからない街中、マスターがいるだろう方角を見据えた。ほんの少し険しい顔をして、くるりと踵を返す。
どうしたんだ、というウェイバーの問いに、「マスターの危機のようだ」短く返して、プリーストはその場を急いだ。
84:23:47どうにか雨生龍之介を回避して、サーヴァントに合流するため疲れた足をまるで引き摺るように未遠川へ向かっていた時。じりじりと燃える音と少しの焦げ付く臭いに足を止めた。
どこかで小火でもあるのかと辺りを見れば―暗い中視界の一部が更に暗くなった。驚いて上を見ると、おおよそ人の形をしたものが落ちてきていた。
「な、―ッ!?」
咄嗟に避けることもかなわず、その焦げ付いた人の形をしたものはの上へと着地した。
しかしそのもの…確かに人のようだ、が、意識はないようで心音は聞こえるものの目蓋は固く閉じられている。
どうしたものか。男であるがひどく細い上に軽い。都会に多い家無しだろうか…とは思ったが、ただの家無しが燃えながら落ちてくるとも考えにくい。何よりこの男がただの家無しでないことは、手の甲にある赤い令呪が証明していた。
短い溜息を付いてどうにか男を上からどかす。それにしてもこの男、ただ敵の魔術師にやられただけとは思えない衰弱ぶりだ。
ちらりと男の令呪を見る。…おそらくは、そもサーヴァントを一騎養うことさえ出来ない程度の魔術師なのだろう。
現時点でわかっている情報だけでも、聖杯を作った御三家の内唯一間桐家からは名だたる魔術師の参加はない。その理由は確か間桐の血が衰えたからだと聞いている―つまり、この男がその"衰えた間桐"の者である可能性は大いにある。
もしそうでなくとも、ここで敵を一人減らしておくのも得だろう、とは考えたのだ。
気を失っている男の手を取り、その令呪に重ねるように自分の手を重ねる。衰弱しきっているこの男から無理矢理令呪を剥ぎ取るのは至極簡単なことだ。そうしようと、魔力を込めようとした時―
「ッ!!」
突如見覚えのある刃が三つ、の周りを抜けた。
+
殺気に気付いて構えることはできても、その攻撃を回避したり防御したり出来るほどの反射速度は持っていなかった。叩きつけられた壁にもたれながら、は息をついた。殺気の源、それは紛れもなく人間で、一人の男だった。
「…何をしようとしたかは知らないが、その令呪を奪いバーサーカーを再使役されては困るのでな」
「あなたは…教会の…」
「言峰綺礼だ。噂は聞いている、どこまでが真実かは知らないが…根源にたどり着いた数奇の魔女殿」
は男を睨みつける。先ほどの精神を削られるような出来事のせいもあり、この男―言峰綺礼から逃げおおせることは不可能だろう。
元々攻撃するような術は不得手であるし、それで対抗出来たとしても相手は元が付くとはいえ代行者。神の代わりに神秘を汚す"魔術師と相対するのを得意とする者"である。―魔術師殺しと謳われるやつ程ではないが。
「根源になんかたどり着いてないわ。興味もない」
「それを我が師たちが聞けば怒るか、哀れに思うか…さてどちらだろうな」
強く壁に打ち付けられた精で動く事もままならない。ならば、せめてまわる口で時間を先延ばすしかあるまい。
言峰綺礼が教会に保護されているはずなのにここに来ているという事は、彼が、基教会が恐らくは遠坂と繋がっているのは確信を得た。遠坂と師と呼ぶ彼も、その勝利のために他の陣営をどうにかするだけの考えはあるはず。つまり、は絶体絶命だという事だ。
"呪い"とも取れる因果のせいでよほどでは死ぬ事もないとはいえ、痛みを無駄に感じるのは避けたい。すぐにでもプリーストを呼びたいが、彼女が必要最低限の魔力を必要としないためか念をつなげるだけのパスも酷く弱い。
先ほどから呼びかけてはいるが、届いているかどうかは怪しい。
「一つ、聞きたいのだけど。この男は間桐の人間で合っているかしら?」
「…ああ。そうだな、確かそうだ」
短く質問に答えながら、言峰は指に挟んだ剣の柄を構える。すると次第に刃が模られ、闇夜にきらりと光った。これは本格的に命がやばい、とは失笑する。
「―!」
一歩一歩近づきその剣を振りかぶったとき、突如現れた何かによって攻撃は阻まれ、言峰は数歩引いて構えなおした。
そこに立っていたのは紛れもなく、のサーヴァント。警戒心をあらわにして言峰にその剣を向けていた。
「すまない、気を抜いていた。さて…男よ。ここは引け」
「しかしな英霊殿。その男には…いや、そのまま死んでもらわねばならんのだ」
「だが貴様はすでに敗退者だ。どうこうする権利はないだろう」
知った事かとばかりに言峰は地面を蹴る。彼から直線的な位置から少しずつずれ、攻撃を避けてもに当たらないように移動したその場所に言峰は向かう。
繰り出される三つの斬撃を受け止めて、地面に流す。回る様に言峰は腕を動かし、その拳を叩きつける。
「…!お前…」
「ちょっとプリースト?」
言峰の攻撃を受ける度に、プリーストの表情が焦りを見せ始めた。だが、その事には首をかしげた。相手が英霊ならばいざ知らず、ただの人間に押されるはずはないからだ。
「あなたに効くのは"対世界"か"対神"攻撃でしょう?どうして…」
「く…っ!簡単な話さ!私とこいつとでは、圧倒的に相性が悪い!」
「ほう?それはいい話を聞いた。我が師のサーヴァントならば、プリーストを倒し得ることが可能のようだ」
余裕を見せた言峰の攻撃を受け流しながら、「あいつのでかい技は対界宝具か」とプリーストは苦笑する。
「ふざけないでよ…人間相手に相性なんて」
「こいつは一体何者だ?ただの魔術師ではないだろう」
「私はただの神父だ。聖堂教会のな。…少し前は、代行者をやっていたが」
「神父か…なるほど、そりゃ相性も悪いわけだ」
どういうことだ、とはゆっくりと立ち上がりながら問う。その間も二人の攻撃は止まず、刃の重なる音が響いていた。
「一介の神父なら形だけだ。私の受けるいわゆる"加護"が勝るが…貴様の信仰度は異常だぞ…!」
「生憎、神を信じる事しか取り得がなくてな」
つまり、絶対的な加護を持つプリーストよりも、言峰が受ける"神の加護"が勝っているのだ。
神にも近い存在ではあるものの、プリーストという英霊はどちらかといえば神に作られた存在。故に神からの攻撃には弱いという事になる。「そんなこと、普通の人間ならばありえない」プリーストは一寸下がる。
「いくら私とて女の身だ。…あれと、純粋に剣や力で立ち回るのは難しい。どうにかならないか」
「どうにかって…私も、そこまで体力が残っていないし…」
は言峰を見る。プリーストと激戦をしても、そこまで息を切らしている様子はなかった。
「……アレを拘束することくらいは出来る。そこまで信心深いなら、それさえどこまで持つかわからないけど…仕方ないわね、間桐は今は諦めるしかない」
「ならば逃げるぞ!」
プリーストは陣を浮かべ牽制の魔術を放つ。その隙に、は腕の紐を魔力で操り言峰の手首に絡みついた。縛り剣を落としたところで、勢いよく彼の体に巻きつけて行けば、やっと言峰の動きが停止した。
見ていたプリーストがを担ぎその場を跳ねる。空気を蹴ってその場から退散した。
84:19:03プリーストが向かうのは、キャスターたちが近くで見える未遠川の橋の上。
足元に浮かぶ陣を踏み台にして早足で進むが、そこにあの海魔がおらずは目を疑った。「ライダーだ」短く付ければ、すぐに彼が固有結界に引き釣り込んだのだと察する。かつてプリーストが見たそれを、しっかりと耳にしていたのだ。
橋も見えてきた頃、一瞬の光が見える。すると直後、その場にあの海魔が現れた。その正面には、高く掲げた剣に光を集め、機を伺うセイバーの姿があった。
「…アーサー王の…。なるほど、あれなら・・」
「まったく物悲しい光だ」
とん、と軽い音を立てて赤い艦橋に着地する。そこでは、腕を組んでセイバーを見ているアーチャーがいた。
輝けるかの剣こそは、過去現在未来を通じ、戦場に散っていく全ての兵たちが、今際のきわに懐く哀しくも尊きユメ。"栄光"と言う名の祈りの結晶。
その意志を誇りと掲げ、その真偽を貫けと叫し、いま常勝の王は高らかに、手に取る奇跡の真名を謳う。
其は―
その意志を誇りと掲げ、その真偽を貫けと叫し、いま常勝の王は高らかに、手に取る奇跡の真名を謳う。
其は―
「エクス…カリバー!!」
セイバーがその光り輝く剣を振り下ろす。放出された力がまっすぐに、キャスターの海魔へと走った。
「"約束された勝利の剣"…堕落するも仕方がないか」
「見届けたか征服王、ステマ・ロード。あれがセイバーの輝きだ」
プリーストの独り言にまぎれるかのように、ただ愉しそうな声が届く。ちらりと視線を向ければ、アーチャーが黄金の輝きを見据えたまま口角を吊り上げていた。
「あれだけの光を魅せられても尚、お前は奴を認めぬのか?」
「時代の民草の希望を一身に引き受けたが故の、あの威光―眩しいが故に痛々しいわ。何故あんなものをあんな小娘に背負わせた、プリースト」
鋭い視線がプリーストを射抜く。くすりと笑って、セイバーの今は収まりつつある光に目を向けて、ふっと息を漏らした。
「たとえ夢であろうと、それを背負う覚悟が見えたからだろう。何も、悪ふざけで託したりしないさ。
…常勝を約束してしまったからこそ、あの娘は勝利を信じ疑わず、故国の滅亡という絶対的な負を覆そうとしているのだろうな。
あらかじめ決められた運命を逆転する光になれば、と…授けたのだろうが…セイバーとその民は、あの剣のとらえ方を違えただけのこと」
「勝利を信じ笑んでいた顔が、絶望に変わるのはさぞ愛でようある様だったのだろうな」
「そういった感性はないからわからないが…故国を救おうと奮戦するのはよし。
しかし、我らが信じ授けた剣を、力を。"やはりだめだった"で突き返されてはこちらもどうしようもない。そういった形で手助けする事はできても、我らが運命を塗り替えるわけには行かないのだから」
プリーストが語る中、は川から視線をそらしズレた眼鏡を直す。その行動を見たアーチャーが、先ほどの話を掘り出すように言葉を向けた。
「その女がマスターか。ただの女にしか見えないが?」
「ただの女よ。元々はね」
「その赤い紐…枷のようで堅苦しいのう」
「枷だもの」
眼鏡をいじりながらそっけなく返す。ライダーは少なからず興味を持ったようだが、それ以上語る気はないようでは口を閉じた。
黒い歴史を掘り返してやるな、とプリーストに諌められライダーは乗り出した身を戻すと、はぁと呆れたような息を零す。
「小娘ばかり奇怪な運命を辿りよる。そこのマスターも似たようなもんだろう」
「そうさな。しかしだからこそ、その身に余る責は力となる。それを上手く扱えるかはまた別の話、ということだ。…。戻るぞ」
「…ええ」
張り巡らせた結界を解除したあと、再びを担ぎ上げる。多少不服そうなのをみて、ライダーが送迎の案を出すが首を振る。
「ああそうだ、英雄王よ。あの紅い娘もたちと同類のようだ。愛でてやる事だな」
「……な、」
最後の最後に至極愉しそうな笑みを残して、プリーストたちは艦橋を去った。
「…どういうことだ、アーチャー?余はとても気になるが」
「知らん!」
