赤月の魍魎

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赤月の魍魎

かつての記憶


「火遁・豪火球の術!」
 里の中心地から離れたあぜ道沿いの川で、ユウダは大きな火の玉を発射した。その出来を見てほっと胸をなでおろすと、後ろを振り向きそこにいる人物に視線を向け姿勢を正した。
「よく出来ている。まぁ、俺には及ばないが…。 しかしユウダ、生成したチャクラがまだ大分残っている。俺に似てチャクラ量は多いんだ、問題はないがもっと吐き出すチャクラを増やしてかまわない。低レベルの術では逐一生成したチャクラを使いきったほうが、後々余分になって使えなくなるチャクラが減る。またよく練習しておけ」
「はい、父上!」
「よし。じゃあ次は体術だ。明日に幻術を教えるから、俺に見せる幻術の内容を考えておけ」
 はい!と子供ながらの元気な返事をすると、マダラは真顔ながらもその大きな手でユウダの頭をわしわしと撫でた。自分の幼いころとよく似た姿に、なんとも言えない感情が湧き上がる。
 体術を行なうため水上に移動した。流動する不安定な足元に水上に立つために常に足裏でチャクラを操作することにも気を裂く必要があるので、もっぱら体術の修行をするときは水上でやっていた。叩き倒されても痛くないし地面も抉れない。
 生まれて五歳ほどの子供にマダラが本気を出すことはないが、何度も行ったこの修業でユウダは周りの同年代に負けない実力を持っていた。
 初撃を譲り与えられたユウダの容赦ない蹴りは、母親から教わったチャクラ放出がされていた。細い脚と勢いにそぐわない衝撃に口角を上げ、しかし平然とした顔でその脚を掴むと振りかぶり投げた。
 しっかり着地してすぐに水上を駆けると、次は拳が襲いかかり難なく避けるも握られた手指が解かれ手刀となってマダラを追撃する。回転の勢いのまま蹴りを加え、空中で体を捻って反対の足の踵を叩き込んだ。しかしすでに抜き出ていたため攻撃は水を大きく弾き飛ばした。
 蹴り、突き、膝、拳、掌底、手刀。様々な攻撃を繰り返すも、マダラは楽しそうに軽々よけていく。その顔に段々悔しくなってきて、ユウダは頬を膨らませた。
「そう拗ねるな。そう簡単に追い抜かれたらうちはマダラの名折れだろう」
「父上は!ワタシが倒します!ハシラマだって越える!」
「ほう、やってみろ。柱間を越えるのは俺だがな!! 」
 同じ年の子供からすれば目にも追えない速さの攻撃の応酬をしながらそんな親子ならではの話をしていた。
 やがてユウダの体力が尽き水上にも経っていられなくなったのは昼を過ぎた頃だった。攻撃をいなしていただけとはいえマダラを相手に戦える時間は長くない。もちろん、そこらの忍に比べれば保ったほうではあったが。
「くっそ…」
「汚い言葉を使うな。しかし腹が減ったな、時間的にはそろそろのはずだが」
 動けないユウダを丁寧に抱き上げ陸地に移動する。空を見上げ時間を確認し、辺りを見る。「ああ、来た」その言葉にマダラの向いた方を見れば、土手を駆け下りる母の姿。右手に四角いものを包んだ風呂敷を持ちながら、明るい笑顔で元気に反対の手を振っている。
「マダラ様!おまたせしッ…」
「母上!」
 声が聞こえるくらいに近付いて、走ってきたらしい母―ユウマは肩で息をしながら速度をゆるめた。しかし上半身の傾きが脚の動きに合わず、そのまま前のめりに倒れていった。
「…馬鹿が。走ってこなくていい」
「す、すみません…つい…」
 マダラの影分身が投げ出された風呂敷包みをキャッチし、転んだユウマの身体を受け止める。荒い呼吸のままへらりと笑ってマダラを見上げた。そのまま影分身がユウマも抱き上げると、荷物を置いた敷物の上に下ろした。靴はわざわざ脱がしてくれている。
 三人揃って座ると、ユウマは早速風呂敷を解き中に入っていた弁当箱を広げ始める。
「……………、ユウマ、お前が作ったのか?」
「はい!ちょっと失敗しましたけど、栄養はばっちりです!」
 差し出された黒い何かにマダラは目を細めた。ユウダも困った顔で弁当箱の中身を見下ろしている。
「ユウダが今朝作っていた奴はどうした?粗熱を取って弁当箱に詰めるだけでいいと言ったはずだが」
「さっきアナタを訪ねて初代様とミトがいらして…その、ユウダのゴハンが食べたいって…すごく美味しそうって言われて嬉しくなっちゃって、つい…。私でも作れるって、タマゴヤキとサヤイイタメをミトに教えていただいて!」
「どうみてもただの炭だろ!あとサヤイイタメじゃなくて野菜炒めだ箱入りが!」
 ぺちん、とマダラの手刀がユウマの頭に叩きこまれた。「すみません」としょんぼりしながら謝罪するユウマに思わず喉を引きつらせ誤魔化すように咳をすると、自ら炭と称したそれに箸をつけた。
「…た、食べるんですか、父上…」
「俺しか食ってやれんだろう、こんなもの。お前は自分で作ったやつだけ食っていろ、無理しなくていい。不味いし確実に身体に良くないからな。俺はともかく幼い身体で耐えられるかわからん」
「うっ…」
「ったく柱間もミトも…今度文句言ってやる」
 ブツブツとつぶやきながらマダラは卵焼きなのか野菜炒めなのかもよくわからないなにかを黙々と食べ始める。
 父の姿と母の姿と、手元のそれを見て、ユウダも決心した。恐る恐る箸をつけ、口に含んだ。「あ、おい」苦い。パサパサする。これだけよく火が通っているはずなのにジャリジャリと固い。なんとか飲み込んで、またもう一口食べた。
「無理しなくていいと言っているだろうに」
「父上を越えるなら、母上のご飯も…う、食べられないと…!」
「いや、そこは別に…」
 そんな団欒を過ごしていると、ユウダは一時箸を置いて立ち上がった。胃に詰めたものに我慢できなくなったらしい。この劇物を平然と平らげる父を尊敬しながら一言詫びを入れてその場所を離れた。
 口元を抑えながら、近くに建っている自宅に向かう。その時耳に入った言葉に思わず吐き気も忘れて動きを止めた。
「初代様を引退に追い込むほど里に仇なしておきながら、ユウマ様と結婚してのうのうと暮らすなんて…」
「きっと人質よ。ユウマ様を人質にして、自分を殺さないようにしてるんだわ」
「これだから…」
 主婦だろうか。すぐ近くにいるユウダにいまさら気付いたらしい女性たちは慌てて走り去っていった。
 ―父であるマダラが、ユウダが生まれるより前に一度里を抜け、その後九尾という化物を使って里を襲ったということは、ユウダも聞き及んでいた。マダラと戦った初代火影柱間とほぼ相打ちになり、揃って瀕死状態にあった二人に駆け寄り治療をしたのが、母であるユウマ。愛の一族と呼ばれる千手にて、治療術を編み出した奇才と呼ばれるユウマによって治療された二人は、その地位を引退したもののかつてと変わらない元気を取り戻している。
 両親の間にどんな事情があったのかは分からないが、二人は愛し合っているのだと、ユウダは信じていた。愛していなければ結婚しないと思うし、あのダークマターを食べることもない。
 けれど周りからそう言われてしまうと、ユウダの幼い心では自分の考えに自信が持てなくなってしまう。
 父の過ちを責めたり恨んだりするつもりはない。遊び盛りのユウダが修行に明け暮れているのも自ら強くなりたいと願い出たからだ。
 最初こそ家を守っていろとはねのけられたが、一度黙って任務に行く父を追った時、それに気付いていた父によって敵の攻撃をかばわれたことがあった。その際に写輪眼を開眼して以来、父も修行を付けてくれるようになったのだ。
 そうして父と慣れ親しんでいると、どういうわけかそれまで話しかければ答えてくれていた同年代の子どもたちも、親に言われたからと言ってユウダを避けるようになった。「まぁ、それだけのことをしたからなぁ」とまるで気にしていないようにあっけらかんとしていた父に、「マダラ様が実はすごく優しいっていうのは、私とユウダの秘密です」と得意気に言った母のおかげで、さして気にせず過ごすことができていたが、それでも二人から離れるとこうした陰口が聞こえてくる。
 ユウダにとっては、それがとても―悲しかった。
「どうしたんですユウダ?」
「母上…父上…ワタシ…」
「ユウダ。俺の子ならいつまでもぐだぐだと悩むな。―午後はユウマからチャクラコントロールを習え、俺は任務に行く。夕方はお前が飯を作ってくれ」
 すでに食べ終わったのか弁当箱を片付けながら、マダラは言った。
「けど…ワタシは…っ」
「文句がいいたいなら先に強くなれ。現状を変えたいなら力を手に入れろ。上の立場になってから、相手と同じ目線に立つことだ」
「………」
「お前をそこに立たせたのは俺だが、お前なら違う場所にも立てるようになる」
 全て片付け終わりマダラは立ち上がる。通り抜けざまにユウダの頭を撫でて、そのまま去っていった。
 俯くユウダの肩をそっと抱いて、ユウマは囁くように語りかける。「ありがとう」それは果たしてユウマが言うべき言葉だろうか。泣きそうな顔のまま見上げると、珍しく真面目に苦笑したユウマが頬を撫でた。
「貴方が周りの言葉に流されず、マダラ様を信じて愛してくれて嬉しい。その目を忘れないでほしい。マダラ様が諦めたことを、目指してほしい…」
 にこ、とくったくのない笑みは、ユウダの迷いを打ち消した。自分が父と母を守りたい。父の夢を実現したい。
 そう思ってユウダは強く頷き返すと、その後も修行に励むため、食事と言い切れない弁当を平らげた。

§

 現れた男の一通りの言葉を聞いて、ユウダは溜息をついた。
「興味ないな」
 父の石像があった場所で一人物思いに耽けたかったというのにとんだ邪魔が入ったものだ―ユウダは立ち上がり、去ろうと踵を返した。しかし男はユウダの肩を掴み、真っ黒な瞳でユウダを見下ろす。
「そうしたら、君にはいい夢を見させてあげよう。君の父親だって母親だって、いくらでも生き返らせてやる」
「興味ない」
「僕が君を喚んだ。僕が君の主だ。いうことをきけ!」
 ぐっと強く掴み声を荒げる。しかしユウダは眉を釣り上げて男の腕を握ると勢い良く振り回し投げ飛ばした。
「興味がないと言っているだろ。くどいぞ」
「ぐっ…くっ、フフ。僕を操らないのかい?」
「オマエみたいなゲス必要ないな。とっとと消えろ」
 男は身体を起こしながらユウダを見て笑う。「そう簡単には下がらないよ。十五年待ち続けたんだ」手を動かすと同時にいくつかの影がユウダに襲いかかった。
 その正体はユウダに操られたことのある盗賊や抜け忍だ。大国に手を出すつもりのなかった彼らがユウダに操られたことで重要犯罪者として木ノ葉に目をつけられた、そういった理由で男の目的に手を貸したようでユウダを見るなり怒りを露わにしていた。
 その数はゆうに五十人近くいた。よくもまぁ全員に声をかけられたものだなと焦るでもなく面倒そうに一瞥する。
「偶然だったが、幻術使いと傀儡師がいてね。お前を僕の手駒に―」
 言い切るよりも早く、男が瞬きをした次の時。周りの忍びや盗賊たちは全員が倒れていた。目の前にはもうユウダはおらず、静かな殺気が背後に感じられ冷や汗を流した。
「ワタシを手駒に…なんだって?そこらのジャリごときの幻術にワタシがかかると思うのか」
「なっ…!く、くそ!ここまで…」
「もう一度だけ言ってやる。興味ない、去れ」
 男は悔しげに唇を噛んでユウダを睨みつけた。写輪眼を発動していないまま簡単にいなされた想定外の力の差に焦りを見せる―しかし、そこで諦めるわけには行かなかった。
 かといって男は忍術を使えない。この場を凌ぐために雇った忍や盗賊たちは、すでに死んでいるだろう。高尚な目的を語り集めた実力のある部下を今使うわけにも行かない。―懐にしまっていた巻物を取り出すと、親指を噛み切って出した血で口寄せを行った。
 現れたのはいくつかの動物だ。チャクラを多く持たず普通の忍術戦闘が出来ない男が、長年かけて使えるようになった口寄せの術。呼びだされた獰猛な熊や猪は少しだけ手を加えた野生の動物で、唯一の戦闘手段だった。
「あいつを殺せぇ!」
「ワタシの力が必要なんじゃなかったのか?変なヤツ…」
 背のうちは返しを構えるでもなく、クナイや手裏剣を取り出すでもなく、ユウダはため息だけつくと黒い瞳のまま動物たちを睨んだ。写輪眼の必要ないレベルの幻術だ。
 すぐに動物たちは怯み、ユウダが瞼を下ろし幻術を解くと同時に逃げ去っていった。男が強制的に結んだ口寄せ契約も切れていることだろう。
「な、そんな…」
「ジャリどころか砂粒でワタシに勝てると思っているならさすがに笑えん。オマエ、 いくらなんでもうちはをナメすぎだ」
 殺気を消し呆れたように息をつく。この男と話して何度目のため息だろうか。
「オマエ、ショボすぎるから殺す気もおきないけど…一応ワタシを殺す気でいたんだ。相応の返しをしてやる」
「ヒッ」
 どこからか取り出したクナイを握って、後ずさる男に一歩一歩近付いた。
 体術もセンスがなく、チャクラも練れない。しかしある一族に生まれ唯一ここまで生き延びていた男は―一種の走馬灯を見た。一人の幼い少女によって、族長を含め一族の全員がひとりひとり殺されていくのを。無感情に、喜びも悲しみもなく撃ちぬかれていく心臓、飛び散る血液。
 そうなってしまった理由が少女以外の全員にあることは知っていた。けれどそれでもあの少女が許せなかった。
 一族を、家族を殺されたことをではない。その力を持っていた少女を、だ。
「くそ…ッくそおおおお!」
「……」
 男が奮起しても、ユウダはほんの少し首を傾げて様子を見守るだけで、焦ることも警戒することもなかった。
 稀なる素晴らしい一族なのに。たとえ親というものが子全員にいうものだとしても、お前はきっと族長になれるといわれたのに、何の才能も開花せずただ見下され馬鹿にされることが許せなかった。
 今のユウダの目こそ、男が最も嫌うもの。しかしそれを見返す力を持っていない。男は叫びながら逃げ去った。
「…なんだアレ」
 行動が謎過ぎて、ユウダも困惑の目で男の背を見送った。
 場所を変えようとまたため息を付いて仕方なく脚を動かす。何か馴れ合おうとしてくるあの二人のいる所へ帰るのも癪で、かといってここらで野宿するのも癪だった。
 かつて父の姿をした石像だった石の塊を降り、水上に立つとのんびりと歩き出した。途中で立ち止まり石像を見上げると、心の中で一人決意を改めて定め、ぐっとこらえて走りだした。
 走りだしてしばらく―追いかけられている。人数は十数名。気配は消しているようだがユウダにはわかるレベルだ。先ほど男が引き連れてきた奴らの残りだろうか?それとも他国の忍か抜け忍か、あるいはあの男がそれらを引き連れてきたか。
 額当ての横一文字の傷に、たまたま抜け忍に見つかったのだと判断する。その若さでかなりの実力を持つユウダにとって薙ぎ払うのは造作も無いことだった。クナイや刀を用いて次々に襲い掛かってくる敵に、自分の武器は使わず敵から奪って次々に斬り捨てていった。あらゆる武器を使いこなせるようにと父に習った賜物である。
「父上ほど上手く避けれないな…」
 屍を足蹴にして自分の未熟を反省する。敵から奪った刀の血を払ってから手放すとサクリと地面に突き刺さった。
 「うえ…びちゃびちゃだ」
 ―傷は一つも負っていない、しかし一張羅が血で汚れてしまった。脳裏に返り血すら浴びず敵陣で暴れまわる父の姿を思い浮かべて、まだまだ精進せねばと頬の血を拭った。
 まだゆっくりしたかったが、こうも汚れては早々にねぐらに戻ったほうがいいだろう。途中で綺麗な川があればいいが、服はもうあの二人のどちらかに買ってきてもらおう。
 そうしてねぐらに戻ってすぐにサクラに殴られ痛い思いをした後、ユウダはあることに気付いた。
 背にあるはずのうちは返しがないのだ。落としたのか忘れたのか、とにかく可能性があるのは先程までの道中。国境近くにいたのが深夜で、ここへ戻ってきたのが昼。ゆうに数時間経っている。
 アレが何であるかは知っている者は知っているし、知らない者はその価値に売りさばくか自分のものにしてしまうだろう。ただ奪われただけなら取り返せばいいが、商人に奪われてしまえば探すのだけで一苦労だ。
 数少ない自分と父を繋ぐ形見のようなものだというのに、とんでもないことをした。
 すぐに開けたままの入り口に戻り外へ出る。白眼や写輪眼、仙法の感知能力でも発見しにくいこのねぐらはありがたいが、こういう時はこの奥深い立地は使い勝手が悪い。
 術で入り口を閉め直している時間も惜しい。サクラとイタルがついてきているのを知りながらそのまま来た道を戻った。
「ユウダ!ちょ、ちょっと、待っ…!速…」
 後ろから追いかけてくるサクラがなにか言っているが、かまってやる道理はない。
「さっきからホントにどうしたの!? …そういえば持ってたうちは返し、」
「ッ…」
 言い当てられてしまい思わず動きが鈍ってしまった。次の枝に進むほんの一瞬ではあったが、隙をついてサクラが隣に並ぶ。
 顔を覗き込み拗ねた表情をしているユウダに急いでいる理由を察したようで、まったく、と言った様子で苦笑した。
「私も探すの手伝うわ。だから一回休みましょ。いくら明るくっても疲れてたら索敵能力も落ちるし、そんな血まみれの格好じゃ汚しちゃうわ」
「…うるさい」
「もー、わがままな子ね。うちの子以上だわ。お母さん苦労するわね」
「母上と父上の前でこんな態度取るものか!馬鹿にするな!」
 ユウダの母のことを出せば、やはり食らいついてきた。木の上で立ち止まり子供の顔で怒り叫んだ。
「母上はオマエみたいなゴリ…なんでもない」
「うん、良い判断ね」
 サクラにとって何もありがたくないことを言おうとしたので拳を握れば、すぐに押し黙った。
 しかし、これでようやく立ち止まってくれた。持ち出してきていた保存食と水を渡せば、訝しげにしながらも素直に受け取る。
 木を降りて休めることになり、上忍として任務に出ることがないことはないが子育てが始まってからは病院勤務が多くなったサクラにとって、ここまでの高速移動は流石に疲れていたのでありがたい。
 黙々と干し肉を食べるユウダを頬杖をつきながら観察する。イタルとの情報共有により、ユウダが多く口にする両親のこととか、その上ではじき出された少年自身の正体についてはだいぶ目星がついていた。ナルト達がその情報にたどり着き、何らかの打開策を講じれているのかは―わからないが、それでもイタルが里に無事たどり着くまでの勝負だ。
 本当に似て非なる世界から来てしまったのなら、その原因はなんだろうか。こちらで誰かが喚んだのか、あちらで時空間忍術の研究でもして暴発したのか、それはわからない。
「…帰れるといいわね」
「!」
 呟くように囁くと、驚いた顔でサクラを見上げる。そして忌々しげに―しかし泣きそうな顔でうつむいた。「オマエは、」サクラに顔を見せないようにうずくまって、言葉を吐き出す。
「オマエはやっぱり母上に似てる…一度決めたら曲げずにとことん味方をするんだ。どんな姿でも…何をしても…」
「まぁ、そうじゃなきゃうちはに嫁入りなんて出来ないわ」
「………父上…母上…」
 静かに泣き出した小さな背を抱き寄せる。やはりまだ子供だ。
 幼い頃早くに人生の指針を定めたイタルは大人びているが、それでも誕生日を祝ったりイベント事は見た目に似合わず楽しんでいた。
 何を失って万華鏡写輪眼を手に入れたのかは分からないが、それでも今両親と離れ離れになって、ユウダは弱っているに両親はいないと言われ、それどころか一族がほぼ全滅したと言われ。さぞ不安だっただろう。
 うずくまったままのユウダの頭を撫でる。一度身体がこわばっていたが、すぐに力を抜いた。
「さ!そろそろ出発しようかしらね!」
「…ん」
 サクラの声にユウダは素直にうなずいて返事をした。ぐしぐしと目をこする手を止め、ハンカチで丁寧に涙を拭う。―ちらりと見えた右目に驚きながらもなんとかごまかして、立ち上がった。
「…べ、べつに、オマエのこと認めたわけじゃないからな…」
「わかってるわよ。私と貴方は敵同士!―里に帰るまではね」
 笑って、また地面を蹴った。
§

「ッ!見つけた…!シカマル!すぐにサスケを呼び戻してくれ!イタルの気配が見つかった!」
 休息時間に仙術チャクラを練り、イタルたちの気配を探していたナルトは勢い良く立ち上がり、火影に行ってもらう書類整理をしていたシカマルに叫ぶように言った。
 すぐにうなずいたシカマルはこの時のために火影室の窓辺で待機させていた連絡用の鷹を飛ばす。
 この鷹が飛び立っているのを見れば、ヒツギやサラダも火影室まで来るだろう。
「俺もすぐに行くってばよ」
「いや待てナルト。サスケもヒツギさんたちもどうせここに来るんだからここにいろ。 で、イタルはどこにいるんだ?」
 積み上げられた書類を崩さないように用心しながらナルトは火影室を出ようとする。すぐにシカマルはそれを止め、現地に行けないながらも火影補佐として知略を貸すため状況を聞いた。
「岩・草隠れ方面の火の国国内だ。イタルはこっちに向かってきてるようだけどサクラちゃんや…ユウダの気配はねぇ」
「…イタルがまた操られているのか?」
「チャクラと移動スピードは安定してるけど操られてるのかどうかはさすがにわかんねぇ」
 火影コートを脱ぎ火影室内においてあった忍具の確認をする。殺すつもりはないが、それくらいの気持ちで行かなければ勝てる相手ではないと踏んでの準備だ。
 シカマルやヒツギの考察で今わかっているユウダの能力の把握と攻略法は済んでいるが、一度イタルやサクラを操っているためその二人と戦う可能性も考えその捕らえ方も考えてある。あとは隠されたユウダの力にどれだけ対処できるかだ。
 イレギュラーが起こらないとも限らない。見つけた気配がイタルだけで、未だサクラの気配が探りきれていないのも不安要素の一つ。里を狙うという趣旨の発言もしているため里の警護も気を抜けない。
 ユウダがイタルを乗っ取って里に入り込み、サクラを連れ去ったあの日からすでに一週間経っていた。サスケの調査やナルト自身の感知による捜索、暗部に命じ使われてない遺跡や掃討した盗賊・抜け忍のアジトなども探したが一向に見つからずヤキモキしていた所にようやく見つけたイタルの気配。たとえ操られていても、今度は拘束する自信がある。ここが正念場だ。
「七代目!れ、連絡用の鷹が!」
「サラダ!落ち着けってばよ」
 ノックもそこそこに必死な顔で入ってきたのはサラダだ。続いてヒツギも姿を見せる。
 イタルの気配が近づいてきているのだと伝えれば、サラダは零れそうになる涙を拭って言葉を繰りだそうとするが、焦る気持ちが喉を滞らせていた。
「サスケもすぐに戻ってくる。でももしかしたら先にイタルがこっちに来るかも知れねぇ…操られてなきゃいいけど、そうじゃなかったらイタルを拘束してサクラちゃんの居場所を吐かせなきゃならねえ」
「い、イタル兄さんが、でも、」
「大丈夫だってばよ。一部とはいえユウダの手の内は知ってるんだ、ヒツギ先生もいるしまかり間違っても拷問だとかそういうのじゃねえ」
 自分よりも焦って見えるサラダをなだめながら説明する。
「…気配はイタルだけなんだな?」
「ああ」
「ふむ。イタルが自由になったんなら連絡用の口寄せ鴉で先に安否の報告をよこすはずだ。あるいは移動に使えるサスケの大鷹とかな。それがないってことは操られているか、口寄せが出来ない…たとえばチャクラが練れない状態の可能性がある。シカマル、医療班の準備と日向の…いや、ヒナタでいいか。ヒナタを呼んで待機させておいてくれ」
 少量の情報でそれだけのことを察してみせたヒツギは、さすが現相談役といったところだろう―本人は引退しているの一点張りだが。もちろん相手がイタルであり、元養親として彼の手の内に詳しいということもある。
 ユウダの再来に向けての作戦会議で、イタルの戦い方に関して一番多く情報を持っていたのはこの人だ。
「それもそうっスね…ナルトがようやく感知できる範囲に入ってきたってことは普通に走って移動するだけではまだ数時間かかる距離にいる。ほぼ万全の状態で敵の捕縛から逃げてきたんなら、ユウダのねぐらではできなかったとしても移動には口寄せなりなんなり使えるはずだからな。チャクラが練れない状態と仮定して、点穴を見るためにヒナタの白眼って事っスね。すぐに手配します」
「話が早くて助かる。七代目もサラダも、今は待て」
「や、俺は落ち着いて…ハイ」
 冷静に語るヒツギは異論を唱えるナルトを視線で黙らせると、そのまま火影椅子に座らせる。今すぐにでも飛び出して行きたいサラダも、ぐっと眉根を寄せて頷いた。
 ―しばらくして、ナルトがまた窓から外を見た。そこから中へ入れるようにと窓を開けると、遠くに何か見えた。とてつもない勢いで近づいてくるそれは、紛れも無くサスケの大鷹ガルダだ。やがて結界のある上空を突っ切ってまっすぐ火影塔へ向かってきており、適度な距離になると上に乗っていたサスケは鷹を消してナルトが開けておいた窓から直接火影室へ入り込んだ。「イタルが見つかったらしいな」一言告げるとナルトはうなずき、何度目かの現状報告をした。
「途中で見なかったか?」
「いや…」
「そっか。つってもイタルの気配も順調にこっち向かってきてる。なにもなければあと一時間もすれば辿り着くはずだ」
「どっち方面だ?俺が直接向かう」
「里から十時の方向だ。そのままサクラちゃんたちのとこ行くなよ」
 わかってる、と苛ついた声で答えながら、サラダを一瞥してから再び火影室を出て行った。
「これでイタルとサスケが合流できれば、比較的すぐに里に着くだろ。…あとは、サクラちゃんだな…」
「有数の医療忍者だからな、そこに目をつけて操ったままなのかもしれん。イタルが逃げ出したのか、それともイタルだけ開放されたのか…そうだとしたら、ユウダの考えがつかめんな」
 うつむいたままのサラダの頭を撫で安心させながら、ヒツギはまた考え始める。
 動きがあったといってすぐにこちらが打って出れないのがなんとも歯痒い。サスケが少しでも早くイタルをつれえ戻ってくるのを、静かに待った。


覇謡


「イタル」
「!サスケさん!」
 いくら普段から身体を鍛えていても、長距離の移動には多少のチャクラを足裏に溜め地面を弾くことで速度を上げている。完全に自分の体力と筋力のみで数時間にも及ぶ移動を行い、さすがのイタルも疲労が見えていた。
 しかも病み上がりも同然だ。まだ息が切れるほどではなかったし、かといって休むわけにも行かなかったので足に力を入れると、上空から声がかかった。聞き慣れた声―しかし少し怒りが見える。叔父ことサスケだ。
 戦いに備え瞳力を使うのを避けているのか、須佐能乎ではなく大鷹のガルダに乗っている。着地してイタルをのせるとすぐに里へ向かって飛び立った。
 あと一時間以上は見ていた距離を一瞬で飛び、すぐに里へ辿り着く。イタルを抱きかかえ、サスケはまたもや窓から火影室へ直接入り込んだ。
 待っていられないとばかりにそわそわしているサラダやサスケを押しとどめ、先に休息をとヒツギに命じられた。けれどイタル自身もあまりのんびりしていられる心境ではなかったので、火影室内で座らせてもらい、ヒナタの白眼による診察を受けながら得た情報と今の状況を伝えた。
 イタルが聞き、そしてサクラと相談し導き出した情報と、ヒツギたちが導き出した情報は概ね合っていた。イタルもサクラも説得するつもりであるというと、サスケはひどく気に食わなさそうにしていた―見事に表情には出ていなかったが。
「…それで、サクラはどうしてるんだ」
「あ、サクラさんはユウダを追ってます。なにか急用が出来たのかアジトを飛び出してったんです」
「サクラちゃんは無事ですよ。むしろ、ユウダさんが多少サクラちゃんに心を開く程度に親しくなっているようです」
 渋々と言った様子で問うサスケに返すと、イタルの服の襟に隠れていたカツユがひょこりと顔を出した。驚いているサラダにぺこりと挨拶して、さらに説明を続ける。
「どうやらユウダさんがうちは返しをなくしたようで探しに向かっています。今はもう国境近くまで行っていますね」
「………。すぐに向かう」
「待つってばよ。気持ちはわかるけど、今はイタルの体調を整えるのが先だ。…せっかくサクラちゃんが説得してくれてんのに今のお前が行ったら絶対にこじれるから」
 ムッ、と目を細めたサスケを影でくすくすとイタルが笑っている。気づいたサラダが困ったように彼らを見ていた。
 診察し終わったらしいヒナタが白眼をやめてナルトに向き合った。
「イタルくんのチャクラが練れないのは、幻術によって経絡系がめちゃくちゃになってるからみたい…しかも常に変化しているからどこに流せばどこに流れる…みたいな学習が出来ない」
「…ごめんヒナタ、もうちょっちわかりやすく」
「チャクラを練って放出するに辺り通る道がユウダの能力によって乱されている。しかも乱されている道が常に変動しているため、乱れた道を覚えて無理にチャクラを練ることが出来ない、ってことだ」
「ん?んー…とにかくユウダの能力なんだな?」
 文句ありげに言葉を返そうと開いた口を閉じて、呆れの息を吐きながらヒツギは頷く。
「…操ること自体に使うのは瞳力で、厳密に幻術ではないと言っていたな。だからユウダが術を解こうとしない限り解けないんだろう」
「一度操ったものはいつでも好きなときに操り直せると言っていました。ホントかどうかはわからないけど」
「マーキングを施しているんだろう。それを力点に瞳力で操る」
 ああなるほど、とイタルは軽く納得して頷いた。
 イタルの身体に関しては、ヒナタがもしかしたら点穴を突くことでどうにかなるかもしれない、と提案した。しかし自分では少し不安なので父ヒアシに見せるということになり、ヒナタはイタルと連れ立って日向宗家へと一足先に向かった。
「そういえば、ユウダがこの世界に来た原因に関して何かわかったことはないのか」
「朧の連絡待ちだが…覇謡について調べようにも、元々覇謡は流浪で詳しいことはわかっていない…としか書いてないんだよな、大体の文献にも。一応各国にもなにか情報がないかと文書を送っているが」
「あ、あの…」
 話題が変わり、それまで黙っていたサラダがおどおどと手を上げた。
 サスケの提案通りヒツギの資料漁りを手伝わせてもらっていたサラダは、ある情報を手に入れていた。役に立つかは分からないが、自分で抱え込んで考えるよりは彼らに考えてもらったほうがいいだろう。
「一番下の段の歴史書の奥に追いやられてたやつで、すごい古い文献で読めないところも多かったんですけど…」
「…"世界人名辞典"?」
「はい。その中に、ハヨウ、があったんです」
 サラダの説明にナルトとサスケに横から覗き込まれながらヒツギの手が今にも風化しそうな紙を丁寧にめくった。
「ハヨウ。ひとつの一族しか名乗ることを許されていない。神樹の守り手とされる、忍が台頭するよりも以前からある一族。、―…」
「…"六道仙人が分け与えたチャクラに対し身体が適応しなかったために滅びたとも、六道仙人が彼らを滅亡に追いやったとも言われる。六道仙人のチャクラを拒みながら忍術を扱える理由はわからないが、一族の中でもその才能を持つのは数世代に一人程度で、そのために苛烈な忍世界では破滅の一途をたどっている。"―か。
 辞典にしては随分…いや、うずまき、うちは、…大筒木、千手、奈良、日向、山中…有数な一族に関してはどこも詳しく書いてある。だが特殊なチャクラや時空間忍術に関してはわからないな」
 収穫ではあるが、今の件に関しては関係がなさそうに見える。「朧は自分の一族に関して調べていたから、喜ぶだろうが」 しょぼん、とうつむいたサラダをフォローするようにサスケが口添えた。
「昔瀕死になった時、香燐にチャクラを分けさせても中々回復の兆しがみられなかった。それにこの間も普通のチャクラでは回復せず仙術チャクラにのみ圧倒的な回復力をみせた………、」
「そういえば…、朧の一族はなんで―」
 ナルトが口にすると、サスケは忌々しげに眉根を寄せ「今は関係のないことだ」と話を終わらせる。深く聞いていい雰囲気でもなくナルトは押し黙った。
 気まずげな沈黙の直後、ノックと同時に勢い良く火影室の扉が開き二人の男女が入ってきた。
「隊長!無事っスか隊長!俺っス隊長…隊長?」
「誰だ」
「イタルがユウダと交戦した時に一緒に行動してた暗部の班員だってばよ。ナキ、ヨウ。イタルは今、義父ちゃんの…あ―えっと日向宗家に行ってる、体調見てもらいに」
「無事なんスね!よかった」
「ヨウ、今はその話をしにきたんじゃない。すみません七代目」
 ナキがぺこりと頭を下げるも、ナルトは軽く笑って「大丈夫だ」と流すと、要件を聞いた。
 ナキとヨウの二人は命令とはいえイタルを置いて先に里へ戻って結果被害があったことに負い目を感じていたらしく、どうやらナルトが火影として今まで出していた調査指令とは別に任務の合間に独自に調査をしていたという。
「最近国境付近に不審な男がうろついてまして…この騒ぎがあるまで大人しくしていた盗賊や抜け忍が表立って商人を襲い食糧や衣服などの強奪をしたせいで強化警戒・手配をしていた者たちを集めて何か画策しているようなんです」
「この手下にした盗賊を一人捕まえまして。情報を吐かせたら、その男についていくつか分かったことが。男自身はひょろひょろしてて忍ではなさそうなんスけど…」
 ヨウは悩まし気に眉根を寄せて言葉を止める。変わるようにしてナキが続けた。
「男の名は"ハヨウ セイガ"。かの第四次忍界大戦で現れたという"月の眼"を復活させ、自身が世界の神になる…と」
 得た情報に反応したのは一部だった。
 第四次忍界大戦で現れた月の眼、となればオビトとマダラが実行しようとしていた月の眼計画のことだろう。しかし復活となれば少し事情が変わる。
 ―何故、月の中に封印されている者のこと知っているのか。サスケはギュッと目を細めるが、すぐに気付いて納得した。
「なんでソイツ月のこと知ってんだってばよ!?」
「ウスラトンカチ。男の名はハヨウなんだろ、そしてハヨウはカグヤがチャクラの実を食って世界を統治するより前から存在していた。だったらカグヤのことや、六道で封印していたことも知っていてもおかしくはないだろう。
…どうやってその情報を伝達したのかという謎は残るが」
 月の眼計画の本当の内容や、大筒木カグヤに関して知っているのは限られている。カグヤと戦ったナルト、サスケ、サクラ、カカシの他に知っているのは、覇謡に関して調べていて話題が繋がってしまった朧と、同じ苗字を持つ大筒木トネリに攫われ話を聞かされたヒナタ。それから各国の現五影と火影補佐のシカマルに、長期の調査任務に行くサスケに対し中々許可をくれなかったために話さざるを得なくなったヒツギの四人だけだ。
 ナキとヨウの二人と、それらについて知らないサラダ等はカグヤだとか六道だとか新しい単語が出てきて不思議そうにしているが、今のアカデミーの教科書にも載っている第四次忍界大戦の敵の目的である『月の眼』と聞いて、これは重要な情報だと急いで直接伝えに来たらしい。
 なるほど、とナルトも納得したようにうなずき考えこむと、ひとまず事情の知らないナキとヨウには、イタルを心配しているようなので様子を見てきてほしいと頼んで退室を命じた。
「しかし、そいつが本当に朧と同じ覇謡の者だと言うのなら、なんだかキナ臭いな。
 朧は時空間忍術の痕跡を覇謡の集落跡地で見つけた。ユウダが操り利用したヤツらをわざわざ手下にした。そして月の眼の復活…無限月読をやろうって魂胆なのかカグヤを復活させようってことなのかはわからんが」
「でもよォ、無限月読をやろうにもカグヤを復活させようにも、どっちにしたって現実的に無理があるぜ。無限月読は輪廻眼だけじゃなく全尾獣がいるし、カグヤを封印したのは"あの"異空間だ」
 セイガという男の意図が掴めない。ナルトもサスケも眉根を寄せて悩みこむ。
 噂や伝承を聞いて憧れを抱き計画を始めたばかりなのか、それともリスクを考えない馬鹿なのか。
「…もう一週間経つ。朧の足でもそろそろ到着しているはずだ…早めに連絡がくればいいが…」
「あいつらが直接赴くことでもう少し何か分かれば考えようもあるんだがな」
 ヒツギも同じく考えこみながらぼそりと呟いた。連動し呆れたように頷くサスケに、聞いているのかいないのかうーんと首をかしげているナルト。状況がのめず疑問符を飛ばしているサラダ。十五年前に苦労し倒したはずの全ての元凶の名が今更出てきたせいで、誰もが疲労と困惑の空気を醸し出していた。

§

 木ノ葉を発ってゆうに五日が過ぎていた。火影を引退した身であるカカシにとって急ぎの旅は中々身体に支障をきたしていたが、かといって休みたいとか帰りたいとか言っている場合でないことはさすがにわかっていた。
 朧の案内の元たどり着いたのは木ノ葉の辺境、南東にある大陸のくびれあたりだった。話によれば定住しない一族であったため、各国にそういう隠れ集落があるらしいが、件の場所は木ノ葉領内のものだという。
「ここです」
「ここ、って…ただの森だけど…」
 何かの目印もひと目では見当たらない場所で立ち止まり地面に降りると、離れていてください、と朧は印を組み腰にかけていた傘を握り地面に突き刺した。すると辺りの雑草がみるみるうちに枯れ始め、くたびれた草は一定の模様を描くように倒れた。その模様をまるで木彫のように傘でつつき、さらにチャクラを流す。―すると、倒れた草のある部分の地面が、消えた。
 気を抜いているつもりはなかったが、それでもせいぜい大地が割れて階段があるとか幻術が解けて村が現れるとかそういうのを予想していたカカシは「えっ」と情けない声を出しそのまま重力に従い落ちていった。
 数メートル程度の空洞で、地面が近くなるとクナイで勢いを殺しながらなんとか無事に着地しながらも、朧に少し苦言を呈した。気持ちのこもっていない謝罪で軽く流されたが。
「―…これは」
「ん、今度は何?」
「…もともと僕が前に来た時は、こんな空洞ではありませんでした。普通に階段が出てきたんです」
 朧が言わんとしていることを察し、カカシは目を細めた。
 それはつまり、朧以外の誰かがこの仕掛けを開けて中に入り、何か手を加えたということにほかならない。
「…ま、今考えても仕方ない。里の方がどうなってるかも気になるし、とにかく時空間忍術の痕跡のあった場所をまず調べて、それからなにか仕掛けや小細工がないか調べましょ」
「はい」
 カカシが思い出したように一度目的地到着の文書を簡単に作成すると口寄せした忍犬に持たせた。スピードに特化したそいつに任せれば遅くても二日程度で里へ知らせてくれるだろう。
 忍犬が出発するのを確認して、二人は神妙な面持ちで暗い地下を進んだ。
 作りはすでに把握しているのか、さくさくと歩いている。ところどころ元が何だったのかもわからない風化した道具らしきものや死体とも思えそうななにかがあったが気にせず朧についていった。
 やがて扉が見える。地下の土岩だからか、そこは劣化していない。特に調べもせずに戸を開こうとして、朧は手を止めた。覗きこむように様子を見れば、訝しげに顔をしかめている。「誰かいます」言われてカカシも気配を探った。
 さきほどまでは微塵も感じなかったというのに、僅かな殺気と警戒の色が扉の奥に伺えた。
「……警戒は抜かずに、行こうか」
 扉の向こうに聞こえないように囁くと、しっかり聞こえたらしく朧が小さくうなずきゆっくりと扉を押す。
「ッお前は―!」
 襲い掛かってくるわけでもなくただそこに存在していた人物に、カカシは柄にもなく驚いてみせた。
 なんとも苦い思い出のある相手。咄嗟にクナイを構えた。
§

「オマエは…」
「ユウダ、知ってるの?」
 ユウダが通った道を往復しながら目的のものを探していた。もう随分と夜も深くなっている。
 気配に感付き動きを止め、スッとサクラと背を合わせた時に現れた人影に目を細め睨みつけた。
 あの男だ。ユウダが操り一時的に利用していた者達を従えてユウダを狙っていた人物。二人の前に立ちふさがった男は疲弊したボロボロの状態ながらもニヤニヤと笑いユウダを見ている。
「ワタシを利用したいとかなんとか言ってたヤツだ。…弱い」
「けど、明らかに強いユウダを狙ってるんなら何か策を講じてるんじゃ」
「…どこまで奥の手を隠しているのかわからないけど、前戦った時は弱かった。一応殺しにかかってきたから、弱い者いじめはしたくなかったけどこっちも殺そうとしたら逃げてったから…逃がした」
 困惑の表情で男を睨みつけている。男の具体的な目的を聞くとユウダは首を振った。
「僕の目的は!僕が世界の絶対王者になることだ!」
「王者…?」
「僕達一族に仇なしたオオツツキカグヤを殺し、僕が世界の統治者となる!」
 サクラ達の会話が聞こえていたのか、軽んじられたのに対し怒るように男は叫ぶ。
 大筒木カグヤの名にサクラは警戒を強め、ユウダはその名称を知らないのか不思議そうにしたままだ。
「あんたが何者で、どこでその名を知ったのかはわからないけど…大筒木カグヤはあんたなんかじゃ倒せないわ。そんな簡単に倒せたらあんなに苦労してない…下手に復活でもさせようって目論んでるんなら、あんたは私がここで仕留めて里へ連れ帰る」
 拳を握り構えて言うと、男は一瞬たじろぐがすぐに余裕のある笑みを零した。「…?」昨日戦った時と僅かに違う雰囲気にユウダは眉根を寄せた。
 クックック、といかにも悪役がしそうな笑いにサクラも訝しげに睨みつける。
「倒せるんだ…倒せたんだよ!僕なら、オオツツキカグヤを殺せるんだ!」
「なんですって…?六道仙人でも倒せないあんなヤツを倒せるはずが…」
「僕は神樹の番人覇謡一族のセイガだ!チャクラの実を取り戻そうという覇謡の正しき行いに十尾は従う!オオツツキカグヤは僕たち覇謡一族を殺し神樹から実を奪ってその力を手に入れただけ…オオツツキカグヤ自身の力じゃない!それどころか忍術以外にはてんで弱い。
 覇謡こそ世界の頂点に立つべき一族!僕こそその生き残り!僕こそが世界の神になるべき存在だ!」
 一息で成された口上の後、男―セイガは興奮しているのか息を荒げていた。
「…覇謡…?覇謡って…朧の…一族は全滅したんじゃなかったの」
「そうさ!あのクソガキが一族を全員殺した。少し力があるからって驕って、殺人鬼に堕ちたんだ!」
「あんたね!朧のこと何も知らないくせに…」
「サクラ。今はそんなことどうでもいい…で、オマエ。どうやってそのカグヤってのを殺して、世界を統治するんだ?聞かせろ」
 興味がある。そう言って不敵に笑ったユウダにサクラは唖然とした。まさか世界を統治するとかいう言葉に魅力を感じたのか?見極めるためにもとじっとユウダを見た。
 セイガはしたり顔をすると、それまでの狂気じみた興奮をしまって落ち着いた様子でユウダの問いに答えた。
「不死の身体。何もかもを跳ね返す力。それさえあればカグヤをも凌駕できる…そして最後は、うちはユウダ…お前の写輪眼を使う」
「ワタシの『巫覡』を使って、すべての人間の意思を変える、と」
「そうだ。僕が世界の支配者になる。それが世界のあるべき姿だ」
 両手を広げて楽しそうに言い切ったセイガを見つめ、ユウダは警戒を解いた。力を抜き、ザクザクと草をかき分けてセイガに近付く。「ちょっと、ユウダ、まさか…」悲しみという理由があり、言葉を交わせば仲良くなれそうだったユウダがここでやっかいな敵に味方するとなれば、それこそ生かして元の世界に帰る方法を一緒に探すというサクラの密かな考えは実行できない。確実に、サスケ達は躊躇なく彼を殺すだろう。
 セイガの前で立ち止まり、「さぁ、僕に従え」と喜びを隠せない顔で男は言う。ユウダはスッと手をあげ―
「!?」
「…ワタシがなんでそんなくだらない企みに力を貸すと思ったんだ」
 伸ばされた手はセイガの手を握ることはなく、風を纏った指先によって心臓を貫いていた。同時に口から血を吐き出し、ユウダが離れるとすぐにその場に倒れた。
「な…何故…」
「オマエ、自分の手で人を殺したことないだろう。自分の身で敵と対峙し戦ったことないだろう。だからそういう事を考えられる」
「どういうこと…?」
「相手が自分に都合よく動くと思うな。それに不死の身体に跳ね返す力?その程度で本当に倒せる相手なのか、そのカグヤっていうのは。そんな簡単な相手ならすでに殺されてるだろ、封印じゃなくて。
 オマエがやりたいっていうんなら一人で勝手にやってろ。…行くぞ、サクラ」
 ピクピクと震えるセイガを足蹴にして、ユウダは呆然としているサクラを振り返る。うちは返しを早く探さなくては、と歩き出すユウダを慌てて追った。
「お前が探しているのは…これか?」
 その声が届いた瞬間、ユウダの腹に小さな風穴が空いた。倒れはしなかったものの、口の端から血をこぼし、ふらふらと声をのした方を振り返った。
 どうやって隠し持っていたのか、ユウダ達の探していたうちは返しがセイガの手に握られている。「なんでオマエがそれを、」驚いているユウダに、セイガはまたのそりと立ち上がる。刺し貫かれたはずの心臓は、胸に血の跡を残すだけだった。
「ふ、フフ…ハハハ!」
「…うちは返しに…そこまでの時間差は生じないはず…だが」
「この武器は神樹と同じような力を持つ霊樹から作られている…。覇謡一族は神樹の加護を受けている!僕こそが持ち主にふさわしい…!」
 すぐにサクラが医療忍術を施す。忍界でもトップレベルの医療忍者による治療はみるみるうちにその身体を修復させた。
 セイガを睨みつけ、口元の血を拭った。
「あのクソガキが持つ桔梗の傘もだ…!僕こそが、僕が!」
 何やら小さな巻物を取り出し片手で印を結ぶ。ユウダは訝しげに見ているだけだったが、サクラはそれが何かを知っていた。木ノ葉の科学班が作っている科学忍具だ。
 科学忍具によって放出された風遁が、うちは返しによってより強い針のような鋭さを持って二人を襲った。どうにか土遁で壁を出したが、みるみるうちに射抜かれ破壊されていく。ユウダはそれを見て舌打ちすると、サクラをかばうように抱き込み須佐能乎の鎧でガードし直した。
「あ、ありがとうユウダ…」
「父上がうちは返しを扱った時とも違う…面倒だな」
 今度はため息を付いて須佐能乎をしまうと、不敵に笑うセイガを左目の万華鏡写輪眼で睨みつけた。操る力を持つ『巫覡』の術で操り、そうして始末をつけるつもりだ。
 ―しかし、セイガは笑みを深くした。「君は僕の手下になるんだ」そう言って、うちは返しをかざす。
「ッ―な、まさか…ッ」
 ユウダの知っている中では、うちは返しでできることは普通の属性を持った放出系の忍術を風遁に変じ跳ね返す事だけ。体術や、幻術まで返せるとはさすがに予想しておらず、咄嗟にサクラの目を手で覆い自身も瞼を閉じてみるも元は自分の術。手遅れな事はわかっていた。
 反抗するように鈍い動きで、サクラをかばう手を離していく。術から逃れたらしいサクラは不安そうにユウダを見ていたが、どうするべきか悩み中々手を伸ばせずにいた。
「サクラ、オマエは里に戻れ。それであの火影と、サスケとかいううちはと…誰でもいい、ワタシとアイツを確実に殺しきれるやつを連れて来い。オマエとイタルはワタシに近づくな、巫覡の術は…一定距離離れていれば操れないから」
「そんな、ユウダ!でも貴方だけ…!」
「オマエがこちら側に居ればあの火影とサスケは弱体化する。そうすれば泥沼だろう?」
 ニヤリと笑って立ち上がるユウダを見上げ、サクラは一瞬躊躇う。しかし懐に手を当てて念じるように目を瞑る―そして決断した。
「私も行くわ」
「話聞いてなかったのか、オマエ」
「私は医療忍者よ、連れて行く価値はあるでしょ。それに私と貴方は敵同士…いうことを聞く義理はない。それにね、私だけじゃなくサスケくんたちの実力まで見くびられてたまるもんですか。私がいるくらいで、あの人達は立ち止まらないわ」
 それは嬉しい事なのか悲しいことなのかユウダにはわからなかったが、強い意志がこもった瞳を見て押し黙り、静かに溜息をついた。「話し合いは終わったかな?」相変わらずのんきな敵だと行き先に不安を抱きつつ、防御していた須佐能乎をしまいセイガを見据えた。
「やっと僕の考えの素晴らしさに気付いてくれたみたいだね…!」
「…オマエ…。いや、いい」
「あんたが何を企んでるのか、しっかり調べて叩き潰すのよ。勘違いしないで頂戴」
 それでもセイガはにこりと笑って踵を返す。どこへ行くのかと問えば面白いくらい簡単に「アジトに案内するよ」と言ってのけた。やはりコイツは、この平和になった世界ではまだともかくユウダの生まれた頃ではこんな企みをする前に死ぬだろう。相手は正々堂々戦う侍ではなく、情報戦も心理戦も得意とする忍だというのに、完全に寝返ったと思っているのか警戒もせずにアジトに向かっている。
 ―いや、そこでユウダ達を一網打尽にする可能性がないこともない。しかしこの男にそれだけの頭があるようには思えなかった。
 現状でユウダは、自身の巫覡の術を跳ね返されて術に嵌まる寸前―ということになっている。勿論自分の術であるからその対処法も回避法も知っているのだ。うちは返しがまさか瞳術まで跳ね返すというのは確かに想定外だったが、かと言って本当に術にかかる程間抜けではない。
 あのうちは返しを、覇謡一族だというセイガが扱う事で放出系忍術以外のものも跳ね返すことができるのだとすると、取り返すには懐に入り込むのが一番だと考えた。懐柔されてユウダが心開いてしまったサクラを里へ戻し、先ほど名を上げた人物達を連れて来てくれれば、セイガは彼らに手一杯になり、そして自分はうちは返しを奪い返す。
 ―それに、セイガはユウダを喚んだと言っていた。ならば、帰る方法についてもなにか知っているかもしれない。いくら面倒な武器を持っていたとしても実力差はハッキリとしている。万が一にサクラが足手まといになったとしても、セイガを殺しきる自身がユウダにはあった。
 この馬鹿なら、すぐにうちは返しを回収して帰還するすべを聞き出すことができるだろう。…そのついでに、なにやら不穏な企みを阻止しておいてやろう。
 ユウダは男の背を見て、また溜息をついた。

出立



「…サクラちゃんがユウダさんと共に、セイガと名乗る男に付いて行きました」
「どういうことだ」
 こっそりと火影室に残っていたカツユが、サクラの元にいる分身体からの情報を伝えた。自分の妻の名前を聞いて一速くサスケが反応した。
 カツユじゃ手短に状況を報告する。
「相手が、ユウダさんの探していたうちは返しを持っていたようで…どういうわけか、ユウダさんの術が跳ね返されて操られてしまったようです。 それから―」
 不死の身体。跳ね返す力―これはおそらくうちは返しのことだろう。それさえあればカグヤをも凌駕でき、さらにはユウダの瞳力ですべての人間の意思を変え世界の支配者になる。 ―というセイガの語ったことを言えば、その場にいた全員が呆然とした後眉根を寄せた。
「…うちは返しですべての術を跳ね返せたとしても、カグヤは吸収するし…」
「ユウダの言うとおり、馬鹿なんだろう」
 ユウダたちのやり取りをすべて聞き、サスケもナルトも溜息をつく。得られるだけ全ての力を手にしたと言っても過言ではない二人ですら、足手まといと決めつけたサクラとカカシの助力があってこそなんとか封印出来た相手だ。
 たとえ未知なる覇謡の一族だとしても、倒すことなど容易に出来はしないだろう。
「とにかく…、俺もユウダ達の元へ向かうぞ。合流するタイミングは考える必要があるが、成功率は低くても企みは企みだ。跡形もなく片付ける」
「落ち着けサスケ。そろそろ出発準備はした方がいいだろうが、今すぐってのは急だ。イタルだって付いて行きたいって言うだろ」
「だからだ。ついてこれないうちに出発する」
 今にも火影室から出ていこうとするサスケを押し留めたのはヒツギだった。不安そうに見上げるサラダを傍らに、あからさまな溜息をつく。
「イタルは十分な戦力だ。ユウダの戦い方もわかっているだろう」
「いつ操られるかもわからんのに連れていけないだろう」
「じゃあ言い方を変えよう。いつ操られるかもわからないのに、里にお前もナルトも居ない状態でいさせることが出来ない」
 その言葉に顔をしかめた。多少の不機嫌も気にせずヒツギは続けた。
「もし本当にユウダがあのセイガという男に操られてしまったとして、あちらも戦力増強をしたいだろう。確かに操縦者であるユウダにイタルを近づけるのは危険が増すが、危険な敵の掃討のために本来ならはばかられるもののナルトも行く気満々だ」
「うぐ、」
「さらにはカカシもサクラもいない。里の一大戦力がごっそりいなくなってるわけだ」
「だったらなおさらイタルを置いていくべきだろう」
「そのイタルを力点に里に被害が出たらどうする、と言っているんだ。イタルは強い。…私に大した力はないが、それでもあの子の両親ふたりともに師事した私が育てたんだぞ?」
「写輪眼がなくともイタルが強いことは知っている」
「二人に似てイタルは優しい子だ。仲間や力を持たない者を慈しみ守ろうとする…未だに仲間内での模擬戦ですら攻撃するのをためらう子だ。常に実力を理性で押し隠している奴が本気になったらどうなると思う」
 そこまで言って視線を逸らす。「あの子の本気を見たことがない」呟くように吐き漏らし、しばらく沈黙した。
 イタチもイオリも、自分の本当の気持ちを隠すのが上手だった。その強い理性は間違いなくイタルにも受け継がれているのだ。もしかしたら二乗して、二人よりもずっと隠し事が上手いかもしれない。
「…サスケがついてくるなと言えば、イタルは従うだろう。しかしそのイタルが敵の術によって暴走すれば、里に残ってる者では止められない。そして敵がどれだけの戦力を用意しているのかもわからん。戦力は多いに越したことはない。…と、いうかだな。
イタルの万華鏡は拘束・封印術がある。万が一億に一あのセイガというやつが月を解放すれば、あの術はかなり有用だ」
「………。連れて行けばいいんだろう、連れて行けば。だが、―サラダはダメだぞ」
 脇で聞いていたサラダが意を決するように拳を握ったのを見て、サスケは目ざとく言った。さすがのヒツギもそれにはうなずく。
 瞠目し、声にしないながらもどうしてと呟く。―いや、わかっている。当たり前だ。自分は下忍で、イタルよりも弱い。決め手となるような術もなければ、サクラのような圧倒的な医療忍術が使えるわけでもない。ついていっても完全にただの足手まといになることはわかっていた。
 けれどそれでも、サラダは母を助けに行きたかった。一番の敵だったユウダがサクラに多少心を開いていたとしても、今はそれ以上の危険性を持った敵の傍にいる。
 脳裏に、数カ月前の里の危機を思い浮かべる。ナルトがさらわれたあの時、サスケと五影と共に友人―ナルトの息子ボルトがあの時空の歪に飛び込んでいった。ナルトの妻ヒナタは単身敵に向かい、そして重傷を負った。自身の母サクラは戦いには赴かなかったが重傷で帰ってきた彼らを治療した。
 自分は何も出来なかった。今回だって。ユウダに狙われていた時だって、泣きそうになるのをこらえて里に向かって必死に走っていただけで、木ノ葉丸やボルト、ミツキにかばわれ守られていただけだった。
 中忍試験の騒動の時から密かに修行を重ねていたのに、それでも何も出来なかった。
 だから―
「私も行く」
「遊びじゃないんだ。サクラたちの行方を追っていただけのこないだとは違う」
「イヤ!絶対に一緒に行く!」
「来ても足手まといになるだけだ。…ヒツギ、頼んだぞ」
 そう言ってサスケは踵を返し火影室を去る。俯くサラダに戸惑いの視線を向けながら「里を頼むってばよ、サラダ」と声をかけ火影コートを置いてナルトもそれに続く。
 室内に残るのはヒツギとサラダの二人だけだ。一歩扉に近づくと「駄目だぞ」すぐに釘を刺された。キッと振り返って泣きそうな顔で睨みつけた。
「どうしてですか!ボルトは付いて行ったのに!どうして私は…!」
「今回は敵が多い。さすがのサスケたちも、お前をかばいながら戦う余裕が無いんだろう」
「でも!」
「今は駄目だ。…私の家に戻るぞ」
 少女の手を掴み、ヒツギも火影室を去る。悔しそうに歯を噛み締めながら手を引かれるまま後を追った。
「ヒツギさん…!私、ヒツギさんを倒してでも…!」
「まぁ、私も年だからな。お前に攻撃されればひとたまりもない…でもそれでいいのか?私はお前にいいものを授けてやろうと思っているんだが」
 里の街中で腕を振り払ったサラダを見やってヒツギはにやりと笑った。

§

 暗闇の中目を凝らし佇んでいた男はカカシを見ると、フン、と鼻を鳴らした。
「その構え、忍だな。…物は相談だ。食糧を分けてくれないか」
「……は?」
「言葉の通りだ。俺は飲まず食わずでも死なんが、あっちはそうも行かん」
 男はチラリと背後を一瞥し二人に視線を戻す。顔はそむけないまま朧もカカシもアイコンタクトを交わした。
「どうします?」
「相手が相手だ…、」
 カカシはポーチの中の残り僅かな食糧を出し目前に持ち上げると、強い面持ちで男を見た。
「俺達も数日かけてここへ来ていてね…少ししか残っていないが、乾飯と干し肉、兵糧丸が入っている」
「十分だ」
「渡してもいい…が、条件がある」
 手元の食糧袋に向けられていた目がカカシを見る。
「何だ?」
「一つ、俺達はあることを調べにここへ来た…そっちのやることが終わってからでもいいが、知っていることはすべて話してもらう。それからもう一つ。俺達に手は出さないでほしい」
「―いいだろう」
「無論、足も幻術も忍術もだ」
「ハッ、そんな屁理屈をこねるほど子供ではない。条件はそれだけか?」
「…ひとまずはな。最初の条件の方には、後で色々こちらの都合よくさせてもらうが」
 試すような視線に男は皮肉げに笑って頷くと、カカシは持っていた食糧袋を投げ渡す。
 「少し待て」そう言い残して男は奥の暗闇へ消えた。
 ―しばらくして、男は静かに戻ってきた。
「助かった、礼を言う。それで、聞きたいこととはなんだ?この場所に関しては知っていることは少ないぞ」
「まず―お前は、うちはマダラ…なのか?」
「ほう、俺の名を知っているか。確かに俺はうちはマダラだが」
 肯定された事実にカカシと朧はまた目を合わせる。ユウダの件がなければ思わず襲いかかり返り討ちにあっていただろう、とその身に刻まれたトラウマにも近い記憶を脳内でフラッシュバックさせながら、心を落ち着かせるために一つ深い息を漏らして、次の言葉を向けた。
「お前に息子はいるか」
「息子?いや息子はいない」
「……うちはユウダと名乗る人物が、僕の友人達を連れ去りました。しかしうちはユウダという人物は存在しない人物です。貴方は、この大地が違うものだという事は知っていますか」
 その名前に、黙って聞いていたマダラは視線を上げる。朧の言葉に一度視線を泳がせ、語りだした。
「俺が与えた輪廻眼を扱う修行をさせていた。いつまでも帰ってこないから探しに来たんだが…俺は認識しているが、あいつはどうだろうな。落ち着いて周りを観察できればわかることだろうが、母親に似てせっかちなところがある。うちの馬鹿が世話になっているようだ」
「貴方が認識して何らかの術を使ってここに来たというのなら、うちはユウダも貴方と共に帰ることは出来ますか」
「……………」
 また視線を逸らす。「出来ないんですか」後押しするように問えば、マダラは腕を組み仁王立ちしていた姿勢を崩し溜息をついた。
「まぁ、できんことはない。ただしやらん」
「それは何故?」
「瞳力が足りん。俺は今一つしか輪廻眼を持っていない。ユウダのそれを一時的に俺に戻したとしても、二人連れて帰るには無事では済まんのだ。俺とあいつは耐え切れる。だが…、ユウダは耐える術をまだ持っていない。
 そもそも俺の輪廻眼は時空間系の術ではないからな。ユウダの痕跡を追ってここへ来るのにもだいぶ無理をした。もう一人、欲を言えば時空間系の術を身につけた輪廻眼を持つ者がいれば安牌だが―輪廻眼を持つ者などおらんだろう、あれの開眼の条件は相当厳しい」
 マダラが語ったことに朧は一度瞠目し驚いたあと、ほっと胸をなでおろした。
 ―いるのだ。マダラの希望通り時空間を扱うことのできる能力を持つ輪廻眼使いが。
「これで決まりですね…カカシさん」
「ああ。…それしかないだろう」
「なんだ?」
 視線のみで会話しお互いにうなずいてみせるとマダラは訝しげに顔をしかめた。ひとまず里に戻るのだと伝えれば、マダラはまた後ろを一瞥した後頷いた。
「もう一つ。個人的な頼みごとなのですが、この場所…覇謡についてなにか知っていることがあれば教えてほしいんですが」
「……、その頬の模様…なるほど、通りでここに入れたわけだ。時代がいつかはわからんが、まだ生き残りがいたとはな。よりにもよって能力持ちが。いいだろう、道すがら暇つぶしに話してやる」
「ところで…さっきから気にしているのは何だ?誰か居るのか」
「ああ、…ユウマ、もう出てきていい」
 そんな言葉のあと、奥からひょっこりと出てきたのは、カカシと朧に取ってはあまり見覚えの顔ではなかった。しかし歴代火影達が合流した以降の戦いに参加していた面々にとってはきっとよく知る人物だろう。
「千手ユウマ…!」
「ちがう、うちはユウマだ間違えるな」
「はじめまして、ユウマといいます。私達のことご存知なのですね、マダラ様が失礼なことはしてませんか?」
「他人に失礼なのはお前だろうに…まぁいい。すぐに発つぞ」
 はい、とユウマは笑顔で答えた。
 どうやら彼女は綱手やサクラと同じ百豪の印を持っているために、マダラが無理をして渡ってきた時空間移動に耐えられたようだが、空腹には耐えられなかったようで危うい所だったのだという。先ほど分けてもらった食事と百豪による回復で、無事元気を取り戻したようだ。
 なにかとユウマの様子を心配しているマダラの姿は、十五年前あれだけ暴れまわった無慈悲な彼からはとても想像つかないものだったが―それでもサスケが妻や娘のことを言葉の裏で過保護なほど大切に想っている事を考えれば、うちはとはやはり愛情深い一族なのだと納得できた。
「忍がどうして生まれたか…神樹のことや六道仙人のことは知っているか?」
「ええ…ま、こっちの貴方が色々はっちゃけましてね、大筒木カグヤのことも知ってますよ」
 移動を始め、マダラが先ほど言っていた覇謡に関して語り出した。カカシの皮肉に苦い顔をしながらも言葉を続ける。
「…。覇謡とは、忍が台頭するよりずっと昔からある戦闘民族だ。神樹の番人と呼ばれ、世代交代すべき時期にしかその才能を持つ者は生まれない。六道仙人が分け与えたチャクラではなくいわゆる仙法を扱う。
 ある時の族長が後継する前に早死してな。次の番人が育つまでの短い間に、六道仙人の母・大筒木カグヤが神樹になっていたチャクラの実を奪ったんだ―番人たる覇謡の者を皆殺しにしてな。と、言っても族長以外は無力だ、そこまでしっかりと根絶やしにしたわけではないんだろう。だからそこのお前がいる」
「僕が生まれたのは、神樹が復活した―いえ、復活する時期になったから、生まれたんですね」
「…―忍が台頭するようになって、滅亡したと言われた覇謡も他の血筋と交わり少しずつ再興していった。と言っても覇謡が覇謡たるには族長としての特別な能力を持つ者がいなければただの平凡な一族だ。それでも何十年かに一度、その力を持つ者は生まれている」
 言葉を止めて、忍としては力の弱いユウマがしっかりとついてこれているか確認し、また前を向く。
「しかし、全員殺されている」
 一瞬の言葉休みに挟みこむようにつぶやかれたそれに、朧もカカシもマダラを見て目を見開いた。
「一族の伝承を知る者がいたんだろうな。お前が先ほどぼやいたように、覇謡としての力を持つ者が生まれるということは、守るべき神樹が再び現れるということを暗示していたのだろう。しかし神樹はチャクラを己唯一のものにすべく画策したカグヤと同化している。六道仙人が封じた神樹基十尾が現れるということは―つまりそういうことだ」
「カグヤの復活、そして無限月読による人類の淘汰…それを恐れ、一族は覇謡の力を宿した子を…殺した…」
 朧は結論を口にして、視線を下げた。きゅっと唇を噛み締めかつて自身も命を狙われた時のことを思い出す。
 族長になれる才能を持つ者のみが使う事ができると言われた一族秘伝の番傘。一族に生まれたものは一定の年になると全員が儀式としてその傘に触れる。
 どこかの聖剣伝説が如く、力を持たぬ者は開くことすら適わないというそれをいとも簡単にさして肩に担いだ朧に向けられたのは、羨望と恐怖の目だった。
 最初こそ、本来は誰にでもそれをすることができるが皆に認められ許可された者しかやっていはいけないことだったのではとも思っていた。だがそれは違ったのだ。
「僕があの時殺されていれば…、」
「あの時がどの時かは知らんがあくまで俺の考察に過ぎん。こちらの俺がどうやって実際に神樹を復活させるまでに至れたのかはわからないが、物事はタイミングと運だ。
お前が死んでいようがいまいが、復活する条件が揃えば復活するし、揃わなければ復活しない。それにお前らがこうやって生きているということは、その無限月読は失敗したんだろう」
「はは、まぁ、かなーり被害がありましたけどねぇ…」
 カカシは失笑しじとりとマダラを見る。
「おい、はっちゃけたのはマダラかもしれんが俺じゃないだろう、俺を睨むな。今の俺は健気に里で任務をこなす出来る一児のパパだ」
「まぁアナタも十七年前にははっちゃけてましたし、仕方ないですよ!いつまでもお若いです!」
「それは馬鹿にしているのか」
「生涯現役かっこいいって話です」
「フフン、俺は柱間が死ぬまで死なん」
 ドヤ顔で言ってのけるマダラと笑顔でいちゃつき出すユウマに少し前を走る二人は無言になりながら、そういえば食糧の補充をしないとなと頭の片隅で考えていた。
「そういえばその傘。それのいわれは知っているか?」
「え?いえ…この傘を開けたものが族長になれる、と言って一族に生まれた者が十歳になると皆儀式を行なうことくらいしか」
 一通りいちゃつき終わったらしいマダラが、妙に白けた空気になっている事に気づいて咳払いをしながら覇謡に関する話を再開した。
「うちはに伝わるうちは返しは神樹の枝を植樹したと言われる特殊な霊樹から作られたものだが、その傘は番人の持ち物らしく神樹から作ったものだ。覇謡の力にのみ反応すると言われているが実のところそうではない。少し貸してみろ」
 訝しげにしながらも、腰に携えていた傘をマダラに渡す。一つ印を結びながらそれを握り、ゆっくりと傘を開いた。
 今まで興味本位にナルト達が同じことをしようとして出来なかったことを簡単にやってのけたマダラに、朧は珍しく落ち着いた表情を崩し驚いてみせた。
「まさかマダラ様は覇謡一族だったんですか!?」
「馬鹿。…要はこの傘を扱うのに必要なのは仙術チャクラなのだ。傘自体が自然エネルギーを吸収し貯蓄され、傘に触れている部分から逆流し体内でチャクラとなる。再び傘へ流れると傘布部分が硬化し大概の術を防ぐ盾となり、通常どおりに術を行使する要領でチャクラを込めれば特小の尾獣玉のようなものが射出される」
 言ってマダラは傘の石突きからチャクラの塊を打ち出し目の前の木を射抜き倒した。
「だから覇謡の者はチャクラが出回る前から戦うことが出来た。もちろん最初は族長以外も仙術を操っていたようだが、仙術チャクラを操るには相当な鍛錬が必要だ。代を重ねる事に使える者がなくなり、ついには何代かに一人しかその才を持つ者が現れなくなったんだろう」
「…なるほど…。あの、どうして貴方はそんなに詳しいんですか?」
「仕様だ。…いや、冗談だ。あー、里を抜けていた時期にな、世界中を回って木ノ葉崩しの足しになる情報や人員を集めようとしていたんだ。九尾くらいしか使えそうなものがなかったが。 …こら、今は子煩悩ないいパパだと言っているだろう、そんな目で見るな」
「そうです。九喇嘛ちゃんもミトのお腹の中でいい子にしてますし、今度そういうことを企てたら私がマダラ様の恥ずかしい秘密を柱間殿にバラすって言ったら二度としないって誓ってくれましたもの」
「く…九喇嘛ちゃん!?」
「九喇嘛ちゃんはユウダのお友達なんです。お腹にいた時からよくお話してたんですから」
 九尾が木ノ葉で暴れていた時は木ノ葉に居ないどころか生まれてすら居なかった朧は、マダラが表舞台で一番暴れまわっていた時にはほぼ瀕死で下がっていたため、九喇嘛が人々に対し著しく反抗的だったことも、マダラが残虐極まりない性格だったことも噂でしか知らないので大した違和感を抱かなかったが、実際その目で見てきたカカシにとっては強いギャップに今にも倒れそうなほどだ。
「愛の一族の名は伊達じゃないな」
「?愛の一族は千手だろう」
「あ、いやまあいいです。そろそろぶっ続けで走ってますし、一度休憩したほうがいいのでは」
 話題を逸らすようにカカシが進言すれば、マダラは空を見上げ「そうだな」と返す。カカシ自身もこのまま突然マダラを連れ帰ったところで混乱は目に見えているため一度落ち着いてこのことを里に伝えねばならないと考えてのことだ。
 ちょうど小川に差し掛かったため、そこで一行は立ち止まり休息に入った。日も傾いてきている。各々水分補給をしたり近場で木の実を採取したりと過ごしそれでも三十分ほどの時間だった。川沿いで棒立ちになりながら空を見上げるユウマに気付き、再出発用に水筒へ水を汲んでいた朧が声をかけるも、空を見たままこちらを向かない。
 そんなユウマの反対側で、カカシは書き留めた文書を送るため口寄せの印を結び忍犬を喚ぶ。出てきたのは覇謡の地に入る前に口寄せしたのとは別個体で、もしやまだ到着していないのかと問えばその忍犬―よく見知っているパックンは首を振った。
「そうではない。ちょうどおぬしの奥方が口寄せで情報を確認してきてな、拙者が逆にカカシへの伝達を頼まれた」
「あ、なるほど…さすがヒツギさんです…」
 パックンの小言によれば到着するまでの間一日一回はヒツギの方が口寄せしてカカシの様子を聞いてきていたらしい。確かに考えてみればそのほうが速いなぁと今さら気づき、引退しても衰えていない慧眼に肝を冷やしつつ頼まれたという情報を聞いた。
 ―セイガと言う覇謡一族を名乗る男がユウダの持っていたうちは返しを奪い、月の眼復活させると宣言した。その上ユウダの瞳力を利用し世界中の人間を操り己が世界の支配者になるという。「まさか、そんな馬鹿なこと」カカシが言うがパックンは首を振った。
「サクラの口寄せしたカツユが分身体で見聞きした情報らしい。そのユウダという少年とサクラは敵に操られたのかなんなのか未だそいつと行動を共にしていて、すでにサスケとナルト、イタルは出発した。
場所は終末の谷付近、里には寄らなくていいからそのまま向かえと」
「ええ…マジで?そんな厄介なこと口にするようなヤツと戦うほど俺元気じゃないんだけど…」
「"火影の師でありながら自分の限界を決めつけるだらしない先生がいたもんだ"。…おぬしがやる気を見せなければ奥方が言えと言った言葉だ。じゃあな、カカシ。いい加減男として威厳を見せといたほうがいいぞ」
 呆れた顔でパックンは後ろ足で首を掻きながら消えた。想定されていたカカシの態度に対する鋭い一言にがくりとうなだれながらカカシは若干涙目になりながら溜息をつく。
「…覇謡…セイガ…?」
「知ってるの、朧」
「…兄、です………僕が殺したと思っていましたが…」
 気まずげに言う朧の後ろでは、マダラも腕を組んでその話を聞いていたようだ。なるほどな、とつぶやいて空を見ながらいくらか考えを巡らせた後、すっと印を結んだ。
「ユウマも嫌な予感がすると言っている、急いだほうがいいだろう。お前達の足で数日かかってもこれならひとっ飛びだ」
「え…ちょ…これ…」
 マダラが得意気に展開したのは、かつて大戦で五影が戦った―完全体須佐能乎だ。
大きなチャクラの脈動に気付いてようやく振り向いたユウマも突如として現れたそれに目を輝かせ始め、しかしカカシは逆に青ざめた。
「いや、いやいや待って待って。貴方のこれはちょっとまずいでしょ」
「ん?」
「いや ん? じゃなくってね!貴方のこれ、覚えてる人は覚えてるのよ!絶望的なトラウマなのよ!」
「大丈夫ですカカシさん、サスケさんもこれでよく飛び回ってますし、一般の人にとってはサスケさんのもマダラさんのも一緒です」
「いやいやいや…」
「わーっ!すごーい!かっこいい!おっきい!わー!」
「なんでこの人こんなはしゃいでんの?馬鹿なの?」
「人の妻に対して馬鹿とはなんだ馬鹿とは。普通の馬鹿じゃない、天然入った馬鹿だ。空気も読めないから質が悪い」
「皆さん私が傷つかないとでも思ってるんです?」
 唇を尖らせるユウマを小突きながら、全員を須佐能乎に乗せるとその翼で巨体を浮かし、上空へ飛んだ。先ほどまでは真剣に空を見上げていたユウマは仁王立ちしているマダラにしがみつきながらもまるで初めて飛行機に乗ってはしゃいでいる子供のようにキラキラと輝いた目で過ぎ去る大地を見ていた。
「なんか疲れたんだけど俺」
「宿命です」
「とにかく終末の谷とか言ったな…俺と柱間が戦って滝作ったとこか。一時間もあれば着くだろう」
 安定して進める高度まで登ったのか、マダラが言うと浮遊感とともに空中で止まり、一直線に北へ進み始めた。流れる雲に多少のめまいを覚えながら、カカシは黙って目的地に辿り着くのを待った。
「…先ほど、あの傘は覇謡の者では無くても扱えると言ったな」
「え、ええ」
「堅牢な盾と強靭な弾として扱うだけなら、その通り仙術を操れれば十分だ。だが一応、神樹の番人として覇謡の者でなければ出来ないことがある」
 暇になったのかそれとも重要な事なのか、マダラは付け加えるように口を開いた。
「覇謡の者は元々、血継限界などを始めとした力という物をより強く産み落とすことに優れていた。カグヤに虐殺された後も密かに生き残り、今のお前があるのも方々の一族がそちらの能力に目をつけて女子供を浚い、強い血継限界を持つ子供を生ませていたからだ。…古い血族なら、系譜を辿ればどこの一族にも必ず食い込んでいるだろう―表沙汰にしているかはわからんがな」
「…!」
「その能力は血継限界以外にも適用される。うちは返しやその傘のような物もそうだが、起爆札を始め忍具を作らせれば普通より質がいい。その出来に関しては個人差があるしそれこそ純血がほぼ居ないから大差がないだろうがな」
 そして、と接続詞を口にして一度区切った。朧の傘を見やってまた前を向く。
「その傘の本来の使い方は――」