―竹中半兵衛様が、お亡くなりになられた。
ずっと城で休養なさっていたが、「武士ならばこそ、戦場で死にたい」と秀吉さんに懇願し、一生の願いとして受理されたそうだ。
私も参加させてもらった、初陣に比べれば大したことのない小競り合い。一度だけ采配をふるって、それから菊千代さんに引き継ぎをして、それから陣中にて喀血しながら息を引き取った。
豊臣幹部の者だけでささやかな式に出し、まるきり平穏に日は過ぎていった。
菊千代さんは、元々の業務に加え半兵衛さんが受け持っていた仕事の一部を担う事になり、それまで以上に忙しそうにしていた。私も幾つか仕事を与えてもらったのだが、簡単なものしか任せられていなかったのか不十分なのか、すぐに終わってしまうようなものばかりだった。
…ふと、彼に様々な事を教えてもらっていた時のことを思い出す。
「三成君は、とても純粋で優しい子なんだ」
「優しい、ですか」
「そう。仲良くなるまでが少し問題だけど、敵以外にはとても優しい」
思い込みが激しいところもあるから、敵じゃないと認識させるのも一苦労いるけれどね、と半兵衛さんは笑っていた。私が手入れ用の小刀で勘違いされた、例の事を言っているのだろうかと思って苦笑すると、彼はその時のことを教えてくれた。
酷く落ち込みながら頭を下げて、秀吉様に謝罪する。彼女は敵じゃないよという今更のことを半兵衛さんから説明されて、いくらか考えた後頷いて。
「その後からは、少し見方が変わったみたいだね。君の発言も少しは気にしていたようだし」
「…あの頃の考えなしの発言もお耳に入っていたんですね」
「大体直結だからね。だからこそ、書庫で出会った時は驚いたんだよ。君もそうだけど、三成君の変化に」
彼方の、変化。そこについては詳しく教えてはくれなかった。
「だから君は期待しているんだよ。…僕と菊君は、三成君の今後について少し危惧していることがあったんだ。けれど、君がいれば―その心配も、いらないものになることをね」
「我が君の今後?」
「うん、それは、できれば自分で気づいて彼を支えてほしいな」
この危惧されていることに気付くのは大分後なのだが、私は頷き返した。
「我が君のお力になるために、此方は今こうして学んでいます。全て、彼のためです」
「ふふ、そうだね。…気になることもあるから、そうして三成君に足りないものを補うといい。まったく三成君は幸せものだよね、優秀な友達とお嫁さんをもらって」
「そうですね。大谷さんも、菊千代さんも、家康さんもとても優秀な方たちです」
「うん…本当に」
きっとすべてが変わった後だったなら、この時の半兵衛さんの憂い顔の意味に気付いただろう。
悲しげな表情に首を傾げていれば、逆にどうかしたのかと聞かれ誤魔化されてしまった。何か言う前に休憩していた講義が再開し、それ以上問うことは出来なくなってしまったのだ。
*
彼が亡くなって、遺物として書籍をいくつか引き取らせてもらった。ひたすら一日の合間合間に読みふけって、読みふけって。
「…?」
何冊もあった書籍のちょうど半分ほど。持った表紙に違和感を感じまじまじとそれを見つめると、考えるまでもなく、それが前に彼に直接贈られたものと同じものであることに気付いた。首をかしげて前に渡された方のものと見比べると、どうにもいくつか頁が欠陥していたことを知る。
なぜこの頁が欠けているのか。半兵衛さんはそういった管理を許す人ではなかった。
―ので。もしかしたらこれはなにか仕掛けがあるのかもしれない、と小さな胸の高なりを元に、ひと通り片付けた後半兵衛さんの部屋へ向かった。
「何をしている」
「!」
半兵衛さんの部屋の前までたどり着き、家探しの如く見回っていた時。突然声をかけられた。この低い声は我が君だ。
「貴様か。この時間読書をしていると思って部屋に行ってもいないと思ったら」
「すみません。ちょっと気になることがあって」
「気になること?半兵衛様の遺言になにかおかしなことでもあったか?」
―そうしてひと通りこの行動のそもそもを告げると、一寸考え込んだ後なにか閃いて、そしてまた俯いた。何かわかったのか問うが、「菊なら何か聞いていただろうが、今は佐和山城にいる」とのことだ。
「…そうですか。ひと通り探しても何もなかったので、此方も菊千代さんなら何かご存知だと思っていたのですが」
「手がかりはあるのか?」
「いえ…一応、欠けた頁が合計で七枚ということくらいしか」
二人でまた考えこむ。我が君の真剣な顔はなかなか凛々しい。
ともかくそんなことをしていると、どすどすと大きな足音が聞こえた。この重々しいものは、秀吉様だ。頭を垂れようとしたとき、すぐに「楽にしろ」と言われてしまった。
それから、私の手元のそれを見て、気づいたように息を漏らして苦笑した。
「その頁は丁度、半兵衛が喀血して汚したところだ。特別何か仕掛けがあるわけではない」
「……」
「…そう、なんですか…」
「残念そうな顔をしてその頁を燃やしていた覚えがある」
呆気ない内容に息を吐く。我が君まで巻き込んで、申し訳ないことをした。
しょんぼりと俯いて我が君に謝罪する。気にするなとは言われたが、難しい顔で言われても気にしない訳にはいかない。
通りかかっただけらしい秀吉様がそのまま去っていって、我が君も用が済んだならと去っていった。
すると。
「ヒヒ、早とちりの禍姫は人に迷惑をかけるのが得意よな」
「大谷さん…」
「賢人が燃やした七枚分、ヌシは持っているのであろ。そもそも探しに来る必要もなかろうに」
「…そうですね。我が君には迷惑をかけました」
「確か賢人は燃やした書物に走り書きをする。それが見れないのは確かに損よなぁ」
「そうですね。それが気になって探しに来たんですけど」
「………禍姫は、イイコイイコされて過ごすだけの姫。そんなもの必要ないであろ」
大谷さんの言葉に少し考えこむ。
イイコイイコされるだけの姫では、もうない。それに…、そうだ、私は半兵衛さんから直接いろいろなことを教えてもらっている。実際に使えるかどうかは置いておいて、基本はきっちり教えてもらったのだ。あとは応用策を考えられるようになるだけ。
確かに私には必要ない。
「そうですね、ありがとうございます」
「―…、」
輿に乗ってふよふよ浮いている彼は包帯の下でどんな表情をとっているのか―は、わからないが、大谷さんは何も答えない。
私はぺこりと頭を下げて、半兵衛様の部屋の前を去った。