赤月の魍魎
闇に浮かぶ万華鏡
「よぉ、イタル。怪我は大丈夫か?」
「い、イタル兄さん、大丈夫…?」
ベッドで横になって窓の外を見ていたイタルの部屋へやってきたのは、ナルトの影分身とサラダだった。
ヒツギに預けられていたがまだサラダの父であるサスケは帰還しておらず、心細くなったサラダをイタルに会わせてやるためだった。命に別状はないと聞いていてもやはり心配だったらしい。二人を見てのそりと起き上がったイタルに、勢いよくサラダが抱きついた。
「っつぅ…」
「あ、ごめんなさい!つい…でも無事でよかった。よかった…!」
「…サラダちゃんも。無事でよかった」
「今日はとにかく休め、イタル。色々話してえこともあるだろうけど、策を練るのはサスケが帰って来てからのほうが効率がいいだろ」
浮かない顔のイタルの頭を撫でながらナルトは苦笑する。
―だが、イタルの心配は別の所にあった。袖を掴みながら今にも泣きそうなのをこらえているサラダを見て、苦しそうに眉根を寄せうつむいた。
「イタル兄さん…?」
「…七代目、サラダちゃんを連れてすぐ帰ってください」
「イタル?どうした?まだサスケが帰ってきてねぇから、サラダは―」
首を傾げ俯くイタルを覗き込んだナルトは、次の瞬間その喉に寸分の狂い無くクナイが刺し貫かれていた。あまりにもありえないはずのその状況に瞠目しながらナルトの影分身は煙に巻かれて消える。ぽかん、と口を開けたサラダは腰を抜かしその場に尻もちをついた。いくら影分身だったとはいえ今イタルの手にあるクナイが貫いたのは間違いなくナルトの首であり、そのクナイも間違いなくイタルの手に握りこまれている。サラダは状況が理解できずついに涙を零した。
「な、んで…イタル兄さん…?」
話しかけてもイタルは答えなかった。クナイを持つ右手を逆の手で潰しそうなほど強く握りカタカタと震えている。
「サラダちゃん、逃げて」
「兄さん、」
「早く逃げろ!」
普段温厚なイタルが荒々しく叫ぶのを初めて聞いた。同時にナルトの首を突いたクナイが振りぬかれ、サラダの頬を薄く傷つけた。
混乱した頭のまま必死に後ずさりイタルから距離を置く。ゆっくりゆっくりベッドから起き上がり腕に付いている点滴の管を荒々しく引きちぎり、写輪眼の煌めく瞳でサラダを見下げていた。
「早く、立って」
「う、あ…兄さん、なんで…!」
「チッ―サラダちゃん防御!」
咄嗟に身をかばうように腕を前にやると、強い蹴りによってサラダの身体が病室の外の廊下へ飛ばされた。壁にあたり咳込む。
「…早く、逃げるんだ」
「だって、イタル兄さん!どうしちゃったの!?」
「言えない。いいから早く行け」
一歩一歩立ち止まりながらイタルが近づいてくる。恐怖を感じながらサラダはようやく立ち上がる。しかし走って逃げるほどの力はまだ戻ってきていない。
再び握られたクナイに、サラダは身を震わせる。振り上げられたそれは、―サラダに向けて投げられることなくイタルの太腿に突き立てられた。
その様子にサラダはまた混乱を強くする。一歩近付いては攻撃しようとする手をもう片手で握りこんだりと、サラダへの攻撃を必死に自分で妨害していた。
まさかあの盗賊崩れ達のように操られている?そう思い当たってしまったサラダは今度こそ足に力を入れて走りだした。しかしどこへ逃げればいいというのか。いくら本人が抵抗しているとはいえ、下忍のサラダと上忍のイタルではすぐに追いつかれてしまうだろう。できるだけ短い間で、とにかく誰かに会わなくてはならない。
階段を飛び降り廊下の角を利用して勢いよく曲がる。それを繰り返して病院の玄関まで辿り着くと、背後にイタルが追い迫っていないことを確認して一息つく。
だがまた走りだした時、僅かな殺気と共に衝撃による風が荒ぶ。思わず振り返れば、窓から直接降りてきたらしいイタルがゆっくり立ち上がる。
「いちいち立ち止まらない…早く、行くんだ。サスケさんか、七代目のところへ」
「でも、イタル兄さん、血が…!」
「ボクのことはいい。もう…あまり、止められそうにない…」
動きを止めるために己でクナイを突き刺した幾つかの場所が、相当深かったのかずっと出血し続けている。イタルの足元にはどんどん血溜まりが濃くなっているのを見て、サラダは涙をのんで再び走りだした。
しばらく立ち止まっていたイタルだが、少ししてゆっくりサラダを追い始める。
サラダを、自分を守るためにイタルがあんなにも怪我をしているのが辛い。逃げろと言ってくれているのに今にも足がもつれて転びそうなのが情けない。
何があったんだろう。なんでこんなことになったんだろう。サラダは涙を拭った。
サスケは建物伝いに急ぎ病院へ向かっていた。
だれがナルトの影分身を消したのか、皮肉にも予想づいていた。―イタルの見舞いに行ったサラダとナルト。敵の狙いはうちはであるサラダ。敵の能力は未だ不明だが、盗賊崩れのゴロツキを幾名か操っていたという情報からしてそれが敵の得意とする術であるのに間違いないだろう。イタルが簡単に幻術系統の術にかかるというのも考えづらいが、そちらの方が確率は高い。
「―ッサラダ!」
「パパ!! 」
途中、必死に走っているサラダを見つけると即座にそこへ降り立った。刀にかけていた右手を娘の背に回し、マントの中へ隠すように抱き込むと、しゃがんで視線を合わせ怪我がないかを確認する。
父なりの心配もよそに、サラダはサスケにしがみつき何かを伝えようと口を開く。しかし疲労と混乱で言葉に出来ず、悔しげに唇を噛んだ。
「とりあえずは、大丈夫みたいだな。…サラダ、ナルトを攻撃したのはだれだ」
「ッ…―」
「イタルだろう?」
「ッけど、イタル兄さんは、操られて…!私の事、守るために、自分の足とかを…!」
サスケはサラダを抱きしめると、大丈夫だ、と囁いた。「イタルが本当にそんなことするやつだとは思っていない」その言葉にサラダは声を押し殺して泣き始めた。
「……来たな」
ぽんぽんと優しく背を叩いてくれるサスケが近づく気配に目を細めた。立ち上がり、サラダをかばったまま気配の正体―イタルを見据える。動きはゆったりとしているのに息が上がっている。写輪眼を出した目を押さえる腕や脚にはクナイが刺さり、その後ろには血の足あとができていた。
「イタル…」
「…………、コイツと、ソイツ、そしてオマエ…三人目だ」
イタルはサスケを見ると、いつもと違う声色で呟く。
「うちはの、生き残り…。オマエが一番年上。オマエが、そうだな?」
「…………」
「なぜうちはは滅亡した?」
目を細めた。イタル本人ならば、うちはがサスケ以外を残して一時途絶えかけた理由を知っている。それをわざわざ聞くということは、今のイタルの意識は本人ではない。
あくまでもカマをかけるように、サスケは言葉を口に出す。
「…お前の父が、全員を殺した。俺を残して」
「……父上が…?」
「―そうだ。当時うちはではクーデターを目論んでおり、それを阻止するため木ノ葉の上層部の命令に従って一族を全員手に掛けた」
イタルは子供のような顔で呆然とした。信じられない、とでも言うように。
…サスケとしてはイタル自身の父親のことを指して「お前の父が」と言ったのだが、あの人格ははたしてどう取っただろうか。
「…何故…」
「それは俺にもわからん。木ノ葉が解決を急ぎ、そのような命令を出した…と聞いている」
「…今、うちははどうなっている?」
「そこまで急ぐつもりはないが、俺と、娘と、甥―お前がいる。そのうち再興されていくだろう。よほどのことがない限り、木ノ葉ももううちはを差別しない」
わけがわからないとばかりにイタルは首を傾げる。
「何故木ノ葉は裏切った…父上が作り上げたうちはを…木ノ葉が…何故父上は裏切った…父上…母上…」
「……………」
「父上は?父上がソレをしたのなら、父上は生きているはずだ。それに母上は?父上が母上を殺すはずがない」
「…お前の父親は俺が殺した。母親の方は知らん、だが大戦中に死んだ」
俺が殺した。サスケの言葉にイタルは瞠目し、殺気を向けた。腰を低くして脚に刺さったクナイを抜いて構え、じっと睨みつけている。その変わりように、サラダは思わずサスケに強く抱きついた。
サスケはイタルが操られていることに気づいていないフリをして話をしている。イタルを操っている者がどういうつもりで話を聞いて判断しているのかは分からないが、随分とせっかちのようだ。もし気付いているのだと向こうが判断していても、奴の親が誰かなどサスケは知らない。そのために、これまでカマをかけるように話していたのだが。
イタルはクナイを投げる。サスケだけならば回避すればよかっただろうが、懐にはサラダがいる。須佐能乎の一部を出して防御するとイタルは目を細めて忌々しげに舌打ちした。
「オマエも須佐能乎が使えるのか…私の父上を殺して手にした瞳か?」
「ああ…お前の父の瞳を移植した、永遠の万華鏡写輪眼だ」
「………………許さない。父上を殺したオマエも、父上にそんなことを命じた木ノ葉も!あれだけ信じろと言っていたくせに…私を裏切った父上も!」
イタルの瞳が写輪眼から万華鏡に変わった。父譲りの目にも止まらないほどに素早い印組みでイタルは術を行使する。豪火球の術、大きな火の玉はサスケとサラダを襲うが難なく須佐能乎で防がれた。
場所が街中だからか、サスケは地面を蹴って建物に移動する。次に飛んできた鳳仙花の術によるいくつかの火玉を須佐能乎の手で建物に当たらないよう道筋を反らしつつ、被害を抑えるため里奥の森へ向かった。舌打ちの後、イタルもそれを追う。
「パパ、」
「殺しはしない。とはいっても、イタルの本気とは戦ったことがなければ見たこともないからな…両目の瞳力も把握していない」
「だ、大丈夫なの?」
「俺が負けると思うか?」
「そういうことじゃないよ!でも、イタル兄さんが…!」
「…すぐにナルトも来る。とりあえず里に被害が出ないよう離れて、ナルトが来れば比較的容易になる。それに―死にさえしなければサクラが助けてくれる。大丈夫だ」
父が誰よりも強いことは知っている。二人が死線を戦っているのは見たことがないが、それでもイタルだって強い。更には今のイタルはこちらに対する遠慮がないためどれだけの本気度で戦うかがわからない。おまけにイタルの能力や戦い方を把握していなければ、サスケだってナルトだってどのくらい力を出して戦えばいいかわからないのではないか。そもそもあれは―別人格だ。
サラダには兄弟が居ない。最近は家にいることが増えたと言っても父だって長期任務が多い。今までたくさんお世話になって、大好きな従兄弟を失いたくはなかった。
サスケの右手がサラダの頭に触れる。大丈夫だ、ともう一度口にされる。不安だけれど、でも。サラダはまた流れそうになった涙を拭って頷いた。
「サスケェ!」
「遅いぞ、ウスラトンカチ。…ナルト、お前イタルの戦い方は知ってるか?」
火影コートをなびかせながらサスケの隣に降り立ったナルトに、早々に問う。それより先に伝えることがあるんじゃないかと思いながらも、ナルトは思考した。
「…いや、万華鏡の能力や須佐能乎を出してまで戦うような敵は今まで居なかったからな。須佐能乎が使えるのかどうかも」
「あ、た、確か、中忍試験の時にあの変なのが乱入してきた時!イタル兄さん、パパのこれみたいなの出してたわ。右手に剣かなにか持ってたと思う」
「…須佐能乎は使えるみたいだな。じゃあナルト、イオリの瞳力が何だったか知ってるか?お前もいる所にあの女が来たんだろう」
―かの第四次忍界大戦にて。イタルの母うちはイオリは、穢土転生されたうちはマダラと対峙した忍連合軍の前に現れ、それまで隠していた実力を発揮しマダラと戦い連合軍の生存人数を大幅に増やした。最初こそマダラに"女程度"と舐められていた彼女だったが、やがて認められるほどの奮闘を見せたのだ。
ナルトはかの人がどういう戦い方をしていたのかを脳裏に浮かべる。
「―確か、イオリねーちゃんの能力は防御に特化してた。名前はわかんねぇけど、変な形の盾…?みたいな?」
「お前はほんとに役に立たねぇな。もっと詳しく思い出せ」
「どんだけ昔のことだと思ってんだよ!十五年近く前だぞ!?んー…と、あー…須佐能乎の完全体使ってた時はたしか綱手のばーちゃんたちと一緒に戦ってた時だからわかんねえんだけども、ギリギリの攻撃をギリギリに避けてたってば」
「避けるのは当たり前だろ、避けなかったら死ぬだけだ」
「なんて説明したらいいかわかんねーんだよ!」
だーもう!とナルトは叫ぶ。もうそろそろ里からは大分離れただろうか、イタルは 一定の感覚を空けながらもしっかり追ってきている。
「完全にあたったと思った攻撃を、避けてた。違うかもしれねぇど、たぶん瞳力だと思う。それからずっと右目を閉じてて、マダラがとてつもねえ大きさの岩…隕石?を落としてきた時は、上のふたつ目の方を睨みつけた瞬間、すっげえ眩しく光って粉々にしたってばよ」
「…なるほど」
「なんでイオリねーちゃんの瞳力を気にすんだ?」
「イタルに継承されている可能性がある。…そういうもんなのかどうかは知らんが」
サスケとナルトは適当な場所まで来ると振り返った。サラダを一時ナルトへ預け、追ってたどり着いたイタルを見る。
しばらくの睨み合いの後、サスケとイタルは同時に地面を蹴った。
刀を薙ぐ。腰をかがめたイタルが繰り出した足払いを避け、足の裏を突き出した。その脚を掴んで捻り投げそのまま拳を叩き入れる。サスケは刀で軌道を反らし受け流すと、回転をつけながら着地するも、追撃するクナイと手裏剣を避けるため即座に宙へ跳んだ。
サスケはまだ写輪眼を発動していない。イタルは万華鏡写輪眼になっているが、それは敵に操られているだけのものかは判断出来ず、そして彼の最近の実力を詳しく知らないサスケはどれほどの手加減で攻撃すべきか迷っていた。
大事な甥っ子を、下手に殺すわけにも行かない。
「……オマエ、ワタシを舐めているのか」
「"お前"の実力は知らないが、その身体の方に関しては、殺すわけにはいかないからな」
「ふゥん………」
イタルは目を細めたあと、数拍の間を置いて口角を上げる。取り出したクナイを握り、己の首筋に宛てがった。
「なら、こうだ。コイツを殺されたくないなら、そっちの小娘をよこせ」
「……よこしたところで、その身体を返すわけではないだろうに」
息をつく。イタルが無言のままクナイに力を込めると、その首に血が走る。
「に、っ兄さんっ!やだ、パパ!」
「くそッ…」
「典型的だな」
今にも駆け寄りそうなサラダの肩を掴みながらナルトは歯噛みする。サスケの言うとおり、典型的だが仲間を大事にする木ノ葉の忍にとっては効果の強い手だ。
「……お前は、何か勘違いをしている。"お前"の父親は、とうの昔に死んだ」
「だから何だ。たとえワタシの知っている事と違っても、うちはが滅び、それを命じたのが木ノ葉だというのは変わらないのだろう?」
策を考えながら、サスケは言葉を投げかける。先ほどの会話で随分と怒らせたのならば、その誤解を―と思っていたが、帰ってきた言葉はあまりにも正論だった。
「うちはが滅んだことに関して、木ノ葉もアイツも十分に償って、反省してる!今の木ノ葉に生きるのは、その件に関して何の関係もない人たちだ。その辛い気持ちをどこかにぶつけてぇなら俺達がとことん付き合ってやるからよ、イタルの身体を解放して、直接俺達の所に来いってばよ!」
ナルトの呼びかけに、イタルは彼を見定めるようにじっと視線を向けた。しかし首にあてられたクナイは降りず、無表情にナルト達を見ている。
「…裏切りは、許されない」
「!」
「事の真偽を確かめるのは後だ。父上たちの犠牲の上にのうのうと生きてる奴らとともに、崇高なうちはの者たちをおいておけるものか。…やはり父上のように里を出るべきだったんだ。母上と父上と三人で…あの時に、ワタシがけじめをつけていればよかった。
一度すべて綺麗に片付けて、それから…ワタシが父上の代わりに、新しいうちはを作る。うちはが一番の忍なのだと皆に認めさせて、二度と逆らえないようにする」
台詞こそ大層な夢であったが、その声色は随分と元気がない。眉根を寄せて、悲しげにナルト達から視線をそらしていた。
「…たとえサラダやイタルを利用したって、一族の再興など一朝一夕にできるものではない。うちは一族に生まれたからといって全員が写輪眼を開眼するわけでもないからな。その中から須佐能乎のように強い力を手に入れる者となれば更に一握りだ」
「オマエ、ワタシの能力を聞いていないのか?ワタシが今どうやってこの身体を操っていると思っている。それに別に一族復興が目的ではないんだ、馬鹿ばかり増えても意味が無いからな」
ニコリ。と戦いの最中であることを忘れそうになるほど爽やかに笑って見せたイタル。ゆっくりと須佐能乎を出現させながら、右目を手で覆った。
「結構馴染んできた…やはり男の体はいい、貧弱な女よりも丈夫で長持ちする。一族を守るには、やはり…。この体、イタルと言ったか、それにオマエ。両方とも活用させてもらうぞ」
「パ、パパ…イタル兄さん…!」
「俺がそう簡単にお前に服従すると思うのか?」
戦闘態勢を解いていたサスケは再び構えた。右目を覆ったまま、イタルは笑んでいる。
敵の瞳力が、操る事に特化した幻術系統の能力だったとしても、同じ万華鏡写輪眼を持つサスケにとって警戒は解けなくとも不安だけが残る程ではなかった。
サスケが前髪の下で左目を見開く。イタルの須佐能乎内の足元に転がっていた石ころと居場所を交換し、強く蹴り入れる。突然の瞬間移動には流石に驚いたらしく、イタルは簡単に吹き飛ばされた。次いで休む暇もなく刀の峰を叩き込み、動きが怯んだ所で、須佐能乎の手で骨が折れない程度に握りしめた。「ぐっ…」苦痛に顔を歪めるイタルに、ナルトの後ろで見ていたサラダは思わず目を瞑る。いくら操られていて中身が別人とはいえ、イタルが父の手によって傷めつけられているのを見るのは辛かった。
―しかし、ほんの瞬きの間にイタルの身体は須佐能乎の手から脱出していた。足元から立ち上がるように近づきサスケの首に手を伸ばす。すぐに足裏のチャクラで地面を弾き間合いをとるも、何故かサスケは捕まり首を掴まれながら地面に押し倒された。
「!?なんで…?パパは避けたのに…」
「この左目、中々いい力だ。そしてオマエ…やっぱり、なんのマーキングもないのに突然飛雷神をするから驚いたが、その右目、輪廻眼だな!」
首を掴んだままサスケの右側の前髪を払う。現れた薄紫の瞳に、イタルはウキウキと口角を上げて笑みを深くした。
「残念ながらオマエを"乗っ取る"には、ワタシが直接オマエに会って術をかける必要がある。だが…幻術にかけて操るくらいなら、このままでも十分だ」
「輪廻眼と知って挑むのか」
「フフ、そんなもの!オマエから抉り取ればちょうど二つ揃うんだ。そうすれば、父上の言っていた―ッ!?」
―ドゴン!
笑顔のまま語るイタルが、突如として上空からの攻撃に言葉を止めた。瞳力を使ったのか、無傷のまま穴ぼこの横に崩れた体勢でしゃがみこんでいる。相当驚いた様子で瞠目し口を引き結んでいた。サスケの方は地面に埋め込まれているが、須佐能乎でダメージ自体は無効化したようだ。…しかし、小さくヒビが見えたのは見なかったことにする。
サスケの須佐能乎の上でのそりと立ち上がったのは、赤い任務服の上に綺麗な白衣をコートのようにたなびかせた、桜色の髪をした女性。イタルをキッと睨みつけている。
「なっ、ママぁ!?」
「さ、サクラちゃん!?」
「イタル、どういうこと?サスケくんの目を抉るって」
掌に拳を叩き込みながら、あからさまに怒っているのに笑顔を作っている。
「落ち着いてママ!イタル兄さんは今操られてるの!」
「! …そういう事。なら、そいつがイタルから出て行くまで容赦しないで行くわよ」
サラダの声にサクラは納得した様子で頷きながらも、しゃがみこんで硬直しているイタルに近づく足を止めない。慌ててナルトが制止をかけた。
「ちょ、待つってばよサクラちゃん!イタルの体だぞ!?」
「殺しゃしないわよ。後で私が完治させる。誰だか知らないけど、私の大事な甥っ子操る奴に遠慮なんていらないわ」
なんとも逞しい。ナルトもサラダも冷や汗を流しながらごくりと唾を飲んだ。すぐに出て行った方が身のためだぞ、とイタルの中の人物に向けて心中で必死に叫ぶ。
そんなサクラを止めたのは、地面を掘らされたサスケ。数メートルは沈んだ底から這い出てきたサスケは、眉根を寄せてサクラの肩を掴んだ。
「サクラ」
「あ!サスケくんおかえり!大丈夫だった?」
「…大丈夫だ、が、流石にああいうのはやめろ。イタルが避けられなかったらどうする」
ごめんなさい、と苦笑するサクラの肩を掴み引き寄せながら、しゃがみこんだままのイタルを見下げた。少し怯えた顔でサクラを見ており、サスケの視線に気づくと舌打ちとともに顔をそらして立ち上がる。
「何者だ。オマエには関係ないだろう」
「そうね、サスケくんはうちはの因縁には関わらせてくれないから。でも今貴方は私の大事な夫と娘と甥に手をかけようとしている。そんなの見過ごせないし、無関係じゃないわ。だから私は全力で貴方を叩く」
「…………その額の印…母上のと同じ………。オマエも医療忍者か。ならその怪力も……緻密な…くそ、分が悪い」
じっとサクラを見ながら呟くイタルに、サスケとサクラはゆっくりと戦闘態勢を取る。
憎々しげに目を細めるイタルは、にらみ合いを続けながらすうっと印を結んだ。寅の印を一つ、火遁の術だ。大きな豪火球を瞬時に避け、上空から拳と刀を向ける。須佐能乎の腕で受け止められた二人の攻撃はいなされ弾き飛ばされた。
「ようやく須佐能乎をちゃんと使える程度にはこの身体に馴染んできたんだ。娘もそいつも今はいい、オマエを連れて行く」
「…!?」
「白衣の女!それとこのイタルという身体。それだけまず連れ帰る!」
叫び、上半身を出現させている須佐能乎に印を組ませた。それをみて全員が構える。イタルの能力を何も知らないため対策が取りづらいことと、そもそもイタルの持つ能力が使用されるのか、それとも操っている敵の能力が使用されるのかもわからないからだ。
須佐能乎の右手に現れた剣を薙ぐ。サスケも即座に須佐能乎を出し難なく防御した。須佐能乎に攻撃をさせている間に、本人は別の術を準備していた。須佐能乎を解き、左目を瞑りながら地面を蹴る。
何事かと目を細めるが、サスケがすぐに刀を振り切ると正面に走って来ていたイタルは上へ跳び、サスケを避ける。ししかしそれを追撃するサクラの拳は予想だにしてなかったのか、力強い拳を腹に受けてまた地面に叩きつけられた。
「…?何がしたいんだ」
サラダを守っているナルトはともかく、対峙しているサスケとサクラが連携することは明白だと言うのに、それをしない。サスケは違和感に眉根を寄せた。いくら相手がバカだったとしても、うちはの名に胸を張るならばその程度の実力はあるはず。
喀血しながら拳を受けたイタルは、気を失ったかのようにぐったりとしている。サクラがその襟を引っ張り上げて、治療用のチャクラを練りながら様子を見た。気を失っているのなら、治療をしてサスケに術を解いてもらわなければと考えてのことだ。
「…―サクラちゃん!離れろ!」
「え、ッ―!?」
ナルトが僅かな殺気に気付いて叫んだ。目の前で倒れていたイタルがサクラの腕を握り、ニヤリと口角を上げている。
「オマエみたいな女は苦手だ。だが母上のような医療忍者なら手駒にちょうどいい。それにオマエを手に入れれば、自動的にあの二人も手にしたようなものだ」
「ッしまっ―」
「サクラ!! 」
閉じていた左目を開く。イタルのものか敵のものかは、見たことのないサクラでは判断できなかったが―万華鏡写輪眼が、サクラを射止めた。
手に宿っていた医療用チャクラが消え、サクラの動きが止まる。咄嗟にサスケが離れさせようと輪廻眼を発動するが、すでに遅かった。意図通りサクラを腕の中へ戻したが、その目は赤い写輪眼になっており、次の瞬間その豪腕でサスケを殴り飛ばしていた。
後退し木の枝に登ったイタルの隣に移動する。
「ま、ママ…!?」
「イタルの能力を使えるかはよくわかんねぇけど、とりあえず敵の能力は使えるみたいだな…くそ、どうする」
七代目火影となり、ある程度冷静に戦術を考えることができるようになったとはいえ、それは補佐してくれているシカマルや先々代の補佐であるヒツギには遠く及ばない。ナルトはサラダが咄嗟に走りだしたりしないように肩を捕まえながら歯噛みした。
「サクラは幻術タイプだ…すぐ解く…」
体勢を整えながら、まるで自分に言い聞かせるようにサスケはつぶやいた。サラダはほっと胸をなでおろすが、その安心を壊すようにイタルは笑った。
「ワタシの左目の万華鏡の力は、ただ幻術によって操っているわけではない。
この"巫覡"は初動こそ幻術を使って捉えるが今の操縦段階はいうなれば傀儡師と同じ。写輪眼が直接能に作用し伝令を出す。自我だけ眠らせて、術を使う際の無意識な癖はそのままだ。―今までのザコと違って丁寧に操っているんだ、簡単に破らせはしないさ」
「操っているイタルの目でできるのか…?」
「こいつは操っているわけじゃない。ワタシが乗っ取っている。最初はかなり抵抗されて完全に乗っ取り終えるまで時間がかかったが…そっちの女は血継限界も何もない腕っ節だけの女だな、術をかけるのは簡単だった。
とはいえそろそろ疲れてきた頃だ。うちはの血継限界を産んだ女なら有望だし、この二人は―」
「おい」
イタルの言葉を止めたのはサスケだった。顔は無表情のまま右手でダルそうに刀を持っている。しかし付き合いの長いナルトだけにはわかっていた。その心の中が、激しい怒りと殺意に沸騰していることを。
天手力によってイタルの真上にある木の葉と位置を入れ替え、そのままイタルの首を掴んで押し倒す。重力に従い地面に落とされたイタルは痛みに顔をしかめている。ドス、と首すれすれに刀を突き立て万華鏡写輪眼で睨みつけた。
「今すぐサクラを解放しろ」
「サスケェ!それはイタルの体だ、気持ちはわかるけど丁寧にやれってばよ!」
「…オマエも父上と同じタイプか…うちはってみんなこうなのか?まったく…」
つぶやくと、サスケにサクラの拳が向かう。須佐能乎で防御しても、その衝撃は避けられず弾き飛ばされた。
ケホ、と咳をしつつイタルは首を回してサスケ達を見た。
「一度帰る。この二人はもらっていくぞ」
「待て!いい加減にしろ!二人を返せ!」
時空間忍術でも使うのか、イタルは何やら長い印を結び始めた。ナルトはサクラに距離を取らせようと手裏剣を投げるが、それは難なくサクラ自身に叩き落とされる。サスケも攻撃をするが、すべてサクラに対応されてしまっては下手な大技も出せずにいた。
ナルトの叫びに目を細め、最後の印を結んだイタルは息をついた。
「安心しろ、こいつらは殺しはしない。心の方は知らんがな」
面倒そうにつぶやかれた言葉とともに二人の姿は揺らめき、溶けるように消えていった。
「ま、ママ…!イタル兄さん…!」
「…………殺す」
「落ち着けってばよ、サスケ。そう思うのも仕方ねぇけど、実際に対峙する相手がイタルじゃここでは戦いようがねぇ。ひとまず戻って、情報を整理して、それから出直そう。 朧がなんで木ノ葉に向かってきたのかも聞けば、なにかわかるかも知れねぇ」
「…チッ」
な?とナルトは優しく話しかける。無表情どころか能面のようになっているサスケに怯えながら、サラダは二人の消えた空間へ視線を向けた。
何故こんなことになったのか。一体何があったのか。―自分の無力さに、唇を噛んだ。
うちはを継ぐ者
敵がイタルとサクラを連れ去って翌日。ナルトはサスケの助言通りチャクラを朧に分け与えていた。
「どういうことだってばよ!ちょっとしか良くなってねぇぞ…!」
通常のチャクラをやっただけでは、朧の回復に大幅な好転は見られなかった。サスケは苛ついた様子で眉根を寄せ、「九尾のチャクラを試してみろ」と口にする。
言われたとおりに九喇嘛モードに変わってチャクラを与えるが変わらない。
「なら、仙術チャクラは」
「仙術チャクラは特別なチャクラなの!カエルの仙人じーちゃんたちもいえねぇのにそんなことしたら、朧がカエルになっちまう!」
「朧が術を行使する時目元に雫のような刺青が浮かぶ。昔はほぼ常時出ていたから気にしていなかったが、今思えばおそらくアレは特殊なチャクラを扱う、お前の隈取と似たようなものかもしれん」
「―!でも、だからって憶測で…」
言い争う二人の横で、ヒナタが思い出したように白眼で朧を観察した。そして気づく。
「ナルトくん、サスケくんの言うことも間違ってないかも…!」
「へ?ど、どういうことだってば…」
「ほんのちょっとだけなんだけど、消えかけの普通の色のチャクラの中心に、ナルトくんの仙術チャクラとよく似た感じのチャクラが生成されてる」
そう言われ、ナルトはヒナタとサスケを見た後すぐに仙術チャクラを練り、それを朧に移すとみるみるうちに治りかけの傷が治癒し左頬に雫の刺青が浮かぶ。人工呼吸器で維持されていた呼吸も、微弱だった心拍も順に正常な数値へと戻っていったのだ。全員が驚きを見せた。
「朧!起きろ!いつまで寝てやがる!」
「さ、サスケくん、怪我人にそんな」
それでもまだ目を覚まさない朧の人工呼吸器を外し襟を掴んで怒鳴りつける。ヒナタがなだめるが、サスケは聞いていないようだ。
「いい加減にしろ朧!」
「…起き抜けでサスケさんのドアップは中々きついです…うるさい…」
「遊んでる暇はねぇ、さっさと知ってること全部吐け」
ゆるゆるとまぶたを押し上げ目を覚ました朧の襟を離すと力なくベッドに沈む。回復したと言っても、ナルト以上にここ何年も前線から離れていた上でサスケやイタルでも苦戦する相手と戦ったとなれば、その疲労ははかり知れない。
ヒナタがすぐにナースコールを押し、やってきた看護師によって適切な対処がされていく。点滴だけで過ごしたことによる多少の空腹と筋肉痛、水分不足等々。ずっと苛々したままその様子を見ているサスケがその感情を隠していないのは、きっとこの場に娘や妻が居ないからなのだろう。ナルトは嬉しいんだか悲しんだかと苦笑した。
「敵はユウダと名乗っていました。通常の豪火球の術に必要な印をすべて結ばないまま、かなり高威力の術を打ってきた。少なくとも火遁と風遁は使えるようですが、他の性質を持つかはわかりません」
普段食べているものと似たメニューだという、味のうすそうな病院食を食べ終わり、お茶をすすりながら朧は語りだした。
「僕自身の体術が大したレベルでないのでそれは判断しにくいですが、サスケさんと同等かそれ以上の幻術は扱えるようです。 須佐能乎を見ましたが途中から幻術に切り替わったので、アレが本物かどうかは自信がありません。それから―術を行使していくにあたって、包帯で隠していない左目ばかりにダメージが蓄積されているようでした。
僕はあまり話して情報を抜き取るのは得意じゃないし、サラダちゃんを追うのに急ごうとしていたようだったのでそれなりのレベルで応対され、あまり情報は聞き出せていません。そこは多分木の葉丸さんのほうが善戦してるかと」
「チィ…役に立ちそうな情報がねぇな」
あからさまに舌打ちしてみせるサスケに呆れるように肩をすくめ、「まぁ、ユウダと交戦した時はね」とつぶやいた。
「…!そうだ、朧はどうしてあんなとこにいたんだ?」
「ああ…。一週間と少し前でしょうか、散歩中に少し違和感を感じたので、サスケさんに確認しようと木ノ葉へ向かっていました。途中何度かアレの手下に襲われて…すぐに到着出来なかったんですけれど」
「どういうことだ」
ようやく、今すぐにでも敵を追う事以外で興味を持ったのか、サスケは朧のベッドに腰掛け鋭い目つきで話の続きを促した。
「…サスケさん、なんでこんなに機嫌悪いんです」
「あー、まぁ話すと長いんだけども、サクラちゃんがな」
ひそひそとナルトと言葉を交わし、帰ってきた一言に全てを察すると咳払いをして望み通りに話を続ける。
「数日前、その時身を寄せていたアジトの近くを散歩していた時です。僅かな殺気を感じ、次の瞬間には幻術にはまっていた。気付いてすぐに解けたのでよかったですが… もしかしたら、サラダちゃんをさらっていたのは僕だったかもしれません」
「…ユウダ、だったな。イタル越しに奴と戦った時のことを思い出して、戦いに備えなくちゃな」
「そんなことより敵のねぐらを突き止めるのが先だろう。サラダも狙われている、イタルもどういう扱いをされるか」
故意にか自分の妻のことを口にしないサスケにまた苦笑しながら、落ち着け、となだめた。
「―違和感、というのが。周囲を探索した結果、かなり高度な時空間忍術の跡がありました。空間よりももっと高次元な…痕跡だけでは、僕には測りかねました」
「ユウダが、その時空間忍術でここらへんにやってきたっていうのか?でもユウダはうちはの人間なんだろ、どっか別大陸にでも散らばってたうちはがやってきたとでも言うのか―…」
不思議そうにナルトが言って、そして黙った。なにか思い当たることがあるのか宙を見て頭を抱える。「そういうことか」とつぶやくと、すぐにサスケが食いついた。
「昔、俺とサイとサクラちゃんとヤマト隊長のフォーマンセルで、ムカデっていう砂の抜け忍を追った事があったんだ。楼蘭っていう国があった所で、地下に龍脈っていう莫大なエネルギーが―いや、そこはいいか。
とにかくそこで、そのムカデってやつが何かをしでかそうとした時の術の暴発に俺が巻き込まれたんだ。その時不思議な経験をした…まだ若い、結婚してねぇ父ちゃんと、十代くらいのカカシ先生と会った」
「…それと同じようなことが起きていると?朧、その痕跡のあった場所はそういうエネルギーの強い所だったのか」
「一族のかつての故郷があったと言われる付近ですから、もしかしたらそれなりにいわくつきの土地なのかも。大蛇丸様のおかげで大分一族の能力に関してわかってきたことは増えましたが、うちはのように保護されてなかった分暮らしていた時の文献だとかは残っていませんので、僕自身が今できること以外何もわかっていない。たとえば、そういう時空間忍術が使える、とか」
言い切るとまた部屋に沈黙が訪れる。基礎情報を知らないヒナタでは聞いていてもわからないことが多く、下手に口出しも出来ないためにいたたまれなくなり、給湯室へお茶を取りに行くと部屋を出ようとした。「ヒツギさん!それに先代様、サラダちゃんまで」ちょうど戸を開けた時に廊下にいたのか、ヒナタがそういうとサラダは大人たちの合間を縫ってサスケに抱きついた。あからさまに苛ついていたオーラを仕舞いサスケは悟ったような無表情に切り替わる。
「よっ。久しぶりだねぇ朧。それにお帰りサスケ」
「話は聞いた、イタルとサクラが連れてかれたらしいな」
情報の交換のためにも、暗部の見張りと結界を張ったこの個室は広めで、大人子供が数人増えても十分余裕のある間取りだ。隅に重なっていた椅子を人数分置き、腕と脚を組んでいち早く座ったヒツギはサラダに捕まったままのサスケを一瞥してからナルトに向けてそう言った。サラダは大声をあげて泣くでも八つ当たりするでもなく、ただ静かにサスケにぎゅっと腕を巻きつけて黙っていた。
「とりあえずわかっている敵が使った能力は二つ。人を操る能力と、人を乗っ取る力だ。とりあえず手数を欲していた今までと違い、サクラやイタルには丁寧に、強力な術をかけてくるだろう。具体的にどういうつもりなのかはわからないが行動原理は、ま!一昔前のサスケだな」
「…………悪かったな」
「さて。まぁわざわざ二人して来たのはだな。先ほど木の葉丸が目を覚ました。だがまだ喋れる状態ではなくてな。しかし本人の意向でいち早く情報を伝えるために私が術で記憶を読み取った。そして―ナルト、サスケ。お前らもイタル越しに奴と戦ったんだろう。それを見ていたサラダの記憶も読み取らせてもらった。その上で分かったことを、考察も交えて話そう」
全員が眼の色を変えた。サラダも鼻をすすり涙の痕を隠しながらヒツギを見る。
「まず気になったのは、敵―うちはユウダの発言だ。木の葉丸が提示した『十年以上前に表向きはサスケ以外のうちは一族は死んだ』という情報にひどく驚いていた。いくらそれなりの緘口令があったといえ、うちは一族当人であるなら知らないはずがない。 知らないまま今まで過ごすということはよほどありえないからだ。
サスケが最初に心理戦を持ちかけた時、おそらくユウダは自分が乗っ取っていることを知られていることを知ったうえで話していた。つまりユウダ自身の父親の話なのか、イタルの父親の話なのか…多少興奮した頭では気づきにくかったかもしれん。だが奴の語る両親像と、イタチとイオリは明らかに違う。おそらくは自分自身の両親がやったのだと勘違いしている。まぁ、自分のねぐらに戻り頭を冷やせば、勘違いに気づく可能性は大いにあるが―しかしユウダは、犯人が誰であろうと関係ないと言った。"うちはが滅び"、"それを命じたのが木ノ葉"であることを重視し、憎しみをつのらせていた。
…ところで、ナルト、サスケ。第四次忍界大戦の折、歴代火影達とともにもう一人、ある人物が穢土転生されたのを覚えているか?」
口休みとでも言うようにヒナタが用意したお茶をすすり、ヒツギはそう問うた。名指しで呼ばれた二人は一瞬首をかしげるが、すぐに思いついたように瞠目する。
あの第四次忍界大戦で、いくつか別の目的もあったものの十尾やマダラを止めるために大蛇丸が初代から四代までの火影を穢土転生で口寄せした。うちはと千手の因縁について話を聞き、いざ戦場へといった時、初代火影千手柱間が悩みながらも大蛇丸にある願い事をしたのだ。『穢土転生が生け贄を必要とすると知った上で、ある人物を穢土転生で呼び出してほしい』と。もしかしたらマダラを説得することができるやもしれぬ、と望みを抱き喚び出した人物、それは―
「医療忍術という概念を生み出した奇才と呼ばれる千手一族の女、千手ユウマ…だったか」
「そう。綱手様にも確認し、文献もいくつか調べたことがある。
深い傷を受ければ死ぬしかなかった当時の戦乱の中、戦う方の才能はなかったものの"治す"という考えを生み、ただでさえ有数な忍一族であった千手がさらに強固になっていく一因となった。マダラの弟が初代火影の弟である二代目と戦い相打ちにも近い状態になりながら二代目が生き残りマダラの弟がそのまま亡くなったのも、その治癒術によるフォローの差ではと語られる文献もあった。その千手ユウマは、木ノ葉の里を創設してからマダラが里抜けするまでの間、唯一マダラの近くにいた女らしい」
再び茶をすする。
「…うちはユウダが、うちはマダラの…子供だとでもいいたいのか」
「サラダが最初に遭遇した時のうちはユウダが背負っていたあの武器。あれはうちはマダラの持っていたうちは返しのはずだ。マダラが持ち去っていたから里にはなかったが、アレは本来族長に受け継がれるようなものなんじゃないか」
「待ってくれよ!俺も火影になるにあたっていろいろ文献とか歴史資料とか見してもらって勉強したけど、いくらなんでもマダラに子供がいれば一言くらい書いてあるもんじゃねぇの?つーか…イオリねぇちゃんが大戦の時にアイツをホモ呼ばわりしても否定しなかったってば…」
ナルトが最後にぼやいた事に再び沈黙する。気まずげに眉根を寄せているヒツギに変わるようにして、カカシが考察を続けた。
「…まぁ、マダラが実のところ男色家だったかは置いておいて。ナルトの言うとおり、俺の知っている限りでもマダラに子供がいるなんて記述は一切ない。それはマダラの方だけじゃなく千手ユウマの方もだ。隠し子だって可能性はあるが、だとしたら両親のことをある程度尊敬しているのもおかしい。そこで俺達は、ある仮説を立てた」
「…ナルト、お前昔仮面の男によって、サクラと二人で"よく似た違う世界"に連れていかれた事があったな。そういう別次元から、どういうわけか出てきてしまった可能性がある。あのマダラに妻と子供があり、さらには子供に術や武器を伝えられる―まさに無限月読の幸せ世界だ」
「…僕が感じた、時空間忍術の痕跡…おそらくはあの場所が侵入点でしょう。僕はすぐにそこへ調査に向かいます、なにかわかるかもしれない」
自分の腕に刺さっていた点滴の管を引きぬきながら朧はベッドを降りるため身体を動かす。
「待て、俺も行く」
「痕跡の方は僕だけでいきます、こちらはよほど急ぎじゃない。サスケさんはナルトさんと協力して、敵のアジトを探してください」
「でもよ朧、病み上がりでそんな無茶したら、今度こそどうなるかわかんねえぞ」
心配そうに言うナルトに、「朧にはカカシがついていけ」と平然と告げられたヒツギの言葉に当のカカシは一拍置いて「えっ」と自身を指差しながら首を傾げる。
もう俺引退してるんだけど、と冷や汗をかきながら異議を唱えるカカシに、チラリと視線を流してわざとらしくため息をついた。
「そうか、嫌か…なら仕方ないな、私が行こう。お前たちほど戦闘能力がない私が行ったところで足手まといかもしれんが、どうやら里の異常事態だというのに立ち上がる気のないだらしない腰抜けがいるらしい」
「えっあっ…分かりました、行きます…」
「よろしい」
しょぼん、と俯くカカシに笑顔を向けて、そして「準備をさせてくるから三十分待ってくれ」と朧に言った後すぐにカカシを走らせた。
この算段をひとまずシカマルに伝えてくるとヒツギも続いて病室を出て行った。
「ヒツギ先生怖っ…」
「完全に尻に敷かれてやがるな。情けねぇ」
「サスケさんもあんまり人のこと言えないと思いますけど。とにかく、イタルさんとサクラさんは任せます」
視線を交わしなんとも言えない文句が口から出そうになりながらも、ぐっとこらえて頷いた。
傍らにしっかりと安置してあった傘を握り、一礼して病室を出て行った。うつむいて元気なく座っていたサラダを撫で、抱き寄せる。「大丈夫だ。サクラとイタルは必ず連れて帰る」強く言い、サスケは不器用ながらもサラダに笑いかけた。
「んん… ッ!…ここは…?」
「目が覚めたか?」
暗い場所だった。原始的にも松明の炎が揺らめきサクラでも見えるほど辺りを明るく照らす。簡素な木の台に寝かせられていた身を勢い良く起こすと、同じ空間にいた人物をキッと睨みつけた。イタルではない。彼よりも幼い面持ちの少年だ。
「いいの?せっかくの術を解いて…」
「一度術をかけた相手は、こちらがその気になればすぐに再び操れる。…ずっとやっていれば流石に疲れるんでな」
竹水筒の水を飲んで、脇に置いてあったもう一つの水筒をサクラに投げた。上手く投げられたそれを受け取り訝しげに少年と水筒を見る。「ただの水だ」少年は一瞥してまた水を飲んだ。
「ここはどこなの?」
「さぁ?土の下ってことは確かだ」
「イタルは?」
「アイツにはどう抵抗されるかわからないからな。眠らせてある…」
「アンタ一体何者なの?うちの家族狙ったりして…」
ひとまず殺されることはない。そしてよほどでないかぎり"死にはしない"自信のあったサクラは、恐る恐るながらも強気な態度で情報をかき集めようと言葉をぶつけた。
場所の特定。敵の目的。敵の正体。敵の能力。どれか一つでも分かれば、サスケ達が来てくれた頃少しでも有利に戦えるだろう。 少年はサクラを見た後、一つ息をついた。
「オマエ、母上より頭が良さそうだな…」
「……あんたの母親って、誰よ」
「見た目はよく似てる。平和ボケしてる顔も、髪色が明るいのも、額の印も。乳はもう少し…」
「それ以上言ったら殴るわよ」
人差し指で地面に小さいながら亀裂を入れると少年は黙って視線を逸らした。
もらった水筒の水を飲む。確かに、毒も何もないただの水だ。そして少年の顔を見た。前髪で右目を隠し、気だるそうに頬杖をついてサクラのいる辺りをぼんやりと眺めている。その表情はどこか見たことのあるものののように感じ少し違和感を覚えた。 先ほどまで―サクラが気を失っていたのがどのくらいかはわからないが、気を失う直前にイタルに乗り移っていたという時の荒々しい、怒りや憎しみに満ちた表情ではない。悲しげな、大切な何かを失ったような虚ろな雰囲気だ。
「あんた、」
「あんたじゃない、ワタシにはユウダという立派な名前がある」
「…ユウダ、貴方は一体どこから来たの? 木ノ葉にいたうちは一族じゃないんでしょう?」
違和感を解きほぐすため、慎重に考えながらそう問うと、ユウダは少しだけ眉をひそめてサクラに焦点を合わせた。
「…ワタシは紛れも無く、木ノ葉の忍だ。木ノ葉の里で生まれた」
「…………」
「父上は、ワタシが生まれる前に里でなにかやらかしていたようでな。ある程度実力をつけるまで、木ノ葉の者には随分な扱いを受けたが…それでも、ワタシは木ノ葉を、 うちはを愛していた」
「ならどうして、木ノ葉を襲おうとするような」
「最初に裏切ったのは木ノ葉だ。ワタシを忌み嫌うどころか存在を忘れ…たった一度の過ちでそれまでの貢献を忘れ、あまつさえ同族殺しをさせるなど。到底許されるものではない」
「…そうしなければ、彼はもっと悲しむことになった。もっと多くの生命が途絶えるのを見ることになった。だから、あの人は、」
籍を入れる際に唯一話してもらえた、うちはの歴史。義兄の汚名と誉れを脳裏に浮かべてサクラは語る。
しかしユウダはじろりとサクラを睨みつけ、フン、と鼻を鳴らす。
「クーデターを起こすような、そんな浅ましいバカはいらない。父上が立ち上がろうとした時は嘲笑し軽蔑したくせに、今更ムシがよすぎるだろう。大体、父上の意志を理解しないうちはが木ノ葉に勝てるはずもない。
父上は火影になりたかったわけではない。自分自身のことなどどうでも良かった。ただみんなが笑って暮らせる、そんな集落…里を作るのが、幼いころの夢だと言っていた。大切なものをたくさん失って、それでも残ったうちは一族を守ろうと盾になっていただけなのに、そんな父上の気持ちも理解せず、誰もが千手に下った。一族を守るためにひたすら戦うしかなかった父上は、かつての仲間にすら裏切られた。だから父上は、それが皆の幸せであるならと…―」
ぽたり、と雫がおちる。水筒の水滴ではない。前髪に隠れた右目からだ。
そっと右目を手で覆いユウダは目を瞑る。何かを思い懐かしむように口を結んで、 しかしその眉間には深い皺が寄っていた。
「父上は母上という新しい守るものを見つけて、穏やかに暮らすようになった。けれど穏やかなのは家の中だけだ。一歩外に出れば批判、中傷…。 ワタシは皮肉にも幻術に特化している。ワタシは…ワタシは父上を蔑む者全員を術にかけ、服従させる。そしてゆっくりと新しい世代を作り、それまでの者は全員殺す」
「月並だけど、それで貴方のお父さんが満足すると思ってるの?」
「満足するかなんてどうでもいい。満足しなくてもいい。一時でも父上と母上が皆と並んで笑い、―それがまやかしだと気づくのなら、その時は、ワタシを殺すためにひとつになってくれる。それでいい」
幼い顔で笑う。傷ついて傷ついて、疲れきった頭でいっぱい考えて、それからやっと出た答えなんだろう。
サクラは自分の夫を想う。たくさん傷ついて、どうしたらいいかわからなくて、やっとケリを付けられると思ったら優しい嘘に騙されていたことを教えられて。自分の気持ちをどうしたらいいのか迷って、悩んで、仕方なくそのまま道を走って、ようやくぶつかった十字路で、親友に助けられた。少年の父親には、そういう人はいなかったのだろうか?
「貴方の他に、お父さんのために戦ってくれる人はいなかったの?」
「…一人、いた。でもソイツは、父上よりも優先しなきゃならないものがあった。だからワタシは、ワタシが、父上だけのために、戦うんだ」
「…お父さんは、貴方のことも守りたいと思ってる。貴方がそんなふうに波紋を入れれば、今の幸せさえ、どうなるか―」
「その幸せも、どこかに行った。父上が今のままでいいと言うならそれでもよかった。けど、今ここに父上はいない。母上はいない。だから決心がついた。それだけだ」
少年の表情は、サクラが開設したこども診療室の子供のような顔だった。自分でも納得行っているわけではない。
サスケは、娘と、自分と、親友と、里を守るために陰ながら戦っている。ユウダはどこかサスケに似ているなとサクラは思った。拒んでいるのか教わっていないのか、幼い心で思いをぶつけられる方法を探している。
サスケにとってのナルトのような、八つ当たりだろうと思いをぶつけられる相手がいない。
サスケにとってのサクラのような、深い愛情の海で待っていてくれる人がいない。
サスケにとってのサラダのような、どんな理由があっても守りたいと思うものがない。
今のユウダには、サスケにとってのイタチのような―虚無感を生む根源しか存在しないのだ。
「…少し話しすぎたな。話したところで、オマエはまた眠るのに」
「……ユウダ。貴方は…」
「もういい」
写輪眼を発動させた瞬間、サクラはゆっくりと身を倒した。
「ワタシ一人では帰れもしないし…この世界で、生きていくしかないんだから」
松明の火が消えて、そんな言葉が闇に沈んだ。
つなぐ思い
「つっても、どうやって探すか…」
朧とカカシの出発を見送って、ひとまず火影室に戻ったナルトとサスケとサラダ。サラダはヒツギに預けようとすると断固として拒否したのでひとまず同行している。火影補佐であるシカマルは緊急事態の対策と通常業務の指示振りのため席を外していた。
時空間忍術や次元忍術についての文献や巻物などを集めるものの、都合よく関係のありそうなものは見つからない。
「サスケの旅で何かそれっぽいものは見たことないのか?」
「覇謡の集落があったとされる場所は一度行ったことがある…が、チャクラが多少他の大地よりあるという程度で、集落の残骸があるわけでも龍脈のような強大なチャクラを感じたこともない。…といっても、そこまで気を張って念入りに調べたことはないが」
目的が違ったとはいえサスケの旅で得ていた情報も今回の件には役立たなかった。
あーでもないこーでもないと議論を続けるも結論が出ないことにしびれを切らして、サスケは早々に付近へ捜索に出ると踵を返そうとした。
「パパ!わ、私も行く…!」
「ダメだ。ヒツギの所にいろ」
咄嗟にサラダが駆け寄るが、サスケは一刀両断するように切り捨てた。それでも引かずサスケのマントを掴んで強く見上げた。
そんな娘の様子に息をついて、しゃがんで視線を合わせる。少し悩んだ様子を見せて、人差し指と中指をこつん、とサラダの額に当てた。
「ユウダはお前のことも狙っている…ひととこに集まって一網打尽にされるより、もし俺が捕まってもお前が里に残っていれば、その写輪眼で俺を見つけられるだろう。
サラダ、ただお前を置いていくんじゃない。手分けして奴の手がかりを探すんだ」
「でも私…どうやって…!」
「ナルトや他の大人たちはお前を守ろうと、ヒツギに保護されることを願う。 しかしヒツギもうちはに深く関わった人物だ…頼めば、里の中での調べ事をするのにお前も連れて行ってくれるだろう。 俺は外で奴のねぐらを直接調べる。サラダは里で奴の正体や能力について調べる。どうだ?」
横から聞いているだけのナルトにすれば、ひねくれて捉えればサラダを里においておくための言い訳にも聞こえるだろう。しかしあまり危険に晒したくないサスケの気持ちも、いち早くサクラを探したいサラダの気持ちもわかる。その中で出された"里の中でヒツギの調査を手伝う"というのは、間違いなく有用な案だった。
サラダも多少ごまかされているような気になったのか不満気にしていたものの、言葉を聞くうちにそのつもりになったらしく力強くうなずいた。
「よし…頼んだぞ。じゃあ行ってくる」
「あんまり遠いとこ行くんじゃねえぞ。それと一人で救出に向かうなよ」
「わかってる。遠くても一日で戻ってこれる場所までにしておく」
そう言って、サスケは火影室から出て行く。サラダもナルトに一礼し、言われたとおりヒツギの調べ物を手伝わせてもらうため同じく火影室から出て行った。
「俺も働くべきなんだけど…なんか、オーバーキルな気がしてくるってばよ…。とりあえず里の結界と、幻術に強い奴中心の警護周りの強化すっかぁ…通常業務はシカマルに任せっきりだし、里の警護隊の隊長はイタルだしなァ…確認し直さねぇと」
火影になってもナルトは第七班では格好つかない損な役回りだ。一人苦笑しながらも書類の山から目的のものを引っ張りだすため火影椅子から立ち上がった。
「…………」
ゆっくりとまぶたを上げる。身体は動かない。物理的にも、術でも拘束されている。目だけを動かして辺りを見回した。ずいぶん暗いが、夜目は効く方だ。とはいっても別段面白いものは何も見当たらなかった。
近くにある人の気配は―明確なものは二つ。よく知っているサクラの気配と、擦りこむように覚えた敵―ユウダのものだ。誰も動く気配はない。そして何か違和感のあるものがいくつもあった。チャクラは感じられるが、人としての生命力は感じられない。ここはどこだろうか?意識を乗っ取られてからどれほど経っただろうか?サラダや、何故か一緒にいるらしいサクラ、サスケたちは無事だろうか。色々と考えたい事が多いが、どれほど頑張っても身体は動かなかった。
部屋の状態を確認する。辺りは岩で出来ていて、人工的な建物ではない。大きな空洞に陣取られたこの場所は、おそらくは山岩の洞窟というより地下の大穴といったところか。それ自体が人工的なものか自然的なものかまでは分からないが、ある程度の補強はされているようだ。その補強は木によって行われている。木の根っ子と思われるいびつな木々が所々崩れかけの岩を押し固めていた。さらに視線を動かし見えたものに―イタルは顔をしかめる。
「玉依は解いてるとはいえこんなに早く意識を取り戻すとは…オマエも幻術に強い質らしいな。うちは…イタル」
「…うちはユウダ」
「しばらくは何もしない…ワタシも、疲れたしな。だがオマエの力は中々計算に合わない。そのまま起きていて構わないが、動きは制限させてもらう」
見つけてしまったあるもののその下に座っていたユウダは、視線しか動かしていなかったがイタルの意識の浮上に気付いたらしくそう話しかけてきた。戦った時と違い、随分とラフな格好だ。
万華鏡写輪眼の影響でだろう単純な疲労も見えるが、何か思うことがあったのか気分が沈んでいるようである。
「…オマエの父親が、うちはを全員殺したらしいな」
「……ああ」
「オマエは…両親を殺した木ノ葉を…恨まないのか」
その質問はイタルにとって何度も叔父から問われたものだった。両親のその境遇について、何も思うことがないわけではない。
けれど自分に託された思いというのは、ユウダが思うようなことではないことを、わかっているから。
「恨まないよ」
「……本当に?」
「ああ。ボクの役目は恨むことじゃない。両親が守りたかった木ノ葉を見守っていくことが、ボクの役目だ」
瞼の裏に幻だったとはいえ両親からのメッセージを思い浮かべ、イタルは言い切った。
『お前のために生きられなくてすまない。一人にしてすまない』
『それでも、私たちは貴方のために戦う。貴方がこれから生きる世界を守るために、戦うから』
『認めてもらえなくても、それでも、俺たちはお前を愛している』
『―生まれてきてくれて、ありがとう』
涙を流しながら笑う母。滅多に泣かない人だと聞いた。それに寄り添う父。写輪眼を開眼し、サスケやナルト、ヒツギからすべてを包み隠さず聞いた時に、あるきっかけで発動した父の月読という幻術による映像だった。不器用に伝えられた想いは、確かにイタルに引き継がれ、心に残り、今のイタルを形成するに至った。
引退した木ノ葉のかつての相談役には苦い顔をされ、うちはイタチの悪行のみを知る人物には冷たい目を向けられた。それでもイタルは正々堂々と自分の実力で上へ進み、教育制度の整った今の治世で一年でアカデミーを卒業し、その年の中忍試験では父と同じく一人で合格し中忍となった。他の同年代がアカデミーを卒業する11歳の頃には上忍となり、翌年には火影直轄の暗部に所属し、父と同じ年で隊長を務めることもあった。
両親の真実を知るナルトが火影になったこともあるかもしれない。それなりの地位と信頼を得ていたヒツギやカカシが養親だったこともあるかもしれない。それでもイタル自身が今の地位を得たのは本人の頑張りだ。
「木ノ葉を守ろうと思うのは、それがただ両親から受け継いだ想いだからじゃない。ボクがいままで育って、見て来た木ノ葉が好きだから、ボクは木ノ葉を守る。今木ノ葉を生きる人たちを…お前に奪われたりは、しない」
「………そうか。オマエは…愛されているんだな」
「…ユウダ?」
「ワタシだって、木ノ葉を守るつもりだ。だたそれよりも先に、ワタシは…父上と母上が笑っている姿が見たかった、それだけだ」
ユウダは立ち上がると印を組んだ。そして手裏剣を飛ばしイタルの身体を縛っていた縄を切る。顔をしかめるイタルは自分の体が動くことに首を傾げ、ユウダを見た。
「チャクラは練れないようにしてあるが、自由に動ける。…オマエは怪我をしているしな、向こうにサクラとかいう白衣の奴もいる。…治療してもらえ」
「…ボクが逃げないとは考えないのか?サクラさんが医療忍術を使えるなら、あの怪力だって使えるだろう。こんな岩の壁…」
「逃げたければ逃げればいい。その時は、ワタシがまたオマエ達を操ってここに集めるだけだ」
呆れ気味にため息を付いて、ユウダは眠るかのように壁に背を預け目をつむった。
その様子を見てイタルは眉をひそめる。イタルやサクラが逃げる素振りを見せれば、相応の対応をされるのだろう。ならば下手に動くより、まずは一緒に来ているサクラに傷を治療してもらいある程度万全な状態になってから、外へこの場所を知らせる方が利口だろう。言われたとおりに、気配を頼りにサクラを探した。
「サクラさん、サクラさん…起きてください」
「ん…… イタル… イタル!?無事!?」
「はい、無事です。ある程度制限されてますが、自由に動けます」
無傷のサクラが木の台のような所で眠っているのを見つけて、ほっと胸をなでおろしながら優しく起こすと、目覚めてすぐに勢い良く身体を起こし自分のことよりもイタルのことを心配しているサクラに笑いかけた。
「うちはユウダが、…サクラさんに傷を治してもらえと」
「それはもちろんそうするけど…でも動けるならここから出たほうが。 あ、でも一度操られたら好きなときに操り直せるんだっけ」
「はい。それだったら、サスケさん達にこの場所を知らせたほうがいいでしょう」
そうね、とサクラはうなずいて姿勢を直し、チャクラが練れることを確認してから、イタルが操られていた時に抵抗するために自分で傷つけた幾つかの傷を治しはじめた。
「ユウダは?」
「あそこで休んでいます。寝てるのかどうかはわかんないですけど」
「そう…。 …イタルは、ユウダをどうするつもりでいるの?」
先ほど一度目が覚めた時に話をしたのを思い出し、サクラは問う。サスケの姿を見てきたサクラにからすれば、どんな事情があれ闇を抱えているユウダを救いたいと思ったのだ。しかしおそらくは、自分たちを襲いさらったユウダを、サスケは許さないだろう。戦い致命傷を負う前に、ユウダを説得できればいいのだが、そのためには自分一人で話をするには難しい。
「ユウダは今のうちはや両親のことを聞いて―どうしたら良いかを一人だけで悩んで、今の答えを出した。…道はそれだけじゃないと、示したい。…同じ、うちはですから」
「…ふふ、イタルはやっぱり優しい子ね!―じゃあ、ユウダと話をしましょ。考えが、変わってくれるかもしれない」
得意気にイタルを撫でながら笑う。
世代の違ううちはマダラこそ事が済む前に説得をすることは出来なかったが、その手前にうちはオビトは、ナルトが生き様を見せたことで考えを改め心強い味方となった。誤解とか、思い違いとか、伝えられなかった想いとか。そういうものであの子もまっすぐ歩けなくなっているのなら、たとえどんな境遇だったとしても元の道に引っ張り戻す。それが今の木ノ葉の―火の意志を継ぐ者たちの考えだ。
怪我が治ったのを確認して、二人はユウダが休んでいる場所まで移動した。
手の届く範囲まで来て、まぶたを下ろしているユウダをじっと見る。眠っているのなら無理に急ぐこともない。しかし視線が鬱陶しくなったのか、ユウダはぱちりと左目だけを開き二人を見上げた。
「…なんだ?脱出するなり外に場所を知らせるなり、やれることはあるだろうに」
「いつまでこうしているつもりなの?」
「…特に、決まっていない。里一つ分、全員に術をかける瞳力を溜めるくらいか」
挑発のつもりなのか、ユウダはわざわざ答えた。
「前髪で隠しているその右目?」
「万華鏡写輪眼は酷使していけばやがて光を閉ざす。君のその目は…」
「ワタシの右目は父上の目だ。それさえ残っていれば右目が見えなくなろうと力は使える」
そこまで言ってユウダは視線をそらす。そして舌打ちして立ち上がると、二人の間を邪魔するように通り抜けた。どこへ行くのかと問うサクラに背は向けたまま「散歩だ」と答え、壁際で印を結んで消えるようにその場を去った。
「……逃げられちゃいましたね」
「ええ…。仕方ないわ、とりあえずこっちはこっちで場所を把握しましょ」
攻略目標が場からいなくなった今、やれることはない。ならば、自分たちを探しているだろうサスケやナルト達にこの場所を伝えるべきだろう。丸投げするのは癪だが、一度サスケというひねくれ者の道を正したナルトならば、わかることもあるかもしれない。 サクラとイタルは手分けして辺りの調査を始めた。
散歩に出たユウダが向かったのは、かつて終末の谷と呼ばれた場所。崩れた像のてっぺんで空を見ていた。
自分の知っていた景色と変わらない空。森。しかしあくまで"ほぼ"というだけ。知っているよりも森は広がり生い茂っている。遠くに見える里の建物の趣味は随分様変わりしており、木造建築ばかりだったはずが土壁やコンクリートの家々が多くなっていた。
―ユウダがこの地に降り立って三週間ほど経っていた。ある場所を調べていたら、気付いたらそこにいた。現状を把握するために歩きまわり、木ノ葉の里を目指しながら自分を襲ってきた盗賊や抜け忍を返り討ちにして操り食糧を確保するのに一週間と少し。
あの傘を扱う女に遭遇し利用しようとしたものの、操るより先に捕縛のための幻術を解かれ失敗してしまったのが十日ほど前だ。それから傘の女を狙わせつつ、木ノ葉や今の情報を集めていた。そろそろ直接出向くかと思い始めた頃、火に入る虫のようにうちはの家紋を背負う少女が現れたのだ。
気が高ぶっていたことはユウダも自覚していた。薄々おかしいと思ってはいたが、木の葉丸と呼ばれていた男にうちはが滅びたと言われ、自分を形成していたものが崩れていくのがわかった。
自分のかつての願いが膨らんでいく。父と母が幸せだというなら、それを壊すつもりは毛頭ない。しかし第一であるそのふたりがいないのなら―…。
「やっと見つけた」
視線は向けない。嬉しそうな顔で近づいてくる一人の男はピクリとも動かないユウダをじろじろと見下げている。
「君が最近ここらを騒がせている奴だろう?」
「………」
「ああ、そう殺気を向けないで欲しい。君を害するつもりはないよ。ただ、話を聞いて欲しくて」
へらへらと笑う男はユウダの後方に立ったまま話を始めた。
「君は何故ここにいるのか、わかるかい?」
「………」
「僕が喚んだんだ!君にある事を手伝って欲しくて」
その言葉に初めてユウダは視線を動かす。前髪越しに右目で睨みつけると、男はニィと口角を釣り上げた。
「ボク達が目覚めるまででどれだけ経っているかわかりませんが、これからの分は時間経過を把握しましょう。といってもここは地下ですから、さてどうやって計るか…」
「どこかに水でも流れていれば、その溜まる量で計算もできるけど…」
「…まぁ、仕方ないですね。サクラさんが怒りそうなんであまりやりたくない方法ですけど」
さすがは木ノ葉の上忍二人。サクラは今は子育てや病院勤務のため最前線からは退いているとはいえ、持ち前の頭脳は衰えていなかった。そして数年前に上忍になったイタルは、まだ若くても両親から受け継いだ判断力がある。何より家族として暮らすようになった今、チャクラが練れないといってもお互い背を預けられるという絶対的な信頼が、この状況でも落ち着いて考えられる一番の理由だった。
不思議そうに首をかしげるサクラに「怒らないでくださいね」と苦笑し、イタルはちゃっかり拾っていたユウダの投げた手裏剣でせっかく治療してもらった腕をためらいなく切り付けた。
「は…ちょっあんた何してんの!?」
「だから怒らないでくださいって。この傷が自然治癒する速度で、ボクが時間を把握します」
「イタル…あんたねぇ…。今は何も言わないであげるけど、あとでサスケくんにも説教してもらうから」
「ええ…そんな…サスケさんの説教って言葉じゃないからわかりにくいんだよな…」
いつだったかたまたま一緒にいた時に抜け忍に遭遇し背を合わせて戦った時、サスケをかばって大怪我した際のサスケの数時間に及ぶ眼力での取り急ぎ把握すべきことが解決して、今度はこの場所の確認をする。
先ほどイタルが目覚めてすぐに発見しおもわず顔をしかめてしまった物を見た。それは間違いなく、木ノ葉の里に彫られた顔岩の―
「これ…初代火影様よね」
「はい…意識、内臓類はないようです。多分辺りの木はこれが広がってったものですね。おかげで写輪眼を使っても外のチャクラを感知できない」
「多分、柱間細胞を培養したんだと思う…一体なんなの、ここ。研究所?」
本人に会ったことがないイタルは―穢土転生とはいえ会ったことがあるサクラもだが、柱間細胞こそ木ノ葉三大不思議の頂点だなと思う。ちなみにもう二つは、木ノ葉最強は誰かという話と、一楽の大将の年齢だ。
「…うちはユウダは、あのうちはマダラの子供だと言っていました。もしかしたらここはマダラに関係のある場所なのかも」
「突然出てきた情報に驚きを隠せないけど、それどころじゃないわね。マダラに関係のある…となると、…―マダラが初代様と戦って生き延びて、オビトと出会うまで過ごしてた場所…とか?」
「…マダラがどれだけ深手を負って、どれだけの年齢だったかはわかりませんけど…。柱間細胞怖い」
青ざめるイタルは息をついた。
「ここを出たら燃やしてしまったほうがいいかもしれませんね、この場所。見てない所で柱間細胞が利用されちゃうかも」
「そうね…柱間細胞を下手に培養すると、意思のない初代様ができるそうよ。やっぱり不思議ね…」
周りを一通り観察し、ひとまず"マダラがオビトに会い死ぬまでの間過ごしていた場所"として仮定した。マダラがここに居たのなら、その残滓を頼りにユウダがここをねぐらにしていてもおかしくはない。
さらには隅にはユウダが集めたのか、イノシシ等の生肉や魚、木の実がそれなりの量溜め込まれていた。律儀にも長期保存用に加工されてある。イタルたちが食べることを考えて毒が仕込まれているかも調べたが、どうやら本当にただの食糧らしい。
多少空腹があったのでそれらを拝借し、また中心部で作戦会議に入った。
サクラは医療忍術が使えることが確認できており、それはつまり大岩も大破させる怪力を扱えるということだ。一方イタルはチャクラを練れないよう幻術か何かで制限されており、更には安静入院していた身で乗っ取られたので忍具も装備しておらず、できるのはせいぜい体術くらいだ。
いくら二人が名の知れた実力が折り紙つきの忍だったとしても、実力が未知数なユウダを倒すのは難しいだろう。何より嘘か本当か術をかけられたら好きな時に操り直せると言っていた。
「壁か天井を壊していくのが妥当だけど…」
「柱も何もないこんな大きな空洞でそれは危険です。どれぐらいの大きさの岩盤でどれほど深い場所なのかわからない以上、サクラさんもどれくらいチャクラを込めれば一発で壊せるかわからないでしょう」
「そうなのよねぇ…一点集中で穴を掘れればいいんだけど、途方も無いわ」
かと言ってこのままサスケたちが見つけてくれるのを待っていられる性格でもない。どうしたものかと二人が頭を抱えた時、一連なりになっている岩壁の一部にあからさまに大岩で塞いだような場所がある事を思い出す。おそらくそれが出入り口なのではないかと考え、二人はそれに近寄り様子を見る。大穴を形成する壁や天井がこの岩によってではないことを確認して、それを破壊するつもりでいた。
「じゃあイタル、少し離れてて。いくわよ、しゃーんなろッ…!?」
サクラがいざ怪力を披露しようと拳を握り勢い良く振りかぶった。しかしあるはずの大岩は消え、代わりに現れたユウダに咄嗟に拳のチャクラ放出を抑えたものの身体は止まらず、そのままユウダの顔面を殴り倒した。
「えっ!何で!?」
「…っく…う、こ、このやろ…」
大概のものを破壊できる一番の理由であるチャクラ放出抑えたとしても、それに耐えうる肉体・筋力を持っているサクラの一撃は相当のものだったらしくユウダは地面に叩きつけられたままうずくまり文句も言えず顔を抑えていた。
すぐにサクラが駆け寄り医療忍術をかける。嫌そうな顔はしていたが、抵抗する気力もないようだ。
「っていうかユウダ、あなた私の攻撃以外にも体中血だらけじゃない!外で何してきたのよ!」
「……答える義理はない」
「ほら治すわ、見せて」
「いらない、離せ!」
顔面の痛みが取れたのか、他の傷に手を伸ばされユウダはすぐにそれを振り払った。「構うな」短く吐き出して、ユウダは最初座っていた場所に腰掛けた。
―あの、柱間の上半身のようなものが飛び出ている木の壁の下だ。
「ユウダ。君はここがどこだかわかっているの?」
「知らない」
「外で…何をしてきたの?」
ユウダはサクラを一瞥し、面倒そうに眉根を寄せた。ため息を吐き出して姿勢を変えると、頬杖を突いてじっとサクラの顔を見上げる。
「チンピラに絡まれただけだ。怪我はしてない、全部返り血だ、………」
やれやれとばかりに肩をすくめ手を広げて、ユウダは言葉を止めた。広げた両手を見て、そして自分の背に手を回す。立ち上がり焦ったように辺りを見るが、何か探しているのかみるみるうちに顔を青ざめさせていった。
どうしたのか声をかければ、ユウダはキッと睨みつけて走りだした。出入り口は大岩が消えたままだ。
サクラとイタルは顔を見合わせ悩んだもののすぐにユウダを追った。
「突然どうしたのよ!」
「うるさい!構うなっていってるだろ!」
「そんなに焦ってどうしたの?何か急用でも思い出した?」
結構走ってやがて行き止まりに行き着くと、そのまま壁を駆け上がっていった。明かりは見えないが、目を凝らせば人一人通れるくらいの穴があり、さらにそこからでると岩で塞がれた洞窟になっていた。ユウダがあけたのかこれまた狭い抜け道があって、随分通りにくいがするすると突破していく。
ようやくそこを突破すると森があった。あの大穴から出たのだ。大穴自体が自然のチャクラと等しい柱間細胞による木の根で覆われ、大きな岩々で塞がれた洞窟に隠されていたこの場所はナルトの仙人モードでの感知も難しいだろう。
スピードを緩めないユウダの背を追って、イタルはサクラに並んで声をかけた。
「どうします?ユウダを追うのと木ノ葉に知らせるのと、二手に別れますか」
「そうね…どっちに別れる?」
「今の僕は連絡鴉の口寄せが出来ません、別れた後場所を知らせる方法がない」
うなずいて、移動しながらサクラは口寄せの印を結んだ。てのひらサイズのカツユを口寄せすると「どうしたんですか?」と見た目にそぐわず可愛らしい声をしたそれをイタルに渡す。
「じゃあ私がユウダを追う。状況が変わったらすぐにカツユ様で連絡するから…すみません、こんな使い方しちゃって」
「いいんですよ!遠隔治療で口寄せされるばかりじゃ正直気が滅入っちゃいます」
「ありがとうございますカツユ様。 じゃあ―散!」
号令と同時にイタルは方向を変えた。おそらくは沈みかけの太陽の位置で方角は掴んでいるのだろう。
前を見ると、随分ユウダとは離されている。チンピラに絡まれあれだけの返り血を浴びるほど戦っただろうにあのスピードは賞賛に値するだろう。サクラは足に力を込め、スピードを上げた。