48:07:21はた、と目を覚ました。
ケイネス達の治療を初めてしばらく、容態が安定してきたためかどうやらうたた寝してしまったらしい。眠たい目元を擦りながらため息を付いた、
いつの間にやらセイバーたちの足止めを終えて帰ってきていたらしいプリーストは、この世界での生活にある程度慣れたのか、器用にティーセットで紅茶を入れ、二つあるカップの片方をに渡した。
はカップを受け取り一口飲む。熱いためたくさん飲むことは出来ないが、その一口でいくらか心が安らいだようだ。
「大変だな。私がやってもかまわないといっているのに」
「それでもいいけれど、あなたにはこうやった気を回してほしかったの」
「…自分でやる気は、」
「ないわね」
やれやれとプリーストは肩をすくめ、傍らに霊体の状態で待機していたランサーに向けて「コレもお前の仕事になるんだぞ」と苦笑した。そのランサーに姿を現すよう命じて、プリーストの隣に座らせる。そして世間話のつもりなのか、は己は料理が苦手なのだとこぼした。
「馬鹿を言うな。苦手ではない、あれはもはや魔法の類だ」
「そ、そこまでじゃないでしょう」
「いつだったか私が弟子とした娘は、土地勘もあり頭の回る娘だった。いやはやここまで違うとは、驚きだ」
よく理解できない話を耳に通しながらランサーは飲めといわれた紅茶を口にする。男とは思えない縮こまり方だ、と思わず自分を貶してしまった。本当に、自分はまだ敗退していないのか。悶々と考えていると、いつしか二人の話が予想外の方向へ行っていることに気づく。
記憶が確かなら、とランサーは二人の荒くなる話を聞きながら脳内を整理する。確か―そう、は、"この聖杯戦争の末路"を話していた。
「あれは夢だけど、確かに現実味を帯びていた」
この街が黒に塗りつぶされて、たくさんの悲鳴が消えていく様子。空を掴む手を握る男の手。
「二度見たのよ。この町が火の海になる様を」
「ほう?」
「今までは大体、私が行動を起こした時点でそれが変わらなければ、意味が無い。手を引いたほうがいいのかしら」
「…今まで、とは?」
不思議な言い回しにランサーは口を挟んだ。
は眠たそうながら目を開いて少しだけ驚いた顔をして、すぐに気付いたようにああと呟き紅茶を口にして一息ついてから話し始めた。
「の能力の一つね。いわゆる先見の力よ、都合のいいものじゃないけど」
簡潔にそう語っただけで詳しくは続かなかったが、時代のおかげかなんとなくその力と周りの面倒を察したランサーは納得したように目を伏せた。
「何年前の話だったかしら…当時の友人がね、亡くなる前にもその惨事を見たの。―見ていたのに何も出来なかったみたいだけど」
「私にも想像しがたい面白い経験をしているんだな、は」
「それなりにね」
紅茶を飲み干して、はぐっと背伸びをした。もう寝るわ、と少しつかれた顔で呟いて、プリーストが作った大層な家の中でが自室に選んだ部屋へと去っていった。
「ふむ…先見の力を持つ特異な少女、か。まぁ何の因果も持たない人間に呼ばれるはずはなかったが…」
「ロード?どうかしたのですか」
「堅苦しい名で呼ぶなランサー。いや何、大したことはないよ。私は彼女のサーヴァントとして長く残るつもりはないから、帰ってからはを頼むぞ」
ランサーの疑問を遮るようにそう告げて、プリーストも残りの紅茶を全て飲んで立ち上がる。
「散歩に行く。…そうさな、手土産でも探そうか」
「手土産…?殿に甘味でも?」
「は甘味は好きではないよ。貴様は気にせずしばらく養生しているといい」
すっと手を振って姿を粒子に変えその場から去っていくのを唖然としたまま見送って、ランサーは冷めた紅茶を飲み干した。
47:42:10散歩と称し外へ出たプリーストは、に対する手土産―バーサーカーを、探していた。広い世界の中で冬木の街と狭められているものの、がむしゃらに探すには時間がかかる。仕方なく従える存在に捜索の命を出した。
従える地の精が居なければ、三歩踏み出しただけで迷う―そう豪語するプリーストは、それを忘れたのか適当に歩き始めた。街中へたどり着き、路地へ曲がれば住宅街。もはやどこかでワープしているのだろうかと悩みたくなるその様に、別段困った様子は見せていなかった。
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がさがさがさ。がさがさ。がさがさ。
「ひィ!?」
森の中、己のサーヴァントのため魔力回復を図り寝袋に収まっていた時。朝早くだろうとなんだろうといきものの気配が少ない場所でそんな事があれば、小心者のウェイバーが怯え―基、警戒しないはずがない。
霊体化しているライダーが豪快に笑っている。
「おっ。やっと人がいた!―ライダーか」
「僕で悪かったな。…オマエはなんでここにいるんだ?」
人のいい笑顔でウェイバーを視認すると衣服についた葉っぱを払いながら話しかけて来た。
当のウェイバーは毒気を抜かれながら、しかし油断はしないようにプリーストを睨みながら言葉を返す。
「何故ここに来たかといえば、それは迷ったからなんだが」
「なんで聖杯に知識をもらったサーヴァントが迷うんだよ!」
「それはまぁ…私の特技としか」
「そんな笑顔で胸を張ることじゃないぞ方向音痴は!」
はっはっはと明るく笑った彼女を睨む目が呆れを含み始めた頃、プリーストは思い出したように手を叩いた。
「私は別にライダーに会いに来たわけじゃなかった。―…そうだ。聖杯が降霊されるのはどこだ?」
そんな問いにライダーもウェイバーも首をかしげる。しかしウェイバーはすぐに、『可能性』と前置きして幾つかの霊地を上げた。
答えを聞いてプリーストはふんふんと一人納得し頷いている。
「まぁいい。ありがとう少年。ところで、しばらくここにいるのか?」
「文句あるのかよ」
「フフ、ないよ。ここはまだいい場所だ。じっくり休んでいくといい」
センベツだ、と続けてプリーストがウェイバーを撫でる。その手を払うも、プリーストはやはり笑んでいるだけだった。
くすくすと笑いながら背を向けて、やがて去っていった。
37:02:47「――!?」
ガシャン、と扉をぶち破る大きな音が聞こえた。
プリーストは闇雲に歩いている途中、件の捜索に向かわせた者たちからの念話に気づいた。内容は言うまでも無く、目的の相手を発見した旨だ。
転移の魔方陣を作らせその場に瞬間転移した直後、そんな大きな音が響きさすがのプリーストも目を見開いたのだ。
破壊された扉のまん前に来たプリーストは、出てきた人物に驚いてみせた。その人物は、先ほど遠い場所で話をしてきたライダーだったからだ。女を抱えたライダーは、恨めしそうな目でプリーストを見る。その視線で簡単に正体に気付き簡単に納得すると、剣を構えた。
応戦するかと思いきや、ライダーは軽々と飛び越え逃げていく。舌打ちをして再び眷属にそいつの後を追わせ、女―身なりからしてアインツベルンの―を抱えていたことを気づくように思い出すと、もう一度あからさまに舌打ちをしてその扉の向こうに顔を出す。その奥に黒い服を着た別の女が倒れているのを見ると、すぐに手のひらを向け自身の力を向けた。
真後ろで魔力が捩れはじけるのを感じる。治癒のための力を流し続けながら、そちらに視線を向けた。居たのはここの敷地の関係者ということになるのだろう―セイバーだった。
信じられないと言った顔でプリーストを凝視している。
「舞弥…まさか、プリースト…貴様ッ!」
「勘違いならやめておけよ。今それどころじゃないのは分かるだろう」
「セイバー、早く外へ…!ライダーがマダムを」
喋るなと忌々しげに呟くプリーストをよそに、舞弥は事の瑣末を切れ切れに伝えると、セイバーはすぐに外へ飛び出して行った。
「治癒は…結構です。私は…」
「やかましい。私は今そういう小ざかしい生業からはなれているんだ、やりたいことをやらせてもらう。安心しろ、これは借りということにしておいてやる」
治癒を続けるプリーストに、舞弥は浅く息を吐いて瞼を下ろす。死ぬなよと短く言った頃、外でエンジン音が響いた。
どうやら現代の乗り物でセイバーがライダーを追うため出発したらしい。
36:48:13殺気が立ち込める。
その発生源は、セイバーのマスターである衛宮切嗣だった。視線を向けた瞬間銃弾が跳び、プリーストの首を打ち抜いた。
その体の向こうに重症である舞弥が居るため、いつものように弾き飛ばすことが出来ず舞弥に向けていた魔力を断った。
「…ひどいことをする」
「セイバーはどこだ?こんなことをする奴だとは思わ…舞弥?」
プリーストは立ち上がり、首に留まる銃弾を弾き出す。切嗣は驚くようにそれを一瞥しながら舞弥に駆け寄る。安らかに寝息を立てているのを見て、わけが分からないとばかりに再びプリーストを見た。
「お前が来たんならまぁいいだろう。この世界で施術するのは合わんらしい、完治は出来なかった。病院とかいったか、そういうので治してやれ」
「待て、お前は」
「詳しくはそいつから聞け。私は犯人を追う」
切嗣の質問を受け付けずに、プリーストは蔵の外へ出ると、屋根に移り空を見上げ、飛び上がった。
36:32:57「………」
粒子となってその場を去っていったサーヴァントがいた場所を見つめながら、切嗣は目つきを険しくした。
近くに横たわる女。…ここで終わるなら終わるでそこまでと切り捨てるのだが、完治しないものの治療されてしまったのなら助けないわけには行かない。正規の病院で治療を受けるには多少面倒なこともあるが、小さく溜息を付いて横たわる女―舞弥を背負った。
やはりあの女のしたいことはわからない。何故この聖杯戦争に関わっているのだろう、と改めて考えた。あのサーヴァントは余計な攻撃をしてこないのだとしても、余計な援助をするとはとても思えない。ならばそのマスターの意向をいうことになる―あてつけだろうか。
ぐっと奥歯を噛み締めながら切嗣は舞弥を背負って近くの病院への道を急ぐ。…考えてみればこの状況はとても危険ではないだろうか。足枷がある上にすぐに動けない、更には堂々と歩いてる黒ずくめ。
小さく舌打ちをする。これは計算だろうか。
…落ち着いて考えれば、切嗣だってそんな考えのある相手ではないことは気付くはずだが、まるで逆鱗のような切嗣のトラウマという地雷に触れるあの女に再会して、盲目なっている麺があることには、当人も気付いているのだが。
人通りがある道まで出てきてしばらく、そこでようやく気付いた。普通ならば腹から血を流した女を背負った男が歩いていれば注目を浴びそうなものなのに、待ちゆく人々は切嗣たちをこれっぽっちも気にしない。
「これは―まさか、認識阻害…いや」
そんな魔術がかけられればすぐ気付く。切嗣は自分を見下ろして確認するとふと地面と自分の足の間が若干揺らいでいることに気付いた。
「……高度な風の魔術」
きっと、聖杯戦争が始まってすぐにキャスター以外の参加者が集まっていたあの場でが隠れていた時の手法だろう。周到なことだ。
自嘲するような溜息をついて、切嗣は止めていた足を動かした。
