Fate:Catalfining
フェイト・カタルフィニング

 
 
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 衛宮切嗣は苛ついていた。

「たとえこの世全ての悪を担うことになろうとも構わないさ」

 アイリスフィールを伝って、己のサーヴァントにそう宣言した。
 栄光だの栄誉だのと綺麗事を抜かすセイバーにもそうだが、何より一番嫉妬にも似た感情を宿したのは、人の目にはまぶしすぎる一人のサーヴァントを見てからだった。
 あれは、あの光は、いつだったかに切嗣が求めた正義の光。―もう、求めることもないが。
 けれどかつてほしがったものが目の前にあれば、錆びた心が多少揺れてしまうのは仕方がないと思う。
 切嗣が恨んでいるあの魔女―は、やはりそんなものを手にするだけの力を持っていた。
 ならばなぜ、―なぜ、あの時それだけの力を使わなかったのか。

「………」

 遠い昔を、思い出す。



  
 
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 ある日のことだった。父の魔術研究の助手をしていた少女を探し、見つけたと思ったら鶏を食べていた。
 それは上品な食事ではなく、血走った、狂った目で何かを抑えるように強く強く鶏を握り潰して血をすすっていたのだ。
 殺してくれ、そう懇願されたが、まだ少年だった切嗣にそんな度胸はあるはずもない。何より状況が理解できなかった。
 怖くなって逃げ出して、教会の神父の元に事情を話して家へ帰って。神父が教会へ戻ろうとした時には―すでにすべてが始まっていた。
 おおよそまともな人間のものではない動きで、二人の肉塊が神父を襲った。
 それから家にずるずると引きずった足音が聞こえて、息を潜めて隠れていた所で、細い刃と肉の斬る音が耳に届いた。
 怖くなって家から逃げ出し村の中心へ助けを求めに行けば、既にそこは火の海。正気を失った瞳が、切嗣を見据えていた。

「どうやら出遅れちまったみたいだねぇ」

 そんな死の淵から救ってくれたのは、薄い髪色の、少しボーイッシュな女性。後にナタリアと名乗るこの女性は、銃弾を取り替えながらそう呟いた。
 誰なんだ、と問うも「そんなことより自分の心配が先じゃないのか」と落ち着いて考えれば当たり前のことを言われる。それもそうだ、たった今までワケも分からずただ直感的に『死ぬところ』と感じていたのだから。

「そこに座り込んでればすぐにでもお仲間になれるだろうがね」

 脅しとも感じるそんな言葉に、混乱する頭のままでナタリアの背を追った。
 村を見下ろせる丘の上で座り込みながら、状況の説明を求めると、視線は燃え盛る村に向いたまま話しだした。

「坊やも聞いたことくらいあるだろ、"吸血鬼"ってやつくらい―あたし達は死徒って呼んでる。奴らは血を吸って仲間を増やす」
「今はもう、外来を除いて全員そうなってるわ」

 ナタリアの説明に割り込んできたのは、不思議な虹彩をした瞳を持つ女性だった。ナタリアは目配せすると、切嗣への説明を続ける。
 つまり―その死徒の大掃除中。神の名の下、人に魔術的害を成す者を粛清する聖堂教会の代行者と呼ばれる者達と、この死徒騒ぎの大本の情報を独り占めするために来たという魔術師の二つが、協力するわけでもなくこの島へやってきてこの惨状を生み出しているという。

「あたしは魔術協会相手のセールスマン。この女はあたしの仕事相手の上客。さ、それじゃあ坊や。こっちの質問にも答えておくれ」

 ナタリアが問うてきたのは、この騒ぎの大本。
 切嗣が持っている情報と照らし合わせれば―一番最初に死徒となった人間―シャーレイが、死徒となった原因。
 嫌な予感が背筋を走る。切嗣は、ごくりと唾を飲み込んだ。

「…あなたのお父さんのことよ。どこにいるか知ってる?」

 認めたくなかった答えを、それまで静かに燃える村の炎を見ていた女性が言い放つ。ナタリアはやれやれとばかりに目を細めていた。

「僕がやる、」

 そんな言葉に、初めて切嗣に瞳が向いた。



 それから衛宮切嗣は、ナタリアと同じ道を歩む。それはつまり、魔術師相手の殺し屋稼業。
 何度も人を殺していくうちに、切嗣の人生の転機となったあの事件は、世界からすれば大した被害ではないことを知った。
 こんな事がもう二度と起きないように―そう願って、父に銃口を向けたというのに。自然と握る手に力が込められた。
 仕事にも慣れ一人で任務を遂行するようになった頃。かつてナタリアが取り逃がしたという封印指定の魔術師を殺す仕事があった。
 ナタリア一人が標的と接触し、その間に切嗣は一時別の仕事を片付け、ナタリアと標的の乗った飛行機が着陸する頃、標的の死体を上手に運びこむための準備をした。
 だが。標的は封印指定を喰らうほどの魔術師だ。その男が使う魔術媒体を体内に忍ばせていたらしい―あっという間に空の上の飛行機は、ナタリアを除いて全員グールとなってしまったのだ。
 切嗣は、ただ冷静に、彼女らの乗った飛行機が着陸するまでの僅かな間にある準備をした。
 何メートルも離れた場所へ届く、大きなものを爆発させるだけのものを買い、着陸数十分前に通過する海の上へ小舟で向かう。
 生きて帰るまでの長い時間、他愛無い雑談を交わしながら、切嗣は上空を飛ぶ飛行機へ、それを飛ばした。

「…見ていてくれたかい、シャーレイ。今度もまた…殺したよ。父さんと同じように…君の時のようなヘマはしなかった。僕は、大勢の人を救ったよ、」

 一人船上で呟いた。
 未だグール化の元が蔓延しているというあの船を着陸させるわけには行かなかった。
 地上に辿り着いたグール達は、必ず新しい血を求めて彷徨う。300余名もいるそれらを、切嗣とナタリアだけでは片付けきれないことは明白だ。
 だから、より多くを救うために―。
 そう、切嗣は泣き叫びながら自分に納得させた。

『ケリィはさ、どんな大人になりたいの?』

 それでも結局は、納得など出来なかったけれど。



  
 
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 僕はその魔女の暗殺依頼を受けていた。…調べによれば、その女―は、魔術協会の封印指定執行者や教会の代行者でも早々捕らえられない謎の実力を持つ。一度対峙した時は、その不思議さはしかと感じたものの歴戦の魔術師を何人も返り討ちにしているということが易易と信じられるほどの何かは、感じなかったが。
 そこまでの相手ならば、暗殺依頼自体早々出来るものでもないだろうが―この
 はホテルに併設している喫茶店で本を読んでいた。机の上のティーカップに手を伸ばし少しだけ視線がズレた時、初めて目の前にいた僕に気付いたようだ。眼鏡の奥からの視線を僕に向けたまま、手はティーカップを口に運んでいる。

「こんにちは」
「…こんにちは」

 席いいですかと言えば、どうぞとは頷いた。

「何、読んでるんですか?」
「小説」

 そっけなく答えられる。僕に気づいていないのかもしれない。「お久しぶりです」と言葉を続ければ、彼女は本を読むのを中断してゆっくりとこちらを見る。

「………誰?」
「はは、酷いなぁ。…ナタリアを覚えているかい」
「ナタリア…ああ。君は…確かキリ…ケリ…」
「切嗣だ。衛宮切嗣」
「衛宮。そう…で?何の用?暗殺依頼かしら、それとも私の持ち物を奪いに来た?」

 はぐらかそうかと思ったが、彼女の視線は鋭いままだ。苦笑して見せればその視線が手元の文字へと戻った。丁度店のウェイトレスがやってきたので注文をして、ただじっと向かいに座る女を見た。
 あまりにも人が多いここで殺そうとは思わない。

「この後どこか行くのかい」
「特に決めてないわ」
「そう。じゃあ、一緒に出かけないかい?」
「……どこへ?」
「遠い所」

 は少し考える素振りをして、ニヤリと笑う。

「付き合ってあげてもいいわ」

 そう、言ったのだけど。
 彼女が本を閉じた時、僕が頼んだコーヒーと一緒に彼女が頼んだのだろうケーキが運ばれてきた。机に並べられ嬉しそうにそれを頬張る姿は、暗殺を頼まれるような悪どい魔女には見えなかった。
 は紅茶を飲み干して、ケーキの最後の一口も食べきった。僕がのんびり飲んでいたコーヒーを飲み終えるのを待つように腕を組みながらこちらを見据えている。
 ―と。ホテルの一角であるこの喫茶店に新しい客がやって来た。入ってきた男は辺りを見回して、僕たちのいる席に近づく。相席している僕を訝しげに見ながらも、に鋭い視線を向けた。

「お前がだな」
「……」
「ちょっと来てもらいたい」
「…断る、と言ったら?」

 挑発的に答えるに、男は無表情のままため息をつく。ちらりと僕を見て、

「この男が危険に晒されるだけだ。この男だけじゃない、店にいるやつも全部だ。お前を殺すには、生半可な仕掛けじゃ成せないからな」

 あからさまな言葉で告げた男に、僕もも眉根を寄せた。はぁと溜息を付いては立ち上がり、ポケットからお金を取り出し机に置くとその場を移動する。
 彼らが店を出たのを確認して、冷めたコーヒーを飲み干しそれを追った。



 追った先はホテルの駐車場だ。今は昼過ぎで宿泊客も出かけているのか車は少ない。気配を頼りに彼女達を探せば―すぐに見つかった。
 先ほど話しかけてきた男たちは地面に伏し一人だけに指を向けている。恐らく何か魔術を発動しようとしているのだろうが、そらされていた視線がそこに向くだけで、うねっていた魔力が収縮し、消えた。
 僕は僕でこれがチャンスだと感じ、細工をする事も考えず僕の魔術礼装である銃を向けた。秒もかけず銃弾を発射する。
 一瞬で標的に近づいていく銃弾は、の脇腹を貫く―かのように思えたが、彼女の視線がそれを捉えた瞬間に銃弾は何かに弾かれるようにしてゆっくりと地面へ落ちた。
 僕はにやりと笑う。今銃弾を弾いた手段が魔術的な干渉であるなら、それで十分だ。これで、あの女は―。

「……いるの、衛宮切嗣」

 ―あの女は、倒れるはずなのだが。
 平然と話しかけてきたは、何事もなかったように外していた眼鏡のレンズを拭いてかけ直した。

「何を、した…?」
「何も」

 にやりと妖艶に笑って、腕を組んで僕を見据える。

「こいつらは…」
「私に魔術で対抗しようとしてくるから、私も魔術で対抗したまでよ?」
「…魔術なら、なぜ今の銃弾で倒れなかった!」

 は少しだけ驚いた顔をして、それからまた笑った。

「秘密」

 人差し指を唇にあてて、くすくすとそれは楽しそうに笑った。



  
 
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 女は驚いた顔をしていた。
 名前は。ナタリアと懇意にしていながら、彼女もまた封印指定を受ける魔女だった―どんなに調べても、封印指定を受ける明確な理由はわからない、そんな人間だ。

「ナタリアが大変と聞いてきたのに、」

 なにか言いたげに、うつろな目を見つめる。ふぅ、と溜息をついて。

「指先と心を切り離す―だったかしら。あなた、母親のように思っていたナタリアの死に涙も流さないのね」

 ぐっと息をのむ。そんなはずはない。親しい人の死に涙を流さないわけがない。―けど、ナタリアの乗った飛行機を撃ち落として直後に遭遇したの前で、切嗣は既に涙が枯れていた。
 あるいは心が枯れていたのだろうか。

「別にだからどうというわけでもないけど。事情を話してくれれば、私が対処したのに」
「…君の手にかかるくらいなら、僕が始末をつける。師匠の不手際は僕の不手際だ」
「あら、立派。なら心配ないのかしら―いや、そうじゃなくって。私を呼んでくれれば、ナタリアを犠牲にせずに済んだのに、っていう話」

 まぁいいけどとは踵を返し去っていく。
 犠牲にせずに済んだかもしれない?そんなことは不可能だ。グールだけなら撃ち殺せば済むかもしれないが、小さな蜂を全て捉えるのは、慣れた害虫駆除業者でも難しい。

「300余名と生き残りたった一人の犠牲で、ほか全ての人類が救われるなら、僕は悪魔と呼ばれようとその手段を選ぶ」
「………。へぇ、そう。その若さでそんな決意をするのね」
「僕は父を殺した。あの時から、僕は―僕は、人殺しになるしかなかったんだ。ならせめて、何のために殺すのかをはっきりさせただけだ」

 は立ち止まってくすくすと笑っている。それはそれは楽しそうに、可笑しそうに。

「より多くを救うため、か。そこに感情とか私情はないの?」
「ない。もう僕には優先させるべき大切なものがないのだから」
「自分の命は?」
「それはその時だ。優先させるほどのものじゃない」
「へぇ、」
「人を殺すようなやつに、大切なものなんてあっていいはずがない」

 切嗣のそんな言葉に、背を向けたまま会話をしていたが半歩振り返る。
 にぃ、と口角を上げて、虹色の虹彩を細くして、笑った。

「あなたは、英雄になんてなれないわ」

 至極楽しそうににこにこと笑って、再び背を向けて手を振り去っていく。
 告げられた言葉の意味に、何故か迷いながらそれを見送る。

「―正義の味方になれないことくらい、分かってるさ…」

 そう、自分に言い聞かせる。
 かつての夢が叶わないことは明白どころか考えなくてもわかることだ。それこそ言われるまでもなく切嗣自身が一番理解している。
 ―この言葉の真の意味は、そうではなかったが。






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