赤月の魍魎

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赤月の魍魎

ハヨウ セイガ


 セイガと再度接触した木ノ葉の国境付近から律儀に歩いて一日。一番足を引っ張ったのは忍ではないセイガだったが、すでに支配者気分の彼は盗賊や抜け忍と遭遇するとすぐにユウダに討伐を命じ胸を張っていた。そうしてこの神樹の切り株までなんとかたどり着いたものの全身筋肉痛で唸っているセイガを、仕方なく医療忍者であるサクラが見ている。
 話を聞くことも出来ないなと判断したユウダはそっとその瓦礫の山で作ったアジトという大層なほどでもない場所から外へ出た。
 ―大きな大きな樹の年輪があった。月が照らすその場所は、半年ほど前にキンシキ・モモシキとの戦いの場になったためか樹の表面も傷だらけだ。周りの大地は隆起しそのせいで樹の根も真横から見ると斜めになっている。焦げた跡やえぐれた跡が、壮絶な戦いがあったことを語っていた。
 そんな風景を眺めてユウダは目を細める。無限月読のことや"うちはマダラ"が暴れまわった事、セイガの言っていった大筒木カグヤと言う人物があの月に封印されている事や、その子孫がこの間再び神樹を育たせるために攻撃してきたことなどを、サクラから預かった小さいナメクジ―カツユから聞いたからだ。
 自分の父親と似て非なる人物の行いに、「なるほど母がいなければそうなるのか」という妙な納得と、あの母が寿命ででも先に死んだらどうなるのだろうという一抹の不安を覚えながら一人失笑していた。
 ユウダがこの大地に降り立って三週間ほどが経っていた。知っているものと違うことが多すぎて、混乱のあまり考える前になにかとやらかしてしまったが、あの男からどうにか元の世界へ帰れる方法を聞き出した後にはなるがこの世界の不穏分子を片付けることで、どうにかチャラにしてもらう心積もりだ。
「ユウダ」
「…サクラか」
「………、」
 白衣をなびかせて外へ出てきたサクラに顔だけ向けて返事をすれば、当のサクラは何やら驚いた顔をしながら近付く足を止めた。
 どうしたのだと振り返って聞けば、くすくすと笑いながらまた足を動かし、ユウダの隣に立つ。
「ううん。フフ、今のがなんか夫に似てて」
「……フン。サクラ、あの馬鹿はどうしてる」
「ひとまず眠ってるわ。一時間したら起こせって」
「ノンキなヤツだな…火影たちはもう出発しているんだろう?どれくらいで着くかもわからないのに。まぁいい、それなら好都合だ。今のうちに目的を話しておく」
 間を置いてからわかった、と頷くサクラは、疑いはしていたもののユウダのしっかりと知った瞳に確信を持つ。セイガに跳ね返された自身の術で操られでもするのかと思っていたが、大丈夫なようだ。一応その事を問えばユウダは顔をしかめた。
「ワタシは自分の術にかかる程馬鹿じゃない。…確かに一瞬幻術は見せられたが、そも巫覡は初動の幻術をただ解くのではなく膨大なチャクラで打ち消す事で回避出来るし、マーキングも消せる。…今はまだやるなよ」
「え、あ、はい」
 思わずチャクラを練ろうとしたサクラを止めて「まず最後までワタシの話を聞け」と視線を空の月へ戻した。
「ここへ来る直前、ワタシは瞳術の修行をしていてその暴発で飛ばされたんだと思ったがそうではないらしい。アイツと最初に遭遇した時、アイツがワタシを喚んだと言っていた。まずアイツに話を聞かなくてはならない。
 だが現状カツユで里のヤツらに状況が伝わっていて、すでにこちらに向かってきている。里の奴ら―特にオマエの旦那は、話を聞かず瞬殺するだろう」
「ちょっと待って。サスケくんはああいう世界の不穏分子を防ぐために普段は旅をしているの。大筒木カグヤのことを知っているならなおさら、すぐに殺さずに情報を聞くために生け捕りにするわ」
「殺さないとしても、そうなるとワタシの聞きたいことは聞けない。特にワタシはサクラとイタルを誘拐し、サラダとかいう小娘を攻撃した。敵も同然だ。
 …オマエの旦那みたいなああいうやつはな、自分の所有物に勝手に触られるとその手を容赦なく切り落とすタイプだ」
「さ、サスケくんはそんな著しい独占欲、サラダはともかく私には…」
 至極真面目に低い声で放たれたユウダの言葉に、口角を引きつらせてたじろぎながらもごまかそうと言い返せば、ユウダはちらりと視線をやると呆れた顔で続けた。
「父上がそうだった。一回母上がワタシも居ない時に勝手に薬草採りに行って他国の忍に誘拐された時、ソイツらは須佐能乎で叩き潰されて煎餅みたいになってた。後で二代目殿に怒られてたが。
…ワタシがオマエに巫覡をかけた時の殺気は、その時の父上のソレと同じだった。父上よりは隠すのが上手いが」
 肩をすくめ、ハッと鼻で笑った。喜んでいいことなのかどうなのだろう、とサクラは悩みながら答えに困ってユウダに目を合わせていると、「そんなことより」と話題を戻される。
「とにかく、オマエの旦那たちがどうこうする前にアイツから話を聞く。ついてきたんなら、オマエにはワタシの思った通りに動いて時間稼ぎをしてほしい。意思の拘束はしないから、旦那を殴ってでも説得しろ」
「…なるほどね。分かったわ」
「それからうちは返しを取り返す。と言うかこっちの方が優先事項だ。あの馬鹿が扱ううちは返しでどれだけ抵抗できるか知らんがあまり傷つけられても困るからな、だからこそ前線に立ってもらう。…オマエは母上と違って忍の基礎があるようだから、多少無理をしてもまぁ、大丈夫だろ」
「そうね、まぁ貴方とサスケくんを須佐能乎ごと地面に叩き埋めるくらいの力はあるわ」
「…それにオマエは女だからな、ワタシが操るから怪我は気にしなくていい」
 握られた拳にユウダは一瞬怯えの色を見せ、隠すようにそっぽを向いた。もしやあれだけ尊敬している両親に殴られるトラウマでもあるのかと恐る恐る聞けば、「オマエみたいなゴリ―…豪胆な女を見たことがないだけだ」と拗ねたように言う。
「女は本来、家で待っているものだから」
「ああ―貴方の時代は特にそうかもしれないわね。でも今は普通のことよ、まぁ確かに私みたいに拳握って前線走る子は早々いないかもしれないけど。女だからって理由だけで見くびられるのは私、許せないから」
「……ワタシもだ」
 強く言い切ったサクラの言葉に、ユウダはうつむき前髪で隠れてはいたものの嬉しそうにつぶやいた。「貴方って、まさか」気付いていた事を口にしようとすれば、ユウダは再度逸れた話題を軸に直す。
「ワタシがうちは返しを取り戻して、元の世界に帰る方法を聞けさえしたら、オマエ達は開放する。捕獲の必要があるんならワタシが拘束する。
あれだけ好き勝手やっておいて都合がいいかもしれないが、ワタシは―」
「私も貴方には自分の世界に帰って欲しい。厄介払いじゃないわ、貴方とこうやってたくさん話して、貴方の両親がとっても尊敬できる素敵な人で、貴方が二人を愛していることが分かったから、元の世界に戻ってまた幸せに過ごしてほしいの。せっかく出会えた絆よ、少し寂しいし次はないと思う。でも―」
「…うん。うん。ありがとう、サクラ」
 はにかむように笑って、ユウダはサクラを見上げる。歳相応な笑顔に、サクラも笑い返した。
「可愛い顔で笑えるじゃない。そんな格好じゃなくて、もっと可愛い服着ればいいのに」
「…父上の買ってくる服はワタシのガラじゃない…。」
 笑顔を一転苦虫を噛み潰したような顔になる。思わずサクラも腹を抱えて笑いそうになるのをどうにか押しとどめて、そろそろセイガに起こせと言われた一時間が経った頃だろうかと思い出し踵を返した。
「―サクラッ!」
「キャッ!」
 ピッ、とサクラの頬に血が走る。血ではない赤色の刃が通り抜けていって、前方にいる銀髪の男の手に吸い寄せられるように空中を 舞う。ユウダにかばわれ地面に倒されたサクラはその男を見てサクラは目を見開いた。実際に見たことはなかったが、同僚から忌々しげに語られた姿見に酷似していたからだ。
「あん…た…は…!」
「―いけないこと聞いちゃったかな?俺ェ…」
 前髪ごと後ろになでつけた銀髪。気だるげながらも爛々と元気が伺える瞳。継ぎ接ぎだらけだというのに血の一滴も流れない身体。乱雑にもコートを一枚着ているだけのようだったが、夜風も寒くないらしい。
「なんだコイツ…服をちゃんと着ろ」
「そういうこと言ってていいわけェ?お前らの命はもう俺の手の内なんだぜぇ!?」
 銀髪の男を睨みつけ、頬に付けられた傷を拭う。相手の力を知っているサクラは、
今にも攻撃に転じようとしているユウダの手を掴み首を振る。
「飛段…だったかしら。あんた、なんで生きてるの?いえ…どうしてここにいるの?」
「お?俺のこと知ってんのか。つまんねぇ、だったら即死させなきゃいけなくなっちまうな…あ、まだ殺したら駄目なんだったっけ。めんどくせぇなー!」
 飛段と呼ばれた銀髪はがりがりと頭を掻いて喚いていた。「おいサクラ、手を離せ。アイツを殺す」強く握られた手を振り払おうとしながら言うユウダの手を引っ張って耳打ちする。「殺したら私も死ぬわ」簡潔に事を伝えれば、訝しげに眉根を寄せて飛段とサクラを交互に見た。
「別にユウダがそんなこと関係ないっていうなら、止めないけど」
「アイツに与えた攻撃がお前に移るってことか」
「そうよ。しかもあいつは死なない」
「…すまない、かばいきれなくて」
 忌々しげに目を伏せるユウダに苦笑してみせる。
「気づかなかった私の責任よ。貴方は悪く無い」
「けど…父上だったら…、」
 そこまで言って、ユウダはあからさまに瞠目し落ち込むように一瞬だけ俯くと、舌打ちして飛段を睨み直す。
 その父は今ここにはいない。それどころかユウダにとっては再会できるかすら怪しいのだ。父の勇ましい後ろ姿が脳裏に浮かび、ギリリと歯を食いしばった。
 だるそうに三つの刃がついた鎌を担ぐ飛段の後ろにふらふらと人影が迫る。機嫌の悪そうなセイガがうちは返しを握りしめて瓦礫の山を登ってきていた。
「聞かせてもらったよ…まだ僕に反抗するつもりとはね」
「むしろアレでよく信じたなオマエ」
「うるさい!本当に術にかかっているかなんて知るか!」
 逆上するセイガを無視してその隣りにいる飛段を観察する。―自身の傷を特定の他社に転移させる能力。発動にはおそらく対象の血という条件があるようだが、とかく狙いはサクラの方らしい。ユウダのことは、おそらく瞳力が必要なため生かしておくつもりのようだ。
 かばうようにサクラの前に立つと、セイガは僅かな殺気にたじろぎながらも口角を上げて必死に余裕を演じて見せた。
「安心してくれ、すぐに殺しはしない。…君が僕にちゃんと従ってくれればね」
「やっぱりそういうこと。…、ユウダ。私のことは―」
 気にしなくていい、とサクラが告げようとすればユウダは唇に人差し指を立てて制止する。目して語らなかったがそれでもサクラには、ユウダが何を言わんとしているのかが分かった。
「…何をすればいい」
「これから僕は準備に入る。その間外敵を掃除しろ」
「……わかった」
 セイガはにやりと笑ってきびすを返していった。俺の仕事は?と飛段が彼に声をかけながらついていく。
 再び二人の他には月明かりだけになって、サクラはこれからの戦いをどう回避すべきかと思案した。飛段の能力と対処方法は、実際に彼と戦ったシカマルから聞き及んでいたが、うちは返しを未知なる使い方をしたセイガが関わっていればある程度事情が変わっていてもおかしくはない。いつ彼らが接触したのかもわからないし、うちは返しもどういう使い方をしてくるかわからない。なにせ相手は忍の一族と自称はしたが、その動きも考え方も一般人以下であるために、一流二流は捨ておいても忍であるサクラとは思考回路が違うだろうからだ。
 これまでの会話で彼の忍に対する心構えの無さは把握できていても、彼を舐めきるのはよくないことだろう。
 サスケ達がすでに里を発った事は、懐に隠しているカツユから聞いている。こちらで得た情報も全て伝えてあるとはいえ、それはここへ着くまでの話だ。飛段がいることなど誰が予想していようか。
 ―彼らが到着するまで、あと三十分。

§

  カツユからの情報を頼りにひたすら北上する。瞳力を温存するために徒歩や口寄せの鷹で移動していたが、一日経ってもまだ追いつかないことに痺れを切らしたサスケはナルトの反対を押し切って須佐能乎にて移動をしていた。
 時折ナルトが仙人モードでの感知を行なうが、それでも見つからず―やがて十五年前、そして半年前の大きな戦いの舞台となった無限月読の残骸、神樹の切り株がある場所までたどり着いてしまった。
「どんな隠れ方をしたのかと思ったけんど…ただこんなところまで来ていただけみてぇだな」
「いたのか」
「…ちょうど正面。ユウダと、サクラさんがいます」
「イタル、お前眼鏡ないのに見えんのか?」
 目を細めてサスケの横から身を乗り出すようにしながらイタルが言うと、ナルトが驚いたように問いかけた。
「僕は元々遠くがよく見えすぎるんですよ。あと写輪眼を隠すために、あの眼鏡付けてたんですけど…もう顔の一部になっちゃってて、視力を調節できるようになっても眼鏡付けてたんです。ユウダと戦った時に割れちゃったんで」
「あーでもイタルお前…うん、眼鏡は、里帰ったら速攻新しいの作れよ。その顔危ないから」
「?」
 まじまじとイタルの顔を見たナルトはそっと視線を逸らした。うちは一族は元々美形が多かったが、その中でもサスケとその兄イタチは特に顔が整っている方だった。
 そのイタチが父であり、更にはナルトの記憶でもかなりの上位に位置する『美人』だったイオリの子である彼は、何も知らないままで顔だけ見ていればどう見ても女に見えるのだ。
 母似の大きく長い睫毛のある目と小さめの唇。父似のスラリとした輪郭にきっちりと整った眉、そして唯一男らしさを主張する父と同じ目頭から伸びるシワ。身長こそ高いが全体的に線が細く、朗らかな性格で綺麗に笑う。両親を真似した背に届く長い髪も相まって、ますます―女顔だ。
 叔父のサスケの方は二十になる前は随分童顔だったなと思い出しちらりと目を向ける。何かと苦労があるとかそういう物のせいかも知れないが、やはり大人びた顔をしていた。イタルももっと歳を重ねればこうなるのだろうか、と考えながら。
 それらを本人達にいうと大層怒るが。
「おい、何物思いに耽ってるんだウスラトンカチ。もうそろそろ着く、戦う気があるなら準備しろ」
「はーいはい!そう睨むなってばよ!―サスケ、ユウダは殺すなよ。まだ子供だ」
「何度も言わなくてもわかっている!」
 腰の刀に手をかけ、真下でこちらを見上げるユウダと目が合うとナルト達に合図を出し須佐能乎を解除する。急降下していく身体にチャクラをまとわせ、その劇的な気圧の変化に耐えた。
 ユウダは最初に戦った時のように目を細め、余裕のある態度で腕を組んでその動きを見ていた。殺しても問題ない敵であるならば、このまま勢いに任せて蹴り入れてやろうとも思ったがそうではない。今は話を聞く必要がある、そう思ったが―しかし、地上で待つユウダの周りが揺らめき、浅葱色をした高密度チャクラを纏っていくのが見えた。
 それを見た瞬間、サスケは須佐能乎の一部を再度展開する。その判断が遅れていれば、三人とも即死だっただろう。 ユウダとサクラを取り囲むように、まだ第二段階程度の装甲をした須佐能乎の上半身があった。その腕が握る刀が降下しているサスケ達を薙ぎ払い弾き飛ばしたのだ。
 空中で体勢を立て直し、余り遠くへ飛ばされてないうちに着地し再度ユウダ達を見る。サクラの方はひとまず写輪眼になっていないが、術がいつ発動されるかわからない。
「…サクラ」
 零すように名を呟く。小さすぎて聞こえてはいないだろうが、それでも自分の妻ならば伝わると思い視線を絡める。
 その横でユウダが顎を動かすと、サクラが地面を駆ける。殺気という程でもないが、無駄のない動きでサスケ達へ近づいている。
「油断すんなよ」
「誰に物を言っている」
 ナルトとサスケが並び、イタルはその後ろで構えた。
 大きく跳ねたサクラは拳を握り、いつもの掛け声もなくその豪腕を地面に叩きつける。一瞬で粉々になった瓦礫が飛び散り、砕かれた大地はひび割れサスケ達の足元にまで及ぶ。全員が各方向へ跳び衝撃を回避した。
「ユウダ!お前、今どういう状況なんだ!?俺達は、お前をどうこうするつもりは―!」
「うるさいヤツだな。ゆっくりしていけ。あのバ…ンン、セイガの命令だ。ワタシはワタシのためにヤツに協力することになった…オマエたちもどうせわかっているんだろ、ワタシが―この世界の住人でないと」
 次々と容赦無く襲い来るチャクラを纏った攻撃は、否応なくサスケの担当になった。代わりにイタルがナルトの横に並び、ユウダの須佐能乎の攻撃をかわしつつ彼に会話を求めた。
「それは分かってる。お前を帰す方法もみんなで考える!だからセイガの企みを聞くんじゃねぇ!セイガがどうやってやるつもりなのかはよくわかんねぇけどもよ、月を解放したらお終いなんだってばよ!」
「知っているならなおさらだと思わないか?ワタシはこの世界に何の未練もない、守るものがないからだ。―この世界が終われば、ワタシはワタシの世界に帰れると思わないか」
 ニヤリ、と挑発的な笑みを零す。
 その様子にイタルは違和感を覚えた。どこかおかしい。確かにユウダは元々ああやって一から十まで考えて行動する人物のようだった。この世界に来てすぐの頃は、考えても考えても混乱が収まらなかったようだけれども、あのセイガという人物の目論見が現実味を帯びないのは一目瞭然なのに。
 うちは返しを取り返すためだとしても、ここまでやるだろうか。ああ見えて警戒が必要な人物なのだろうか。
 考えていると、ナルトはイタルに目配せをした。僅かなハンドサインで指示を得たイタルは頷くと、須佐能乎の左肋骨から腕を出現させた。ナルトの方はいわゆる仙人九喇嘛モードで高密度のチャクラを集めて九喇嘛の形を模すと、ユウダの須佐能乎ごとその両手で挟みこむ。攻撃を止め九喇嘛の手を防ぎ力比べを始めた。
 その空いた胴体に静かに近づいたイタルが須佐能乎の拳を叩き込む。「……」すんなりとその攻撃を受けたことに、イタルはまた眉を潜める。
 自身に衝撃がたどり着く前に回避していたとは言え簡単に須佐能乎が破壊されているユウダは、長々と口上を述べるにしてはこちらの戦いに集中していない。しきりに背後やサスケと戦うサクラの方を見ている。いくら実力に自信があったとしても、ナルトとイタルとサスケの三人を相手にして片手間に倒せる相手でないことはすぐに測れるはずだ。それくらいの力があることは、一度戦ったイタルはよく知っている。
「…よし…やったか」
「?なんだってばよ…?」
 二人の連携に簡単に吹き飛ばされていたというのに、やはりナルトたちではなく別の所を見ながらなにかつぶやいている。何をやったというのか?須佐能乎を解除させて目前に迫っていたユウダの呟きを聞いたナルトは訝しげに首を傾げて辺りを観察するが、依然としてサクラとサスケは戦ったままだしイタルも操られた様子はない。
「あとはオマエだ、…火影」
「!! 」
 漂った殺気に身構える。印を組むと須佐能乎と同じように鈍く光る腕がユウダ自身の腕になるかのように成り代わる。更には大きな剣のようなものが模られていき、身長と同じくらいの長さのそれが握られた。
 忍界最強とうたわれるほどになったナルトだからこそその一連の動きがやっと見えただけで、次の瞬間にはその大きな剣が薙ぎ払われており、その攻撃を避けることは敵わなかった。予め察知していてくれたらしい腹の中にいる九喇嘛がチャクラを放出することで防御してくれていなければ、ナルトの胴体は分離していただろう。
 地面を蹴って間合いを空けるが容赦なく次々と攻撃を繰り出してくるため態勢を整えることすら出来ない。身の丈ほどの大剣はまるで自分の体の一部だとばかりに軽々操られ、前後左右から読めない動きでナルトを襲う。
 時折イタルもその剣戟に加わるが、須佐能乎の刃に耐えられる武器を持っていないため、写輪眼で動きが見きれても避けることしか出来ない。
「ユウダ、俺は…」
「今はそのタイミングじゃない。黙っていろ…動きがあるまでな」
「…どういうことだってばよ…?」
 大剣を持つ手首のほうをつかむことで鍔迫り合いに持ち込んだナルトが九喇嘛の手でユウダの腹をつかもうとすると、それをまた須佐能乎の手が阻止する。
 意味深に言葉を選ぶユウダの言葉を、激闘の音の中でも拾えるように耳をこらす。ふわり、と前髪が風に煽られた時に見えたユウダの右目に驚いていると、当の本人は未だ逸らしていた視線をようやくナルトに向けた。
「もう少しだ。―今うちは返しを取りかえ―ッ!?」
 余裕の顔が初めて、本当に焦りを見せた。その瞬間、ドンッ、と神樹の切り株の近くから爆発のような衝撃が起こる。
「な、なんだってばよ!?」
「まさか、そんな事―」
 現れたのは二人。少し手前で後ろを見ながら首を傾げている、三つの刃のある鎌を持ったナルトにとっても見覚えのある男。そして先ほど爆発があったところからのそりと出てきた―少し様相の変わった、セイガだった。
§

「俺も戦いたいなーゴシュジーン」
「うるさい!」
 うちは返しを握りながら何か念じ唸っているセイガの後ろで、つまらなさそうに飛段が言った。外から聞こえる轟音をちらちらと気にしている。三つの赤い刃がある鎌を肩に担ぎ、そわそわと落ち着きが無い。
「だってよー、俺ってこうやって裏でコソコソやる人材じゃねぇだろ、どう考えてもよぉ。あんたがそうやってやるよりもよォ、あのガキにやらした方が効率いいだろ、俺が言うのも変だけどさぁ」
「それじゃ意味がない!じゃあお前は、いいタイミングであのガキ殺せるのかよ!?」
「そうキレんなって、」
「うるさいんだよ!早くチャクラをよこせ!」
 飛段は肩をすくめてセイガに歩み寄り、彼に拾われてから覚えさせられたチャクラを渡す動作をする。
 受け取ったチャクラをひたすらうちは返しに流す。飛段にとっては彼が何をしようとしているのかわからないし知ったことでもなかった。
 ほんの数週間前に人知れぬ地中で腐って本当に死にかけていたところを助けられた飛段だが、かと言って助けられた恩を過度に感じて誰かに心酔するような性格ではない。セイガが強制しただけの恩返しに過ぎないのだ。飛段自身も別に死んだなら死んだで、長く考える時間がありすぎて今更生きることに未練を感じることもできなくなっていた。
 チャクラに耐えうる身体を持たないというセイガは、飛段から分けられたチャクラが身体をめぐる度に鼻血を出しどこかしらの痛みに唸っていた。こんなので大丈夫なのか、とお気楽脳天気で通っているはずの飛段ですら心を配るほどだ。
「ぐっ…くそ、やっぱりこれじゃ駄目なのか…」
「いや、駄目なのはあんたじゃねぇの」
「うるさい!僕はッ僕は覇謡の者だぞ!逆らうな!」
「あー、はいはい…」
 何度か聞かされた気もするが、飛段はセイガの語る神話だとか尊い一族だとかはかなりどうでもいいことだった。自身の宗派が違うとか言うのもあるが、あまりにも現実味がなさすぎて九割は聞き流している。それだけ聞き流しても一連の流れは覚えてしまったのだから笑えない。
「ッはァ…はぁ…。少し休む…」
「戦っていいか!?」
「……好きにしろ!」
 意気揚々と飛段は地上へ走っていった。
 鼻血を拭き、サクラから奪った兵糧丸を口に含む。
 本来の覇謡という一族が出来た仙術も扱えない。六道仙人が分け与えたチャクラも扱えない。それでも唯一、自分でも起死回生を狙えるこの企みに望みを賭けないわけには行かなかった。
 滅亡させられた一族の、各地にある隠れ集落の跡地を二十年近く見て回ってきた。戦う力のないセイガが出来たのは、朽ちた碑文を読み解くことだけだった。一族に伝わる傘と、その傘を持つ者―族長が行えることを知った。この事実は、きっと今もその傘を持っているだろう本人は決して知らないことだ。
 本当はあの傘を得られれば良かった。二十年ずっと機会を伺っていたが、それでも傘を奪うことは出来なかったのだ。
 ならば代わりにと。木ノ葉の血継限界一族・うちはに伝わるうちは返しを選んだ。しかしそのうちは返しは、かの大戦で行方不明になっている。
 それを十年かけて探して、探して、ようやく見つけたと思えば芯は折れ何の役にも立たないゴミクズになっていた。
 しかし、セイガがそれを持ち上げた時。そのまま力の限り八つ当たりしてぶん投げた時だ。時空が揺らめいたと思えば、正しい姿のうちは返しがあった。
 まさか、と口角を上げかけた瞬間さらに強い力の奔流があり、セイガは気を失った。最後に見たのは、うちは返しを背負う黒い髪をした少年だった。
 それから一ヶ月近く。奇妙な武器を持つ忍が何かと騒ぎを起こしていると聞いて探ってみれば、気を失う寸前に見た人物と同じ背をした少年がいたのだ。
 きっと天恵なのだ。今こそ己が力を手にしてその頂点に立てと言っているのだ。だから実現するつもりのなかった馬鹿馬鹿しい夢を実現するため行動した。ここで、ここで諦めるわけには行かない。
 ぎゅ、とうちは返しを握る。
 ―と。不意にうちは返しが引っ張られた気がした。
 顔を上げる。誰もいない。
「―返してもらうぞ」
「…、ッ…―!?」
 声がした。誰もいない。
 不思議な現象に力が抜ける。その隙に、確かに握っていたはずのうちは返しが手から離れていった。誰かが悠然と持ち上げている。
 けれどやはり、そこには誰もいない。
「―ッ渡すものかァア!」

 なけなしの力を振り絞って、"誰か"が構えるうちは返しに、手を伸ばした。

麒麟


「なんだってば…アレは…」
 轟音とともに出てきた人物は、かつてナルトたちが大戦の時に見た十尾の人柱力によくにた姿をしていた。
「セイガだ…どういうワケかは分からないが、うちは返しと同化したようだ」
「は?同化?…同化!?」
「どういうワケかはわからないって言ってるだろ!輪墓の分身で隙を狙って奪い返したと思ったら、アイツがそれをまた奪おうとして…気付いたらああなってた!輪墓もふっとばされたし!」
「いろいろとツッコミたいことはあんだけども、えーと!アレどうすんだ!?」
 ユウダは舌打ちして鍔迫り合いしていたナルトの手を振り払うと、須佐能乎の剣を解除して踵を返す。
「フフ…ハハハ!こういうことか…。僕にも出来た…僕だけが…僕こそが一族の長…僕こそが…世界の長…!
飛段!全員殺せ!」
「え、あー…よくわかんねぇけど、ハイハイ」
 高笑うセイガに対しテンションが低いが、飛段は足元に円を描くと持っていた鎌を振りかぶる。
「―ッ!しまった!まさか、…誰が!?」
 飛段のやり口を咄嗟に思い出し、ナルトは全員を振り返る。来たばかりのサスケ・イタル・ナルトが、彼の術にかかっている可能性は低い。だとするとサクラかユウダか。
 不自然にすら感じたこのタイミングでのユウダの敵対に、まさかユウダが命を人質にされていたのかと思い当たる。かと言って、あの時飛段を始末したシカマルから話を聞いていたとしても今にも刃が心臓を貫く瞬間でどう回避すればいいのかはわからない。―そんな方法ないからだ。
 セイガに向かって走りだしていたユウダが足を止め、焦った顔をする。そして印を組んだ。
「ッ―あ…」
「!?…サクラ…!?」
 ユウダが術にかかっているのだと見当をつけていたナルトは、飛段が自分の心臓に鎌を突き立てた瞬間に別の場所で"聞こえなくなった"音に、冷や汗を流した。
 それまでサスケと激闘を繰り広げていたサクラが、突如として息を止めて力なく崩れていった。サスケの刀があたったわけでも、破壊した瓦礫がぶつかったわけでもないように見えた。しかし目の前で倒れていく自分の妻に、サスケは似合わず呆然と立ち尽くした。
「―え、まさ…か…そんな、サクラちゃん…?」
「これは…一体、……」
「どういう…?」
 何が起こったのかわからないまま三人とも全員が唖然として、この状況を必死に脳内で整理しようとしていた。
 飛段の術が発動していた。その術は、自身の傷を対象にも反映させるもの。―この情報は、ナルトしか知らない。
 そして、飛段が鎌を自身に突き立てて気持ちよさそうな叫び声とともに倒れたほぼ同時に、サクラが倒れた。
 ―それだけの情報では、何もわからない。
「――殺す!」
 黙っていたサスケが、それまでは普通の写輪眼だったのを万華鏡に変え、須佐能乎の腕を出して飛段とセイガを睨んだ。
「ま、待つってばよ!まだどうにかなるかも…まだ飛段に止めを刺すな!俺が九喇嘛のチャクラで…」
 右手に千鳥のチャクラを発光させ、円の上で寝そべる飛段を今にも叩き潰そうとしていたサスケをどうにか止める。
 すぐにナルトがサクラに駆け寄り、いつぞやに全身やけどを負ったサスケを治癒したやり方でサクラにチャクラを分け与えた。
「おいィ、人の祈りの時間を邪魔すんじゃねぇよォ!」
「黙れ―加具土命!」
 上手く避けるも周りを天照の炎で囲まれる。サスケのことは知らない飛段だが、その禍々しい炎に関してはかつての暁の仲間が使ってた術だったため知っていた。
 ニヤ、と上空でセイガが笑った。手を仰ぐように動かすと、小さく風が巻き起こりその黒い炎を強い風遁に変える。サスケは舌打ちして間合いを取った。
「ナルト!」
「ダメだ…心臓が止まってる…!」
 悔しげに歯噛みして状況を伝える。腕に抱えたサクラは、血を吐くでもなく眠ったように死んでいた。 スッ、とサスケから感情の一切が消える。何を言うでもなく、涙を流すでもなく。何事もなかったかのように無表情だ。ゆらりとチャクラを荒立て、みるみるうちに須佐能乎を形成していく。
「ぐ…。落ち着け、旦那…。サクラは、死んでない…」
 それまで黙っていたユウダがようやく声を上げた。瓦礫の影でうずくまっていたようで、先程まで無傷だったはずだというのに喀血し、胸は血が染みていた。
「どういう…ことだ?」
「サクラがアレの術で心臓を切り裂かれる前に、巫覡で仮死状態にした。…そして玉依で、サクラに来るはずだったダメージをワタシに飛ばした。怪我はないが…相当の痛みだろう…。今…、起こすから…、」
「…それが成功したのだとしてお前はなんで生きている」
「場所を…、ずらしただけだ…、くっ…―」
  初めてユウダが余裕の表情を崩したのを見た気がする。立ち上がろうとするもかなりのチャクラを使った上、単純ながら死ぬほどのダメージを負ったのだ。そもそも本気ではなかったとは言えナルトやイタルとも戦っている、ナルトやサクラの百豪ほどのチャクラを持ってしても、相当な消耗だろう。
 左目を抑えて荒く息をしている。イタルが駆け寄り背を撫でるが、出来ることは少なかった。
 呼吸を整え印を組む。僅かな間を置いて、ナルトの腕の中でサクラが息を吹き返した。
「サクラちゃん!よかった…!」
「ッ―…いったた…私生きてる…ってことは成功したのね?ユウダは無事!?」
 人の心配もよそに、サクラは勢い良く起き上がるとユウダを探す。離れたところでうずくまっているのを見つけると、立ち上がって走りだした。
「サクラ…、仮死状態から復帰してすぐに動くな、ホントに死ぬぞ」
「平気!私は医療忍者なんだからやり方くらい知ってる。今治すわ、ありがとユウダ」
 イタルと位置を代わり治癒を施す。我が子のように慈しむ姿を見て、サスケは眉根を寄せた。
「…いつのまにそこまで仲良くなってたんだ、サクラ」
「ユウダがいい子だっただけよ。…でも、どうするの?アレ…」
 上空で面白くなさそうに見下げているセイガを見やると全員が視線を向けた。治療を受けいくらか回復したらしいユウダがサクラを優しく振り払い、立ち上がった。
「今度は…"跳ね返さないように"幻術にかける。……うちは返しは諦めるしかないようだな。殺すことで元に戻ればいいが」
「私も手伝うわ」
「いい。一人で出来るから、サクラは旦那のとこ行ってろ」
 ふらつく足を叩いて、ユウダは一歩進んだ。口元の血を拭いながらセイガを見上げ静かに印を組む。本来なら瞳に力を込めるだけで済む術も、疲労しチャクラも底を尽きかけている状況では印を組む必要が合った。
 出現させた須佐能乎の片腕を伸ばし浮いているセイガをつかむ。続いて別の印を結ぶと、須佐能乎の左目が見開かれた。「うっ…」今まで攻撃を跳ね返す際に仰いでいた手を封じていれば術の跳ね返しは出来ないはず。しかしあの時はかなりの時間差をもってユウダの腹を貫いていたため油断はできない。できるだけ無駄なくチャクラを練り、セイガの脳神経に触れた。
 その様子を、サスケはただじっと見据える。
「ユウダは今、うちは返しを取り戻すためと、あと―私のために時間を稼いでくれてる」
「…どういう言うことだ」
「私が敵の術にかかってしまったの。どういうやり方でやるのかまでは教えてくれなかったけど、私を術にかけてるヤツが出てきて私を殺そうとした時、どうにかして回避するって。そしてうちは返しを取り戻した後、ユウダがセイガを殺すと言っていたわ」
 サスケは先ほどサクラと戦っていた際にこの作戦について聞かされていた。容赦なく自分に攻撃をしてくるのに意識はあるようで、思わず動きを止めて話に集中しようとすれば「攻撃の手は休めないで」と地面を割られる。
「それでね。この作戦のことを貴方に伝えてほしいと頼まれたの。『ナルトやイタルは大丈夫だと思うが渦中のサクラの旦那であるサスケはわからないから』って」
「………」
「その後、セイガを倒すにあたって邪魔しないでほしいって。…けど、私的には、出来ることなら協力してあげたほうがいいと思うの。ヤツのあの術を回避するのが、ローリスクだとは思えない」
「…だが、アイツは…」
「いろいろやらかしたかもしれない。けど根はいい子よ。だから…」
 答え淀んでいれば、サクラは視線をそらしつぶやいた。「サスケくんの過去に比べれば大した過ちじゃないでしょ」拗ねるように痛いところを突かれれば、サスケも頷かないわけにはいかない。ため息と同時にサクラの拳をいなし、「仕方ないな」と口にした。
 須佐能乎によってより強い瞳術にかけようとしている、それは見ればわかった。いくらこれまでの作戦会議でユウダの能力についてほじくっていたとしても、又聞きした程度では実力など計れない。
 ただ自分がやるべき事は、ユウダが失敗した時に代わりにセイガを片付ける事。割って入るべきタイミングを逃さないために、サスケはただそれをじっと見定めていた。
「フ…フフ、フハハハハ!今の僕を、あまり見くびらないでくれ!」
「…!」
「仰ぎなんてしなくても…十分なんだ!」
 セイガが力を込める。同時に吐血した。それもそうだろう、いくらうちは返しが便利な道具だとしても、本当になんのリスクもなくあの風遁を発射出来るはずもない。特にチャクラを持たないセイガにとっては寿命を削っているのも同義だ。
 ―しかしそれでも、今のセイガにとっては些末なことだった。すべてが偶然の産物だったとしても、ユウダの持つ強力な操る術はとても有用だ。それさえ扱えれば、後はわざわざ命を削って跳ね返す必要もない。
「―ッまさか、本当に…!」
 舌打ちする。ユウダは自分の術の厄介さをよく知っていた。
 左目の万華鏡写輪眼による巫覡は、幻術から始まる術だ。ただ幻術を扱うもよし、だがそれは基礎に過ぎない。一瞬でも幻術を見せたことによって神経の並びやチャクラの練り方、地面の蹴り方や敵の攻撃の避け方すべてを記憶し、そして幻術ではなく標的の体内に残したチャクラで身体を動かす命令を下す脳神経に作用しその身体を操る。
 術にかけられた側は、幻術の段階でチャクラを荒立てる事でユウダの万華鏡がそれらを覚えるのを阻止出来る。そして実際に操られた後でも、体内に残されたチャクラを自身の大量のチャクラで押しつぶし洗い流すことでマーキングも消せる。
「今度は…ちゃんと術にかかっただろうな?」
 ユウダの様子を見て、セイガは笑った。須佐能乎が解け、がくりと膝を着く。
「え…?どういう事…?」
「…術を跳ね返された。まぁ、アイツを見くびったワタシの自業自得だ…、」
「おい…まさか」
 ゆらり、とユウダが立ち上がった。
「それでいい…ユウダ、そいつらを全員殺せ。お前には…その後やってもらいたいことがある」
 眉間にシワが寄っている。苦渋の顔で左目を開くとサクラとイタルが身をこわばらせた。
「…イタルはマーキングを消してないのか」
 また舌打ちして首を鳴らすと、二人がユウダの盾になるように前へ躍り出た。
「どうして?回避方法を知っているんでしょ?」
「知ってても、今のワタシはボロボロだ。チャクラも枯渇してるし、体力だってそんなに残ってない」
 術の仕組みも対処法もすべて把握している。―けれど、出来ないことはあった。前に同じように術を跳ね返された時は、多少疲れてはいてもチャクラは有り余っていたし、何よりも敵の術が始まり終わるまでが遅かった。
 しかし今はどうだろう。先ほど飛段のよくわからない術を回避するのに莫大なチャクラを使い、自身も肩代わりだったとはいえ深い傷を負った。さらに、あの時と違い"レベルアップして"跳ね返されている。
「どういう仕組みかは知らんが…そういうことだ」
「なら何故意思が残っている?」
「元々巫覡は意思は縛らない。ワタシがついでに縛っていただけだ…、」
「話してないで早くやれよ!」
 痺れを切らしたらしいセイガの叫ぶ。ユウダが忌々しげに瞬きをすると、同時にサクラとイタルが困惑した表情のまま地面を蹴った。サクラは再びサスケに、イタルはナルトに。それぞれの最大出力の攻撃を防ぐものの、仲間を―しかも意識のあるままでは、全員本気を出すことなど出来ない。しかし操られているサクラとイタルはそうではない。
 意識があって、いざというときに僅かに急所を狙う攻撃をずらす事ができても、身体は確実に即死を免れない攻撃ばかり繰り出していた。
その上で、飛段も邪魔をしてくる。やりにくい状況で、果たしてどうすべきか―答えはわかりきっている。けれどその選択をするわけには行かなかった。
 話をして、一緒に里に戻って、それから元の世界に帰る手伝いをすると言ったのだ。その考えを曲げる気は毛頭ない。
「―サスケ!」
 そんな中、棒立ちしていたユウダが声を張り上げる。
「ワタシが一瞬だけ、サクラとイタルの動きを止める。その瞬間にワタシを―…出来るな?」
 殺せ、と目で語っていた。「何馬鹿なこと言ってんだ!」とナルトが大声で抗議し、イタルとサクラも困惑の表情を深める。
「もういい、これ以上オマエらに面倒を掛けたくはない。元はといえばワタシが撒いた種だ。
お前達では、サクラとイタルに勝てないだろう」
 実力的な意味ではない。サクラとイタルは、サスケとナルトにとっていつまでたっても守るべき対象だ。短い期間でも、その関係性を理解していた。
「何度か術をかけようとして分かった…忍術も幻術も本当にすべて跳ね返すが、体術や物理攻撃は無理だ。須佐能乎で叩き潰すか、体術で殺せ。出来るだろう」
「だからって!ユウダ!」
「おそらくサクラの怪力が一番手っ取り早いだろう。オマエたちが援護してやれ」
「待てよサスケェ!だったらセイガをどうにかすれば…!」
「異分子そのもののワタシが消えれば状況も変わるだろう。何より戦力差が変わる―いくぞ」
 印を組み、目を閉じる。そして本当に僅かな一瞬だったがイタルとサクラの動きが止まり、その隙にサスケは天手力を発動した。
 ユウダの目の前に躍り出たサスケは貫きやすいように千鳥を纏った手の指を伸ばし心臓を狙った。
「サスケェ―!」
「ユウダ―!」
 今にもその身を抉ろうと言う時、なにもないはずの空間でサスケの手が動きを止めた。
 千鳥の雷光が立ち消え、サスケの顔が苦悶に歪む。
「どういうことだ…何故、お前がここにいる…」
「直接かばうよりもこちらのほうが速い。輪廻眼を持っているのか…なるほどな」
「え?え?何?何が起こってるんだってばよ?」
 ユウダとの間の、ちょうど一人分ほどの空間。誰もいないはずだが、サスケは確かに何かを見据えて会話している。
「サスケさん!説明は後です、とにかくその人は味方です!」
「朧!?カカシ先生に…―!」
 空にいたのは青い巨人。サスケも扱う、俗にいう完全体須佐能乎というやつだ。これを扱える人物はそう何人も居ない。うちはの写輪眼を持つ者でも、サスケと、イタルも扱えるらしいが完全体にまでしたことはない。かつての頂上決戦でカカシも使用したが、今はその力を失っている。
 須佐能乎が着地し、その主がユウダとサスケの傍へ降り立った。
「―父上、」
「まったく情けない姿だな」
 父、と呼ばれた男がユウダに手を伸ばす。悲壮な顔で抵抗をやめたが、しかし次の瞬間には地面を蹴り、宙にいるセイガの真下へ移動していた。
 それと一緒にイタルとサクラも、困惑の表情のままユウダに並ぶ。
「なん…アイツ…うちはマダラ―!?」
「落ち着きなさいよ、今は味方だって言ってるでしょ」
 ナルトの横に辿り着いたカカシが呆れた顔で溜息をつく。
 ユウダが父と呼んだその人物は、紛れも無く―かつて戦ったうちはマダラその人だ。鎧は無くいくらか軽装だが、敵側に向けられた視線はあの時と同じでとても冷たく鋭かった。
 カカシがこの場にいるならばもう一人、一緒にたどり着いているはずの人物を探した。この事件に関して最初に片鱗を感じ調査に出ていた人物―朧だ。当の本人は最初に着地した場所から呆然と、宙に浮かぶセイガの姿を見上げていた。
「…久しぶりだな、清月」
「……清日さん」
 なんとも言えない雰囲気があたりを包む。
「…貴方は…僕が殺したはずでは」
「お前は詰めが甘いんだよ。他の奴らは確かめるまでもなく死んでいたが…お前に情があったとは思えないけどな」
 朧の脳裏にかつての惨劇が浮かぶ。命を狙われ、思うままに傘を振り回してすべてを返り討ちにしたあの日。血が雨に薄れていく、すべての失った日。
 セイガは喉を引きつらせて笑い、口元の血を拭った。ゆっくりと朧の前に降り、二本足で立つ。
「いやいい。今更お前を恨んでなんていないさ…一族の長たる力はお前に受け継がれて、僕は…僕には、世界の長たる力がある」
「それは貴方の力じゃありません。僕だって、傘が便利な道具なだけで、僕自身は…」
「だったら!」
 叫ぶと同時に呆然としている朧の傘に手を伸ばし、掴んだ。
「僕によこせよ!お前は最初からそうだったな!周りと違う才能を持っていながら、自分の力じゃないって!そうだよ、お前が生きているのは傘のおかげだ!」
「…っ」
「覇謡の者と神樹から生まれた道具はつながっている!その身から離さなければ、覇謡の人間は死ぬことはない…たとえお前みたいに選ばれた者でなくてもだ!」
 驚き不意を突かれはしたが、それでも戦う者と戦わない者の力の差に寄り奪われはしなかった。
 ―しかし、セイガにとってはそれが好ましい状況だった。完全に理解できていたわけではなかったが、自分がこの状況になった時の条件。誰かが、それを持っていた。
 緋色の番傘が溶けるように形を変えて行く。しゅるしゅるとセイガの腕にまとわりつき、朧の手の中から消える。
「あの時と一緒だ…オマエ!離れろ!」
 ユウダの叫びに咄嗟に後ずさる。獣の咆哮のような叫び声が木霊した。
 それは小さな樹。月の眼計画のため口寄せされた神樹とは比べようもなく小さな枝に等しい。それでも完全体の須佐能乎ほどの大きさだ。
「…あれが…マダラさんの言っていた…」
「覇謡の覚醒、という奴だな。流石に見るのは初めてだがまぁ、見ての通りだ。覇謡の真の強さはあの同化にある。そら、ただの尾獣だろ。だがいわゆる人柱力にあたるあの男はそれに耐えうるチャクラを持ってないんだろう、放っておいても直に死ぬ。戦いは終わったな。あとはユウダの術を解けば―」
 ヒュッ、と腕を組んで語るマダラの真横を何かが通り抜ける。難なく避けたが、その分後方で大きな爆発が起きた。
 獣の唸り声を上げながら花弁の先で尾獣玉のようなチャクラの塊を生成している。
「戦いは終わったって言っても、アレをほっておくわけにはいかねぇな」
「放っておけば死ぬが…」
「ち、父上。すみません、うちは返しが…」
 術で操られていても意識はある。子供らしい顔で俯きながら、しかし動きはセイガ―神樹モドキを守るように布陣している。
「………、」
「すみません」
「いや、別に怒ってはいない。あんなもの今更無くてもどうにかなる」
「でも、あれは…」
 渋るユウダにため息をついて、後ろを振り返る。この場で初めて会ったがナルトとサスケ、そして一緒にここまで来たカカシと朧が構えている。その更に後方でユウマが瓦礫の影に隠れている。
 前方、同じく知らない顔ではあるがイタルとサクラ、そしてユウダ。会話出来る程度に思考が残っているが、未だ操られている状態のままだ。
「…今、巫覡はどういう状況だ?アレが操作するだけの自我が残っているとは思えないが」聞けば、ユウダは気まずげに視線を逸らしたまま答える。
「アレからの細かい指示はない、けど、父上達を倒せっていう思念だけが届いている」
「なるほどな…ッ!」
 神樹モドキが小さな尾獣玉を放つ。それを手で仰ぎ風の属性を加えた。
 ―そこへ、更にユウダが豪火球を飛ばす。
 言うならば火遁属性の加わったナルトの螺旋手裏剣と言ったところだろうか。上手く道具を活用している。
 サスケとナルト、マダラが各自の防御を展開し防ぐが、すぐにサクラの拳とイタルの須佐能乎の拳が向かう。
「なんだこの女は」
「おいマダラ!イタルとサクラちゃんを殺しでもしたらただじゃおかねぇかんな!」
「年上に対する言葉遣いをだな。まぁいい、息の根さえ止めなければいいだろう」
 と言っても、やはりサクラとイタルを相手にしては本気を出して戦えない。二人とも次にどこへ攻撃するのか相手に伝えることで怪我を回避しているが堂々巡りに過ぎない。
「火遁・業火滅却!」「火遁・業火滅却!」
 ユウダの火遁と、それを遥かに上回る火力のマダラの火遁がぶつかる。みるみるうちに押し負けていくが、その後ろから神樹モドキが手を仰いでユウダ側の炎が力を増した。
 術のぶつけあいならば、そうした援護によってまだ並び立てる。しかしユウダ自身父であるマダラにはまだ勝てないことは百も承知だ。
「あの神樹モドキがやっかいだな…」
「放っておけばそのうちチャクラ切れを起こして死ぬ。それまで耐えればいい」
「あっ」
 ナルトとカカシはイタルと、サスケがサクラと戦い、朧は頼りの武器を奪われたため下がっている。そんな中で気の抜けた声が届く。
 瓦礫の向こうで隠れていたユウマが、銀髪の男―飛段に捕まっていた。マダラとユウダの手が止まる。
「あの馬鹿」
「は、母上!」
 二人が叫ぶ中で飛段はユウマの頬を鎌の先で斬りつける。流れでた血を舐め上げニヤリと笑う。「しまったな」ユウマもサクラの百豪と同じような術を持っており、つまりその身体はチャクラタンクそのものだ。いずれ神樹モドキが依り代にしているセイガ自身のなけなしのチャクラを使いきれば終わると目論んでいたが、ユウマが敵の手に渡れば―その終焉はいつになるか分かったものではない。
「とんずらこいてもいいんだけどよォー、俺も長いこと一人で考えさせられて達観しちゃったっていうかさ。ここで見捨てるのもなァって思っちゃったんだよ」
「あの鎌…あの顔の模様…ジャシン教とかいうくだらん宗教集団か。何十年も経てば奴らの研究も実るわけか」
「くだらねぇとは何だ!ジャシン様は素晴らしい…ッまあいいわ、とりあえず来い、女ァ!」
 飛段に連れられユウマが神樹モドキの元へ移動する。より濃いチャクラを感じたのか、神樹モドキも腕を伸ばしユウマに触れてチャクラを吸い出した。
 花弁の先で再び生成されていたチャクラの塊がそれまでとは比べ物にならないほど、それこそ本当の尾獣玉のように肥大化していく。
 力を奪われたユウマは力なく横たわり、楽しそうに笑っている飛段は走ってその尾獣玉に向かっていく。
「…!」
「ヒャハハハア!これに焼かれる痛みは大層なもんだろうなぁ!」
「母上!」
 飛段の術について知っているユウダが叫ぶ。それを阻止するため、すぐにマダラが飛段を捕まえた。地面に勢い良く叩きつけたことにより、ユウマの口からも血が溢れる。
 そういえばそうだったな、とマダラが舌打ちする。状況を打開するため一瞬で考えを巡らせた。ただ殺すだけではユウマも死ぬ。大怪我だろうと死にさえしなければどうにかなることはわかっているが、仮にも自分が愛した女が深く傷つく事を知っては即死に至る攻撃をするわけにも行かなかった。
「いや―確かジャシン教の術の理論にはタネがあったはずだ」
「ハハ…ハ?」
「ユウマが言っていたな。不死の術というのにも幾つか種類がある。瀕死の怪我も上回る回復力か、"すでに死んでいるか"だ」
 地面に繋ぎ止められながら、飛段は冷や汗をかく。
「お前からは心音が聞こえん。つまり柱間のような回復力ではなくすでに死んでいる―本来生きるために必要なものがないから、今ここにいるお前は首が離れようと死なない。人傀儡のようなものだ」
「だからなんだってんだ!?たとえタネ明かししようと、俺が一度心臓を貫けばあの女も死ぬってことに代わりはないんだぜェ?」
「今言ったのはお前の不死についてのタネだ。ジャシンとかいうよくわからん奴らのいうその術のタネは―」
 マダラが眼を見開いた。万華鏡の写輪眼で幻術を見せる。
「お前自身に意識がなければ、対象に傷は移らん」
 動きを止め、力なくうなだれた。目を開いてはいるが、飛段はすでにマダラの幻術の中だ。眠っているのも同じ。
「お前がどこを傷つけたのか、その認識があって初めて対象も同じように怪我をする。対象が死んだと思えばお前は術を解くだろう」
 あの術特有の飛段の全身の白黒の模様が消えていく。それを確認して、マダラは零距離で術を放った。

§

  一方、ユウマのチャクラを吸収したことで出来た大きなチャクラの塊は、今にも射出されようとしていた。
「―ナルト!お前の尾獣玉で相殺できるか?!」
「出来ねーことはねぇと思う、けど周りにどれだけの衝撃破がくるか予測できねぇってばよ!モドキのそばにいるあの人とか、朧やカカシ先生とかサクラちゃんだって防げねぇだろ!ヘタしたら全員消し飛ぶぞ!」
「チィ…ッ」
 突然の自体に思わず舌打ちする。サスケの須佐能乎で全員庇えたとしても周りは吹き飛び陸地が減るだろう。
 どうするべきか。どうせ吹き飛ぶなら、ナルトの尾獣玉という威力を増やすよりは、アレ一つで済ませたほうがいいだろう―サスケはそう考え、全員の位置を確認した。
 不意をついてどうにかユウダはイタルとサクラを近くに集めて未完成ではあるが須佐能乎を形成していた。マダラの方も、どうやって飛段をいなしたのかこの僅かな間ですでにユウマを回収しユウダの須佐能乎をかばうように完全体のそれで覆う。
「朧!カカシ!ユウダの須佐能乎かナルトの尾獣チャクラの中に入れ!―ナルト、守りは任せたぞ、俺は本体を叩いて不発を狙う!」
「いくらなんでも無理があるだろ!せめてあの尾獣玉モドキを上か海の方に逸らすとかよォ!」
「あくまでも狙うだけだ!俺達に飛雷神を使えるやつはいない、本体ぶっ叩いて軌道ずらすしかねぇだろ!」
 さらに言えば、他にいい案が浮かんでいないなら話している暇もない。
 指示された朧とカカシを含め全員が安全地帯に入ったのを見て、サスケは完全体須佐能乎で神樹モドキへ近づいた。
 須佐能乎による攻撃は忍術として判断されるのかはわからない。そもそも今の状態のセイガにうちは返しの力で跳ね返すという考えがまだ残っているのかも不明だ。
 神樹モドキの後方に降り立ち、須佐能乎の拳を振りかぶる。そのまま神樹モドキの背骨部分を叩いて、ナルト達前方へ向いた花弁を上へ向けさせる算段だ。
 しかしそいつは、予測していたよりもまだ知能が残っていた。びしり、と樹木が無理に動いたそれらしい大きな割れる音と共に上空を向いた。
 その方角はサスケの須佐能乎がぶつかる位置だ。いくら須佐能乎の防御があってもあの距離からの攻撃は耐えられるものだろうか。
 天手力を使って避けるべきか。陽動になれたと判断してそのまま上空へ放たせればいい。それともこのまま突撃して、口とも取れるあの花弁の中に押し込み自滅を狙うか。
「―…ッ」
「パパ!そのまま"少しだけ後ろに下がって"!! 」
「!?」
 聞き慣れた声。しかしここに居てはならないはずの人物のそれだ。
 しかし反射的に須佐能乎の翼を羽ばたかせ言葉の通り後ろへ下がると、神樹モドキの反対側に小さな影が見える。
 全身に稲光を纏う姿はまるで前雷影の肉体強化のようだ。そこで気づく。周りの天候に。
 夜明けは近いようではあったが、しかし時々辺りが見える程度に空は光っていたものの全体は明るくはない。月も出ていなければ太陽が登り始めているわけでもなく、ただ厚い雲が空を覆っているのだ。
 ―その雲の合間を、多量の雷光が走っていた。
 「―!なるほど…!」
 右手を空へ掲げ、誘う。
「私は導くだけ…導くだけでいい…!」

 サスケと神樹モドキを挟んで反対側。全身に雷を纏ったサラダは、何度もシミュレーションを重ねたその術を再度脳裏で確認し、そして睨むように赤い写輪眼の瞳で神樹モドキとサスケ、そして空を見上げた。

「来い―麒麟!! 」

 上空のすべての雷をサスケが集め、そしてその荒々しくも勇ましい龍を模した雷の龍が、神樹モドキを貫きながらサラダへ向かって迸った。

和解


「いいもの…?」
「そう、いいものだ」
 ニヤリと笑うヒツギの顔は、どこか悪巧みをする子供のようだった。
 大人しくヒツギの後へ続きはたけ邸へと訪れると、彼女に保護された際に絶対に入るなと言われていた部屋へと案内された。
 電気も通っていなければ窓もない、カビ臭い暗い部屋だ。出入り口の向こうから溢れる光だけを頼りに、ヒツギは迷いなく奥へ進んでいく。一つ巻物を掴み、最奥の机の上にあったらしい蝋燭に小さな火遁で火をつけるとそれをサラダに見せた。
「これは…雷遁…麒麟?」
 書かれた術の名前を読み上げると、ヒツギはフッと息を漏らした。
「そう。サスケの必殺技だ…まぁ、万華鏡写輪眼を手に入れる前の術だから、須佐能乎とか天照が出てきて随分霞んでしまったが」


………
……


 サスケ達が出発する前のそのやり取りを思い出し、サラダはぎゅっと胸を抑える。
 成功した。ちょっとしたアレンジを加える事も出来た。荒く呼吸をしながら、樹の本体を貫かれ動きを停止した神樹モドキを見上げる。サラダの乱入は誰にとっても予想外で、けれど神樹モドキをどうするかを考える僅かな時間を稼ぐ程度にしかならなかった。
 ―しかし。
「いい感じだ、サラダちゃん」
「え―?」
 未だ残る、花弁の先にある大きなチャクラの塊。収束を見せないそれに唾を飲み込んだ時、震える肩に誰かが触れた。
 聞こえたのはイタルの声だ。右目だけを瞑ってニコリと笑い、そしてあの神樹モドキを見た。
「サラダちゃんのおかげで間に合った―…"天津赤星"!」
 ウインクかと思っていた右目を開いた瞬間、チャクラの塊が光に包まれた。朝日のようにまばゆく発光しやがて収束した時には、あの禍々しいチャクラの塊は消えてなくなっていた。
 する、とイタルの手がサラダの頭を撫で、そして―イタルは倒れた。

§

「無理をするからだウスラトンカチが。 強いと言ってもまだ発展途上の身体で無理をすればそうなることはわかりきっているだろう」
「はーい」
「反省してるのか?昔のカカシみたいな体たらく晒して…」
「サスケくん、そこは説教じゃなくて『心配した、大丈夫か』でいいのよ」
 呆れるように苦笑しながら補足するサクラに、サスケは拗ねたような舌打ちで返した。
 サラダの乱入がわずかながら時間稼ぎとなり、イタルの瞳術によってあのチャクラの塊は消滅した。しかし普段から万華鏡写輪眼の術を使って鍛えているわけでもなかったためかイタルはかつて写輪眼を使ってすぐにバテていたカカシのように力なく、そのカカシに背負われていた。
 さらには麒麟の術によって神樹モドキの中にいたセイガ本体は瀕死の重体になったようで、ユウマから吸収したチャクラも消え、あの状態を維持することができなくなり傘とうちは返しとセイガがあの場に転がっている。
 どうしたらいいのかわからない顔で、気を失っているセイガを見下ろす朧。ナルトがその少し後ろで様子を見ていた。
「……こういう時、何を思うものなんでしょうね。生きていたと喜ぶべきなのか、ちゃんと殺しておくべきだったと悔やむべきなのか」
「……朧」
「兄と言っても兄弟として過ごした記憶はほんの僅かですから、なんの実感もありません。彼も、僕が傘を手にした時に羨望と恐怖と、憎悪の目を向けてきた人でしたから」
 ナルトは、そこで初めて朧の過去を聞いた。
 かつて五十人程度の人が生きる小さな一族に生まれた朧は十歳になった時一族に伝わる傘に触れた。それは選ばれたものしか開けないという、いわゆる儀式のようなもの。
 偶然か必然か傘に選ばれた朧は、その瞬間向けられる目が変わった。僅かな羨望と、恐怖と憎悪。幼いながらにその瞳の意味を理解した。けれど何故そうなったのかはわからなかった。
 それから一年もしないある日。一族の大人たちが全員朧を殺そうとしてきた。「お前は生きていてはいけないのだ」悲しそうな顔をしていたのは一人もいなかった。唯一自分を認めてくれた傘を抱いて、己の命を狙ってきた者を全員返り討ちにした。兄も、父も、母も。
 親兄弟を亡くして悲しみに明け暮れ涙する子どもたちを、悲鳴も出させずに瞬く間に殺していった。それはきっと優しさだったと思っている。
 この騒動で、マダラから何故自分が殺されそうになったのかを聞いた。ここ数年のうちに自分の一族について調べ始めていった朧にとって有用な情報をたくさん持っていた彼の言葉はまさに目からウロコで。
「…僕があの時殺されていれば、こんなことには―」
「でもそうしたら、サスケも俺達も今ここにはいねえだろ。あの大戦で死んでた。あの時こうしてればって悩む時ってのはいつでも来るけどよ、生きててよかったって思うのは、やっぱり生きてなきゃ思えねえ事だ。…ま、あんま考えこむなよ。セイガが目を覚ましたら、またいろいろ話したらいい。一人だけの家族ってことだろ」
 優しく言うナルトに、朧も笑った。
「ところで―、そいつらは一体どういうことだ」
 話題を変えるように、サスケがマダラとユウマを見た。ユウダの術はすでに解いたようで、疲れているのかユウダ本人はマダラに抱き上げられた状態で眠っている。先ほどチャクラを吸い取られたユウマは何もなかったように平然とその隣に立っていた。
「ああ…、件の覇謡の地下にいたのよ」
 カカシが当時の状況と今に至る条件諸々を話せば、サスケもナルトも納得したようであった。
「おそらくはユウダの輪廻眼の暴走か、まぁ色々と偶然が重なったんだろう。修行と言って出て行って帰りが遅いんで心配して探してみれば…まさか時空まで越えてくることになるとは思わなかったが」
「今は全員休養が必要だからな、落ち着いたあとになるが…、サスケの輪廻眼で、この人達が帰るのを手伝ってやってほしいんだが、出来るか」
「……、わかった」
 渋々といった表情だがサスケが頷くと、ユウマの方がペコリと頭を下げた。
 それじゃあ帰るか、とナルトの明るい声で一同は帰路に向かう。―ここから歩いて木ノ葉の里へ向かうには数日かかるので、朧の案内で一番近い大蛇丸のアジトで休んでから行くことになった。
§

 何日かをかけてようやく木ノ葉の里近くまで戻ってきたナルトは、遠目に里を見つけてほっと胸をなでおろす。
 ナルト、サスケ、サクラ、サラダ、イタル、朧、カカシ、マダラ、ユウマ、ユウダという十人もの大所帯だ。途中の宿も三、四部屋取る必要があり、ここまでの大騒ぎになると予想していなかったので財布の中も多くは入っておらず、火影という顔パスでツケにしてもらうのにも心が折れそうになっていた。更には時代が違う世界から来ているマダラ達一家は新しい文明の利器に興味津々で、それを抑えるのにも苦労した。
「あっ!そうだマダラ!お前は何か別の奴に変化しろってばよ」
「何故」
「お前はこっちでは戦犯なの!十五年経っててもお前の顔知ってる奴は多い、終末の谷の対の像や姿絵はあるからな」
「仕方がないな」
 面倒くさそうに顔をしかめ印を組む。煙に巻かれて現れたのは、ユウダと瓜二つの少年だ。それを見た途端ユウマが顔を輝かせて人差し指でマダラの頬をつついた。
「おいやめろ」
「可愛い!マダラ様の小さいころ!ユウダそっくり〜!」
「ユウダが俺にそっくりなんだ。やめろ、頬をつつくな」
 そうして火影の名を持ってしてもごまかしきれないところをなんとかクリアし里の中へ入る。
 騒ぎを耳に入れているだろう各国へ事情説明の文を作ったりと増える仕事にナルトはげっそりしながら、彼らが無事帰れるまでの場所を整えるため頭をひねった。
 ユウマの医療忍術について強い興味を持っているサクラが一家を預かることになり、セイガはヒツギ達が重要人物として監視することになった。
「あの、…サクラ」
「ん?どうしたの、ユウダ」
「その…サラダとか…その、仲間とか…に、ええと…」
 家に入ろうとしたところで気まずそうに視線を泳がせるユウダの言葉を察してサクラは笑んだ。分かったわ、とうなずいて、ひとまず上がってもらった。
 実際に遭遇した木の葉丸やボルト達、そして五影には本当の事を話し、それ以外にはぼかしてことの事情を伝えることになり、一段落ついてうちは宅へ呼ばれた木の葉丸達はユウダを見て顔をしかめ、特にボルトはあからさまに敵意を向ける。サラダをかばうように前へ立ち、うちは宅のリビングに重い沈黙がおりる。
「…すまなかった」
「サラダを狙って、サクラちゃんやイタル兄ちゃんさらっておいてすまなかったで済むと思ってんのかってばさ!」
 沈黙を破りようやく発せられた謝罪にボルトが噛みつく。言い返すことはないのかユウダは黙ってボルトの文句を聞いていた。
「こらボルト、この子にだって事情があるんだ。右も左も分からない状況で、お前だって何もしないとは言い切れないだろう」
「う……、でもよォ…」
 納得がいかなさそうに唇をとがらせるボルトの頭に木の葉丸がぽんと手を置いた。過ちを許すことも強い男には必要だと笑えば、渋々納得したようだった。
「じゃあ!罰として俺の修行に付き合えってば!サスケのおっちゃん最近あんまり相手してくんねーし父ちゃんも忙しいみてーだし…」
「かまわない。お前のあの消えるヤツ、気になる」
「螺旋丸だ!」
 そうして少しずつ仲良くなっていく子どもたちを見て、親たちは微笑ましく感じ笑っていた。
 その中でポツリと、子供の姿に?化したままのマダラが言葉をこぼす。
「…問題を起こしても受け入れる。…やはり木ノ葉は甘いな」
「ああ…本当にな。だが…それが木ノ葉だ」
 かつて自分の起こした重罪を赦し受け入れた木ノ葉の里。皮肉に思いながらもサスケが頷けば、マダラがふっと口角を上げた。
「この違いは柱間にも言ってやらんとな…」
「…これがお前たちの、本当に実現したかった未来だとでも?」
「俺も罪を犯し、そして赦された。最初はたいそう馬鹿げていると思ったが…」
 ちらりとサスケを見やり、そしてまた笑う。
「なるほどな、こういうのもありか」
 窓の外を眺め、ボソリとつぶやいた。